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俺の若様が男の娘な理由

 落ち着いて考えれば俺は何故若様の買い物に付き合っているのだろうか。
 あの一日から俺はまるっきり若様の奴隷か何かだ。実質奴隷と宣言されているのだから向こうにとってはそのままの扱いなのだろう。
 集中的にからかわれたりパシらされたり面倒を押し付けられたりするお陰で若様は他のギルドメンバーへの興味が薄れているらしく、今まで嫌がらせに逢い続けていた者は俺に憐憫の瞳を向けつつ感謝までしてくるようになった。
 無論、その分の嫌がらせを俺が一身に受けている事を察しての事だ。


 落とし穴から救出してもらう見返りとして若様が街に繰り出す間の護衛兼荷物持ち兼財布係として言い付けられた俺は、地下街の絢爛とした街風景の中機嫌良さそうな若様の後ろを、大荷物を抱えてよたよたと付いて行っていた。
「ほら、早く来なよ。何時までそんなトコに居るんだよ」
 少し先で振り返り俺を急かす若様。荷物を担がされて歩くのも侭ならない俺の様子を構う素振りすらみせなかった。
「ちょっと待ってくださいよ」
 若様が購入したのは多数のお洒落な衣服と可愛らしいぬいぐるみだった。およそ男が欲しがる様なものではないと思いつつも、そんな事を口に出して命を繋げるとは思えないので沈黙する。
 持たされる荷物の量に息を切らす俺の目下の心配事は財布の中身だ。ギルドでの給金も未だもらえないまま若様の買い物に付き合って無事なはずが無い。正直次まともに会計を持てば今月どころか来月分の食費すら賄えない。既に今月分は息をしていないだ。
「若様、ちょっと休憩していきませんか」
 こうなったら時間稼ぎだ。若様の衝動買いを未然に防いでやる。
 すると若様はポッと赤くなる。その顔が段々と薄気味悪い笑みを浮かべ始めると、その口から出たのは随分無粋な台詞だった。
「何? 休憩って、僕に下の世話をしてほしいって事?」
「違います。ほら、あそこ」
 若様の挑発を軽く躱せる様になっていた俺は平然と傍に見える菓子屋台を指差した。
「なんだ、つまんない。やっとその気になったかと思ったのに」
 反応は返さず、屋台が出している長椅子に荷物と腰を据えてやっと一息吐けた気がした。
 すると若様が後ろに手を組んで、椅子に腰掛ける俺をじっと見下ろし始めた。
「……なんですか?」
「なんですか? じゃないよ。休憩するって自分で言い出しておいて、奢ってもくれないの?」
 若様の視線を辿る。その先には菓子を買って幸せ一杯の子供と、その母親の姿があった。子供の持つ紙袋からカラフルな砂糖粒が一つ零れ落ちそうになり、そっと母親が手で掬って戻しているのが見えた。
「ああ、そうですね……幾つ欲しいですか?」
 若様は俺の声が聞こえなかった様に、まるで釘に打ち付けられた様に視線をその母子に向けていた。
「……若様?」
 尋ね返すと、何事もなかったかの様に軽く伸びをして「全部」と放り投げる様に口にした。
「はい?」
 耳を疑っていると駄目押しに「全部ったら全部だよ」と若様は繰り返した。
「ちょ、ちょっと待って下さい……。うわ、キツ……」
 財布の中と菓子の値段札を見比べて導き出した感想だった。最早喉の奥で噛み潰す事も出来ず、口に出してしまう。
 菓子一つは子供向けの値段といえど、大人買いするには中々値が張るものだった。
「お菓子すら買えないの? お前ってホント貧乏だよね」
 俺が狼狽する様子を見て若様はそう断じた。
 普通に見れば今まで買い物に付き合って散々人の財布から金を抜き取った人物から最終的にそのような言葉を発せられる謂われなんてないのだが、この若様にあってそんな理不尽な台詞は日常茶飯事だ。いい加減腹を立てる労力もない。
「もういいよ。帰る」
 若様はそう言い捨てると徐に踵を返した。俺は慌てて荷物を担ぎ直し、その後ろに着いて走る。
 だが、若様の後姿からは怒気が感じられる。近付くなと言わんばかりの気配に、少し距離を置いて若様の帰り道を付き添った。
 当然ギルドに着くまでに若様からからかわれる事は一回もなかった。


―――――


 ギルドに戻った俺は若様の態度の変化が気になり始めていた。
 菓子屋台で親子を見掛けてから、なんだか何時もの様子とは違うようになったんだ。
 どうした事だろうか。そう考えている所に誰かが若様の部屋の扉をノックした。
「若様、ギルドマスターがお呼びです」
 あれから若様は部屋に戻って来ていない。各言う俺も、若様の様子が気になって部屋に戻ってきた所だったのだ。普段なら寝泊りする以外で若様と遭遇する率の高いこんな場所に態々居る事はないのだ。
 俺は自分から扉を開いて、来訪者の顔を確かめた。相手は驚いた様子だったが、俺はその男の顔に見覚えがあった。
「おや、ハルさん。どうして若様のお部屋に……」
 ギルドに加名する際受付を担当してくれた男だった。始めて会った時とは印象が違うと思ったが、最初に会った時に着込んでいた鎧を脱いでいる事に気付いた。
「ああ、俺は、若様に言われて此処で寝泊りするようにと」
 俺が若様に玩具にされている事は誰もが知っていたが、そういえば同じ部屋で過ごす様に言われている事は知られている様子がない。最初に丁寧に受付事務を担当してくれた彼だからと、気軽にそう話した。
 すると彼は眉に皺を寄せて、まるで俺がとんでもない間抜けだと言わんばかりの侮蔑の瞳を光らせた。
「此処で? 此処はギルドマスターが若様に与えたお部屋ですよ?」
「ああ、でも、若様が此処で寝ろって……やっぱり拙いかな」
 今更考えて見れば拙いかもしれない。ギルドに於けるギルドマスターの息子の部屋に知らない男が寝泊りしているというのは気分が悪い事に違いない。
 彼は暫く逡巡して見せてから、吸い付き気味に唇を開いた。
「まぁこの事はギルドマスターに報告させて頂くとして。若様は何処へ?」
「さぁ、部屋には戻って来てないけど」
「そうですか。貴方も、馬鹿正直に若様に付き合う必要はないんですよ。……その内、身を滅ぼす事になりかねませんから」
 最期に物騒な事を言い残し、彼は去っていった。
 一体何なのだろうと思いながら、これ以上若様と付き合うのはよせという忠告は聞き入れたいとは考えていた。
 でも、其れが許されるのならとっくに若様の下から逃げている。
 どうやら彼の親切に答える事は出来そうにはない様だ。


 暫くして、若様が何事もなかった様に帰ってきた。
 内心安心している自分に驚愕しながらギルドマスターに呼ばれている件を伝えると、若様は何時もの様子からは考えられない程殊勝に頷いた。
「今日は帰らないから、ボクのベッド使っていいよ」
 と、そんな言葉まで飛び出してきた。あの尊大で他人に分け与えるなどという発想すら乏しい筈のあの若様から。
「ど、どうしたんですか……そっ、いや、行き成りそんな事」
「……なんか知らないけど普段お前がボクの事どう思ってるか良く判ったよ」
 そう返した時の若様の顔がほんの少しだけ何時も通りに思えた。
「じゃ、あんま人の物勝手に触んないでよ。とーぜん、ボクのベッドからボクの匂いがするからってオナニーもしちゃダメだから。もし帰ってきてそれっぽい臭いついてたら殺すから♪」
「しません!」
 そう断固として示すと、若様は一先ずは笑いながらも何か諦観に満ちた表情で項垂れた。
「……ねぇ」
「はい?」
「こんなボクでも、ボクをボクとして見てくれる人はいるかな。皆、パパの息子って事だけで見ているから……きっと、ボクは肩書きだけを大事にされているんだろうしね。全く、なんていうか」
 不意にそんな話をされたので、俺は一瞬返答に詰まってしまった。けれど、そういう考えはいけない事だと、只それだけが心の中に浮かび上がってきた。
「そんな事は、ありませんよ」
 俺の口をついて出てきた言葉を聞くと、若様は顔を真っ赤にし、此れまでは済ましていた表情しか見せなかったその顔が見る見る怒気を帯びてくる。
「適当な事言うなよ。じゃあ、誰がボクを認めてくれている? お前か?」
 指を差される。若様の眉は確実に怒っていた。
「答えろ、ハル。お前は   ボクの事が好きか?」
「……」
 好きかどうか。それはどういう意味で尋ねたのだろう。
 言っておけば俺は個人としての意味で若様を好きではない。普段の振る舞いや仕打ちに、決して笑って忘れられる様な想いをしていた訳じゃないのだから仕方の無い事だ。
 それに   別の意味であったとしても、俺は若様を好きである事はないだろう。
 しかしどう答えればいいのだろうか。此処で好きだと答えても、それは嘘になる。きっと其れを若様はお許しにならないだろう。好きではないと答えれば、この少年の悲痛に無責任な言葉を掛けた過去の自分を認める事になり、それは若様を傷付ける事は目に見えていた。
 結果、俺は答えあぐねた。若様の機嫌取りであれ少年の言葉を返す事であれ、どう転んだって俺は若様を傷付けるし自分の非を認める事になる。そう考えれば卑怯な質問であったが、更に卑怯だったのは此処で沈黙する事を決めた俺自身だった。
 若様は、冷めた目で俺を一瞥しほれ見た事かと鼻で嗤った。
「無責任野郎。そういう台詞は、先ず自分がその一人だって言い切れないと、薄っぺらいだけなんだよ」
 若様は侮蔑の瞳を俺に向けると、腹を蹴ってきた。衝撃で、ベッドに腰を落とす。
「……こんな世界なんてクソッタレだ」
 若様は怒りが収まらぬ様子でそう言い放ち、部屋を出ていった。
 まるで嵐が過ぎ去った様な感覚を憶えながら、ゆっくりと蹴られた腹を撫でた。
 今までで一番重たい一撃だった。
 落とし穴や局部を掴まれた時よりも、心の中にズシッと重いものがのしかかってきた。


―――――


 若様は朝の内に帰ってきた。
 帰ってくるなり寝ている俺を蹴り飛ばし、代わりに自分がベッドに潜り込むと直ぐに寝息を立て始めた。
 俺は昨日のやり取りで何となく心に重たい物を抱えた所為か、何とも思う事もなく首の後ろを掻いただけで、眠気も覚めた事だからと外を散歩し始めた。
「なぁ、あの噂知ってるか」
「ああ、近々ギルド総出でデカイ仕事があるらしいな」
「今朝はその話で何処も持ち切りだぜ   
 そう言えば無自覚に朝だと思っていたが、此処は地下街だ。時間は明かりで知られるものではない。此処では外の賑やかさがその指標だ。朝方は人も出始め、商店街では商人を初め同業者達が一日の商売を始めようと賑わっていた。
「戦争だとか聞いたが」
「まぁそんなトコらしいな。近々戦士ギルドと魔術師ギルドの二つと同盟を張るらしい。これで貴族共を蹴散らして国を乗っ取るんだと」
「ほー。これはまた、大胆な事を考えなさる。しかしまたどうして戦士ギルドと魔術師ギルドがウチらに協力する気になったんだい? 彼奴等、ウチのギルドの事良くは思ってなかったんじゃ」
「それが、噂では前の国王の遺児が見付かったとかで。其奴を国王に立てようって話らしい。戦士側も魔術師側も、ギルド設営に貢献したのは前の国王だし、彼奴等は薄情だが何より歴史やメンツを気にする。今みたいに国王が死んじまって後釜が見付からない状態が続いた所為で貴族共が好き勝手やってる現状が気に食わないのは一緒なのさ」
 何時の間にか聞き入っていた同業者の話。そうか、だからこの国はこんなに貧富が広がっていっているのか。
 情報が利益に貢献する大きさに気付かされたのは、盗賊ギルドというコミュニティに入ってからだった所為で、恥ずかしながら、以前も今も変わらず俺は無学な盗賊であった。一日を生きる為に必至だったあの頃はそういった国の事情を知る暇などなかったのだが、まさか国王が亡くなっていたなんて。
 この国をより良い国に、せめて餓える子供のないようにしたい。俺はその理想を叶える絶好の機会が想像よりも早い事を覚悟した。


―――――


 その夜もまた若様は部屋を開けるから勝手にベッドを使ってもよいと言って来た。
 俺は部屋から出る直前の若様に尋ねた。
「戦争のご準備ですか?」
 若様は驚きの表情を見せたが直ぐに納得した様子で笑った。
「うん、そうなんだ。ボク、今度重要な役目を任される事になったんだ」
「へぇ、凄いじゃないですか」
「ああ、凄いだろ。お前みたいな下っ端には到底任せられない仕事さ。……だから」
 若様は少しの間沈黙した後に言葉の続きを口にしなかった。
「……じゃあ」
 唐突にそう会話は閉ざされ、静かに扉が閉じられる。扉の向こうでは複数の足音が、若様の軽い靴音に混じって遠ざかっていった。
「……」
 残された俺は、一人首を傾げた。
 何時もの若様だったら、俺からの質問に素直に頷く事などない。少なくとも若様の性格上「さぁ、どうだろうね?」とか、煩わしい一文句を置くものだと思っていたが。
 それに、若様が仕事を任されるという話にも違和感を覚えた。
 若様が盗賊ギルドの仕事を請け負う所なんて見た事が無い。何時も俺を伴って好き放題、それこそ適当な貴族の館に潜り込んで悪戯をするなんて事ばかり毎日していたのだ。
 今まではギルドマスターの息子という事で仕事もさせず放任されているのだと思っていた。随分と特権的な話だな、と思っていたのに、此処に来て突然   
 昨晩の若様の様子が気になっていた事もあって、若しかしたら考え過ぎているのかもしれない。
 けれど、俺も盗賊の端くれ。きな臭い話には鼻が利くものだ。


 俺は若様の後を付けて見る事にした。


 部屋を出て、足音の向かった先を進むと直ぐに若様の姿を見付けた。しかし、昨日と違ってその周りには何人かランプを持って道を照らす男達が取り巻いている。
 屋敷の外には出ていない。という事は、屋敷の中の何処かに向かっているのか。そう合点が行きながら、連中が廊下を曲がった所でその角に身を潜めた。
 気の所為か、あの取り巻き達は若様の身を守っているというより若様を監視している様な感じがした。


   尾行(つ)けられているな」
   若様、此方へ」


 そう思っていると、あの集団は一斉に手に持ったランプの火を吹き消した。
 一瞬の暗澹。目が闇に慣れぬ間に先方が慌しく駆けて行く音が響く。
 月の光も入り込まない廊下で夜目に慣れるのには大分と時間が掛かってしまい、その頃には若様共々取り巻き達の姿は其処にはなかった。
 見失った。そもそも自分は尾行なんてした事がなかったんだと誰に向けるでもない悪態を吐きながら、仕方ないから廊下を進んで行った。
 途中何処の部屋に入ったかは判らない。中を覗いて確認しても良かったが、人気がある様なら開けて確認するのも忍びない。
 今日は諦めて部屋に戻ろうかと思った所で、ふと自分がギルドマスターの私室の前に立っている事に気付いた。今一度思い出す。ギルドマスターは義賊として広く名を馳せたお方だ。それも隣国まで。そんなお方の部屋を大した用もなく訪ねるなんて恐れ多いものだ。
 同時に、若様の行方について諦める決心が着いた。踵を返そうと扉に背を向けた時、不意に扉の向こうに人の気配を感じた。
 何やら話をしている様だ。近々戦争を始める腹積もりという事もあるので、何かの打ち合わせか何かだろうか。
 ……朝の同業者が言っていた事を思い出す。


『ほー。これはまた、大胆な事を考えなさる。しかしまたどうして戦士ギルドと魔術師ギルドがウチらに協力する気になったんだい? 彼奴等、ウチのギルドの事良くは思ってなかったんじゃ』
『それが、噂では前の国王の遺児が見付かったとかで。其奴を国王に立てようって話らしい。戦士側も魔術師側も、ギルド設営に貢献したのは前の国王だし、彼奴等は薄情だが何より歴史やメンツを気にする。今みたいに国王が死んじまって後釜が見付からない状態が続いた所為で貴族共が好き勝手やってる現状が気に食わないのは一緒なのさ』


    そう言えば、前国王の子供が見付かったそうだが。
 他のギルドと手を組む提案をしたのは盗賊ギルドからなのだから、恐らくその遺児という奴は盗賊ギルドが保護しているのだろう。もし戦士ギルドや魔術師ギルドで保護しているというのなら、それを当てにして盗賊ギルドが交渉するのも、後の二ギルドが乗っかる形になるのも不自然だ。
 若しかしたら今話をしている中に、件の遺児がいるかもしれない。今まで国王が死んだ事さえ知らないくらい時勢に疎かった俺は、この時ばかりは誰よりも先にその姿を見ておきたいという興味に駆られた。
 踵を返そうとした足は又ひっくり返り、ギルドマスターの私室を塞ぐ重厚な扉に手を掛けた。
 そして音が鳴らない様に極限まで気を遣って、其処に覗ける隙間を作ったのだった。


    中は薄暗かった。
 湿った暗闇の奥に燭台が立っており、その火一つが部屋の中央を照らしていた。何処からか水音が響いている。
 誰にも気付かれない様、薄く開いた扉からは視界が制限される。ただその中では燭台の隣で恰幅の良い男がソファーにゆったりと座り込んでいるのがはっきりと見えた。
「そうだ、上手いぞ。そのまま   
 腹太鼓を抱える壮年らしい男の、穏やかに囁き掛ける声が耳に届いた。
 見ると、男が大きく開いた股の部分では金色に輝く光が前後している。
「……所で、最近お前の部屋に男が出入りしているそうだが」
 壮年男性の言葉に、光がぴくりと動きを止めた。
 男はでっぷりと太った腹を撫でて唇を尖がらせる。
「お前が欲しがる玩具はなんでも揃えてやった。あの部屋もお前が望むから与えてやったものだ。其処へ、何処の馬の骨とも判らん男を連れ込む事を許した覚えはないぞ」
「……それは」
    くぐもったその声は、何処かで聞いた事のあるものだった。
 男は鼻を鳴らした後、何処かに目線を向けて顎をしゃくった。
「その男を殺せ」
 俺の視界の外で何者かが頷いた気配がした。得体の知れない其れは、およそ俺が経験した事のない危ない空気を纏っている気がして、俺の額に知らずと汗が滲んだ。
 男の台詞にぎょっとした風に、金色の輝きが男の顔を仰いだ。
「ちょ、ちょっと待ってパパ……っ」
 はっきりと聞き取れたその生意気さが残る声は、間違いなく若様の物だった。
 パパとは、一体どういう事だろう。若様のお父上はギルドマスターという事になるが。
 暗闇に目が慣れてきた事もあって、何時の間にか部屋の中の状況がよく判る様になっていた。先ず部屋の奥には牛革のソファーがあって、其処にはでっぷりと肥えた壮年の男がいる。男の前には、首輪に鎖を繋がれた少年がスパッツ一枚で下半身を隠す姿のまま地面にへたり込み、男の股間に顔を埋めている。それを囲む様に、視界の外には数人の人間がいるようだ。
 男に跪く少年というのが若様だとすれば、若様を跪かせているのはギルドマスターという事になる。此方からは後姿しか確認出来ないが、あの目の醒める様な金髪と滑らかな体のラインを見れば、毎晩お召し物を取り換えている俺にはあの少年の正体は歴然だった。
「彼奴には、助けてもらった恩があるんだっ。だから、住む所がないって……だからあの部屋を使わせてやってるだけだよっ」
「成程、ではお前の想い人という訳ではないのだな」
「べ、別にそーゆーんじゃないよ……っ。哀れだったから飼ってやっているだけ……」
 若様は、自分の父親と思われる男の太股の間でそわそわとし始めた。若様の部屋に出入りする男といえば、俺以外にはない。殺せという台詞に対し、若様は必至に俺を庇ってくれているのだ。
「そうかそうか。儂はてっきりお前が陰間を作ったのかと思ってしまった。違うのだな」
「そ、そうだよ……」
   では、その男一人が消えた所でお前は困らないという訳だな」
 若様の肩が震えたのが見えた。
 男は若様が何も口に出せない様子を暫く見下ろした後、ぶふぅと大きな音を立てて下品に息を吐いた。
「何をしている。続けなさい」
「……はい」
 若様が素直に頷くと、また部屋の中に水音が響き始める。
 何をしているのかは想像が付いた。けれど、実の父親が実の息子に奉仕をさせているという光景が、言葉上簡単に言い表せたとしても実際に目の前で繰り広げられているという事実が、自分の目で信じられなかった。
 ギルドマスターらしき男は咳払いをして若様の髪を撫でた。
「可哀想に、お前はまだ自分の立場が判っていないのだ。だから、お前は悪くない」
 父親が子供に諭す様に語ると、今僅かな間髪を撫でていた手は若様の頭を掴み、その股の奥に力強く押し当てた。
 ギルドマスターは歯の隙間から息を漏らしながら上体を前に傾けた。其れは小便を最後の一滴まで搾り出す時の様な仕草だった。
「うぅっ、出すぞ。いいな……?」
「……」
    ッ。
 若様の後頭部が躍動に合わせて僅かに震えた。
 その喉奥に欲望を打ち込まれているのだと思うと気がおかしくなりそうだったが、その意思とは裏腹に俺の股は硬く熱く脈動し始めていた。鼻を突いた栗の花の香りに、俺は始めて自分がこの光景に欲情している事を悟った。
 俺がその異常という他ない状況に瞬きも忘れて目を見開いていると、ギルドマスターは若様の頭を優しく撫でて、その汗ばんだ顔を綻ばせた。
「いい子だ。本当に。   矢張りお前だけは殺さずに置いてよかった」
 その台詞に、僅かな狂気が忍ばされている事が俺の目にも垣間見えた。
「覚えているかい。お前の母親は飛んだあばずれだった。お前を産んでから節操が崩れたのだな。お前は若い操を弄ばれていた。それを救い出したのは誰か、言って見なさい?」
「……」
 若様は言葉を閉ざしていた。それが何を意味するのか、今の俺には考える頭がなかった。
「さぁ、恥ずかしがらなくていい。お前は何も悪くなかったんだから」
 ジャラ、と鎖が擦れる。若様の首輪が上に引かれた。
 首の骨が抜けるかと思われる勢いに、若様はついさっき口に放たれた欲望の塊を僅かに吐き散らし、苦悶の表情を浮かべた。
「うぅ……っ。パ、パパ……もう、やめ……」
「その癖に、お前は日に日にあの母親に似てきている。あのあばずれと同じ顔、同じ髪、同じ肌、そして……」
 首を吊り上げた若様を自分の顔に近付けると、垂れ漏れた自分の精を舐め啜るギルドマスター。舌先が若様の頬を滑り、食い縛るその唇をこじ開けて中に侵入していく。
「ちゅ、ちゅぷ……じゅるるる」
「う、んぷ……っ。ぺろ、ちゅう」
 若様は苦痛に涙を浮かべながらも、その舌の強引な進入に対し健気に奉仕していた。
 舌が離れた瞬間、若様と男の間に精液の混じった唾液の橋が掛かる。それは蝋燭の揺らめきに照らされ淫らに雫となって落ちた。
「ぬち……最近では夜の姿まであの女と同じじゃないか。まるで淫魔の様に、淫らに儂の前で踊る姿まで同じ」
 彼は血走った目で、今だ首輪の圧迫に苦しむ和歌様の表情を見詰めると満足げに笑った。
「お前も所詮はあのあばずれの子だ。誰にでも、股を開いて見せるのが好きなんだろう。ん?」
「パパ……やめて」
「そうやって儂に媚びる顔も演技なのだろう。判っているぞ。儂はもう騙されん」
 鎖が引かれる。若様の身体は更に宙に浮き上がり、上体を逸らした姿に固定された。
「ほら、あのあばずれの最期の時の様に鳴いてみせておくれ。儂はあの声が好きなのだ」
「あ、あぅ……ごめ、なさい……っ」
 若様の首は強力に絞められていた為、その声はまるで潰された蛙の様だった。
 しかし男は不満を露に、静かに、怒気を込めて催促する。
「ほら、あの時はもっと大きな声だったろう。もっと儂を喜ばせておくれ」
「ごめん、なさぃぃぃ……! ごめ、なさ……っ!」
「……もういい」
 必至に許しを請う若様に失望したとでも言う様に、男は若様の体を床に投げ捨てた。「う、ぐ」と声を漏らした若様に対し、もう興味が失せたと謂わんばかりに醒めた瞳で、ソファーの腕置きに肩肘着いて、ぼそりと呟く。
「おい、貴様等、そのあばずれを好きにしていいぞ。娼婦には似合いの仕置きだろう」
「っ! パパ……!?」
 部屋の中心で怯え震える若様を、部屋の隅で今まで傍観していたらしい男達が待っていたとばかりにすぐさま囲んだ。
 彼らの表情はまるで仇に向ける様な怨気を帯びていたが、口元は締まりなく開かれ唾液が歯に濡れて光っていた。
「な、なんだよお前等……」
 男達の中の一人が、最早子ウサギの様に縮こまっている若様を見下ろして、はん、と笑った。
「この前はよくもやってくれたな。忘れたとは言わせない。彼女の前で俺をからかいやがって」
 一人の男が若様の首輪を掴み挙げた。若様は睨み返しながらも、その瞳には決して気持ちでは抑えきれぬ怯えを宿していた。
「ぼ、ボクに触るな……っ」
「あれで俺は彼女を失くしたんだ。だから……これくらいされて当然だよな?」
「う、んんっ!?」
 若い男が、先程まで蹂躙されていた若様の唇をまた乱暴に奪う。其れを切欠に、囲んでいた男達は一斉に若様に群がり始めた。
「忘れた訳じゃないですよね。以前までは若様から誘ってきたんですよ。何時も何時も……。俺達が何もしないと思ってたんでしょう? 俺達もまさか何かしようだなんて思わなかった。これも若様の所為なんです……」
「な、なんだよお前等。おかしいよ、こんな   きゃうぅっ!?」
 若様の体に覆い被さりピンク色の乳頭に舌を這わせる者がいた。若様は男が喜びそうな嬌声を上げ、それが更に男達の狂った劣情を煽る。
「若様はホント女の子みたいだな。すべすべの肌、髪、それに匂いだって……こんなの我慢出来る訳ねーじゃん。俺達みたいなのの稼ぎじゃ娼館にもいけないんだから。……さぁ若様。邪魔なものは全部脱いじまいましょうか」
 一人の男が若様の体をなぞり摩りながら、唯一その体を隠すスパッツに手を掛けた。
「! やめ、其処だけは……っ」
「いい声で鳴けるじゃないですか。普段は散々俺等をいびっておいて。今日はたっぷり可愛がってあげますよ。   ん? これは……」


 男達に弄ばれる中、若様の目には恐怖と絶望と涙が、この仄暗い地下街の一角、その豪華絢爛な屋敷の一室の中で、届かない誰かに救いを求める様に手を伸ばしているかに見えた。
 今まで目の前に繰り広げられる光景が理解出来ず、只常軌を逸している事だけを感じ取って足を震わせていた俺は、この時ばかりは目にしているものをそのままにはしておけないと思った。
 しかし、どうすればいい。一介の盗賊である俺はヒーローなんかじゃない。こんな状況で颯爽と若様を救い出せるなんて思えない。
 何か手はないか。こういう時こそ出る筈だ。逆境を一気に覆す様な何かが……!





   其処で何をしているんですか。ハルさん」





 倉皇思考を巡らせている後ろから突然声を掛けられ、体が跳ね上がった。
 恐る恐る振り向くと、其処にはあの受付の時の男が、腰を屈めて部屋の中を覗いている俺の姿をじっと見下ろしていたのだった。
「あっ、いや、その」
 思考が若様を救う手立てから咄嗟の言い訳にシフトする。しかし予想だにしていなかった分、慌ててしまい、取り敢えず俺が見た事を恣意的に彼に語って見せたのだった。
「成程」
 彼は事態を理解してくれた様で静かに頷いて見せた。
    その瞬間、彼は剣を抜いて俺の首筋に宛がった。
「えっ、えっ?」
 刃物を首に当てられているという事と彼のプレッシャーに思わず後退りする。彼は中に入れと目配せし、後ろ手に扉を押し開けて、後ろを向いたまま部屋に入る事になった。
   ハルッ!?」
 若様が俺の姿に驚いた様子で声を上げた。
 俺に剣を向ける男は、俺の背後でどんな顔をしているか判らない若様のお父上に向かってこう台詞を吐いた。
「部屋を覗いていた輩が居ましたのでお連れしました。ギルドマスター   いえ、国王様」
 国王様? 誰の事だろうか。
 後ろを振り向けない以上、背後でどう状況が動いているのか検討が付かない。それだけに妙な圧力を感じる。かと言って刃物に視線を合わせていると、このままつんのめり刃に首を滑らせてしまいたい衝動に駆られてしまう。
 俺はキュッと目を瞑り、なるようになれ、と心の中で呟いた。
「ほう、此奴が例の男か。顔を見せろ」
 ギルドマスターの声だった。剣士に顎で振り向く様促されたので、ゆっくりと振り向く。部屋の外からでは見づらかった部屋の様子を良く観察出来るなと思いながら、ソファーに座る男の覇気のある眼差しに目を釘付けにされる。
 ギルドマスターは死んだ魚の様な目で俺の身形を見回していた。
「……こんな男の何が気に入ったのか判らんな。だが、丁度いい所に来てくれた」
 趣味の悪い笑みを見せると、目の前の床を手で指し示す。
 その先にはもう既に唯一身に纏っていたスパッツを脱がされ、文字通り一糸纏わぬ姿になった若様の目を真っ赤に腫らした顔があった。
「なんでこんなトコに居るんだよ……」
 若様は自分の体を手足で隠しつつ、か細くも何時もの素振りで憎まれ口を叩く。
 俺は苦しく笑顔を返した。
「いえ、何時も何処へ行くのかなと思いまして……」
「……お前には、知られたくなかったのに」
 若様は小さくはっきりそう述べると、まるで堤防が決壊したかの様に目元から涙を一杯にしてぐじぐじと泣き始めた。
 ギルドマスターはくくくと不気味な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がる。
「実に滑稽な話だ。貴様にも見せてやろう」
 その言葉に順応し、周りの男達は泣いて嫌がる若様の足を掴み必至に隠す部分を開け広げようとした。
「やっ、ダメ! やめて……っ、ハル、見ないでぇ……っ!」


 若様が抵抗する反応はまるで年頃の生娘の様だった。


 いや、実際俺が見ているのは生娘だったのだ。


 俺は思考が停止しかけた。
 若様の広げられた股には、あるべき筈の男の象徴などなかったのだ。
 その代わりに赤く膨らんだ綺麗な一本線が、其処には引かれていたのだった。
「馬鹿ぁっ! 見るなって言ってんだろっ」
 駄々を捏ねる様に俺に抗議する若様。俺も視点が逸らせずにいたのに気付き、慌てて目を逸らした。
「くくく、矢張りお前はあの売女だったのか」
 ギルドマスターはこの事態をそう言った。この時初めてこの男の言動がおかしいという事に気付いたが、俺にはどうしようもない。
「ほら、その男のモノもしゃぶってやれ。お前は売女なのだから、それしか能がないんだろう。ほら早く」
 さもなくば殺す   そんな勢いを宿した言葉に、若様を囲んでいた連中は猛る欲望も押し留め、渋々と若様と俺の間に道を明けた。
 背後の剣士は部屋の扉に鍵を掛け、俺に椅子を用意し、強引に座らせた。


 若様の潤んだ瞳が、俺を一心に見詰めていた。
 やがて、意を決した様に、飽く迄女豹の様に四つん這いに這い寄っては俺の股下に跪いた。
「……お前なんか拾わなきゃ良かった」
 上目遣いにそう言って来た若様の体は今すぐにでもむしゃぶり付きたい魔性が宿っていた。その鎖骨が生み出す凹凸の影、骨が浮いて見えているが僅かに膨らむラインの良い胸、恥ずかしげに擦り合わせる股にはまだ毛も生えていない。
「若様……女の子だったんですか。どうして隠して……」
「お前には関係ないだろ……。ま、願ってた事ではあるんだけど」
 若様はそんな事を呟きながら、俺の股間を弄り始めた。
「なっ! ま……っ、若様!?」
「五月蝿い……やらなきゃお前、殺されるだろ……」
 俺の逸物を取り出そうとしている若様の顔は僅かに蒸気している様に見えたのは気の所為だろうか。
 若様の手で探り出される間に俺の逸物はぐんぐんと膨れ上がっていた。若様に触れられ、息も掛かる距離で今か今かとその姿を暴かれるのを待っている。
 今まで男だと認識していた若様に劣情を抱くという事は何度もあった。それはどれも若様が狙って誘惑していた事が大きかった。男だと認識していた相手が突然女の子になったからといって簡単にその認識を改める事なんて出来ない筈なのだが、元々男の時から散々劣情を抱かせられていただけに、若様が女の姿で俺に奉仕するという状況に驚くほど素直に胸を高鳴らせていた。
    けれど。俺は直前の光景を見てしまっていた。嘗て俺の前ではあれほど傲岸不遜に振舞っていた若様が、今ではこんなに弱弱しい存在となっているのだ。
 決して、これは若様が望む事ではないと思うと、俺は自分の劣情を卑下したくなった。
「若様、ホントにやるんですか……?」
 俺が尋ねると、若様は眉を軽く逆立てた。
「……何? ボクにして欲しくないっていうの?」
「いえ、そんな訳じゃ……」
 気丈に振舞う若様の目に何時もの輝きが戻っていた。それで凄まれると、何時もなんとなく自分が言っている事は煩わしい文句だと思い込んでしまうのだ。発作的に目を逸らしてしまう。
「只、ほら……あんまり若様の嫌がる事したくないというか」
「へぇ、普段はボクにそんな事一度も言った事ない癖に、女の子と知った途端そんなキザな事言い出すんだ」
 逸物が若様の前に曝された。
 若様は悪戯な笑みを浮かべてその赤黒くそそり立つ肉の棒を眺めていると、徐に指の腹でカリ首の周りをなぞり始めた。
   ていうか、お前だったら別に嫌じゃないし……」
「えっ」
 小さくぼやいた若様の台詞が聞き取れなくて耳を欹てると、まるで聞くなと言わんばかりに若様が顔を真っ赤に、逸物に歯を立てた。
 ぶにぶにとした肉の先端に若様の犬歯がつぷつぷと埋め込まれる。決して強くは噛んでいない。それだけに痛みよりも快楽の刺激が強かった。
「はうあっ!?」
 俺が驚いて声を上げるのにも構わず、若様は歯を突き立てた所からぺろぺろと小さな舌を這わせる。可愛い水音が響くと共に込み上げてくる快感。カリ首を回り込み、まるで掃除をしているかの様に熱い舌がうねった。
 しなやかな指が俺のタマを揉み、舌先がタマの皺に沿って動く。額を陰茎に擦り付ける勢いでタマに奉仕する若様の姿に、征服感に似た悦楽が込み上げてきた。
「じゅ、じゅるぅ。……ふふ、どうだい? ボクの舌……きもちぃだろ……?」
 いやらしい音を立て、俺の亀頭から垂れ落ちた先走り液を吸い込んだ若様はとろんとした瞳で俺を見上げてきた。
 すっかり息を荒げ、口元は物欲しそうに開き、俺の目に訴えかけてくる淫靡な姿。


    その姿はまるで淫魔そのものだった。


「淫売が本性を表したぞ」
 自分の父親が言った台詞も耳に入らない様子で、若様は俺の逸物に舌を這わせ続ける。
「ちゅ、ちゅぶっ、じゅるるる……♪」
「わ、若様……一体どうしたんですか!?」
「あは……♪ おいひ……っ♪」
    様子がおかしい。
 プライドの高い若様がこんなにノリノリで男のチンポを舐めたりする筈がない。現に、さっきまでとはその表情や動きは全く別人に変わっている様に見えた。
 若様は一旦逸物から唇を離し、手で休まず扱き上げながら舌舐め擦りする。
「だってぇ……♪ 好きな奴のチンポ目の前にしたら我慢なんて出来る筈ないだろぉ……っ? ほら、ボクの口マンコでたっぷり射精しろよ……ずっとこんな事してみたかったんだろぉ……♪」
 その台詞は明らかに発情した雌犬の様相を醸し出していた。淫らな音を立て、陰茎を舐め啜るその顔は火照り極まっていたし、目の輝きも妖しく色づいていた。
 若様の豹変に俺が固まっているのも構わず、若様は精を搾ろうとするそのままに逸物を扱く手を急に早める。
 唾液で濡れてかる陰茎から唇を離した若様は唇の周りに舌を這わせながら俺を股間の下から見上げてきた。
「なぁ……お前の隠れ家に逃げ込んだ時、憶えてる?」
 逸物を激しく攻め立てながら、悪戯な笑みを浮かべる若様。思わず腰を震わせてしまう程の快楽に打ち負けないよう心を確かに持とうとする俺に耳を傾ける余裕はないに等しかった。
 そんな俺の様子を見てピンと来なかったとでも思ったのか、若様は何故憶えていないんだと言わんばかり不機嫌さを露にした。
「貴族の私兵に追われて逃げてきた時だよ。……あの時、ボク、嘘吐いたんだ。貴族の館に忍び込んだのは悪戯したかったからって言っただろ? あれ、嘘なんだ」
 荒い息遣いを俺の熱い逸物に吹き掛ける。手で扱かれ続けた皮膚に柔らかい感覚が包み込み、より一層刺激に敏感になった気がした。
「貴族が珍しいモノ手に入れたって聞いてね。なんでも男を女に変える薬らしいんだ。けど、其れは魔物達の薬らしくて、飲んじゃうとサキュバスになっちゃうんだってサ。……不思議、だよね♪」
 抗えぬ射精欲がみるみる募っていく。手で擦っているだけだというのに此処までの感覚は流石に異常だと思い始めてきた所だった。必至に我慢していなければもう何度もイってしまっていたに違いない。
「くすくす、お前の我慢してる顔、凄くみっともない。けど、凄く可愛い……♪」
 逸物から本来射精していた筈の分なのか、先走り液が留め無く溢れ出ていた。若様は躊躇する事無く、指にまで掛かる其れを愛おしそうに啜り、喉を通した。
「ぺろ……ん、く。   なぁ、早くびゅーって出してよ。お前の精があれば、ボクは完全に生まれ変われるんだ。他の男のじゃ満足出来ないんだ。お前じゃなきゃダメなんだ。お前が、欲しいんだよ……ハル♪」


    若様が俺を欲しがっている。
 俺の、いやらしい性欲の塊を。
 そんな台詞を耳にしてしまった瞬間、今まで我慢していた俺を嘲笑うかの様に射精感が一気に高まってしまった。
 もう手遅れだと悟る余裕も残されていない。


 もう、限界だ   っ!


「あ、出るんだ♪ おしっこの穴パクパクして苦しそう♪ いいよ、ボクの口で全部受け止めてあげる♪ お前のグズの子種は全部ボクのモノなんだからね……♪」
「わか……さま……ッ!」
「くすくす、我慢強いね、ハルは。   そうだよね、こんなボクと何時も一緒に居ても、ずっとずーっと我慢し続けてくれてたもんね」
 若様は疾うに限界を振り切れていた俺の逸物にキスをしてから、特別意地の悪い笑みを浮かべた。
 そして、陰茎を擦る残りの手でタマを優しく捻り上げたのだ。
「! あっ、ぐぅぅ……ッッ!?」
 痛みに近い快感がタマを通じて頭を貫いた瞬間、目の前が弾けた様に真っ白に染まった。


    ゴプッ、ジュブブブ、ビュク、ドピュゥ。


 精巣に残る精子を根こそぎ搾り出される勢いの射精感に、陰茎がまるで別の生き物の振る舞いで踊り狂った。必至に耐え、タマから搾られ、射精に至った量は嘗ての最高を遥かに超えていた。
 若様は   暫く精液のシャワーを恍惚と浴びた後、すぐさまその口を尿道口に運んだ。
 脈動し、打ち込まれ続ける精を、若様は貪欲に、喉に通していく。
「……〜〜〜っ♪ ハルぅ……♪ 一杯、出しちゃったね……♪ ハルの射精見ててボクもちょっとイっちゃったよ♪ 凄く気持ち良さそうだったから……♪」
 若様の言葉が僅かに耳に入らない程に、その一回の射精で俺は疲弊し切ってしまっていた。この身に残った気だるさは確かにこの世の物ではない快感を走らせた名残に違いなかった。
 若様がすくりと立ち上がる。周りに男達がいるのも構わず、椅子に腰掛ける俺に優しく体重を預けると、足を絡めて抱き抱えた。
「ハルの精液、美味しかった……それに凄く力が溢れてくる。ボク、もう完全に魔物に堕ちちゃったんだね……♪」
 顔を間近に迫ってくる若様の瞳がワインレッドに染まっているのを、虚ろな意識のまま目視した。
「そうだよね……ボクは皆から疎まれていると思ってたけれど、お前はずっとボクの傍に居てくれた……。好きかどうかなんて、聞かなくても判ってた事だった」
 若様は此処で天使の様に微笑んだ。


    もしそうじゃなくたって、お前はボクのモノにしたけれど。


 見る見る内に若様の頭からは角が、その背には腕の様な物が生えていく。地面に植えた種が芽吹き幾百の時を経て大樹になる工程を急速にしてみた様な光景。
「ひぃ、化け物っ」
「なんだ、何が起きた!?」
 周囲は若様の変貌にパニックを起こし始めた。
 そして、観衆の前で若様の背から何かが広がった   其れは俺からは腕としか見えなかったが、折り畳まれた状態でなければそれはそれは立派な翼だった。
 その翼は蝙蝠の様な見た目でとても小さかったが、若様にはとても似合っていた。だからこそ、若様の気品は翼にまで及んで見えたのだ。


「ハル   お前はボクだけのモノだ。誰にも渡したりしない……♪」
 魔力を抱いた瞳が俺を見詰めた。頭の中を渦が巻く様な感覚が襲い来る。
 頭の中に残った僅かな理性は、強く、残照の様に焼け付く一つの想いで占められた。


 綺麗だ   


 若様の魔に魅入られた姿は、この世で最も洗練され、賛美され、狂おしい程最高に、鮮烈に。俺に美しいと、そう思わせた。
 若様が魔に魅入られた様に、俺は若様に魅入られた。
 きっとこの若様からの甘い拘束から、俺は未来永劫逃れられない。そう思わせるのには十分な程、俺の心を根こそぎ奪い去っていく様だった。


―――――


「ははは! 売女め、淫魔かと思っていたが矢張りその様だったとはな!」
 ギルドマスターは何がおかしいのか大きく笑った。朦朧とした意識の中最期に見た彼の目は仄暗く何かに取り憑かれている様な異常性を感じさせた。
「者共、此奴等を八つ裂きにしろ! 八つ裂きにして、広場に吊るすのだ! 儂の国に淫魔が居る事を一切許さん!!」
 取り囲んでいた男達が腰に下げた短刀を握り構える。
「先ずは貴様からだ我が息子、いや、淫魔め! 男は後で送り届けてやる、感謝しろ」
 ギルドマスターは若様の首輪に掛かる鎖を引っ張った。若様の体が大きく曳かれる。
 しかし若様は鎖を引かれても何ら苦しむ事などなかったかの様に平然としていた。
「いい加減、こういうの飽きちゃったかな」
 そう呟くと、若様は首輪に手を添える。怪しい光が小さく煌くと、まるで首輪の方から鍵を外した様に離れた。
 ギルドマスターの眉が動いた。
「ふん、ならば一緒に地獄に送り届けてやる。やれ」
 彼の言葉に、男達は俺達目掛け一斉に短刀を振り下ろしてくる。
 俺は身に迫る危険から咄嗟に疲弊感を脇に置き、意識を鮮明に引き戻す事になった所為で焦った。若し此処で死ぬ運命だったとしたら、このまま意識が朦朧としたまま死ぬ方が幸せだったかもしれないなどと思う程に。
「わ、若様……!?」
「大丈夫だよ。ハルは心配しないで」
 若様は落ち着いていた。まるでボクがなんとかするからと言わんばかりだったが、彼、いや彼女がした事と言えば、慌てふためく俺の顔を自分に向けて可愛らしくキスをして見せただけだった。


 ガキィン   ッ。


 激しく金属同士がぶちあたる音が頭を揺らした。
 唇を若様に奪われていた所為で何が起きたか判らなかったが、若様がうっとりとした表情で傾れ堕ちてから見ると、さっき俺に剣を向けた剣士が今になって俺達を守る様に連中の前に立ち開(はだか)っていたのだ。
「関心しませんね。折角我々の蜂起の切欠である王子を殺してしまおうなど」
 剣士はギルドマスター相手に塵程の怖気も見せずに言い放った。
「何を言っておる。王子などいない! 居るのは国王である儂と、其処に居る淫魔だけだ!」
 自身を国王と嘯くギルドマスターが吼える台詞に一睨みして、剣士は返した。
   戦士ギルドと魔術師ギルドは、前国王の遺児を神輿に掲げる事を条件に貴方達の蜂起に手を貸すとの話でした。其れを違えるという事は、両ギルドに対する裏切りと見做して構いませんね」
 ギルドマスターは、先程とは打って変わった剣士の迫力に身動いだ。
「貴様、連中の手の者だったのか!」
「ええ。……因みに、私が此処に来るまでに仲間に合図を送りました。『盗賊共は約束を違えた。殲滅せよ』という旨の、ね。今の所、もうこの屋敷の大部分は制圧されているでしょう」
 彼がそう語る最中でもこの部屋の外では忙しなく足音が響いている事に気付く。
 そして、そう時間もかけない内に鎧を着込んだ剣士達が此処に乗り込んで来た叫ぶ。
「戦士ギルドだ。条約の不履行に従い諸君等の身柄を拘束する。命が惜しくば無駄な抵抗は止める事だ」
 その直ぐ後にはローブを着込んだ女性が数人、部屋に入り込んで来て言った。
「あらあら、先を越されちゃったわね。同じく、私達は魔術師ギルドよ。同盟の件だけれど、其方が約束を破るっていうのなら地獄の淵に落ちて貰うしかない訳だけれど……どうする? 盗賊さん達♪」
 唐突に3ギルドが犇めき合う様になったこの部屋で、短刀を持った盗賊達は半べそをかきながら地面にひれ伏した。マトモな斬り合いで戦士に勝てる訳もなく、魔道なんてからっきし。逃げ道さえあれば誰にも負けないが、生憎この館の外でも戦士や魔術師が囲んでいる。
 最期に、ギルドマスターに向かって剣を向けていたあの剣士が静かな口調で尋ねる。
「さぁ、貴方はどうします? 元国王様」
「ぬ……ぐぐぐ、くそぉっ!!」
 元国王と呼ばれた若様の父親は大きく地団駄を踏んで、俺と淫魔と変わり果てた若様を睨み付けた。
「貴様等さえ居なければ! 貴様等さえ居なければ、儂は……儂は   ッ!」

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【メモ-用語】
“ハル”

貧困村に生まれ、今まで窃盗で日々を食いつないできた盗賊の青年。
毎日餓死するか否かの切迫した状況の中生きていたとはいえ両親に目一杯愛されて育った為、愛情を知っている。愛情に餓える相手を無碍に出来ない一面もその為。

その両親も遂には貧困に倒れ帰らぬ人となった。
彼はそれを切欠に王都に移り住み、自分の家庭の様に貧困で苦しむ事のないように何か出来ないかと、同じく親を亡くした子供達を集めて盗賊団を結成していた。
無論盗みだけではなくそれ以外でも生きる道として籠を編んでそれを売るなどもしたが、稼ぎは少なく、結局盗みがなければ一日も過ごせる日はなかったという。
子供盗賊団を纏めていた為子供の扱いが上手く、小さな団員達には大変慕われていた。
その所為か相手が何者であろうが(例えば魔物だとしても)子供は子供として平等に扱う癖がついている。

但し「何か出来ないか」と思っていた彼だが、元々田舎者であった上、王都に移り住んでから世話されるより世話する事ばかりだった所為で王都の状況や現在の国の状態などを知らないでいたし、知るべきだと思った事すら今まで一度もなかったという、少し愚鈍な一面もある。

11/10/25 23:02 Vutur

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