読切小説
[TOP]
図鑑世界童話全集「裸の女王様」
 昔々、あるところに不死者の国がありました。その国はリッチの中でもとりわけ高い魔力と技術を持つ、強力なリッチの女王様が治めておりました。不死者の国の女王様といえば、普通はいかに夫と爛れた生活を送っているかを下々の者達に見せつけ、下級アンデッド達のお手本となる事に腐心するのが当たり前ですが、このリッチは淫らな目的の物に限らず魔術の技をより高め、それを国民の為に役立てる事に大きな関心を注ぐ、上級アンデッドの中でも相当な変わり者です。そのためか、国中の評判になるほどの美しさを持ちながら、このリッチの女王様には夫君がいませんでした。

 ある時、この不死者の国で何日も激しい大雨が続き、城下町近くの山で土砂崩れが起きた事がありました。報告を聞いた女王様は早速従者達を引き連れ、転移魔法で山に視察に向かいます。土砂崩れに巻き込まれた者達の救助をリッチの女王様が自ら指揮していた時、女王様は1人のユニコーンが崖の下で土砂に埋もれて死にかけているのを発見しました。
 体の至る所があらぬ方向へと折れ曲がり、穢れ無き心を表すような白い色をしていたはずの毛並みは泥と血で汚れきっています。胸のあたりが微かに上下しているのを見て、ようやくまだ息がある事が解る有様でした。ユニコーンは本来なら強力な治癒の魔術を扱う事のできる種族なのですが、彼女はその力を支える肝心の角も折れ、どこかへと失われていました。
 女王様はこのユニコーンを見てかわいそうに思います。もしこんな悲惨な状態にならなければ、きっと貞節で誠実な夫に恵まれて幸せに暮らしていただろうにと。無残な状態になった姿を見てもそう思えるほどに、このユニコーンは女王様から見ても美しかったからです。
「陛下。この者はどう見てももう息は長くありません。陛下の死霊魔術で新しい従者になさるのがよろしいかと」
 傍らに護衛として連れているデュラハンが進言します。確かにそれが今取る事のできる最も確実な対応でしょう。それに、ユニコーンの死体をアンデッドに変えたらどうなるのかというのも、リッチの知的興味をそそります。しかし、今も苦しそうに胸を上下させているユニコーンの姿を見ると、このユニコーンをこれ以上苦しませるのも忍びなく思えてきました。
「いや。まずは彼女を生きたまま助けてみる。アンデッドに変えるのはその後でも遅くない」
 リッチの女王様は魔法でユニコーンにのしかかる土砂を取り除き、転移魔法で王城に運んで清潔なベッドに載せると、使える限りの治癒魔法を使って折れた部分を繋ぎ、出血を止め、最低限生命を保つのにも足りないほどに枯渇した魔力を女王様のそれで補いました。これでも助かるかどうかは相当分の悪い賭けでしたが、本来高い生命力を持つユニコーンだったからでしょうか。彼女は1週間の昏睡から目を覚まし、リッチの女王様の前で元気に立ち上がって見せました。ただ、失った魔力の代わりとしてリッチの女王様のそれを体内に受け入れざるを得なかったため、ユニコーンの清純さを示すかのような白い毛並みは反対に不純を象徴するような黒に変わり、頭からは折れた角の代わりとして側頭部に2本の角が生え、彼女はバイコーンへと変わっていました。
「貴女はアンデッドになったわけじゃない。だから私の眷属じゃない。どこへでも好きな場所に行けばいい」
 リッチの女王様はそれだけ告げると、ベッドの上で立ち上がったバイコーンに背を向け、彼女がずっと眠っていた部屋を後にします。
「この度は本当にありがとうございました。このご恩は決して忘れません」
 バイコーンは女王様の背中に向かってそう言うと、彼女の言葉通り城を後にしました。




 同じ頃、リッチの女王様の元には何人もの男性から結婚を申し出る書状が次々に届いていました。いずれも親魔物領で名の知られた魔術師で、書状には自分こそが能力も技術もひと際高いリッチの女王様の夫君に相応しいという事を示すため、やれどのような魔法を使えるだの、魔術の研究でこのような論文を書いただのと言った事が書かれており、女王様の目には求婚したいのか自分の魔術の腕を自慢したいのか解らないほどでした。そこで、女王様は求婚者たちを試すため、彼らを同じ日に不死者の国の王城に集める通達の書状を送るようにと部下に命じました。

 通達にあった日。不死者の国に集まってきた求婚者たちが王城に向かうと、彼らは誰もいない謁見室にまとめて通されました。全員が謁見室に集まり、デュラハンがその報告をするため女王様の私室へと向かうと、程なくして女王様が求婚者たちの前にやってきます。求婚者たちはその姿を見ておや、と思いました。女王様はその身をつま先まで届く丈の長いマントで覆い、その身をすっぽり隠していたからです。
「名のある魔術師の皆さま。本日はご足労いただきありがとうございます。今回の要件は他でもありません。貴方がたの書状を拝見し、1つ確かめたい事があったのです」
 そう言うと、女王様はマントの前を開いてその内側を求婚者たちに見せました。
「私のマントの下には、私が考えうる中でもっとも複雑な透明化の術をかけた肌着を身に付けています。この透明化の術は、私に匹敵する魔術の腕を持つ者には通用しないようにもなっています。貴方がたがお手紙で仰る通り、私に負けないほどの魔術の腕であるならば、私がマントの下に何色の服を身に付けているのかご覧になれるはずです」
 求婚者たちはたじろぎました。女王様のマントの下には、思わず手を伸ばしたくなるような、1度死を経験したとは思えない豊満な死体しか見えないからです。しかし、誰ひとりとしてそれを口にしようとする者はいません。皆、自分こそがリッチの女王様から夫に選ばれるに相応しい魔術の腕を持つと自負していたのですから。何名かは他の者に悟られないようにこっそりと探知呪文を使いましたが、更に驚愕する事になりました。女王様の存在も彼女を包むマントもはっきり感じられるというのに、その間にあるはずの肌着はおろかそれを守る透明化の術さえもぽっかりと穴が開いたかのように感知できなかったからです。このリッチはどれだけ高度な技術を持っているというのでしょうか。
 その時、求婚者の1人が口を開きました。
「そ、葬儀の席にもよくお似合いになりそうな黒い肌着でございます」
 明らかなあてずっぽうでした。リッチの女王様は感情の読めない表情でその男をじっと見据えます。他の求婚者たちも口々に一か八かで答え始めました。
「ジパングの死装束にもよく似たまっさらな白でございます」
「血のように情熱的な赤でございますね」
「お背中の十字架の宝玉にもよく似た紫です」

 経箱に魂を封印していたため表に出しませんでしたが、リッチの女王様は求婚者たちの答えを聞いて心の中でため息をつきました。彼女は本当は最初から、マント以外何も身に付けていないからです。こっそり探知呪文を使っている者がいる事には気づきましたが、それでも真実に気づかないというのは予想外でした。それほどに求婚者たちは皆、自分の魔術の腕を誇示したいという見栄にがんじがらめになっていたのです。
 リッチの女王様からすれば、これは探知魔法なんて使わなくてもおかしいと簡単に気付いて然るべき問答のはずでした。リッチは確かに裸にローブやマントを羽織ったのみの格好で平然と人前に出る者の多い種族ですが、そもそもリッチ以前に魔物娘全般の心理として、自分の夫になるべき者に裸を見せずそれ以外の男達にだけ見せるという時点でおかしな話なのですから。まるで話が逆です。
 結局、求婚者たちはリッチの女王様と結婚したいのではなく、自分がリッチの女王様から妻に選ばれるほどの魔術の腕を持っているという「称号」を欲しがっているだけでした。そもそも、女王様は夫に選ぶ男性の条件として、自分に匹敵する魔術の腕を求めるなどと誰かに言った覚えは無いのにです。リッチの女王様が夫に求めているのはそれよりも、彼女が不死者の国の女王様としておかしな事を言っている時に、すぐに気付いて物怖じせず異論を唱える事ができるとか、そういった資質なのです。

 その時、求婚者たちが集まっている場所の隣から、ある者がリッチの女王様の前へと歩み寄って跪きました。
「私には、そのマントの下には陛下の裸しか拝見する事ができません。いえ、仮にどのような肌着をお召しになっているのか見る事ができたとしても、私は最初から陛下の夫君に立候補する事はどうあがいても叶いません。しかし、それならばせめて、私は貴方の選んだ殿方を共に愛したく存じ上げます」
 その者は女王様の手を取り、白く細い指にそっと口づけします。
「女王陛下。私は貴女をお慕い申し上げます」
 それは先日女王様が命を助けたユニコーン、もといバイコーンでした。女王様の頭には言いたい事がいくつも浮かびましたが、彼女はすぐさま両手でバイコーンの人間の部分を抱きしめ、自分の唇をバイコーンのそれに重ねます。2人の舌は激しく絡み合い、淫靡な水音を謁見室に響かせました。見る者をも欲情させるバイコーンの口づけに、求婚者たちの中で無粋な何人かがふらふらと近づいてきましたが、バイコーンの後ろ足と女王様の右手がそれぞれ男達を追い払うしぐさを見せます。それからも2人は見ていて時が止まったかと思う程長くキスを続け、ようやくその唇を離しました。
「なぜここに?」
「申し訳ありません。従者の方に無理を言ってこっそり入れていただきました」
「そうじゃない。あの時貴女に言ったはず。どこへでも好きな場所に行けばいいと」
「はい。ですから私はこうして再び陛下の前に参上いたしました。貴女が結婚するかもしれないという噂を城下町で耳にした時、ここが私にとって最も行きたい場所であると気付いたからです」
 女王様はバイコーンとひしと抱きしめると、その肩越しに求婚者たちへと告げました。
「皆さま。この際はっきり申し上げますが、私は自分の夫となる男性に、高い魔術の腕など最初から求めておりません。それよりも私にとって大事な条件があります。それは何人の妻を持つことになっても、その全員をわけ隔てなく大切にし、1人残らず惜しみない愛情と充分な精を与え続けるという覚悟です」
 求婚者たちから見えるバイコーンの耳の後ろが、ひと際赤くなりました。
「この話を聞いても尚私達の夫になっていただけると仰るのでしたら、再びこの謁見室にお越しください」
 女王様がそこまで言った時、求婚者たちの足元にあらかじめ仕掛けてあった大きな魔法陣が作動します。彼らは皆一様に杖や外套や衣服をその場に残し、忽然と姿を消しました。

「陛下、皆さんは一体どこへ向かわれてしまったのでしょうか」
 バイコーンの問いかけに、女王様は窓を指さしました。
「すぐそこの城下町にある大通り。この国で夫のいない魔物娘達に、そこに集まるように通達を出してある」
 そして今度は、女王様がバイコーンに問いかけます。
「それより、本当に私でよかったの。私は貴女のユニコーンとしての生を終わらせた。愛する男性との交わりとは違う形で、貴女を同意もなくバイコーンに変えたというのに」
 女王様の言葉に、バイコーンはゆっくりと首を横に振りました。
「いいえ。ユニコーンだった私はその前に土砂崩れに巻き込まれて死にました。貴女は私に暖かく優しい魔力を注ぎ、再び新しい生を与えてくださいました。ユニコーンだった時には持てなかった視野、新しい希望をくださったのです。バイコーンは男性から受ける精を通じて、その男性が関係を持つ他の魔物娘の魔力を感じ取ることができます。私が男の人の精をこの身に受ける時が来るのならば、あの時感じた魔力の混ざった精を受けたいのです」

「おーとーこーだー!」
「しかも裸よ。裸の男達がいるわ」
「白馬の王子様が私の元に来てくださる日を夢見ていたけど、まさか裸の王子様だったなんて」
 その頃、城下町は大騒ぎになっていました。夫のいない魔物娘達がリッチの女王様の通達通り大通りに集まってみると、突然空中から下着姿の男達が現れたからです。たちまちゾンビにスケルトンにゴーストにグールなど、様々なアンデッドの魔物娘達が逃げる男達に群がり、追いかけます。それを道端や周囲の建物の窓から既婚の魔物娘とその夫達が眺める光景はまるで、裸の王様を先頭に置いたアンデッド達の行進パレードでした。

 結局、王城まで再び戻ってくる求婚者は1人も現れず、お城の謁見室では夫のいない2人だけのハーレムがいつまでも互いに愛を交わしていたそうです。




・編者あとがき
 このお話に登場するリッチの女王様とバイコーンは、その設定の類似性から「白雪姫」(12ページ)に登場するリッチの女王様とバイコーンの愛人の魔物娘同士のカップルと同一人物とする解釈が一般的ですが、この両方の童話の元になった説話は元々、それぞれ全く別の土地で語られていた物とされています。
 しかし、最近では不死者の国の劇場で上記の「白雪姫」を翻案した劇が上演される際に、この「裸の女王様」のエピソードが挿入される事も多くなっています。
17/12/05 21:20更新 / bean

■作者メッセージ
この話を書いた動機は何かと聞かれると、今まで書いたような「魔物化させるための過程」や「男性を中心にしたハーレムの添え物」等ではなくとにかく魔物娘同士のガチな恋愛としての「百合」を書いてみたかったという一言に尽きます。
それで一から話を作ろうかとも考えていましたが、それよりも以前書いた「白雪姫」で元ネタの王子様ポジションとして出したリッチとバイコーンのカップルを掘り下げてみる事にしました。
あくまで「ハーレムの一因」という形式にもなっているので、魔物娘図鑑の方針には反していない……はずです。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33