連載小説
[TOP][目次]
中編
―4―

 毒島紫百合。神城高校一年生。俺と同じクラスで、近所の小山の中腹にある百足神社の境内にある家に住んでいる。
 見た目は、顔のほとんどを前髪で隠しているのもあって暗そうな雰囲気を醸しているけど、素顔を晒せば儚げな令嬢を思わせる美貌の持ち主だ。正直、俺の好みに物凄く合致している。
 会話だって普通の女子からは多少ずれているかもしれないけれど、なんだかんだ話題が尽きないので楽しい。
 そんな彼女が俺に好意を寄せてくれている。漫画とか小説の中の話のように、重すぎるほどの愛を向けてくれている。まるで夢みたいな話だ。
 いや、本当に夢なのかもしれない。
 これは俺が見ている白昼夢。俺の願望が形となった一時の夢に過ぎない。
 だって、毒島紫百合なんて同級生は、いるはずがないのだから。
 気づいていた。いや、気づいて忘れていた。いまのいままで。
 疑問に思った瞬間、その疑問はなくなって“そうであることが自然である”と思い込んでいた。
 最初、紫百合の家が百足神社であると知ったとき、俺は確かに疑問に思っていたのだ。
『あそこには小さな社しかないのにどこに家があるのだろう』と。
 だけど、紫百合がここが家だと言えばそうなのだと納得してしまっていた。
 俺はきっと何かされている。
 言葉では説明できないナニカを紫百合にされている。
 怖い。紫百合が何なのかわからなくて怖い。
 でもそれ以上に怖いのは。
 それでも俺は紫百合から離れたくないと思ってしまっていることだった。
 紫百合の紡ぐ言葉、全身から漂う甘い匂い、深い闇色の瞳、それらが俺の五感を支配して離してくれない。とても心地いいのだ。紫百合と一緒にいると。紫百合の家から帰るとき、彼女から離れるときとても辛く思えてしまうほどに。
 友達が何言か制止の言葉をくれたけど、俺はいまこうして紫百合の家に一緒に帰っている。
 離れたくない。だから、何か間違いであると思いたかった。きっとこれは夢。そうだ、白昼夢だ。百足神社に家がないということの方が夢で、毒島紫百合は実在する女の子で、本当に俺を好いてくれているんだ。
 それを確認するためにも行かないと。
 紫百合の家に。

「み、瑞樹くん、帰り道ずっと上の空でしたね。か、風邪、引いちゃいました、か?」
 紫百合の部屋に案内されて早々、そんな言葉をかけられる。
 ずっと紫百合の家に着いてからどうするかを考えていて、生返事しかしてなかったなそういえば。
 俺は「大丈夫だよ」と言っていつものように座布団に座ったけど、紫百合は引き下がらなかった。
「し、紫百合っ!?」
 俺の膝の上に尻を乗せるように跨って、俺の額に自分のものをくっつけてきたのだ。
 掻き分けられた前髪から現れる、紫百合の白い肌に浮かぶ素顔。あどけなさと病弱さを兼ね備えた、しかし俺を魅了して止まない狂気の沼底の瞳が眼前に来る。
 心臓が早鐘を打って、思考がただ一つ紫百合のことだけに絞られた。
「すー、はぁ……」
 唇に触れる紫百合の息遣い。白い肌に浮かび上がる紅頬。鼻腔をくすぐる紫百合の少し汗の匂いが混じった甘酸っぱい香り。
 畳をつく俺の手に、紫百合の手が添えられてぎゅっと握られると俺は堪らずというか、驚いて手を上げてしまった。俺を支えていた手がなくなった途端、俺は背後に倒れ込んで紫百合もそのまま俺に覆いかぶさる形となる。
「っ」
「ご、ごめんなさい……」
 謝りつつも、しかし俺と鼻先をくっつけあったままの紫百合は退こうとはしなかった。
 それどころか、より身体を密着させてくる。服越しでもわかるほど紫百合の身体は柔らかく、ふくよかなおっぱいが俺の胸辺りでド迫力の重量感で乗っかっていた。どたぷんといった擬音語が浮かびそうなほどだ。
「はぁあ、瑞樹、くん……はぁ、こんなに近くに瑞樹くん……あああ、好き、好きです」
「し、紫百合」
 両頬を紫百合の両手に包まれる。温かな手、細くしなやかな指、女の子のものだ。
「この唇も、目も、鼻も、耳だって。爪先から毛先まで全部、好き……! 全部、全部欲しい……瑞樹くんの全部が欲しい。身体だけじゃない、全部」
 なのに、この手はまるで人のものではないかのように深く俺の中に食い込んでいる。俺の一番大切な部分を鷲掴みにして、手中に収めている。
 逃げられない。逃がしてくれない。
「ああ、ごめんなさい、瑞樹、くん。私、少し、はしゃいじゃいました……だって瑞樹くんに、ふふっ、こうしてのしかかって、まるで抱き合ってるみたいで興奮しちゃいますもん。ううん、まだ私が一方的に抱き合ってるだけ、ですね」
「そ、そろそろ、退いてくれるとありがたいんだけど……」
「私と抱き合うのはいや、ですか?」
 じっと目を合わさせられる。深く暗い、底なし沼のような瞳が俺の視線を呑み込んだ。
 この瞳を見れば俺はもう紫百合になす術がない。もがくことすらできない。力を抜いて彼女のぬるま湯のような沼に沈むほかなかった。
「いや、じゃないよ。というか、その女の子とこうするの初めて、だから。恥ずかしいんだ」
 一応、この前屋上で似たようなことはしたけど場所が場所だけにインパクトが格段に異なる。
「はぁああぁぁ……」
 本当に紫百合は色っぽいため息をする。あの澱んだ昏い瞳で、恍惚な笑みを浮かべられると殊更視線を外せない。
「う、ふふふ、ふひ、あふ、ふふふ……だめ、まだだめよ、だって約束だもの。まだ来てないもの」
「し、紫百合……?」
「ふふ、ご、ごめんなさい。だって(仮)ですもん、ね。まだ早いですよね、本当の恋人同士になってから、しましょ?」
「する、するって?」
「わ、私に言わせるんですか?」
 そっと紫百合の顔が近づいて、俺の耳元に寄せられる。同時に押し付けられていた紫百合の腰が、力強く俺の股間をぐっと押さえつけた。こんな連続のエッチなイベントで、しかも紫百合の匂いをたっぷりと嗅がされて勃起してしまった俺のモノを。
「交尾です」
 一切の澱みのない透き通った声音だった。
 それは俺の耳を通り抜け、脳に深く刻み込まれた気がした。する。俺が紫百合と正式な恋人同士になったらエッチする。それっていつだ? 約束。そうだ、ホワイトデーになったらするんだ。あと、確か三日でホワイトデーだ。あと三日もあるのか……。長い。長すぎる。いや、別にいましてもいいんじゃないか? 俺が紫百合のことを好きなのは明確なのだからいましたって別に。

 ぴしゃり。

 襖が閉まる音が俺を覚醒へと導いた。
 いつの間にか俺は畳で仰向けに寝転がって、天井を仰いでいた。
「あれ、俺、いつの間に」
 さっきまで紫百合に押し倒されていて。それでえっとなんだっけか。確か、そうだ。お菓子作りの準備をするとか言って、台所の方に行ったのか。疲れてたように見られたから休んでいて欲しいと言われたんだった。
 それで寝ていて。
「っ、本当にそうだった、か?」
 わからない。本当にそんなこと言われたかわからない。ただ一つ。今日俺がここに来たのは単にお菓子作りに来ただけじゃない。
 ここが本当にあの百足神社なのか。
 それを調べるために来たのだ。
「階段上ってすぐ境内があって、鳥居を抜けたら正面に本殿があって、その裏にこの家があったんだな、確か。記憶の限りは、確か裏は森になってるはずだ」
 声に出して一つ一つ百足神社までの道程を思い出す。これが俺が紫百合と出会ってからの百足神社での記憶。
 だけど去年の百足神社の記憶はそうじゃなかった。
 思い出せ、どうだった。本当の百足神社はどんな場所だった。
 まず階段。確か百段あった。去年俺は数えたんだ。聞くような相手が誰もいなかったから。そうだ、百足神社は無人神社。家なんてない。階段横の自転車を置くスペースに、俺のもの以外が置かれていることがなかったのも当然だ。
 その百段の階段の幅なんて大人二人が並んでなんとか歩ける程度。参拝客とすれ違ったことも一度もない。登ったすぐ先にあるの社。鳥居なんてない。俺の背丈くらいしかない小さな社が鬱蒼とした森のなかにぽつんとひとつあるだけだ。
 周囲に平らな地面なんて無くて、家を建てられるスペースなんてない。
 ない。
「じゃあ、ここはどこだ……くっ!」
 頭がズキズキする。自分で自分の脳味噌を弄り回しているかのような不快感だ。
 でもやめられない。ここが何なのか知らないと。紫百合が普通だって確信を得ないといけない。
「もしも立て直していまの百足神社になってるなら」
 障子窓。開ければ見えるのは森のはず。
「……なんだよこれ」
 愕然とした。
 障子を開けた先にあったのは壁だった。鈍色のコンクリートの壁。軽く叩いてもそれが薄い壁でないことがはっきり伝わってくる。
「地下、なのか?」
 木擦れの音や風の音が全くしない無音。明らかに地上じゃないことがわかる。
 おかしい。階段なんて下りていない。家は一階建てだった。周囲に壁となる崖もなかった。多少傾斜はあれど裏手は森だったはずなのに。
 どうする。ここはまともじゃない。必然的に、紫百合もまともじゃない……?
 このことを問い質すべきか。いや、まずは安全な場所に逃げるべきじゃないか?
 でもいま紫百合がいる場所は玄関も見えている。逃げようとすれば間違いなく見つかる。
 何か、何かないか。
 なんだ? 押入れの襖が開いてる? それにこの匂い。
「……」
 怖い。この先にあるのはきっと普段の俺にとっては恐ろしいものだ。
 でも、知りたい。ここに何があるか。ここは何なのか。紫百合は何者なのか。
 それを俺は知りたいし、知らなきゃいけない。
 襖を開くと、中に溜まっていた薄紫の煙が俺の顔を嫐った。甘ったるい紫百合の体臭に似た香り。恍惚に浸りそうになる頭を歯を食いしばり、拳を握ることでなんとか耐えた。
 そして、鮮明になる視界に現れた眼前の光景に俺は息を呑む。
 大百足。
 とぐろを巻く大百足の銅像が蝋燭の灯りと、薄紫の煙を焚く香炉の中心に鎮座していた。
 緻密さを兼ね備えた雄々しさと猛々しさが前面に現れている。なのにその身体の曲線、無数にある手足のしなやかさ、艶やかに煌めく大顎。異形のものであるはずなのに女性的な美を俺に感じさせた。
 魔的な美しさだ。
「それにこれって、確か社にあった」
 そうだ。去年社にあったあの像だ。あのときはもっと薄汚れて、錆びていたけど確かにこんな形状だった。紫百合がここに運んだのか?
 考えても答えが出るはずもなく、ふと俺は百足像の足元に一冊の小さな手帳があることに気づいた。
 これは紫百合の手帳だった。
 内容の前半は「孤独」だとか「白い悪魔」だとか内容の意味がわからなかったが、後半から俺の名前が出てきたことで彼女のものだとわかったのだ。
 偏執的な俺への愛情。
 そこにはバレンタインのずっと以前からの俺の一挙手一投足がつぶさに記されていた。俺は紫百合に常に見られていたのだ。
 そしてバレンタインのトリュフチョコレート。その材料が簡単に記されている。チョコレートの部分は普通だ。だがそれに混ぜられた酒の作り方と材料は明らかにおかしい。
 口噛み酒。私の毒。
 口噛み酒ってあれか? 唾液で作るっていうあの酒? そして毒。毒ってなんだ。それに私の? 
 百足神社。大百足。私という部分は無視しても、毒ってまさか。
 口元を俺は抑える。理性の方が嘔吐感を錯覚したが、身体はむしろ逆だった。指に触れて口元が緩んでいたのがわかっていた。喜んでいる? 紫百合の口噛み酒を、唾液でできたあのチョコレートを食べられて喜んでいる、のか?
 わからない。何もかも、自分が何をどう考えているのかすらわからない。
 何より。
「なんで……なんで俺なんだ」
 どうして俺はここまで彼女に好意を抱かれているんだ。手帳の前半の内容の彼とは俺のことなのか?
 俺は何をした。何をして紫百合に好かれることになったんだ?
「見ちゃったんですね」
 全身を無数の脚が絡みついて拘束したかのような感覚と、芯まで凍る怖気が駆け巡った。
 廊下への襖は少し開いていた。紫紺に輝く瞳が狂気を孕ませて俺を見据えていた。
 襖がゆっくりと開かれると、着崩された着物姿の紫百合が立っている。まるで漫画に出てくるかのような偏愛のヒロインのようで、包丁でも持っているかと思ったが幸い手ぶらだった。
「ああ、障子も開けちゃったんですね。残念です。もう少しだったんですけど」
「な、なんなんだ紫百合。全然わからない。これは、ここは――」
「――私は、ですか?」
 紫百合の口元の笑みが三日月を描く。暗い髪の底で鈍く輝く紫紺の瞳も愉悦に歪んだ。
 そうして、ひたりと一歩室内に踏み出した紫百合に合わせ、俺は後退した。それが意味のない行動だとわかっていても理性が身体を突き動かした。
 紫百合から発せられる甘い香り。あのチョコレートや紅茶から香ったもの、そして横にある香炉から立ち上る煙の匂いとまるで同じ。いや、それ以上に色濃く感じる。
 身体が紫百合のこの匂いを求めている。それを俺の理性が必死に抑えていた。
「ふ、ふふ、もうそれを見られちゃったからには、隠す必要なんて、ないですよね。瑞樹くんも私の正体知りたい、ですもんね」
「はぁはぁ、正体……?」
 俺はついに壁際に追い詰められた。背後の障子窓の先はコンクリートの壁、逃げ場なんてない。目の前の少女は小柄な娘だ。押し倒せば逃げられる。でも、紫百合の得体の知れなさがそうする勇気を挫く。
 何より、知りたい。紫百合のことを知りたい。
「ふふ、ふ、震えて怖いんですか? ごめん、なさい。きっと、これからもっと怖がらせちゃうと、思いますから」
「っ!」
 紫百合の両手が伸びる。それは言葉に不穏なものを感じて逃げようとした俺をいともたやすく捕らえ、背中を壁に押し付けた。
「だ、駄目ですよ。逃げちゃ。私の全部見てもらわないと」
「う、くぐ……」
 逃げられない。紫百合は女の子のはずなのに、全力で抗ってもぴくりとも動かない。
「大丈夫、絶対に瑞樹くんを傷つけたりなんてしません。誰にも傷つけさせたりしません。だ、だって、瑞樹くんは私のものになるんですから」
 紫紺の瞳が殊更輝くと、それは髪色へと伝播した。
「これがいまの私の本当の姿です」
 藤紫色に変色した長い髪、その頭部のあたりから触手を生やした。触手、違う。触覚だ。百足の頭にあるのと同じ節足の触覚。
 変化はそれに留まらない。首には大百足の顎のような牙が首に巻き付くように生えた。
「もっと見てください、私の本当を。あのときは見せられなかった私の本当を」
 腕から生えた牙のようなものが着物をはだけさせる。露出される肌。ふくよかに隆起した胸の頂点で実る桃色の乳頭。それを持ち上げるように背中から大きなムカデの脚が、紫百合の身体に巻き付いた。
 もっとも大きな変化は下半身だった。左右の足がまるで溶けるように混ざり合ったかと思うと、まるで巨大な百足の胴体部のように変化した。
 背部は暗い新緑、腹部は血色を帯びた薄色で、赤い牙のような歩肢が無数にある。紫百合の下半身は人間の脚だった頃よりも遥かに長く、部屋いっぱいに伸びて足の踏み場がなくなるほどだった。
「んっ、ふ、はぁあああ」
 紫百合が艶めかしいため息をつくと、彼女の秘部からまるで龍が昇るが如く毒々しい葡萄酒色の模様が、紫百合のシミ一つない白い柔肌の上半身を侵すように浮かんでいった。
 それは胸の乳頭、さらには首から腕にまで伸びていき、紫百合の煽情的な姿をより一層艶めかしく彩っている。
 そして、ついにはその模様は頬まで伸び、頭部の触覚と首元の大顎、下半身の一番先の大顎からどろりと粘性のある葡萄酒色の液体を滴らせた。
 悟った。あの手帳にあった『私の毒』。それがこれだ。
 嗅ぐ者を陶酔の境地に誘い、自ら獲物へと成り下がらせる魔性の猛毒だ。
 紫紺の大百足。人ならざる人外。
 それが紫百合の正体。
「し、紫百合、お、お前は俺をどうす、くぅっ!」
 紫百合の下半身が俺の下半身を巻きつけていく。より紫百合の身体が密着し、さらには胸と腰に巻き付いていた歩肢は開かれ俺に抱き付いてきた。身体に牙のような歩肢は食い込んでくるが痛みはない。むしろ。
「安心してください、瑞樹くん。痛く、ありませんから」
「は、離してくれ」
「怖いですよね、この身体。きっといまの瑞樹くんにはまだ、受け入れてもらえない。でも」
 紫百合が口を開く。人より少し伸びた犬歯。それは猛毒の液体でたっぷりと濡れていた。
「きっと、受け入れられるようになります。たっぷり、たっぷり、私の良さをホワイトデーまで教えて差し上げますから」
「な、なにを……」
 口を開いて、何をする気だ? まさか。
「み、瑞樹くんの中に蓄積させた私の毒、今日ここで解放してあげます。た、たっぷり味わって、私に溺れて侵されてください」
 つぷっ、と首元に鋭いものが沈み込む感覚を覚えた刹那。痛みではなく、痺れるような激しい快感に俺の意識は一瞬で呑まれた。
「あ、ぅぁ、あ……」
「ふ、ふふ、もう絶対に逃がしません。あなたは私だけのもの。私だけの、あはっ! 瑞樹くんっ! あははっ、ふふっあはははっ!」
 紫色の猛毒を口元に滴らせて哄笑する紫百合の満面の笑みを最後に、俺の意識は途絶えた。

―5―

 覚えのない薄暗い焦げ茶色の木目の天井が、ここが自室ではないと非情に突きつけた。
 正座のあとの足の痺れにも似た、しかしそれよりも圧倒的に快楽の度合いが強い痺れが俺の全身を捕らえている。
 俺は確か、紫百合に首を噛まれて。
「め、目が覚めましたね」
 突然横から顔を出した紫百合に、俺は声も上げられず呻く。
「ふ、ふふ。ごめんなさい、びっくりさせてしまいました。でも、もうずっとこのままでいいです、よね?」
「こ、ここは」
 視線だけを横へ動かすと、まるで時代劇で出て来そうな木の格子がある。窓は一切ないけど、格子の向こうには台所のような場所も見える。さっきまでいた家なのか。でもここはまるで。
「ざ、座敷牢?」
「ふふ、そんな無粋な言い方好きじゃ、ないです。形はそうなってしまいましたけれど、ここは私と、み、瑞樹くんの愛の巣なんですから」
「愛の、巣?」
 紫百合は満面の笑みで頷く。偏愛に濁った笑みを。
「私と瑞樹くんがい、一生暮らす場所なんですよ」
「一生って。何を言ってるんだ、離してくれ」
「ふふ、どうして離す必要があるんです? 瑞樹くんにはわ、私がいる。それでもう十分じゃないですか。こうして肌を重ねると幸せでしょう?」
 柔らかな感触が胸に押し付けられる。俺はいつの間にか真っ裸になっていた。紫百合も腕に着物を通しただけの全裸で俺に圧しかかってくる。
 苦しくなんて全然なくて、それどころか紫百合の重さがとても心地よく微睡みに浸りそうになってしまう。
「ち、違う、そうじゃなくて。俺は、何もわかってないんだ。意味もわからずここに拘束されて、閉じ込められてそんなこと納得できない……!」
「必要ですか?」
 きょとんと紫百合は小首を傾げる。
「わ、私は瑞樹くんが好き。だから私の本当の姿を見せました。一生を暮らせる場所も作りました。ここで私と瑞樹くんは交尾し続けるだけの生活を送れるんです。それでいいじゃないですか」
「よ、良くないだろ! 俺の気持ちを考え」
「考えてますよ、ん、れろぉ……」
 首筋を生暖かい肉厚な舌で舐めあげられると俺の全身はまるで絶頂を迎えたときのように激しい快楽に襲われた。
 下半身を濡らしてしまったかと錯覚するほどの激しい快感。視界が瞬いて紫百合の顔が見えなくなるほどだった。
「はぁはぁ、な、にこれ、ぅああっ!」
「ふふ、ふ、すごいでしょう? 私、考えてますよ。み、瑞樹くんをとってもとっても気持ちよくしてあげられるよう、幸せな気持ちにずっとずぅっとしてあげられるよう、考えてます」
 毒。あの毒のせいなのか? 噛まれたときに注入されたあの。
「まだ不安、ですか? で、でも大丈夫。私の身体に溺れば、私のことだけを考えられるようになります、から」
「お、教えてくれ、何で、こんなこと。どうして俺に、こんな」
「……ああ。そ、そういうことですね。どうして、私が、こんなにも瑞樹くんのことを愛しているのか、それが知りたかったんですね。ふふふ、あの手帳を見られたから、も、もう知っていると思ってました。鈍感さんなんですね、瑞樹くんは」
 微妙に噛み合ってない。だけど、この状況をもたらしているのが紫百合の俺への偏愛なのだとしたら、そのきっかけを知ることさえできればこの状況を改善できるかもしれない。
「ど、どこからお話しましょうか。私、あまりお話上手じゃないから、脱線しちゃうかもしれ、ないですけど、許してくださいね?」
「こ、こんな状態で話すのか? 服を」
「服なんていります?」
 真顔で言われてしまった。
「こ、こうして素肌を重ねていると私は幸せです。瑞樹くんもそうでしょう?」
「じゃあせめて身体を起こして欲しい……頼むから、お願いだ」
「! はい! 瑞樹くんからのお願いですもんね! うふっ、ふ、ふふ、瑞樹くんのお願い、ふふっ」
 身体を起こされるけど、俺の身体はまだうまく力が入らない。承知しているのか、紫百合は俺の身体を真正面からムカデの胴体腹部分に座らせてきた。俺の脚は紫百合の腰を抱き込む形にされる。
 意外と柔らかい。視覚的な生理的嫌悪感は正直否めないけど、直接触れてしまえば若干なりとも和らいだ。何よりこれは紫百合の身体で、無数の歩肢は俺が滑り落ちないよう優しく掴んでくれているから。
 だが落ち着かない。全然落ち着かない。俺は全裸で紫百合はほぼ全裸。ピンク色の綺麗な乳首だって見えている。アソコ、オマンコは何やら札のようなもので封して隠されているけれど、輪郭と筋が浮き出てむしろ卑猥に見える。
 そんな状況じゃないってわかっているのに、つい視線がそちらに引き寄せられてしまいそうになって、耐えるのがきつい。
「お、重くないのか?」
「ふふふ、心配してくれるんですか? 嬉しい。でも大丈夫です。み、瑞樹くんが乗ってくれていると思うと、私、それだけで達してしまいそう」
 紫百合の笑みはエロ動画でも見たことがないような狂気と悦楽に蕩けたもの。崩れた表情なのに、それでも、いやいつも以上に美しいと思えてしまう。
 達するっていうのはやっぱり俺がオナニーでイクときみたいな、アレなのか。女の子もイクと噴き出すのか?
「っ」
 やっぱり何かがおかしい。毒のせいなのか? 変なことばかり考えてしまう。
「紫百合はやっぱり人間じゃ、ないんだな」
「はい。元々人間じゃないです。瑞樹くんも薄々気づいているんじゃない、ですか?」
「じゃあ紫百合は百足神社の、神様」
「そう呼ばれる存在ではありました。そう呼ばれたことなんてもうずぅっと遠い話ですけれど。でも様付けなんていりませんよ? そんな無粋なのいやですから」
俺は正直神様なんて信じちゃいない。全然信心深くないし、去年だってそれくらい追い詰められていたから必死になって縋っていただけのことだ。事実感謝こそすれ、合格した後は一度も百足神社に行かなかった。
 でも、この状況、紫百合の姿、人ならざる所業。こうもまざまざと見せつけられては神様がいると、紫百合が神様なのだと信じざるを得ない。
「だけどどうして俺なんだ。男なんて吐いて捨てるほどいるし、俺なんて何の取り柄もなくて、友達とバカばっかりして、女の子と付き合ったことどころか、それこそバレンタインで義理チョコすらもらったことない奴なのに。俺に、神様から好きになってもらうようないいとこなんて――ッ!」
 れろぉと艶めかしい音を立てて、俺の頬を紫百合の肉厚な舌が舐めあげた。ゾクゾクと嫌悪よりも興奮が身体の内側で一斉に吹き上がる。
 それに舌で舐られたところが、噛まれたときでないほどにせよ甘く痺れた。もっと舐めて欲しいと思う程の気持ちよさ。
 紫百合が見せつける長い舌からは葡萄酒色の液体、彼女の猛毒がてらてらといやらしく光っている。
「変な瑞樹くん。ふ、ふふ、自分を卑下する必要なんて、ないのに。こんなにも素晴らしい、愛しいお人。いまあなたが紡いだ言葉は、より一層、瑞樹くんのことを好きにさせましたよ。他の男? 瑞樹くん以外の男に興味も何の価値もありません。取り柄もない? ありますよ。こうして傍にいるだけで私を幸せにできます。これはあなた以外には何人にもできないとても素晴らしいことなんですよ? 女の子と付き合ったことがない? チョコをもらったことがない? ああ、なんて幸運なんでしょう。瑞樹くんの最初で最後の女に私はなれた、心を込めたチョコレートをあげることができたんですから。穢れのない瑞樹くん。私だけの瑞樹くん。私色に染まる瑞樹くん。瑞樹くん瑞樹くん瑞樹くん全部全部私のもの、その身体も心もこれから先の人生も全部私の私だけの私と一緒に在り続ける瑞樹くんああああああああああああああああ!!」
「っっ!?」
 偏愛どころじゃ済まない。
 狂愛。
 俺に対する狂った愛情を叫ぶ紫百合が俺を力強く抱きしめてくる。
 苦しくはない。男の俺が全く敵わない力を持つ神様の紫百合だけど、抱きしめられて感じたのは痛みではなく気持ちよさ。
 柔らかな肉の感触をこれでもかと前身に浴びせられて、抗いようのない性的衝動が股間へと集っていく。
「あはっ、ふふ、そ、それに、とても立派で愛おしいものを持ってるじゃないですか」
「くっ、うぅっ、そんな腰を押し付けたら……」
「す、少しお腹をくっつけてるだけです、よ。なのにもうイッちゃいそうなくらい、猛って……ふふ、気持ちいいんですか? 嬉しい。私の、身体、くっつけるだけでこんなにも感じてくれる、なんて」
 くっつけてるだけ? それだけでこんなに? ああ、本当にそうだ。いままで見たことがないほど大きく反りかえった俺のペニスが、俺の身体と紫百合のお腹に挟まれてる。そして尿道口が、パクパクと喘ぐように開閉している。
 昇っている。自分でするのとは比べ物にならないほどの絶頂の塊が、ただ紫百合の身体に押さえつけられただけで昇ってきている!
「紫百合、駄目だ、俺ッ!」
「出しちゃいましょう? 私の身体の気持ちよさ、折角ですし、味わってください」
「っぁああ!!」
 ビュルッという音を幻聴した。快感に身体を弓なりに反らすと、眼前を白濁の塊が飛び散る光景が過ぎる。
「きゃっ! ……ふふ、あはぁ、こんなにも、と、飛ぶんですねぇ。瑞樹くんの射精。ふふ、素敵……」
「はぁ、はぁはぁ、しゆり……」
 上半身は射精時に紫百合から離れ、完全に紫百合のムカデの胴体に支えられている。
 半分天井に向いていた視線を、紫百合に向けると俺は目を見開いた。
 紫百合の上半身、白い肌と葡萄酒色の模様が白濁の液体に塗れていたのだ。急な傾斜のあるおっぱいに垂れる精液の、葡萄酒色の模様とのコントラストが煽情的で情欲をこれでもかと煽ってくる。
 こんなに出したのは生まれて初めてだった。どう見ても普通じゃない。
 嬉しそうに垂れた精液を見下ろす紫百合は、へそに溜まっていくそれを指で掬い。
「ん……こく、ふふ、美味しい」
 まるで極上の蜜でも舐めているかのように蕩け切った表情でを舐めとっていくのだ。
「もう我慢できない。ぜ、全部一気に飲んじゃいますね」
 紫百合が人差し指を振るうと、まるで魔法のように彼女の身体に飛び散った精液が上へと滑りのぼっていく。まるで精液が紫百合の身体を舐めるような光景で、倒錯感さえ覚えた。
 そして俺の精液は残らず紫百合の口へと入り込んでいく。紫百合はその間ずっと俺の目を見ていた。紫紺の瞳を輝かせて、俺の視線を釘付けにする。
「ごくん……ぷはぁ」
 喉を鳴らしていやらしく全てを呑み干した。まるで、この精液たちがこれから俺の辿る運命だと言わんばかりに。
「ごちそうさまでした」
「そんなの、飲んで」
「何を言っているんですか。この身体になった私にとって最愛の人、瑞樹くんの精液は極上のごちそうなんです。ふ、ふふ、最高の味でしたよ」
「ッ……」
「ふ、ふふ、まだまだ全然萎えてなくて、もっとして欲しいってびくんびくんしてますね」
 言葉を返せない。本当にその通りだった。俺の股間は、いや俺はあの快感をもっと欲しいと思ってしまっている。
 でもそれを口に出して言ってしまえば、きっと終わる。いまの俺が終わってしまう。
「ふふ、安心してください。瑞樹くんがおねだりするまではもうしませんから。それに、お話の途中、でしたもんね」
 そうだ。何故、俺をこんな目に遭わせたいのか。それを聞かなちゃいけない。
 聞かなくちゃいけないのに、もうどうでもいいと思い始めている。思考能力がだんだん失われつつある感覚だ。
「ずっと」
 紫百合の声音がほんの僅かに変化したのを感じた。
「ずっと独りでした」
 それはとても寂しそうな声音。誰にも届いていない、届けることを諦めたような、独り言のような呟き。
 紫百合は、さっきまでと狂色とは異なる儚げな視線を俺に向けてくる。
「瑞樹くんは知っていますか? 神様はどうしたら死ぬのか」
「神様が、死ぬ? 神様って死ぬのか?」
「はい。神様は基本的には不滅の存在です。在る、という概念のようなものですから」
 紫百合が俺を抱く手に強く力を込める。まるで怖れから耐えるように。
「でも、そんな不滅の神様でも消えてしまうことがある。全ての人から忘れ去られることによって」
「忘れ去られる」
「か、神様の力は、その信仰される量に比例します。大きな社で祀られ、参拝する者が多ければその神様は大きくとても強い力を持って、より不滅なものと、なります」
「だけど信仰されることがない神様は力がなくなる?」
 紫百合は泣き笑いのような表情で頷く。
「あ、あのとき、私は消えかけでした。信仰されること、つまり、求められることで存在を確かなものにする神様にとって、参拝されることのない状況は致命的、でした。誰も参拝することのない百足神社にいた私は、もう消えることをただ待つのみだったんです。で、でも」
「じゃあ」
 紫百合が満面の笑みを浮かべる。俺を見て、目尻を垂らして歓喜に口元をほころばせた。
「瑞樹くんが来てくれた!」
 紫百合が俺の背に腕を回し、痛いほどにいや、達してしまいそうなほど激しく抱きしめてくる。
「わ、私はあのとき、必死になって私に、祈ってくれた瑞樹くんに救われたんです。消えずに済んだんです。命を救われたんです。ふ、ふふ、だからずっと、ずぅっと、そのときから恩返しをしたいと思っていました。でも私にはまだ瑞樹くんに加護を与えるだけの力は戻って、なかった。それに私は神様。す、姿だってあの御神体そのもの。もし姿を現していたらきっと、瑞樹くんを、今以上に怖がらせてた」
「御神体そのもの……?」
 押入れにあったあの像か? あれはいまの紫百合とはとても似ても似つかない姿だぞ。
「そうしているうちに、瑞樹くんは来なくなった。私はまた、独りになってしまった。会いたかった、瑞樹くん。あなたの祈りを、声を、姿を、ずっとずっと見ていたかった。この手で触れたかった、あなたの瞳を、わ、私に向けて欲しかった。ずっとずっと想っていました。朝も昼も夕も夜も。あのとき私を救ってくれた瑞樹くんのことだけを。でも瑞樹くんと一緒になることは叶いませんでした」
 宿る。紫百合の瞳に狂愛の灯火が。
「あのとき白い悪魔が、神様が私に、くれたこの、人と神の混じり合った姿と、そして」
 紫百合の声が耳を犯すように紡がれる。
「瑞樹くんを愛する、唯一の方法を教えてくれるまでは」
「ッ!」
 ぞわりと悪寒がしたときにはもう遅く、俺は紫百合に押し倒されていた。また馬乗りの状態に逆戻りだ。
「学校に入り込むのは神力と、魔力を使えば容易でした。それからずっと考えていたんです。どうしたら瑞樹くんを私のものに、できるかって。ただ単に毒を注ぐだけじゃあ、瑞樹くんを必要以上に怖がらせてしまいますから。それにどうせなら、学校生活の中でふふ、同級生として、恋人として、そうして夫婦になりたいじゃないですか。でも私、神様だから接し方なんてわからなくて……だから、バレンタインデー、異国の文化ですけど、いいものですね。私に勇気をくれました」
「……じゃあ、やっぱりあのチョコには」
「はい。私の唾液と、そしてこの毒をたぁっぷりと練り込んであります」
「ど、毒……」
「ふ、ふふ、安心してください。命を奪うものじゃないですよ? それどころかとっても元気にして、くれますよ。どこ、とは言いませんが」
「くっ、はぁはぁ」
 ぐりぐりとペニスを下腹部で押さえつけられる。荒い息が漏れて、さっきイッたばかりなのにもう達してしまいそうだ。
「それに練り込んでいた毒はちょっとした改良版です。依存性と中毒、蓄積。そして、毒の持ち主に吸い寄せられてしまうんです。いまだって、瑞樹くん、毒がもっともっと欲しいって思っているでしょう?」
「……ち、違う。俺は別に、そんな」
「本当に?」
 紫百合が舌を垂らし、一滴の葡萄酒色の毒を俺の口元に向けて落とす。
「そのままだと口に入っちゃいますよ。顔を傾けないと」
 わかっている。このままだと毒が滑って唇をこじ開けて口内に侵入してくる。そうして、粘膜に染み込んで体内に入り込み、紫百合色に染められたことを俺の身体が喜びに震えるんだ。
 だから飲んだ。
 舌で舐めとった。甘くて芳醇な紫百合の毒を。心までも蕩かせる猛毒を。
「あれ、なんでおれ、なんで……駄目、なのに、もっと」
「も、もう瑞樹くんの身体は、戻れないところまで私の毒に、ふ、ふふ、染まっているんですよ。こうして、はぁ〜」
 紫百合のあの香炉よりももっと濃密な毒息が鼻腔を犯してくる。息をする、たったそれだけで達してしまいそうなほど。
「唾液もあげます。ん、んぁ……」
「あ、あ、ごく、っ!」
 猛毒汁混じりの紫百合の唾液が喉を通れば、やはりそれだけで精を放ってしまいそうな快感が全身を貫いてくる。
「ふ、ふふ、蕩けた顔、素敵です……もう私のことしか、考えてないって顔。まるで、瑞樹くんのことしか考えていない私みたい」
 紫百合、紫百合のことだけ? そんなこと、俺は別に。
 必死に頭をフル回転させる。このまま紫百合のなすがままにされるのはまずい。頭まで紫百合に染められたらもう後戻りできない。
 だから、あれ? 何を考えてたっけ、いま紫百合の拘束から紫百合の手から逃れたら、えっと紫百合の毒を啜る?
 いや、違うなにを。えっと紫百合を背中から抱きしめてうなじに顔を埋めて、首元の牙の毒を舐めて……違う違う違う!
 俺は。えっと、俺は。
 紫百合を、紫百合に、紫百合が、紫百合と、紫百合で、紫百合は、紫百合も、紫百合は。
 紫百合は俺だけのもの。俺は紫百合だけのもの。
「はぁはぁ、紫百合……俺」
 そうだ、もっと紫百合の毒が欲しいんだった。もっとこの身体をいっぱい紫百合の毒で満たして欲しい。
 紫百合はとてもいやらしい“俺好みの”狂愛に染まった笑みで頷いてくれた。
「毒を出すところはいっぱい、あります。私の口、頭の触覚、首の牙、それにおっぱい。ここはミルク混じりの猛毒が出るんですよ。そして、大百足の尾先の大顎。ふふ、どれがいいですか?」
 葡萄酒色の猛毒を垂らした口に触覚、牙に大顎、さらにはおっぱいからはたらたらと粘性のある薄紫のミルクが零れている。どれもこれも美味しそう。どれか一つ選ぶことなんてできやしない。
「……」
「ふふ、全部、ですね」
 大百足の胴体が、紫百合の上半身ごと俺の全身に巻き付いてくる。尾先の大顎が紫百合の横で猛毒を垂らしながら煽情的にゆらゆらと揺れる。
 おっぱいは、乳首が上へ向くようにずらされ、乳首は俺の口元へと照準が定まっていた。びんびんに勃起したピンク色の乳首。その乳首に繋がる模様がよく見れば脈動している。まるで弾を込めるように、乳首へと毒を集めている。
 首元の牙と触覚からはむせかえるような甘い匂いとともに猛毒の汁がぼたぼたと俺の首元と髪にこぼれ落ちていく。
 そして、紫百合は口をもごもごとさせた。口の端から涎のように毒が滴って顎を伝う。
 卑猥で、淫乱で、魅力的な、俺だけに性的衝動を向けてくれる紫百合。その情欲がいま俺に注がれようとしている。
「たぁっぷり、味わってくださいね。これがないと生きていけなくなるまで」
 猛毒を滴らせる大顎は俺の腕に噛みつき、乳首は薄紫色のミルクを俺の顔に噴きつけ、首元の牙は俺の首の頸動脈へ直接毒を流し込み、触覚は俺の髪を毒で濡らしていく。
 そして。
 まるでスライムのようにねばついた毒の塊が、紫百合の口から俺の口内へと垂れ流されていった。
「……さぁ瑞樹くん、たっぷり私に溺れて、幸せになってくださいね」
「んぷっ、んぐっごくっんんぐ」
 紫百合に溺れるために俺は、歓喜の涙を垂れ流しながら毒を呑み込んだ。舌にも歯にも頬裏にも、喉にも絡みつく毒を体内へと流し込んでいく。
 毒がもたらす快楽に俺は屈した。紫百合に屈した。
 それでもまだ、俺は達しそうになるだけで、達することはできなかった。
 紫百合に精を吐き出したい欲望は蓋をされ、俺の身体の内で射精欲がマグマのように煮えたぎっていたのだった。
18/03/04 23:14更新 / ヤンデレラ
戻る 次へ

■作者メッセージ
次回で終了予定です。更新予定日はホワイトデー当日か前後になります。
残すところエッチシーンのみなのでもうさすがに伸びないはず。

はぁ、私も毒に犯されたいなーその娘のことしか考えられなくなる身体に作り替えられたいなー。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33