連載小説
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第二章
カルトスの頭に響いたのは無数の声だった。恐怖を含む悲鳴、あるいは怒りや闘志からなる雄叫び、数々のおぞましい叫び声がカルトスの頭を支配した。その中で一際小さく、だがハッキリと聞き取れる小さな小さな声が一つ。

「楽しい」

「カルトス!」
その声の主が浮かぶ前にカルトスは我にかえった。彼が頭を抱え込んでからクィルラが必死に呼びかけていたためだ。
「カルトス、大丈夫か!?」
心配そうな顔したクィルラが声を荒らげる。そんな彼女を見たカルトスは慌てて起き上がった。
「ご、ごめんクィルラ、俺どうしてた・・・?」
「頭抱えてぶっ倒れてたよ、まあ平気ならいいんだ」
「心配させてごめん。あのブローチ見た瞬間・・・なんていうか声みたいなのがこう・・・ブワーっと頭の中に広がってきてさ。もしかしてあれって俺にすごく関係あるのかな、なにか思い出せるかもしれない・・・ってあれ、どこいった?クィルラさん知らない?」
ブローチは既にクィルラが隠してしまった。やはりこの少年の記憶には触れてはいけない何かがある、二度とあれを見せてはいけない。彼女はそんな気がした。
「どうでもいいじゃねえかそんなもん・・・」
「え・・・でも」
「あんな顔してまで何思い出すんだよ!」
カルトスの言葉を遮ってクィルラが叫んだ。
「ちょっと触れるだけでうめき声あげて苦しむぐらいなんだろうが!そんなろくでもないこと思い出したところでどうなるってんだ!」
「そ、そうだよね。きっと嫌な思い出なんだ。思い出さなくていいかも、うん」
さすがのカルトスも彼女の気迫に負けてしまい、あとずさりしながら彼女の意見を認めた。
「これは預る・・・あ、捜そうったって無駄だからな、アタシが肌身離さず持ち歩くから」
そう言うとクィルラは羽の間にブローチをしまいこみ自分の寝室へと入ってしまった。
「しょうがない、町に仕事の説明を聞きに行くか」
だがこの家から単独で出入りのできないカルトスがすぐに途方に暮れたのは言うまでもない。

寝室でクィルラはブローチを見つめながら一人考え込んでいた。
カルトスが自分を見つけるやすぐに襲い掛かってきたのも、彼が教団関係者だとすればなんらおかしいことではない。もっともそのことに関してはクィルラも薄々勘付いてはいた。悔しいがそれは常識といってもさしつかえない事実なのだ、連中が魔物を生きることすら許されないものと考えているのは、クィルラもよく知っていた。
しかし、だからこそ一つだけ合点がいかないことがある。

「楽しいってだけじゃ、駄目なのか?」

"なんの恨みがある?"という問いに対しカルトスが言い放った言葉、憎悪でも怒りでもない、あれは紛れもなく命を奪うことを心から楽しんでいた、それがどうにも引っかかった。いくら教団でもそんなものを戦士として認め世に送り出すだろうか?確かに戦力としては申し分ない、実力さえともなえば次から次へと憎き魔物を葬ってくれるだろう。だがリスクも多すぎる、一度その矛先が人間に向いてしまえばあとは破滅だ。罪の無い人間どころか教団そのものが脅かされることになる。そんな問題を看過するほど教団が愚かであるはずがない。
クィルラは長い時間考え込んだが、結局これといった結論は出なかった。どう説明しても矛盾が出てしまう。
「だー、わっかんねえ!もう少し出来のいい頭があればなあ!」
そんな独り言を呟くと、ある人物が頭に浮かんだ。知り合いのバフォメットならば、なにか仮説を立てられるかもしれない。
「よし、あいつなら教団にも詳しい」
元気良く立ち上がり寝室の扉を開ける。うなだれるカルトスを見た瞬間、思わず「しまった」と呟いたのはその直後だった。

現在クィルラはカルトスを掴み大空を南下している、目的地は例の町だ。カルトスはあのあと「また降ろしてくれないかな」と申し訳なさそうに言ったのだが、意外にもクィルラの方から町へ送ると言ってくれた。
「ありがとう、俺の足だと結構かかっちゃうからさ。でも町までひとっとびならなんで俺におつかいさせたの」
クィルラはその質問には答えたくなかった。あの町は決して反魔物領ではない、もちろん彼女が行って何か問題になるようなことはないのだが、如何せん"荒野の魔物"の件がある。例の鉱夫達は採掘作業の間あの町を拠点とするため噂はもちろん知れ渡っている、おまけにこの辺りにサンダーバードはクィルラしかおらず、姿を見られれば噂の主だと一発でバレてしまうのだった。あの失敗以来、魔物に親しい関係を持つ者にはそれとなく笑われ、そうでないものにはやや疎まれるようになったのがクィルラは気に入らない。だからあの町には近づきたくないのだが、今回はそうもいかなかった。目的のバフォメットはその町に住んでいた。
「・・・普段はあんまり行かねえんだ、今回は用があるんだけ」
「ふーん、そっか。」
適当に答えたが、幸いにもそれ以上のことを彼は追及せず、クィルラは若干安心した。
「あ、そうそう!クィルラさんも来るなら丁度いいや、俺の仕事場と家を教えておくよ。といってもほぼ同じところなんだけどね、用事が終わったら門の近くで待ってて!」
「あ、ああ」
正直面倒というのが本音だった。せっかく手に入れた人間の男であるのは間違いないのだが、教団の息がかかっているかも知れない者と付き合うほどクィルラは命知らずではなかった。そもそもカルトスが持っていたブローチの謎を例のバフォメットに押し付けさっさと解明したら、そのまま彼のことも忘れてしまう予定だったのだ。しかしそれらしい理由を付けて丁重に断れるほどクィルラは賢くはなかった、妙に義理堅い彼の今の性格もあって、無下にすれば訳をしつこく問い詰めてくるだろう。そんな考えもあってクィルラはその場で承諾してしまった。

そうこうしているうちに町へついた。クィルラがカルトスを入り口に降ろし、自身も着地すると、彼に歩みを合わせて共に門を潜り抜け町へ入っていく。すると、すぎに初老の男が二人を出迎えた。
「お、帰ってきたな。ありゃ?彼女は来ねえんじゃなかったのか?」
「いや、今日は用事があるらしくてさ、俺を送ってくれたんだ。えっと、彼女がクィルラさんだよ」
「ああ知ってるよ、例の"荒野の魔物"だな。ここら辺じゃちっとばかり有名でなぁ」
クックックとその男は含み笑いをした。クィルラはそれが無性に腹立たしかった。
「そうだ、クィルラさんの用事って急ぎ?」
「いや、違うけど・・・」
思わず素直に答えてしまった、彼女は直後にそれを後悔する。
「じゃあ、先に家と仕事教えておくよ!またね親父さん」
「お、おいなんだよ!」
カルトスはクィルラの羽根を引いて門の近くにある一軒の家に入っていったその後姿を男は実に微笑ましそうに見ていたのを彼女は知らない。
「まあそこらへんに座ってよ」
家の中はごく一般的な内装だった。クィルラは最も自分の近くにあるソファに腰掛けた。それを見てカルトスはその向かいにあるソファに座る。
「じゃあまず俺の仕事だけどさ、まあ簡単に言うと門番みたいなものだよ。といってもこの町に怪しい奴が来るなんて滅多にないらしいから、凄く楽な仕事らしいんだけどね」
なるほどこれ以上ない適役だな、とクィルラは思う。彼の強さは彼女もよく知っている、記憶を失った今それが存分に発揮できるかどうかは定かではないが、勘というのはそうそう失われるものではないと以前あのバフォメットが言っていた。
「で、ここが俺の家。すっごく分かりやすい位置にあるでしょ、あれだけで恩が返しきれたなんて全然思ってないからさ、何かあったら遠慮なく言って」
「そ、そうか」
家を教えたのはそのためか、どこまでも義理堅い奴だ。とクィルラは僅かに呆れた。それと同時に彼女は不安も感じた。
もし記憶がしばらく戻らなければ、この性格のカルトスとの付き合いの方が長くなる。そうなった時に、あの狂人のこと思い出ししっかりと警戒できるだろうか、と。
「いや、何言ってんだ。こいつのことはさっさと忘れるんだ・・・!」
「え、なんか言った?」
思わず声に出したそれをカルトスが聞きとがめた。
「な、何も言ってねえ」
「そう?じゃあそういうことだからよろしく!俺は仕事に行くね」
そう言うとカルトスは用意されていた適当な装備を持って家を出ていき、あとにはクィルラだけが残された。
「何考えてんだあいつ、鍵も掛けずに・・・」
だがこれ以上ここに留まる理由も無い、当初の目的であるバフォメットに会いに行こうと立ち上がったその時、玄関の扉が開かれた。そこに現れたのは先ほどの男だった。
「あれ、旦那はどこいった?」
「仕事だバカ」
「はぁー、予想してたとはいえやっぱりか。お前さんもなんでみすみす旦那を逃がしてんだよ、人一人攫うぐらいの奴がなにやってんだ」
男のその言葉にクィルラは耳を疑った。"旦那"とたしかにコイツは言ってのけた。
「おい・・・旦那ってのはアイツじゃねえだろうな・・・」
「わっはっは!変な冗談を言うもんだ。一体なんのために俺がこんな楽な仕事をカルトスに回してやったと思ってんだ」
クィルラは開いた口が塞がらずそのまま絶句した、カルトスに会ってからこれが3度目だろうか。そんな様子の彼女を意に介さず男は話を続ける。
「ああ、そういえばまだ話してなかったな。"荒野の魔物"がようやく相手を見つけて、一部の連中が旦那も含めて支えてやろうじゃねえかって話になったんだ。領主にカルトスを紹介して門番なんて暇な仕事に就かせたのも、お前さんとの時間をたっぷりとれるようにって訳だったのに・・・あのクソマジメが。にしてもアイツかなりの強さだぞ、剣の腕なんか超一流だ。扱いが結構乱暴だけどな」
男の説明を一通り聞くと、クィルラの体がワナワナと震え始めた。
「ふ・・・ふ・・・」
聞くところによると、その怒声は町全体に伝わったという。

「ふっざけんなあああアアアアーーーーーーッッ!!!」

クィルラは叫びながら玄関の扉を開けて電光石火の如く町へ繰り出していった。もちろん彼女の声で腰が抜けた男がそれを止められるはずもない。カルトスが雷撃のような轟音を聞きつけて慌てて家に戻ってきたのはその直後だった。
「クィルラさんどうしたの!?」
「・・・実家に帰ったんじゃねえか?おめえがあんまり相手をしねえから」
カルトスにはその言葉の真意は汲み取れず、「え?」と少し苦笑いした。

町外れにあるいかにも怪しげな雰囲気をしたテント、クィルラがこの町に来た目的はそこにあった。先ほどのことで少し忘れかけていたが。
「レヴィ、いるか!?」
「わしは まかいに かえりたい」
一番に聞こえてきたのはひどくうんざりした様子の可愛らしい声だった。
「いい加減にこの町を離れようかのう、お主がここにくるときは必ず面倒を引っさげてくる。商売あがったりじゃよ」
「そりゃ悪かったな、でも今回もなかなか厄介だぞ」
ずかずかとテントの中に入り込みレヴィと呼ばれたバフォメットの前に例のブローチを差し出した。
「・・・またわけのわからん方法で男を探しおって」
「そんなこたぁどうでもいいだろうが、アタシが聞きたいのは別のことなんだよ!」
クィルラは全てをレヴィに話した。
あの少年が自身に襲いかかかってきたこと。自分の電撃を受けてそのまま記憶を失い、さらにほぼ別人格になっていること。そして彼が教団の紋章がついたブローチを持っていたこと。
「なるほど・・・つまりおぬしが言いたいのは、あんな狂人を教団が認めるわけが無いと、そういうことじゃな?」
「ああ・・・でもブローチを持ってる」
「確かに、お主の言う通りそんなものを戦士として迎え、ましてや野放しにするなどとはわしも考えられん。」
ルヴィが面倒くさそうな口調を装うが、その顔はいつになく難しげであった。クィルラはせっかちな性格ではあるが、レヴィをせかすことはしなかった。彼女が悩む姿はクィルラもそう見るわけではなかった。
「・・・酷く大雑把な考えじゃが」
しばらく考えたあとにレヴィが口を開いた。クィルラは僅かに緊張しながら彼女の言葉を待つ。
「恐らく、そやつの殺意が魔物にしか向かぬような細工をしてあったのじゃろうな。」
「・・・できるのかよ、そんなこと」
「洗脳系の魔術を使えば比較的簡単なことではある。しかしそんなものは大抵の場合長持ちしない、しばらくしたら術を掛けなおす必要があるのじゃ。その少年の行動を考えると術者の下に定期的に帰っているとは思えん。だから方法については・・・すまんが皆目検討もつかんのう」
レヴィはブローチを眺めながらクィルラに説明した。クィルラはカルトスを操っていた方法を考えてみるが、レヴィですら思いつけなかったこと、彼女に分かるはずもなかった。
「ところでお主、いつまでこれを持っているつもりじゃ。利用するのはいいがどうなってもしらんぞ」
レヴィはブローチをクィルラに向ける。クィルラはなんのことかわからなかった。
「は?ただのブローチだろ、何か危ない魔法でもかかってんのかよ。アタシはずっとそれを持ち歩いてたがこの通りピンピンしてるぜ」
「なんじゃお主気付いてなかったのか・・・ってまあ無理もないか、お主じゃもんなあ」
その言葉にクィルラは若干ムッとした様子をみせたが、気にせずレヴィは続ける。
「このブローチは周囲の魔力をほんの少し吸収し一定方向に真っ直ぐ放ち続けている、つまりこれがある位置はその魔力の受け手にハッキリ知れているというわけじゃ。本来これはその少年が持っていたもの、一ヶ所に留まり続ければ怪しんだ受け手・・・まあ十中八九教団の者じゃろうな、そいつがやって来るじゃろうて。お主それが目的じゃなかったのか」
13/08/11 14:13更新 / fvo
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■作者メッセージ
すみません、濡れ場はもうしばらくお待ちください

週一更新なのは別にスランプでもなんでもないです、これだけに集中すれば数日で一話書けると思います、展開完成してますしね。ただこのクソ熱い中数時間もPCとにらめっこしてたら確実に熱中症になっちまいます。

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