連載小説
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花火デート 後篇
祭りの喧騒が心地よく耳朶を打つ。
恭子と祐介は神社の敷地内に設けられた、神社関係者が利用できる仮設の桟敷席で、さらに熱気を増しつつある祭りの気配を感じつつ、花火が打ち上げられるのをゆったりと座って待っていた。仮設とはいっても、空間魔法で室内は十分に拡張され、人化の術を解き蛇の下半身でいても窮屈さは微塵も感じられない。それどころか下ろしたての畳の感触と香りで、心地いいくらいだ。いくら慣れているとはいえ、人の足でごった返す雑踏を歩くのは少しばかり神経を使わざるを得ないもの。だからこそ、そんな心地のいい桟敷席に着いてからは、旦那様にはしたなく思われない程度に下半身をのばしリラックスする。

「楽しみですね、花火。」
旦那様の左腕をそっと抱きしめながら耳元で囁く。
桟敷席の中は空調も魔法で管理され、外の暑さも、鬱陶しい湿度も感じさせない。とどのつまりは魔物娘のカップルたちがいちゃつける絶好の場所となっているのだ。娘たちと一緒に周っていた今までは利用していなかったのだが、こうして二人、せっかくだから利用してみようと二人の意見が一致し、今に至る。
「そうだね。今年はいつもの花火屋さん以外にも参加するところがあるんだっけ。」
「はい。銅島花火工房という会社が参加します。以前に花火の競技会で水神様がその工房の花火を見て、どうしてもうちの祭りに参加してくれないかと頼んだのです。普段、そういう突発的な行動をなさる方ではないのですが、その花火が本当に美しく、我が土地の皆にも是非見てもらいたいとつい我を忘れてしまったのだとか。」
私が事情を説明すると、旦那様はそうなのかあと何度か首肯した後、絡めていた私の手をそっと握り
「そんな美しい花火をこうして恭子と二人、夫婦水入らずで見ることができて嬉しいよ。」
「…はい。私もです♡」
そう言って旦那様の手を握り返し、そっと肩に頭を預けてしなだれかかる。

すると、まるでその瞬間を見計らったかのように花火を打ち上げる音があたりに響き渡り、夜空に美しい華が咲き誇った。

水神様が見惚れた花火は、確かに美しかった。
破裂し象る形に歪さはなく、その発色はどこまでも冴えわたり、まるで別れを惜しむかのようにゆっくりと燃焼し、その姿を雄弁に誇示する。そしてなにより明るさが際立ったおり、それまで薄暗かった桟敷席が、一発上がるごとに花火の色で鮮やかに染め上げられた。だがその光彩にキツさはなく、どこか親しみや柔らかさすら感じるほどだ。
「綺麗…。」
思わず声が漏れてしまう。
今までに見てきた花火も綺麗だと勿論思っていたが、この花火はどこか違って見える。これだけの花火であるならば、水神様が行動に出てしまうというのも納得するほかない。そして見たものは久しく見惚れて違うに違ない。

「綺麗ですね、旦那様。」
「…ああ。」
「これは確かに…見応えがありますねぇ。」
「……うん。」
「旦那様?」
「………ああ。」
珠玉のような花火たちをうっとりと見つめつつ、話しかける旦那様の返答に違和感を覚えた。
最初は私と同じように花火の美しさに心奪われて、返事がそぞろになっているのだろうと思ったがどうもそうではないらしい。旦那様とかける声にもまともに反応してもらえていないのだ。それを訝し気に思い花火から旦那様へと視線を移した私は…驚いてしまった。・

旦那様の視線は花火が彩る夜空ではなく。

桟敷席の床へと向けられていたのだから。





……………





「旦那様?」
恭子の、どこか緊張感を孕んだ声で祐介ははっと我に返った。
「旦那様、どうされたんです?」
「え!?」
「せっかくの花火だというのにじっと下を向かれて…何かあったんですか。」
「ああ、その…」
どう説明したらいいのだろう。
どうやら恭子は、自分が先ほどまで見惚れていた光景に気が付いていないようだ。
「もしかしてどこか具合が悪いのですか?」
「いや、違うんだ。その…確かに花火は綺麗だけど」
「だけど?」
「それ以上に君が、恭子が綺麗だなって思って。」
「…え!?」
祐介の言葉に恭子は目を丸くして驚く。
普段見せないその表情に思わず苦笑いしつつ、先ほどまで自分が見つめていた、いや見惚れていた光景を指さす。

そこには、花火の光で輝く恭子の美しい下半身があった。

日頃からたっぷりと精を取り込み、美しさを保つ蛇の鱗。

金、銀、青、緑、赤。

夜空を彩る花火がそんな鱗一枚一枚に美しい色彩を投射することによって、薄暗い室内の中てらてらと怪しく、艶めかしく光り輝いている。

その光景に気が付いた時の興奮は、幼き日に初めて万華鏡を覗いたものに近い。
花火が打ち上げられるたびに、様々な色に光り輝き、鱗によって不規則に反射するその様は一目で祐介を魅了した。誰よりも愛する妻の美しい蛇の下半身。日の下、いや電灯の下でだって輝く美しさに目を奪われるというのに、そこに考えうる最高級の光による化粧を施したその光景から目をそらすということはできるはずがない。いや、断じてできるわけがないのだ。

祐介が何を見ていたのか説明すると、恭子はみるみるうちに頬や項を紅潮させていった。

「心配してくれて、ありがとう」
顔を寄せ、耳元で囁きながら恭子をそっと抱きしめる。
「でもしょうがないじゃないか…僕にとって素晴らしい花火よりも、綺麗な君の姿に見惚れてしまうのは」
「うぅ…もぅ…」
耳まで真っ赤にして微かに震える恭子に愛おしさが募る。
「でも悔しいなあ…」
「ふぇ?」
「こうして恭子の素晴らしさを今まで知らなかったのは。もっと早く、知りたかったよ。」
「な、なら…」
「うん?」

「その悔しさを忘れるくらい…私を堪能してください♡」

祐介が見えやすいように下半身をすっと移動させながら、恭子はこちらに身を委ねてくる。

「ああ、そうだね。花火はまだ、上がり始めたばかりだ。」

二人だけ祭りの夜が、ゆっくり穏やかに更けていく。
 


19/09/01 10:00更新 / 松崎 ノス
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■作者メッセージ
花火を見に行った時、前にいた浴衣の女性の帯が大量のスパンコールを施したもので、花火が上がるたびにぴかぴかと反射していまして、それを連れと自己主張がすごいねえなんて話していた時に、ふとラミア属の魔物娘さんって鱗だからもしかしてこういう風にぴかぴかと輝くのではと思いこの話ができました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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