連載小説
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本音の罪
 数日後。
 大斧を抱え街道を歩く男が一人。
 その巨躯に担がれているものは斧と呼ぶにはあまりにも無骨で巨大な鈍色の塊である。雨に打たれ傘もささずに歩くその姿ははたから見ると不審者そのものであり、道行く人々もまた斧を担ぐ大男との距離を露骨に開け、ヒソヒソと陰口をたたいているようである。
 当の本人であるロズはそのような陰口などなんら気にも留めずに、斧の刃の部分を傘代わりにしながら職場へと向かうのであった。

コンコン
コンコン

「あーい、今開けるから待って……ってなんじゃそりゃ!」

 看守室で一人雑誌を読みながらくつろいでいたミック。時刻は朝8時頃だ。
 時間帯的にロズが出勤しに来たのだろうと思い、内側からかけていた鍵を開けようと扉へと赴く。古ぼけてはいるが鉄製の頑丈な扉は鍵がなければ決して開けられない仕組みになっており、さすがは死刑囚を収容するだけの場所ではあるということだ。それなりに警備はしっかりしているようである。
 扉を開けたミックの眼前にはいつもどおり同僚のロズが見えたのだが、その様子はいつもとは違っていた。
 いや、厳密に言うとロズはいつもどおりである。しかし、ロズの抱えるその巨大なモノが浮世離れしたというべきか、あまりにも大きすぎるが故に驚きを隠せるはずがなかった。

「なんだそれ!?」
「……これが前に話した骨董屋で貰った斧だ」
「それは斧じゃねぇ、丸太だ!鉄塊だ!斧の形をした何かだ!!」

 ミックが慌てふためいているのも無理はない。
 何故なら、ロズはその大斧を地下牢へと持ち込もうとしていたのだから。
 地下牢の鉄扉と大斧との大きさを比べてみても明らかに斧の方が大きく、扉のサイズに収まりきれるものではない。
 だというのにもかかわらず、ロズは無理やり斧を地下牢へ入れ込もうとしているものだから地下牢の管理者であるミックが青ざめないわけがなかった。
 ただでさえ大柄で力のあるロズが、狭い扉目がけて大斧を入れ込もうとしているのである。その行動から予測できる結果は考えずともわかることだろう。

「おいバカやめろ、んなモン入るわけねーだろうが!」
「……俺は今までお前のわがままを散々聞いてきたんだ。たまには俺にもわがままさせろ」
「それとこれとはっ……って、おいぃ!?」

 ミックの制止や虚しくロズはその巨躯をずん、ずん、と一歩ずつ歩み進める。
 肩に担いだ斧の刃は下を向き、少しでも面積を小さくさせようとしているのだろう。しかし、その大きさゆえにあまり意味のある方向ではなかった。
 刃先が分厚い鉄の扉に当たると、その部分がひっかかりロズの足が止まる。
 ミックはその光景を見て「早く引き返せ!」と怒鳴っていたのだが、そんなことはいざ知らず、依然として巨体の行進は止むことを知らない。
 突っ掛かりがうっとおしく思い、ロズは勢いよく斧を引くとなんと驚くことだろうか、鉄製の分厚い扉がスルリと切れてしまった。およそ鉄が生じるはずのない亀裂を描きながら刃先の進行を許してしまうと、鉄は呆気なく切断され斧が通過する形となる。

「あああああ!!なんてことしやがる!これじゃ鉄じゃなくてチーズケーキだ!こんなにキレイに切れちまってよぉ〜!」
「……俺はガトーショコラの方が好きだぞ」
「うっせ知るか!おいロズ、後でちゃーんと直しておけよ」
「わかっている……それにしても手入れしていないのにこの切れ味とは……」

 その恐るべき切れ味たるや、以前ロズの指に切り傷をつけたものの比ではなかった。
 分厚い鉄をいとも容易く切断してしまうその切れ味は最早ただの刃物と表現していいものなのだろうか。鉄を切れる、ということはいうなれば岩石や鉱石すらも切ることができてしまうのだ。そのような離れ業を手入れもしていない斧がこうも容易くできていいものなのだろうか、とロズは思う。

 なぜロズはこの『免罪斧』を地下牢に持ってきたのかというとそれにはある理由があった。
 まず一つに、他に置き場所がなかったという点だ。
 ロズの家はごくごく普通の小さな木造の家だ。それほど広くもなく、人一人が住むくらいが丁度いい広さの一軒家である。それゆえに物置はなく、『免罪斧』を置く場所が確保できなかったのである。ただの蒔割り用の斧ならば何の問題はない。しかし、特に用途も見出せない装飾用であり、なおかつこの大きさである。はっきり言って一人用の住居に置くのは邪魔だったのだ。
 それならばいっそ、自宅の次に長い間滞在している場所、地下牢に持っていけばいいじゃないか、ということに至ったらしい。流石に看守室や独房には置けるスペースはないが、最奥にある死刑執行室ならばそれなりの広さもあるし、武器庫もあるので一番適していると思ったのだろう。
 そして、もう一つの理由として、斧の手入れ道具が揃っているのが地下牢だったためでもある。
 ロズは几帳面である。ゆえに手入れがされてないものを見るとつい手入れをしたくなってしまう性分である。その対象が何であれ、ロズにはそういった癖があるのだ。
 そして今回に至っては、何の運命だろうか”斧”であった。生涯において食器とペンの次に握っている時間が長いであろう斧という得物が手入れもされていない状態で彼の手に渡ったのである。斧には何かしらの愛称のようなものを感じているロズが、この『免罪斧』を手入れしないという発想に至らないわけがないのだ。
 だから彼はこの薄暗い地下牢に斧を持ち込んだというわけである。
 扉を壊すという本来のロズならばとるはずもない行動をさせてしまうのは、彼の強い願望から来るものなのか、それとも斧の見えざる力によるものなのか……

 斧を担ぎながら看守室を通り抜けると、独房の区画へと出る。
 長い通路が一本道になっておりその一番奥にある部屋こそが死刑執行室だ。そこまで行くには両脇の独房を必ず通らなければならないので、必然的にグリドリーやカティアにもその姿を見られることになる。

「うひうひいひひ……その斧でオデをコロスのかぁ??
ぐげうげ、おもしろソウダナァ……ぐっぐっぐげ」

 爪をガリガリと齧りながらそう呟くグリドリーをロズは見向きもせずに通り抜けた。ああいう輩には何を言っても無駄なのだ、恐らくまともな会話すら成立しない。そうわかっているからあえて目を合わせようともせず通り抜けるのである。それに管轄はミックなので必要以上に接しないようにもしていた。

「……!?な、なんだそれは?建築資材、いや大砲か?」

 そう驚くのは斜め向かいの独房にいるカティアである。
 カティアもミック同様に、その大きすぎる斧を目の当たりにして似たようなリアクションをとっていた。はたから見ればまず斧とは思えないその外見は彼女らの反応をもってしてより増強される。

「……これは斧だ。装飾用のな」
「私が知る斧というのは少なくとも人間より大きいものではないはずだが」
「……世の中には常識という範疇では収まらないものが少なからず存在する。覚えておくことだ」

 驚きの余韻がまだ収まらぬカティアの独房を通り抜ける。
 通路の脇には今にも朽ち果てようとしてるボロ布がそこかしこに転がっており、ロズが踏んだ弾みで塵となって消えるものもあった。通路の一部分は赤茶色に変色した石畳があり、その天井を見てみると錆びて穴の開いた水道管が連なっている。錆び水がぽた、ぽたと滴りその受け皿となった石畳が変色しているのだろう。

「ジュイッ!?」

 何かを蹴飛ばした感触があったので足元を見てみると、前方に飛ばされたネズミがひっくり返ってのた打ち回っている光景であった。そのネズミはすぐさま立ち上がると一目散に物陰へと隠れ、その姿を捉えることはできなくなる。
 正常な者ならば通るだけでも嫌悪感満載になるべき場所をロズは何の異常も感じることなく、悠々と突き進んでいた。すでに彼は慣れてしまっていたのだ、この不衛生極まりない場所を。
 バシャッ、と錆び水で塗れた石畳を踏む。
 ぷじゅる、と蛆を踏みつぶす。
 蛆や卵を踏みつぶすのは若干こたえているようだが、それでも足を止めることなく突き進んでいるのはひとえに何度も同じことを繰り返してきたからの慣れが為せるものなのだろう。
 今彼の靴裏を見ようものなら、霧の大陸の名物料理『満漢全席』でさえも汚物の山と化してしまうほど惨憺たるものであるのは間違いない。

 ガゴン……
 ゴォン……

 重々しい音を立てて最後の扉が開かれる。
 地下牢の最奥であるこの部屋は斧を直立で立たせても尚、天井に余裕があるくらいに高く、広さもそこそこなものだ。今まで狭い場所を通り抜けてきたこともあって、一番奥で電灯もあまりない薄暗い場所だが開放感だけはひしひしと感じられる。
 死刑執行室という名は物騒であるが、一見するとだだっ広いだけの部屋でありそれ以外にはさほど面白い仕掛けというものはない。無論、絞殺装置や毒瓶、血塗れの床を見慣れているロズ主観での話なのだが。

「……ここらでいいか」

 ロズは武器庫の前に立ち、ひとまず武器庫にしまうまでは壁に立てかけておこうと思い斧を壁に置いた。ずずぅん……と、斧を置いた弾みで多少の揺れが生じてしまうのはその重さゆえだろう、天井の石の隙間から砂利が落ちてくる。
 髪の毛の隙間に入り込んだ砂利を払い除けると、続いて棚から手入れの道具を取り出し始める。砥石や油、汚れた布や薬品などを取り出し、専用の台にセットする。その台には錆び水ではなく、汚れのない透明な水が流れており、作業するにはうってつけの台だ。恐らくロズ自身が手作りで拵えた台なのだろう、その台は木材で組み立てられており安定感はあまりよく無さそうである。

「……しかしこれを一人でか」

 今更ながら、ロズ自身もこの斧の大きさに手をあぐねいていた。
 手入れをするのは別に構わないが、これほどまでに大きなものを手入れするとなると並大抵の時間では終わらないだろうからだ。標準サイズの得物ならいざ知らず、人の体積よりも大きな刃面を全て手入れするとなるととてつもない時間がかかる。それを一人でやってのけるにはあまりのも膨大な作業量であった。
 彼はしばし考えた後、一人でやるのは無理と判断し助っ人を頼み込もうと今一度看守室へ戻るのであった。




―――――




「ここが……死刑執行室……」
「そうだ。ああ、血糊には気をつけろよ、変なものに感染しても面倒は見切れん」
「それよりも蛆の方が精神的に参る……」

 再び死刑執行室の元へと戻ってきたロズの隣にはミック……ではなくカティアがいた。
 白黒のボーダーラインが刻まれた服を着て、足枷と鉄球をつけたカティアはゴリゴリと床を引きずりながら一緒に中へと入ってゆく。その表情は渋々助っ人につき合わされているというよりも、むしろどこか嬉しそうな面影が垣間見える。
 ロズは斧の手入れの助っ人にミックを呼ぼうとしていたのだが、ミックは処理しなければならない書類の山に覆われておりとてもじゃないが助っ人を誘えそうな状態ではなかった。
 仕方なく一人で手入れをしようと死刑執行室に戻っていたのだがその道中、独房内でひどく退屈そうにうなだれているカティアを目の当たりにした。地下牢から出してはならないという制約はあるが独房から出してはならないという決まりはどこにもないことを把握しているロズは、カティアを半強制的に斧の手入れの助っ人として連れ出したのである。
 人手が足りないという理由がメインであるが、それの他にあまりにも退屈そうにしていたから何か仕事を与えてやろうというロズなりの考えがあったのであろう。カティアは「犯される以外ならなんでもいいぞ」と啖呵を切っていたが、内心では退屈しのぎでもいいからなにかしらの行動をしていたかったと思っていたので丁度良かったのかもしれない。

「ロズの手伝いをしたから死刑執行が破棄されるとかはないのか」
「……残念ながらそれはありえん。お前の死刑は確定しているからな」
「少しは気の効いた冗談でも言ってくれていいものを」

 雑談と呼ぶには少し悲壮感が漂い過ぎている会話をしつつ、二人は作業台へと向かう。
 ロズは武器庫前に立てかけてある斧を作業台へと運び、その刃面を台の上に乗っかるように置いたのだが、いかんせん大きすぎるために刃面だけで台を多い尽くしてしまった。また、作業台はその重さにぎりぎりの状態で耐えており、ネジの繋ぎ目が軋む音が聞こえる。

「すごい斧だなこれは。巨人専用か?」
「残念ながら人間用だ。まぁ、装飾品だがな」
「それにしても……ひどく痛んでいるものだ」
「……ああ、だからこれから手入れをするんだ。よし、そうだな、まずは……」

 そう言うとロズは奥に置いてやかんと銀色の紙のようなもの、それと白い粉状の薬品をとりだす。

「これで刃の黒ずみを落とす」
「それは?」
「やかんと鋁の箔、そして塩だ」
「鋁の箔?聞いたこともない金属だな」
「最近になって発見されたものでな。アルミニウムと言うらしい」
「アル、ミ、ニウム……ほぉう。こんな薄っぺらいものがねぇ」
「硫化銀を元に戻す効果があるとの噂だ」
「ぎ、銀!?」

 銀、というワードを耳にしてカティアは義賊だった頃の癖が前面に出てしまう。金や白金ほどではないが、それでもかなりの希少金属として貴族の屋敷から数多く盗んできたものである銀。この眼前に広がる巨大な刃面が全て銀という事実に驚きを隠せなかったのだ。
 いや、カティアでなくても驚くべきだろう。巨大な鉄塊だと思っていたものが、実は銀塊という事実を受け入れるのはなかなか難しいものである。

「こ、こここれが全部銀?」
「……ああ、俺も最初は驚いた。この黒ずみは鉄が酸化したものじゃなくて銀が硫化したものだろう」
「確かに……武器の刀身に銀を使うというのは小耳に挟んだことはあるが……いやしかし、ここまで大きいものは始めて見た。私が今まで盗んできた銀の装飾品を全て集めても、この刃面の半分にも満たないくらいだ」
「……売ったらどれくらいの値段になりそうだ。そういう計算は得意なんだろう」
「これほどの大きさならおおよそ500kgはあると仮定して……金貨で換算すると……ええと……」

 震える指で計算をするカティアは今まで見たこともない金額を頭の中で計算し、そのあまりの金額に声まで震える始末だ。
 その逆にロズは、あまりカネにはうるさくない性格なので計算するのも億劫だ、といったところだろうか。
 そして計算し終わったカティアは目を何度もぱちくりとさせ、口をパクパクさせながらロズに言う。

「100、いや200は下らない……」
「何の数字だ」
「金貨の枚数だ……金貨で換算するところ恐らく200枚以上の価値があるだろう」
「……ほう、そりゃまたえらい大金なことだ」
「ほう、で済ませられる金額じゃない!一体パンが何個買えるというんだ……ひい、ふう、みい、ああわからない!」
「…………」

 金の計算はできるのになぜパンの計算はできないのか、と思いながらもやはりその高額さにロズも思わずごくりと喉仏を鳴らす。ロズがひと月まともに働いてもらえる金額はせいぜい金貨3枚ほどである。せいぜい金貨3枚とはいうものの、これはかなり高収入であり執行人という役職がいかに過酷であるかというものを物語っている。
 今までのロズとミックの行動を観察して、それほど大変なことはやっていないのではないかと思われがちだが、人一人を殺すということは相当なプレッシャーがかかるのだ。例えそれがいくら人々に恨まれている悪者だとしても、である。
 そう考えると執行人という役職はそれ相応の配給を貰っているわけであり、なおかつひと月金貨3枚だとするとこの『免罪斧』がいかに高額なものであるかがわかる。
 といってもそれは本当にこの斧が銀で出来ていればの話であるが。

「……気をつけろ、見た目こそひどいが切れ味は大業物並だ」
「わかった。それで、私は何をすればいい?」
「……まず俺が手本を見せてやる」

 そういうとロズは手馴れた手つきで斧の刃面の方を向き作業に入った。

「……工程は大きく分けて三つだ。まず始めに、黒ずみの落としたい部分に塩を振りまく。次にこの鋁の箔、アルミニウム箔をその上から被せる。最後に箔の隙間から熱湯を注ぎ込む。これを何度か繰り返したら黒ずみは取れるはずだ」
「はずだ……って、ロズはやったことがないのか?」
「銀で出来た武器なんて取り扱うことがまずないからな。即興で考えた」

 こう見えてロズはそれなりに学はあり、特に理系分野においてそこそこ教養はあるようだ。見た目こそ脳筋で運動系と思われがちだが人は見た目にはよらないのである。
 てきぱきと説明しながらその工程を繰り返し、数回行なったところだろうか。始めは黒ずんでいた刃面の一部分が、次第にその輝きを取り戻していることにカティアは気が付いた。

「おお……本当だ、徐々にだが黒ずみが消えているぞ!」
「そういうことだ。もうわかったろ、それじゃお前にも手伝ってもらう」
「任せておけ。こんなもの、南部大陸の名のある地主の屋敷に忍び込んだ時に比べれば容易いものだ」
「……心強いもんだ。どこかの変態糞野郎よりかは幾分かマシだな」
「比べられてもあまり嬉しくないのだけど」





―――――





 作業を始めて既に2時間が経過しているところだろうか。
 始めのうちはお互い雑談などしたりして手際よく行なっていたのだが、一向に終わらない単純作業は着実にやる気をそぎ落としている。今となってはお互い口も開かず黙々と作業するのみであった。
 塩をまいて、アルミニウム箔を被せ、熱湯を注ぐ。
 その工程を延々と繰り返すだけなのだ、飽きないわけがない。退屈に苦しんでいたカティアでさえも流石にこの長時間の作業はこたえているのか、明らかに作業の手際と慎重さが欠けているように見える。

「……気をつけろ、怪我ってのはこういう集中力が欠けた時にしやすいもんだ」
「了解。油断して捕まったどこかの義賊みたいにはなりたくないからな」
「……面白い自虐だ」

 ロズの忠告を耳に入れ黙々と作業を再開する。
 初めの頃は作業を間違えないように慎重に工程を頭の中で繰り返し、ロズの作業を横目で見ながら行なっていた。
 しかし今は、なぜ銀に塩にアルミをかけて熱湯を浴びせると黒ずみがなくなるのだろうか、そもそもロズはどこでこんなものを手に入れたのだ、などそのようなことを考えながら作業しており明らかに雑念が入り乱れているのがわかる。ロズはそういうところを注意したのだが、頭に浮かんだ雑念というものはなかなか取り払えるものではなく、カティアの頭の渦巻いている。
 気が付けば手が止まっている場面もあり、いよいよもって集中力は限界に近づいてきているようだった。

「……カティア、そろそろ休め」
「私はまだできるぞ」
「休めといったからには休め、命令だ。塩の使用量が安定しなくなっている」
「…………わかった」

 まだできる、とは強気に言い張ってみたものの、ロズの目にはもう集中力は切れていると確信していた。これ以上作業を続けたら無駄な仕事が増えてしまいそうだ、と直感した彼はそう告げるのであった。
 渋々作業を中断させカティアはアルミニウム箔を刃面から取り外す。
 続いて疎らに散りばめられた塩を払おうと手でほうきのように左右に揺らしていたのだが――
 ついに彼女はやってしまった。

「痛ッッ……!!」
「無事か!?傷口を見せろ」

 左右に揺さぶっていたそのはずみで、手が刀身部分に勢いよく触れてしまったのだ。
 鉄すらも容易に切断してしまうその刀身が人の肉体を切れないわけがなく、カティアの手の平には水平線に一本の切り傷が大きく刻まれていた。

「ぐっ……大丈夫だ、痛みはそこまでない。だが結構深くいってしまったようだ……」
「だからよく切れると言ったんだ。とりあえず止血をせねば」
「…………?いや待てロズ、何かがおかしい」

 救急道具を取りに行こうと離れようとしたロズであったが、カティアがそれを静止した。
 たいしたことがないのなら静止を振り切って救急道具を取りに行こうと考えたロズであったが、カティアのいかにも奇妙なものを見つけたその視線が気になって足を止めざるを得なかったのだ。

「どうした」
「見てくれ……な、なんだこの煙は……」
「……これは…………」

 カティアの切り傷からは血は流れていなかった。
 かなりの深さを刃で切ってしまった傷口はロズもその目でしかと見ている。これほどまでの深さならば流血は間違いなく、だからこうして救急道具を取りに行こうとしていたのだ。
 だがしかし、その手の平からは一滴の血すら流れていなかった。
 そしてその血の代わりに傷口から出てくるのは謎の煙である。薄桃色で遠くのものが見えるか見えないかぐらいの濃度を呈する煙はカティアの傷口から滾々と湧き出ており、死刑執行室の一角を覆っていた。
 この煙にロズは見覚えがあった。そう、先日自分の指を切った時にその傷口から出た煙と非常に類似していたのである。『免罪斧』で切った時に傷口から出てきたあの煙、条件も見た目も完全に一致している。

「なんだこれ……わ、わたしはいったいどうなって……」
「落ち着けカティア。まずは深呼吸だ」
「すー……はー……すー……ふぅ……」

 あの時との違いを挙げるならば、カティアの傷口から噴出される煙はロズのときとの量と比べると格段に多く、その勢いも凄まじい。まるで沸騰した鍋の噴出孔から出る蒸気のようだ。
 そしてその臭いもまた異なっていた。あの時自分が指を切った時はただ煙が出ただけで何の臭いもしなかった。しかし今は、カティアの手の平から噴出されるこの煙は思わずは虫歯になってしまうほどの甘ったるい香りが漂っていたのである。メープルシロップのような、ハチミツのような、イチゴジャムのような甘すぎる香りが薄桃色の煙から発せられており、甘いという言葉だけでは到底表現しきれない香りがロズの鼻腔を刺激する。
 甘いのは然程得意ではないロズであるが、不思議とこの香りはいつまで嗅んでいても嫌な気持ちにはならず、それどころかむしろずっと嗅いでいたいと思わせてしまう奇妙な魅力を孕んでいた。

「その煙は俺もこの前体験した。体験通りならそのまましばらくすれば収まるはずだ」
「わ、わかった……」

 慌てふためくカティアを諭すロズ。
 カティアが落ち着きを取り戻すと、次第に煙の噴出は収まり始め、やがて完全に収まった。
 手の平には依然として血は流れておらず、煙の噴出も収まったことにより深い傷口だけが残る形となっている。不思議なことに痛みは一切無く、それがより一層不安を掻き立てることになるが今はとりあえず煙が収まってひと段落といったところだろうか。

「収まったな……カティア、何か体に異常は無いか」
「とりあずは今のところは何もなさそうかな」
「ならいい。しかし一体これは……」

 とてつもなく甘い香りが周囲一体を充満しロズの鼻を通り抜ける。煙が収まったというのに未だにやまないその臭気はいかに刺激的なものであるかを示唆しているようだ。
 甘くとろけるような香りはずっと嗅いでいるとついまどろんでしまいそうになって、口の中に砂糖を放り込んだかと錯覚してしまうほどである。

「すごい臭いだ……鼻がおかしくなってしまう」
「臭い?そんなものは何も感じないぞ。ああ、強いて言えばロズの香水は今日も一段と甘いな」
「…………」

 カティアはがロズの体臭を甘いと感じ、ロズはカティアの煙の名残が甘いと感じている。
 互いが互いのことを甘い匂いがすると感じており、そして自分自身のにおいには気が付いていないのである。ここでロズは、この臭いは煙の臭いではなくなにか特殊な体臭であるものだと疑い考えるのであった。そうであれば煙が収まった今現在でも発せられるこの甘い香りはカティアから発せられる体臭と考えることができる。
 しかし、なにゆえいきなりそんな香りが――
 そう考えていたロズであったが、目の前のカティアの異常に気が付き考察を中断させてしまう。

「おい暑いのか、汗が凄いぞ」
「へ?うわぁ……何だこれ。べたべたじゃないか」
「自分で気が付かないのか」
「…………よくよく考えたらなんだかとても脈が速いような気が、するような……」

 そういうカティアの顔は、艶のある白い肌から上気する桃色へと変色しており熱もっているのは明らかであった。頬が赤くなり目も少し充血しており、その姿ははたから見れば風邪をひいて熱にうなされている様子と似ている。
 ロズはカティアの脈を計ろうと腕を触ったのだが「ひゃぁう!?」という今まで聞いたこともないような女らしい声を立ててカティアは飛び退いた。

「……どうした、腕を触っただけだろう」
「あ、ああ、そう、そうだよな、うん。大丈夫だ、脈くらい自分で計れる」
「…………?」

 ここでロズはカティアの様子に若干の異変を感じる。
 充血した目は潤いを満たしており、ともすれば切望している女の艶かしさがそこにあったのだ。処女である、と自慢げに語っていたこの女性がさながら熟練の遊女のような色気を醸し出しているのが不可思議この上ない。
 それを見たロズの頭の中にひとつの思案がよぎる。
 その思案が本当なのかどうか確かめるために、ロズはもう一度、今度は脈を計るためではなく特に意味のないボディタッチを試みる。

「へあぁう!?ロ、ロズ!自分で計れると言っただろう!……んぁっ」

 ……発情している?
 そう直感した。
 今まで気丈に振舞っていたカティアがその身をくねらせ、汗だくになっている。長い艶やかな髪毛は汗により数本の大きな束になり、滴る涙は本人の意図とは裏腹にこの上ない妖艶さを発している。
 カティアは足の鎖を鳴らしはたと座り込む。
 その充血し潤った瞳はある一点を注視しているようであった。その視線を先を伝い、焦点を絞り込むロズ。

「……俺の指がどうした」

 カティアの注視していた場所はロズの右手、それも人差し指の一点のみであった。
 その場所はロズが以前自宅前で『免罪斧』により切り傷を作った場所そのものであり、今尚塞がらぬ傷口がぱっくりと開いたままである。痛みはなく、血も流れない、先ほどのカティアがつけた手の平のものと全く同じ切り傷である。

「ロ、ロズも切り傷があ、あるじゃな、ない……か」
「ああ、先日うっかりやってしまってな……というかお前、呂律が」
「じゃあ、私が治してあげようか……」
「なに言って――」

 そういい終わるや否や、カティアはロズの体に人差し指をつき立て、ちょん、と一突きをする。
 すると驚くことに、ロズの巨体は土砂崩れのようにあっという間に崩れ倒されてしまい、冷たい石畳に寝そべる形になってしまった。
 死刑執行室の壁を見ていた視界が、突如として天井に移り変わってしまうものだから何が起こったのか彼自身も把握しきれていないようだ。自分よりか弱い女性にたった一突きされただけで転倒してしまうなど考えたこともなかったので数秒唖然とする。
 その唖然とする表情を舌なめずりしながら見下ろすカティア。仰向けに横たえるロズの体を下から這うように覆いかぶさり、その顔と顔が対面する形となっている。

「孤児院で習ったよ……傷口を治すのには舐めるのが良いんだって」
「おい馬鹿な真似はよせ。お前、今自分が何をしているのかわかっているのか」
「もちろん。ロズの傷口を治そうとしているんだよ……」

 ぞく、とロズは言いようのない心情を感じた。
 それは恐怖とも言いがたい別の何かであった。
 今まで抑制されていた気持ちが解き放たれた際に生ずるカタルシスのようなものに近いそれは、カティアの存在からひしひしと伝わって来て、肌と肌を接する距離のロズにも否応なしに伝わっている。
 なぜこうなっているのか、その現状が皆目見当もついていないロズにその真相を追究する余裕などない。
 やけに据わった目をしているカティアに覆いかぶさられたまま、ロズは振りほどこうともせずただじっとしているだけであった。振りほどこうと思えばそんなことは雑作もない。しかし、先ほどから体全体が麻痺したのかのように痺れて身動きがままならないため、振りほどくことは適わなかったのである。
 思えば、あの甘い香りを嗅いだ瞬間から、体の動きが油切れた機械のようにぎこちないものになっていたのを今更になって実感した。

「ほら指を出して……そう、そうやって……」
「これ以上の行為は執行人命令違反とみなすぞ」
「好きにしろ……私は舐めたいから舐めるんだ……ふふ」

 先ほどのカティアとはまるで人が変わってしまったかのような言葉と行動である。
 ロズの広い胸板には、柔軟な二つの脂肪塊がむにむにと形を変えて押し付けられており、汗ばんだ囚人服がカティアの素肌に吸い寄せられひどく官能的な光景であった。巨乳でもなく、かといって貧乳でもない、いうなれば美乳であろうか。そのしゃなりとしたスタイルからつきあげられた胸部のハリは巨でも貧でもない特有の美しさを保っている。
 服越しに感じられる柔らかい感触に直面するロズ。
 彼とて風俗に興味がないだけで、女性に興味がないというわけではない。
 それ故にこの光景はあまりにも情欲を掻き立てられえるシチュエーションであり、意図せずとも自身の鼓動も早くなっているのが感じられる。

「痛そうな傷……それじゃ、今から治すぞ♥
ん……ちゅるっ……ひとっ……」

 麻痺して動かなくなったロズの体をいいことに、カティアは傷のある右手人差し指をその唇前に持ってくる。ぽってりと桃色に潤い、乾きなど永劫に訪れそうもない肉厚な唇は、なれど渇いており、隙間から唾液を垂らしていた。
 透明で泡立ち、粘り気のある液体が指に、傷口に垂れ薄暗い照明に照らされ光沢を放っている。
 ロズは生暖かい液体の感触を感じながら他の指を擦り合わせると、くちゅくちゅと音を立てて指と指の間に細い糸を形成する。

「あ、はぁ……美味しそう……いただき、ます……」
「……傷を治すんじゃなかったのか」
「あれぇ……そう、だった……そうだっけ♥♥
どっちでもいい……くちょっ……ちゅくっ……ちゅぷっ……」

 もはや自分の言っていることすら曖昧になっている彼女は、にへらと薄ら笑いをつくると勢いよく指へとしゃぶりついた。
 淫らな水音を奏でながら一心不乱に喰らいつくその姿は本能むき出しの野生を感じさせ、舐め回している。天然の潤滑油の効果は凄まじく、速度も圧力もすべてが心地よい感触となって指を往復する。

「うっ……ぐ……」
「じゅくっ……ちゅくっちゅくっ……ちゅくっ……じゅくっ……ちゅくっ……」
「お前、処女というのは、嘘だ……ろ」
「ん……ちゅっ……つううっ……ぺちゃっ……いいや、私は処女だぞ♥
大事に、だぁいじにとってあるのだ♥」

 何度か往復している合間に舌で舐め回すのも忘れず、吸引と舐めの攻撃が波状となって襲い掛かる。緩急をつけた唇での責めは、たとえ指が相手であってもロズの性感にはじわりじわりと着実にダメージを蓄積させおり、くぐもったロズの呻き声がそれを証明していた。

「んっ……ちゅっ……なんなら、ここで試してみてもいいんだが♪」
「何を、だ」
「ちゅっ……ずずっ……ちゅるっ……処女であるかどうかの確認をね♥」
「……人が動けないからって調子にこきすぎだぞ」

 傷口の谷間に舌の乳頭がぞり、ぞりと擦れ合い言いようのない感覚に襲われる。果たしてその舌で味わっているのは汗の塩辛いものなのか、甘い香りそのものなのか、はたまたそれとはまた別の未知なる物体なのか。
 そんなことはいざ知らず、当のカティア本人はただ己がそうしたいがために本能に任せむしゃぶりついているようであった。上気し、だらしない口使いで何度も何度も舐め、啜り、往復する。気がつけばロズの指は長時間舐められ続けていることにより若干ふやけ始めていた。

「ふふ……こんなものかな♪これでキレイに治るさ……」
「一体何がどうなってやがる……くそ」
「ロズ……あぁ……」

 未だに体の痺れがとれず床に打ちひしがれるロズをカティアは切なそうな瞳で見つめていた。その視線はもはや完全にただのメスのそれであり、はぁはぁと荒く息づく姿はその気でないロズでさえもついドキリとしてしまうものだ。
 執行人と死刑囚。その上下関係は決して変わるものではく、体等になってはならない。
 執行人が死刑囚と肉体関係を持つのは執行人命令であれば容易であり、同僚のミックは今までその権限で数多くの女性死刑囚を手篭めにしていたのも事実である。
 ロズもまたその気になればカティアとまぐわることは可能であった。その巨躯を持ってして力で捻じ伏せてしまえばいとも容易く犯すことができたであろう。
 しかし、ロズはそれをすることはなかった。

「はぁ……はぁ……ロズ、もっと……欲しい」
「…………」
「せめて……せめて死ぬ前に……死ぬ前に一度だけ……」
「……それがお前の本音なのか」

 ふるふると震えながらカティアは首を縦に振った。
 なぜ今になってここまで本音で接してくれているのは理解することができない。だが、彼女のその熱情に滾った瞳の奥底は訴えていた。そして、ロズはその瞳の奥の感情だけは読み取ることができていた。
 27歳というまだまだ人生これからというところで殺害の罪を犯し、幕を閉じる。それがどれだけ辛く寂しく、恐怖であろうことか。近いうちに死ぬことが確定した人生など、それはもう生きているとは言いがたいものだ。
 カティアのその瞳は表面上は強気で取り繕っているが、その奥には人が原始的に感ずる恐怖である”死”が取り巻いているのをロズは気が付いていた。
 だからだろうか、執行人命令の反する行動だとしても処罰を与える気になれなかったのは。

「指を切った途端に……塞ぎ込んでいた物が全て流れ出ててしまったみたいで……もう、だ、めだ……我慢できない」
「……何をしようとしている」
「あは……♥ロズなら、お前だったら私は――」
「ッ……やめろ、それ以上は……言うな」

 魔性の言葉とも思しきカティアの呂律の回らない言葉は、甘い香りを長時間嗅いでしまって思考の上手く回らなくなったロズにとっては毒そのものであった。気がつけば自分の股座はいきり立っておりすでに準備が万端なところが男性の宿命というものである。
 決して愛情を持って接してはならない相手だというのに、情を持ってはいけないのに。ほうっておくと圧しつぶれてしまいそうで切ない瞳は、強固で堅牢なロズの心情をぐらつかせる。
 ロズは自分の手でこの目の前の女性をいつか必ず殺すのだ。
 カティアは目の前の大柄な男にいつか必ず殺されてしまう。
 そうわかっていたとしても、いや、わかっているからこそ彼女はその身を授けようとしていたのかもしれない。残り少ない僅かな生涯を、この薄暗くて狭い地下牢で出会ったロズという男に一蓮托生の想いで。

「お前だったら私は抱かれてもいい。ふふ……ホラ、言ったぞ、執行人命令に背いたぞ……」
「……くそが」
「早く私に罰を与えてくれ……そのいきり立つものを見せてくれ……♥」

 言葉自体は遅くとろけるような甘い囁きであるが、その動作は驚くほどに早く、気が付けばロズはベルトを外されており作業着の下半身部分をひき下ろされかけていた。熟練した娼婦の早業並みの速度でロズの下着を下ろすとその目の前にいきり立つ正体が姿をあらわす。
 赤黒く、血管が脈打ち、赤鉄のような熱を放つペニスが彼女の前に勢いよく飛び出してきた。

「始めて見る……これが男の……大きい……」
「…………どうした、怖気づいたのか。悪いことは言わん、やめろ。その手を放せ」

 ロズはそう言ったのだが、すでにその言葉はカティアの耳には入っていなかったようである。生まれて始めて目の当たりにする男の象徴、ペニスというものをその目でしかと捉えた彼女の脳内にはもはやペニスのことで一杯になっていたのだ。
 生まれて初めてというのは厳密に言えば誤りであり、孤児院にいた頃はよく小さな子らと一緒に立ち小便をしていたので必然的に目撃していた記憶はある。だが、その頃の記憶と今眼前に聳える巨大な肉の塔とを見比べてみても、同一の存在であるとは思えなかった。

「はあっ……ああっ……食べたい、欲しいっ……」
「やめろ、そこは……うくっ……!」
「はぷっ……ちゅぷっ……んっ……んちゅっ……じゅるるっ」

 考えるよりも先に体が動いていた。
 見たこともない男性器、それも血管が浮かび上がりグロテスクとも言える肉棒をカティアは何の躊躇もなくその柔らかな唇で激しく喰らいついたのだ。舌が踊り、乾いたペニスが生ぬるく潤ってゆく。
 そうされながら、ペニスは硬度を更に増し、まさしく剛直とまでいえるようなモノとなる。
 きらきらと甘す場所なく塗らされて、ペニスが完全に勃起するとカティアは舌を引っ込めて唇をかぶせた。

「はもっ……ちゅぷっ……じゅるるっ……ちゅぷっ……じゅるっ……」
「なん、だこれ……ふざけるな、これのどこが処女、だ……」
「んっ……意外と簡単だぞっ……ちゅっ……ずるっ……」

 どこで知り得た情報なのか、先ほどから執拗に敏感な部分を舐め啜る愛撫にペニスはびくびくと震え、ロズもまた苦悶の表情を歪める。
 カリ首を舐め、亀頭を吸引し、竿を手でしごき、睾丸をもう片方の手で優しく揉まれるという四重苦の攻めを受けるものだから、意識を分散させることもできずにひたすらロズは快感に流されるしかなかった。
 これが処女である女の手腕なのだろうか。初めて成人の男性器を目の当たりにした女性の反応なのであろうか。にわかには信じがたい。
 あるいは、メスとして遺伝子に刻み込まれた本能がそうさせているのかもしれない。死を直面し確実に子孫を残そうとする生殖本能が男性器の取扱い方をレクチャーしているのだとすれば、それはそれで人体の、あるいは生物の神秘である。
 
「チュッ……ジュルルッ!チュプッ……ジュプッ!」
「う、ぐ……カティ、ア……それはいけ、ない……」
「ちゅ……ぷぁっ……でも、気持ちいいんだろう?♪」
「…………」
「図星か♥」

 水音に混ざる吐息の音が、どこか愉しげなふうにも聞こえる。
 時おり唾液を絡めつつ、テンポの良いストロークを続けるカティア。
 その動きが不意に変化する。

「ん……ふーっ……じゅるるっ」
「あっ……がっ……ふぅっ!」

 吸いながらゆっくりと上下し、口の中では舌がじゅるりと回転し亀頭を舐め回している。さながらそれは掘削機のようで、亀頭を削り取らんとする勢いで愛撫する。
 染み出るカウパーを味わいつつ呑みこみ、同時にペニスも呑むように深く、根元まで下ろしてゆく。

「んんーっ……ふっ……ジュッ……プッ
んんんーっ……んふっ……ジュプッ……
んっ……んっ……」

 手淫と口淫で織り成す快楽のハイブリッドは優しくもあり激しくもあり、刺激し続ける。
 ねっとりと湯の中をそよがされるような快楽に、どんどんと快楽のボルテージは上がってゆく。
 びくっ、と一際大きくペニスが震えて硬くなるとカティアはにたりとせせら笑い更に口と手の上下を激しくするのであった。

「カ、カティア……も、もうこれ以上は……マズいっ……」
「ふはへへ……んーっ……出してっ♥出してくれ、ロズの精液を」
「う、くっ……もう我慢が……そろそろ、出るっ……クッ……」
「いいぞ……♪出してくれ、そのまま……口の中に♪」

 包み込んだ手をぎゅっと握り締めさらに素早く上下に手淫を始めるカティア。
 そして飲み込んだ唇をキュッと強く引き締めてカティアはラストスパートとばかりに頭をも上下させた。
 先ほどのように吸い付きながら、亀頭の先端を舐め回していた舌がぞろぞろと左右に揺れると、ビクンッと強い衝動に続けて、射精の衝動が込み上げてくる。
 そうなるとカウパーは今まで異常に多く分泌され、カティアの唾液と混ざり合いとてつもない粘稠性を誇る粘液へと昇華していた。陰嚢は極限までにしわしわに縮こまり、いよいよもって射精が間近となることを知らしめている。

「じゅぷ……ジュプッ……はもっ……んんっ……んっ
チュッ……ジュッ……んっ!んっ!んぅ!」
「んっ!くっ……そ、それ……カティア、もう出……ぐっ……」
「じゅるっ……このまま……出して♥ロズの…………濃いいの頂戴……♪」

 最後に一際大きくすすりながら、舌をぐるりと一回転させるとロズの限界は決壊した。

「っ……くっ!出……ぐうぅっ!」

 ドクッ!
 びゅくっ!!
 ドクンッ!
 ドクンッッ!!

「んむぅっ!!?むっ!んっ……んんっ……んぅ……」

 およそ口内には留まりきらない量の精液が勢いよく噴出されると、カティアは一瞬目を見開き驚きの表情をする。口とペニスの接合部からはごぼりと入りきらない精液が溢れ出てしまい非常に淫靡な光景の他ならない。

「んくっ……こくっ……んぐっ……」

 しかしそれもつかの間、カティアは喉仏を大きく鳴らし、かの謎肉スープを飲みほすときと同じように精液も飲み込み始めたのだ。否、あのスープを飲むときよりも更に激しく貪るように呑み啜っているようである。

 ごきゅっ
 ごくっ
 こくっ
 ずぞぞっ
 じゅるっ……

 第三者ですら耳にすることができるくらいの音を立てて呑むその姿は下品極まりないが、その光景が男性器を咥えながらのものであるので、下品を通り越してもはやある種の潔さすら感じる。
 射出され続ける精液を余すところなく飲み続け、1分以上はかかっただろうか。
 長い長い射精が終わると、カティアは口を閉じたまま顔を離し、最後にごくんっと口内に残った精液を飲み干した。

「はぁ……う、くぅ……ふぅ……」
「あああはぁ……おいしい……とっても……♥」

 ちゅぽんっ、とペニスから唇を放し精液の味を堪能する。
 白くべたつく粘液は食道をゆっくりと進み、食道壁の襞に粘液の一部を取り残しながら胃へと蠕動輸送されていく。そして精液が胃へと落ちると、たちまち彼女は頬の紅葉色を高揚とさせその全身を持って一度大きく震えるのであった。
 体の内からかっかと燃える腹部の熱はカティアの封じ込めてきた想いすらも焼き尽くさんとする勢いである。

「んちゅっ……れろ……ああ、もったいない♥」

 自身の口からこぼれ落ちた精液すらも舌ですくい舐め、淫靡な笑みを浮かべながら口内へと運んでゆく。その姿はもはや熟練の娼婦ですらなく、ただ性欲の衝動に突き動かされ本能のままに行動する魔物に近いものを感じる。
 凛とした目つきの面影を残しながらも、淫らに潤う流し目は劣情を誘い、甘い吐息は理性すらも翻弄してしまいそうだ。

「あぁ美味しかった……でも、まだたり、ない」
「……冗談、ではなさそうだな」
「ねぇロズ……私を女に……して、くれな、いか……な……」

 息も絶え絶えとなった彼女はそう言った。
 切望し、懇願した。
 今、自分自身が、目の前の男に犯されることを望んでいるのだ。そこに愛はあるのかどうか定かではない。
 ただ一度だけ、死ぬ前に。それが彼女の本音だとしたら、これほどまでに儚く虚しい交わりがあることだろうか。恋することもなく、愛されることもなく、恋人との思い出すらもなく、ただ己の願いを叶えるためだけの性交。それは性交という名のただの交配でしかない。
 しかし彼女は……
 見えざる力により本音を開放された彼女にとって、今発する言葉行動すべてが心の奥底で望んでいることなのである。
 たとえ愛のない交配だとしても、それが思い残した最期の願いであるならば彼女はそれで満足だったのだ。
 
「…………本気なのか」
「あ、う…………ほん、き……………………だ……」

 汗だくになりながら苦笑するカティアの笑みを目の当たりにしたロズは胸の辺りが絞られるような感覚に陥った。
 この胸の苦しさは……あの時と同じだ。
 決して忘れることのない、忌々しきあの瞬間の記憶と同じだ。見ていることしかできなかった、救うことができなかった俺の罪と同じ苦しみだ、と。
 ロズはひとり唸っている。

「しかし俺は……俺は執行人、お前は死刑囚……情を持ってはならない……」
「そん、な…………の…………しる………………か……………………」
「カティア……?しっかりしろ、どうしたッ……」
「…………………………すぅ…………すぅ……んん……」

 途切れ途切れに応えるカティアはついに全身をうなだれてロズの隣へと倒れこんだ。糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ちる。
 彼女は極度の興奮状態により一時的なショック症状が出てしまっているようであった。
 やがてしばらくすると、彼女の荒い息づかいは徐々におとなしいものとなり、そして寝息へと移り変わってゆく。

「………何だったんだ、一体……」

 嵐のような出来事がカティアの気絶という形で幕を閉じると、死刑執行室で意識のあるロズはひとり虚空に向かって語りかける。
 甘い香りは何なのか、カティアの本音とは、そしてこの豹変のしようはどういうことか。
 わからないことだらけの現状に頭を痛めつつ、彼はすっくと立ち上がると自らの羽織っていた制服の上着をカティアに被せ、ひとりで作業台の後片付けを始めた。気がつけば身体の痺れは収まっており、自然に身体を動かすことができるようになっている。
 あれほど射精したというのに、未だに熱を持ち臨戦態勢に入る陰茎を気にかけながらアルミ箔や塩を棚に戻していく。
 後ろで寝息を立てるカティアを振り返ると、その姿はとても色気があり、若い少女の可愛らしさというよりは艶かしいアダルトチックな妖艶さがそこにある。
 その女性に、先ほど口淫され搾精された出来事を想起すると再び陰茎に血液が集まり、ビキビキと青筋を立て始めてしまう。舌と手の愛撫を思い出し再勃起する自らの分身を見て情けなく思うロズなのであった。
 しかしそれほどまでに先ほどのカティアにはエロスが滾っていたのだ。男ならば誰しもが反応してしまうであろう彼女の色欲は凄まじいものであった。本音を解き放たれた人間はあれほどまでに変貌することができるのだろうか、そう考えながら『免罪斧』を持ち上げ武器庫に収納するのであった。



 そしてロズは気がついていなかった。
 刃を研いだわけでもないのに『免罪斧』の刃こぼれが少し直っていることに。
15/04/14 23:58更新 / ゆず胡椒
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■作者メッセージ
今更ながらですが、今作『免罪斧』は魔物化シリーズの中でもだいぶ長くなりそうな予感です。
予想としては7、8章くらいいきそうな気がしてなりません。
相変わらず魔物化しませんがちょびっと微エロを織り交ぜつつ完結に向けて書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。

あと、前回のコメントでカティアがグリドリーに犯されフラグビンビンとコメントしてくれたそこのあなた!
大丈夫です、ゆず胡椒がこの世でもっとも忌み嫌うシチュエーションがNTRですから。
恐らく次回、その方はコメントで「ヒューッ!」とコメントするに違いない展開が待っているかと思います。ネタバレしたくなるほどNTR嫌いなんだよぅ……

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