連載小説
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……そうか、大した奴だな

「え、あの、お金じゃない、って」


 突然の発言にガーレイが少し焦ったように反芻する。
 ミツネお得意の胡散臭い言い回しに慣れていない反応としては至極当然の返し方だった。
 表出するかしないかはともかく、相当の観察眼が無いと焦らない方がおかしいだろう。
「ふふ、そう、お金じゃない形」 
 が、こいつが一番好む反応でもあるな、と私は次の彼女の手を考える。
 その最中、当の本人はそれをさらに鸚鵡返しした。
 中身を告げないだろうとは思っていたにせよ予想通りの大筋に、思わず溜息が出てしまう。
 ミツネの性格からして悪意はないのだろうが、された方はというと眉をしかめている。
 まぁそうだろうな、いきなりの発言に彼女特有の胡散臭さも入っているのだから。
 正直を言えば困ったような姿はもっと見ておきたかったものの。
「……で、何を頼みたいんだ、ミツネ?」
 この煙巻き狐に見せてやる道理もないので助けを出す。

「あら流石、シェールちゃんは飲み込みが早いわ」


 するとこいつは尻尾を揺らし言葉を区切る、内容は言わない辺りいつもながらの回りくどさだった。
 意地でも自分からは教えないとでも言いたげだ。
 語らうには面白い性格ではあるがこういう場面ではほとほと、まったく。
「、で……何が依頼だ?」
 いい加減面倒になってきた私は、再び直球で訊く。
 今度は半ば睨みつけるような形相もつける、おまけお得が大好きなこいつなら大喜びだろう。
 つけられる大元どうこうという文句は受け付けないがな。

「んぁあんもぅそんなに怖い顔しないでって、何て事なくいつも通り頼みたいだけ、よ?」


 果たしてそれは功を奏したらしく、体を抱くようにして震えた後ミツネはそのように白状する。
 だが懲りていないのは媚びるようなポーズとわざとらしい困ったような声音が証明していた。
 それを抜きにしても説明してみせたであり説明した、でないのがまったく……こいつは。

「っハァ……」


 流石に付き合いきれなくなり、睨むことすらやめて見せつけるように息を吐く。
 本題に入れと彼女に告げるのは、覚えてる限りこれが一番だった。

「……冗談、届けて欲しいものがあるだけよ、だからそれは流石にやめて、ね?」

「最初からそう言え」


 この場でもとりあえずは効いたようで、ミツネは肩をすくめると尻尾をゆらゆらと揺らしてその先に掌を添える。
 やっとかと思いながらも何をするか気になっていると、小さな封筒が彼女の手にぽとりと落ちた。
 届けものとはあれだろうか?
 見ればゴツゴツした物が入っているのが一目で分かる膨らみ、封筒に入れるのは似合わないその形は、どうやら石のようだ。
「それか?石か何かに見えるが」
 なんとなく訊いてみて、直後、私にしてはやや衝動的な行動をからかわれると覚悟する。
 ミツネは私だろうと容赦ないからだ。

「ん、大当ったり〜!」
 が、予想に反して彼女は上機嫌に答えると。


「でーもーただの石ではありませんっ。色々いじった特注品でまぁ一見ただの石、されどその手の事が出来る人には色々お役立ちな一品っ!その分けっこーう手間だったけど、お友達からの願いだから頑張って作って……」


私達の座るテーブルに封筒を置くと、代わりとばかりに語り始めるのだった。
 人をからかったりいじったりする時よりも遙かに楽しそうに輝いているその目はまるで子供のようだ。
 
「でー、お湯を暖かいまんまにしておけるようなのにはならないかって」

 
 ……あぁそうか、人に何かを説明、いや、話をする事が好きだったなミツネは。
 当の本人の話を軽く聞き流しながらそう思いつつ、ちらとガーレイの方を私は見る。
 さっきから黙っている、私より困っているからだろうと何となく思っていたからだ。

「はは……そ、そうなんですか」


 うん、予想通りの苦笑い。
 さもありなんというところだが、しかしながら苦笑いで済ます大人びて見える対応も好みだな?

「でね、その方が両方お客も来るって」


 等と頭の片隅で考えていると、まだまだ止まらないミツネの声が入ってくる。
 楽しんでいるのを止めるのは割と本気で申し訳ないが。

「……あぁミツネ、そこまでだ。楽しそうな所悪いが場所を教えてもらえるか?」

「ん……そう、そうよね、教えるわ」


 そこはそれと割り切り、話の腰を折らせてもらう。
 届け物というのなら受け取り主を教えてもらわねば、だ。



…………………………

 そこからはまぁ、仕事の雰囲気になったミツネが真面目に色々と話してくれたおかげもあり。

「と言うことで。んじゃっ、お願いねー二人とも!」
「ああ」
「はい、分かりました!」
「頑張ってねー!」


 見送られながらすっきりと出発できたのだった。



…………………………

 それから私達はしばらく、他愛もない話をしながら歩いていたのだが。

「……そういえば、シェールさん」


 日がゆっくりと傾き歩く道にも飽きようという頃、横合いから微妙な声音がかけられた。
 思い出したようでいてずっと気になっていた事を聞くようでもある声だ。
「うん?どうしたガーレイ」
 それが少し気になって、立ち止まり振り向く。
 見えた顔はやや傾き眉を寄せていた、質問をしたいんだなと直ぐに分かった。
 

「いつものってミツネさん言ってましたけど、シェールさんの仕事って」


「……ん、あぁ?お前にはまだ言っていなかったか」


 分かった、もののその内容が予想外だったので、私はつい目を丸くしてしまった。
 というのも同棲どうこうを言って酒も一緒に飲んだからてっきり話したつもりでいたのだ。
 よもや言ってなかったとは……とはいえ、どう説明を?まぁ適当にするか。
「あーざっくり言うとな」
「ぁ、はい」
 そんな風に考え説明を始める、とガーレイは意外に食いついてきた。
 興味はあるのだろうとは思っていたが、適当に置いた一拍に差し込む程とは思ってなかったので少し驚きですらある。
 同時にそれ程の関心を嬉しくも思ったものの、疑問を覚えてかまばたきを多くする彼に少々悪戯心が刺激されたので。


「……いや折角だ、当ててみるか?」

「え?」

「暇つぶしだ、他に話題も見つからないから折角なら長話をと、な」


 私は敢えて問いを投げてみた。
 流石に不足らしく疑問符を浮かべられたから、最後の方にもっともらしい理由も添えてだ。
 ちょっとわざとらしすぎるかと思ったが……
「あぁ、なるほど」
 ガーレイは納得したように頷いた。
 適当に考えた大したことのない理由でも彼はそれで構わなかったようだ。
「ん、で、だ……どうだ?外してもいいし、何度でも答えてくれて良いぞ」
 良かった、と内心安堵しながら念押しにルールを付け加える。
 言い始めがややもたついたのはきっと、すんなり行ったのが少しだけ予想外だったからだろうと思う。
 正直言うと、もっとそこもつついて貰ってちょこちょこ時間稼ぎしたかったんだが……

「じゃあ、うーん」


 ともあれ、と首を捻って唸るガーレイを見て切り替える、付け加えにも承諾したということで良さそうだな。
 しかし、ふむ。
 腕を組んで顔をどこかに向けて知恵を絞る様子は、色眼鏡が入っているかもしれないが中々様になって見える。
 何がとは言えないが、知的な感じを……いや、優しそうな目元がそう見えただけか?
「……運び屋、ですか?」
 と、早速来たか。
 色々と思うところのある答えだが……

「外れてはいない、が当たってもいないというところだな」


 思考を隠すように私はわざと曖昧に返す。
 万が一にも悟られたら、考える邪魔になってしまう。
 二つの人を考えると絡まって面倒になるものだから、それは避けたかった。
「そう、ですか……それじゃあ」
 と、ガーレイが再び考えを巡らせる姿勢をとる。
 考える顔は真剣そのもの、話しかけると邪魔になりそうだと思うくらいだ。

「ふ……」


 ならば私も私で答えについて考える事にしよう、と歩きながら虚空に目を移す。

 確か運び屋と言ったか……返した言葉通り悪くない答えだったな。
 場に即した安直なものと言い換えてしまえばそれまででもあったが。

「じゃあ傭兵っていうのは、どうですか?」


 と、次は意外と早いな。
 やや自信なさげではあるが正解にしてやってもいいくらいに近い、が、しかし。

「ほぅ、それは何故だ?」

「え?どうしてって」

「理由だよ、考えたなら根拠があるだろう?」

「理由……」


 敢えて明言を避け、私は理由を訊いてみた。
 正解だと言ってしまっているようなものだが、話すことが目的なのでそこはどうでもいい。
 そもそもそうしなければ話が終わってしまうかもしれないし、それは面倒だし困ってしまうからな。
 それに実を言えば、傭兵というのは中々に鋭かったから理由に期待していたのもあった。

 さて、とガーレイを見るが未だその姿勢は考えるもの。
 意外に長い思考時間、さっきまでが特別早かっただけか?と首を傾げてしまう私だったが。
「えぇと、想像でもいいですか?」
 頭の回りが良さそうだというのは思い違いではなかったらしい、と断りを入れてくる彼に嬉しく思う。
 それもあり、構わないぞとつい即答してしまった。
 どうということはないはずだが、意識すると少しばかり恥ずかしいな?

「……ラスティさんがシェールさんに俺の事を頼んだのが気になったんです。いきなり来た人を、預けるなんて」

 
 等と考えていると彼は真剣な顔で口を開く。
 それは考え次第ではなかなか面白そうな答えだった。

「ほぅ、だが単なる信頼だったり私がワイバーンだから都合がよかっただけかもしれないぞ?」


 しかし肝心なのはそこだ、と冷静な部分が言うが実の所面白いものであって欲しい。
「それは、そうですけど……」
 そう思っての返答はしかし、言い方が意地悪過ぎたかガーレイを押し黙らせてしまった。
 だが不満を微かに訴える目や口元を見るに続きはあるようだし、ふらふらとさまよう視線にもそれは表れていた。
「悪かった、続けてくれ。あぁは言ったが正直興味がある」
 もとより私は意地悪するつもりはなかったので、まずは謝る。
 それに続きも気になったから、素直にそう聞いてみることにした。
 
「じゃあ……んっ」


 すると彼は、喜色を顔面に一瞬だけ滲ませた後、誤魔化すように一つ置いた。
 直後さっと視線を逸らしたのはきっと恥ずかしかったからだろうが……可愛いものだ、また何とも、いい。

「ラスティさんって、国の人間じゃないですか」

「うん?国の人間、とはどういう?」


 と考えるうちに来た言葉に、また反射的に聞き返してしまう。
 先程のこともあり、質問返しはまずいかと思ったが。 
「えぇと、国に仕える騎士ってことです」
 彼は今回、そう間を空けずに答えてくれた。
 幸運なことだ……これならば幾分か安心して質問が出来る。


「ん。……ん、騎士?その騎士とどう関係がある?」

「何というのか、自分勝手な理由だけで人を預けないというか、信頼しているから以外にも何か……」

「ほぅ、というといつも頼みをしているからその延長上と、そういったところか?」

「えぇまぁ、そんな感じです」


 しかも嬉しい事に、そこからの話にも淀みはなかった。
 大分考えていたかそれともすっと口が動いたか、どちらにせよガーレイは話すのが割と得意なようだ。 
 私も苦手というほどではないにせよ……というより、あれは意地悪が過ぎただけでもあるか。
 
「……なるほどな」
 と、今は考える場ではない。
 そう思考を切った私は、腕を組んで目を閉じ、考え込むような姿勢を取った。
 理由は簡単、ガーレイの推測はほとんど完璧と言ってよかったからだ。
 それで何故そう言う格好を取るかと言えば……まぁどうということもない、簡単に答えられて少々複雑だったのと、理由の出し方に正直舌を巻いたのを隠すための姿勢というやつである。
 我ながら子供じみている、素直に褒めればいいだろうに。
 そう、自嘲する。
 しかしながら黙ってはまたネタが無くなるし、彼なら少々意地悪くしても大丈夫そうだとも思った私は、この際あれを聞いてみるのもありか?と彼に声をかけることにした。

「正解だ、しかしガーレイ」

「えっ、な、何です?」


 と、返ってきたのは少し緊張気味の声。
 その反応に、なんてことはないちょっとした質問のためなのだがな、とつい息を漏らしそうになる。
「あいや、そう身構える事じゃないんだ。ただ呼ばれ方が少し違うからな、折角だし当ててみないか、とな?」
 が、まぁいいこれも微笑ましいか、と済ませて私は続けた。
「あ、あぁー、確かにちょっと硬いですよね、傭兵じゃ。よし、やってみます」
 それを聞いたガーレイは同意するように頷くと、顔をキュッと締める。
 眉が少しの間だけきゅっと締まった様子を言葉にするなら、気合いが入った、というのが似合うだろう。
「っふふ……あぁ、頑張れ?」
 似合うのだが、私は笑みを浮かべてしまう。
 その左手は表すように握り込まれ、口の端も緩やかに持ち上がっていたからだ、彼が気づいているかは分からないが。
 
「じゃあ、何だろう……」

「はは、なんだ。考えるのは良いが歩きながらにな。届けるなら早い方が良いだろうしな」


 しかし真剣な表情なんだ、自然と出たならそれはもう楽しいんだろうし茶化すことではないな。
 そう思考を締めくくって、彼の返事と足音を聞いてから私は歩き出す。


 ちらと彼方を見やれば木々の間から見えるは木造の屋根。
 どうやら目的の場所まではそう遠くなさそうだ。



…………………………

「ふふ、残念だがさんが要らない……と、到着か?悪いがガーレイ、ここまでだな」

「まぁ、ほぼ正解か」

「っくく、そう肩を落とすなよ」
 

 そしてあれから、お助け屋さんという何とも可愛らしい、それでいて限りなく正解に近い答えが出た頃。
 私達は目的の場所なのだろう場所の前に辿り着いていた。
 ミツネから聞いた通りの造りは、この場所で間違っていないはずだ。
 ……しかし。

「なんと、まぁ」

 
 目の前のそれに、声が漏れてしまう。 
 全て木造、一目見ただけで言い切るのは良くないが、そう思うに十分な建物がそこにはあった。
 見上げる形になるその大きさはかなり、ある。
 有り得ない話だが、旧世代の姿で打ち壊そうとしてもかなり掛かりそうだ。
 何に使うのかは知らないが、少なくともただの住処ではないだろうことは明らかだった。
 正面から見ているし扉も開いていなかったから奥行きの方は分からなかったが、それを置いても立派と言える。
 その威容たるや私だけでなく隣のガーレイも見上げて口を開きっぱなしにするほど、もはや屋敷と呼んでいいくらいではないだろうか。

「ぉおぉこれは、ん……え?」

「……やはり、お前もこれが気になるか?」

「え、あはい、まぁ」


 それだけに、と同じく気になったらしい彼と共にその物体を見る。
 つい腕を組んでしまったが、きっと彼も同じ事を考えているに違いなかった。
 それだけにどさっと積まれた石は異物でしかない、と。

「何、なんでしょうね、これ」

「さぁ、な」


 ガーレイが困ったように口にする。
 何とか言って欲しい、そんな気持ちが伺える表情はなんとかしてやりたかったが、同じく私も困惑するしかなかった。
 しかし仕方がないだろう、と腕を解き小さい息を吐く。
 山のよう、を辛うじて潜り抜ける程度の石達を相手にしては……ん?

「……うん?」
 
 
 ここで、ある事が気になり顔をそれに近づける。
 というのも、その道には詳しくないから形の名前は知らないが、一つ一つがきっちりした四角になっていたからだ。
 それに色もそれぞれあり、何というのか、鈍色の塊に混じる粒が同じ色ではないというのだろうか。
 ただの石と呼ぶには何か違うこれは、いや……もし、そうなら何故こんな?
「石材……けど何で、捨てるならまだしも、いや」
 ガーレイも同じ所に至ったらしく色々と呟いていく。
 見れば顎に指を添えて考える姿勢、となれば道中で分かったあの思考には期待したい所だった。
 なら邪魔するのは悪いか、そう締めこっちはこっちでと更に顔を近づける。 
 見えるものはどうせ石、しかしこうして見続ければ少しは何かこう、あるだろう。
 

ふらん、ふらん。


 と思い始めたその時だった。
 突如として目の前を、紅色が視線を断ち切るように何回か上下に通り過ぎたのは。

「っ、ん」


 かと思えばそれは、目を向けてやるとぴたりと止まった。
 お陰ではっきり見えた、カチカチと鳴るそれは丸みがありとげがついていて……しかしこんなところにただの蟹は居ない。
 ならキャンサーか、と私は顔を鋏の根元へ向ける。

「……ぉ、ん?」

 しかしちょっと低めの身長だったので、私は視界を下げた。
 すると見えたのはいかにも堅そうな紅色。
 その甲殻は赤というよりは紅で、どことなく暗いくすみを持っているのが特徴的である。
 うん、思っていた色程明るい赤ではないが間違いないな。
 そう確信しつつ、視界に柔らかそうな肌色が多く入るよう顔を動かしていく。
「んー」
 そこにあるのは裏腹な華奢な肢体とキャンサーらしい表情だった。 
 蟹の動きに釣られてか、上半身をふらぁりとゆっくり左右に揺られている。

「んー、んー……」


 その動きを何となく目で追いそうになりながら、ふらぁりふらりと揺れる頭を見る。
 何も思ってない訳でないのは知っているが、やはりというべきか何とも言えない表情だった。
 そう言えば、彼女の種族は下半身の動きで感情が出るんだったか……?
 ともあれこれはさて、どう声をかけようか?

「あの」


 等と考えているとキャンサーが揺れるのを止めてゆっくりと口を開いた。
 相変わらぬ表情からは何を話すか予想できないが……ありがたい。
 何にせよ、あちらから話してくれたならきっかけになる。

 そう思っていたのだが、


「どろぼう、だめだよ?」


 カチカチという妙に響いて感じる鋏の音と共に聞こえた言葉には、流石に口を開けざるを得なかった。

 

…………………………

 とまぁ、口火は何とも酷かったのだが。


「へー、じゃあえと、ごめんだね」

「あぁいや、私達も悪かったよ。探したり、声ぐらいかけたりはするべきだったな」

「つい忘れてましたね……」
 

 ここへ来た用件とあの石を見ていた訳を話したところ、そう拗れずに済んでいた。
 元より誤解だったというのがあったかもしれないが、彼女、ニカ・メーリエというらしいキャンサーが話せば分かる少女だったのもあるだろう。 

 「でも、だったら、ミツネさんからの届け物があるってこと?」

 
 と、そのニカが口を開く。
 相変わらない顔だが縦に長い蟹の目の開閉は少し早かった。
 気づいたことだが彼女、不思議がれば蟹の目がパチパチと動くし、感じることがあれば脚もコトコトと地面を良く鳴らしたりもする。
 それも入れての触れ合ってみた感想は、案外ある程度なら感情を読み取るのに苦労はしないのかもなという所か。

 「あぁえーと、ガーレイ?」

 等と考えながらガーレイの方を向く。
 あの小さな紙袋を持ち運ぶだけのポーチなり何なりは無かったので彼に預けていたからである、というのも手が手なだけに長々と持つのは苦労してしまうからだ。
 ……勝手な話だとは思うがまぁ、ミツネが悪いさミツネが。

「へ、あこれですね、どうぞ」


 等と酷いことを心で言いながら私は、石山を見ていた彼からそれを貰いニカに手渡す。
 受け取った彼女の反応は、へーほーあったかい、と単調な言葉と共に瞬きを数回。
 そして細長い脚でカタカタと足踏みを何回かだった。
 目元までゆるんで見えるから、どうやらあの石は相当に嬉しいものだったらしい。
 だがあの石をどう使う?いや気になったなら、か。
「しかし、それは何に使うんだ?」
 そう思い尋ねる。
 するとニカは鋏をカチッカチッと鳴らし、振り向くと建物の扉を開けたのだった。

「んー……うん、じゃあこっち来て」



…………………………

「……これを、あっためたままにするのに使うの。どうしても無理だったから、ミツネさんにお願いしてた」


 爪先を生温い湯のような水に突っ込みつつ、ニカの説明に頷く。
 彼女の説明を適当に纏めると、大体はミツネの言っていた通りだった。
 まず今私達が居るのは建物内の大きな空間で、そこには四角く集められた石の塊がいくつかある。
 と難しく言うとそうなるが、これはまぁ要するに湯船だった。
 門の前に詰められていた石とそっくりなのが積み重なって出来ており、そこに生温い水が竹筒を通して注ぎ込まれていく作りになっている。
 それであの石は、微温湯を丁度良くするための色々材料ということだったらしい。
 そうなると予想出来るだろうがニカは、石を使って風呂屋をしようと思っているとの事だった。

「なるほど、な」


 温い水から爪を抜く。
 この温さも、あの石を色々あれそれすれば風呂に使えるくらいの暖かさにすることが出来るという。
 熱いままにとミツネは言っていたが、ニカの話だと暖める事にも使えるようだ……そこは流石の五尾である。
 ちなみにあれそれというのも説明は受けたが、途中までで何だか聞く気が失せてしまったので覚えてはいない。
 だから、するとその石を何か?水の中に突っ込めばどうにかなるのか?と聞くと彼女は、そうしても良いけど、と部屋の角の方へと歩いていき、ここ、と石壁のある一点を蟹鋏と指で示した。

「うん……?」


 その一点を見る、やや窪んでいた。
 加えて少しだけ濡れているように見えて……ほう、と少しだけ息を漏らす。
 凝視すると本当に丸の底を、撫でるようにするすると水が流れていたからだ。
 何というのだろう、ジパングで言うワビサビ、とかいうのだったかを感じる。


「んっ、ん……んうぅ」


 などと考えていると、そんな声が目の前から聞こえる。
「うん?」
 何事と見れば、ニカが一生懸命に先程示した窪みに石を嵌め込もうと手を伸ばしていた。
 んっ、んっし、と手を伸ばす姿は見ている分には何とも小動物的である、が。
 もう少しで届きそうではあるが、届かないだろうなぁとも思う微妙な距離でもあった。
 無論、ずっと見ているのは忍びないから手を貸すぞと受け取り、嵌め込もうとする。

「ん、うぅ……ん?」


 が、左右の爪で挟んだまでは良かったものの上手く行かない。
 というのもこの穴思っていたより長く大きく、奥まで押し込まなければいけなかった。
 ニカなら指を伸ばして押し込めたろうが……どうにかするとなると窪みそのものが無くなってしまう、さてどうするか。
 尻尾は、けれど目線の高さで正確に押し込めるか?
「ん……」
 等と考えながらコ、コッと強引に押し込もうとし、やめる。
 頭を冷やそうと思ったからだったのだが……ハッとなって私は振り向き、つい笑ってしまった。
 そうだ居るじゃないか、こっちを見ながら首を傾げているガーレイが。

 
「ガーレイ、頼みたい事があるんだが」

「あ、はい」


 そう思い彼を呼ぶと、すぐにこちらに歩いてきた。
 手伝いそうにしていたからかその足取りは何だか軽い……やる気があるのは良いことだな。
 嬉しく思いながら観察する、私より少し低いくらいの身長は問題なく行けそうだった。

「これをこの窪みに嵌めて欲しいんだ。この爪では少しその、な。見ていたなら分かるだろう?」  

「お……あぁ、成程。じゃあ、やってみます」


 そう思いながら説明すると彼は、石と窪みで視線を往復させて頷く。
「……」
 そして窪みの前に立ち、一回手元を見つめた後それを伸ばしていき。


コ、ゴトッ…………


「っと、これで良いんですかね?」


 何事も無く終えて振り向くのだった。
 手が離されても落ちてこないのを考えるに上手くいったらしい。
「あぁ、恐らくな。と、ご苦労さまだ」
 肩の荷が降りたような感覚に、ホッとしつつ礼を言う。
 自分に出来ない事をさらりとやられたのを少々こそばゆく思いながら。

「さて……どうなるんだ?」


 そうして一息ついた私は振り返って、ニカに問う。
「えっと、ありがとう。少し外で待ってて」
 対する彼女はカトコトッと小気味よく床を鳴らしていた。
 流れ落ちた水に触れ、それでも上機嫌そうな辺りやはり上手く行っているのは間違いないだろう。
 しかしながらこれで全てが終わったのだろうか?
「ん……?」
 何か出来ることがあるなら別に構わないし、言ってくれて構わないのだがな。
 腕組みしつつ、そんな思いでニカを見る。
「…………待ってて、良いよ?」
 が、しかし彼女の返事は素っ気ない。
 蟹の目はまばたきをしているし、本気で不思議に思っているらしかった。
 けれどもどうも呆気ない感じがしていたから、何か手伝える事はないのか?という言葉が口をつついて出る。
 
「あ、わかりました。じゃあ行きましょう、シェールさん」


 が、その前にガーレイが手を挙げて答えてしまった。
 それも明るい、何も疑問に思ってないような声音。
「うん、待ってて。出来たら呼ぶから」
 すると当然ながらニカも鋏を振って返事をする。
 こうなると参ってしまう、というのも流れに逆らってまで訊く気にはなれないからだ……ちっ、しょうがない。
 「あぁ分かった、じゃあ待っておくさ」
 観念した私はそう言うと、大人しく外に出ることにしたのだった。



…………………………

「……」


 まったく。
 木造りの壁を背にしながら、腕を組み考える。
 最初の頃は別にもっと頼ってくれていいのに、と文句を頭の中で言っていた。
 とはいえ待っててと言われたのだから待つ。
 その間聞こえてくるのは揺らされる木々と風の音、そして石山を見て何か考えるガーレイの唸り声だ。
 肌寒いという程でもない風と合わさって、心地いい環境音となり私を冷静にさせてくれた。
 

「……いや」


 そうなってからまたしばらく少し考えてみると、ニカの行動は分からないでもないと思えた。
 というのも、ミツネがあの石を説明するとき、その手の事が出来る奴にはお役立ちだとか何とか言っていたのを思い出したからだ。
 そしてその手の事というとあいつの種族からして恐らくは魔法の類、となると集中力が要るのかもしれない。
 私には不得意な方面だが仮にも魔物娘、少しは会得しているしその気持ちも分かった。
 風を読むだとか遠くまで感じるだとか、ほとんどが無意識的なものをより精度を高める為に使ったものの、一度だけ風魔法紛いを使おうとした事があるからだ。
 結局、その時は魔力を宿して翼で起こした風に火の玉を吐いて済ませたのだが……成程。
 確かに要るだろう、となるとほぼ初対面の私達が居ると邪魔なのも分かる事だな。
 しかし、となると気になるのは。

「なぁ、ガーレイ」


 声をかける。
 かけられた側は、へ、何です?と空からこちらに視線を移してきた。
 不意を突かれたような間の抜けた声に少し笑ってしまいそうになったが、それはまぁいい。
 今一番気になっていることはそうではなく、ニカの外に行って欲しいという意味が分かっていたのかということだ。
 だからそういうようなことを聞いてみたのだが。
 
「え、まぁ少しは。ミツネさんがその手のどうのって言ってましたし」

「……そうか、大した奴だな」

「え……!?って、そんなこと言ってもすぐに手を貸したシェールさんの方が俺は凄いなって思いますよ?」

「そうか?」

「だって、俺はそういうのちょっと遠慮しちゃいますし……」

「ん、そうなのか」 
 

 中々に長い会話になったのだった。
 大した奴だと言われて赤くなりそっぽを向いたりは目の保養として中々良かったが……正直返ってきた答えには驚かされる。
 私も到ったとはいえあの場でそれを考えつくとは。
 ここに来る途中も思ったことではあるもののやはりガーレイ、可愛い顔をしてそれなり以上に頭が回るようだ。
 

「それに、それだけじゃないですしね」

 
 と考えていると、更に続いた。
 またまた気になってくる言葉は、しかしどう転がるにせよ面白そうな話だ。
 「ほぅ?」
 聞かない手はないな……そう期待して耳を傾ける。


        コン、コッコン



 しかしその耳は。

「おふろ、出来たー」

 無機質ながら暖かみのある木の叩かれる音と、ニカの無感情ながらもどこか嬉しそうな声に持っていかれてしまったのだった。

「あ」

「ん……出来てしまったようだな。あぁ!分かった!入っていいのか!」

「うんー。もしかしたら、着替え持ってきた方が良い、かも」

「ほう!それは期待するからな」


 こっちもこっちで気になるのでとりあえず会話して、その後ガーレイの方を向いたのだが……

「えと、その」


 タイミングを逃したからか彼は恥ずかしげに視線を落としていた。
 その気が削がれたともいう奴だろうか?

「あーなんだ、この話は後にしよう。今はニカの風呂を楽しみにさせてもらうとしないか?」


 なら無理に聞く事もないだろう、とも思った私はそう提案する。
 
「まぁ、ですね。ちょっと時間も良い頃みたいですし」


 対するガーレイは、少しだけ逡巡を見せたがすぐに顔を上げて笑う。
 彼の言う通り辺りはもう夕やけだった。
 ならばと気持ちを切り替え歩き出す。

「あぁ、では着替えを取ってくるぞニカ!」
 
 
 彼の続きが気にならない訳ではなかったが、今は風呂の方が楽しみだったからだ。
 何だかんだ言ってミツネの魔法技術は信用しているのだし、奴が絡めばその手は失敗など有り得んのだしな。
16/09/30 22:43更新 / GARU
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■作者メッセージ
随分と待たせたようだな!
べ、別に黄昏の空で錬金術士をやってたから遅れた訳じゃないんだからね!
出てきたワイバーンにビクンビクンしてたわけでもないんだからね!

……ハイ、もっと早く仕上げられるようになりたいですね。

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