連載小説
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移ろ気(ウツロギ)
 サユリの理性と本能が、逃げなきゃいけないと、自分自身が変えられてしまうと甲高い警告音を発した時には既に自身の身体はベッドに押し倒されていた。それだけシープの手際は違和感無く、日常の動作の一部のようだった。まるで食事の時に箸を持つような、日常に組み込まれた意識せずとも行われる動作のような流れで。
 そんな流れで押し倒されて、数秒経った時には服を捲くられ、上半身の膨らみが外気に晒されていた。

「えっ、ちょ、わた」

 やや遅れてサユリの理性が自分が押し倒され、脱がされたことを認識し、今さらのように無駄な抵抗を試みる。足をバタつかせてみたり、手に思いっきり力を込めてシープを退けようとしたり、身体を捩じらせてみたり。
 だが、そんな抵抗も児戯のような滑稽さを生むだけだった。そんな抵抗なんて痛くも痒くもないと言った様子で、シープはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
 その笑みが視界に入った瞬間、サユリは今さらながらに腹の底に電流を流されたような感覚を確かに感じ取った。
 まずい。この雰囲気はまずい。間違いなく、酷いことをされる。

「ちょ、やめて!やめなさい!叫ぶわよ!!!」
「あらあら、困ったわね♪」

 サユリの言葉を冗談と受け取ったのか、シープはまだ笑みを崩してはいなかった。その笑みが、どこか悪魔的であると同時に、妖しい美しさも放っていることに、サユリはぞっとした。

「じょ、冗談だと思ってるの!?本気よ!」
「あら、あなたはきっとそんなことしないって信じてるわ」
「な、何を根拠にそんなこと言えるのよ!?」

 シープは、それこそ何を言っているんだろうというような、理解できるものの範疇を超えた何かを相手にしたような顔をしていた。そんな表情を浮かべられ、サユリは戸惑う。どうしてそんな顔ができるのか。まさかシープの力は、一国を滅ぼすほどで、助けを呼ばれたところで大した問題ではないというのか。それとも、何か別の手段か何かを用意しているのか。
 理性が動揺で掻き回されている頭で必死にサユリは思考していたが、それもシープの手が自分の胸に触れるまでのことだった。

「ひぁっ!!」
「ふふ、いい感度ね♪おっぱい弱いのかしら?」
「こ、このいきなり何――あぁっ!」

 再び、今度はつんとつつくようなタッチで胸に触れられる。それだけで、身体から溶けてはいけない何かが溶けていく錯覚に捕らわれた。シープの手は撫でるような動きで胸に触れると、そこから指の腹でつつぅっと滑らせるようにサユリの肢体を堪能する。
 胸の膨らみの輪郭をなぞるようにして、そこから徐々に膨らみの先端へと登頂していき、そこから肝心な部分に触れずにまた下降を繰り返す。じれったい、もどかしさを感じさせるような愛撫。

「・・・っつ。・・・!!!」
「あら?なんだか物足りない顔してるわね」
「だ、誰が」
「ふふふ、たまらないでしょ?結構焦らすことには定評があるのよ」
「そんな定評いらな――ひゃっ」
「ん、ちゅう、ちゅ、れろっ」

 突然首筋を舐められ、悪寒に似た寒気が背中を走る。だがその寒気に、どこか背徳を擽らされるような快感が確かに伴い、思わずサユリは身震いしそうになるのを必死に堪えた。

「どう?首筋って意外と舐められると気持ちいいでしょ?」
「はぁ・・・んっ、やっ」
「首筋ってね、人体でも結構な急所なのよ。皮膚が薄いしすぐ傍に太い血管があるし。そんな大切なところを舐められるのって、たまらないでしょ?舌のざらざらした感覚が首筋を這って、命を握られてるかもしれないっていう感覚、ぞくぞくしない?」

 シープは言いながら、首筋に舌を這わせながらでも、愛撫をすることも決して忘れることはなかった。優しくいたわるように胸を揉みしだきながら、時に指先で乳輪をなぞる。与えるのは決して強い快感ではなかった。むしろ、弱弱しく、じわじわと侵食してくるような、そんな快感。
 触れるか触れないかの絶妙なタッチで、純粋に肌同士が触れ合っているような感触をサユリに与える。

「ちゅ、んむっ、はむっ」
「やぁ、だめ・・・やめて」
「嫌よ嫌よも好きのうち♪」
「ちがぁ・・・あんっ」
「いい声ね♪じゃあ次は」
「や、や、んんっ!」

 サユリの鼓膜に、突然湿ったぴちゃぴちゃという水音が響いた。同時に耳の窪みに這い回る舌の感覚に、また、真綿で締め付けられるような、陥れるような快楽が背中を撫でる。撫でて、走る。
 時折耳たぶに甘噛みをしながらシープはわざと淫猥な音をサユリの耳元で立てていた。舌がこれ以上入らないというところまで耳の穴に舌を挿し込むと、そこから少しずつうねるような動きで快感を与えていく。

「ちゅぱ、ぷちゅ、ちゅっ、・・・ふぅ♪」
「ひっ」

 耳に息を吹きかけられ、直接神経を撫でられたような快感にサユリは襲われた。そして、そこからさらにまた追い討ちをかけるように舌で耳の窪みを犯す。

「な、なんでこんなとこばっかり・・・やっ、あぁんっ」
「あら、じゃあどこを苛めてほしいの?」
「そ、そういう意味じゃ」
「そう、じゃあずっとここで我慢ね」
「っつ」

 言いながらシープは再び舌の動きを再開させた。同時に、もちろん手を動かすのも忘れていない。時に強弱をつけながらも、決して絶頂を許すことの無い、焦らすだけの快感を与える指の動きをひたすらに続ける。
 胸も乳首への愛撫が時々されるようになったものの、それはゆっくりと摘んでは離すだけの、言ってしまえば物足りないものだった。緩慢で、十分脳が刺激を感じるには、強さが足りない。

「それよりあなた、叫ぶとかなんだとか言ってたんじゃない・・・?ねぇ、叫ばないの?」

 耳元で囁きかけるシープの声に粘度が混じる。
 その含まれた言葉の裏に、サユリは気づいていた。シープが何を言いたいのか、痛いほどわかっていた。
 それでも、正しい思考を焼き切るように、焦らされ蓄積している快感が思考を乱す。

「そうだ、一回イっちゃったらスッキリするかもしれないわね。うん、一回イかせてあげる。きっと気持ちいいわよ♪」

 言って、シープはちゅっと、乳首を口に含んだ。

「んんんんっ!!!」

 そして、もう片方の乳首を指で強めに摘む。明らかに今までと違う、強さのある刺激。その刺激が今まで焦らされた快楽を種火として、一気に燃え上がる。
 白い閃光が走るような快楽に、もはや身悶えるのを隠す余裕など、サユリにはなかった。

「ちゅ、ちゅ、ぺろっ、ちゅううぅう・・・。あはっ♪固くなっちゃった乳首可愛い♪」
「あっ、やっ、・・・はぁぁっ!」

 片方は摘むように愛撫をしながら、時折押しつぶすように圧をかけたり、指先で弾いたりと変化をもたらすことも忘れない。そしてもう片方は柔らかな舌の刺激に、時折歯で優しく噛む、じんとくる痛みを伴った刺激。
 どちらも、サユリの脳から魔物に抱かれているという事実を白で消すには過分なものだった。
 次第に加速していく愛撫のペースに、サユリの喘ぎ声もリズムを刻んでいく。
 流される。快楽の奔流に流されてイってしまう。頭ではギリギリ理解できていても、もう身体は抵抗することもできないでいた。
 抗えない、容赦ない痺れにも似た気持ちよさが、サユリのつま先から頭頂部にまでくまなく伝わっていき。
 そして。

「あっ、だめっ、も、もうイっ・・・」
「やっぱりやぁめた」
「えっ!?」

 突然。
 唐突に、いきなりシープは今まで散々サユリの身体をいいように弄っていたその手の動きをぴたりと止めた。
 その当然の結果として、すぐ目の前にまで来ていた白い火花は、その身を潜め、精神すら呑み込みかけていた快楽の奔流はその流れを緩やかなものに変えてしまう。絶頂へと押し流そうとしていたその流れが急速に勢いを失って、行き場の無いやるせなさだけが、もどかしさだけがサユリの胸にしこりとして残った。
 そのもどかしさに耐えられず、堪えられずにサユリは顔を酷く歪ませた。眉間に皺が寄るのも構わずに、くちゃくちゃの顔になるのもかまわずに。
 ただ、それをにやにやと満足そうに見ているシープの視線に気づくと慌てて平静な風を繕うが、既に表に出してしまった表情をシープの記憶から消すことなど、無理な話だった。

「はいまた再開♪」
「んあぁぁっ!!!」

 そしてまた再び愛撫を再開する。また快楽の波がたち、そして。

「はいやぁめた」
「う・・・・・・・」
「あら?あらあらあらあら?どうしたの?なんだかとっても切ない顔しちゃって♪」
「わかってる・・・くせに・・・・・・・」
「あなたがいけないのよ?ちゃんと自分で自分の気持ちを伝えないから」
「・・・・・・・・」
「ねぇ、クヌギ君が好きなら、どうしてさっさと告白しちゃわなかったの?」
「・・・・・・・」
「一歩も踏み出さずに本心を伝えようなんて甘いわ♪伝えるんなら自分のお口で、ちゃんと伝えてあげなきゃ♪アプローチだけじゃね」
「・・・なによ」
「ふふふ♪いい顔♪」
「なによ」
「ほら、練習だと思って、おねだりしてごらんなさい♪ちゃんと指でイかせてくださいって♪」

 ぞくり。
 ぞくりぞくり。
 嫌な悪寒が再びサユリの神経を凍らせた。鬱陶しくなるくらい艶やかな声が耳朶をうち、ふわりと撫でるような優しさで胸の奥にまで潜り込まれた気分になる。今言ってしまえば、きっと自分は最後までちゃんと気持ちよくイくことができる。
 でもそれは――それは悪魔の契約のようなものだ。イけばきっと、自分ではなくなってしまう。
 そんなサユリの思惟を感じたのか、シープは少し微笑んで言った。

「大丈夫よ、そんなに怖いものじゃないから♪それに、悪いことなんてないわ。むしろ素敵なあなたに生まれ変われちゃうこと請け合いね。だって、容姿も寿命もずっと人よりよくなるのよ♪きっとクヌギ君も振り向いてくれるわ。あなたは幸せになりたくはないの?失恋してまた新しい恋をしてその繰り返しをして、もしかしたら本当のパートナーじゃなかったのかもと自身に折り合いをつけて、それでいいの?それがずっと続くとは思わないの?
 ・・・幸せに、なりたくはない?気持ちよくなりたくはない?」

 そうやって言って、唆して、結果サユリが頷かなかったとしても、またシープはサユリを別の方法で魔物に変えようとするだろう。何故なら、うわ言で、無意識下で彼女が望んだことを聞いたのだから。
 魔物になりたいという、シープからしてみれば叶えてあげないのは酷だと感じさせるほどの、お願い。願い。
 サユリはそんな思惑のことを考える余裕を持ってはいなかった。絶頂が遠のいた切なさに子宮が疼いて、身体中に微弱な快楽物質を流されているかのように、全身にじりじりとした言葉にし難い感覚が走り、精神を苛んでいるのだから。
 恋。イく。魔物。クヌギ。変化。気持ちいい。ダメ。変。構わない。逃走。快感。そんな単語が狭い頭蓋骨を埋めるように押し寄せてきて、動悸がやけに五月蝿く感じた。自分の中で、確実に快感を求めて疼いて、もっともっとと快楽に溺れようとする本能が確かにある。
 僅かな理性はなんとか警告の断片をサユリの脳内に浮かび上がらせる。
 自分まで魔物になったら、ウツロギから出ていかなければならない。それはきっと逃げることと同じだ。そんな自分をクヌギが好きになってくれるものか。魔物なんかにならなくったって、きっと。
 きっと・・・・・・・・・・けれど、でも。
 全部、シープの言葉が全部詭弁だと知っていても、知れるような状況にサユリが置かれていたとしても。もうサユリに、断片を浮かび上がらせる気力はあれど、抵抗するような気力は残っていなかった。
 たっぷり十秒、間をおいてから、サユリは口にした。
 一時の快楽で陥落してしまうほど柔な精神力だと、サユリ本人は思っていなかった。だが。

「―――て」
「ん?」
「イ・・・・・・・・イ、イかせて」

 だが、それは本人が思っていただけの話だった。そう思い込んでいただけの話だった。

「えぇ、たっぷり気持ちよくイかせてあげる♪」

 言うと同時にシープは愛撫を再開し、口に再び乳首を含むと、更にもう片方の乳首を摘んでこねくりまわした。
 そして、さらに、自分の片方の手を。

「・・・!?んんんんんんっ!!!」

 ずぷりと。そんな音をたてて、サユリの膣はシープの指を受け入れた。一気に奥まで貫くように突き入れられた指を、しかしサユリの肉壁は迎え入れるようにしてきゅ、きゅっと蠢いてシープの指をきつく締め付けた。
 その締め付けを堪能しながら、シープは指の関節を曲げ、ざらりとした感触をサユリの中に確かめる。そして。

「えいっ♪」

 思いっきり、急所を圧迫した。

「!?!?!?!?!!?」

 声にならない声、最早言語として成り立っていない何かを発しながら、サユリはびくびくと身体を震わせた。それだけでシープが愛撫の手を緩めるはずもなく、さらに指を二本に増やし、サユリの膣を好きなように弄くる。ぐちゃぐちゃとわざとはしたない、淫猥な音をたて、サユリの耳に届かせるようにしながら、指の抽送を激しいものにしていく。
 容赦ない、狂おしいほどの快楽を生み出す指の動きに、サユリの身体は激しく痙攣を起こしていた。自分を壊してしまいそうな快感から逃れるようなその動きを、シープは許さずさらに指を深い場所へとうずめていく。
 そしてそこからゆっくり焦らすように引き抜くと、また一気に貫かんばかりの勢いで膣の奥を指で征服する。
 胸への愛撫も先ほどよりももっと激しく、もっと容赦のない、無慈悲とも言えるようなものに変わっていた。

「だめ!だめだめだめだめ!イ――」
「イっちゃいなさい♪」

 一際強く、とどめをさすように、シープは愛撫の手を強めた。

「ッッッッッッッ!!!!!〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 言葉は出なかった。
 出ないほどに体力を消耗していたのかもしれないし、快感が声を出すことすら許さなかったのかもしれない。
 ただ、サユリの網膜には、白い火花が確かに鮮烈に咲いていた。


■                  ■                ■


「ん・・・・・・・」
「あら、起きたのね」
「わたし・・・・・・・」
「可愛い姿になったわよ♪」

 サユリの姿は、完全に人の形を失っていた。背中には翼、頭には角、腰には尻尾。どれもが人は持たないものだった。
 ただ、それを見てサユリは本当に幸せそうな笑みを浮かべていた。
 この後、中立国家ウツロギで二人の警備隊のメンバーが姿を消すことになる。一時期は神隠しかと実しやかに囁かれていたが、それもすぐにやんでしまった。
 その二人がサユリとクヌギであることは言うまでも無い。
 が。
 二人が選んだのは、シープが提案した別の親魔物国家に向かうというものではなかった。サユリの提案から、二人でひたすら世界を回ることになっていた。まるで何かから逃げるようなサユリの提案にシープは少し渋い顔を見せたものの、サユリの強い押しに負け、ウツロギから離れる――逃げる算段を整えた。
 何かから逃げるように世界を見て回る。それは、偽薬のような恋に頼っていた、縋っていた少女が、初めて自分の口から語った確かな言葉で、思いで。
 確かにしっかりとした意思で選んだ、逃げ道だった。
 逃げ道。
 聞こえは悪いが、それでも。
 二人一緒なら、自分の口でしっかりと好きと伝えることができた自分と、それを受け止めてくれたクヌギの二人なら。
 悪くない。
 そんなことをサユリは考えていた。
 一人の少女が変わる物語は、こうしてひっそりと幕を閉じた。
13/08/28 00:08更新 /
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■作者メッセージ
そんなお話でした。楽しんでいただけたら幸いです。
連載なんとか完結できました。そんなわけで一人の少女が魔物になるまでのお話でした。逃げるって、ある意味それは一番難しいことなのかもしれないですね。ともかく、そんな説教臭い内容とはまったく無縁のニゲミチプラシーボ、これにて終いです。

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