連載小説
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大蒜、さらに接吻
「ねぇ、ユウタ」
既に逢瀬を重ねた回数なんて二桁に及ぶ。
以前は一週間に一度のペースだったのが今では2、3日に一度は会いに来ている。
そんなに逢瀬を重ねたところで血をもらうのは週に一度だけ。
そうでないとユウタの体を壊してしまうことになる。
直接吸っているわけでもないので魔力に体を犯されることもない分、人間の体では回復が遅いのだ。
ならなんでそのようなまでに頻繁に会いに来るかといえば…。
その…なんだ、まぁ…単に会いたいからということさ。
単純に、ユウタにね。
そんなこと、彼には聞かせていないけど。
既に真夜中といえる時間、私はユウタの隣にいた。
他には誰もいない。
寂しく光る外灯に照らされる影はユウタのだけだ。
私の影はいつもどおり映らない。
ユウタを前に以前同様公園で、今日はベンチに座りあって、私は口火を切った。
「もう私もユウタに触れられるところまできているね」
言葉の通り、私はユウタのおかげで触れることに抵抗はなくなった。
いや、正確にはユウタ限定で、ということだ。
ユウタになら肌と肌を触れ合わせても悪寒を感じず、嫌悪感を抱くこともない。
…本当は実は最初から抱いてはいなかったのだけどね。
私自身ユウタを突き飛ばし、大怪我させてしまうことを恐れていたのだが思っていた以上に体が嫌がらないものだった。
不思議と、嫌なものを感じなかった。
それはやはりユウタだからかもしれない。
ユウタ独特の雰囲気のおかげかもしれない。
引き寄せられる、惹かれるようなユウタ。
おかげで最初の頃と比べると実に進んだ。
自分から触れることができなかったのに、十分な進歩である。
今ではユウタの頬を撫でることも、抱きしめることもできるだろう。
…拒否されてしまったのだけど。
「まぁ、そーだけど?」
ユウタはベンチに手を着き、上体を逸らしながらも私の言葉に答える。
ベンチに胡坐をかいて、こちらを向いている彼に。
…ベンチで胡坐というのもなんだか変だが。
こんな時間、外出していればユウタの双子のお姉さんであるアヤカが黙っていないだろうが大丈夫らしい。
既に食事は終えたし、それに今日は父親がいるらしい。
何か変な行動をするようならお父さんも止めるだろ、とのことだ。
それなら安心して逢瀬を楽しめるというものだ。
「だから、ユウタ」
私は彼に詰め寄るように身を寄せた。
ずいっと、顔を近づける。
前なら男性にこのようなことはできなかった私が、だ。
変われている。
そう思える。
ユウタ以外の男性にできるかと問われればできないだろうけど。
「う、ん?」
ユウタは私が迫った分、体を後ろに退いた。
私も続くように体を進める。
「もう少し進めてもいいと思うのだけど、どうだろう?」
「いいんじゃ、ないの?これくらい近づいても平気になってきたんだし。」
「それでは…その―

―手を繋いでもいいだろうか?」



流石に近すぎるというので体勢を立て直して二人で座り直したその後。
私の発言にユウタは安心したような、それでもどこか残念なような様子を見せた。
…もしかしたら期待していたところなどあったのだろうか。
…むしろ私が期待しているのだが。
「えっと…じゃあ…」
ユウタは立ち上がり、気まずそうに私を見た。
気まずい、というよりも恥ずかしいといったところだろうか。
頬をわずかに赤くしているところからしてユウタも多少なりとも何か特別な感情を抱いていると思っていいだろう。
その感情まではわからなくとも。
そっけない対応をされるよりもずっといい。
「ああ」
私も立ち上がりドレスを直して手を出した。
ただそれだけなのになんだろう。
ただ手を繋ぐというだけだが、どうだろう。
その行為をしようとしているだけで胸が高鳴る。
今までだってそうだった。
ユウタの手に触れ、頬に手を添え、その身を寄せているだけでも、嬉しい。
そう思える理由は既にわかっている。
ここまでできるようになったのはユウタのおかげ。
血までもらってその上ここまで手伝ってくれた。
そんな相手に何の情を抱かないわけがないだろう。
抱いているさ、ちゃんとしたものを。
わかっているさ、これが何の気持ちなのかも。
そんなものがわからないほど私は愚かではない。
今まで無駄に生きてきたわけでもない。
それでも、こんな感情を抱いたのは初めてだがね。


―私は好きだよ。ユウタが好きだ。


聞かれれば喜んで答えよう。
問えば隠さず伝えよう。
自身に偽るほどでもない。
恥じる気持ちでもない。
こんな私が抱いたんだ。
ヴァンパイアが人間を想うんだ。
素敵じゃないか。
周りのヴァンパイアも気に入った男性を眷族にして連れ帰るらしい。
人間であるときは酷い対応を続けるというが、時間が過ぎ、彼らも同じようになれば恋人同然の対応になると聞く。
最も私はそんなまどろっこしい真似はしないがね。
好きになったんだ、それなら好きなものに対する扱いでいいだろう?
好意の前には誇りも矜持も意味ないさ。
ただ…その好意を伝えるにはまだきっかけがないというか…。
…今までこんなことをしたこともなかったんだ、どう対応すればいいのかわからない。
だからしょうがなく踏みとどまっているのだが。
それでも、いつかは。
きっと、伝えてみせるさ。
「正直恥ずかしいかも」
「そうなのかい?」
「クレマンティーヌみたいな美女と手を繋ぐ機会なんてなかったし」
「…君は本当に」
本当に、たちが悪い。
その言葉が本心から来ていることはわかっている。
ユウタはそういう男性なんだ。
アヤカもまた同じ。
飾らず、曲げず、偽らず。
自身の本心を相手に伝える。
アヤカは冷たくも、ユウタは温かく。
厳しいのに対して、優しく。
思ったことを伝えてくる。
でもそれがたちが悪いのだよ。
悪すぎて、舞い上がってしまう。
君は天然たらしだよ、まったく。
「おっと、ちょっと待って」
そう言ってユウタは自分の手を服にこすりつける。
汚れを落としているつもりだろう。
…別にそこまで気をまわしてもらわなくてもいいのだけど。
こんな私にここまで優しいユウタのことだ、私に不快な思いをさせないためなのだろう。
そういうところには気配りができていても大事なところは見落としているのはまぁ…彼らしさなのだろう。
「うん?」
手を拭いていたユウタが奇妙な声を上げた。
「どうしたんだい?」
「いや、なんか手に当たって…」
そう言ってユウタは上着(がくらんという服らしい)のポケットからそれを取り出した。
それ。
黒く手のひらに収まるほどの大きさ。
長方形の容器である。
「?これは?」
「薬とかを入れとくやつだけど…入れた覚えないぞ?」
怪訝そうにそれを手のひらで眺めてみる。
大しておかしいものではない。
飲み薬などを入れておくにはちょうどいい大きさだ。
ただ、中に何が入っているのかは表面が黒くてわからないが。
「開けてみないのかい?」
「…危険だろ」
それはわかっていても中身が知りたくなるものさ。
危険を冒さずには何も得られないのと同じだよ。
渋るユウタの手からそれを受け取り、もう一度眺めてみる。
何の変哲もないものだ。
ためしに振ってみると中で何かが揺れているようだ。
容器大きさに対して、半分以上入っている。
液体ではないようだが…固体というのもなんだか違う気がする。
…何が入っているのだろう?
「開けてみていいかい?」
「…まぁ、いいけど」
ユウタは気が進まないといった感じだったが平気だろう。
彼は私をヴァンパイアというよりも女性として扱ってくれる。
人間よりもずっと強く、頑丈である存在をだ。
それはとても嬉しいことだが…少し心配しすぎだとも思う。
ヴァンパイアを舐めないでくれよ、ユウタ。
私は自分の手のひらにあるそれを開いた。


―本当は気づいていた。


その中には何が入っているのか。
いったいなんでユウタに持たせているのか。
考えればわかることだったのだから。
ユウタが知らずにユウタの服に何かを入れることのできるものは誰か?
それはユウタが住んでいる家の者しかいないだろう。
それで、私のことを知っているのはユウタの父親と―アヤカの二人。
片方は私のことをとても嫌っている。
そんな彼女が今までユウタの行動に気づかぬはずがない。
ユウタが私と逢瀬を重ねていたことに感ずかないわけがない。
それならユウタの服に何を隠す?
ユウタの身に何を持たす?
そんなもの、決まっている。


―私の苦手なもの、ヴァンパイアが嫌う物だ。


私がそれをわかっていながら開いたのはきっと…欲しかったんだ。
きっかけが。
踏み出し、距離を縮める出来事が。
だから私はアヤカの策を逆手にとって利用することにした。
結果的にとんでもないことになるのはわかる。
だが、仕方ない。
私自身こんな経験がないのだから。
だから、手荒になっても…仕方ないだろう。
「…これ何だ?」
その容器の中に入っていたもの。
それは一見よくわからないものだろう。
何かを摩り下ろし、磨り潰したようなもの。
目で見て何かわからないが…しかし―


−その『ニオイ』は…。


「っ!」
遅れてユウタがそれを私の手から弾き飛ばした。
ユウタもそれのニオイでわかったのだろう。
だが、既に遅い。
ユウタにそのニオイが届く頃には私はそれを十分に吸い込んだ後なのだから。
「あんの馬鹿!『大蒜』なんて持たせやがって!!」
大蒜。
ヴァンパイアが苦手とするものの一つである。
苦手とするだけで嫌いというわけではない。
そう言い張れたのは私がまだ親友の影響を受ける前。
ただ鼻につく嫌なニオイというだけの代物が今は違う。
そのニオイが媚薬のような働きをしてくれるのだ。
まともな思考をできなくし、理性の箍を外し、本能をむき出しにさせる。
先ほどの発言からしてユウタも気づいたのだろう。
あの大蒜を持たせたのはアヤカであることに。
そのアヤカの策も。
アヤカはきっとユウタにヴァンパイアである私を近づけさせたくないがために持たせたのだろう。
私が離れるように、したかったのだろう。
しかしそれは逆効果というものだ。
そのニオイを嗅いでしまった私は。
肺一杯に吸い込んでしまった私は。
もう、止まらない。
止められない。
「あ、はぁ…」
「クレマンティーヌ!大丈夫か!何か変になったりしてないか!?」
そう言って心配してくれるのは嬉しい…でも。


―手遅れだ。


「顔赤くなってるけど…大丈夫かよ!?」
そう言って私の額に手で触れようとして止まる。
私が触れられることにまだ不慣れだから。
ユウタは踏みとどまりつつも私を心配してくれる。
だが。
「ユウタ…ぁ…」
自分自身こんな声が出せたのかと驚いてしまう。
そんな声を出して私は彼を見た。
ゆっくりと体が揺れる。
まるでアルコールに酔ってしまったかのように。
熱い。
体が、体の奥が熱い。
燃えるように、疼くように。
ぞわぞわと、ぞくぞくと。
筆舌に尽くしがたい感覚が私の体を駆け巡る。
「クレマンティーヌ…?」
そんな状態の私を前にして流石のユウタも異変に気づいたのだろう。
大蒜のニオイを嗅いだ私が予想外な状況に陥っていることに気づき始めたのだろう。
ユウタはこのことを知らない。
ユウタが知っていたヴァンパイアの特性は私がまだ魔王の影響を受ける前のもの。
だからわからないのだ。
今の私が大蒜で媚薬のような効果を発揮することを。
一歩、私は踏み出した。
目の前のユウタに近づくために。
「え?ちょっと…大丈夫、なのかよ…?」
ああ、ダメだ。
体が熱くて止まらないよ。
本能が疼いて止まらないよ。
ヴァンパイアの矜持もプライドもない。
本能のままに目の前の男性を求めるサキュバスのように。
私はもう一歩、踏み出した。
「クレマンティー…ヌ?」
私自身どんな顔を浮かべているのかわからない。
鏡に映らないし、確認する術なんて他人の表情から読み取るしかない。
ユウタの顔から、判断するしかない。
ユウタは顔を赤くしていた。
私を見て、驚きながらも。
どうやら他人には見せられないような顔をしているらしい。
それがどんなものか、大体はわかるさ。
きっと私も顔を赤くしていることだろう。
目尻を下げて、息を荒くして。
蕩けた女の顔をしていることだろう。
貴族に似つかわしくない、ただ一人の女の顔だ。
「ねぇ、ユウタ…」
そっと手を伸ばして彼の肩に手を置いた。
すでにこれくらいなら平気になっている。
最も、今の私には関係ないだろうが。
一歩進んで彼との距離を縮める。
もう片方の手をユウタの頬に添える。
「ど、どうしたんだよクレマンティーヌ…そんな潤んだ目なんてしてさ。あ、あれか!もしかしてオレの首から血を吸おうとかそういうことか!大胆だな、まったく!」
早口でそういいながらもユウタは服のボタンを外して首を露出させた。
健康的な肌の色。
わずかに浮き上がる血の管。
そこへ牙を突き立てて血を飲むなんて事をするのはいいだろう。
ここでユウタにそう言えば仕方ないといいながらも受け入れてくれるはずだ。
それくらいわかっている。
ユウタがそれくらいなら許可してくれることぐらい。
食するという本能に、欲求に訴えた行為なら受け止めてくれるだろう。
しかし。
もしもこっちの欲求を頼んだら。
性に塗れた欲望を押し付けたら。
ユウタは確実に拒否する。
それがどうしてか、どんな理由があって拒否するのかわかっている。
ユウタは女性を尊重している。
そんな彼が性を重んじないはずがない。
私を女だと言ってくれた彼が気をつかわないわけがない。
だから、拒む。
それが私のためだから。
それでも、そんな拒絶は私のためじゃない。
拒まれることは優しさじゃない。
今の私にとっては、苦痛に近いものだ。
はっきり言って余計なお世話だよ。
だから。
だから…。
だから私は―


―ユウタの唇に唇を重ねた。


曝け出した首筋に目もくれず。
差し出された厚意を受け取らずに。
それでいて、ユウタの気持ちを聞かずに一方的に。
私は欲望のままに押し付けた。
「んんっ!?」
「ん…ちゅ、は、ん♪ん、んむっ♪」
突然の行為にユウタは目を見開いた。
何とか離れようとして私の肩を掴むのだが力が入っていない。
それ以前に人間の力、ヴァンパイアの力に敵うわけがないだろう。
だから、しっかり抱き寄せて。
その頭を抱いて、離れないように抱きしめて。
本能のままに舌を差し入れ、さらに深くまでユウタを貪る。
ああ…甘い…♪
ユウタの血に感じた味がさらに濃く感じられる。
味わうたびに体が火照り。
啜るたびに意識が蕩け。
貪るたびに続々と体に快楽が走る。
普段なら絶対にできない行為。
ユウタだからこそできる行動。
ユウタは私に本能に訴えればなんとかなるのではないかと提案したがどうやらそれは間違っていなかったらしい。
現に今私はユウタに触れている。
唇を重ねている。
一方的だが、それでも普段よりもずっと近く、ずっと密に。
嫌だとは思わない。
体も、拒まない。
本能の赴くままに、欲望のなすがままに私はユウタとキスし続ける。
「んっ♪はぁ…んむっ……ぷはぁ♪」
「はぁっあ!クレマンティーヌ!ちょっと待った!」
呼吸をするためにわずかに唇を離した瞬間ユウタは何か言っていた。
ここまでしてなお私を拒む精神は素晴らしいものだろう。
だが、そんなものはいらないのだよ。
拒むような言葉は聞きたくない。
欲しいのだ。
ただ、ユウタが欲しい。
本能が求めてやまないのだから。
だから。
「クレマンティー―うむぅっ!?」
「んんっ♪」
私は再び口付けた。
行為を再開させた。
無我夢中に貪り、ユウタの口内へと舌を伸ばして、舐め回し、啜る。
時には舌伝いに唾液を注ぎ、押し返すように動くユウタの舌へと絡み付ける。
動きはぎこちなかったかもしれない。
それは仕方ない。
私にとってこの行為は初めてなのだから。
当然といえば当然だ。
今まで男性の接触を避けていた私にこんなことをする機会があったわけがない。
そんな機会を作ってしまったのは紛れもないユウタだけ。
こんな私に歩み寄ってきたユウタだけ。
だから、これはユウタのせいでもあるのだ。
君が、あまりにも優しくするのがいけないのだよ…♪
初めての接触に。
初めての行為に。
私は心ゆくまで没頭した。
「ん、ひゅむぅ♪れろ、んちゅ…はむっ♪」
技量のない、テクニックのない初心者の稚拙なキス。
ただ本能が求めるままにするだけでサキュバスのそれにも及ばないだろう。
それでも、ユウタにはそれだけで十分だったようだ。
徐々に抜けていく力。
私から何とか離れようと掴んだ手がだらりと下がった。
それと共に私の舌を押し返していた舌が自分から絡まってくる。
ユウタは顔を真っ赤にし、熱っぽいものへと変わっていく。
ふふ、可愛らしい表情じゃないか♪
慈愛溢れた顔も、意地悪をするときの表情も、私に血をくれると言ったときの顔とも、違う。
そんな顔を見たら…もっとしたくなるというものだよ…♪
そのまま私は熱心に舌を絡め、執拗にキスをし続けた。
「は、ぁ…ぁ…ユウタぁ…♪」
唇を離したところでユウタは暴れない。
もう私から離れようとしない。
力が入っていない体は私が抱きしめていなければ倒れてしまいそうなほどである。
「クレマンティーヌ…っ」
既に力が入らない。
なすがまま、されるがままである。
目を見るととろんとしていて、闇のような瞳が潤んでいる。
あまりに激しすぎたせいか、それとも行為に興奮した証か。
どちらでもかまわない。
見ているだけで、そそられる。
「はぁ、ふぅ…ふふ、可愛らしいよ♪」
そう言って私はそっとユウタの体を倒した。
地面に倒すわけじゃない。
私の腕で支え、倒したぶんだけ私が上体を押し付ける。
まるでダンスのように。
さっきよりも近く、そしてより激しくするために。
ドレス越し、服越しでお腹に感じる硬いもの。
見たことはないがこれがきっとユウタの男性器だろう。
興奮してくれているのだね…♪
さて、次はどうしよう。
このままキスをしようか。
それとも押し倒して体を重ねようか…。
私はどうしてしまったのだろう。
考えがまんまサキュバスのようじゃないか。
この私が、考えられないことをしているじゃないか。
それでも、相手がユウタなら…嫌じゃない。
むしろもっとしたい。
「ユウタ…♪」
とりあえず私はそっとユウタの名を呼んで、再び唇を重ねるために顔を寄せて―


「―自分の愛弟子に何してるのぉ!!」


一瞬、頭にあの夜と、アヤカと師の二人を相手にしたときと同じぐらいの衝撃が走った。
それだけではない、私の体はそのまま飛ばされた。
「がっ!?」
大蒜によって外れていた理性が戻ってくる。
キスによって意識に掛かっていた霞が晴れる。
鈍い痛みを受けながらも私は何とか体制を立て直してユウタを見た。
そこには…いた。
あの夜同様に。
あの時と同じように。


―ユウタの師である彼女がいた。


ユウタを大事そうに抱きかかえてこちらを睨んでいる。
ただし、顔を真っ赤にして。
アヤカと向かってきたときとは違う、とても慌てた表情で。
私には向かってくる様子を見せない。
それで、ユウタを抱きしめて離さない。
「し、しょう…?」
息も絶え絶え、彼女の腕の中でユウタは力なくそう言った。
「ユウタ!大丈夫!?キス以外何もされてない!?」
「いえ、なんとか…平気ですけど…」
「でもファーストキスが!自分のものだったユウタのファーストキスが!!」
「いえ、師匠のじゃないですからね…?」
「じゃ、セカンドは自分が!!」
「…………え?」
「ちゅっ♪」
「んむっ!?」
なんということだろうか。
彼女、いきなり現れたかと思ったら…いきなりユウタの唇を奪ったぞ!?
それも私の目の前で。
私がいてもかまうことなく。
勝手に、気ままに、思うがままに。
ユウタの唇を堪能し始めた!
「んん…む、ちゅ♪」
「んーんー!!」
じたばたと暴れるユウタ。
しかし先ほど私とのキスで既に力が抜けている状態だ、ろくな抵抗もできずにすぐに静かになった。
それをいいことに彼女はそのまま深くまでユウタを貪る。
丹念に、しっかりと。
顔を赤くして、ユウタとのキスに酔いしれて。
長い時間を経てようやく唇を離したときには二人の間に銀色の橋が掛かった。
「ぷはぁ♪ねぇ、ユウタ…キス、しちゃったね♪」
「あ、はぁ…はぁ…師匠ぉ…」
「ふふ♪初めてだけど…すっごくいいよぉ♪」
「激し…すぎ、ですから…」
「んもう♪そんな可愛い顔されたらもっとしたくなっちゃうなぁ♪ねぇ、このまましてもいいよね♪」
「ま、って…くださいって」
「んふふ♪でももう少しキスするのも…いいかな♪だから、もっとしようね♪」
目の前で再びキスをしようとする彼女。
そんな光景を見て私は流石に
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
叫ばずにはいられなかった。



あの後ユウタの師をなんとか引っぺがし、私が再びキスをして…なんて事は流石にあらず。
あのままあのときのように再び激闘になるのかと思いきや私に飛び掛りそうな彼女をユウタがキスするという強行で押さえ。
それでやはりまだ大蒜によるものと目の前でキスされたことにより私自身もまた止まらずにしてしまい。
そして、今。
あの後何とか落ち着きを取り戻し、私達は歩いていた。
というのもユウタが自宅に戻るために。
ユウタの師である彼女も一緒に。
私が共に彼の自宅まで行くことは危険なので途中まで一緒に行かせてもらうことにした。
それでも、何も話せない。
先ほどまで理性を外して本能的に唇を重ねていたのだ。
あの時はただそうしたかったが…後々冷静になると私はなんということをしてしまったのだと後悔している。
…反面、喜んでいたりもするのだが。
何も話せず、会話できず。
それでも最初に言ったように手をしっかりと握って歩いている。
彼女にいたっては嬉しそうに腕に抱きついているのだが。
「…」
「……」
「んふふ~♪」
一人だけ嬉しそうに笑いながらも私達は歩いていく。
何もいえない沈黙の中。
夜らしく物静かな闇の中。
私とユウタと彼女は歩く。
耳に届くのは私のヒールの音と時折混じる彼女の嬉しそうな笑い声。
あとは早鐘のように打つ私の心臓の鼓動ぐらいだろう。
先ほどの行為のせいで。
今なお触れ合っているせいで。
ユウタの手を握っているせいで。
胸の高鳴りがやんでくれない。
まるで初心な少女のようだと思った。
それもあながち間違ってはいないだろう。
顔を真っ赤にしている私にはヴァンパイアなんて相応しい姿じゃない。
貴族相応の顔じゃない。
一人の、女だ。
一人の男性にここまで振り回されるとは…まったく。
大変なものだね。
でも…嫌じゃない。
そう思いつつも私は指をユウタの指と絡めて、繋いだ。



「それでは、私はここまでだ」
そう言い私はユウタから離れた。
名残惜しいがそれでも仕方ない。
これ以上は危険だ。
だからこの続きは…また今度に取っておこう。
楽しみに待つことにしよう。
しかしそんな風に考えていた私の背筋を凍らせる一言を彼女は言った。


「ん〜それじゃあ自分もここまでかな」


「っ!?」
「もっとユウタといたいけど自分もそろそろ帰らなきゃいけないからね」
「…そ、ですか」
今にも消え入りそうな声でうつむきながらも答えるユウタ。
その顔は先ほどからずっと変わらず耳まで真っ赤だ。
表情は伺えないが…きっと泣き出しそうな顔をしているのだろう。
しかし問題はそこじゃない。
彼女もまたここで別れるということだ。
それがどういう意味か…わからないわけがない。
「んふふ~それじゃあ、ユ・ウ・タ♪」
「え?」
「ちゅっ♪」
悪戯っぽく一瞬だけユウタの唇に重ね、離れる。
「っ!!」
「えへへ♪それじゃあまたね♪」
自らした行為に照れながら頬を朱に染めた彼女の顔。
もとより破滅的なほどの美貌をもった彼女の表情は男性なら誰でも見とれただろう。
そんな彼女を前にユウタは。
「〜っ!」
顔を負けないくらいに真っ赤にして何か言いたげにしていたが何もいわず、帰っていった。
見続けて、ユウタの背が視界から消える。
それを見計らってからだろう、唇に指を当て先ほどの感触を思い返していた彼女が口を開いた。
「二人っきりになっちゃったね、ヴァンパイアさん?」
その言葉に。
その発言に、一瞬身構える。
今ここは住宅街の狭い道だ。
そんなところで彼女もあの恐ろしい暴力をむやみに振るわないだろう。
アヤカだったらまた別だろうが…彼女はそこまで考えているはずだ。
だからこそあの時も私を空から叩き落して空き地へと連れ込んだのだから。
「今回はあのときのように襲い掛かってこないのかい?」
立ったまま、見据えたまま彼女に言葉を掛ける。
今すべきことは暴力で対抗することじゃない。
それを彼女も考えてこうして立っているのだろう。
「いいや、今回はしないよ。前回のはお姉さんがいたからね」
お姉さん、アヤカのことだろう。
彼女と手を組んでいたのだろうが…どうやら一方的なものだったらしい。
「前回のことは悪いと思ってるよ。でも、謝りはしないから」
そう言った。
私を見据えて。
先ほどユウタに見せていた蕩けた笑みや照れた笑みとは違う、仮面のように張り付いた笑みだ。
「ユウタを傷つけたことは許せない…まぁ、自分も人のこと言えたものじゃないんだけどね」
「…?」
「自分もユウタを傷つけてるからさ」
そう言って歩き出す。
このままはなれるわけにも行かずに私は彼女の隣を歩き出した。
しかし、彼女は。
彼女の言ったことは、どういうことだろう?
ユウタを傷つけてる?
「だから前回のはその分と、それと少しばかりの嫉妬とでも思っておいて」
「…」
なんと困った嫉妬だろうか。
嫉妬したぐらいであれは…勘弁願いたい。
「それで…言いたいことは何だい?」
「うん?」
「わざわざユウタの隣から離れてまでいいたいことがあるのだろう?」
彼女の言動。
全てからわかる。
誰がどう見たところで彼女はユウタに好意を寄せていることくらい。
むしろ気づかないほうが無理があるだろう。
そのところユウタは気づいているのかわからないが。
「んふふ~あんまり考えてなかったなぁ」
「…」
「…もしもの時はさ…


―ユウタを幸せにしてあげてね?」


静かに言った。
夜の闇に吸い込まれそうなほど小さい声で。
寂しそうに。
悲しそうに。
「自分はただユウタに甘えてるだけだからさ。君になら…頼めるかなって思ってね」
「…それで君はどうする?」
「自分?自分はねおこぼれでももらうよ。もし君がユウタと幸せになったらそのときは自分も隣にいさせてもらいたいってこと」
その言葉からするに…完全にユウタをあきらめるわけじゃないだろう。
それでも一歩引いて。
自分が相応しいとは思っていない。
それでも、ユウタの傍に。
甘えることしかできないならせめて近くに。
そういうことだろう。
それを言うなら私も同じだというのに。
「それを言うなら…私も同じことを言いたいね」
「うん?自分に?」
「ああ、そのときは私もユウタの隣にいさせてもらいたい」
私にも言えること。
ユウタが彼女の隣に立つなら私も傍に立たせてもらいたい。
そこまでしてユウタを手放したくない。
貴族としての矜持も。
ヴァンパイアとしてのプライドも。
何もいらない。
欲しいのはユウタだけなのだから。
「そっか、ふふ、それはいい考えだね」
「だろう?そのときは頼むよ」
「こちらこそ、だよ」
そう言って私は彼女と笑う。
正体不明の人間ではない彼女と。
夜の闇の中で静かに笑った。






これでようやく問題は解決…といえるほど解決したわけではない。
それでも、だいぶ前に進んだだろう。
ユウタに触れられるようになった。
彼の師と和解した。
そして、ユウタとキスをした。
初めてであったときと比べれば随分と私も変わってきた。
だから。
あと、少し。
あと、少しだけだから―
11/11/16 20:29更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということで…いよいよ物語りも終わりが近づいてきました!
前半ではあれほどのことがあったのに気づけばここまで来ているとは!
キーポイントは彼か、父か、それともあきらめなかったクレマンティーヌ自身なのか
そして師匠、便乗!
ここまで来て師匠ともしちゃいましたw
リリムルートでは今回の話のバトルのところで終わっていたので師匠とのキスもクレマンティーヌとのキスもありませんでした
ですから今回のは師匠ともども進んだルートです!
そして次回はとんでもないことが…!


それでは次回もよろしくお願いします!!

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