読切小説
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白銀吸血姫のラブロマンス
うぅっ………フラフラするぅ……
けど…けどっ、あとすこし!この大通りをまっすぐ行けば!


びたーーん!!

「あうっ……!?」

いたた、また何もないところで転んじゃった。
しかも昼間からこんな往来の真中で…は、恥ずかしい…
じゃなくて、早く起きないと!


「お嬢さん、怪我はないかね?」
「はぃ…?」

私の目の前に差し出される手。
無骨で、所々武芸ダコがあるけど、大きくて頑強な雰囲気。
視線は手から腕をたどって徐々に上に。そして


ズドン





私は恋をした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 
さて、ここは魔界の一角にあるバロック調装飾風の部屋。
この部屋の住人ノワール・カース・ヴィケットは、ヴァンパイアの貴族である。
白銀の長髪にルビーのような紅の瞳、全体的にバランスのとれた体型で
吸血鬼なのに見た目はリリムのように見えるかもしれない。
そしてそのような見た目を持っているだけあって、
攻撃的な美貌と評され、高飛車でプライドが高そうな性格だと思われている…が、
実はドジを踏むことが多く、性格もヴァンパイアらしくなくかなり穏やかだったりする。
だがそれ以上に頑張り屋で何事にもめげない強靭な精神力も持っている。


「えーっと、ケーキの配置…よし。カップの配置も…よし。
私はドジっ子だから少なくとも3回は確認しなきゃ。
それと……この瓶に入ってるのはお砂糖…よね?お塩じゃないかしら?
この前はお塩どころじゃなくて硼酸が入ってたら……何でか不思議だったけど。」

今日は彼女の友達たちと定期的に開かれるお茶会があるので、
日暮れからその準備に余念がない。
先日紆余曲折の末に手に入れた老舗菓子店『セプテット・シュプレヒコール』の
名物ケーキをふるまうつもりらしい。人数は5人分だ。
調度品もしっかり整えて、後は招待客が来るのを待つのみ。


「お嬢様〜。リーゼロッテ様が御到着いたしました。」
「はーい♪」

ノワールが雇っている稲荷メイドが一番乗りの客人を招き入れた。

「ごめんあそばせノワールさん。少々早く着きすぎましたわ。」
「まあリーゼちゃん!いらっしゃい!準備はもうできてるよ。」

まずはノワールと同じ種族、ヴァンパイアのリーゼロッテが到着したようだ。
こちらはずいぶんとお嬢様然とした性格である。

「あら、相変わらずこれを全部一人でおやりになられましたの?」
「うん。」
「折角何人も優秀な使用人を雇っているのですから、
大半は使用人にお任せしてもよろしいのではないのでは。」
「あはは、私にとっては準備からもう楽しくて仕方ないからね。」
「そうですの……お皿割ったりとか、紅茶の分量を間違えてはいませんわよね?
この瓶にはきちんとお砂糖が入ってますこと?ケーキは落とさずに…。」
「あのさ、私そこまでドジじゃないよ。」
「正直あなたが準備するというのは、若干不安がぬぐえませんわ……」
「うう…酷い言われようだわ。でも言い返せないのが辛いところ。」

別にリーゼロッテには悪意があるわけではないが、
思ったことを直接ずけずけ言ってしまうのはいかがなものか。


「お嬢様〜。オデット様とシェラーナ様が御到着に―」

「シェラーナではありません。森羅です。いい加減覚えて下さい。」
「うふふ、お久しぶりノワちゃん。」
「オデっちゃん、こっちこそ久しぶり!シェラちゃんもようこそ!」
「ですからシェラちゃんではなく森羅です。」

次に到着したのはラミアのオデットと、アヌビスのシェラーナ。
オデットは数年前に念願の結婚を果たし、今までずっとハネムーンを満喫していたそうだ。
シェラーナは……重度のジパングマニアで、衣装は当然着物で髪型も
ジパング風に結っている。しかし、それでも満足せず、半年前に改名までした徹底ぶり。
具体的には《シェラーナ・アルトゥン→三日月 森羅(みかづき しんら)》という感じ。
だが本人の意に反して友人たちは一向に改名後に慣れてくれないのが悩みだとか。


「さってっと、あとは…」

ヒュウウゥン

「ノ〜ワちゃん!!」
ガシッ
「うひゃあぁ!?ってヴィオラちゃん!?」
「ぴんぽ〜ん!大正解!」
「ちょっとヴィオラさん、玄関から入ってきなさいな。」

最後に、転移魔法でノワールの後ろに現れたのがリリムのヴィオラート。
容姿はノワールと結構似ているが、勝気で自信に満ちあふれた性格で、
大抵のことは何でもこなせる完璧超人。ノワールにとって最も付き合いが長い親友でもある。


ノワール達友人全員がそろったところで魔物娘達のお茶会が始まる。



『ノワちゃんが一目ぼれをした!?』
「う、うん…そうなの。」

魔物娘にとっては別に珍しいことではないのであまり驚きはしないが、
それと同時に一番盛り上がる話題であることも確かだ。


「実はね、今みんなが食べてるケーキを買いに行ったときに………」
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――



「お嬢さん、怪我はないかね?」
「はぃ…?」

私の目の前に差し出される手。
無骨で、所々武芸ダコがあるけど、大きくて頑強な雰囲気。
視線は手から腕をたどって徐々に上に。そして


(はわっ!?)


男性の顔に私の目は釘付けになった!

年齢は50後半か…60歳になってるかもしれない中年の顔立ちだけど、
皺一つない顔にキリッとした表情、手入れされたお髭……
まさに『ダンディ』を絵にかいたような人だった。


「大丈夫かね、立てるかね?」
「は、はひ!なんとか!」

私は慌ててぴょこんと立ち上がる。
……あ、いけない。急に立ったから貧血が。

「無理しなさるな、ふらふらではないか。この辺りで少し休むとよい。」
「い、いえっ……その、あ…ありがとう、ございます。」
「うむ、お嬢さんは肌がとても白いところを見ると、夏の日差しは辛いじゃろう。
どれどれ、そこのカフェーで休ませてもらおう。なに、お代は私が出す。」
「すみません…何から何まで。」
「いやなに、どうってことない。」


日光を浴び過ぎてもうふらふら………お言葉に甘えちゃおっと。
とりあえず近くのカフェーに入ってようやく一息つくことが出来た。

「お疲れかねお嬢さん。」
「いえ、そう言う訳ではありません!ただ…私はどうも肌が弱くて、
こんな暑い日には弱ってしまうのです…。」
「む、それはいかんな。日傘は使わないのかね。」
「日傘……いつもは使ってるんですけど、今日は家に忘れてしまって…
ごめんなさい!わたしったら本当にドジで…!」
「いやいや、よくあることだ。恥じることはない。」
「あ…はい」

なんだろう、このおじさんと話してると気分が軽くなってくる。


「でも、今日はこの街にケーキを買いに来たんです!」
「ケーキを?」
「はい!私の友達が明日新婚旅行から帰ってくるんです!
だから久しぶりにみんなで集まってお茶会を開きたいと思って、
折角だからとびきりおいしいケーキを買ってきてあげたいなって。
そのためにこの街まで来たんですけど……」


とりあえず嘘は言ってないと思う。
でも魔界から来たってことと、私の正体は隠しておかないと。
なにしろこの都市は反魔物都市でないにも拘らず圧倒的に人間の比率が高くて、
魔物がこの都市に入る際は色々と制約を受けちゃう。
だから転移魔法でそーゆー入管みたいなのをショートカットしちゃったから、
念のために………


「名品のケーキと言えばノクロス通りにある
菓子店『セプテット・シュプレヒコール』が有名だな。」
「あ、それです!私そのセプテット・シュプレヒコールに行こうとしてたんです!」
「そうか。ならこの通りをさらに北に行って、天使の銅像がある広場がある通りだな。
歩くなら5分くらいでいけるはずだ。」
「意外と近いんですね。はぁ…この街は本当に大きくて迷ってしまいそうです。
まるで魔王城の城下町みたいですね。」
「お嬢さんは魔王城に行ったことがおありなのかね?」

あ、しまった

「い…いえいえ!も、物のたとえですよ!」
「まあ確かに、この街は初めての者は迷いやすいかもしれんな。
だが安心したまえ、ゆっくり休んだら私が案内してあげよう。」
「へ、いいんですか!うれしいです!」
「なに、美しい女性を最後までエスコートするのは男として当然のことだ。」


か……かっこいい………
こんなこと言われたら、あっという間に惚れちゃうよ……


「では気分もよくなりましたので、お願いできますか?」
「うむ、まかせたまえお嬢さん。」
「あ……そうだ、私ノワールといいます。一応ちょっとした貴族の娘ですが…。」
「ノワールさんというのか。私の名はジオだ、よろしく頼む。」
「まあ、素敵なお名前ですね!」
「そうかね?まあ呼びやすい名ではあるがな。」


あぁ、これが運命…!これが恋!
こんなに素晴らしい気持ちになったのは初めて……!
 
 
 
 
 
 

―――――――――――――――――――――――――――――――――



「っていうのが事の顛末なの。」
「ふぅん、そしてその紳士的な人と一緒に買ったケーキがこれということね。」
「うん!しかも運よく新作が出てたから、長い時間並んで買ってきたんだよ!」
「で、その後はデートしたのかしらぁ?もちろんしたわよねぇ。」
「え?えっと…ケーキがダメになっちゃうと困るから、早めに帰ってきたけど。」

頬を赤らめながら意気揚々と恋愛談を語るノワールと対照的に、
肝心のオデットはなぜかあまり感心しない様子で聞いている。
と、次の瞬間


「おばか。」
ぺちっ
「あうっ!?」

なぜかデコピンが炸裂。

「ちょっとオデッちゃん!何でいきなりデコピンなんか!
ノワちゃんはあなたのためにケーキ買ってきてくれたのよ!」
「まあ!なんと野蛮な!」
「暴力反対。」

他の三人からも非難の声が上がるが、オデットは動じない。

「ノワちゃん、あなたは少し人がよすぎるわねぇ。
私なんかのために折角のチャンスを無駄にするなんてもったなすぎるわぁ。」
「で、でも!」
「まあ、私のことを思ってくれたのは感謝するわ、ありがとうね。
でもね…ノワちゃんだって恋する乙女なんだからさぁ、
既婚の私なんかよりも自分の方を優先した方がいいわよぉ。」
「自分のことよりも他人のことを気遣ってあげられるのは
ノワちゃんのいいところよ。悪いことなんかじゃないわ。」
「ん、ありがとオデっちゃん、ヴィオラちゃん。」


口は悪いが、やはり仲間思いなオデットであった。








「となりますと、当然一回だけ会って終わりにするつもりはないのでしょう?」
「ええ、もちろんよ。何回も逢瀬を重ねて……親しくなれたらなって。」
「ノワールさんくらい美しい容姿をお持ちでしたら、
面と向かって「好きです」と告白すればそれだけで万事解決すると思いますが。」
「それでは少々味気ないですわ。どうせなら素敵な思い出と共に
恋を育んだほうが、お互いより幸せになれると思いませんこと?」


さて、魔物娘である彼女たちは本来であればデートとか、
そういったまどろっこしい過程をすっ飛ばしていきなり恋人同士、
あるいは夫婦になることも簡単にできてしまう立場にある。

リリムのヴィオラートは言わずもがな。
そのヴィオラートに似た容姿を持つノワールも超絶美人であり、
高貴なお嬢様を絵に描いた様なリーゼロッテや、
ヴィオラートをして奇跡のプロポーションと言わしめたオデット、
そしてジパング熱が高じて完璧な大和撫子になったシェラーナ。
実にそうそうたる面子だ。

そんな彼女たちは他の魔物たちとちょっと変わっていて、
身もとろけるような甘い恋愛の末に結ばれることを夢見ている。
なんでも、彼女たちの師に当たるバフォメットの慣れ染めを聞いて
それに影響されたのだとか。


「だったらぁ、私と旦那様の慣れ染めのようにドラマティックかつ大胆にぃ…」
「いやいや…あなた達のようなシチュエーションはそうそうないから
あまり参考にならない気がするわ。ドラマティックなのは認めるけど。」
※オデットの恋愛模様は長すぎるので説明を省きます
「じゃあそういうヴィオラちゃんは何か良い考えがあるのかしらぁ?」
「そうね、わたしだったら……」

―――――――


ある、月の綺麗な夜のことだった。


「御機嫌よう、ジオさん♪またお会いしましたね。」
「おお、あのときのお嬢さん…いや、ノワールさんだったかな。」
「ふふふ、覚えていてくれたんですね。こうしてお会いできたのはまさに運命。
私は……私は…ジオさんにどうしてもまたお会いしたいと思ってましたから。」
「なんと。そこまで私のことを想ってくれていたのか。」
「はい…!だって私は……」

かぷり♪

「うっ!?こ…これは……?」
「んっ………コクンコクン…こくんっ……はふっ♪
ジオさんの血、すごく……おい…しいです♪」
「なるほど…ノワールさんは、ヴァンパイアだったのか。
通りで…ただならぬ美しさだと思ったわけだ。」
「ふふ、ジオさんがいけないんですよ。ヴァンパイアにあんな紳士的に
ふるまったら、自分だけのものにしたくなっちゃいます♪」

ちゅっ…

「好きです…ジオさん。これからはずっと、私だけのジオさんでいて下さい…」
「その言葉、嬉しく思う。よかろう、今後はそなたの伴侶として
この身の全てを差し出そう。それに…な、先ほどからそなたが欲しくなってな。」
「えぇ、私も………もう我慢できません!」

※濡れ場突入


―――――――


「ってのはどうかしら?」
「どうかしらって、そんなドヤ顔で言われてもねぇ。」
「さ、さすがヴィオラちゃん!素晴らしい考えだと思うよ!」
「王道ながらヴァンパイアらしいシチュエーションですわね。
謎の美女が実はヴァンパイアだったというのはとても美しい構図ですわ。」
「…私はもう少し凝ってもいいのではないかと思うのですが。」

ヴィオラートの意見に対しての評価は賛否両論まちまちと言ったところ。
人間味もあるが、魔物らしく男性に襲いかかるところもポイントだ。

「もっと凝るって、シェラちゃんは何か考えがあるのかしら?」
「シェラちゃんじゃない森羅。ただ誘って襲うだけではなくて
何か小道具を用意しましたら、もっと盛り上がるのではないかと。」
「なるほど!あのときお茶を貰ったお礼にもなるね!」


その後十数分間、小道具は何がいいのかで論争が始まった。
ただ、あまりにも白熱しすぎて肝心のノワールが置いてかれていた…


「ですから!わたくしは魔界でしか取れない貴重な宝石を使った
装飾品をプレゼントするのが最善とおもいましてよ!」
「お馬鹿さんねぇリーゼちゃん。お金をかければいいってものじゃないわよぉ。」
「テメーぶっとばしますわよ!」
「まあまあリーゼちゃん…おこらないで。」
「でしたら手作りのお弁当などよろしいのではないでしょうか?
真心込めて作ればきっとお相手の人は感激するはずです。」
「うーん、たしかに効果はありそうだけどノワちゃんだから…
作ったお弁当でドジしないか心配だわ。」
「ちょっとヴィオラちゃん!私そこまでドジじゃないよ!
味見だって三回くらいして確認するし、落としてダメにならないように
ちゃんと頑丈な箱に入れて持っていくからね!」
「ノワールさん…頑張るところが少しずれている気がするのですが。
良ければ私がお弁当作り教えますよ。健康と彩りを兼ね備えた
ジパング文化の極みを伝授しましょう。」
「お弁当、悪くはないけどインパクトに欠けるわねぇ。
もういっそのこと全身にリボンを絡ませて『私がプレゼント♪』
っていう方法もアリなんじゃないかしらぁ。」
「む…ムリムリムリ!そんな恥ずかしいこと出来ないよぅ!」
「オデットさん。誇り高きヴァンパイアが、そのような痴態を
人間に見せてたまるものですか。わたくし達はその辺のインプとは違いますのよ。」
「あらあら、リーゼちゃんこそ選り好みしすぎて行き遅れないか心配だわぁ。」
「テメー表に出やがれですわー!!」
「はいはい二人とも、私のことで喧嘩しないで。」
「じゃあ間を取ってノワちゃんの履きたてのパンツをあげるのはどうかしら。」
『ヴィオラちゃん(さん)の変態!!』
「まさかの総スカン!?」

持つべきものは友人とは言うものの、
個性が強すぎるのも考え物かもしれない。








結局ノワールの恋話をネタにするだけネタにして、
今回のお茶会はお開きとなった。

「ん〜…結局具体的な作戦は決まらなかったね。」
「あはは、ごめんねノワちゃん。話したいだけ話して終わっちゃったわね。」
「お力添えできず申し訳ありません。」
「いいのいいの、私も恋話がしたくてお茶会開いたんだし。」

結果は得られなかったがノワールにとってはそれでも十分満足だった。
膨大な無駄会話の中にもためになることがいくつかあったし、
何よりも話を聞いてもらうだけで気持ちが軽くなったように思えてくる。
それに、何から何まで真剣に決めてくれるよりは、
こうして軽いノリで話していた方が気が楽と言うものである。


「後はなんとか私の力で頑張ってみるわ。
ドジでちょっとずれてる私だけど…諦めないことが肝心だから。」
「ええ、その意思の強さがノワールさんの最大の武器ですわ。
わたくし達も応援してますわ。困ったら迷わず相談に来なさいな。」
「うん、ありがとうリーゼちゃん。」
「お弁当を作る時はいつでもお申し付けください。
隠し味から何までみっちりご教授いたします。」
「うん、その時はよろしくねシェラちゃん♪」
「ですからシェラちゃんではなく森羅です。」
「ふふふ、じゃあまたねノワちゃん。ケーキ美味しかったわぁ。
恋愛が成就した暁には今度は私がお茶に誘ってあげるわよぉ。」
「ま、いざとなったら無理やり襲っちゃえばいいのよ!
ノワちゃんにはそれが出来る能力も資格もあるんだからね!」
「え、あ、うん。」


やはり……持つべきものは友達なのかもしれない。



さて、お茶会を終えたノワールは片づけを行った後すぐに行動に移った。
まずは相手のことをよく知るための情報収集から。
彼女が真っ先に向かったのは魔王城城下町の中心部にある
『魔王城情報収集施設』というところで、
ここには世界各地の人間や魔物についての情報が一点に集められ、
誰でもその情報を見ることが出来るという素晴らしい施設である。
ただ、魔物娘達の性質上、利用されるのはもっぱら自らの夫探しのためであり、
自分の好みの夫を探すために大勢の魔物娘たちが昼夜を問わず通っている。
施設で働く魔物たちも資料の整理よりも恋愛斡旋業務をすることが多いらしい。

「わ〜ぁ、ここっていつきても賑やかだわ。」

既に時刻は午前二時になろうとしているにもかかわらず、
夫探しに明け暮れる魔物娘たちであふれかえっていた。
十階建ての建物は中心部が吹き抜けで、その周りを書架が囲っており、
一階にはずらっと机が並んでいて、長時間の調べ物にも対応している。
壁際にある無数のカウンターにはダークエンジェル達が控えていて、
出会いを求める魔物娘達に対応しているなど、図書館も真っ青な充実ぶり。
サキュバスやインプといった浮遊することが出来る魔物たちが、
吹き抜けを飛び交う光景も魔界ならではといった趣である。

ノワールも書架の場所をしっかり確認して、目当ての資料を探し始めた。


「えーっと、男性のGで始まる名前は3階の………」

何しろ世界中の情報が集まっているのである。その量は半端ではない。
お目当ての資料を探すのも一苦労だ。

と、3階の一角を歩いていたときであった。


「ノワちゃ〜ん。」
「え!?その声はヴィオラちゃん?」
「ぴんぽーん、大正解♪」

後ろからついさっき別れたばかりのリリム、ヴィオラートに声をかけられた。

「どうしてヴィオラちゃんがこんな所に?」
「ふっふっふっ…やっぱりここに来ると思ったわ。
はいこれ、ノワちゃんが探してる資料よ。」
「え、えええ…?」

何とヴィオラートはノワールが来る前に資料を探しておいてくれたらしい。
これにはノワールも開いた口がふさがらなかった。

「よ、良く分かったねヴィオラちゃん。私が真っ先にここに来るって。」
「何年ノワちゃんの親友やってると思ってるのかしら。
私にかかればノワちゃんの行動を予測することくらい朝飯前だわ♪
なんたって私は優秀なリリムなんだから!あーっはっはっはっは!」
「すごーい!さすがヴィオラちゃん!」
「ま、そんなことより早く調べちゃいましょう。
こんなに分厚い本が5冊もあるんだから一筋縄じゃいかないわよ。」
「そうだね。でも、私のためにわざわざこんなことまでしてくれてありがとう。」
「いいのいいの。困った時はお互いさまよ。」


二人は一階の机の一角に席を取り、調査を開始する。
分厚い本の中には何ページにもわたって人物像が細かく描かれていて、
その人物の通称や生年月日、職業に家族構成に特技、
さらに戦う職業であれば戦闘力について事細かに分析が加えられ、
技術職であれば腕前矢代表作品などが事細かに示されており、
果ては可能であれば飼っているペットや予想される前世まで、
とにかくありとあらゆる情報が詰まっている。
場合によっては似顔絵まで掲載されている徹底ぶり。

「確かノワちゃんの話では見た目60歳前後で、身長は
ノワちゃんより少し高いくらい。腰に剣を差していたから
恐らくは戦闘にかかわる職業……それもなかなかの使い手と見える。
紳士的な性格で、おまけに超絶ダンディ…。だんでぃい、だんでぃいっと。」
「うーん、ジオって言う名前の人は結構多いわ。
お医者さんのジオさんだったり盗賊のジオさんだったり…
へえぇ…道化師のジオさんもいるんだ。で、戦士のジオさんはっと……」

ところが、いくら探してもそれらしい人物の情報は見当たらない。
全国で1000人以上いるジオさんのどれもがノワールのイメージと違うのだ。

「そうね…もしかしたら『ジオ』っていうのは通称か……
偽名の可能性もあるわね。そうなると…それらしい名前も調べないと。」
「あ…でもちょっとまってヴィオラちゃん。私がジオさんと出会ったのは…。」
「…………あ、ああっ!!ごめん、私うっかりしてたわ!」
「ううん、うっかりしてたのは私の方だから!!」

ちなみにここは図書館ではないのでどれだけ大声を出しても怒られない……が、
最低限周りには配慮してあげるのが淑女というものだ。

「ノワちゃんがケーキを買った『セプテット・シュプレヒコール』がある街は、
確か人間至上主義国家と悪名高いユリス帝国の首都だったはず。」
「それに…もしかしたらジオさんは意外と有名な人かもしれないね。」
「ノワちゃん、私ちょっと要注意領域リストを調べてみるわ。」
「うん、私は要注意人物リストを当たってみる。」

二人は資料をさらに増やして調査を続ける。

先ほどまで二人が調べていた資料の大半は親魔物国の住人リストである。
なぜなら、現在世界の約6割を占めるまでとなった親魔物国は情報調査が容易で、
おまけに戦乱に巻き込まれたり自然災害にもおびえたりせず平和に暮らせる。
よって、魔物娘達にとってさほど高望みしなければ、それで十分なのだ。
ところが、反魔物国家や治安が悪い地域などでは正確なデーターが取れなかったり、
無暗に行かないようにするため別の資料に纏められていることが多い。

先日ノワールが行ってきた地は、反魔物態勢を取っているわけではないが、
特殊な事情により人間の勢力が魔物より圧倒的に強く、
世界的にも珍しい「人間が魔物を支配している地域」となっている。
結果、他の親魔物国家からも反魔物国家からも嫌われている歴史を持つ。


「ねえノワちゃん……もしかして、この人じゃない?」
「え、っと…どれどれ。ジオバンニ・ルートヴィヒ…生年―人魔歴585年…
すると今ちょうど60歳なのか……クラス:剣豪LV40…勇者適正なし…」

そこに書かれていた情報はまぎれもなくノワールが探していた人物のものだった。

「なんていうか、とんでもないわねこの人。色々な意味でね。
一応……婚姻済みの印がないから独身なんでしょうけど、
これだけ強ければ迂闊に手が出せないはずだわ。」
「うん…迂闊に襲っちゃうと危ないかもしれない。
うぅ、あんなかっこいい男の人が誰とも結婚してないから、
もしかすると…って思ってたけど、これは思った以上にハードルが高いわ……。」

調べれば調べるほど、彼がとんでもない人物だということが分かってくる。
ジオ…本名ジオバンニ・ルートヴィヒは元ユリス帝国の軍人で、
老齢のため引退した現在でも各地を歩き回っては、
問題ごとの解決のために力を貸しているスーパーお爺ちゃんである。
いわば一人水戸黄門と言ったところか。
現役の頃の活躍もかなりの物で、教団の軍との戦争でも
一騎当千の戦いぶりを見せ、皇帝から褒美として剣を賜っている。
人間の妻を持っていたらしいが、子供を残さないまま死別したとか。


「どう…ノワちゃん。」
「………本当に、凄い人ね。私なんか足元にも及ばないくらい。」
「そ、そんなことないわよ!ノワちゃんだって魔物の中の貴族だし!」
「そうね。でも、そんなの関係ない!私は…私はジオさんに決めた!
たとえどれだけ時間がかかっても、絶対にジオさんのことを諦めない!」
「おっ!さすがはノワちゃん!いいわ、私もとことんまで付き合ってあげる。
そうと決まればどんな風にアプローチするか考えないとね!」
「ええ!!」

諦めるどころか、逆に決意を新たにしたノワール。
まずどのようにして親密な関係に持っていくかを考えようと、
二人で色々と相談していると、意外なところからチャンスが舞いこむことになる。







既に調べ物を始めてからそろそろ8時間が経過しようとする頃だろうか。
人と違って活動時間が長い彼女たちは、寝食も忘れて活動しても疲れないため、
夜が更けて朝になっても夢中で調べ物と作戦会議に明け暮れていた。

するとそこに……


「あっ、ヴィオラ様!こんなところにいたのですか!」
「ん……あら、フェルリじゃない。」
「あ、えっと…今晩はフェルリさん。」
「もうとっくに朝なのです!ヴィオラ様が何も言わず
部屋を長い時間空けているせいで、召使たちが心配しているのです!」

現れたのはバフォメットのフェルリ。
ピンク髪にゆるふわの巻き巻きロールの髪形が特徴的で、
赤と白を基調とした可愛いぶかぶかの帽子をかぶっている。
手足の獣手の毛もピンク色をしているが、細かい作業をする際は人の手に変化する。
子供っぽい喋り方の上に、若干気分屋なので威厳があるように見えないが、
実は魔王が大変わりする前から生きている長老クラスの魔物である。
現在はヴィオラートを始めとする何人もの魔物娘達の教育係をしている。

「ああ、ごめんねフェルリ。こんなに長くかかるとは思わなかったから。」
「まあいいのです。しかしヴィオラ様が調べ物とは……。
明日はきっと空からお札でも降ってくるに違いないのです。」
「テメーぶっとばしますわよ。」
「ちょっとヴィオラちゃん、それはリーゼちゃんの持ちネタ…」
「もしよろしければ何かお手伝いするのです。」
「あ、いいんですかフェルリさん。」
「かまわないのです。今はとくに用事はないのです。
『ヴィオラ様は中央興信所にいる』のですっと。」

フェルリは紙にそれだけ書くと、紙飛行機の形に折ってとばした。
余談であるが、中央興信所とはこの施設の旧名である。


「で、一体何について調べているのですか?」
「うん、じつはね……」


…説明中


「ほほう、なるほどなのです。」

フェルリは妙に感心したような顔で頷いた。

「思った以上に険しい道になりそうだけど、私は絶対に諦めません。」
「うむ、それは殊勝な心構えなのです。
それならちょっと良いことを教えてやるのです。」
「へ?この人について何か知ってるの?」

面識でもあるのだろうか?と、考えたノワールだったが、
直後、その予想をはるかに斜め上を行く事実が明らかになる。


「そもそも、ユリスは私の生まれ故郷なのです。」
『え……え?え、えええぇぇぇっ!!??
「うるさいのです。声が大きすぎるのです。周りに迷惑なのです。
そしてそのジオという男は私の夫の子孫の弟子なのです。」
「え、ちょっとまってちょっとまって……」
「フェルリさんの旦那様の子孫の…弟子?」
「まあそんなこと言っても当然分かるわけないのです。
それはともかくノワール、どんな手段を用いても彼に会いたいですか?」
「うん…まあ、ある程度手段は選びたいけど…でも私、なんだってします!」
「それならいいのです。とりあえず一週間ほど時間を貰いたいのです。」
「一週間……その間に何かするんですか?」
「それは秘密なのです。ですがそのチャンスを生かすも殺すも
全てはお前次第なのです。覚悟しておくといいのです。」

そう言ったきり、フェルリはそそくさとどこかへ行ってしまったようだ。
残された二人はあまりの急展開に呆然とするほかない。

「だ、大丈夫なのかな?」
「うーん…まあ、ダメ元で信じてみるしかないわね。」


………


……





そして、何だかんだで一週間後。

「ニマス進みまして………げ、また借金ですの!?」
「あ、子供生まれた。これで8人目ね。」
「ヴィオラちゃんってば相変わらずの絶倫っぷりだね♪」
「絶倫という言葉は普通男の方に使うものでは?」
「では魔物に対してはどのような表現が似合うのかしら?」
「……腹ボテスキー?」
「それも間違ってると思うわよ…。」

コンコンッ

「ノワール、居るのですかー。」
「あ、フェルリさん。どうぞー。」
「おじゃまするのです。」
「今日フェルリが来たってことはもしかして…。」

フェルリはポーチから一枚のカードを取りだす。

「ほれノワール。これは私からの唯一にして最大のチャンスなのです。」
「これは……招待状!?それもダンスパーティーの!」
「ダンスパーティーですって!?私にも見せて御覧なさい!」
「私にも見せてよー!わ、すごい!高級感溢れるデザインがかっこいいわ!」
「恐らく、規模も相当なものと思われますね。
まさに夢のチケットと言っても過言ではないかと。」
「このダンスパーティーは毎年この時期にユリス帝国が行う祝祭なのです。
当然、帝国の各地から著名な人物が片っ端から出席するのです。」
「ってことは…このダンスパーティーの間が…
ジオさんに会えるチャンス、というわけなのですね。」
「その通りなのです。」
「日時は……一週間後の夜……」

ノワールはフェルリからもらったカードを見つめる。
このカード一枚で、ノワールのその後の人生が決まる……
決戦への道程ははっきりと見えた。

「ありがとうございますフェルリさん。私…きっとやってみせます。」
「うむ、楽しみにしているのです。」

ノワールはフェルリに感謝を述べるとともに、
改めて自分の決意の強さを表明した。

「ね、ねえフェルリ……私も行きたいな、なんて。」
「わたくしも行ってみたいですわ!なんとかなりませんの?」
「ヴィオラ様…それにリーゼロッテまで。だめなのです。」
「え〜〜なんで〜?」
「そうですわ!ノワールさんだけずるいですわ!」
「ダメと言ったらダメなのです。危険なのです。
ノワールは今回だけは特別ですが、本当は行かせたくないのです。」
「そ、そんなに危険なの……?」

実はこのパーティー、数十年前にある大事件があって以来、
警戒がかなり厳しくなってしまっているらしい。
下手をすると人魔問わず問答無用で消し飛ばされるとか……

「ま、城下町でも大規模な縁日が開かれるのです。
どうしてもと言うなら、縁日でも楽しんでくるといいのです。」
「まあ!それはそれで楽しそうですわ!」
「ということでノワちゃん、私達も途中まで御伴するわ。よろしくぅ。」
「あはは、私も縁日とか見てみたいかも。だけど目的はそっちじゃないからね。」
「縁日……私の着物コレクションが活躍する日が来たようですね。」
「まったく…暢気な奴らなのです。」


そして彼女たちは、次の一週間後を待ち望む。







……


………
 
 
 
 
 
ユリス帝国で年に一度開かれる『降誕祭』
この日は、遥か昔…帝国の礎を築いたエンジェルが地上に舞い降りた日とされている。
名称だけ聞くと教団の祭日だと思われがちだが、実はあまり関係ない。
エンジェルはその所業ゆえ、魔物からは『殺戮の天使』と言われているが、
この国ではこうして毎年祭りまで開かれるほどに人気がある。

当日、首都は隅から隅までお祭り騒ぎ。
道は無数の飾りで彩られ、所狭しと食べ物や見世物の屋台が立ち並ぶ。
魔物は禁止…という決まりもなく、人々と一緒に祭りを楽しんでいる
魔物娘達も数多く見受けられる。思っていた以上に開放的な祭りらしい。

ノワール達も特に何のチェックも受けずに悠々と門をくぐることが出来た。


「うわあぁ〜〜!!すごい盛り上がってる!!」
「もう見渡す限り人、人、人……それに魔物も結構いるね。」
「魔界のお祭りほどではありませんが、世界有数の規模ですわね。」
「はぐれないように気を付けなければいけませんね。」

既に空は夕焼けに染まりつつあるが、祭りの盛り上がりは衰えを見せない。
それどころかすでに一部では気が早い住人による酒盛りも行われている。
そんな人々の喧騒をかいくぐって、四人は首都の中心に聳える城に歩みを進める。
宮殿の規模は世界的に見ても飛びぬけて大きい方ではないが、
その分デザイン性を重視しているのか、遠目で見ても立派な宮殿であることが分かる。

まずは外門をくぐる。どうやら城の庭は一般開放されているらしく、
所々に並べられた机では人々が庭の景色を楽しみながら
宴会に興じている姿が見られる。

そして内門へ………ここから先は招待状を持っている者のみ、
つまりノワール一人で行くこととなる。


「じゃあみんな、行ってくるね。」
「絶対にゲットしてくるのよ!いいわね!」
「うん!」


仲間たちと別れ、宮殿内に歩みを進める。
まずは入口の女性衛兵に招待状を渡す。…確認はすぐに済み、中へ通された。

「な、なんていうか……、落ち着かないなぁ。」

宮殿の中は、ある意味外とは別世界だった。
威厳のありそうなローブを纏った男性やかっこいい鎧を着た騎士などが多数いて、
召使の男性達すらもきちっとした身なりを整え、完璧な動作を見せる。
魔物娘達にしてみればいい男漁りたい放題にしか見えない。
一方でその場にいる女性達も美しいドレスで着飾っていて、
誰もかれもが自分の魅力を十二分に引き立てる衣装に身を包んでいる。
ノワールも自宅でそれなりの衣装を着てきたが……

「一応、魔物も何人か入るのね。でもそれ以上に…エンジェルばっかりなんだけど。」

なんとなく周囲を見渡すと、たまに魔物の姿を見ることもできる。
それもサキュバスだったり妖狐だったり…だが、それ以上に奇妙なのは
見た目は人間なのに額に角が生えていた女性がいたこと。恐らくユニコーンだ。
そう、魔物もいるにはいるが、ほぼ全員が人化術をつかっているようだ。


「来たですねノワール。意外と早かったのです。」
「あ、フェルリさん……来てたんですね。
その、お目付役をしてくれるのですか?」
「残念ながら私はもうそろそろ別の場へ行かなければならないのです。
なのでここから先はこいつに面倒見てもらうのです。」

そう言ってフェルリはそばに控える青髪のエンジェルを指さす。

「はじめまして、リーリエです。リーちゃんって呼んで下さいね♪」
「リーちゃん?うん、よろしくね。」

エンジェルと面と向かって話すのは初めてのノワールだったが、
リーリエからは特に敵対心は感じられないので、自然に話すことが出来た。

「ではノワールさん、こちらです。」
「あ、私のことはノワちゃんでいいよ。」
「そうですか?では改めまして、ノワちゃんさん、こちらです。」
「ちゃんの後にさんってつけなくても……(汗」

リーリエに連れて来られたのは宮殿の一角にある何の変哲もない部屋だった。
恐らく外国の使節が来たときに使用する部屋なのだろう。

「フェルリさんからノワちゃんさんにこちらをお預かりしています。
なんでもご友人がオートクチュールで用意してくれたのだとか。」
「?」

ノワールはリーリエから包みを受け取ると、そそくさと荷ほどきをする
すると中から出てきたのは……

「………!す、すごい…!これは…ドレス!」

中から出てきたのは紅色が美しいドレスだった。
一応ノワールも家には何十着とドレスをもっているが、
このドレスはおそらく人間の舞踏会用に作ってあるのだろう、
ノワールが持っているドレスとはだいぶ趣が違い、
上品さを第一に考えた構造になっている。

と、ドレスと共に一枚の紙が入っていたのに気が付く。


ノワちゃんへ
師匠から聞いたわよ。ダンスパーティーに招待されたんですって。
でしたらこのドレスを着て行きなさい。シェラちゃん行きつけの、
ジョロウグモさんの呉服屋にたのんで、それなりのを作ってもらったわ。
このドレスならきっとあなたの美しさを最大限にまで引き出せるはずよ。
いい?ここまでやってあげたんだから絶対に戦果をあげてきなさい。
泣いても笑ってもこれが最後のチャンスなんだから。
自分に自信を持って、ノワちゃんらしく堂々としていればいいんだから。

応援、してるからね。


オデット



「オデっちゃん…私のためにこんなことまで……!」
「素晴らしいご友人をお持ちですね!羨ましいです!
ではそのご友人の好意を無にしないためにも、張りきって着付けしちゃいますよ!」

宮殿の外から鐘の音が鳴り響く……。
時刻は夜の7時。これから宴が始まる。








宮殿の中央にある大広間。今宵のダンスパーティーはこの場所で開かれる。
約8000人を収容できるとされるこの広間に、
ダンスパーティーのために着飾った人々によって溢れている。
500人を超える編成の楽団が優美な音楽を奏で、
天井の豪華なシャンデリアが、広間全体を真昼のような明るさに照らす。
それだけではなく、この場には無数のエンジェルも飛び交っており、
まさに地上に出現した天界と言うにふさわしい光景である。

そんな中、ジオは正装(といっても普段とあまり変わらない格好だが)で、
バルコニーの椅子に腰かけて、人々が楽しく踊る光景を見つめている。
自信が踊ろうとしないのは、高齢だからか…あるいは…


「ジオ…来てはいたのだな。」
「はっはっは、まあな。見ているだけでも楽しいものだ。」

彼と話しているのはこれまた老齢の男性……こちらはすでに髪のほとんどが白髪だ。
一応彼はまだ現役の政治家をしているが、ジオとは旧知の間柄でもある。

「ワシももう少し若ければ足腰がイカレるまで踊り通したものだがな。」
「ふむ、お互い歳を取ったものだ……と、この会話去年もしなかったか?」
「はて、そうだったかのう?わすれたわい!かっかっかっか!
まあよいわ。それにお主は引退したとはいえ一二曲くらい踊る体力はあるだろう?」
「……4年前までなら、そうしていたかもしれんな。」
「おいおい、こんな場で辛気臭い話はなしだっての。」
「そうかそうか…。だがな、この席から入口の扉を見ているとたまに思うのだ。
あの扉から私の心を奪うような何かがやってくるのではないかとな。」
「そう言えばお主の妻との慣れ染めは今日の様なダンスパーティーの最中だったっけな。」
「ああ…今でも忘れんな。美しく咲き誇る花々の中で、
たった1輪に目を奪われたあの衝撃……それからもう40年もたつのか。」
「まあ、感傷に浸るのもいいがたまには楽しんでいけよ。」


再びジオは一人で会場を眺めることになる。

と、なぜか会場の一部がにわかに騒がしくなったことに気が付く。
どうやら大広間の入口の方のようだ。
 
 
 
 
 
入口から一人の女性が入ってきた。
透き通るような白くきめ細やかな肌に麗しい銀の長髪、
それを引きたてるように着飾った上品な紅のドレス。
歩く姿は差ながら百合の様……まさに完璧な姿だった。

「だ、誰だろうあの女性(ひと)……」
「すごい…綺麗……。吸い込まれそう…」
「よほど高貴な方にちがいありませんね。」


誰もかれもが突然現れた謎の美女に釘づけになっている。
だが、その美女はどの男性にも目をくれることもなく、
ある1点だけも見据えて一直線に歩いていく。

そう…ジオがいるバルコニーまで一直線に。


「一曲……お相手していただけますか?」
「喜んでお相手いたしましょう。」

女性……ノワールが差し出した手に、ジオの手が重なる。
そして、手と手を取り合ったまま広間の中央に歩みを進めた。


「…ジオめ、踊る気がないとか言っておきながら、
あんな綺麗な娘と踊り始めるとは、一体どういう神経をしているんだ。」
「治部卿殿、嫉妬とは見苦しいですぞ。」
「べ、別に…ジオのことなんか羨ましくもなんとも思ってないんだからな!」
「じじいのツンデレは見苦しいだけじゃのう。」

先ほどジオと話していた政治家が仲間と漫才を繰り広げている横で、
楽団が一曲演奏し終え、次の輪舞曲を演奏し始める。
曲名は『目覚めを待つ春の翼』




ダンスホールのほぼ真ん中に姿を現したノワールとジオを見て
周囲からはどよめきのような歓声が巻き起こった。

「見て!先ほどの謎のお嬢様よ!」
「ジオどのも一緒ね…お二人とも、お知り合いかしら?」
「お二人で踊られるのでしょうか……素敵ですね!」


「なかなか人気のようですな。」
「ふふ…お互い様ですわ。」

二人でにっこりとほほ笑みながら、曲に合わせてステップを踏む。
ノワールにとっては慣れたことであるが、この場だと若干緊張する。
あって間もないにもかかわらず、二人の呼吸はぴったりで
次にどう動いてほしいのかが触れた部分から伝わってくるようだった。
ノワールの視界にはもう、ジオの顔しか映っていない。
周囲の好奇の目など感じてすらいなかった。
ただただ、何も深いことは考えず…円を描くようにステップを踏んでいく。






パチパチパチパチパチ

「…え、あら?」

曲が終わると同時に、そこかしこから拍手が沸き起こる。
ノワールはダンスに夢中で気がつかなかったが、
この時初めて、自分の周りに大勢の観客がいたことに気が付いて、
とたんに恥ずかしさがこみあげてきた。たちまち顔が赤く染まっていく。

「え、あ、あぅ…こ、こんなに見られるなんて……」
「ははは、それだけノワールさんが美しいという証拠だ。
さてさて…一曲だけだったが、久々に踊ったせいか少し疲れたな。
すまないが、休憩してもいいかね?」
「は、はいっ!!」

踊るだけ踊って、二人はそそくさとバルコニーに戻っていった。


「はっはっはっ、一曲だけとは言え本格的に踊ったのは久々だったな。」
「ごめんなさいね…無理させてしまったみたいで。」
「いやなに、それほど疲れてはおらんよ。
それに、そなたのような美しいお嬢さんと踊ることが出来て
思わず若返ったようだな。たのしかったよ。」
「そんな…美しいだなんて。ありがとうございます。」

二人はまだ手と手をつないだまま。
ノワールが放そうとしない。

「お、見よ。花火が上がる。」
「わあぁぁ〜〜きれ〜〜!!」

バルコニーから外を見ると、満月の空に大きな花火が咲き誇るのが見える。
きっと今頃シェラーナは大はしゃぎしているだろう。
夜空に上がる大輪の花火を無言で見つめる二人。
次のきっかけを作ったのはジオだ。


「そうだ……ノワールさん。少し散歩につきあってはくれないかね?」
「はい、喜んでお供します。」

ジオに誘われるまま、ノワールは大広間を後にして、宮殿の外へと足を運んだ。
だが、行く先は内門の方ではなく、どうやら宮殿の裏手のようだった。
徐々に祭りの喧騒が遠ざかり、簡素なアーチをくぐる。
途中で他とは少し違う重装備の衛兵に止められもしたが、
相手がジオだと分かると、一言二言交わした後通る許可を得られた。

前来た時はあまり分からなかったがどうやらこの都市は
元々やや小高い丘に作られたらしく、宮殿の裏には
ちょっとした傾斜の山が広がっていた。
この辺りには人影が殆ど無く、所々に神殿のような
小さい建物がいくつかあるだけである。


「さて、このような所でまたノワールさんと会えるとは思ってもいなかったな。」
「ふふふ…私、あの後どうしてもジオさん…
いえ、ジオバンニさんに会いたかったんですから。」
「はてはて…私は君に本名を教えていたかな?」
「いいえ、御迷惑かもしれませんが…あの後いろいろ調べてみたんです。」
「それでか、なるほどな。だが、そのおかげで
楽しく踊ることもできたし、こうしてゆっくり話す機会もできた。」
「はい。」
「それに…女性のステップを踏むのはいつ以来だったかな、はっはっはっはっは!」
「え、女性のステップって…あ、もしかして…!
わ、私…間違えて男性のステップ踏んでた!?うわ〜ん!私ったらなんてことを〜!!」

…やっぱり肝心なところでドジを踏んでしまったノワールだった。

「まあまあいいではないか。恐らくそなたは身近なダンスパーティーで、
後輩の女性と踊る時に男性ステップで相手してあげているのだろう。」
「あぅ…な、なんでわかるんですか!?」
「まあなんだ、私の妻がそうだったからな。」
「奥さんが……」

妻と言う単語に、ノワールの心はきゅっと絞られるように感じた。
しかしそれでも……彼女の決意は変わらない。

「さて、到着だ。」
「ここは…お墓ですか?」
「うむ…私の妻の墓だ。」

なんとなく察しはついていたが。

「すまんな、このような日にこのような所に連れてきてしまって。
だがな……今日は私と妻がであった日なのだ。」
「そう…なんですか。奥さんはどのような人だったんですか?」
「一言で言えば、鬼嫁だったな。」
「え!?」

意外な一言に、ノワールは目が点になった。

「そうだな、今から40年前の今日…まだ私が下っ端の将校だった頃だ。
そのときは会場の警備を任されていたのだが、
突然現れた華やかな女性が無理矢理私をダンス相手に指名したのだ。
それはそれはあっという間だったな。さんざん振り回した揚句、
『気に入ったわ!私と結婚しなさい!いいって言うまで逃がさないわよ!』
ときたものだ。まったくとんでもない女性だった。」
「あ…あはは、凄まじい人ですね。」

どことなく魔物娘みたいな性格だと思ってしまう。

「そんな妻だったが、私は自然に妻のことを愛していた。
色々と理不尽な仕打ちもされたが、今となってはいい思い出だ。」
「ふふ…なんだかんだで、お二人とも良い夫婦だったんでしょうね。
そうでなければ40年も結婚生活は続きませんから。」

ノワールはその場にしゃがみ、目線を墓標に合わせる。
『アリシスカ・ルートヴィヒ…ここに眠る』
その文字をしっかりと目に焼き付け、そして…

「アリシスカさん、はじめまして。ノワール・カース・ヴィケットと申します。
私からのお近付きの印にこの花を差し上げます。」

そう言って彼女は手からポンッと赤いチューリップを三本出すと、
アリシスカの墓標の前に捧げた。

「赤いチューリップか。」
「…お墓に添えるようなお花ではありませんが、
今丁度手元にありましたので、慰みになればと。」

実はこの赤いチューリップはリーゼロッテとシェラーナが、
告白する時に使うといいかもしれないと言ってくれたものだ。
赤いチューリップ…花言葉は『愛の告白』
この前言っていた小道具がこのような所で使われることになった。


「ありがとう…妻も喜んでくれるだろう。」
「はい、そうだといいのですが。」

しばらく、二人は無言でその場に立っていた。
祭りの喚声はここまではほとんど届かず、
花火もすでに終わっているようだ。
辺りは闇が作る静寂が支配する。


「さて、では戻るとしようか。あまりに遅いとみなが心配するからな。」



「待ってください…ジオさん!!」
「む、どうしたのかね…ノワールさん。」

月明かりに照らされたノワールの顔は、
まるで決死隊に志願するかのような真剣な顔つきで、
紅玉のような瞳がジオの目を見据える。


「ジオさん……!初めて会った時から…あなたのことが…好きでした!!」
「………なんと。」
「ジオさんが…いけないんですよ!あのとき私に……あんなに優しくしてくれて…
そのせいで寝ても覚めてもジオさんのことしか考えられなくなっちゃったんです!
だから…その……私と、結婚を前提にお付き合いして下さい……。
受け入れてもらえるまで、私は……この手を絶対に離しませんから…。」

ノワールの両手が、ジオの手を力強く包み込む。
ノワールもジオも、どこにも逃げ場はなかった。

「…なぜだ?」
「……ぇ?」
「そなたはヴァンパイア…。その気になれば、いつでも
私のことを襲えたはずだ。なのにどうして……そのような
嬉しいことを言ってくれるのだ!!」

先ほどまで硬かったジオの表情が、まるで花が咲いたように柔らかくなる。

「だ……だって!私はまず…ジオさんに私の気持ちを受け取ってほしかったの!
っていうかどうして私のこと…ヴァンパイアだってわかったんですか!?」
「うむ…初めはリリムかと思ったんだが、あれだけ陽に弱いところを見ると
やはりヴァンパイアに違いないだろうと思ってな。」
「ありゃ…あのときからすでに分かってたんですね。
ふふふ、何か今まで悩んでたことがバカバカしくなっちゃっいました。」
「なやんだ?意外と悩みがなさそうなヴァンパイアだと思っていたのだが。」
「ちょっ……酷いですよ、もう!」

ばふっ


ノワールは何のためらいもなく、ジオの懐に抱きついた。
今まで水面下で我慢していた欲情が、徐々に抑えきれなくなってきている。

「ねぇ、ジオさんは…私のこと、ヴァンパイアだって知ってて
それでも私にこんなに優しくしてくれたんだから…覚悟はできてるよね♪」
「ふっ…まあな。」
「だったら……これからはずっと、私だけの紳士でいて下さいね。」
「承知した。こんな老体でよければ。」
「…受け入れてくれて、ありがとう。凄く嬉しい。
あなたを…誰よりも、一番… …愛しています。」

そしてノワールは、ジオの腕にギュッと抱きしめられ
愛する人のぬくもりを感じながら……


かぷっ♪

その首筋に、所有の烙印を刻んだ。

 
 
 
 
 
 
 
あなたは私の全て
でも、私はあなたの人生の一部でしかない

続きがある……
12/07/01 15:14更新 / バーソロミュ

■作者メッセージ
皆様ご機嫌よう。日に日に暑くなり、サハギンの肌が恋しい季節になりましたが、
皆様はいかがお過ごしでしょうか?

今回の短編は前々から要望があった、ヴァンパイアの
ノワール・カース・ヴィケット…通称ノワちゃんのお話です。
山なしオチなしと中途半端かもしれませんが。
元々彼女は私の別の連載『ラジオ:スーパー・クレールヘン・シスターズ』に
読者から投稿がありました独自キャラです。
そして本格的に登場したのがまた別の連載『あなたがほしい』にて。
主人公のリリムヴィオラートをサポートして、ボケと突っ込み両方を担当しています。
初めのうちはキャラの方向性が不明確で迷走しがちでしたが、
連星で使っていくうちに徐々に方向性が定まり、
今ようやく彼女の物語が短編として日の目を見ることになりました。
よかったねノワちゃん。

また、ノワちゃんは見た目リリムに近い感じなのですが、
どう育ったのか作者も不明ですが穏やかでお人好しという、
珍妙なヴァンパイアで、今回の短編を読んでいても
ヴァンパイアらしさが一切感じられないのではないかと思います。
それが果たしてここのサイト的にOKなのかNGなのかは分かりませんが、
もしかしたら読者の中には「もっとヴァンパイアらしさを出すべき」と
おっしゃるかたもいるかもしれません。
ですが「ヴァンパイアなのにヴァンパイアしてない」というのが
ノワちゃんの一番の個性であり、魅力だとも思っています。
一体首筋にかぶりつくまでにどれだけの時間がかかってるのやら……


そして、今回はノワちゃんだけではなく、
既に連載を終えている親友ヴィオラートを始め、
彼女を取り巻く親友もここぞとばかりに出てきます。
正直、友達たちの個性が強すぎて、若干ノワールの影が
うすくなってしまったかもしれませんが…まあ、ノワール自体
仲間内で調整の役割をしているので仕方ない。
そしてフェルリは………本当に便利なキャラです。
いつかは彼女の話も書いてみたいものです。


さて、最近は新種『ダンピール』の登場によって
ヴァンパイアの扱いに若干変化が出てきたかもしれません。
ただ、残念ながらノワちゃんの話にはダンピールが一切かかわらないので
そっち方面を期待していた人には…まあ、御免なさいとしか。
ヴァンパイアの扱いがどう変わっていくのか、
個人的には若干楽しみです。


長々と書きましたが、今回はこれにて。
ではまた別の作品で。ごきげんよう。

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