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俺の若様がアルプな理由

 戦士ギルドと魔術師ギルドが地下市街に乗り込んできた翌日、俺は日常の一風景であったかの様に、甘い匂いに包まれたベッドの上で目が覚めた。
 この肌触りの良い感触と親しみ深い香り。間違いなく若様のベッドだった。
 昨晩の記憶は途中から途絶えていた。ギルドマスターの恨みがましい目が俺を見据えて、それから俺は気を失った様に思う。畏怖していた存在から睨まれて気を失ったのかと思っては見たが、どうも違和感を覚える。今良く考えて見ればあの男抱いた恐怖は嘗て思っていた類とは違うものだった。俺の目に映ったあの男は嘗て義賊として名を馳せた人物ではなく、ただ自分の子供を手篭めにする狂人以外の何者でもなかったのだから。
 ふと、右腕にしっかりと巻き付く何かしらか細い重みに気が付いた。
 首を傾けて見る。   其処には可愛らしい寝息を立てて、天使が眠っていた。
「……ッ」
 其処で思い出す。若様はもう若様ではなくなった。いや、若様は若様という淫魔になったのだ。
 そして俺は彼、いや彼女に精を搾り取られた。あの狂人に睨み付けられた時でさえ、彼女は嘗ての父の姿に一瞥もせず俺に追加の射精を促したのだ。
 結果、俺は昏倒した   。其処まで思い出した瞬間、忘れ去っていた疲弊がどんと体を押し潰した。
「……全く、どういう事だか」
 頭の中がこんがらがっている。昨晩は色々と起こり過ぎた。
 若様が淫魔となってこうして俺の腕にしがみ付いて寝ているのは結果に過ぎない。その過程で若様は実の父親に性を弄ばれていたし、受付の男が戦士ギルドの回し者だったという事もあったし、最終的にはこの国の三大冒険者ギルドが一室に介したという事もあった。
 何もかもが俺をおいてけぼりにして事が進んでいた。
    何が、どうなって、こうなったのか。
 俺にはそれを説明するだけの立ち位置には居ないし言葉も見付からない。
 若様に説明してもらう他はない   。そう思って視線を向ける先は神の使いと形容されるに遜色ない無防備な寝顔を曝す彼女だった。
 これは若様なんだ、あの傲岸不遜で唯我独尊なクソガキなんだと頭で認識していても、眼前に曝される美少女の寝姿に俺の胸の鼓動は早まるばかり。悔しいと思うのは変かもしれないが、可愛い。可愛過ぎる。
 若様の安らいだ顔を見詰めているだけで、俺は不思議と幸せな気持ちになっていた。頭がぼーっとし始めて、一日中眺めていても飽きないだろうな、と思ったのだ。
「……うーん」
 若様の眉間が波打ち、喉の奥から音が漏れた。
 不機嫌そうに薄く目を開けた若様の瞳からルビー色の光が覗いた。
「おはようございます、若様」
 そう声を掛けると、若様は暫しキョトンとした表情で俺を見詰めた後、ぼふんと煙を上げて真っ赤に茹で上がった。
「な、ななななんでお前がボクのベッドに……?!」
 わたわたとし始める若様だったが、唐突にハッとした様子でコホンと一つ態とらしい咳払いをして見せた。
「ま、まぁ、お前も漸く自分の立場が判ってきたというか……そういう暴挙に出てみたくなる気持ちは当然かもしれないな……うん」
 何か勝手に納得している様子。
 暫くして落ち着いたのか、若様は俺の体にしな垂れかかって来てそっと唇を寄せてきた。
「ほら、お前も身の程を知ったんなら判るだろ?」
「……おはようのキスとか言わないですよね?」
 若様は多少身動いだが、毅然としてこう返す。
「さぁ? お前が正解だと思う事をしなよ。間違ってたらオシオキ」
「了解しました、若様」
 若様が何を求めているのかは歴然だった。
 俺は差し出された桃色に光る唇に自身を重ね合わせる。それと時を同じくして若様は俺の首に腕を回し、決して離れない様に強く抱き締めるのだった。
「ちゅっ、ちゅっ、ぺろ」
 お互いの舌と舌が重なり合い、お互いの口を行き来する。若様の舌が一際強く突き出され、軽く嗚咽を漏らす。そんな俺の様子を楽しげに眺めた後、若様は自分にもやれといわんばかりに舌を下げた。俺の舌を受け入れると、今度はまるで奥に引きずり込もうとするかの様に舌を巻き付かせた。
「んん……好き……」
 キスの合間、吐息の中に思わず漏らしてしまった本音。若様の声でそれを耳にした瞬間、俺は驚きを隠せず一瞬舌遣いを鈍らせた様に思う。
 若様は顔を真っ赤にすると、俺の舌を噛んだ。当然本気で噛み切る強さなんかじゃないが、これがそこそこ強めで痛みが走る。離してもらった後は暫く歯の跡に沿ってヒリヒリが収まらなかった。
「……不正解だから、オシオキけってー」
 クリームを舐め取るかの様に自身の指を舐めながら若様は下心に満ちる悪意の籠もった瞳で告げた。
「ちょっ、腹いせでしょ、それっ」
「五月蝿い。お前は、何だ?」
 若様が俺の頬に手を差し伸べてじっと瞳を見詰め始めた。
 真っ赤な瞳の奥で何かが渦巻いている。其れを眺めている内に自然と、俺は若様の言う事が絶対である事を思い出していった。
「……若様の、モノ、です」
「そうだよな」
 くすくすと悪戯に、満足気に微笑む若様。
「じゃあボクがオシオキだって言ったら、黙ってオシオキされなくちゃねぇ……?」
 カチャカチャとズボンのベルトが外される。俺の陰茎は若様に引っ張り出されるだけで怒張を極めた。
「うん、いい心掛けじゃないか……ボクの前では何時もみっともなく勃起させている事。いいね……? ハル」
 頷いて見せると、若様は頬を赤らめて「ほぅ」っと息を吐いた。
「さぁ、オシオキ開始だ……♪」
 愉快さを滲ませ告げられると、皮の剥けた陰茎に若様の指が這った。尿道を指先で開かれて、中に向かって唾液が垂らされる。
 溢れて陰茎を濡らした唾液を見た後は、若様の舌先が尿道をこじ開けて穿り進んでいく。
「あ、あ、あ……ッ」
「ふふ……気持ちいい? 気持ちいいんだろ……お前は変態だからな……」
 声を出す為に舌を震わすそれさえもが尿道を押し広げ抉るのに一役買っていた。俺は声を押し殺す事も出来ず、間抜けで意味のない音を口に出していた。
 若様は陰茎を擦る一方、残った手でタマを掴んでもぎゅもぎゅと揉みしだき始めた。
「ちゅうちゅう……昨日のアレ、癖になりそうだったろ……? 今日もイジメてやるからな……♪」
 舌先で尿道口を広げられ、更にはタマを揉まれて精子を搾り出される。昨晩とはまた違った朝の気だるい雰囲気の中でもその耐え難い快楽に自然と腰が浮いてしまう。
「さ、朝の一番搾りイってみようか」
 若様がタマを強く握り締めた。

    ビュルル、ドプッ、ドプゥッ。

 あっさりと絶頂へと導かれてしまった俺の噴出する精液を、若様は一滴も漏らさず飲み込んで行く。
「ん、ん……濃いね。ハルの臭いチンポ汁の味」
 若様は口から漏れる白い残滓も逃さず舌で掬い取り、俺を見上げた。
「もう一発くらい、いいよね」
 そう呟くと、若様は再び頭を垂れて陰茎にしゃぶりついた。
 今度は尿道を舌で抉る事はせず、まるで生殖器に出し入れする様に激しく挿抜を繰り返した。
 勿論余った手はタマを揉みしだくのに余念はない。時々ギュッと強く握られる瞬間には射精したばかりの精巣に急激に精子が充填される様な感覚と射精感が募る。
「はむ、ちゅ、ずるるる……ちゅばっ、ちゅっ、んちゅぅ」
 激しく頭を上下させる若様の口元からいやらしい音が響き渡る。じわじわと陰茎全体を甘く包み込む射精感。俺には抵抗する意識も失せ、タマを一握りされるだけでそのままみっともなく射精に導かれる他なかった。

    ビュクッ、ビュルルゥッ、ビュッ。

「……じゅるる、ん、ん。……ふふ♪」
 嬉しそうに一笑した後、若様は口の中に残る精液を何回かに分けて飲み込んだ。
「んん、二回目の方が量多い……お前の体おかしいよ……♪ 喉に絡んできちゃって、もう朝ご飯食べられそうもないじゃないか……」
 そう文句を言う様なフリをしながら、若様は甘えた眼差しで唇を寄せて来た。
 自分の精液で汚れた唇に何の躊躇もなく自分を重ねた。舌が交差する事はなかった。若様は可愛らしく囀る様なキスを浴びせて、それだけで満足そうに息を吐いたのだった。
「もういっかな」
 若様がパチンと指を鳴らす。
 途端、俺の思考の蓋が外れて先程とは比べ物にならない疲労感が全身にのしかかってきたのだった。
「うぅ……若様、勘弁して下さいよ……」
「だってチャームでも掛けないと、お前、全力で逃げるだろ。逃げ足は得意なんだし」
 若様に見詰められてから、本当に心が奪われてしまったかの様に若様の好きにされてしまっていた。
 これが淫魔の力か   。余計若様のタチが悪くなった、などと口にしようものなら何をされるか判らない。喉元まで出掛かった台詞を飲み込んで、代わりにこう口にする。
「……若様」
「うん? なぁに、ハル♪」
 矢鱈嬉しそうに返事をする若様の邪気のない笑顔に何故か寒気が走る。
 それはまぁ、置いておいて。俺は昨日の一件に至る疑問について若様の口から全貌を聞くべきだと思い至っていた。
「俺、まだ判らないんです。どうしてこうなったのか……なんでギルドマスターは、若様は、こうなってるんですか?」
 漠然としている上要点が纏まっていない。こんな質問を若様が善しとする筈がないと踏んでいたが、若様は同情的に頷いた。
「うん、そうだろうね。お前みたいな凡才な脳味噌じゃ、何もかも判らなくてどう質問していいかも見当がつかない筈だ」
 相変わらず鋭い棘があるが全くもってその通りなのだから言い返す言葉もない。
「そうだね、ちょっと昔の話からしようか。お前は歴史に疎そうだしね」
 そう前置きした後、若様は毅然と言い放つ。
「ボクは元々、この国の王の息子だったんだ」
「……じゃあ、王子って事ですか?」
「そうだよ」
 今はお前と居るからどうでもいいけどね、と付け加え、甘えて旋毛を擦り付けてくる若様。
   元々、この国には双子の王が居てね。昔、権力争いが起きたそうなんだ」
 ぐりぐりと押し付ける頭を一旦落ち着かせた若様の瞳がすぅっと光を消した。
「仲良しの兄弟だったんだけど、それぞれの家臣団に持ち上げられて争う以外に道を無くしたらしくて。結果弟王が自ら追放される事で兄王が王位を継承する事になったんだ。その後、兄王は目出度くこの国の王となり、追放された弟王も隣の国で義賊として名を馳せた。   暫くして、国政も安定した頃に、漸く弟王の追放が取り消される事になったんだ。他所の国で英雄扱いされてる身内を追放の身のままで居させる意味がないっていうのと、やっぱり兄王も弟の事を気にしていたんだね」
 若様は俺の首筋にキスをし、悪魔が囁く様に耳元に唇を押し当てた。
「もう判るだろ? この国に戻ってきた弟王は盗賊ギルドのマスターとして兄王を支える様になったんだ。……けれど、変に思わない? 身内だからって、どうしてそんなにしてまで手元に置いておきたかったんだろうね……?」
 俺が何か察した様な目をすると、答えは目にしていると言った風にくすくすと若様は笑った。
「禁断の愛だね。どちらともがどちらとも、自分の半身である事に気付いてたんだ。それを補完するモノこそ、ボクがお前に抱いていた感情そのもの……」
「そ、それって……」
 俺の腕を奪い、指を重ね合わせて、接吻する。柔らかく体重を掛けられたまま、俺の体は若様に押し倒され、今しがた目覚めたばかりのベッドに沈んだ。
「でもね、ある日弟王は気付いてしまったんだ。“こんな事、おかしい”って」
 小さなキスが顔に降り注ぐ。
「切欠は、兄王のお妃様に恋をしてしまったから。お妃様だって、女に興味も持たない相手と形だけ結婚させられて不満だったんだ。……まさか王様がそういう種類の人間だとは夢にも思わなかっただろうけれどね。そんなお妃様と、弟王が愛を囁きあう仲になるのは当然の流れだよね」
「……そ、それで」
 思わず続きを催促してしまう。正気を疑う話だが、何故だか続きが気になってしまう。
 若様は俺を軽蔑する目で見下ろした後、また、天使の様に笑った。
「ある日、お妃様に子供が出来たんだ。世継ぎが出来た。けど、兄王には身に覚えがない訳だから、当然お妃様に不通の疑いが掛かる。其処で弟王は何をしたと思う?」

    兄王と入れ替わって、自分が王様になったんだ。

「弟王はお妃様を真剣に愛していた。だから、彼女が姦淫の罪として斬られるのが我慢ならなかったし、お腹の子供は自分の血を分けた子供だ。二つの命を護る為に、兄を貶める事に迷いはすれど躊躇はしなかった。結果、王位継承を争う時とは逆に兄王が国外追放される事になった」

    そして、ボクが生まれた。

 そう口にすると、まるで此処に居る自分に証を立てるかの様に一際深いキスをする。
「けれど話は此処から。お妃様はひょんな事から兄王と弟王の嘗ての関係を知ってしまうんだ。それを激しく嫌悪したお妃様は気を病んでしまい、家臣の一人と密通し始める所か年頃の息子にまで手を出し始めた。弟王はそれを知って激怒し、兄王を密かに国外から呼び付けてお妃様共々殺してしまった。   これが、まだ誰にも知られてないこの国の歴史だよ」
 気を病んだ妃。家臣と密通し、実の息子にも手を出した……。
 それは   若様が実の母親に犯されたという事だろうか。
「……それから、パパはおかしくなってしまった。いや、もうそうなる前からおかしくなってたのかも。だって、大切な人を二人も殺してしまえる程になっていたんだもん。本当は優しくてお人好しな人だったのに、最後には何を考えているのか自分でも判らなくなって、狂ってしまった。きっと叔父さんを殺したのは叔父さんとの関係がママをおかしくする原因だと思ったからだろうし、ママを殺したのはボクを助ける為だったんだろうから」
 ぽたぽたと俺の頬に振る暖かい雨。若様は鼻水を啜りながら語り続ける。
「叔父さんと入れ替わって国を治めていたにしても、国王が人殺しは拙い。今までの事情を知っているパパの家臣団は直ぐにパパに入れ知恵して盗賊ギルドの頭首と入れ替わる事にした。そして、熱(ほとぼり)が冷めた頃を見計らって行方不明になっていたボクを担ぎ上げて王に返り咲く……そういう手筈だったんだ」
 居た堪れない表情に歪んでいく若様の顔。
 その表情に抗いがたい保護欲が掻き立てられて、溜まらず胸に抱き締めた。
「……ボクはその間、ママと叔父さんの代わりを務めなければいけなかった。そうしなければ、パパはボクを殺す。あの時ママと叔父さんを殺した時みたいに。……だけど、ボクはボクだ。だからあの日   貴族が魔界の薬を手に入れた事を知った日、直ぐに盗みに入ったんだ」
 背中を撫でる手に異物が触れた。若様の背に生えた魔物の翼の根元が其処にはあった。
 その向こうでシーツが生物の様に蠢いている。不意に捲れて見れば、柔らかな尻の割れ初めを根っことして、淫魔特有の矢印状の黒い尻尾が揺らめいていた。
「……これも血なのかな。ボクも、気付いた時にはパパや叔父さんと同じ様に男の人に欲情しちゃうようになってた。だから、いっその事女の子になりたかったんだ。女の子になれば、何の問題もなくなるだろ? 好きな奴と幸せなエッチが出来る。愛する奴の子供を孕める。……それに、ボクだったら、そんな人を裏切らない。そう思っていたから」
 恐らく若様が思う様にその嗜好を得たのが、血が働いた所為であるとは言いがたいだろう。
 実の母親に犯された事が原因で性癖が歪んでしまった   。想像だが、きっと父親に対する恨み言を吐かれながら八つ当たりの様に犯されたのだろう。子供心に過酷な仕打ちだった筈だ。
「それが、あの時ですか?」
 俺が初めてギルドに顔を出したその夜。若様が俺の隠れ家に突入してきた、あの時の事は今でも昨日の事の様に思い出せる。序でに、其処から今に至るあれこれも含めて苦笑いが漏れた。
 若様は素直に頷いた。
「初めて会った時は只からかい甲斐のありそうな奴だって思っていたけど、あの時ボクの手を引いて逃げてくれた時、嬉しかったんだ……。ボクを大事にしてくれた事……。パパに囚われていたボクは、心の何処かで一緒に逃げてくれる人を探していたから。お前の事……もっと、知りたいなって思ったんだ」
 其処まで語った若様の顔は先程まで泣いていたとは思えない程、はにかむ乙女の様に赤くなっていた。
「それで一緒に生活する様になってから、む、胸の奥がヘンな感じになって……日に日に苦しくなってきた、から、さ……イジワル、とか……色々遣り過ぎちゃったんだけど……ほ、ほらっ! 男子って好きな女子にイジワルしたくなるじゃん!? ア、アレだよ……」
「女子はどっちかっていうと若様じゃないですか」
「うー、うるさいっ。その時はまだ男の子だったんだよっ」
「あれ? それじゃあ薬を飲んだのって何時なんです? 直ぐ飲まなかったんですか」
 若様はぷりぷりと可愛らしくへそを曲げながら「んー」と下唇に指を置いた。
「流石に魔物になっちゃうのは怖かったから……覚悟決めるまでは、一週間くらい」
「じゃあ飲んで直ぐには女の子にならなかったんですか」
「うん……そういえば、お前の事はっきり好きだって思ったのは、飲んだ直ぐ後だったりする……」
 上目遣いでじっと俺の反応を伺う若様に、咄嗟に視線を外す。心臓の鼓動が急に早まったのを、若様に気取られるとからかわれるに決まっているのだ。
「もしかして、何時もお前の上でオナニーしてたの、気付いてなかったり?」
「……えぇ!?」
「アハハ、嘘だよ、嘘。……でも、お前の事を思うと我慢出来なかった夜は、ある……かなっ」
 若様の冗談を一瞬でも真に受けたのは、今までずっと真面目なトーンで若様が喋っていた所為で決して気を緩めていた訳ではない。
 しかし、若様は俺の反応に満足気に高笑いした。目の端に雫が溜めたまま、俺の耳元で囁いたのはそんな事だった。
「ホント困るよね。まだ女の子になりきってない時からお前に発情しちゃって……お前が襲ってこないかホンキで楽しみにしちゃってたりしてた。……襲ってくれても、ボクは全然良かったんだよ? くすくす」
「だ、誰が……もう冗談は通じませんからね」
「ホンキだよ、バーカ」
 そう言ってへそまがりなキスをする若様。
「……ねぇ、ボクの夢。お前が叶えてよ」
「はい? 夢、ですか?」
 若様の夢。なんだろう。そう思いを巡らせるとじれったいという声が聞こえた。
「さっき言っただろ?    ボク、もう好きな人の子供を孕める身体なんだよ……っ?」
 ドキリ、と体が浮かび上がった。
 孕める身体って、つまり、孕みたいって事だろうか。
 え、若様が!? 俺の子を!?
「い、いや、ちょっと待ってください……っ」
「誰が待つか。……こればっかりはチャームとか使いたくないんだから。お前からしてくれないとヤなんだからな……っ!」
「あ〜、あ〜、え〜っとその〜。こ、子作りは、計画的に!」
 人差し指を突き出して若様を牽制する。
 若様は暫くポカンとしていたが、その柳眉が段々と逆立っていく。
「〜〜〜! こ、このボクがこんだけ恥を忍んで誘ってやってるってのに……ッ! 巫山戯た事ばっか言ってるとチャーム漬けにしてボク専用の性奴隷にしてやるからなっ」
「わー!? ごめんなさーい!?」

    ぐぅきゅるるるぅ。

 ……まるで空気を読んだかの様に腹の虫が鳴った。
 そういえば起きてから若様の口で二発精を抜かれたり話を聞いていたりで随分と朝ごはんの時間を遅らせていた。そろそろ腹の虫も満を持して鳴いてみせたのだろう。
 僅かに沈黙の間が開く。不意に若様が頬を一杯に膨らませて「ぷっ」と噴出した後は、堤防が決壊したかの様に大笑いし始めた。
「あははは、お前は全く、何処までボクの予想を裏切るんだよ」
「す、すみません……」
「いいよ。そうだな……、初めてはヤれるトコまでヤりたいから、精の付く物をきちんと食べてもらわないとな」
 悪巧みする様な表情でそう言い放った若様。
 取り敢えずこの場で子作り、いや、頂かれる事はなくなった様で内心ホッとした。
「じゃあ、何時も通り。……判るね?」
 生まれたまま、飾るものも角と翼と尻尾のみの体を大きく広げて若様は扇情的に微笑んだ。
 俺は「畏まりました」と告げて、自らも全裸のまま若様のお召し物を支度しつつ、彼女の宝石の様な体の手触りを隅々まで堪能するのだった。





――――――――――





 盗賊ギルドの頭首が捕まった翌日だというのに、地下市街は何時もと変わらぬ様子だった。
 昨日の件は知られていないのだろうか。いや、戦士ギルドに魔術師ギルド、入り乱れて突入してきたのだから当然ギルド構成員には知れ渡っている筈。仕事柄、情報通も多く居るこんな場所にあっては広まらない噂などない筈だ。
「ねぇハル。またあの屋台に行こうよ」
 若様は自分の頭に生えた角や、背中に生えた翼、尻に生えた尾を全く気にする事無く露出させて、街道の中心でくるりと一回転してみせた。
「若様、それ隠さなくていいんですか?」
 此処は魔物を許容していない。人外まるだしのルックスで歩き回っていれば地下市街の番兵に見咎められる。
 しかし若様は俺の心配を鼻で嗤った。
「ボクを誰だと思ってるんだ?」
「……若様」
「そう、ボクはこの地下市街を治める盗賊ギルドの頭首……だった、パパの息子だぞっ? ボクの顔を知らない奴なんて、此処には居ないサ。ま、入り口で立ち呆けてた何処の誰かさんと違ってね?」
 無論それは俺の事だ。憎まれ口を叩く若様はピョンピョン飛び跳ねながら俺の腕にギュッとしがみ付き、小さく翼をパタパタと揺らした。
「……皆コスプレか何かだと思うさ。だって似合うでしょ? このカッコ。ハルもそう思わない?」
「え、えーっと」
 傍に寄られて、縒れた襟から綺麗な鎖骨とピンク色の乳頭が覗いた。
 咄嗟に顔を背けると、途端に足を鋭く踏み付けられた。
「此処は、なんか、可愛いとかなんかあるでしょ! もう、本当にグズだな、ハルは」
 若様の抗議を受けて、苦笑いを返す。
「すみません、余りに可憐でしたので……言葉が、上手く出てこなくて」
 するとすっかり機嫌を良くした様で、俺の腕に一際強く抱き付きながら小さな声で「……それならいい」と呟いてくれた。


―――――


   やぁ、こんばんは。ハルさん」
 不意に声を掛けてきたのは、何処かで見覚えのある男だった。
「……若様もお元気そうで何よりです」
 男が、俺の右側に居る若様に視線を送る。若様は男をキッと睨んだ後、俺の後ろに隠れるのだった。
「アンタは、確か」
「ハルさんの初来訪時、受付を担当させていただいた者です」
 ああ、あの男か。   ギルドマスターの部屋の前で俺に剣を向け、最終的にギルドマスターを裏切って戦士ギルド、魔術師ギルドを地下市街に招き入れた人物。
 しかし、何度も会っている筈なのになんて印象に残らない男なんだ。それが、特に不気味さを帯びている。まるで、態と相手の印象から消える様に仕向けているのかもしれないなどという過度な妄想さえ筋が通りそうだ。
「アンタは戦士ギルドに戻ったんじゃないのか?」
 剣士であるというルックスから戦士ギルドの人間だと勝手に見当を付けて口走った。
 昨日の事を全て覚えてはいないが、一応の所此奴に救い出されたと言っても遜色はないだろうと思う。
 男は肩を竦めて道化の様な表情をしてみせた。
「戻るも何も、私は戦士ギルドでも魔術師ギルドでもありません。元国王様……、失礼、其方のギルドマスターが、勝手に私を連中の手先と口にしただけですよ」
 不可解な事を言われて首を捻る。ギルドではないとしたら、一体お前は何者なんだ。そう口に出そうかと思う所に、男は深い溜息と共に此処ではない遠くを見る様な瞳で語り出した。
「私が何者かは、此処で語る事もなく直(じき)に判るでしょう。……只、そうですね。私は私がやった事にケジメをつける為にこうして来た、という事も大きいです。だからこうして、此処を離れる前に貴方方の様子を見に来たのかもしれません。勝手な事を言っているのは、判りますが」
 何か核心を語っている様で、何も語っていない。そんな謎の内容に俺は更に深く首を傾げた。
「何れにせよ、次に会う時は直(じき)に来るでしょう。その時には又詳しく、或いは私の懺悔を聞いて頂く事になるかもしれません。   と、謂う事だけ」
 最後に口元に人差し指を当てる。散々勝手に喋っていたかと思うと「それでは、また」と言ってまるでまた会う約束でも取り付けたかの様に言い放ち、男は勝手なタイミングで立ち去って行った。
 ……一体何だったのだろうか。
「若様は、アイツが何を言いたかったか判ります?」
「……全く判んないし、キョーミもない。そんな事より、早く屋台まで行こうよ♪」
 若様の表情が刹那あの男に何かの面影を見る様だったが、しっかりと目にする前にケロッと目の色を変えてしまった。
「ほら、早く早く! もし売り切れちゃってたら、帰ってまたオシオキだからね」
「そんな直ぐ売り切れる筈ないじゃないですか……(げしっ)ってーっ!」
「生意気言うな、ハルの癖にー!」
「若様、手加減して」

 ……こうして若様に振り回されながら今日一日、嘗てない程楽しい時を二人で過ごせたのだった。





――――――――――





 男はそっとその場を離れた後、地下市街の薄暗い路地に身を隠した。
 本来光など届かない地下で、地上とは違う別世界を照らす眩い太陽は彼にとって疎ましいものだったのだ。
   そろそろ期限だ。本隊を動かそう」
 語調からもその整然さが伝わる様な女性の声が市街の闇から発せられる。
 男は懐から大事そうにパイプを取り出すと、ぷかぷかと吹かし始めた。
「焦らんでもいい。戦士ギルドも魔術師ギルドも此方に付いてる。後は自然の流れであの子が王位に就くのも時間の問題や。本隊が動くのはそのタイミング」
「悠長だな。その期間は必要か?」
「必要さ。……“勝ち取る”って事は」
 男は影から差し出されたローブを着込み、魔導師帽を目深に被る。襟を立たせ、金属部位を丁寧にパチンパチンと連結させていく。
「第一、アルプになったあの子が王になれば話が簡単になるやろう? 加えて事を済ませた後、統治する者を決めなくちゃいけない。それだったら最初から誰かが王になってもらっていた方が面倒も少ない。一石二鳥」
「それもそうかもしれないな」
 女性がうんざり気味に溜息を吐いた。
「そういえば、この国に仕官していた事があるそうだが……」
「ああ」
「罪滅ぼしか?」
「まぁ……」
 男は気拙そうに笑った。
「こうやって、自分が世の中を恨んで撒き散らした因果を目の当たりにしていると、死んで償ってしまえば、なんてラクなんだろうと思えるな」
「……そうは言うが、貴様のその撒き散らした因果がなければ出会わなかった二人、というのも居る」
「そうかもしれない。けれど、それは俺が幻想していい事じゃない。結果、俺は一人の父親に大切な物を二つ壊させ、その息子からは殆んどの物を奪った。悲劇、程ではないにしろ、あの子はずっと辛かったに違いない」
「しかし、態々魔界の秘薬なんかを使おうなどと考え付いたのは他でもない貴様だ。……救ってやろうと、思ったんだろう? だからこそあの王子、いや、彼女が掛け替えのない物を手に入れたのは、間違いなくお前が誇るべき善行だと、私は思うがな」
 付き合いきれないという態度でありながらも、真剣に相手の事を考えて発せられた台詞。そのギャップに男は楽に笑う。
「励ましてくれて、ありがとう」
「なっ……わ、私は、貴様が変な感傷を持って任務を怠るのが見ていられないだけだっ。お、おおお男だったら、少しくらいはくよくよせぬよう己に打ち勝ってみせろっ」
「ああ。   そうする事にするよ」

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【メモ-用語】
“魔界の薬?”

そこらへんのエロス魔界の淫らな気や魔力を凝縮し、更に都合が良い特殊な成分を混ぜたご都合主義万歳な画期的な薬。

これを飲めば一気にインキュバスになっちゃう事請け合い。
更に、アルプに変化する条件さえ満たせばそのままアルプになってしまえる気がする。

なんでこんなものを貴族が持っていたのか……
そして若様はその事をどこで知ったのか……

それらは全くの謎である。ええ、謎です。

11/10/25 23:05 Vutur

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