連載小説
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少女ククリは変わりたい
「お待たせ〜♥」
 人混みを掻き分けて、輝く純白の蛾が僕の前に舞い降りた。
「うぅん、今来たところだよ」
 そんなテンプレート的セリフを吐き(事実だが)、僕は彼女の手を取った。
 デートの始まりである。


「ククリ、今度の週末空いてるか?」
「うん、空いてるよ〜」
 高校生くらいになり、角がボロボロと取れ、丸くほわほわとした性格になったククリは僕にすり寄ってくる。
 だいたい察したのだろう。
「どうして〜♥」
「デートしよう」
「やったぁ!パパとデート!パパ、大好き!」
 僕の頬にキスをし、そしてそのまま喜びに任せて飛び跳ねる。
 そのたびに成長し、膨らんだ彼女の胸がぶるんぶるんと揺れる。
 ………けしからん。
「で、ククリに聞きたいんだけれども、どこ行きたい?」
「街中のぉ〜遊園地と、その近くに賑わってるところがあるから、そこに行きたいっ!」
「オーケー。遊園地のチケットは取っとくね」
「やったぁ〜!」


 当日になり、何故か彼女は別の用事があるから、と少し遅れてきたが。
「ふふ〜ん♪パパとデート♪パパとデート♪」
 楽しみにしていることには変わりないようだ。
 でも、いくらテンション上がっているからといって、鱗粉を辺りにばらまくのは駄目だ。
「はぁ〜い」
 慌てて羽パタパタを止め、触角だけを動かす。
 かわいい。
 ククリはウキウキと僕の手を握って歩く。しかも恋人つなぎ。
「まずはお散歩しようよっ」
「うん」
「私行きたいところあるんだけども、行ってもいい?」
「いいよ、僕、ここらへんのことよくわからないんだよね………」
 一応、一通り調べてはみたが。
「じゃあ、ついてきてっ」
 そうして僕の手を引き、彼女は走り出す。

「いや、これは違うでしょ!」
 連れてこられたのはラブホテル。
「えぇ〜だめぇ?」
「まずはデートしようよ!」
「わたしとしては〜、パパとずっと繋がってるっていうのもアリなんだけれども?」
 少しその誘惑に負けそうになるが、我慢。
 きっとここに入ったら一日それで終わってしまう。それは避けなければならない。
「案内してもらって悪いんだけれども、せめて、ラブホは最後にしようよ」
「ん〜〜………わかった」
 結局、美味しいスイーツ屋に連れて行ってもらった。


「めちゃくちゃおいしいじゃんか」
 僕が注文したケーキ。めちゃくちゃうまい。
「でしょでしょ?」
 目を輝かせ、触角をピクピクと動かしながらこちらを見てくる。
「初めて食べたときからね、こう、ビビっと来てね、病みつきになっちゃったのよ〜♥」
 恍惚の表情でパフェを頬張るククリ。本当に美味しそうだが……その量は如何なものだろうか?
「花のJKはこれくらいメガ盛りの方がちょうどいいんです〜」
 向かい合って座っているのだが、間のそのパフェで彼女の顔が隠れてしまうほどなのだ。
 見るだけで若干の胃もたれが来る。
「太っても知らないぞ」
「太りませ〜ん………だけど、なんか最近胸の成長が半端なくてさ〜全部胸に行ってんじゃないかと思うのよ」
「確かにめざましいよな、成長が」
 あんまり大きな声では言えないがククリの体のことは知り尽くしている………ある程度は。
 最近は一日でかなり大きくなっているのだ。目にみえて。
「どうしたの?じろじろ見ちゃって〜♥」
 わざと胸元をはだけさせ(露出の少ない清楚な白のワンピースを着ているのだが……逆にそれがそそる)、見せつけてくる。
「いや、大きいな〜って思って」
「開き直られると反応に困っちゃうな〜」
 触角がピクピクと動く。どうやら褒められて嬉しいようだ。
 今のは褒めているのかどうか怪しいのだが……
「あ、ククリ、ほっぺたにクリーム付いてるぞ」
「? どこどこ?」
「そこ、あ、もうちょっと右………僕が取る」
 ぐいっと身を乗り出し、指でクリームを拭き取る。
「はむっ」
 すかさずククリはその指を咥える。
「ぴちゃ、れりゅっ、ちゅっ、ちゅっくちゅっ、ぷちゅっ………パパの指、甘くて、おいしい♥」
「…………っ」
 ぞくぞく、っと背筋に快楽が走る。
 すごく、こそばゆい心地だ。
「うふふふふ………気持ちよかった?」
「……………」
 目をそらす。顔がどうしようもなく熱い。きっと彼女には僕の真っ赤な顔が映っているのだろう。
「ふふふ………かわいいなぁ」
「…………」
 さらに顔が熱くなる。
 とりあえず、気を紛らわすためにケーキをガツガツと口に放り込む。
 ククリはただにやにやと僕の顔をのぞき込む。
「ふふふ」
 あぁ、でも。
 本当に大人になったよな………ククリ。
 彼女の笑顔をみると、そう思ってしまう。
「……なぁククリ」
「?」
「…………………………いや、なんでもない」
「えぇ〜気になるぅ〜」
 見る見るうちに二人のスイーツは減っていく。


 スイーツを食べ終わり、ククリの買い物に付き合った僕は大量の袋を持ったまま遊園地へと向かう。
 前方ではククリがスキップをしている。跳ねる度にやはり豊満な胸は揺れ、汚れのない純白な髪も揺れて光を放っている。
 まぶしいくらいに。
「パパありがと♥かわいいお洋服とかいっぱい買えちゃった」
「喜んでもらえて何よりだ」
 そうでないと薄くなってしまった財布が浮かばれない。
「〜♪」
 鼻歌を歌い、ご機嫌なククリ。でも羽は動いていない。ちゃんと鱗粉の散布を我慢しているようだ。
 ほっとする。
 でも、その胸の中には普通とは少し違う気色が違う安心感がある。
『他の誰かが彼女の鱗粉を吸うことはないんだ』
 そう考えてしまう。僕は、彼女の鱗粉で酩酊するのは僕だけの権利だ、と思っているのだ。
 ───僕は彼女を独占してしまおう、と思っているのだ。
 図々しくも。
 そして、僕は再認識する。
 ───僕の決断は間違っていない、と。
「………………ねぇ」
 ククリは鼻歌をやめた。
 そして、さっきまでとは別人のような──いや、これまでに見たことのないほど真面目な顔で僕の方を向く。
 辺りが、静かになったような気がする。
 彼女の声以外の音が、すべて遠ざかったようなそんな感覚がする。
「今日のデートはさ、すっごく楽しくてさ、すっごく感謝しているんだけれども………」
「……………」
 やっぱり伝わっているのか。僕が言わんとしていることは。
 短い間だが家族だったのだ。隠し事はできないのだろう
 でも、これは僕が言うべきことなのだ。
「パパは「ククリ、そのことについて、話が──」
 だけれども、その瞬間───

 ドドドドド──────!!

「「!」」
 猫の大群がこちらに向かって走ってきた。
「え? うそ、こっちに来てんの?」
「とりあえず逃げるぞ!」
 僕は彼女の手を取り、走り出す。


「はぁ、はぁ、ここまでくれば大丈夫だろ…」
「ごめん、少し、鱗粉使っちゃった」
「仕方ない、緊急事態だったからな」
 僕らは群れに急き立てられるように遊園地の入口へと走り込んできた。
 どうやらうまく撒けたようだ。
「しかし、なんでこんな急に」
「あぁ………ごめん、マタタビ酒買ってたの」
「そういうことか」
 多分、いつもククリが遊んでいる、アパートの獣苗(ししなえ)さんのとこへのお土産なのだろう。
「まさかこんなことになるなんて……」
「そりゃあ想定しろと言われても無理な話だな」
「ごめんね………………それでなんだけれど、さっきの話の続きを」
 手の平を向けて、彼女の紡ぐ言葉を止めた。
「話は、邪魔の入らないところにしよう」
 そう言って僕は遊園地内を見る。
 そこにはでっかい観覧車があった───

「………………」
「………………」
 観覧車のゴンドラはしばし静寂に包まれていた。
 お互いに言いにくいことを腹の中に持っているはずだ。だから躊躇している。
 これは一生に一度あるかないかのことなのだから────
 逃げ場のない中、僕らはとりあえず目をそらし窓の外の景色をただただ眺めていた。
「………パパ」
 耐えきれず、静寂を破ったのはククリだった。
「パパの目にはさ、わたしってどう映ってるのかな?」
「…………」
「別に責めているわけじゃないの。ただ正直に答えてほしいの」
「…………僕もその辺は整理が付いていないんだ………でも」
 僕は、言った。
「少なくとも、僕はお前を───娘としては見ていない」

『よく考えるのよ。それは、彼女の根底を揺るがしかねないことなんだから』

 大家さんの言葉が、フラッシュバックする。
「───だから、それについて話があるんだ」
 でも、僕はもう決めた。

『彼女は純粋なのよ──いいえ、純粋すぎるのよ。だから彼女は、ずっとあのまま生きていきたいと思っているのかもしれない。あなたの娘のままで』

 きっと、彼女は弱くなんかない。

『あなたはククリちゃんと対等の位置に立たなきゃならないのよ? ククリちゃんはあなたと対等の位置に立たなきゃならないのよ?
 ちゃんと、そのことを心に留めておいてちょうだい』

 彼女は──もう大人なのだから。

「僕は今日をもってお前の父親をやめる」

「─────────」
 彼女は。
 絶句した。
「だから───だから」
 僕は震える指でポケットの中を弄る。

「ククリ────僕の妻になってくれ」

 僕はやっとのことで、指輪を開けて、彼女に差し出した。
「─────ぐすん」
「!」
 すると、突然彼女は泣き出し始めてしまった。
「ぁ、ぅぇ」
 ど、どうしようどうしよう。これ、嬉し涙ってことでいいのかな?
「く、ククリ?」
「すん───ごめん、ちょっと」
 それは、どういう意味でのごめんなのだろうか───
 僕の心の中はだんだんとぐちゃぐちゃになっていく。
「ふふっ───やっぱり、パパのこと選んで正解だった」
「───えっ?」
「やっぱり、パパは──わたしの運命の人だったんだ」
 彼女は、微笑んだ。
 一瞬、彼女が光を放った。強い、光を。
 まぶしくて目を閉じずにはいられなかった。
「く、ククリ!」
 まばゆい光がやみ、目を開けると、そこには。

 ウェディングドレス姿の彼女がいた。

「──わたしも今日言おうと思ってたの」
 白い、彼女の色のドレス。ところどころに結晶チラチラと光る結晶が見える。
 綺麗だ。
 それよりも先に──

「わたしは、パパの娘を卒業します」

 ククリだ。これはククリなんだ。
 どこを見ても、飾り気のないククリなんだ。
 そう思ってしまった。
「今日の朝、雪村さんに手伝ってもらってね、完成させたの」
「すごく──綺麗だ」
「でしょ?」
 えへへ、と彼女は笑ってみせた。
「大丈夫だよ。わたしはパパ──ううん、(くわな)くんと同じ場所に立って生きていきたいの」
「ククリ───」
 彼女はようやく。
 僕を、父親以外の名で呼んでくれた。
「────繧ュん」

「これからの何十年、よろしくお願いします」

「────こちらこそ」


 きっと、あの時の彼女は。
 あの窓から飛び込んできたときの彼女なら。
 こうは言わなかったのだろう。
 でも、彼女は成長していったんだ。
 成長して、変わっていったんだ。
 ───大人へと。
16/07/31 00:31更新 / 鯖の味噌煮
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■作者メッセージ
次回、最終回になる予定です。

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