読切小説
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届け この切っ先
...誰だ? 誰かが入ってきたらしい。

私には聞き慣れない足音。少なくとも運送のハーピーではなさそうだ。



まあ、こっちから出迎えなくても放っておけば来るだろう。




























   「この洞穴に棲むという蒼鱗の竜よ! どこにいる? お前を倒しにやって来た!」

珍しく門口から誰かの足音が聞こえてきたかと思うと、張り切った声が響き渡った。
声からして人間であることは間違いないが...わざわざ戦いに乗り込んでくるとは随分な自信。これがいわゆる勇者という人種なのだろうか。
私は宝石を磨く手を止めて立ち上がり、声のした方へ向き直る。

人間か。近くで直接見るのはいつ振りだ?
足音は一人分しか聞こえない。となれば、よほど腕が立つ戦士なのか。
人間相手に手こずった覚えは無いが、噂に聞く勇者が来たかもしれない。

そんな予想を立てながら待つことしばらく、侵入者は意気揚々とした顔で私の前に姿を現した。

   「・・・見つけたぞ。青い鱗に直線的な角、絵画で見た個体と一致する。蒼鱗の竜、俺と正々堂々と勝負しろ!」

私の予想は、どうやら外れていたらしい。
おそらく歳の頃は成人して少し。比較的落ち着いた雰囲気を持つやや無骨な長身の男。
身に纏う軽鎧は貧相で、魔力も隠していると言うよりは元からほとんど無いようにしか感じない。
まさしく典型的な一般兵。
ただアンバランスなことに、剣だけは少しマシなものを持っているようだった。

   「ああ、この剣が気になるか? 俺の月収の三倍の値で買った強化合金の名剣だ。お前に勝つ為に用意した!」

それだけで勝てるものか、馬鹿め。








数十秒ほどの戦いを経ての感想は、やはり実力も大物と言うには程遠いな、という良い感情も悪い感情も伴わない簡素な内容。

身体能力、人間の中ではいい方だろうが別に飛びぬけているわけでもない。
反応速度、正面はそこそこだがそれ以外の角度には鈍い。
魔力、無くはないといったレベル。洗練もされておらず素人同然。
装備、偏っている。剣は良い物を持っているが、明らかに扱いきれていない。
そして素質。類まれなる、という程のものは見られない。一兵士で終わる器。
総合評価――、よく一人で挑む気になれたものだ。
気絶したその男を引きずって、洞穴の前に運びながら最終的な結論を出してみる。

一応、装備も持ってきてやった。取り返しに来られても相手をするのが面倒だから。
一時間もすれば目を覚ますだろうか、そう思いながら男を見下ろしていると、篭手に刻まれた男の名前が目に入った。
ハルヴィロ・デューラーサイト。名前だけは貫禄がある。実情は殴り一発で気絶しただけの男だが。

これに懲りたら頭を冷やせよ、馬鹿め。












半年後。











   「龍よ! 俺の月収の三倍の値を持つバリサス鋼の大盾だ! もう以前のようにやすやすとは負けんぞ!」

ぜんぜん懲りていなかった。

結構長い間隔をあけて、忘れかけてきた頃にこれだ。
再び私の住処にやってきたこの男。威勢のよい態度も、バランスの悪い装備も前から変わっていない。
唯一つ違っていたのは、左手に構えた魔力を帯びた金属盾。
表面にいくつかの細い溝が並んでいるあたりから察するに、変形する機構を持った魔法合金らしい。
確かに上質な装備ではあると思うのだが。

   「前回は醜態を晒してしまったが、今度はお前を倒してみせる! この名剣と大盾の完全装備でな!」

得意気に武具を掲げるその姿に、何も言う気にはなれなかった。
見た目から察するに、この半年で少しは鍛えたらしい。なのにまず武具のアピールとは、それに頼って戦うつもりか、馬鹿め。





結局この男、また一撃で気絶した。

軽く吐いた火炎を目くらましにして、回り込んでから前回殴った位置に蹴りを一発。
自慢の盾は一度も役に立たなかった。私が運ぶ荷物が増えただけだ。

だが、まるで成長していない――というわけでもないらしい。
前よりも斬り出しの力は強くなったように感じたし、踏み込みの動きも疾かった。

まあ、半年もかけて成長なしだったら私としても困るのだが。


少し楽しかったから、洞穴入口に転がしておいた男の傍に、金貨を一枚置いておいた。
だが翌日見てみると、金貨は放置されたままで男の姿だけが消えていた。
生意気な。

















5ヵ月後。











   「龍よ! この一枚で俺の月収の三倍の値を持つ防火結界の護符だ! もう前回のような手は食わんぞ!」

また来た。そろそろ来るかもと思っていたら本当に来た。
もしかして、この期間のあけ方はその自慢の武具を買う金を溜めているからなのだろうか。
となると、この五ヶ月間は二ヶ月分の金で生活していたとでもいうのだろうか。少しやせたのはそのせいか? 馬鹿め。

で、これまでの装備に加わったハルヴィロの自慢の新アイテムは、首から提げた護符袋と見える。
魔法系には全く手を出していないから無力のままかと思ったが、魔法装備で補おうとしているわけか。

   「これでもうお前の切り札は封じたぞ! 今度こそは決定的な一撃を、思い切り打ち込んでみせる!」

いや、火炎は別に切り札と言うほどここぞという感じにとっておいた手ではないし、決定的な一撃も打ち込まれたような覚えはない。
――そう言ってやろうかと思ったが、戦意に水を差すのも野暮かと思い黙ることにした。

   「来ないのか? なら、こっちから行くぞ!」

だがまあ、今回はその新装備とやらの力を見せてもらうとしよう。
物は試し。軽く息を吸い込んで、火柱型のブレスを撃ち出してみた。

   (シュゴゴォォォッ!)

ブレスがハルヴィロに迫った直前、炎が気持ち弱まったように見えた。
だが、結局そのままの速度でハルヴィロの体を掠め、直撃した護符袋をいとも容易く焼き尽くした。

   「う、うおおっ! ご、護符がぁ!? 護符がぁ!?」

安物ではないか。商人に騙されたな、馬鹿め。




結局また戦闘は一分もかからなかったが、それでも前よりはマシになったと思う。
もちろん、短時間の修行で他の人間が追い付けないほどの域に達するという勇者級の器とは比較にならないが。

今回ハルヴィロは、前回行ったのと同じ蹴りを確かに一度は耐えて見せた。そして、一瞬の遅れはあったがしっかり反撃までしてみせた。
剣と盾のそれぞれの重さを利用して取り回しを利かせるなど、工夫した扱い方もできている。

甘いかもしれないが、少し褒めるような言葉をかけてやってもいいのかもしれない。いや、倒そうとしている相手からそんな言葉をかけられては、いくら弱いといえども戦士、プライドを傷つけてしまうのだろうか。

そんなことを考えながら気絶したハルヴィロを引きずろうとすると、その靴に穴が開いていることに気がついた。
ああ、これはもしかして。
私と戦う装備のために、普段貧乏な生活をしているというのであればそこはかとなく気分が悪い。

だから、洞穴の前に放り出した時、荷物の中に金貨一袋を忍ばせておいた。
しかし翌日見てみると、そこには袋が残されていて、紙に「俺のじゃない、返す」という文字が。

全く生意気な。














それからハルヴィロは、大体5〜6ヶ月周期でやってきた。
ある時は新しい鎧を纏って。
ある時は新しい薬を携えて。
またある時は新しい魔法道具を装備して。
そしてその度に戦い、私の一方的な勝利戦績だけが積み重なっていった。
それは少しずつ戦闘時間が伸びる程度で大して結果の変わらない内容のものだったが、元より刺激の少ない洞穴暮らし。いつしか数少ない私の楽しみの一つになっていた。

たまには話でもしてみようかと思わなくもなかったが、気絶したハルヴィロを外に放り出しておくのが恒例の別れとなっていた。
ドラゴンとそれに挑む人間という関係は、無駄に話などしないものという気がしていたし、私はこの一連の流れを変えないほうが、この楽しみが長く続くと思っていたからだ。
仮に話す機会を得たとして、何を話せばいいのだろう。アドバイスでもしてやればいいというのか。
それを言った日には、あの生意気な男の事だ。わざと反した行動を取るかもしれない。
やはり、雑談するような関係ではないのだ。

そんな風に、深く考えることはしなかった。
ハルヴィロについて、詳しく知ろうとしなかった。















前回のハルヴィロ来訪から七ヶ月が過ぎて少し心配になってきた頃、ハルヴィロはようやく現れた。
しかし、これはどういう事だ。

   「・・・・・・・・・・・・」

前まで持っていたはずの名剣も大盾も無く、当初着ていたあの粗末な軽鎧さえも見当たらない。
手にしている武器は、ゴミ捨て場から拾ってきたのではないかと思うような壊れかけの槍で、表情もはっきりと陰っていた。

   「もう今後、ここには来れない。これが最後の挑戦になる」

いつも張り切っていたハルヴィロだった。こんなにか細く、僅かに震えたような声を聞くのは初めてだった。
とても今まで定期的に戦ってきた相手と同じ人物だとは思えない。姿は同じでも、人はこうまで変わるのか。

私は何か言おうとしたが、喉が詰まってしまったように何の言葉も出てこない。
百戦錬磨のこの私が、何故身を竦ませてしまっているのだ。
動かない。動けない。ただただ、気を強張らせながらその次の言葉を待つしかできなかった。

だがハルヴィロからはそれ以上の言葉は無く、既に木の槍を構えていたのが見えた。
繰り出されたのは、この数年間で少しずつ洗練された、素早い踏み込みからの直突き――ではなく。
明らかに技術的ではない、軸のぶれを伴った雑な突き。
それは軽くはない傷を負った者が無理をして起こしたような動きだった。

ここにきてその切っ先ははじめて、まだ身動きを取れずにいた私の身体を捉えた。
これを一撃と数えるなら、ハルヴィロが私に当てたたった一度の攻撃だったのかもしれない。

しかし私の青い鱗には傷一つつかず、いとも容易く槍はひしゃげた。

   「・・・・・・だよな・・・・・・」

ハルヴィロはその場に倒れ、気を失った。

泣いていた。涙が見えた。

それを知って尚、私はしばらく動くことができないでいた。






今、私は何をするべきなのか、いや、何をしたいのか?
その答えが決まるまでにはいくらか時間がかかったが、私はすぐにハルヴィロの身体を運び出した。
過去、戦闘が終わった後のように洞穴の外へと運ぶのではなく、洞穴のさらに奥の私の寝室へと。

何があったのか知りたい、という気持ちもあるがそれだけではない。
もうここには来れないということであれば、ここから帰すわけにはいかなくなった。



私の寝室までつれてきて調べてみると、服の下は大量の包帯。
一度重傷を負った後、十分な治療は受けたのだが――まだ治りきっていない状態。人間の医療に詳しいわけではないが、率直にそう見える。
まともな医者なら安静を強制するはずだ。おそらくは抜け出してきたのだろう。

――癒しの涙は、あと何本残っていたか。






   「ここは?」

   私の寝室だ。

   「まだ洞穴の中なのか?」

   そうだ。そのまま寝てろ。



意識が戻ったハルヴィロは、居心地が悪そうに目線を背けた。
しかし、しばらくすると何かに気がついたように自分の腕を触る。



   「俺には傷があったと思うのだが」

   ああ、あったな。さっきまで。

   「治したのか? 魔法で?」

   魔法薬だな。これを三本ほど。



空になった癒しの涙の瓶を、ベッドからでも見えるように振ってみせる。

私がこれをどこで手に入れたのかはあまりはっきりとは覚えていない。
ダンジョンで拾ったのか、誰かから貰ったのか。忘れたという事は、重要じゃなかったということなのだろう。
正直言えばここにあったこと自体を忘れかけていたのだが、今は持っていて良かったと思う。
まだ二十本以上は残っていた。自分で使う機会が無かったからか。

ハルヴィロは瓶をしばらく見つめると、また目線をそらしてしまった。



   「その薬、見たことあるぞ。興味も無くなるほど高い奴だ。痛みが無いのも麻酔とかじゃなくて、完治してるんだな」

   高いというのは店で見た値段か何かか。私はそういうのはあまり興味は無いが。

   「一本で俺の月収の40倍の値段だった」

   その計算は特技か何かか。まあ、治って痛みも無くなったんなら良かったじゃないか。



今私がなんとなく嬉しさを感じているのは、知った人間が無事だったというだけのものではないだろう。
自然な流れで会話を行えているこの瞬間を、前からずっと待っていたような気がする。
以前、話なんてする必要が無いと考えていたのは、結局自分に対する言い訳でしかなかったのか。

まだこちらに顔を向けてはくれないが、そろそろ踏み込んだ話をしてもいい頃だ。
そう思って、一言だけ聞いてみた。



   何があったんだ?



答えが返ってくるまでには、少しばかり間があった。



   「崖から落ちて怪我をしたんだ。馬鹿みたいなドジを踏んだだけだ」



その答えだけではこの状況、納得できるものではない。絶対にまだ、何かある。
あまり話しの調子を崩さずに、少しずつ探りを入れてみる。



   登山中に酒でも飲んだか? 違うだろう?

   「吹雪結晶。アレを探している時に、ちょっとな」

   貴重素材集めか。だがお前は兵士か何かだろう。

   「兵士の仕事とはまた別だ。個人でな。言うなよ、副業禁止なんだから」

   何故そんな事を?


ハルヴィロの言葉が一旦途切れる。

吹雪結晶。その物質について、何の素材でどういう効用があるのかは知らない。
だが、それを採取することができる場所は知っている。
ここから少し離れた山間の、特殊な鉱物を土中に含む切り立った岩山だったはずだ。
危険だからこそ近寄る人間もほとんど居ないし、魔物でさえ棲んでいないといっていい。

普段兵士で給金を貰っているのなら、生活費のために素材集めの仕事なんて請ける必要が無い。
だが逆にその必要があったとするなら、生活費以外で金が必要だったということになる。



    私に勝つための装備を買うつもりだったのか?



答えは返ってこなかった。
それは肯定と解釈していいのだろう。



    そこまでして私に勝って、一体何を得るつもりだ?

    確かに兵士の一人からすれば、ここの財宝とドラゴン討伐の名声は魅力的かもしれない。

    だが私も戦闘種だ、多少の手加減はあれど、わざと負けたりなんてことはしない。

    そこそこに戦いを楽しんでいた私が言うのもどうかとは思うが、お前では私に勝てはしない。


できる限り諭すように言ったつもりだったのだが、ハルヴィロは苦汁を味わうように顔をしかめた。
どことなく反発的な態度。私の言葉に従えない、とでも言いたげだ。

実力行使で分からせる――というのも経緯が経緯だけに既に行っているようなものだし、
この状況で殴ったりするのも私としてはいやな気分だ。
だからもう一度説得しようかと思ったのだが、その前にハルヴィロの口が僅かに動いた。


    「……聞いた」


小さな声。
ハルヴィロ自身も今の言葉がこっちに伝わったとは思っていないだろう。
だから私は言い直すのを待った。すると、言いにくそうだが、聞こえる大きさで先ほどの言葉が繰り返された。



    「ドラゴンと戦って勝つと、そのドラゴンと結婚できると聞いた」



説得のために私が用意した言葉は、そこで意味を失って。



    「……今はどうなっているのか知らないが、人間社会には古い慣習がある」

    「求婚する時、それを行う男は必ずそのための武器を用意する」

    「剣とか、槍とか、そういう物ではないんだが。その瞬間においては唯一の武器と言っていい」

    「そしてその武器を選ぶ基準として、暗黙の基準が存在する。それこそが古い慣習だ」



そこでハルヴィロは言葉を切った。私の言葉を待つように。
うまく物を考えられなくなっていた私は、先を促すだけの疑問を投げかけた。



    ……何だ?

    「自分の給料の、三か月分相当の値がついているものを選ぶ事だ」




それを聞いた途端、これまでの記憶が勝手に頭の中を駆け巡った。
そして溢れた。悔いるような感情と、全く違う別の何かが。



    「そう簡単に貯まる額ではないと思っていたが、いざやってみるとできなくはない」

    「魅力的な相手と一緒になれるだろう事を考えれば、それを貯める事なんで苦でもない」

    「お前の為なら頑張れるし、お前の為だから頑張れた。三か月分とはそういう額なんだ」

    「そういう相手に会えた事自体が、それをはるかに超える価値を持つ。少なくとも俺にとってはそうだった」



もし私が洞窟暮らしなどではなく、街に住む魔物のような生活をしていたなら、その人間社会の慣習について知る機会があったのだろうか。
月収の三倍の値で買った強化合金の名剣というのも、月収の三倍の値を持つバリサス鋼の大盾というのも。
月収の三倍の値を持つ防火結界の護符というのも、ただの自慢だと思っていた。

ハルヴィロは、タガが外れたように一人で喋り始めた。溜まった何かを早く出し切ろうとでもいう風に。



   「絵画で見ただけの女に惚れたなんて言ったら、馬鹿だと思うか?」

   「だが、初めてここに来てお前の姿を直接見た時、俺は間違ってなかったと思ったんだ」

   「過去にドラゴンに勝利し、そのまま嫁に迎えたなんていう勇者の話がいくつかあるが、こんなに美しい生物が居るなら勇者がそうするのも当然だ」

   「後は俺が、その勇者みたいに勝てるかどうか。強さを誇りとするドラゴンには、それを上回る強さを見せないといけないと聞いたから」



最初から……そういう意味か。
何故もっと直接言ってくれなかったのだ。馬鹿。
そして知らなかったからといって、それに気づけなかった私も馬鹿なのか。



   「人間の……人間の男として、人間側の慣習も取り入れて求婚したかったんだ。その為の、剣だった。盾だった」

   「だがそれももう、全て、う、失ってしまった。ちぎれかけた俺の腕を治すのに、て、手放さないといけなかった。まだ、勝て、勝てていないのに」

   「腕は繋がった。でも、元、通りじゃない。その上、寝たきりで完治を待つ間、どんどん力が衰えた。覚えた動きも、どんどん抜けていくようだった」

   「だから、だ、から……。可能性が少しでもあるなら、今だろうと……」



ハルヴィロはしばらく目元を手で覆ったまま震えていたが、しばらくするとこちらを見ようともせずに起き上がった。話は終わりだとでも言うように。
もう震えはおさまっていた。
急に落ち着いてしまったようなその様子に、どういうわけか不安を感じた。



   「これまで、迷惑をかけたな。すまない、ありがとう」



そう早口で言うと、ハルヴィロは出口へ向かいだした。
まだ動く事に慣れていないような不自然な歩き方で。

間違いない。今後百年経とうとも、二百年が経とうとも、もうこんな男は現れない。
今の一言を最後に聞く言葉にするわけには行かないし、やはりこのままは帰せない。



   待て。



素早くその背中を追って首元を掴むと、強引にこっちを向かせてそのまま壁へと押し付けた。



   相殺しろ。

   「何の話だ」

   私が気づかなかった事と、貴様がはっきり物を言わなかった事で相殺だ。



言いたいことが伝わっていないのだろう、ハルヴィロは戸惑った表情を浮かべている。
だから無理やり引っ張って、出口の方向からを遠ざけた。



   お前は外に出るな、ここにいろ。

   「もう俺の身体は大丈夫だ、心配してくれなくてもいい」

   そんな事は分かっている!

   「じゃあ何だというんだ」



頭を掴み、目線を私と同じ高さまで押し下げる。
はじめて至近距離で見たハルヴィロの瞳は、混じり気の無い黒色だった。



   貴様を私のつがいにする。今日からここがお前の家だ。



少しの間をおいてから、その黒い瞳が驚きに大きく開かれた。



   「しかし、俺はまだお前に勝ってはいない……」

   だから何だ。勝ったら、などというのは過去にそういう例が多かったというだけの話だろう。私には関係ない。

   「そ、そうなのか!? だが俺はもう持っていた物を全て失って……」

   これまで武具を買うために必死で働いてきた、その根性は残っているだろう? それがあるならそれでいい。

   「本当にいいのか! 俺のような一兵士でも!?」

   貴様の価値は理解しているつもりだ。だから帰るな。私と一緒にここで暮らせ。



そう言うと、ハルヴィロは急に慌てて自分の服の内側やらポケットやらをバタバタと探し始めた。



   「な、なら、これを! 物を全て失ったと言ったが、実は一つだけ残っているんだ! 最後に渡すために、最初に買っていた物が!」



そしてやがて、服の奥の方から小さな箱を取り出して、私に頭を捕まれたままの姿勢でその小箱を開放した。



   「お前の鱗と同じ色の、綺麗な蒼の珠星石だ。受け取ってくれ、人間社会では結婚する相手にこれを贈る。五年前……給料三か月分で買ったんだ」



小さな指輪が入っていた。
私の宝物庫に保管しているどの宝石よりも小さかったが、震えるほど強い感情を抱いたのはこれが初めてだ。
自分の心臓が高鳴る音を聞きながら、私は手でその指輪の小箱を包み込んだ。



   受け取るぞ。お前ごとな。















指輪を受け取ると、すぐにハルヴィロの身体をベッドの上に投げつけた。
そして体勢を立て直す暇も与えず、すぐにその上に乗って組み伏せる。

ここが寝室でちょうど良かった。話が早い。



   というわけで私と貴様は晴れてつがいとなったわけだが。つがいになったのなら、やることがあるな?



呆気にとられているハルヴィロの顔を見ながら、その服のボタンに手をかける。
面倒だから引きちぎってしまってもいいのだが、今日は気分がいいから優しくしてやろう。



   「え、あ、いきなり・・・ま、待て! おい、こういうのはもっと段階を踏んでからでは・・・」

   私と貴様の仲だろう。どうせ遅いか早いかだけの差なんだから、早い方が良いに決まってる。

   「しかしまだお前とは何回か戦っただけなんだから、人間の慣例としてはもっとお互いの事を」

   貴様の方から求婚してきたくせに文句を言うな。たまには魔物の慣例に合わせろ。



そして今更だったが、違和感を感じた。
つがいになった者同士の会話にしては、今のは何かが変な気がする。

……ああそうか。
基本的なことを忘れていた。



   それから、私の事はリノと呼べ。リニオール・ティルニトラー。私の名前だ。

   「リ、リノ・・・? 分かった。これからはそう呼ぼう、リノ」

   貴様はハルヴィロだからハルでいいな。ハルと呼ぶぞ

   「え、俺もまだ名乗ってないんだが何で俺の名前が分かったんだ?」

   ドラゴンは何でも知っている。

   「さっきと言ってる事が違・・・あっ」



ようやくハルの上半身が露わになった。結局肌着は引きちぎってしまったが。
その鍛えられた身体を爪で撫でると、驚いたようにびくりと震えた。

最初に会ってから五年間ほどが経っただろうか。
その間ハルは、私に勝つ為に、私とつがいになる為にずっと鍛えてきたわけだ。
だからいわば、この身体は私のためだけに仕上げられた身体。
私の専用であり、私だけが好きにする権利を持っている。

そう考えると。
凄く体が熱くなる。

多分、魔物の中でも私より幸運な者はいないのではないだろうか。



  ちゅ。

  「っ!?」

  じゅる……、ん、……くちゅっ。



ハルはこの期に及んでまだ照れているのか、もがいて私を止めようとしてくる。
だから肩をがっちり抑えてから味わい始めたのだが、胸板に舌を這わせた途端動きが止まった。
やっと覚悟ができたのか。それでは好きにさせてもらうとしよう。
首元を舐め、耳をしゃぶり、そしていよいよその口を塞ぐ。



  「……う……」

  ん、ちゅ……。



舌を差込み、口腔内を蹂躙。ハルの味を楽しむと同時に、私の味をしっかりとすりこむ。
他の魔物が近寄らないように、ハルは私のものだという事を入念に教え込まないといけない。

抵抗らしい抵抗をしなくなったので、ハルの肩を押さえつけるのをやめてその背と頭に腕を回して引き寄せる。
より密着しての唾液の交換は、全身が溶けてしまうかと思うような心地だった。
身体回りの鱗を消し、皮膜も全て解除する。
少しでも多くの面積でハルの体温を感じる為に、胸を押し付け、足を絡ませ、尾も強く強く絡ませた。



  っふはぁ……。 良かったぞ、凄く。

  「……、……あ、あぁ……」


たっぷりと時間をかけてハルの口を頂いたが、これだけでも私の中に力が満ちてくるのがはっきりと分かる。
だが、足りない。いくらか味わったことで、より一層欲しくなってしまった。
既に朦朧としているような顔つきのハルを一睨み、分かっているな、という無言の確認。
それが通じたのかは分からない。だが多分、通じたと見ていいのだろう。
ハルの下半身を覆う下着をずり降ろしても、何も言わなかったのだから。

既にハルも臨戦態勢になっているのは今少し触れた時の硬さの感じから分かっている。
逸る気持ちを抑えながら、私自身の身体も位置をずらして調整。
二人分の息遣いが聴覚を満たし、濃厚な雄の香りが嗅覚を支配する中で、少しずつ身体を近づけた。


   「っ!」


先端が僅かに触れ、ハルの身体が硬直する。
それを感じ、私もほんの少しだけ動きを止めて黙考した。
やはり事を急いでしまっただろうか。人間社会では普通もっと時間をかけるものだったのか。
だが私も今更ここで止まれない。
今欲しいものは欲しいし、ここで本能を抑えようとすれば私の身体がバラバラになってしまいそうだ。
駄目だったら後で謝ろう。だから今は、欲に従って貪ろう。

そう割り切ると、遠慮なく腰を打ちつけた。



ずりゅぅっ……!


   「くふぅうっ……!」

   んはあぁ、あぁっ!


思わず声が出てしまった。
脳を焼かれているかと思うような強い刺激が下半身から電撃のように押し寄せて、思わず身体に力が入る。
相手を自分の中に捕まえた、咥え込んだ、飲み込んだという支配的な快感も合わさり、ますます熱が噴き上げる。
そして刺激はハルも同様だったのだろう、いつの間にか私の背中に回されていた両手がしがみつくように握られた。


   ど、どうだ? ハル、気分は……?

   「り、リノ……、これ、これ以上、は」


これ以上は、何と言おうとしたのだろう。
おかしくなってしまいそうだ、とでも言うつもりだったのだろうか。
そうだとしたら、私も同じだ。というより、既におかしくなっている。身体が勝手に動き出し、半分コントロールを失っているからだ。
既に脳の許容量を超える快感を味わっているにもかかわらず、身体はさらに強い刺激を求めて動き出す。
ハルの性器を捕縛するように膣で締め付け、そのまま前後に揺さぶりをかける。
より奥の奥へ引きずり込む為に。今私が欲しいものを全て、搾り出す為に。


   はぁ……っ。


下半身の動きを加速させながら、熱を逃がすように熱い息を吐く。
もっと欲しい。もっともっと激しくまぐわいたい。そんな思いをハルにぶつけながらも、頭のどこかでは自分がこんなに貪欲であることに驚いていた。


   「待って、……少し、ああっ、休ませて……」

   何を言うか、まだ始まった、ばかりだろう!?


私の背中に回されていたハルの左手が離れたと思ったら、ベッドに落ちてその端を握り締めはじめた。
でもハルの感触が減るのは嫌なので、すぐにその手をベッドから引き剥がす。


   はぁっ、ほら、な? こっちも使え。

   「え、……あっ」


そして、私の胸へと導いてやる。
下半身の動きはより強く激しくさせながらも、手首を掴んで無理やり私の乳房を掴ませる。
ぐにゃりと形を変えたその先端が、ハルの親指に擦れて強い刺激を生んだ。


   くぅぅ……っ、あはぁ、っ。


私自身も強い快感に思考力を奪われながら、まだ私の背中に回されているハルの右腕もさりげなくその状態で固定する。
どうだ、ハル。もう逃げ場は無いぞ。
両腕を押さえたこの体勢なら、もがいたりして快感から注意をそらすことはできないだろう?
……私自身もギリギリだが。

ハルを追い詰めた。
その事に確信を得ると、それに呼応するかのようにハルが慌てた声を出す。


   「あっ、もう……出る、駄目だ」

   そうか、出せ。全部、だぞ? 出し渋ったり、するんじゃないぞ?

   「リノ……! リノっ……!」

   いいぞ、このまま、だっ……!


ハルの息絶え絶えの声に嗜虐心を刺激され、腰をさらにぐりっと押し付けた。
さらに深々とお互いの身体が密着し、一体化してしまったのではないかと錯覚する。
そして一層ハルの身体に力が篭ったそのタイミングに合わせ、私も強く締め付ける。
きた。きた。
びくりとした震えとともに、どくん、どくんと熱い液体が注がれた。


   あっ、はぁっ、来てる。来てるぞ、ハル……。

   「あ、あぁぁぁ……」


手足を硬直させながらも、吐き出された精が私の子宮に当たって注ぎ込まれる感触に神経を集中。一滴も残させないように何度も膣で絞り上げる。
そしてまるで夢の中に居るような余韻に、皮膚の感覚が戻って自分の汗の冷たさを再び感じるようになるまで浸り続けた。

繋がったまま、ハルの胸板に頭を乗せる。
両腕を掴み、足を絡ませ、肌を擦りつけたまま。
この雄は、私のものだ。他の誰にも渡しはしない。
そうやってしばらく、大事な宝物の感触を全身で楽しみ続けた。


   ハル……?

   「…………」


気を失っているのか。一回でこれとはだらしない。そろそろ次を始めようかと思っていたところだったのに。
だが、まあ。今日のところは許してやろう。
お前なら、少しずつでも成長できるのだろう?
いくらでも待っていてやるから、ずっと私の傍にいろ。

そしてもう一度、ハルの唇に私の唇を押し付けた。

















一ヵ月後。


ハルの身体を抱き上げて運びながら、これまでの戦績を数えてみる。
始めて会った日から数えて、これでちょうど30戦30勝。相変わらず成長速度は凡人のそれだ。
だが、ハルが戦いたいというのだからしょうがない。私はいつでも受けて立つ。

一応、癒しの涙を三本も使っただけあって、傷は完全に治ったようだ。
今は治療の間寝続けて衰えた分を取り戻そうと身体と技を鍛えなおしている。
もし、今後インキュバス化などが起こったら、もっと強くなるのだろうか。
凡人レベルだとは思いながらも、いつか私を倒す日が来るのかもしれないと心の中で期待してしまう。


あの日から私は、こっそりと人間の町に忍び込み、ハルの武具を買い戻した。
強化合金の名剣、バリサス鋼の魔法盾、その他諸々。既に他人の手に渡っていたのもあったが、金を積んで買い戻した。
防火の護符も買っておいた。一応私の方針として、ハルが買ったのと同じ値段で買ったのだが、二度とこんな商売はするなと脅しつけておいた。

ハルが私のために買った物だ。ならば是非とも手に入れたい。
私の宝物庫にあったいくつかの貴金属は処分され、代わりにそれらの武具を保管した。


昔からそりの合わなかったバフォメットの所に行き、ハルの事を散々自慢した。
私の鱗と同じ色の指輪をこれでもかというほど見せびらかし、サバトとの戦争になりかけた。

私とハルの出会いについて興味を持った殊勝なメロウが訪問してきたので、しっかり取材に答えてやった。
今度、雑誌で特集されるらしい。一冊送ってもらえる予定なのでとても楽しみだ。


そして今、毎日がとても充実している。
二人で食事し、入浴し、鍛錬に付き合い、そしてハルから試合を挑まれる。
そして私が勝利し、ハルの身体をこのように運び出す。
以前は洞穴の外へと運び出していたが、今は違う。運ぶ先は私の寝室、いや私とハルの二人の寝室だ。
私が勝ったら、ハルの身体を好きにしていいことになっている。
だから、試合を挑まれるのは楽しみだ。多分ハルも、内心ではこれを期待しているんではなかろうか。


そういえば、ハルが勝った時にはどうするのか、まだ決めていなかった。
まあその時は、私の身体を好きにさせてやればいいのかな。
それもそれで楽しみだ。
15/03/02 07:45更新 / akitaka

■作者メッセージ
あんまりSS投稿の気は普段無いんですが思いついたんで頑張って書きました。
割と唐突に話が脳内に思い浮かんで本当におどろきました

コミケも逆転魔界で申し込んだんで頑張ります。
ほんとはそっちの作業進めないとなんですがたまにはこういうのも

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