連載小説
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(16)ゾンビ
昔、墓場は不潔だった。
浅い穴に柩を置き、僅かばかりの土をかぶせて墓とするため、カラスや野犬がが掘り返し、穴からは死臭が溢れ出た。
そして貧民向けの共同墓地とは名ばかりの大きな穴は、既定の人数に達するまで死体が放り込まれ、気休め程度の石灰が撒かれるばかりだった。既定の人数と言うのも、穴が一杯になったという意味であって、埋葬も積み上げられた死体に土をかぶせるだけである。
だが、教団の努力により葬儀法が施行され、葬儀や埋葬は一定の基準を満たさなければならなくなった。
墓穴の深さは死者の身の丈の半分以上でなければならない。貧民向け共同墓地は、五人まで、あるいは最初の遺体が入ってから三日以内に埋めなければならない。
そういった基準により、墓地に立ち込めていた死臭は収まり、穴の底から恨めし気に空を眺める貧民の遺体は土の下に消えた。
聞くところによれば、王都などの大都市では、墓場に木々はおろか芝生を植え、先祖の墓参りついでにピクニックが出来るような気持ちの良い墓地さえあるらしい。
もはや墓地はただ死者を埋めるための場所ではなく、終の棲家として認められつつあった。
だが、それは大きい都市での、最近の話だ。
新任の墓守は、あてがわれた小屋で溜息をついた。
そこそこ大きいとは言え辺境の都市の、古い墓場の管理を任されたからだ。
葬儀法の施行から久しいが、葬儀法通りに埋葬が行われているのはここから離れた墓場で、この半ば見捨てられた旧墓地は少し掘れば骨が出てくるほど浅く死体が埋められていた。
勿論、葬儀法施行前の死体ばかりで、ここで最近埋葬された死体は無い。
だが、死臭は土を通り抜けて旧墓地全体に広がっている。
彼の仕事は、この旧墓地の死体を掘り起し、改めて深く埋め直すことと、この旧墓地に死体を捨てに来る輩を見張ることだった。
「…うん?」
不意に、彼の耳を小さなもの音が打った。
ここは人家から離れているため、近所の物音が聞こえたわけではない。
誰かが死体を捨てに来たのか、野良犬が熟成された骨を掘り起こしに来たのか。
「あーあ、面倒くさい…」
彼は上着を羽織ると、スコップとランタンを手に小屋の玄関をくぐった。
外に出ると、いや小屋の扉を開けると同時に、むせ返るような臭いが彼の鼻孔に飛び込む。
死体から滲み出した汁が、土を浸透し風雨と時間によって醸された、独特の臭いだ。
腐臭とも刺激臭とも異なる、死臭に満たされた旧墓地を彼はゆっくりと進んだ。
墓石の合間、ところどころに生える草の影など、人の隠れられそうな場所を見渡す。
正直なところ、硝石のこびりついた墓石の影や、死体を糧に育った草の合間に隠れるなど、墓守である彼にとってもお断りだ。そんなところに隠れていた人間と取っ組み合いをすれば、怪我した場所が腫れたり、得体の知れない病気にかかるだろう。
だから、彼は怪しいものを見かけても、捕えるのではなく『二度と来るなよ』と諭してからそっと逃がしてやるつもりだった。
「おい…どこだ…捕まえるつもりは無いから、聞いてくれ…」
闇の中、ランタンの光で辺りを照らしながら、彼はそう未だ見ぬ誰かに向けて語りかけた。
「俺としても面倒事は避けたいが、仕事は増やしたくないんだ…だから、今日は見逃してやるから、二度と来るなよ…」
だが、応える者はいない。
墓地の奥に達し、物音は気のせいだったかと彼は胸を撫で下ろそうとした。
しかし、その瞬間彼の耳を土を引っ掻くような音が打った。
「…!」
息をのみつつ、音の方へランタンを向けると、光の中に不自然に膨れた土が照らし出された。
踏み固められてこそいないものの、長年の風雨によって固められた土が内側から持ち上がり、ひび割れているのだ。
そして、そのひび割れの間から、人間の物と思しき指が伸びていた。
「っ!?」
生き埋めにされた誰かが、地上へ這い出ようとしているのかと思い、墓守は盛り上がった土に駆け寄った。
だが、土を押しやりながら現れる指、いや手首は、生者の物にしては嫌に青白く、ところどころ擦り?けていた。まるで、腐敗して弱った弱った死体の皮膚が、少しの摩擦で簡単に破れるように。
墓守の眼前で土が破れ、もう片方の手と、土の中に続く腕が現れる。
死者の復活。
彼の脳裏にそんな言葉が浮かび上がるが、彼はすぐに打ち消した。ここに死体が埋葬されたのは、最低でも十年以上は前だ。とっくに腐り果て、骨になっているはず。
だが、土の下からはい出たのは、青ざめた肌の若い女だった。
死に装束の白い衣や長い髪の毛、そして青ざめた肌は土と泥にまみれている。
「う゛ぁぁああああ…」
土を引っ掻き、穴から下半身を引きずり出しながら、女がうめき声をあげた。
顔こそ墓守の方に向けられているが、その両方の目はどこまでもうつろで、まだガラス球の義眼の方が感情が宿っていそうだった。
「く…!」
突然の異常に身を強張らせていた墓守が、踵を返して駆けだそうとする。
しかし、風に広がった街灯の裾に向けて、女が倒れ込むようにしながら指を伸ばした。
ただ腕を伸ばすより、ただ駆け寄るよりも彼女の指は早く長く伸び、外套の裾を握りしめた。
突然加わる重量に墓守の足が滑り、彼は地面に転倒する。
「うわあ!ぐ…ぺっ…!」
顔面から墓地の土に突っ込み、何が混ざっているのかわからない土が口に入った。
墓石の得体の知れぬ苔や、硝石の混ざった土から身を守るための外套に裏切られ、彼はこんなもの羽織るのではなかったと、内心後悔した。
しかし、後悔を掻き消す恐怖が、直後彼に訪れる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛〜」
濁った呻き声とともに、外套の下の彼の身体にのしかかりながら、土の下から出てきた女が這ってきたのだ。
「や、やめろ!離れろ!」
外套のお陰で直接汚れた肌に触れずに済んでいるものの、彼女の重量によって墓守の身動きは封じられていた。
やがて、女は彼の背中に覆い被さるような姿勢になり、外套越しに彼の肩を掴んで力を込めた。
「うお…!」
女の細腕とは思えぬ力に、男は土の上であおむけにひっくり返され、彼女に跨られた。
そして、女は両腕で彼の顔を挟むと、ぼんやりと口を開いたままゆっくりと顔を近づけてきた。
「う゛ぁぁ…」
「おい、や、やめろ…!」
徐々に迫る彼女の顔に、彼は彼女の意図を察し、必死に逃れようともがいた。
だが、手足をいくらばたつかせても、湿り気を帯びた土を掘り返すばかりで、身体を動かすことにはならなかった。
「なら、これなら…!」
墓守は顔を挟み込む二つの腕を握りしめると、引きはがさんと力を込めた。
だが、女の腕は彼の指をずぶりと柔らかく受け止め、引っ張る力に皮膚がべろりと剥がれた。
皮の下からあふれ出した汁が、ぬるぬると彼の握力を受け流す。
「う゛ぁぁ…」
「やめろ、やめろぉ…!」
両手を汁で濡らしながら、墓守はぼんやりと開いた死臭漂う口から逃れようと、必死に顔を反らそうとした。
しかし彼女の腕は万力のように頭を押さえつけ、彼の自由を完全に封じていた。
そして、気の遠くなるような長い一瞬を挟んで、ついに彼女の唇と墓守の唇が重なった。
「〜〜〜〜!!!」
死臭、苦み、湿り気、冷たさ、ぶよぶよとした唇。墓守の五感の全てが、自身と唇を重ねる彼女が死者であると主張していた。
ほんの少し墓から立ち込める臭いをかぐだけでも病気になる者がいるというのに、死者と唇を重ねたらどうなってしまうのか。
おぞましさと恐怖が彼の背筋をくすぐるが、女の口の奥から男の口に這い入った舌に、背筋の寒気など消し飛んでしまう。
冷たく、苦みを帯びた柔らかな舌が、ぎこちない動きで男のそれに絡み付いてきたのだ。唾液とは異なる奇妙なぬめりを帯びた死者の肉が、恐怖に固まり熱を帯びた生者の肉と絡み合う。
そして、舌の擦り付けるぬめりを帯びた汁を、彼は反射的に嚥下していた。
「うぅぅ…!」
口内に注ぎ込まれる死臭が、一度男の肺を通って、呼気とともに鼻孔をくすぐる。
自分の体内から発せられたように感じられる墓場の臭いに、男は自分が死者の仲間入りをしたかのような錯覚を覚えた。
いや、錯覚ではない。墓場の土を舐め、得体の知れない汁で両掌を濡らし、死人と唇を重ねその体液を飲まされた。
来週まで生きていられるか分からない病気になるのは確実だろう。ならば、これから逃げ出したところで、死ぬのが多少遅れるぐらいだ。
もはや、彼は辺りの土の下で眠る者たちと、殆ど変わりがないのだ。
生きながら死んでいるに近い状態に陥ったことに、墓守は腹の底から笑いが浮かんでくるのを感じた。
すると、彼に跨る死んだ女が、舌を緩めて長い長い接吻を止めた。
二人の唇の間に、粘液の糸が箸を渡した。唾液とは異なる、ほのかな色合いを帯びたその粘液を墓守は視線でたどった。
そして、ぼんやりと開いたままの彼女の唇にたどり着き、初めて彼女の顔をじっくりと眺めた。
「なんだ、こんな美人だったのか…」
墓守の口から、素直な感想が漏れた。
青ざめ、土に汚れ、どこも見ていない虚ろな瞳をしている点を差し引いても、彼女の顔は十分美しかった。
むしろ、墓守と言う職業上、女性との出会いが殆どない彼に取って見れば、自分と接吻したのがおかしいレベルの美女だ。
こんな美女が、墓守の自分に跨っているのだ。どうせ彼女と同類になってしまうのなら、今のうちに生者の悦びを愉しんでもいいだろう。
男は女の肩に手を伸ばすと、軽く力を込めた。彼の導きに、彼女は男の上から降り、彼の横に身を横たえる。
墓守は土の上に身を起こすと、今度は彼女の上に覆い被さった。
死に装束の襟元を掴み、軽く力を込めると、朽ちかけた布は易々と引き裂かれ、彼の前にその内側を晒した。
墓守の目に入ったのは、色の悪い皮膚に覆われた、乳房だった。
血の気が引いているためか、乳首の色も薄く、病的でありながらも清楚な印象を彼に与えた。
男はたまらず彼女の胸元に顔を埋め、固さの残る乳房に吸い付き、残る手でもう片方の乳房を揉んだ。
彼女のそこは冷たく、肉が強張っておいた。だが、彼の体温が乗り移り、彼の指が乳房に埋まるにつれ、二つの肉丘は柔らかさと温もりを取り戻してきた。
そして、一際強く乳首に吸い付いた瞬間、その先端から汁が彼の口中に溢れ出した。
「…!?」
一瞬母乳かと彼は錯覚したが、乳房の内側に溜まっていた腐汁であることに直後気が付いた。
しかし墓守は口内の苦みを帯びた汁を吐き捨てるわけでもなく、嚥下しながらさらに吸い上げた。
もはや彼にとって死者のもたらす汚れなど、おそるるに足りなかった。むしろ、もっと腐肉や汁を嚥下し、肌に擦り込み、楽に彼らの仲間入りができる病気にかかるろうとしていたほどだ。
そして両手の指が疲れるほど乳房を揉み、腐母乳汁を嚥下したところで、彼は自身の股間が痛いほどに張っていることに気が付いた。
死を覚悟した彼の肉体が、子孫を残さんと反応しているのだ。
「ははは、馬鹿だなあ…」
乳房から口を離した墓守は、自分の身体と自身を笑った。
子孫を残そうにもこの辺りには死者しかおらず、自分はこの死んだ女を相手にしようとしているのだ。
男は一度上半身を起こすと、ズボンのベルトを緩め、屹立を取り出した。
そこは、彼が初めて女を買った時のように大きく膨れ上がっており、心臓の脈動に合わせてびくんびくんと、力強く上下に揺れていた。
「う゛ぁ゛ぁ゛…」
死せる女が、晒された男の分身に声を上げ、男を抱き寄せようとするかのように腕を掲げた。
「分かった、今入れてやるからな…!」
内心の興奮に声を震わせながら、彼は彼女の死に装束の裾に手を掛け、今度はスカートを引き裂いた。
臍の辺りまでが左右に開き、青黒い両脚と、その付け根までが晒される。
彼女の秘所は血の気の無い色をしていたが、内側から滲み出す粘液によって亀裂の上の控えめな繁みまでが濡れていた。
墓守は彼女の両脚を押し開き、再び覆い被さるようにしながら、濡れそぼつ彼女の亀裂に屹立を押し当てた。
そして、腰を深く下げ、死者の中に生者が押し入る。
「おぉぉ…!」
「あ゛ぁ…!」
男は、自身の分身を包み込むぬめりと冷たさと異様な柔らかさに、
女は、胎内を熱く焼く硬く太く脈打つ感触に、
それぞれ声を漏らした。
男の屹立は子孫を残さんと、女の奥深くに分け入り、確実に孕ませるための子種を放とうとしていた。
だが、彼を包み込む膣肉は、生者には作り出すことができない柔らかさとぬめりを帯びており、実りなき生殖を対価に生者相手では味わえぬ快感を男に与えていた。
「うぅ…!」
男は、ともすれば放ちそうになる白濁を押しとどめながら、ゆっくりと腰を揺すり始めた。
腐肉がかきまぜられ、粘液がぐぢゅぐじゅと湿った音を立て、一突きごとに男の背筋をぞくぞくする快感が這いのぼっていく。
そして男の腹の奥で何かが渦巻き、脳裏に星が瞬いた。絶頂が近いのだ。
死せる彼女の肉体がもたらす快感だけではない。すぐ目の前にある自身の死と、子孫を残そうとする本能、そして死者を相手にしているという背徳感が、興奮の火を煽る油となっているのだ。
「も、もう…!」
男が低く呻き、深々と腰を突き入れた瞬間、彼女の両脚が俊敏に跳ね、男の腰に絡み付いた。
そして、両脚に力が籠り、さらに腰が彼女の両脚の隙間に密着する。
肉の穴を出入りする感覚とは違う、肉に文字通り突き込む感覚が加わり、瞬間墓守の意識は絶頂へといざなわれた。
恍惚が脳裏を満たし、男の本能が、欲望が、興奮が屹立から迸る。
「う゛あ゛あ゛…」
胎内の熱に女がうめき声をあげ、身体を小さく揺すった。
それが、彼女なりの絶頂の痙攣であることに、男は忘我の極地ながらも気が付いた。
そして、たっぷりと、睾丸の中身が空になるかと思う程の量の射精を経て、彼の絶頂は止まった。
「はぁ、はぁ…」
「う゛う゛う゛…」
男が荒く息をつくと、身体の下で彼女はねだるように身をくねらせた。
そうだ、どうせもう終わりなんだ。もっと楽しもう。
男はしばしの休憩を挟んでから、再びゆっくりと腰を揺すり始めた。
12/08/08 10:48更新 / 十二屋月蝕
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■作者メッセージ
どうでもいい部分に行数割いてしまったなあとか思いながら投稿。
百番勝負と並行して短編書いてるけど、最近筆の調子が良くて少し怖い。
あと二束三文文士さん、打ち合わせありがとう。

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