読切小説
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秋の夜長
古めかしいアパートの一室。
開いている窓からチリチリと虫の鳴き声が響いている。



「涼しいなぁ」




女の声だ。男の声が続く。




「そうですねぇ」



ここに夫婦が一組。
男の名は幸谷 泰華(さちたに たいか)。
年上の妻の茜華(せんか)と共に六畳の真ん中で布団に寝ている。



「風流だねぇ、スズムシが鳴いてるよ」



「秋も近いですねぇ」


9月半ば。暑くはないが窓を開けてると過ごしやすい気候である。


バッと黒い物体が起き上がり、赤い丸が2つ泰華を見つめる。


「泰華ぁ、良ければあたしが暖めに行ってやろうか?」



フフフと含み笑いをしてその黒く大きな手を泰華へ向ける。



「だ、ダメですよぉ。一時を過ぎたらヤるのは禁止です」



そう、このアパートは世間の魔物娘の暴走を止めるべく約束事を一つもうけていた。
『夜一時以降セックス禁止』



「ぐぬぬ、私の楽しみを奪うだと。そんな事許されていいのか!?夫的に!」



「許すもなにも、このアパートに入るときに大家さんから散々聞かれましたし。茜華さんも承諾してたじゃないですか。」



「もし大家が文句言ってきたならあたしが返り討ちにしてやるよ!」



「大家さんはウシオニさんですよ。茜華さんでも勝てるか分かりません…」



そろそろ分かっただろうか。
黒い体毛に覆われ赤い目に大きな手足。
茜華は人間ではない。
魔物娘、ヘルハウンドである。



見た目の特徴は挙げたとおりで、種族としては強く媚びない、大まかに言えばこうだろうか。

ちなみに大家はウシオニという種族であり、これまた強い。



「あたしが負けるとでも?」


少しドスを利かせた声。されど泰華は気にとめない。


「僕は無為に茜華さんに争って欲しく無いです。」


わーったよと言って茜華は元の位置に寝ころぶ。
泰華も茜華が負けるとは考えていない。
が、その場合相手となるのはウシオニであり魔物娘が世間に溶け込んでいる現在でも一部恐れられる存在だ。 



泰華は特に腕が立つわけでもなく、妻を自分が守れない状況にさらすのは抵抗があった。



「それに大家さんはいい人ですしね。」



よく、野菜や夕飯などをおすそ分けしてくれる世話好きな人であった。


「あー、そうだよなぁ。泰華はガサツなあたしより面倒見のいい大家が良いよなぁ」



あーあ、あたしは独りぼっちか…。
そう言って泰華と逆を向く茜華。



「い、いや!茜華さんが一番です!それだけは揺るぎませんから!」



今度は泰華が起き上がりふてくされている妻へと手を伸ばす。


「おいおい、大きな声を出すなよ。結局怒られちまうぞ。それとも何か?やっぱりヤりたくなったか?」



棒を握る手を上下に動かすジェスチャーする。



「えっ、いやそう言うわけでは」



一般的にフィジカルに自信がある者はロジカルに弱いイメージがあるだろう。
反して、ヘルハウンドであり身体能力が高い茜華だが頭も悪くない。


振り回されるのはいつも泰華である。


「こりゃもうダメだ。手遅れだな。明日朝一番に怒られるなぁ。あたしは我慢してたのになぁ。」


ニヤリと笑いさらに続ける。



「なぁ、泰華もう良いだろう?ヤっちまお♪」



この話に持ってくるためにわざとふてくされていたのだ。ここぞとばかりに甘える茜華。



「だ、ダメです。だって今夜はもう三回もヤったじゃないですか。」



困った顔をしつつも言いくるめられないように反論する泰華。



「…チッ。」



わざとらしい舌打ちが聞こえる。



「茜華さん、本当はふてくされてませんね?」



「そんなこと無いさ。でも愛する夫に諫められたら納得するしかないだろうよ〜」



全く悪びれずに軽く答える。しかし、いつものことなので泰華もさして気にしない。
一方で妻が求めてきてくれているため、答えたい気持ちもある。



「別に良いよ。今日は土曜日だしな。一日中つき合って貰うから気にすんな♪」



一瞬の沈黙から泰華の考えを読みとったのだろう。



いつも一枚上手なんだよなぁ。
少し悔しい思いをしつつ元の所に寝ころがる。



「本当に茜華さんは優しいですね。」


若干皮肉めいた言い方をする。
今度は泰華がふてくされた振りをして、茜華を困らせようと言う魂胆だ。



ちゃんと茜華がいない方へと寝返りを打つ。



「お、おい。へそをまげるなよぉ。いつもの冗談だろう?」



妻の大きな手が肩に触れてきたので、おどけようともと寝ていた方に戻る。



『ウソですよ。僕もたまには茜華さんをからかいたいと思って。』



そう言うつもりであった。が、泰華を待っていたのは。


“チュッ”


「えっ?」


時が止まる。


「なんだ、いじけたと思ったが違ったな。良かった良かった♪」


そう言ってまた天井を向いて寝ころぶ。
少しボーッとしていたが、またからかわれたのだと理解する泰華。



「いやはや、可愛い夫はからかいがいがあって飽きないなぁ。」


クククとのどを鳴らして笑う。



「…酷いです。」



また二人で天井を見上げている形になる。
外では虫の鳴き声がチリチリと響いている。


「僕、ダメな夫ですよね。」



しばしの沈黙。



「いきなりどーした?流石のあたしでも今のは本気かどうか分からなかったぞ。」


返事は早い。



「本気です。やっぱり茜華さん、ヘルハウンドさんには勝てません。」



俯きがちに答える。


「どーゆうことだ?」



夫の真意が分からず、珍しく困惑する妻。



「別に怒っているとかではないです。ただ、ヘルハウンドさん達は人に屈服しないと言うじゃないですか。」



夫の僕が一番感じることですが…。
言葉は尻すぼみで自信のなさが伺える。



茜華の赤い目が夫に向けられ、うーんと唸る。
耳がピコピコ動き、垂れ下がる。



「その話なぁ。」


一拍。そして続ける。


「あたしの考えで、ヘルハウンドの共通認識とかではないんだが。確かに屈服とか完墜ちとかそう言うのはないな。」



あたしが一番分かってるし。
自分に言い聞かせるようだ。


でも、と話は終わらない。


「屈してないだけで夫が勝ってるんじゃないかとも思ってる」


少し恥ずかしそうな茜華。


「勝ち?」


当然、泰華は聞き返す。


「まぁ、勝ち負けではないと思うが屈服させようとして返り討ちにあう男は一杯いるしな。でもよ、結婚した男ってもう屈服云々の前に決着をつけてるとおもうんだよ。」



夫はまだ、分かっていない。



「…つ、つまり、惚れさせた相手の勝ちだろうってことさ。」



恥ずかしいと思ったのだろうか。
苦し紛れの言葉がでた。



「まぁ、泰華に負けた覚えはないけどな!」


からかってやった。
今に赤くなって、『…酷いです』と甘えてくるだろう。
泰華の方に目をやる。


夫の目は少し潤んでいた。
ヤバい、少し言い過ぎたらしい。



「やっぱり、ぼ、僕は…」


嗚咽まで出ている。これはマズいと、茜華はすぐに対応する。


「ほら、おいで。お姉さんがよしよししてやろうじゃないか。」



大きな手で泰華を抱き寄せ、背中をさする。


「おー、よしよし。あたしが悪かったな。機嫌を直しておくれぇ。」



「…」




しばしの静寂。




外から聞こえていた虫の音が止んでいた。
泰華は質問する。


「茜華さんにとって、僕ってどうですか?」


元々体格の小さい泰華はヘルハウンドの嫁の腕にすっぽりと包まれてしまう。



「僕って茜華さんに合ってるんですか?」



二人の距離が近い分、ささやくよな声だ。



「泰華はあたしの夫だろ?」



苦し紛れに答えるがこれでは終われない。



「僕って夫として合格ですか?」



本日何度目かのため息を付き、腕で小さくなっている夫を見る。
俯いており、これまた自信がないのが分かる。


「全く、今日は甘えたがりだな♪」


微笑みながら頭を撫でる。



「泰華は結婚式の日のこと覚えているか?」

  
「勿論です。忘れるわけありません。」


超快晴の中、泰華の我が儘で黒いドレスを身にまとった茜華。漆黒の美しさは昨日のことのように覚えている。


「それがどうしたんですか?」


覚えているかねぇ。 茜華は続ける。


「披露宴会場の控え室であたしに『なんで、ニヤついてるんですか?』って聞いて来たろ?」



「言った…かもしれないです。」



確かに言った。披露宴直前で自分のことを見てニヤついていたため格好に問題があるのかと思ったことを覚えている。



「あたしさ、あの時さ、泰華とずっと一緒に居られるんだって。ほら、素直に笑うの苦手だからさ。どうしてもニヤけちまうんだよな。」



泰華は黙って聞いている。



「でな、あの日から、結婚式から1日でもニヤケてなかった日があったか?」


どうだ?ん?
相変わらず微笑んでいる茜華。


「…」


確かに、朝起こす時も、仕事で失敗した日も、毎年の誕生日も、些細なことで喧嘩した日も、なんとない普通の日も。


そして今も。


茜華のニヤケ、いや笑顔は毎日向けられていた。愛する夫、泰華へと。



「ほんと言うと、出会った日からだな。ずっと泰華を見てる。些細なことで喜んでいる泰華、自分より他人のことで悲しんでる泰華、何かに真剣になってる泰華、こうやって寝ている時も。」


泰華は胸の中で密着するように抱き寄せられる



「あたしはずっと泰華を見てるよ。たださ、ほら、器用じゃないからさ。からかうのは泰華が可愛いからで…許してくれな。」



ギュッと強く抱き締められる。



「い、いえ僕も弱くて申し訳ないです…。」



そんなことないさ。
頭をぐじゃぐしゃに撫で回される。


「良いんだよ。あたしの可愛い泰華。何よりも大切なんだからな。」



誠意を持って言っている声。
それを聞いてか、茜華の腕の中でクスクスと笑い声が聞こえる。



「どうした?」


「いえ、僕なんだか茜華さんが言ってたこと、分かるような気がしました。」



上目を向いて、いたずらな笑みを浮かべる泰華。



「惚れさせた僕の勝ちですね。」



「全く、嬉しそうに。さっきまで泣いていたくせに。でも今日は覚えとけよぉ。」



この野郎〜、とまた抱き締められる。
今度は泰華も抱き締め返し、抱き合う形になる。





また、沈黙。





「そうだ、今日は何しますかね?どこかに行きますかね」



泰華は自分を抱き締める愛しい妻を見つめる。
しかし、既に茜華はすーすーと寝息を立てていた。


まぁ、いっか。
茜華さんならまた何か考えてくれるだろう。



僕はそれについて行こう。
腕に力を入れる泰華。






「それが僕の幸せですから。」






外からは虫がチリチリ鳴く音が響いていた。



18/02/22 08:52更新 / J DER

■作者メッセージ
僕は魔物娘の設定を読むとどうしても裏を想像してしまいます。
前回もそうですし、今回もエロカワイイ時のヘルハウンドさんよりヤり終わった後のヘルハウンドさんとのイチャラブを想像してしまいます。

こんな感じて僕は人様に読んで貰うようなモノは一切描いてはおらず自分の描きたいモノを描きたいように描いてます。
しかし、それに投票してくれる方が多くいらっしゃって感謝の言葉もありません。
次も投稿出来るようにがんばります。


宜しければ、以前の物もお読み頂ければ幸いです。

では最後に皆様の余暇のお供になれることを願いましてー。

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