連載小説
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ムカつく奴らと玩具なアタシ
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トーマス・キャンベルは饒舌な男だった。
ネモの容態が安定した事、アタシの火傷が間も無く完治する事
ついには治療内容まで事細かに説明しようとしたので慌てて言葉を被せた。

「あの さ ネモの体のことなんだが」
「あぁ 良く知っているよ。私は彼の主治医だからね」
「・・・じゃあ アイツに『元通りにする事は不可能だ』って言ったのは」
「よく知ってるねぇ。確かに私はそう言った」
その言葉を聞いた瞬間、殴る為にスライムから拳を引き抜こうとして

肩に触れられただけで 右腕が動かない。

「まだ火傷が治っていない。動いてはいけないなぁ♪」
触れた手が離れても全く動かない右手を
アタシはバカみたいに見つめるしかなかった。

「彼に施された魔術は完結しすぎているんだ」
大仰に落胆した表情を作りながら自称医者が話をつむぐ。
「術式が相互に干渉しあってどれか一つ解除すると致命的な不全を起こす」
聴診器の先を指先で小刻みに叩いているのは、どうやらこの男の癖らしい。
「意味不明なモノも含めて術式は数百、同時解除も不可能」
溜息をつきながら隣のベッドに目線が移る。つられてアタシもネモを見た。

「一つだけ治療法を考えたんだが、当時の彼は首を縦に振らなかった」

「なっ 何だよ 治るのかよ!不可能じゃねーのかよ!」
「『元通り』は無理。その結論は変わらない。発想を逆転させるのさ・・・」
難しい顔で腕組みをしていた自称医者が突然アタシを見つめる。
探りを入れているような視線はアタシの神経に羽根ボウキをかけやがる。
無遠慮に見続けた後、自称医者は瞑目しながら口を開いた。

「ズバリ!『You魔物娘と仲良くなっちゃいなYo」て提案したのさ♪」
と白々しい笑顔でほざきやがったんだ。

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振り上げようとした左腕はまたしてもワンタッチで不随になった。
治療してくれているスライムが動かない腕で遊び始めているが
アタシは目の前のヤブ医者にどうやって危害を加えるか考えるのに忙しい。

「ナンパで魔術が解けるか糞野郎!脳味噌こねるぞ!」
「糞野郎はどうかと思う・・・あと魔術を解く気はないよ」
何を聞いていたんだい?と言いたげな嘲る視線に頭が沸騰しそうになる。

「引いてダメなら押してみろって言葉があってね♪」
「逆だろ・・・」
「彼の体がインキュバスを模倣する為に弄られたのは知っているね」
「あぁ それがどうした?」
「だからさ いっそのことインキュバスになっちゃえばいいや♪と」
「了承する訳ねーだろ!」
くっ 腕が使えたら窓から放り出してやるのに!

「そもそもインキュバスになるにはサキュバスじゃないと無理だろーが!」
「それが 一概にそうとも言い切れないんだ」
「はぁ?」
ヤブ医者が浮かべる含みのある笑みが心の警鐘を打つ
「聞いたら後戻りできないよ」と言っているかのようなスマイルで・・・
「・・・話せよ」

「ふむ。この街で人と魔物のカップルが急速に増えているのは知っているね」
「その者たちの中に、相手の魔物の特徴を帯びる男が若干名出ている」
「・・・は?」
「原因は不明。この街以外での発現は確認できず。わからない事だらけだ」
情けない言葉の割に、ヤブ医者の目は危険なほどに輝いていた。
新しいおもちゃを与えられた子供のように生き生きとしている。

「いまのところ実害は無いけれど、発現した能力は人の枠を超える」
「インキュバスほどではないが性的にも強化されるらしい」
「ネモ君にも同じ変化が起きれば体調が安定する可能性があるんだなこれが」
「確証は無いけどね♪」とヤブ医者がなにやらほざいているが
アタシには別に引っかかることがあってそれどころではなかった。

「ネモは・・・魔物と付き合う気は無かったのか?」
ネモにとって体の秘密が重い負担になっているのは明らかだ。
それを治せる手段があれば普通なら四の五の言わず受け入れるはずだ。
それなのに解決策を取らないって事は・・・
「それがねぇ 不器用というかなんと言うか・・・」
眠るネモの額に張り付いた髪を整えながらヤブ医者が呟く。アタシと替われ!
「『体の事を理由に恋人を探したくない』とか言っていたよ」

男娼になる事を告げに来た日にネモはこの話をしたらしい。
自分は選ぶ側に立たない。選ばれる側の存在になる。
そうすることでネモが何に納得したのかアタシには理解できなかったが
ネモらしいな とは思った。

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「ニュクスの支配人の心配をよそに彼の人気は上がっていった」
あぁ やっぱりモテていたのか。ちくしょう。
「『身請け』の話もちらほら。浮かんだり沈んだり」
なっ!?聞いてないぞ!どこのどいつだ!
「誰にも落とせなかった彼の様子が変わってきたのは 半年ほど前か」
・・・半年前?

「ニュクスの古株連中が定期健診のときに同じニュースを言ってくるんだ」
キョトンとしているアタシの顔をニヤケ面で拝みながらヤブ医者が続ける。

「ネモ君が初めてVIPカードを客に渡したって。大騒ぎさ」

鼓動が跳ねるのがわかった。血が上って耳元がゴウゴウ鳴っている。
「食堂で食事。店外デート。ニュクスのスタッフの驚愕の声はその後も続き」
当たり前に繰り返した事が、当たり前ではなかったらしい。
「身請けを受けるとネモ君が言った時、スタッフ一同泣いて喜んだそうな」

それを聞いたアタシは本当に嬉しくて 涙が溢れて
でもこの涙は 嬉しいだけの涙ではなかった。

「でも アタシはネモを迎えることができない」
「おや?」
「できないんだ・・・」

今日のために用意した金はネモのために使った。後悔は無い。
だけど アタシが約束を守れなかった事に 変わりは無い。
こんなにも悔しい気持ちは 生まれて初めてだ。

「元気か!ガロアちゃ〜〜ーー・・ん?」

いつものバカ野郎が病室の入り口で冷や汗をかいてやがる。
手に持つ鉢植えにはグリーンハーブの文字。見舞い品のつもりらしい。
「なに泣いてんだよ〜。寂しいなら俺が・・・」
「ファイス。私が言うのもなんだが、黙ったほうがいいよ♪」
「・・・はい 先生」

このお調子者もヤブ医者には敵わないようで、それっきり黙る。
おかげで涙声で怒鳴らなくて済んだが、感謝なんかしてやらない。
「面会時間は過ぎているんだが・・・実験台にでもなりに来たのかい?」
「先生その笑顔ストップ!シャレにならねー!」
角度の問題でヤブ医者の笑みは見えなかった。見えなくて良かったのだろう。

「いや、今日は南門詰所二等衛兵ファイス・ファムリースとして さ」
持ってきた物を棚に置きながらファイスがほざく。だから鉢植えはやめろ。

「『眠りのガロア』に用があるんだな これがまた」

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『南門詰所二等衛兵』様が『眠りのガロア』に用がある。
目の前の軽薄な男は確かにアタシにそう言った。
今日のコイツはお役人様としてアタシに会いに来たってことだ。

あの日、アタシは人間4人に危害を加えている。
どんな理由があろうとこの事実は変わらない。
その事について『街』に何らかの案件が生じたのでヤツはここにいる。
おまけに今のアタシは両腕が動かない。ヤブ医者のせいで。
咎めるようにヤブ医者を睨むと口笛を吹きながら目を逸らしやがった。
不意にファイスが表情を消したスカしたツラでツラツラと喋り始めた。
「アーツ入荷代行社所属、護衛担当ガロア殿・・・」

「この度は犯罪者の逮捕にご協力頂き、まことにありがとうございました☆」

音を立ててアタシの顎が落ちた。
アタシの不安は見事に的外れだったらしい。
ヤブ医者が耐えられずに肩を震わせて悶えている。

「逮捕者はそれぞれ『街』でも評判の悪人で我々も手を焼いておりました」

肩をすくめて「やれやれ」と仰々しく溜息をついてやがる。
突然ドアが開き、戸口から新たな人物が部屋に入ってきた。
刈り込んだ髪 顎まである揉み上げ 筋骨隆々の体躯 まるで熊だ。 
そんなガタイの男が大きめの皮袋を重そうに抱えている。

「あまりの悪行に町の有力者からは懸賞金が出される始末でして・・・」

ファイスが胸元から取り出した手配書をアタシの目の前に晒す。
そこにはアタシが潰した連中の人相書きと共に数字が並んでいる。
今見せられているのはゴロツキ供の手配書で、金額はたいした事無かった。
はっきり言って三人合わせても護衛料一回分にすらならない。

「特に一名は領内を股にかけて暴れまわった札付きでして・・・」

新たな手配書が胸元から飛び出る。どれだけ深いんだ?コイツの懐は・・・
あきれながら手配書に目をやると痩せこけた貧相な男が描かれていた。
ローブで隠れていたので細部は覚えていないが、あの目つきは忘れられない。
全てを見下す あの目だけは・・・

「ありとあらゆる罪を犯したので、相応の額が付いてます☆」

胸糞悪い人相書きの下、懸賞金の額は

アタシがネモを身請けする為に用意した金額と ほぼ同じだった。

赤いものを見たわけでもないのに 理性が吹き飛んだ。

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怒鳴り込んだ酒場に アイギスはいなかった。

店のマスターが言うにはアイギスは定期的に河岸を変える流れの占い師らしく
次に立ち寄るのは一月ほど先だという。
アタシは火傷が治ったばかりの拳を試す場を失ってトボトボと病院に戻った。
ちなみに自由を失っていた腕は酒場に付く頃には動くようになっていた。

脱走の罪は別室に配置換えという形で償う事になった。
ネモと一緒にいたかったアタシにとって これ以上の罰則はない。
アタシは鍵付きの個室に先程のスライムの監視付きで閉じ込められた。
「ずいぶん怒っていましたね」
「・・・他人の手の平で踊るのは趣味じゃないんだ」
アイギス・・・次に会ったらどうしてくれよう。
「・・・とにかくごはんを食べてください。」
気がかりだった病院食は思ったよりも食べ応えがあった。
予想外の内容に驚いていると魔物別に栄養計算している事を教えてくれた。
ヤブ医者もたまには役に立つようだ。

食器は別のスライムが回収しに来た。監視は以前続行中。
目の前のスライムは余程暇なのか編み物を始めている
「スライムが編み物かい?」
「ええ。寒くなる前に仕上げないとね。あの人が風邪をひく前に」
「『あの人』ねぇ・・・」
「この『街』では珍しい事ではないんですよ?先生の奥さんも魔物ですし」
そうか ヤブ医者も・・・

「・・・幸せそうだな」
「はい。とっても」
編みかけのセーターらしきものを見つめて微笑む姿が眩しい。
ふとスライムがこちらに向き直りお返しとばかりに声をかけてきた。
「あなたも 幸せそうですけどね」
カウンターを返されるとは思っていなかったアタシは二の句も告げられず
耳まで真っ赤になって押し黙るしかなかった。

そうだ 幸せだ
想うだけで暖かい
会えないだけで寂しい
こんなありふれた事が 誰でも感じていそうな事が
アタシにとって これまでなかったことなんだ

「・・・ネモ君が篭絡されたのもわかる気がします」
スライムがニヤニヤしながらこちらを見ている。
「そんなに可愛い顔をされたら女性でも堕ちますよ」
この部屋に鏡が無くてよかった。あったら叩き壊していたかもしれない。

「そういえばさ」
気まずくなって 仕返し代わりに問いかけた

「なんでアンタだけ 色が『紅い』んだ?」

目の前のスライムは一度目を瞑り、もう一度編みかけのセーターを抱く。
それは何か 大事な事を思い返しているように見えた。

「・・・『強く賢くなれるかもしれない印』 なのだそうですよ」

そういって微笑んだスライムからは後光が射していた
ネモに惚れていなかったらやばかったかもしれないくらいに

目がさえて眠れなかったアタシはこの後もいいように弄くられてしまった。
傍らのランプ の火よりなお紅い このレッドスライムに・・・
10/06/23 05:22更新 / Junk-Kids
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■作者メッセージ
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ガロアがレッドスライムを見ても興奮状態にならなかった理由は
先生ですら立証する事ができなかったとさ

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