27ページ:刑部狸・クノイチ
一時的ではあるが、大幅に同行者が増えた我輩の旅路。
流石にこの人数では動き辛くてかなわん…早めに何とかせねば…
無論、町に着いた途端にはいさようならなんて訳にはいかんであるからな…むぅ…

「次に行く町はどんな町なのかしら?」
「レイナードという町であるな…観光案内書によると、町全体が良い香りに包まれており、食事も美味いと書いてあるな。」
「どんな町なのでしょうか…楽しみです。」
「異国の料理か…どんな物があるのか楽しみじゃ。」
「レイナードね…何年か前に妹と共に訪れた事があるわ、人間共の作り上げた町にしてはなかなか良かったわ。」

ヴァンパイアを納得させるほどの町か…楽しみであるな。

「あの町になら…永住してもいいかも知れませんね。」
「人間の作り上げた町に暮らすのは良い気分ではないが…まぁ、あの町なら良いかも知れん。」
「レイナードで家の確保が当面の目的になりそうだ…どれくらいかかるだろうか?」
「うーん…早くて2・3日くらいじゃないかしら?奇跡でも起きない限り、簡単には見つからないと思うわよ。」

2・3日か…まぁ、それ位はかかるであろうな。
急ぐ旅でもないであるし、休暇だと思ってじっくりと探すであるか。



「ふぅ…久々に一人の時間を作れたであるな。」

太陽が煌々と輝く昼過ぎの町を歩く我輩。
宿は既に取ってあり、夜まで自由行動をすることになったのでこうして歩き回っている。
無論、歩き回るだけではなく、有用そうな素材や面白そうなものが無いかと目を光らせているが。

そんな中で、気持ちの良い位元気な声で商品の自慢をする声が聞こえてくる。

「そこのお嬢さん!美容と健康にとってもいい果物があるけど買っていかへんか?」
「…試食も出来るぞ?」
「そこまでしてもらえるなら…はむっ……あら、美味しい。」
「中々手に入らない貴重な品物やけど、今日は特別にお安くしまっせ?」
「そ、そう?なら買わせて貰おうかしら?」
「まいど!他のお客さんも売り切れる前に早めに買ってってなー。」

…何処かで聴いた事のある気がする話し方だ…
と言うより、あの果物って虜の果実では…

「んっ?お兄さんも気になるんか?彼女にあげれば喜んでもらえるで。」
「そういうのも良いであるが、我輩としてはもう少し別の物が見たいであるな。」
「んー…それなら、もう少し待っててなー。」

そう言って、商売に戻る行商人の女性。
付き添いと思われる無表情な女性は、我輩の方をじっと見つめている…が、行商人の女性に小突かれて接客に戻っていった。
もう少し後になったら来て見るか…それまで何をしようか…

そう言えば油を切らしていたな…後、インクも無かったか………



「うーん…いい天気じゃのぉ。」
「そうですねぇ…あまりにも気持ちよくて眠くなってきましたよ。」
「たまにはエッチ以外の事を楽しむのも悪くないわね。」

少し眠くなるような日差しの下、暇を潰す為に町を歩き回っている私達三人。
大陸では滅多に見れない魔物と、数そのものが少ない魔物が並んで歩いてる姿が珍しいのか、様々な思いが籠められた視線が私達に向けられる。
その大半は、私達の体を撫で回すようないやらしいもの…
見られる事は嫌いではないけど、やっぱり輝ちゃんに見てもらいたいわね。

「そう言えば、輝ちゃんって何で旅をしてるのかしら?」
「世界征服とやらのためではないのか?いつもそんな事を言っているし。」
「輝様は気まぐれですから…本当は、世界征服なんてどうでも良かったりするのかもしれませんね。」

世界征服ねぇ……それって、直接的にお母様を敵に回しますって言っている様なものよね…
そんな事をするくらいなら、妻を迎えていちゃいちゃすればいいと思うのよね…
私とか、琴音ちゃんとか、私とか、桜花ちゃんとか、私とか、私とか、私とか。

「輝様の考えは私にもよく分かりません……ですが、輝様の行く所どこにでも着いていく覚悟は出来ています。」
「輝一人では心配じゃからな、わっちがそばに居てやらんと何をやらかすか分からん。」
「輝ちゃんもよく好かれるわねぇ……いつか干からびそうで怖いわ…」

この場に居ない輝ちゃんへの心配をしながら空を見上げると、見えない筈の星が一際強く輝いた……様な気がした。



「へっくしっ!……あー…風邪でも引いたかな…?」

鼻の辺りを擦りながらそう呟く…が、特に熱っぽいとか体が痛いとかそういうのは感じられないな。
気のせいならそれでいいか。

「しかし…なかなか見つからんであるなぁ…家を売ってる店…」

必要なものを集めつつ、空き家を扱っている所は無いかと聞いて回ったが、どこで聞いても「町長に聞いてくれ。」ばかりである。
一軒くらいあっても良さそうなのであるがなぁ…家を扱う店…

等と考えながら先程の場所へ戻ってくると、行商人と一緒に居た女性が立っているのが見えた。
行商人の方は居ないみたいだが…

「来たか、着いて来い。」

無愛想にそう言うと、路地裏へ向かって歩き始めた。
その後を追っていくと、どこかで見たことのある魔物が笑顔で我輩達を迎えた。

「いらっしゃい!元気にしとったか?」
「死に掛けはしたが、それ以外は特になんともないであるな。」
「何はともあれ、お兄さんにまた会えてうれしいわ。」

少しばかり頬を紅く染め、可愛らしい笑みでそう言う刑部狸。
人間の女性の多くはここまで可愛らしくはなれないであろう…もっとも、我輩が関わった人間の女性が大体残念な者ばかりだっただけだが…

「それで、今日は何をお求めかな?」
「難しいかも知れんが…家を探している。」
「家?この町に住むんか?」
「この前の城の城主一行がな……」
「…何があったん?」
「物は壊れるからこそ美しい…とだけ…」

事情を察してくれたのか、苦笑いをしながら紙のような物を広げて何かを考え始めた。

「…ちなみに、予算はどれくらいあるん?」
「この金額以内で出来る限り高価な家が良いそうだ。」

そう言って、金貨がたっぷり詰まった袋を簡易テーブルの上に置く。
刑部狸が袋の中身を確認し、少し驚いたような表情で話しかけてくる。

「いくらなんでも多すぎやと思うけど…」
「それだけ住居にこだわりたいのだろう。」
「うーん…まぁ、何とかしてみようかな…宿はどこを取ってる?」
「ここから直ぐ近くの場所だが…」
「なるほど…了解、納得できる良い家探しておくから楽しみに待っててな。」
「うむ、貴殿に任せれば何とかなりそうであるな。」

我輩がそう言うと、顔を紅くして俯いてしまった。
うーん…何か悪いことをしてしまっただろうか?

「………お前は面白い男だな。」
「そんな事は無い、我輩はどこにでも居る至って普通の世界征服を企む男である。」
「…本当に面白い男だ…お前なら…」
「む?」
「…何でもない、明日には結果が出るだろう…昼頃には宿に居てくれ。」
「ふむ、分かったである。」

今出来る事は全部終わったであるな…暗くなる前に戻るであるか。

…しかし…何だか嫌な予感がするのは何故だろうか…?



……その日の夜……

「……?」

何者かの気配を感じる…余程注意しないと分からないほどのものだが…
悟られないように小太刀を取り、寝た振りをする。

何か細長い物が掛け布団の中へ入ってくるのが分かる…
その細長い物が小太刀に触れ、静かに抜き去ろうとしてくる…

「…動くな。」

一瞬の隙を突いて抜刀し、何者か分からぬものの喉元に刃を当てる。
動きは止まったが、相手に動揺した様子は無い…まるで、こうなることが分かっていたかのように…

「…私の見込んだ通りの男だな…」
「……もしかして昼間の?」
「答える気は無い、本当なら気づかれない内に拘束しておきたかったが…仕方あるまい。」

彼女がそう言うと、細長い何かが我輩に巻きついてきた。
それと同時に彼女との距離が近くなり、彼女の顔がよく見えるようになる。
口元は布で隠されていて見えないな…我輩が見る事が出来るのは、一点の曇りも無い菫色の瞳だけだ。

「………綺麗な目をしているであるな。」
「…そんな事を言われたのは生まれて初めてだ。」
「そうなのか?」
「あぁ……何をされるのかも分からない状況で、よくそこまで冷静で居られるな?」
「何も起こっていないから冷静なだけである、状況が変わればどうなるか…」
「…やはり私ではまだ無理だな…修行が足りないらしい。」

我輩を支えていた力が抜け、彼女が我輩から離れていく。
何をするつもりだったのかは分からないが…我輩は助かったのか?

「…修行を積んで出直すことにしよう……」
「……ちょっと待つである。」

窓に足をかけたところを呼び止め、彼女に近づいていく。

「何だ?捕まえて憲兵にでも突き出すか?」
「鉄輝…我輩の名だ。」
「………」
「敵か味方かは知らんが、少なくともお主は名乗るのに相応しい相手だと思ったから名乗っておく。」
「……フッ…」
「…まぁ、笑うだろう…んっ!?」

突然不敵な笑みを浮かべたかと思うと、口元の布をずらして、我輩に口付けをしてきた。
ただ単に触れているだけ…それなのに、何故だか知らないがどきどきする…

「……一ヶ月後に来る…一から修行をしなおしてな…」
「…待っているぞ、何ヶ月でもな。」

我輩の返答を聞くと、口元の布を戻しつつ窓から出て行った…
一ヶ月か…ふふっ、楽しみが増えたであるな。
…ところで、どうやって我輩の位置を調べるつもりだろうか?ここに留まる訳ではないのだが…
……まあいいか、夜も遅いし寝るとしよう…

…っと、その前に記録でも書いておくか…



〜今日の観察記録〜

種族:刑部狸
彼女達の多くは商人や金貸しなどをしており、ジパング内だけではなく大陸の方にまで足を運ぶものも居る。
その際、本来の姿のまま商売をしている彼女達は、信用して良いとされているようだ…
が、変化している状態での商売はその限りではなく、魔物化を促がすような物を効果を偽って販売したりとあくどい事もするようなので注意してもらいたい。

種族:クノイチ
我輩自身、この種族については詳しいことは知らないである。
ジパング固有のサキュバス属の魔物であることは確かなのだが…
有力な情報が得られたら、その時に多めに書き記しておこう…



「ふあぁぁぁ…やることやったし、寝るであるか。」

ベッドに入り込み、目を瞑る……すると、また何かの気配を感じた。

…今度はヴァンパイア妹殿か…

「…起きてますか?」
「今から寝るところである…どうしたのであるか?」
「いえ…ご一緒させてもらえないかと。」
「…え?」

我輩が返事をするまでもなく、ベッドの中へと入り込んでくる。
いやいや…ヴァンパイアって普通こういうことをするであろうか?

「…貴方は特別なんです…と言う訳で、おやすみなさい。」
「あっ……むぅ…面倒だしこのまま寝よう…」

考えるのが面倒になり、そのまま目を閉じる。
明日起こるであろう騒動を想像しながら、我輩は眠りについた……

12/03/29 23:07 up
刑部狸とクノイチが可愛すぎてSSを書くのが辛い
白い黒猫
DL