読切小説
[TOP]
ジパング入門〜合戦編〜
ここはとある学校内の教室。
決して大きくない、中くらいの規模だろうか。
そんな中に、ちらほらと、学生の姿があった。
数にしておよそ三十人程だろうか。
既に授業開始を知らせる鐘が鳴り、生徒達は静かに教卓に立つべき人物の入室を待っていた。

「今日は一体何の授業だろう」

「先生、最近はっちゃけてるからなぁ…」

前列に腰掛ける生徒達が、そう呟いた。
この場に向かっているであろうその教師は、人間では無く魔物であった。
その経歴を見ても、彼女の異質さが伺えるであろう。

「まあ、わざわざ教科書全員に無料で配るくらいだから、相当機嫌がいいんだろうな」

「男でも出来たのかな…ん?」

少々下世話な会話を交わしていた生徒が、ふと気付いた。

「地震!?…いや、違う」

最初に感じたのは小さな揺れだった。
遅れて気付いた、これは地鳴りだろうか、それが遠くから聞こえてきた。
一瞬地震かと身構えたが、そうでは無かった以上、逃げる必要も無いだろう。
感覚を研ぎ澄ませると、その地鳴りがこの教室方向に向かってきているのがわかる。
他の生徒も異変に気付いたのだろう、お互い顔を見合わせたり、立ち上がって身構える者も居る。

「来るぞ!」

生徒たちの目が、教室の扉に集中した。
乱暴に扉が開かれ、そこから飛び出しきたものを見て生徒たちは目を疑った。

「うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!戦じゃあああああああああああ!!」

勢い良く飛び出してきた人物、一見すると少女のような容姿である。
しかし、頭から生えた二本の大きな角など、良く見ればその違いがよくわかる。
誰であろうその人物は、この学校の教員であり、この授業の担当者でもある。
バフォメットであった。
















「ハァ…と言うわけでじゃな…ハァハァ…ゲホッ…今日のじゅぎょゴホッ…ハァハァ…」

「す、凄く消耗している…」

一通り暴れまわっていたのだが、どうやら疲れたのだろうか。
壇上に昇り、椅子に腰掛けると教卓からギリギリ首が見えるような状態である。
それが普段通りではあるのだが…
バフォメットが肩で息している様子が、生徒からも良く見えた。

「ちょっと…テンション…上げすぎ…ハァハァ…た…」

まだ呼吸が整わない状況で、必死に言葉を搾り出している。

「何でそんな普段やらないような事を…」

「いや…ちょっと…趣向を変えようかと思ったんじゃが…体が…」

思ったほど体がついて行かなかった、そう言ってバフォメットは机に突っ伏してしまった。
あまりに突然な事態に、生徒たちはぽかんとした顔でその様子を見守るしかなかった。






「…よし、落ち着いた!」

「あ、復活した」

時間にして数分だろうか、勢いよく顔を上げたバフォメットがそう叫んだ。
流石に魔物である、回復する時間も人とは大違い…

「いや、あんまり変わらないだろう…」

人並みであった。

「よし、じゃあ授業を始めるぞ〜!」

テンションの高さは相変わらずであるが、ようやく授業開始である。

「さて、では諸君。ジパングと言えば、何を連想するかな?」

「急に何ですか?」

「いいから答えんか」

突然の質問に面食らった生徒達であるが、何とか頭を働かせて答える。

「え〜っと…サムライとか?」

「うんうん、実にそれっぽい」

「ニンジャ!」

「おお〜いいのう、それっぽい」

「スシ!」

「うむ、食文化な」

「ゲイシャ!」

「うん…うんまあアリじゃろ」

「セップク!」

「う…ううん?」

「サラシクビ!」

「いや、それは別に…」

「せんせー、一つ質問いいですか?」

「ん?何じゃ?」

「タイラノ○サカドってデュラハンなんですか?」

「………」

ノーコメントである。
後半の回答は微妙な所だが、大体イメージするものは皆似通っていた。

「さて、では改めて今日のテーマはこれじゃ」

『ジパングにおける軍事システムについて』

今回のテーマは遠い異国の地ジパングの戦い模様についての授業、とバフォメットは言う。
ジパングについての文献は数あれど、軍事的な観点から見た資料はいまだに少ない。

「まあ基本的な流れ、と言う物を知って貰えればと思ってな」

完全に趣味の道を突き進んでいる、それでいいのかと突っ込まれれば何も言えない。
とにかく、バフォメットの授業が開始され、生徒達も渋々それに従う。

「さてさて、まずジパングでの戦いについてじゃが、軍隊を動かすにはまず評定を行う」

「ヒョウジョウ?」

「要するに会議じゃよ、皆で集まって話し合うんじゃ」

そもそも戦争のきっかけ、とは言うが…その殆どは些細なものだ。
まずは国境紛争などの安全保障問題。
次に国内の食糧問題解決の為。
前者は縄張り争い、後者は平たく言えば米泥棒の類である。

「へぇ、こっちと大して変わりませんね」

「うむ、どれほど崇高な大義名分があろうとも、軍事行動の理由など所詮こんなもんじゃ」

その戦争目的は、評定と言われる重臣会議により方針が決定される。
評定は当主と、重臣団との意見調整の場であり、
そこで施政全体の中で軍事行動の是非を問われる。
出陣が決まれば、領土拡大の場合でも、略奪が目的であろうとも、その地域の中枢たる城を狙う。
略奪が目的であっても、相手を城に閉じ込めておく必要があるからだ。
さらに敵の後詰め、つまりは後方に居る予備、援軍の類が予想されれば。
それに対する対策、目標を攻略する場合ならそれに必要な兵力、物資の見積もりなど。
やらなければならない事が山ほどある。

「それらを具体的に把握出来てから、出陣が可能となるんじゃ」

「うへぇ…てっきり思い立ったら即行動なのかと思ってました…」

「準備を万端に整えてから、行動するのが大事と言うワケじゃ」

ともかく、出陣が決まった。
そうなれば、次の段階に以降する。

「ダイミョウは、勢力範囲で兵力の動員を開始する」

ダイミョウとは、部下や所領を多く持つ武士と言う意味である。
分国の国人領主や地侍等の中小領主は、ダイミョウに対して所領に比例した兵力を提供する。
中小領主への動員の通達や、古くは軍勢催促と呼ばれた。
軍勢催促状を持った使者が各地に派遣され、それを受領した領主が被官を引き連れて参集する、と言った具合だ。
時代が進むとこの催促に先立って狼煙や鐘などを利用した準備命令の手段が一般化したらしい。
確かに一々使者を各領主に派遣しては時間がかかる。さらに急場に間に合わない可能性もある。

「これを、『出陣を触れる』と言う意味でジンブレと呼ぶんじゃな」

だが、通信システムやネットワークなどが整備されていない遠隔地や山間部への催促には、
やはり人馬に頼らざるを得ない。
自然と、動員する側はそうした不便な地域を基準にすることになり。
出陣までの日時も余裕をもって定めることになった。

動員の内容は、予め定められたものになる。
つまりは軍役。
一般的な軍役とは、それを課すダイミョウが各領主たちに与えた所領に限定して割り当てられる。
と言う事は、各領主達が代々所有する領地に対しては、動員の義務を負わないのが殆どなのだ。
したがって、積極的に手柄を狙い、恩賞を期待する領主達は、軍役分に加え自発的に余分に兵力を動員したりもする。

「褒美が欲しけりゃ余計に動けと言う事じゃよ」

「じゃあ俺も自発的に頑張るから単位下さい」

「結果がすべて!過程なんぞに価値は無いッ!単位が欲しけりゃテストでいい点取れ!」

「言い切りやがった…ッ!」

ここで問題になるのが、動員する兵力の割合である。
統一された石高制によれば、百石につき二〜五人辺りの割合だった。

「コクダカって何ですか?」

「土地の生産性を石と言う単位で表したもんじゃ」

基本的に、所領の規模は石高で表される。

「更には貫高制に則った動員方法もある」

「カンダカ?」

「こっちはその土地の収穫量を通貨単位である貫で表したもんじゃ」

貫高制であれば、某ダイミョウ家を例にとれば七貫に一人と言う割合になる。
前者は所領全体から機械的に算定されるもので、後者は本領を除いたものが殆どだ。
概念的には、前者の方が強力な支配体制下に置かれている事になる。
だが一般的には、殆どのダイミョウ家が後者の概念のままであった。

「前者の方法は、それこそ全国土を統一するような強力な支配体制下でないと出来ないんじゃよ」

「せんせー、さっぱりわかりません!」

「心配するな、ワシもイマイチわからん!」

「おい」

「まあ落ち着け、別に深く狭くやるわけではない。広く浅くじゃ」

とりあえずは、何となくイメージ出来る程度になれば良い。とバフォメットは言う。

「ならここでちょっと話を脱線させて…諸君、占いは好きか?」

「いきなり何です?」

「戦いには縁起が付き物、と言うわけじゃ」

出陣が決まれば、即実行と言うわけにはいかない。
出陣の可否や、その日時の吉兆について、しばしば占いによって神意をうかがう事が行われていた。

「これは純粋な意味での占いの他に、反対意見を黙らせよう、
 民意を操作しようとする手段でもあった」

そのため、占いの駆け引きは、意見対立そのものを反映していた。
良い占いを手にするために、驚くほど強烈な工作が行われた例もある。

「また兵法的な観点からも、縁起や忌諱の類が記されておる」

縁起では、例えば出陣前に落馬して右に落ちれば凶、左に落ちれば吉。
出陣の際に弓が折れたら握りより上は吉、握りより下は凶。
出陣の際に犬が隊列を左に横切れば吉、右に横切れば凶。
出陣の際に鳥が自陣から敵の方へ行くのは吉、
敵の方からこちらに来るのは凶、と言った具合だ。

「…アホですか?」

「うむ、否定は出来ん」

更に忌諱の場合。
出陣前に性交をしてはならない。
妊婦に具足などを触らせてはいけない。
出産後三十三日以内の女性や生理中の女性は出陣する者に触れてはいけない。
甲冑は北向きに据えてはいけない、等がある。

「セックスしちゃ駄目なんですかッ!!」

「駄目なんじゃッ!!」

「そんなッ!!」

「忌諱じゃッ!!」

「最後になるかもしれないのにッ!!」

「ばか者ッ!!裏を返せば必ず生きて帰ってくると言う意味じゃろうがッ!!」

「おお、先生ッ!!」

「帰ってから存分にヤリまくれば良いッ!!」

「なんだこいつら…」

周りがドン引きである。

「まあそれだけ神経使うんじゃよ、戦いに赴くというのは」

「サラっと纏めようとしても無理ですよ」

「…チッ」

話を元に戻そう、軍役、そう軍役。
軍役では、装備も指定される。
重要となるのは、乗馬・弓・鉄砲・長槍・旗などだ。
個人的に所有している槍や刀剣の類は、個人装備とみなされ軍役外とされた。
長槍とは、およそ三メートル以上のものを意味したが、実際はもっと長い。
時代が進むと、その長さを指定する場合も多く、殆どは三・六メートル以上で、
四・五メートル以上のものを要求するケースも少なくない。
更には手明きと言う、武器を持たない人員も多くて全体の二割近くを占めていたが。
実際に戦場では盾や掛矢など、補助的な装備を手にしていることが多い。
ので手ぶらのまま戦場にいるとは限らなかった。

「全体の内訳を見てみると、やはり鉄砲が普及し始めてからの変化が著しい」

鉄砲が導入されてすぐの頃は、騎馬が鉄砲のほぼ三倍、弓が鉄砲の半分ほど、
そして長槍が全体の半数程になるのが普通であった。
しかし、普及が進むと、鉄砲が騎馬とほぼ同数になり、長槍の割合が急激に減る。
同時に手明きの数が増えた。
これは鉄砲使用時に盾を使う者が増えたと考えるのが普通である。
つまり、射撃要員が大幅に増加したと言う事だ。

「各ダイミョウ家ごとの細かい比率はこの際言わんが、
 多少の差異があってもこれは全国的な傾向だったと言える」

「それだけ鉄砲が重要だったんですか」

「良くも悪くも、鉄砲が戦場に与えた影響は大きいもんじゃよ…それはこっちでも同じ事じゃ」

このように、指定された人数や装備を整え、領主達は急いで指定された場所に駆けつける。
そして到着状を提出して、署名を受けるのが一般的だった。

「サインくださ〜いってやつですか」

「その通り」

それぞれ自分が従属する相手に到着状を差し出し、署名を貰う。
これらの事務処理が終わった段階で、動員が完了する。
この到着状はすべて集結され、その合計により軍勢の総数を確定する根拠となる。
しかし、それは必ずしも厳密なものでなく、しばしば自軍の兵力掌握を困難にする原因にもなった。

「次に行軍のお話じゃ」

例えば、ダイミョウが暮らす城に遠い将兵は、ダイミョウの居城に集結し、ダイミョウと共に出陣する
だが、戦場に近い将兵は、それぞれの地域の根城に集まり、一つの部隊に纏められる。

「この集団を○○衆と呼ぶんじゃな、多くはその地名で呼ばれる」

そして、進軍する軍勢と段階的に合流する事になるのだ。
それぞれの将兵は、馬や武具などを自弁し、消耗品である弾や矢、
三日分の食料を携帯する事が慣例化されている。
したがって、片道一日戦場一日の出陣であれば、軍役の範囲で全て賄う事が可能になる。
つまりダイミョウには何の負担も無い。

「じゃが、それ以上となれば話は別じゃ。
 余分な日数分の兵糧や矢弾の総てをダイミョウが負担する事になる」

「さっさと終わらせるに越した事は無いんですね」

「長引けば厄介じゃ、出陣も経済活動じゃからな」

その物資を輸送する役目を担うのが、兵站組織でもある小荷駄と呼ばれる存在だ。

「兵站といえば聞こえは良いが、実際そんな大層なもんでもない」

「補給の問題は世界共通ですね」

「飢えれば、人は動けないんじゃよ。まあ魔物なら他にいくらでも補給方法はあるんじゃが…」

「俺が狙われている…ッ」

「心配するな、仮に世界が滅んでわしとお前二人っきりになったとしても絶対襲わんから」

「それはそれで凄くヘコむんですけど…」

「ここで注目すべき事は、小荷駄は労働課役枠。つまり軍役の対象では無いと言う事じゃ」

「フォロー無しかよ…」

小荷駄は戦闘枠ではない。
しかし、その役割が物資輸送に限定されていたかと言えば、そうともいえない。
軍役と小荷駄は、どちらも下級領主をへて集落に課せられるもので、戦闘要員と同じ出身なのだ。
危険を自ら防ぐと言う役割も期待されていたハズだ。
問題なのは、彼らが運んでいる荷を持って逃げる事と言える。

「逃げる!?」

「この時代の輸送部隊の弱さじゃな、攻撃されると簡単に崩れるのではなく。
 攻撃のどさくさに紛れて荷物を持って消えてしまう。それが問題なんじゃ」
 
小荷駄奉行と言われる輸送部隊の指揮官や兵士には、監視任務もあったと言う事になる。
味方が必ずしも味方のままとは限らないと言うお話。

小荷駄には、人員のほかに多数の牛馬で編成されている。
牛馬一頭に人二人が建前のようだが、実際は人数を節約する為に二頭で三人と言った編成が多かった。
積載量は駄馬一頭で米俵二〜四俵。
米百二十キロ近くになる。
例えばこれを一人当たり一日五合で至急した場合百六十人分と言う計算になる。
小荷駄隊への支給量を差し引いても、駄馬二百頭、人員三百人程度の規模では、戦闘要員一万六千を二日しか養えない。
自前の兵糧を加えても、五日しか持たない。
これで出陣日数を増やせば、小荷駄の数を増やし、更にそれを守る人員も増える。
そうなれば対照的に戦闘要員の数は減ってしまうわけだ。
更に、小荷駄以外にも陣地や城の構築などに使われる人員も含めれば、
その数は膨大なものとなる。
完璧な後方補給システムを確立しようとすれば、実際に戦闘を行う人員は更に減少する。

「つまり不可能って事ですか?」

「いや、不可能と言うわけではない。だがその為には、
 広大な支配地域が後方にある事が条件になる」

「そこまでくれば、あんまり拘る必要無いと思うんですけど…」

「まあ言ってしまえばそうなるな。結局の所、補給は現地調達を見込んだものになる」

「あー、やっぱりこっちと一緒ですか」

「補給問題が解決するのはまだ先じゃろうな、もしかしたら完全に解決する事は無いかもしれない」

苦い思い出である。
現地での物資徴発と運搬も、小荷駄部隊が請け負った。
むしろそれが本業と言ってもいいかもしれない。
しかしダイミョウとしては将来的に自分達の所領になるであろう地域を極端に荒廃させたくない。
無秩序な略奪や狼藉は取り締まり、最低限の組織的略奪を効率よく行う必要がある。
勝手な行動を許可出来ない以上、その役割を担うのが小荷駄部隊というわけだ。

ダイミョウが率いる手勢は、以外と少ない。
自身を守る馬廻り衆、直属の旗本、そして小荷駄やその他使役要員。
全体的に見ると、総勢の約二割程と言ったところか。
しかし、労働賦役の割合は、一番多いのが一般的らしい。
それらを総括して、ようやく出陣となるわけだ。
出陣した軍勢は、なるべく遠回りをせずに、最適の集結地点へと向かう。
行軍距離が長いと、物資や将兵の消耗が増すだけで、いい事は一つも無い。

「それから予定地点に到着したとしよう、さて、ではそれからまず何をすればいい?」

「攻撃!」

「ブーッ!ブッブー!全然ちがいまーす!まず陣地を作るんでーす!」

「何なんですかそのテンションは!」

「わしにもわからん」

「めんどくせぇ…この人すっげぇめんどくせぇ…」

敵と対する場合、それが長くなろうものなら進退の拠点となる場所は重要な意味を持つ事になる。
敵の攻撃に備え、味方が崩れた場合に踏みとどまる場所になる。
また陣城は攻城戦においても重要な意味を持つ。
敵の後詰の軍勢を迎撃、阻止する上での拠り所となる。
包囲陣の外郭の役割を担うというわけだ。
こうして拠点に布陣した軍勢は、次に敵城の付近まで兵を進める。
包囲して敵の物資搬入路を遮断しするために付城を築く。

「このように、普通は目的地についてもいきなり攻めかかる事は無い」

「じゃあ何するんですか?」

「うむ、まずは敵に降伏、開城を勧める」

城のような要塞を攻めるには兵力三倍の原理を単純に適応する事は出来ない。
個々の構造物が独立した陣地としての機能を持ち、
三倍の兵力にも耐え得る仕組みを持っていた。
更には地形や構造を極力利用し、容易に三倍の兵力を展開させないようになっている。

「余程の大軍でも無い限り、無闇に突っ込むのは悪戯に被害を出すだけと言うわけじゃ」

その為、敵が降伏を拒否した時は、城を囲み。徐々に締め上げて行くのが定石と言える。

「では、城に篭った敵をどうするか、ここでも策を弄する必要がある」

「具体的には何をすればいいんですか」

「敵を外に出すよう仕向ければいいわけじゃ」

城自体、何の力も無い。
城に篭る守備兵がいなければ駄目だ。
つまり敵を外に誘い出し、野戦で撃滅すれば、労せず城を攻略する事が出来る。

「そんな簡単に誘いに乗りますかね」

「人間意外と単純なもんでな、やられて嫌な事なんぞ大体きまっとる」

典型的な例としては、田畠薙だ。

「デンバクナギと言って、農地を荒らす行為の総称じゃ」

農地を焼き払う、収穫期の農地から作物を奪うなど。
俗に言う青田刈りの語源になったとも言われる実る前の作物を刈り取る場合などに分けられる。

「この行為は、基本的に敵のメンツを傷つける、
 自分達の強さを印象付ける、物資調達の一環にもなるわけじゃ」

「城に篭る農民からしたらたまりませんよね」

「最も、こんな初歩的な煽りで城から飛び出すような気の短さでは生き残れん」

優秀な将が城にいれば、血気に逸る連中を抑え、引き留める事が出来る。
攻める側は、単なる挑発だけでなく、敵が城から出て来やすい状況を作る必要がある。
例えば手明きの連中だけで攻めさせたり、小荷駄部隊を目立つように先に立て農地を荒らさせる。
相手にやる気が無いと見れば、率先して城から出てくる可能性は大きくなるわけだ。

「勿論、ここで重要になるのは双方の指揮官の器量じゃな」

攻める側は、囮の部隊で敵を釣り出し、護衛部隊がそれを拘束し、他の部隊が迂回し退路を遮断。
そして主力の部隊が敵を囲み、撃滅する。
その為には、各部隊が有機的に連携せねばならない。
中でも重要なのは囮となる部隊で、いかに無様に逃げるように見せるかが重要となる。

「せんせー、それでも無視されたらどうするんですか」

「単純に考えて黙って篭ってりゃ勝ちのように思えますけど…」

「それでも出て来ないのなら、いよいよ城に対する攻撃に移るんじゃよ、戦じゃ戦!」

バフォメットのテンションが一気に上がった。
まずは城に接近する、それも出来るだけ近くに。
当然敵も反撃してくるだろうから、それを無力化する事になる。

「俗に言う攻城装置の類じゃな、盾と車輪をつけた亀甲車などがその代表となる」

「何か聞いた事ありますね、穴掘ったりするんでしょ?」

「城を攻めると言う行為は、言ってみれば大規模な土木工事でもある」

堀を埋め、塀を引き倒し、または穴を掘り壁そのものを崩れ落とす等。
それを担うのが、工兵的役割を持つ集団だ。

「無論、城に篭る方もただ指をくわえて見ているだけでは無い、
 可能な限りこちらの作業を妨害してくる」

具体的には、はやり自分達の補給路の確保や、相手の小荷駄を襲撃など、
積極的に城から出てくる例もある。
なので、小荷駄を率いる指揮官には沈着冷静で老練な戦巧者が選ばれるのが普通だ。

「しかし、城だけで抵抗するにも限界がある、そこで重要となってくるのは、敵の主力との戦いじゃ」

「助けが来てくれるんですね」

「敵の援軍、後詰が来たときの対応如何で勝敗が決すると言っても過言ではない」

仮に城の兵力がこちらの軍勢と大差ない場合であったなら、城の守備兵が大挙してやってくる。
また、城に大した兵力がなくとも、後詰が十分な兵力を持っていれば、こちらまで押し寄せてくる。

「そんな時に城の包囲に拘って兵力を分散していれば、どうなるか」

「対応が遅れてしまいますね…」

「即座に対応しなければ、最悪の場合そのまま負けにつながってしまう」

中途半端な行動こそ命取りである。
この場合は余程兵力で優越していない限り、全力で迎撃する。
それが無難だ。

「包囲を解く場合、敵城と援軍の連絡を妨害しつつ、敵からの挟撃を避ける位置に布陣する」

通常は元の陣地を使用する事になるだろうが、
余裕があれば新たに敵との間に割って入る位置に陣地を築く。
これに対して包囲を解かない場合には、考える余地は殆ど無い。
敵城の押えに最小限の兵を残し、敵援軍の進路を妨害する位置に全軍で布陣する。
もちろんこの時点でも、相手の援軍が陣地を築いて対陣するなり、
兵を引くなどすれば、合戦の回避や先延ばしも可能だ。

「それもなければ、いよいよ合戦になると言うわけじゃ、
 テンションあがるのう、誰か景気付けに法螺貝でも吹いてみろ」

「無茶振り過ぎる…」

「ブフォ…プオ〜プシュゥゥゥ…ピィー」

「やんのかよ!しかも下手だな!」

「すまん…わしが悪かった」

場のテンションが一気に下がるのが、よくわかった。
このようにメンタル面も戦場では重要な要素となり、指揮官は常に士気を維持する必要がある。

「強引に話戻そうとしてる…」

軍勢の進退や陣形の形成は、備と呼ばれる単位で行われる。

「ソナエって具体的にどれくらいなんです?」

「大体数百から数千の範囲じゃな」

「アバウトすぎません?」

「いいんじゃ」

いいのである。
一つの陣形を作るには、七〜十五の備が必要になる。
これを各ダイミョウは独自に配置し、
打ち鳴らされる太鼓などを合図に先鋒同士が交戦可能な距離まで前進する。

「戦闘の第一段階としては、
 まず間合いが二〜三町ほどに詰まったところで始まる鉄砲の撃ちあいじゃ」

「その町ってのも単位ですか?」

「うむ、大体二百十八メートルから三百二十七メートル辺りまでだと思えばいい」

「鉄砲とかって、よくギリギリまで引き付けてから撃つイメージが強いんですけど、
 そうじゃないんですね」

「よくある話じゃな、引き付けて一斉射撃!とイメージするだけならいいんじゃが、
 実際そう上手くはいかん」

最前列に盾や竹の束をかけ並べての射撃戦では、
実際このくらいの距離から発砲し敵の前進を妨害するのが一般的らしい。

「やはり火器から出る硝煙などで、視界が遮られる事が多いんじゃよ、
 これはこっちでもその傾向が強い」

あまり引き付けすぎると、硝煙などで視界を遮られた隙に敵が容易に接近出来る。
そうならないために、適度な間合いから撃ち合う事が重要だったのだ。

「ともかく、何回か撃ち合えば当然煙で視界が悪くなる、
 それを逆に利用しつつ、お互い間合いを詰め合うのじゃよ」

こうして間合いを詰めると、今度は鉄砲の空白を埋める形で矢の撃ち合いが始まる。

「矢っすか」

「矢をナメたらいかんぞ、確かに鉄砲は近代的な兵器じゃがあくまで直線的な攻撃しか出来ん。
 矢はいうなれば曲射兵器、頭上から矢の雨が降り注ぐのを想像してみろ」

鉄砲に対して組まれた盾の頭ごしに振ってくる矢を防ぐには、盾を頭上に並べる必要がある。
それにより、お互いの動きはさらに緩慢なものとなっていく。

「何とか間合いを詰めると、お互い防具を捨てて長槍でのシバキ合いに以降する」

「シバキ合いって…」

「槍の本来の用途である刺突は二の次だったと言われとるが…
 まあ殴る叩く突くと言った感じに各々戦っていたんじゃろう」

「槍の長さって統一されてるんですよね?」

「そうとも限らん、実際使い慣れた槍を使う者も多い、
 穂先を揃えて同時に動くと言うわけにはいかなかったようじゃ」

「やっぱり長さがちぐはぐだったんですね」

「あるブショウがこんな事を言ったとされる。
 『馬を乗り入れるなら、槍の長さが統一された部隊を狙え』と」

「その理由は?」

「槍の長さがちぐはぐな部隊は、
 場数を踏んだ古参のものが多く居ると言う意味じゃ、そんな中に馬を乗り入れたら、
 返り討ちにあう、逆に槍の長さが揃っている部隊は、
 支給された槍しか持たぬ素人同然の集団と言う事になる」

「何かずるい気がしません?」

「弱いところを狙うのは常識じゃろうが、戦でもベッドの上でも」

「先生それ下ネタですよね」

シバキ合いを続ければ、自然と双方に損害が出る事になる。
兵士の体力は消耗し、陣形は乱れる。
そうなると、指揮官の采配が末端にまで行き渡らなくなってくる。
すると、備を入れ替えるなり、新手を繰り出すなりをして、前線の部隊を再編、あるいは増強しようとする。
そうした押し合いが続けば、どちらかが力尽きて崩れる。
先鋒の崩れが全軍に及ぶのを防がなければ、総崩れとなる。

「まあただ正面からぶつかるだけでは芸が無い、横槍を入れたりする事もある」

ただ、正面を固めて脇を固め、その上で横槍でないと、逆に突かれて自滅する。
横槍を出す兵力も重要だ。その兵力が多すぎれば、いたずらに遊兵となるだけだ。
肝心な時に予備兵力が不足する事にもなる。
さらに双方の横槍が鉢合わせたりすると、結局の戦局を打開する事は出来ない。

「横槍にはリスクが付き物じゃ、それを実行する為には、
 先鋒の将も相当の覚悟と能力が無ければいかん」

その割には、横槍の戦例が多いように思えるのは、結果的に目立つからだろう。

「そして、バーンとやってドッカーンとなってズッコンバッコンした結果勝てば、追撃に移る事になる」

「擬音で誤魔化しやがった!」

「しかも微妙に古い…」

とにかく、戦闘可能な兵力を使い果たした方が負けとなる。
勝者は追い討ちをかける事で、より戦果を拡大する事が出来たのだが、
深追いや整然と引き上げる敵を追う事は戒められる。
もし返り討ちなどにあえば、せっかくの勝利に傷をつけることになる。
敵を完全に駆逐せずとも、戦場となった地域の支配が出来れば、
合戦の目的は果たした事になる。
問題は引き分けになった場合で、そうなればお互い陣地に引き上げて睨み合いとなる。
後日再戦したり、一方が引くまでそれが続く。
敗北はを別にすれば、これが最悪のケースとなる。

「このように合戦とは、その後の戦略を大きく左右する。敵を追うか、再び陣に戻るか、兵を引くか」

「そこまで予想して指揮しないと駄目なんですね」

「そうじゃな」

さてさて、戦いが終われば戦後処理が始まる。
今置かれた状況を的確に判断し、今後の方針などを決める。
この時点で目標の城が落ちていなければ、ただちにその場で首実検を行って戦果を確認し、
その上で城内に向かって勝利をアピールする。
城が落ちていれば、そこに陣を移し首実検を行う。

「クビジッケンですか?」

「うむ、こうやって首を並べてな、こいつは誰彼の首じゃと確認する作業の事を言う」

いつの間にかバフォメットが、女性の首を抱きかかえていた。
それを無造作に教卓へ置き、更に二つ首を並べる。
合計三つの首が、教卓の上に並べられた事になる。

「ちょっとちょっと、何自然にやってるんですか!」

「生首ですよねそれ!?マジで何やってんすか先生!」

予想通りの反応が返ってくる。

「心配するな、これはな、デュラハン達の首じゃ」

今回の授業の為に、予め何人かのデュラハンに頼んで、首を借りて来ていた。
首実検の再現にはこれが一番手っ取り早いのだとバフォメットは言う。

「ああ、デュラハンですか…よかった」

「先生が犯罪者になったのかと思いましたよ…」

「そんなに信用無いか、わし?」

「かなり」

「そんなものは無い」

「泣くぞ?本当に泣くからなわし」

とにかく、首実検の実演を行う。生徒達は嫌でもその光景を忘れる事が出来ないだろう。
首実検の場は、それだけ重要なのだ。

「そこのお前、首戻しておいてくれ」

「え、僕っすか」

「わしの教員室に持ち主を待たせておるから、届けてこい」

「首運ぶってすっごいアレな光景ですよね」

「誰かに見つかるなよ?」

首を運べと指示された生徒は、渋々ながら首を抱かかえ教室を出て行った。

「すまんな、骨は拾ってやるからの」

「あいつ、生きて戻れるかな…」

「えらいこっちゃ…地獄や」

「いや、ある意味うらやましいだろ」

首を長時間外したデュラハン達が待つ部屋に、
哀れにも足を踏み入れようとする生徒に対し、皆様々な思いを抱く。
その後、バフォメットの教員室から悲鳴とも嬌声とも取れない声が響き渡ったのは、また別のお話。

「いずれにしても、やる事を終えたら引き揚げじゃ」

目標の場所に抑えを残し、凱旋する。
仮に負けた場合や、目標を達成出来ない場合なら、何かしらの引き揚げる名目が必要になる。
合戦に勝てば、それを理由に出来るが、多くの場合は神仏の意思を持ち出したり、他方面の情勢を持ち出すなど、
苦しい言い訳を強いられる事になる。

「駆け足になったが、大まかにはこういう流れになる」

「尊い犠牲も出ましたね」

「忘れてはならん、犠牲者の無念を!」

「いやアンタが原因でしょうに…」

「細かい話は色々省いたので、興味があれば自分で調べればいい。」

「おお、教師っぽい」

「れっきとした教師じゃ!」

ともかく、これで今回の授業は終了…のハズなのだが。

「最後にもう一つ」

「まだあるんすか」

「知識を得た所で、今度は実践じゃ!」

「また物騒な事を…」

「そこで特別ゲストの登場じゃ!カマーン!」

バフォメットが高らかに宣言すると、教室のドアが開かれた。

「え、魔物?」

面食らったのも無理はない、そこに居たのは魔物達だった。
それも、ジパング地方にしか居ないとされる魔物ばかりだ。

「ジョロウグモや稲荷にゆきおんな、河童やアカオニにカラステング…すげぇ!オールスターだ!」

「戦争でも始めるつもりなんですか先生!?」

「その通り、今から彼女達を相手に今まで習った事を振り返りながら実践に移って貰う」

「…そんな滅茶苦茶な!」

「今回の授業を行う為に、こつこつと彼女達から教えを乞うた。
 その見返りとして、男を紹介すると言う約束じゃった」

「とんでもない事言い出したぞコイツ!」

「やべぇ!教師としてどうなのよそれ!」

「…あるッ!」

「と言うか今まで学んだ事まったく関係ないですよね?
 正直これがやりたかっただけなんじゃないですか!?」

「うん」

「ちょっとは否定して下さいよォー!!」

「では皆々様、存分にお楽しみ下され」

「結局タイラノマサカ○ってデュラハンなんですか!?」

「まだ気にしてたのかお前…」














その後、散々騒ぎ散らして満足した魔物達は帰っていった。
何人か連れ去られた生徒も居たようだが、詳細は不明である。
校内の掲示板に貼られた紙には、このような事が書かれてあった。

『バフォメット先生の体調不良により、しばらく授業をお休みさせて頂きます。』


「絶対嘘だこれ」






10/11/23 17:45更新 / 白出汁

■作者メッセージ
ふと思いついたので
あくまでも個人的なジパングに対する妄想です。
バフォメット先生は自宅謹慎になってると思います。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33