連載小説
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共闘、ならび死闘
そこはとても広い空き地だった。
手入れもさていないだろう、伸びきった草。
硬そうな道とは違う、土の地面。
そして数本の木。
周りを塀に囲まれ、その一箇所だけが砕かれている。
おそらく…これは…。
ユウタに初めて出会ったところの近くだろう。
あの夜、ユウタを襲って撃退されてたときに砕かれたものだろう。
他の誰でもない、目の前の女性が砕いた跡だろう。
貼り付けたような笑みを浮かべる、破滅的なほどに美しい彼女が。
目の前の彼女。
飛んでいる私に攻撃をしてここへと誘導してきた。
空を飛ぶヴァンパイアに対して空に飛び出し、私を打ち落としてきた。
なんとも驚きだ。
石でできたような柱を垂直に駆け上がったと思えばきつい一撃をもらってしまった。
飛ぶものに対してそのような並外れた行動をする彼女。
彼女はやはり人間ではないのだろう。
「ユウタが稽古に来たときに気になってたんだよね」
特徴的な灰色の長髪を揺らして、冷たく笑う。
「ユウタの手首、包帯が巻いてあるんだもん。もう気になっちゃうよ」
そう言って笑う。
しかし、文字通り笑っているわけじゃない。
まるで社交辞令のように、礼儀として笑みを浮かべている。
機械的、味気なく。
仮面のように笑みだけを浮かべている。
「まさか君のために手首を切ってたなんてね…ユウタったら誰にでも優しいんだから困っちゃうなぁ。ねぇ、お姉さん」
そう言って隣に立っている少女に話しかけた。
ユウタの双子のお姉さん。
初対面でも私を嫌い、そして今なお私を射殺しそうな視線を向けている。
親の敵のように。
長年憎んでいる敵のように。
そうして、静かに口を開いた。
「…一回、あたしは言ったよね」
彼女の言うその言葉。
その意味は既に嫌というほどわかっている。
あの夜、ヴァンパイアである私を恐れることなく脅しに掛かった彼女の言葉。

二度と来るな。

ユウタに関わるな。
ユウタを傷つけるな。
短くも低い声で私に伝えたその言葉。
それを私ははっきりと覚えている。
「一回言って聞けない奴って二回言っても聞けるわけないんだよ」
そう言って睨んでくる。
可愛らしいその顔を歪めて。
憎憎しく私を見据えて。

「吸血鬼って殺しても犯罪になるわけじゃないだろうし…平気だよね?」

そう言った。
思わず背筋がぞくりとする。
目の前にいるのは正体不明の女性とどう見ても人間の女性。
それも片方にいたっては成人もしていない、少女とでも言うべきところ。
それも。
その少女がその言葉を発した瞬間、感じた。
押し潰されるような威圧を。
塗りつぶされるような恐怖を。

まるで全身の肌に刃を突き立てられているかのような殺気を。

これが…少女?
まだ私の十分の一も生きていないような、殺しのこの字も知らないような少女が…どうして。
どうしてここまで殺気を放てるだろうか。
ここまで殺そうという気になれるのか。
どうしてここまで真っ直ぐ私を見据えられるのか。
その瞳で。
憎悪を宿しながらも冷静に。
憤怒にまみれても冷淡に。
私を捉えて離さない。
「あんたみたいなのはさ、もう以前から経験しているんだよ」
一歩、お姉さんは踏み出した。
「その中でも酷かったのが…化け狐と化け蜘蛛と…それからあの龍」
さらに、一歩。
「あんたはあの龍と同じだ。それからこれとも」
そう言って指し示したのは後ろで笑みを浮かべているユウタの師。
その発言の意味はよくわからない。
よくわからないが…。
それでも、共通しているのはきっと。

―ユウタに関わりすぎたことだろう。

関わりすぎて、ユウタに何かをしてしまった。
ユウタの優しさに甘えてしまった、そんなところだろう。
狐に蜘蛛に、龍。
思い当たる節があるがどれも好んで人を傷つけるわけがない。
だからお姉さんは私に対してこれほどまで怒っている。
「あんたはゆうたに甘えすぎなんだよ。甘えて、ゆうたが傷ついてることに目を逸らしてる」
「…」
「そんなのが隣にいたら…ゆうたがダメになる。これ以上いたらゆうたもまた、これ以上傷つくことになる」
さらに、一歩。
「ゆうたを傷つけて、でもゆうたはそれを我慢して。それで結局どうなるの?」
また、一歩。
「あんたはゆうたを傷つけるだけじゃないのさ。ゆうたをただの食料としてみてるだけじゃないの。」
「…違う」
一歩。
「ゆうたは人間あんたは吸血鬼。所詮どうしたところで捕食者と捕食物の関係でしょうが」
「違う…私は決して、ゆうたをそんな風に思っていない」
「それでも体は違うでしょ?」
一歩。
「生きるためだと言ってゆうたから血を啜ってる。前回のも懲りずにまた来てる。図々しいったらありゃしないよ」
一歩。
そして足を止めた。
私の目の前で。
あと少しで手が届く範囲まで歩いてきて。
お姉さんはその瞳を私に向ける。
「ゆうたの血はおいしかった?」
「…」
「ゆうたの血は、生きるために流れてる血は、どうだった?」
「…」
「ゆうたの命を啜って、どうだったのさ…っ!!」
静かに震えるお姉さんの声。
尋問するように攻め立てているが、私に事実を突きつけているようにも思える。
実際、彼女の言葉に間違いはない。
私はユウタの血を啜った。
ユウタを傷つけて。
それも一度ではなくて、二度も。
あの夜の警告を無視してここに来た。
それだけであり。
それが、いけないことである。
「生きるために血が必要なんでしょ?」
お姉さんは一度、腕を振った。
しゃりん、と何か軽い音とともに服の袖から現れるそれ。
それはユウタが手にしていたものに良く似た形状をしていた。
長く、しかし太く。
薄く、そして鋭い。
まるでナイフのような形状をしているそれはカッターナイフ。
ユウタが自分の手首を傷つけるときに使っていたものだ。
それを私に見せつけ、向ける。
「生きるためにゆうたの血を吸うっていうのなら―



― 死んで 」



一瞬、銀色が閃いた。
「っ!」
私の首を容赦なく狙うその刃。
私はそれを首だけ横に避けてかわす。
髪を数本凪いでいったが気にすることじゃない。
それよりも次の攻撃だ。
次の攻撃に備えて構えるが―来ない。
目の前のお姉さんはカッターナイフを振ったままの姿だ。
そして、その手には刃はない。
いや、違う。
お姉さんは刃を振るったんじゃなくて、投げたのか。
初撃にして武器を捨てる。
私を殺そうとするにはあまりにも無用心で愚かしい。
やはりどうしたところで彼女は人間。
こうは言っていても本気で私を殺せるわけがない。
私はヴァンパイアなのだから。
あの親友と肩を並べるほど実力があるのだから。
だから。
今の私がすべきことはお姉さんにわからせること。
体力が尽きるまで付き合えばいい。
そしてあきらめさせる。
私を殺せないと、私の相手にならないと。
そして、これからユウタとどうするか、どうやって会うかは…また後に考えよう。
とにかく今はこっちだ。
「ふんっ」
お姉さんは刃を振るった姿からしゃがみこんだ。
「?」
どうしたいのだろう、彼女は。
私を殺すなら武器を持たない今の状態、殴りかかってくるぐらいしかないだろうに。
怒っているように見えてやはり冷静か…。
その考えは目の前に飛んできたものにより肯定された。
正面から、お姉さんを飛び越えてきたそれ。

―あの夜壁を容赦なく砕いた拳。

「っ!」
これは首だけ動かして避けられるものではない。
すぐさま横に体をずらして対応する。
刹那。
私の体の横を風圧が過ぎていった。
まるで丸太が飛来したように。
ハンマーを振るわれたかのように。
受ければとてつもない傷を負わされるようなものが。
「おっと、避けられちゃった」
そう言ったのはユウタの師である彼女。
どうやら今の一撃は彼女の放ったものらしい。
あの細腕から放たれたとは到底思えない。
それでも、彼女が放ったことは事実。
「でも、まだだよ」
次いで一撃。
放った拳を戻し、肘をわき腹へと目掛けて打ち込まれる。
「ぐっ!」
流れるような動作、それでいて変則的な動き。
防御する隙を与えない彼女の攻撃はまだ続く。
一歩踏み込んできては膝が放たれる。
さらに一歩で再び拳。
そして足を引いてまわし蹴り。
間合いの詰め方、体の使い方、連続で放つタイミング、全てが完璧。
それゆえ受けるほうにとって避けるのは至難の業となる。
何とか体を揺らし、手のひらで弾くも弾いたところで衝撃は伝わった。
「く、ぁ!」
思わず呻ってしまう一撃。
あまりにも重過ぎる。
人間だったらそのまま骨が砕けていてもおかしくない。
どんなに硬いものでも容易く砕いてくれそうな一撃だ。
少し、距離を置いたほうがいい。
彼女は素手、そしてお姉さんも素手だ。
それならまず近づかずには何も始まらない。
私はすぐさま後ろに跳んだ―はずだった。

―世界が回った。

夜空が、地面が、風景が。
私を中心に回転して―いや、違う。
私が回転しているんだ。
「逃げんなっ!」
お姉さんの声。
そして感じる浮遊感。
足が地面を離れている様子からするに何かされたようだ。
何をかはわからない。
それがわかる前に目の前には迫っていたのだから。
貼り付けたような笑みをした彼女が拳を握り締めて迫っていたのだから。
「一撃♪」
轟音が響いた。
大気に、この空間に、それで、私の体内に。
「がっ!?」
まるでオーガやミノタウロス、ドラゴンのような馬鹿げた力の一撃。
ヴァンパイアでも、この一撃はできるだろう。
それを彼女は放った。
吹き飛ばされる体。
かろうじて受身を取り、体勢を立て直すも待っていたのは―

―鋏

「!」
それを何とか受け止める。
どうやらカッターのようにこれもまた投擲されたものらしい。
形状、鋭さからしてこれはあの夜お姉さんが突きつけてきたものだ。
転がったところへ追い打ちとは気が利いているね、まったく!
鋏を力任せに握りつぶし、投げ捨てる。
これで鋏は使えはしないだろう。
だが、彼女達はこの程度で止まらない。
続いたのはお姉さん。
手に何かを持ってそれを振るう。
まるで鈍器のように、殴りかかってくる。
たが、遅い。
人間の動きはどうしたところで私には遅すぎる。
ユウタの師である彼女は別だろうが、それでもお姉さんは人間。
どんな勇者よりもどんな戦士よりも、劣る。
一歩下がってそれから私は逃れた。
鼻先を掠めていくそれから。
だが、お姉さんはそれが目的じゃなかった。
私を殴ることではない、それを振るうことだった。
ぴちゃりと、それは頬に付いた。
途端に―
「ぁああっ!?」
―その感覚が走った。
まるで雷が走るように。
頬から体全体へと駆け巡る。
これはっ!
かつての私なら感じるのは痛覚だった。
しかし今は違う。
親友が王となった今、彼女の影響を受けた今。
それによって感じるものは変わった。

―水によって感じるものは快楽へと変わった。

私の頬に付いたのは水だ。
お姉さんが何を振るったのかはわからないが結果的に水滴が飛んできた。
一瞬体の力が抜ける。
それを見逃すほど彼女は優しくない。
振るった分、引き戻すように。
振りぬいた腕を再び振るう。
勿論手には何かを持って。
「ほらっ!」
「っ!」
何とか腕で受け止める。
伝わる衝撃は先ほどユウタの師から受けたものに比べれば軽い。
傷なんて付けられるほどじゃない。
しかし、問題はそこじゃなかった。
「は、ぁぁあっ!?」
腕から走る快楽。
それと同時に感じたのは―冷たさ。
それも氷のような、刺すような冷たさだ。
体から力が抜け、体がふらつく。
お姉さんはそのまま非力ながらも力を込めて私を押さえつけてくる。
「ふぅん、吸血鬼が水が苦手って本当なんだ」
お姉さんは興味深そうに言った。
「これは…氷、かい…?」
「そうだよ」
お姉さんは変わらぬ姿勢でしゃべる。
私にその氷を押し付けて、じりじりと鍔迫り合いのように。
もっともそうだとしたら既に私の腕は切られている。
痛みの代わりに体に走るのは快楽。
痛くはない、痛くはないが―力が抜けていく。
まったく、厄介なことだよ。
これだったら親友の影響を受ける以前のほうがマシだった。
「ペットボトルに水を入れて凍らせたんだよ。こうすれば表面に水はできるし、氷は硬いから鈍器にもなる…いい考えでしょ?」
まったくだ。
あまりにも意表をついた考えだ。
氷を浮かべたコップには自然と表面に水滴が付く。
氷が溶け出せば水になる。
凍ったままなら硬く、鈍器のようにも扱える。
ヴァンパイア相手にこれほど適した武器があるだろうか?
まったく、驚きの発想だ。
そのまま押さえ込まれていると後ろから地面を蹴る音が聞こえる。
まずい。
動けない私を前に逃すわけもない。
ユウタの師である彼女が動き出した。
前にはお姉さん。
後ろから彼女。
二人の女性による挟み撃ち。
「よっと!」
お姉さんは氷を押し付けたままそれを私に向けた。
手のひらに収まるほど小さく黒い筒。
その先端を私に―私の目に向ける。
一瞬、悪寒が走った。
これはいけない。
長年死地を駆けてきた本能が告げる。
傷は付かないだろうが、それでもまずい。
避けなければ。
快楽の走る体では満足に動かないが何とか首だけを動かして向けられたそれかを避ける。
刹那。
光が走った。
お姉さんの持っている筒から一直線に強力な光の道が放たれた。
「っ!」
「うわっ!?」
「あ」
後ろから彼女の声。
お姉さんの放った光を受けたのだろう、向かってくる気配が止まった。
チャンス。
すぐさま氷を叩き落とし、お姉さんの手の内にあるそれを切り裂いた。
爪で、容易に。
多少硬かったがこの程度、ヴァンパイアには恐れるに足りずだ。
「あ!」
お姉さんがそれに反応する前に私は二人の間から抜け出る。
離れて、着地して、態勢を整えた。
並んだ二人を見据えて。
「あ〜あ…懐中電灯が真っ二つ…高かったのに」
「お姉さん、懐中電灯を人に向けないでよ…うわぁ、目がちかちかする…」
「目潰し用に強力な奴を持ってきたんだよ。まさかあんたが掛かるとは思わなかったけどね」
「強力すぎだよ…それにしても懐中電灯を目潰しに使うなんてね、驚きだよ」
「経験から学ぶんだよ。ああいうのはもう何度も戦ってきてるんだから」
そう言ってお姉さんは私を見据えた。
なるほど、経験か…。
彼女はあれで私のようなものを相手してきているのか…。
それなら多少なりとも力を振るってよさそうだ。
とはいってもこんな町中。
使える力は加減しないといけない。
地面を叩き割る、川を断ち切る、岩盤を砕く、建物を粉砕する。
ヴァンパイアの怪力は思っている以上に厄介なものだ。
強大すぎる力は影響を及ぼしやすい。
こんなところで本気で戦えば町は無事ではすまないだろう。
無論、目の前にいる二人も。
反撃できない理由はそれだ。
彼女達を傷つけてしまうからだ。
それも、尋常じゃない傷を。
だからこそ調節しなければいけない。
いけないが…それでも。
少しばかり荒くなってしまってもいいだろうね。
せいぜいこの空き地が荒れてしまうことになるが…まぁ、誰かの迷惑にはならないだろう。
それでいて他の家にまで被害を及ぼさないように。
彼女達に力を見せ付ける。
いわゆるこけおどし。
強大な力を目の前にすればどんなものでも足が竦み、手が震え、意志を折る。
ユウタの師の彼女はどうだかわからないがそれでも、人間であるお姉さんなら。
人ではない力に恐怖してもらおう。
右手、指の関節を鳴らし、熊の手のように指を曲げる。
「…?」
「…」
それを見た二人は来るだろう私の攻撃に身構えた。
傷つけはしない。
それでも、その意志は折らせてもらおう!
私は右手を地面に押し付け、爪を振るった。
刹那。
口では言い表すことができないような音が響く。
そしてそんな音とともに地面が裂けた。
「!?」
「!」
綺麗に、まるで巨大な刃物で抉ったように。
それは地面を裂くだけでは止まらず、二人の後ろの壁に深い傷をつける。
壁の欠片と砂埃が辺りに舞った。
おっといけない…力の調節を間違えただろうか?
なんというかもう少し私の力は小さいものだと思っていたのだけど…。
どうも体の調子がいい。
全盛期であるころに及ぶくらいに体が軽く、力が漲る。
これならまず負けはしないだろう。
だから注意するのは周りに被害を出さず、二人に怪我を負わせないこと。
難しいことだろうがどうしてだろう。
今なら何でもできそうな気がするのは。
私にはできないことはないと思えてしまうのは。
まるであの夜のように。
ユウタから血をもらったあのときのように。
先ほど口にしたユウタの血が体を駆け巡ったからだろうか。
「ふふ、素晴らしいね」
そう呟いて私は手に付いた土を振り払った。
振り払って、目の前を見据える。

「―さて、それではこちらの番といこうか。何、殺しも傷つける気もない。ただ少し…あきらめてくれればいいだけだ」

そう言って動く。
動いたのは私ではなく、ユウタの師。
私の言葉を聞き終える前に既に飛び出してきた。
「ふっ!」
引いていた拳を放つ。
先ほど私にダメージを与えた拳だ。
硬く、威力も申し分ない一撃。
それでも私はそれを手のひらで受け止める。
腕にはとてつもない衝撃が走るがそれはすぐに消えうせた。
気づかなかったが…どうもダメージの回復が早い。
いつも以上に、普段よりも。
ヴァンパイアの回復力はとてつもないものだが…これなら。
受けた途端にダメージまで回復する今なら。
どんな勇者でもどんな猛者でもどんな戦士でも敵わない彼女の一撃に。
ドラゴンにも匹敵するであろう彼女の攻撃にも正面から打ち合えるというものだ!
「はっ!」
右上からの手刀。
手を添えて軌道をずらす。
左からの肘。
拳をぶつけて止める。
上からの踵落とし。
手のひらで受け止めて耐える。
下からの膝蹴り。
肘を落として無理やり止める。
四方八方からの乱撃。
どれも恐ろしく早く、そして威力が半端なものじゃない。
腕が痺れて今にも飛んでいきそうだ。
それでも、そんなダメージはすぐに回復する。
異常なほど早く、痛みを、苦痛を認識する前に。
「随分と強いんだねぇ、ヴァンパイアさん」
彼女は手を休めない。
冷たい笑みも変えない。
どれほど打ち合おうとも焦りの一つも見せないところからやはりこの女性も相当強いだろう。
それでも。
「ふふ、舐めないでくれるかい。これでもかつては王の座を狙っていたのだよ」
もっとも、親友には負けてしまったがね。
それでも私の実力は腐ってはいない。
「そ、かっ!」
一瞬彼女の体がぶれた。
刹那、右から長い足が鞭のように振るわれる。
空気を切り裂き、打ち込まれる。
だが、届かない。
その一撃も受け止めた。
びぎり、と地面から砕ける音がしたが気にはしない。
今気にすべきは彼女の笑みが一瞬変わったことだ。
そしてその笑みの意味は目の前に現れる。
「そこっ!」
「!」
お姉さんが袖の中からそれを取り出し、投げた。
銀色に閃き回転するそれ。
よく目をこらえて見るとそれにはギザギザで小さな刃が付いていた。
鋸。
木を切るために使われる工具を投げてくるとは。
それよりも驚きなのはその袖の中だ。
カッター、鋏はわかるとしても大きな鋸よく自然に隠せていたものだよ!
ユウタの師の頭上を越えたそれは的確に、性格に私の眼前に飛んできた。
手で受け止めるか?
しかし、今手は彼女の攻撃を受け止めている。
ならば避けるか?
一歩でも距離を置けば彼女が追撃することは間違いない。
それなら。
私は飛来する鋸に対して私は―

―消えた。

「あ!」
「あれ?」
何も驚くことじゃない。
ヴァンパイアがこのくらいできて当然だ。
しかし目の前の二人からしたら驚くべきことだろう。
私は目の前から闇に消えたのだから。
太陽のないこの夜。
闇を切り裂く光がない闇夜。
月明かりに照らされた宵闇に溶け込むのは造作もない。
なろうと思えば蝙蝠になりばらけることだってできる。
私は二人から距離を置いたところに姿を現した。
闇の中から足を進めて、そこに立った。
「…へぇ、すごいことするもんだよ」
そういったのはお姉さん。
ゆっくりとこちらを向き、腕を上げた。
何の意味があるのかはわからない。
何かを仕掛けてくるだろうが―恐れるに足らない。
私はヴァンパイアだ。
そして、今は全盛期に及ぶくらいに体の調子がいいのだから。
「さすがヴァンパイア…かな?あの夜とは大違いだね」
それは師の言葉。
ゆっくり体勢を立て直して私に向き直る。
いつでも飛び込んでくるように。
それでも、やはり恐れはしない。
体の様子があまりにも良すぎるから。
「ああ、あの夜とは違うのだよ」
「へぇ、それは何で?」
「ふふ、あの夜は空腹で今にも倒れそうだった。だが今は―」
今は違う。
今の私は満たされている。
他の誰でもない。
彼に、彼の血に。

「―ユウタから血をもらったからね…!」

それは驕りからきた発言だった。
それは口にしてはいけない言葉だった。
馬鹿だったとしか言いようがない。
あまりにも体の調子が良かったから。
ユウタに満たされたから。
心が満たされ、満足していたから。
そんな愚かしい発言をしてしまった。
その言葉に。
その発言に。
その事実に。
怒りを覚え、憤怒し、憤る者が目の前にいたのだから。

「あ、そっ!!」

そう言ってお姉さんが動き出した。
腕を振るって、袖の中に隠してあっただろう物を投げ出した。
月明かりを反射し、鋭く輝くそれ。
数えれば十数本に及ぶ。
驚くのはそれをどうやって袖の中に隠していたかだがそれ以上にお姉さんが投げたものに驚かされた。
お姉さんが袖からはなったそれ―
―包丁
―果物ナイフ
―フォーク
―アイスピック
―カミソリ
―釘
―裁ち鋏
あらゆる刺さるもの、切るものを放ってきた。
おそらく家にあったものだろう。
なんとも幼稚だが、末恐ろしい。
私を殺すといっていたのがどれほど本気だが伺える。
しかし、その程度で死ぬほどヴァンパイアは弱くはない。
雨のように投げたそれで傷が付くほどやわじゃないのだよ!
私は向かってきたそれを全て叩き落す。
地面に叩きつけ、中には折れるものもあった。
しかし、私に傷をつけるものは何一つもない。
ふむ…ここまでやってなお私を殺しに来るとはたいした覚悟だよ。
ここまでやって折れない精神というのは素晴らしい。
しかし、それではいけない。
彼女を止めるためにもう少し恐怖してもらおう。
もう一度、力を見せ付けよう。
先ほどのように地面を裂くのではなくて。
今度は地面を叩き割る。
この空き地全体がだめになってしまうだろうが…あとで戻せばいいだろう。
そう決めた私は地面に向かって拳を振り上げた。
これが―間違いだった。
本当はわかっていたはずだった。
お姉さんはこの程度では恐れない。
あの夜でさえ、ヴァンパイアという未知の存在である私を前に平然としていたのだから。
そんな彼女が今更このような一撃で恐れるわけもない。
私は見くびっていた。
このぐらいで折れてくれるだろうと浅く考えていた。
このときの私は本当に調子に乗っていたのだろう。
全盛期に戻ったのは体だけではなく精神も、だったのかもしれない。
普段の私らしくない。
だからこそ、彼女に対して隙だけだった。
人間だと侮っていた。
まるでまだ私が人間に対して優勢である、人間は下等であると思っていた頃のように。
地面に拳を叩きつける一瞬。
お姉さんは地面と私の拳の間に体を滑り込ませてきた。
「っ!」
おそらく先ほど投擲とともに走り出していたのだろう。
一瞬を狙って私の腕を掴んできた。
しかし、止まらない。
放った拳は止まらない。
このままではお姉さんに直撃してしまう。
しかし、そうはならなかった。

「そーいうの、待ってたんだよっ!!」

そんな言葉とともに再び世界が反転する。
否、また私が回転した。
何をしたのかわからない。
どうされたのか理解できない。
私の体は拳の位置と入れ替わっていた。
おそらくお姉さんの手によって。
それでも、勢いは殺されないままに。
私の放った拳の勢いを残したままに。

―轟音。

砕ける地面。
飛び散る破片。
そして私の体は地面に叩きつけられた。
私が放った勢いのままに。
「が、はっ!?」
自分で放った力が全て返ってきた。
何をされたのかいまだに理解できないがそれでもわかった。
彼女がこれほどまでの力を有するわけがないのだから。
「どう?自分で放った力を自分で受ける感想は?」
そう言ってお姉さんは笑う。
小悪魔のように、意地悪な女の子のように可愛く。
「何、を…!?」
何をした?
そう聞きたくても言葉が出なかった。
ダメージが大きすぎる。
一瞬で回復するにはあまりにも過ぎている。
しゃべることもままならない。
「あたしの習ってる武術―

―『合気道』だよ。

ちなみに今のは奥義らしいけど。もっとも、正式なものじゃなくてあんたみたいなのを相手にするために習った奴だけどね」
ひらひらと手を振りながら彼女は私のそばを離れる。
…?
彼女は私を殺すのではなかったのだろうか?
追撃してきても、止めを刺してもいいはずなのに。
「うわぉ、お姉さんすごいね」
「まぁね。これでもゆうたを守るって決めてるんだから」
「それにしてはあまりにも強力すぎない?それに『合気道』ってああいうものなの?」
「仕方ないでしょーが。先生がそう言ってるだけだし、先生もあんたと同じで人じゃないんだから」
「…え?先生?」
「よっと」
二人の会話、そのあとにお姉さんが何かを放った。
がらんと金属音がしてそれは転がる。
いまだ動けない私のそばに。
「…?」
なんとか上半身を起こしてそれを見るとそれは金属でできた容器だった。
長方形、それでいて丸い穴から何か漏れ出している。
闇夜の中で月明かりに輝く流動体のもの。
水…だろうか?
いや、それにしては…なんだか、こう―

―鼻につく臭いがする…。

これはいったい?
「あんたのいたところにそんなものあった?」
お姉さんの声。
その声のするほうを見れば彼女は手に火を持って立っていた。
手から立ち上る焔。
一瞬魔法かと思うが違うだろう。
あれはきっと先ほどの光と同じものだろう。
「その液体ね、水じゃないよ」
「…?」
「あんたのために用意してあげたんだから感謝してよね」
そう言って隣のユウタの師が顔色を変えた。
「お姉さん、そのライターは…まさか!?」
笑みを消して焦りをあらわにする。
何か重大なことに気づいたように。
そのような表情をうかべることもできるのか、などと余計なことを考えてしまうが…今は。
彼女の発言がどういう意味なのか。
焦っている理由は?
どう考えたところでわからない。
私のところにあったかどうかわからないもの。
それは…いったい?
月の光で影ができたお姉さん。
笑みに影が差し、とても妖艶でまるでサキュバスの笑みのようだ。
そんな笑みで彼女は言った。

「とびっきりの、ガソリンだよ…!!」

その言葉とともに彼女は火を投げつけた。
ろうそくのように頼りない火。
それは変わった装置が回転しながらも消えることはなく、そのまま私に向かってきた。
私に届く一歩手前。
そこまで火が来た途端に―

―目前が業火に包まれた。







「…うわぁ、まさかこんな町中で爆発起こすとは思わなかったよ。お姉さんって過激だねぇ…」
「別に、これくらいやらないとああいうのはダメなんだよ」
「あのガソリンはどこから持ってきたの?」
「うちの車。抜いてそこの茂みに隠してたんだよ」
「でもこんな爆発見つかっちゃうでしょ?」
「あんたがいれば平気なんでしょ?だからあたしはあんたを呼んだんだよ」
「そりゃユウタを除けばそうだけど…お姉さんって立ってるものは親でも使うタイプなんだね」
「どこにいようがゆうたを使うタイプだけど?」
「…ユウタがかわいそうだよ」
「いつものことだけど?」
「それよりもお姉さんよくもまぁあんなに鋏やらフォークやらを隠し持ってたね、どうやったの?」
「先生から教わったことだから。まぁ、先生ならもっと大きなものも隠せるらしいけど」
「…その先生っていったい何者?」
「あんた同様人間じゃなくて、それでゆうたに気があるっていうだけだよ」
「え?何っ!?」
「あの女から合気道習って、それで今までなんやかんやしてきたんだよ」
「ユウタに気があるってどういうこと!?」
「今までじゃあの化け蜘蛛が一番面倒だったっけ。のこぎり使っても傷が回復するんだもん」
「話を逸らさないでよ!ねぇ!」
「あの回復力は面倒だったっけ…切ったところですぐに回復はずるいよ…―



―あんたもその手のタイプなんでしょ、吸血鬼」




お姉さんは業火の光に照らされながらもそう言った。
炎の中、焼かれ、燃えているだろう者に対して。
私に向かって。
その言葉に私は、応えた。
「その化け蜘蛛とやらがどういったものなのかは予想がつくが…あれと同じにしてもらいたくはないね。こう見えても私は貴族なのだよ」
業火の中から立ち上がる。
灼熱が私を焦がし、炙り、燃やすが気にならない。
この程度、太陽に焼かれていたほうがまだつらかった。
この程度の熱はなんでもない。
ただドレスの裾が焼けてしまっているが…もうこれは着ることはできそうにないね、まったく。
それにしても驚いた。
いきなり爆発とは予想外だ。
予想外だがそれ以上にお姉さんの行動が驚きだ。
普通人間なら力をセーブするはずだ。
起りうることがわかっていても、どんな力を振るっても。
その反動を気にしてセーブをかける。
自分の身を案じて。
そのはずなのに。
お姉さんは爆発の衝撃を食らうかもしれない距離で平然と火を放った。
まるで炎の精霊、イグニスと契約を交わした者が使うような豪炎を恐れることもなく。
それが、恐ろしい。
彼女は歴戦の戦士だとでも言うのだろうか。
勇者としても十分にやっていけるだろうね。
「貴族?はっ!他人から血を啜って貴族なんておこがましいんじゃないの?」
彼女の発言。
それは明らかな挑発だ。
先ほど高ぶっていた私なら乗っていたかもしれないが…今は違う。
炎に包まれる前に、お姉さんに地面に叩きつけられて。
私の力を全て、返されて。
嫌でも冷静に戻った。
お姉さんの一撃。
相手の力を利用した一撃。
あれをもう一度、私の力を自身に食らうのは勘弁願いたい。
怪力が仇となるとは思っていなかったよ。
だからといって…ここで逃げ出せるわけもない。
ユウタの師である彼女がそれをさせない。
ここで空に飛べば再び叩き落としてくるだろう。
かといって先ほど同様に闇にまぎれようか…いや、ダメだ。
先ほどの爆発でこの空き地のところどころに炎がまかれた。
闇が、照らされた。
こんな状態では闇に溶け込むのは困難だろう。
それなら…どうするか。
今更力を見せ付けたところで恐怖もしないだろう彼女達。
これはなんとも大変なことになった。
ユウタから血をもらったおかげでこうして炎の中でも平然としていられる。
燃えると同時に回復し、傷なんて一つも残らない。
炎の中にいれば彼女達も迂闊に行動できないだろうが…ずっとこうしているわけにもいくまい。

―ならば、どうする?

そう考えていたとき、お姉さんが一歩踏み出した。
片手にはおそらく袖から出したであろう大きな文化包丁を持って。
「じれったいんだよ。いつまでそうしてる気?こないならこっちからいくよ?」
「いやいやお姉さん、彼女は炎の中にいるんだよ?君も燃えちゃうよ?」
「燃えたところで消せばいいだけでしょ?」
「…」
なんというか、似ている。
変なところでユウタにそっくりだ。
自分が傷つこうが目的を達せるなら構わない。
それが誰かのためだから、平然とやってのける。
怪我の一つ、気にもしない。
ユウタと同じだ。
本当に…双子なのだね。
「ほら、いくよっ!」
その言葉と共にお姉さんは飛び出した。
このままでは彼女も炎に包まれてしまう。
私はそんなことまで望んでいるわけじゃない。
彼女を傷つけたいわけじゃない。
それなら…どうする!?
お姉さんは握った包丁を突き出しそのまま炎の中へと飛び込んで―


「―何やってるんだ?」


一瞬。
お姉さんの体が炎に踏み込む前に投げ飛ばされた。
私と彼女の間に、彼女と炎の間に何かが滑り込んで。
突き出した腕を抱え込まれて。
飛び込んできた勢いをそのままに。
流れるような動作で彼女は背負われ、地面に倒された。
「っ!」
「!?」
手に持った包丁を取り落とし、お姉さんは自分を投げたであろう者を見る。
それは一人の大人の男だった。
黒いコートを羽織って下には薄手の服を着込んでいる。
背はユウタよりも少し大きいくらい。
特徴的なのは髪と瞳。
髪の毛は白い。
だが親友の娘達のように真っ白や純白ではなく、ところどころに黒い髪も混じっている。
歳をとった証だろう。
そして瞳。
これはユウタとお姉さんに良く似ている、闇のように黒い瞳だった。
こんな闇夜の中でも目立つ二つの眼光。
それと目が合う。
「お父さんっ!?」
お姉さんはそういった。
お父さん?ということは彼は…ユウタとお姉さんの父親だというのか。
「え!?ちょっとなんでお父さんがここにいるの!?」
「近所で爆発音がしたら誰だって気になるだろうが。ったく…あやか、真夜中に何火遊びしてるんだ」
「え!?だって…ちょっと…!?」
混乱しているらしい。
そりゃそうだ。
目の前からいきなり父親が割り込み、お姉さんを投げ飛ばしたのだから。
ユウタの師である彼女を驚いた顔で見ているお姉さん。
そして同じく驚いた顔で彼女を見る師。
何が起きているのかわかっていない。
予想外な事実に戸惑っている。
それよりも、どこにいたのだろう?
それ以前に、どこから見ていたのだろう?
「こんなカッターやら包丁やらまで持ち出してきて何やってるんだ。明日も学校があるんだろう?」
「いや、あるけど今はそれ所じゃないんだよ!」
「車からガソリンまで抜いてか?」
「っ!見てたの!?何で止めないの!?」
「放任主義だからな」
「じゃ、何で今更止めるの?!」
「炎の中に突っ込もうとして止めないわけないだろうが。ほら、帰るぞ?」
そう言って彼はお姉さん―彼の台詞からしてアヤカというらしい―を軽々と抱えた。
ギャーギャー騒ぐも彼女は父親の腕から抜け出せない。
それほどきつく抱えているわけでもないだろうに…どうやら彼女は父親には逆らえないのだろう。
しかし。
なんなのだろう、この男は。
この状況を目にしていてもマイペース。
まるでユウタとアヤカと同じように驚かない。
…二人の父親というのもうなずけるかもしれない。
「お、お父さん!?ちょっと待ってよ!目の前に吸血鬼がいるんだよ!?」
「吸血鬼?それが何だ?」
「あれゆうたから血を吸ってるんだよ!?放っといていいの!?」
「血を吸われてるなんて蚊だって吸うだろうが」
「全然違う!?」
その通りだ。
ヴァンパイアを蚊と同じにされたくはない。
「ゆうたはあれに血を吸われてるんだよ!?」
「それはゆうたが好きでやってることじゃないのか?」
「そう…かもしれないけどさ…」
「ならいいだろうが。もう遅いし帰るぞ?」
そんな言葉と共に彼はアヤカを抱きかかえたまま歩き出した。
…なんだあの男は。
今のアヤカの台詞、聞いていなかったのだろうか?
いや、聞いていたはずだ。
それに先ほど目を合わせた。
私を見ていたはずだ。
炎の中にいる私を見ていたはずだ。
それなのに気にも留めない。
まるで慣れているとでも言わんばかりに。
こんな状況、驚くことに値しないというばかりに。
「まだだよ」
こんな状況で唯一残ったユウタの師が私の前に立った。
彼女は止める相手もいない。
ユウタの父親でも彼女を止める義理はないだろう。
「お姉さんはあれで仕方ないけど…自分だってお姉さんと同じなんだ。ユウタが傷つくのを黙っていられないんだよ」
一対一。
負けるとは思えない。
しかし勝てるとも思えない。
お姉さんが連れて行かれ、気を抜いたところにこれか。
正体不明の彼女との死闘が再開される。
「君には悪いけどユウタと関係を終わらせるか、それともここで―」
「―ああ、ゆうたのお師匠さん」
そこで、ユウタの父親が何かを思いついたかのように彼女に声を掛けた。
相変わらずお姉さんは騒がしく暴れているが気にも留めずに。
空き地から足を踏み出したその場所で。
首だけ動かして彼女を見て。

「深夜に暴力を振るっている女性を師と呼ばせるのもあれなのでゆうたは今週一杯で空手をやめさせてよろしいですか?」

その言葉を聞いた途端に彼女がうろたえ始めた。
「っ!?ちょちょちょっと待ってください!!」
…すごい動揺の仕方だ。
先ほどまで凛として笑っていた彼女とは思えない。
「流石にそんな乱暴な女性を師と仰いでいたらゆうたも似たようなことになりかねませんので」
「いえいえいえ!乱暴じゃありませんよ!自分は全然清楚で麗しい女性ですよ!ですからユウタをやめさせるのは勘弁してください!お義父さん!」
「何であんたが『お義父さん』なんて呼んでるの!」
彼女はすぐさま私の前から離れてユウタの父親の前で頭を下げだした。
…。
何なのだろうこの状況は。
結果的に彼に助けられたのだろうが…何だ?
めちゃくちゃとしか言いようがない。
いきなり出てきてお姉さんを回収してきて…終わり。
ついでに彼女を止めるための発言。
…私は…助けられたの…かね?
「それから、そこの吸血鬼さん、でしたね?」
そう言って彼は私に向き直った。
自然、緊張してしまう。
男性を前にしているから。
ユウタではない男を前にしているから。
「娘が迷惑掛けました」
そう言って頭を下げた。
「あ、いえ…」
思わずこちらも頭を下げてしまう。
「それと、息子と何かしてるらしいですね」
「あ、はい…」
「ほどほどに頼みますね」
そう言って彼は私に背を向けた。
特に気にすることもない。
言うべきことを言ったら帰る。
そのまま彼はいまだうるさく暴れるアヤカを抱えたまま去って行った。
必死に頭を下げて懇願するユウタの師を隣に。
…何なんだ、あれは。
ユウタもアヤカも変わっていたが…彼も相当変わっている。
こんな状況でよくもまぁ落ち着いて対処できたものだよ。
手馴れてる…様子だったが。
それから炎の中でいまだ佇む私を見て、ユウタから血をもらっているという事実を知って。
なお、あの態度。
お姉さんのように激昂するわけではない。
師のように暴力を振るうわけでもない。
人ではない存在を前にしてなお、平然として。
何なのだろう…彼は。
ユウタのように不思議な存在だった。

―…こんな別世界にくれば私のわからないことがあっても不思議ではないか。

とりあえずそう結論付けることにしよう。
あまりにも理解の範疇を超えている事実に。
長く生きてきてなお、わからない事態に。
とりあえずわかっていることといえば。
次からユウタに会うときには彼の家では控えたほうがよさそうだということ。
それから。
「…」
このドレスはもう焦げて着れそうにないということだ。




「…お父さんはさ、ゆうたがあのまま吸血鬼に血を吸われてもいいって言うの?」
「別に。それがゆうたのやりたいことなんだ、止めるのは余計な世話だろう?」
「ゆうたが傷つくことになっても…なの?」
「それも、ゆうたが好きでやってるんだ。目を瞑ってやれ」
「…でも」
「なら、ゆうたに言ってやろうか?今日あったこと言ったらあいつ、怒るぐらいじゃすまないぞ?」
「…」
「親は子供の責任を負っても、多少は笑って見過ごしてやるもんだ。今回はゆうたに言わないでおいてやるから、お前もゆうたのお姉ちゃんなら少しは容認してやれ。お母さんに似て過保護になるな」
「…わかったよ」
「お義父さん!息子さんを自分にくれませんか!!」
「息子に聞いてください」
「お父さん!そこは拒否してよ!!」
11/10/23 20:16更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでした
お姉さんと師匠、クレマンティーヌの頂上決戦でした
お姉さん、師匠ともに恐ろしい実力者でした
現代では危険が一杯ですねw

そして父親の登場
彼のまた…不思議な存在なのですね
あの師匠を前にして平然としている彼、実は昔になにかあったのですが…それはまた後の話に…

さらにお姉さんの武術がとうとう出ました
合気道!
そしてびっくりなことに
お姉さんの先生もまた人ではない!
彼女もまた後に…登場します!

正体不明の師匠
麗しの暴君、お姉さん
黒崎家の大黒柱、父
お姉さんの先生
現代編にはとんでもなく腕の立つ方々が溢れています!
しかしよく考えるとこんな方々に囲まれてるゆうたもまたすごいのかもしれません…

今回の話までが前回リリムルートであったことです
ここまで進んでおきながらクレマンティーヌが負けたか、それともあきらめてしまい、彼に会うことをしなかったのか
それでHAPPYENDまで至りませんでした
しかし!今回は行きますよ!!
次からはクレマンティーヌと彼のいちゃいちゃですよ!!


そして次回はちょっと外れて現代編リリムルートのその後の話
フィオナが来てからの学校生活、フィオナと彼がいちゃエロしますよ!!

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