連載小説
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死神と魔物
 夜更け、彼女たちは東にある入り口から廃坑へと潜入した。
 マルガの手にしたランタンが闇を切り裂く。
「全く良く気がつく女だぜ。いい嫁になるんじゃないか?」
 彼女が手にしたソレはいざという時シャッターを下ろす事で
灯りを消す事ができるスグレ物だ。
 アッシュの軽口を修道女は完全に無視して先に進む。
「やれやれ…、肩に力が入りすぎだぜ」
 青年は苦笑し、彼女を追いかけた。

「ところでシスターは何で死神を追ってんだ?」
 アッシュは懲りずにマルガの背中に問いかけ続ける。
「………」
 彼女の返事は無い。
「…仇討ちか?」
 青年の言葉にマルガは思わず足を止めた。
「どうして、そう思うの?」
 振り返らずに彼女が問い返す。
「…そんな目をしている」
「知った風な口を聞かないで…!」
 再び歩き出した修道女の背中へアッシュは心の中で呟いた。
(知っているさ。俺も…)

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 どうやら自分はおしゃべりな男に縁があるらしい。
最近、マルガはそう思っていた。
ここの所、出会った男たちは皆、口の軽い連中ばかりだ。

 ユアンは無口な男性だった。
ユアン自身の事もマルガは全然聞いた事が無かった。
けれど、それでも構わなかった。ユアンがどんな人間でも構わない。
私が好きになったのは出会った時の、今のユアンを好きになったのだから。

 ユアンは孤独な男性だった。
だが、孤独ゆえ、ユアンは誰よりマルガを必要としてくれた。
そんな彼の傍にいられるだけで幸せだった。

だからこそ、ユアンの命を奪った、あの男だけは赦せなかった。

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 山賊たちは坑道内のあちこちに藁や毛布を持ち込み、
それを寝床として休んでいた。

 マルガとアッシュが構造図を頼りに進んでいると
前方に灯りが見え、足音が聞こえてきた。
 足音から判断すると相手はどうやら1人の様だ。
 アッシュは無言でランタン、続いて坑道の壁を指差す。
その意図を察したマルガはランタンのシャッターを下ろし、坑道の壁に張り付く。

 あくびをしながら1人の男が通り過ぎていく。
その背後に忍び寄ったアッシュが背後から男の首へ組み付き、締め付ける。
頚動脈を締められ、十秒足らずで男は意識を失った。
 2人は男を坑道の奥へと引きずっていき、壁際に座らせた。
アッシュは男に猿轡を噛ませ、縄で縛った後、頬をはたき、彼をたたき起こす。
目が覚めた男は突如自分に降りかかった災難に怯えていた。
「正直に答えれば、命だけは助けてやる」
 男の目を見つめながらアッシュが低い声でそう言った。
「これから地図を指差す。お前たちのボスの居場所だったら首を縦に振れ」

 男から山賊のボス―死神の居場所を聞き出した2人は
すぐさま、そこへ向かった。

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 もうすぐ、あの男を追い詰める事ができる。
そう思うとマルガは今すぐにでも駆け出したい思いだった。

 はやる気持ちがついつい歩調を速くする。
他の山賊たちに気づかれぬよう慎重に進んでいく。

 けれど、この時の私は自分が思っているよりも
相当に高ぶっていたのだろう。

 私は直ぐにそれを思い知ることになった。

###############

 この先に死神がいる。
 黒い修道服に身を包んだ女の身体に憎悪が滾っているのが見える。

 このまま、彼女を先に行かせていいのだろうか?
そんな考えが脳裏をよぎる。

 だが、アッシュにはマルガの背中を黙って見ている事しかできなかった。

###############

 坑道を進む事、数分。
彼女たちは山賊から聞き出したボス―死神の寝床へと辿り着いた。

 意を決してマルガが中に踏み込もうとする。

「止まれ。…手をゆっくりと上げろ」
 背後から男の声が聞こえ、彼女の背中に固いものが突きつけられた。
隣を見れば、アッシュも同じ様に手を上げている。
 気がつけば、2人の背後に山賊の1人が立っていた。
彼は2丁の拳銃をそれぞれの背中へと押し当てている。
 最後の最後で2人とも油断してしまったらしい。
「ゆっくりと前に進め」
 男に命じられて2人は寝床へと入った。

「ボス、侵入者です」
 2丁拳銃の山賊が坑道の脇に寝転がっていた男に呼びかけた。
低い呻き声が響き、ボスと呼ばれた男はゆっくりと半身を起こす。
 その男は死神の名の通り不気味な雰囲気を持った怪人だった。
青い目は澱んだ色を湛え、整った顔立ちもどこか作り物めいた感じがした。

「女はここに置いていけ。男の方は外に連れて行って殺せ」
 死神は酷薄な笑みを浮かべると部下にそう命じた。
「待って!」
 山賊たちを刺激しないよう静かな声でマルガが叫んだ。
「…貴方が本当の死神なの? 噂じゃ、刺青があるって聞いたけど」
 突然、彼女はそんな事を言い出す。
隣のアッシュは僅かな隙が無いかと四方に視線を飛ばしていた。
「世間じゃ、そう呼ばれているらしいね」
 死神は嗤いながら、左腕を持ち上げて見せた。
「これが見たいのかい?」
 左腕に絡みつくように黒い死神の刺青が彫られていた。

(違う…! 胸じゃない…!)
 マルガが心の中で叫んで見ても状況は変わらない。
人違いでしたでは済まないだろう。

「気が済んだかい? じゃあ、お友達にサヨナラして貰おうか」
 死神はチェシャ猫のように嗤った。

 彼女の中の落胆が身体から力を奪う。だが、今は呆けている場合じゃない。
勝負は一瞬しかない。マルガは己を奮い立たせ、意識を集中する。
そして、時間がスローモーションのように流れ出す。

###############

 マルガの五感が最大限に研ぎ澄まされる。
全身がいつでも反応できるように熱く燃え上がる。
だが、思考は氷の如く常に冷静に。
彼女に銃を教えてくれた師がいつも言っていた言葉。

 2丁拳銃の山賊はマルガの背に当てていた銃をゆっくりと下ろす。

 刹那。マルガの身体を覆っていた修道服が背中側から弾けるッ!
黒い服を突き破り、闇色の尻尾が背後の山賊を打ち据えた。
同時に彼女はピースメイカーを抜き放ちざまに撃つッ!
狙いは正面に座る死神。
だが、死神は信じられない反応速度で床に転がって回避したッ!
構わず、連射で仕留めようと続けざまに撃つ。
しかし、皮肉にも彼女が脱ぎ捨てた服が視界を塞ぎ、仕留め損なった。

###############

 刹那。マルガの背中が弾け、闇色の尻尾が山賊を打ち据えた。
たまらず、山賊がバランスを崩す。
 一瞬のチャンス。アッシュは身体を反転させつつ、山賊の腹部に左肘を叩き込んだ。
空いている右手で拳銃を抜き、倒れた男にトドメを刺す。

 アッシュがマルガを見れば、彼女は苦戦しているようだった。

 マルガの3発をかわした死神は壁際のテーブルの下へと潜り込む。
彼はそれを横倒しにして遮蔽を取った。

「シスター! 今の銃声で他の山賊たちが来る! 引き上げだ!」
 アッシュが叫ぶ。
「まだ決着がついてないッ!」
「そんな事言っている場合か!?」
 などと互いに怒鳴りあっていれば、死神から反撃が飛んできた。
「シャアァァッ!!」
 テーブルの陰から身を乗り出した死神は奇声を上げ、発砲してくる。
「ぐぅっ!」
 アッシュはマルガを庇うように抱え込むと柱の陰に飛び込んだ。

 再び、死神がテーブルの陰へと隠れ、沈黙が訪れる。
「離しなさいよッ!」
 アッシュの腕の中で下着姿のマルガが暴れた。
「…あの男はアンタの仇じゃない。違うか?」
 アッシュはひどく真摯な眼差しで腕の中の女を見つめる。
「………」
 真実を言い当てられ、彼女はもがくのを止めた。
「だったら、これ以上、アンタが手を汚す必要はない。…俺が殺(や)る」
 そう言うと青年は柱の遮蔽の外へとゆっくりと出た。

「よお、死神。ソイツは中々上等なテーブルじゃないか」
 彼はわざと明るい調子で隠れたままの男へと呼びかけた。
「だがな、真上からはガラ空きなんだよ!!」
 アッシュは銃を握る手に力を込め、銃口を天井へと向けた。
 飛び出した弾が天井の固い部分に命中し火花を散らす。
(どこを狙っている…?)
 訝しげに天井を見上げた死神の額を跳ね返った弾が貫いた。

「急ごう…時間が無い」
 アッシュは倒れた男を一瞥し、マルガの腕を掴んだ。

###############

 ゆっくりと、だが確実に大騒ぎへとなりつつある廃坑の中から2人は脱出した。

 坑道の暗闇を抜けると青い月明かりが彼女たちを照らす。
その時、不意にマルガを先導していたアッシュが足をもつれさせ、前のめりに倒れた。
「何やってんのよ!? 早く立ちなさい!」
 倒れた青年は肩で息をするような酷く荒い呼吸だ。
ここまで急ぎ足だったとはいえ、不自然なまでの荒い…。
「一体、どうした…」
 倒れたアッシュへと近づ寄ったマルガはそれに気づいた。
彼の脇腹の辺りに広がる赤い染みに。

 数刻前の記憶が彼女の脳裏にフラッシュバックする。
アッシュに庇われた時、彼は死神に撃たれていたのだ。

「待ってなさい! すぐに手当てするから!」
 マルガは青年の身体をひっくり返し、仰向けにした。
そして、胸元に手を添え、シャツを引き裂く。

「…ッ!?」
 露になった男の肌を見て、マルガは息を飲んだ。
 脇腹の傷からは今なお、大量の血が溢れて来ている。
このままではアッシュの命が危ない。

 引き裂いたシャツで止血しようとする彼女の腕をアッシュが掴んだ。
「…俺の事はいい。マルガ、君だけでも逃げるんだ」
 荒い息をつきながら、青年がそんな事を言ってくる。
 確かにまだここは安全とは言えない。
けれど、このまま放っておけば、彼は命を落とすだろう。
マルガが助けなければ、アッシュは確実に死ぬ。
「…俺の為に君が命を賭ける必要なんてないんだ。…早く行くんだ」
 彼女の腕を掴む彼の手は震えていた。

 アッシュも本当は怖いのだ。自分が死ぬのが。
だが、彼の誇りか、男の見栄か、それとも別の想いか、
紡ぎ出される言葉はマルガの事ばかり…。

 馬鹿な男だ。彼女は胸のうちでそう呟いた。
しかし、彼女を見上げるアッシュの眼差しは、どこか。
どこか、ユアンに似ていた。

「絶対に見捨てない。アッシュ、貴方は私が助ける」
 マルガは力強くそう笑う。
「…強情っぱりな女だ」
 アッシュは安堵したように微笑むと気を失った。
11/03/29 22:57更新 / 蔭ル。
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