連載小説
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邂逅の罪
【ある女鍛冶師がいた
 その鍛冶師は指折りの名工で都各地から武器製作の以来がくるほどであった

 ある日のこと、製作途中の武器を壁に立てかけておくと
 そのふもとを彼女の愛犬が歩いていた
 たまたま運が悪かったのであろう
 武器は犬の方向へ倒れ、愛犬は真っ二つに切断されてしまった

 悲しみに暮れる鍛冶師
 だが彼女はあることに気が付く
 愛犬を殺した忌々しい武器がとても美しく見えたのだ
 今まで作り上げてきたどの作品よりも格段に

 それから彼女は実験を始めた。まずは虫、魚から
 次いで野良猫、野鳥、家畜と彼女の武器製作は次第に発展していく
 それにつれ彼女は確信する
 製作に使用する命の大きさが大きいほどより良い武器になるということに

 そんな噂を聞いた領主はすぐさま鍛冶師に依頼を出す
 見たこともないような極上の武器を作ってくれというものであった
 鍛冶師は快く承諾し武器製作に取り掛かる
 今まで培った技術を惜しみなく発揮する機会だ

 しかし、彼女はつまづいた
 いくら上質な素材を使用しても、いくら新鮮な命を刈り取っても
 領主に献上するような武器が出来上がらない
 彼女の顔に焦りが見え始めた

 期限まであと僅かしか残されていない
 期限までに完成することができなければ恐らく自分は打ち首だろう
 しかしむやみに焦って中途半端な作品を献上しても同じことになる
 どうすれば……


 そこで彼女はひらめいた
 

 期限の日の朝
 弟子が鍛冶師の様子を伺おうと工房に顔を出すと
 そこには三つのモノが転がっていた
 弟子は大慌てで仲間を呼びに去っていく

 そこにあったものは
 一つは、武器
 一つは、胴体
 一つは、頭部
 それら三つが血塗れで転がっていた

 その武器は鍛冶師の遺作にして最高傑作になったという】






「いらっしゃいませ……ようこそ"ぬけがら屋"へ。どうぞごゆっくり御覧くださいませ。
 オヤ……武器防具を御探しですか。それではこちらへどうぞ……
身近な日用品から戦闘用まで数多く取り揃えておりますゆえ、お気に召されるものがございましたらいつでもご相談ください。
 ホウ……それをお手に取りますか。なかなか良い趣味をしております。
その斧は『免罪斧(メンザイフ)』と呼ばれる業物の一つです。長らく手入れをされていないものですので切れ味はありませんが……お客様自身が手入れをなされば斧はそれ相応に応えてくれるでしょう。
 元々は装飾用に作成された一品とお聞きしますが……その出生には色々といわくのようなものがありまして……ええ……
 お代ですか?いえいえ結構です……無料で提供してさし上げますよ。いいのですいいのです。
 普通の一般客であれば多額な金額を頂く算段でしたが……どうやらお客様はその斧に選ばれた資格ある者、のようですので。ええ、そうです。
 どうぞお持ち帰りくださいませ……どのように使用するかは彼方次第です。
 それでは吉報をお待ちしております……」





―――――




バヅンッ


 音が響く。
 それは何かを切断したかのような音だ。
 ロープのように細くはなく、かといって丸太のように乾いた音ではない。肉のように瑞々しくて、心のどこかに不快感を感じさせるような、そんな音。
 その場所は日の光も入らぬほどに暗く、冷たく、そして圧倒的に何もない。
 石造りの小さな四角い小部屋が五つほど並び、入り口部分には全て堅牢な鉄格子が設置してある。南京錠が数個に分けて施錠されているところを見ると相当厳重に管理されていることがわかる。
 最奥には少し開けた小部屋がもう一つあり、この小部屋は他の部屋と比べいくつか異なる点があるようだが――
 全ての部屋に共通しているのは日の光が入らない地下、冷たい石造りの外壁に堅牢な鉄格子。これらが意味する場所とはただ一つ。

「…………」

 地下牢。
 外部とは遮断され完全に隔絶された世界である。
 太陽を拝む窓すらなく、あるのはネズミが通り抜けするような排気口や排泄物を落とす穴くらいなものだ。
 どこからか水の滴る音が聞こえてくるのを察するに水道管が錆びついているのだろうか。隅には薄汚れた布やネズミの糞が転がっており、さらにはウジが湧きはじめる糞まであって不衛生極まりない。
 ここまで聞けばよくある普通の地下牢と思うであろう。だがしかし、この地下牢はもう一つ特別な意味合いのある場所でもある。
 
「…………ふう」

 この地下牢には計七つの部屋がある。
 一つは看守室。独房と作りは似ているものの明かりは灯るし、綺麗な水道も通っている。何より部屋の奥から続く階段を上れば、唯一外界と繋がりのある部屋なので、地下牢にある部屋だが実質は地上の一部分と言っても差し控えはないだろう。
 五つは独房。前記したように石造りの四角い部屋で入り口は鉄格子でふさがれている区画で、誰が見ても独房という作りになっている。内部には木製のベッド、排泄用の穴、小さな机しか配置されていない。
 排泄用の穴は全て下水に繋がっているが、ここから脱獄しようと考えるものはいないだろう。なぜなら地下下水道には凶悪な病原菌を保有しているネズミがいたり、汚水が濁流の如く流れており、なにより迷宮のように複雑に絡み合った下水道から再び地上へ出られる算段などないのである。また最悪の場合として、"人ならざる存在"に遭遇し人間としての生涯を追える可能性もある。
 木製ベッドにいたっては、いたるところが腐り始めておりふとした弾みに崩れてしまいそうである。長らく洗濯されていないので、ノミやシラミが繁殖していてもおかしくない。

「……後処理、頼む」

 そして最後の一部屋。この部屋が、この七つ目の部屋こそが地下牢が特別な場所と呼ばれる所以である。
 この部屋は――死刑執行室。
 聞いて字の如く、罪人を然るべき手段で然るべき処理をする最重要設備だ。
 部屋の隅には刑を執行するための道具が重々しく鎮座している。
 武器庫には多種多様の刃物が取り揃えてあり、どれもが錆一つなく綺麗に手入れされている。しかしそれは刃先の部分だけであり、柄のほうを見てみると幾重にも染み付いた血糊によりドス黒くにじんでいた。
 他にも睡眠薬や毒薬、ギロチンや大縄、挙句の果てには鉄の処女やら青銅の雄牛まで準備されており言いようのない恐怖を植えつけられる。

「いやー今日も景気よくスパッとやっちゃってくれたな」

「…………」

 つい先ほどまでは死刑執行室には三人が存在していた。
 しかし今は二人。いや、二人と一体と表現したほうがいいのだろうか。
 二人の眼前に横たえるは、人。人であったもの。頭部と胴体は綺麗に切り離され、その接合部からは鮮血が溢れ出て来ている。
 一般人がこの光景を見たものなら卒倒間違いなしであろう。人間の首が飛ぶ瞬間なぞ普通に生活している限りではまず見る光景ではない。
 だがしかし、この二人は違う。この二人には人間の死を目撃するなど遠い昔に慣れてしまった出来事である。彼らにとってこれは仕事でしかないのだ。

「……気をつけろ。こいつ、梅毒持ちだそうだ」
「あぁ知ってるよ、俺も資料には目ェ通してある」

 そう言って細身の男は死体の処理をし始める。感染症持ちの死刑囚の遺体を無駄な動作なくてきぱきと処理する一連の動作は相当手馴れている証拠だ。
 彼の名はミック・ハインリヒ。この地下牢で唯一の責任者であり、彼もまた執行人の一人である。今回は死体の後片付けという役割らしい。

「そういうお前は大丈夫なのか……って心配する必要ねーわな。返り血一つ浴びてねぇし」
「もう慣れたもんだ」

 そしてもう一人。
 血が滴る大斧を軽々と担ぎ、死体を見下ろす男。
 ロズ・オーンス。彼の名だ。
 無骨で無粋で寡黙な大柄の男、というのが彼を見て誰しもが抱く第一印象であろう。
 生気が宿って無さそうな隈だらけの目に、腹の底まで響く重低音な声、そしてその巨躯である。対峙しただけで生物的格差を感じさせるような、そんな男だ。見た目の威圧感と寡黙さで圧倒されそうになる。

 ここはただの地下牢ではない。
 この地下牢に収容されに来る人物達は皆、何らかの原因により大罪を犯し処刑判決を下された人物なのである。それは殺人であり、詐欺であり様々であるが、少なくとも世間を震撼させるほどの出来事を起こした人物であることは間違いない。そうでなければこれほど厳重でかつ最低な衛生面の場所に収容されるはずがないのだから。
 つまるところここは、【死刑囚専用地下牢獄】と言ったところだろう。
 収容されるイコール死を意味するこの地下牢では命乞い、買収などの行為は霞を掴むかのごとく無駄な抵抗なのだ。
 現にこうしてたった今一人が処刑されたのだから。

「……斧、手入れしてくる」
「おう、後は任しておけ」

 ロズは血がべっとりと付着した大斧を担ぐと部屋の奥へと消えていった。彼には変に几帳面な癖があるらしく、執行に使用した武器は毎度使用する度に使用前よりも更に綺麗にしようと手入れをする癖がある。
 武器庫の武器が全て刀身の部分だけが手入れされているのはこの所為であって、ロズがいかに武器を大切に扱って手入れをしているのかがわかる。ただ几帳面過ぎるだけなのかもしれないが。
 柄の部分はミックが担当とのことだが、面倒くさがりやのミックがまともに武器の手入れをしたためしなど数えるほどしかない。

「よくやるねぇアイツ……よっこら、せっと」

 そんなロズを尻目にミックは死体を麻袋に詰める。
 当然胴体の部分そのままでは麻袋に入りきらないので、ミックはこれまた手馴れた手つきで死体の処理を実施する。
 ボクンッ
 ボグンッ
 と、鼻歌交じりに間接をへし折りコンパクトに折りたたむのだ。

「フ〜ンフフ〜ン♪大腿骨〜あらよっと♪膝を逆に〜♪背骨折りたたみ〜♪ふふんふ〜♪」

 猟奇的。
 そう思わざるを得ないだろう。ヒトの胴体がありえない方向に折れ曲がり収納されるこの光景を猟奇と思わなければそれはもう狂気に犯されていると同義だ。
 しかし彼には、いや、彼らにはその自覚は全くない。これが彼らの仕事なのだから。国から正規に認められた由緒正しい職務なのだから。
 初めのころは流石に躊躇い、抵抗というものはあった。首を切断するのも一太刀では終わらず何度も何度も切り刻んだこともあった。死刑囚の断末魔が夜な夜な夢に出てくることもあった。しかし、慣れというものは恐ろしいもので、今ではヒトを殺すことに恐怖も快感も覚えることがなくなったという。
 処刑とはただの仕事であり作業。それが彼らの言い分だ。
 正義ではないのかも知れない。しかし、必ずしも悪というものでもない。
 罪を犯した者を裁くのは国が決めた制度なのであって彼らはそれを実行しているだけなのだ。そこにはただ死あるのみである。
 
 今日も地下牢は鼻歌と砥石のコーラスが響いている。





―――――




「あ゛〜〜臭っせぇ、汚ぇ、疲れた」
「……随分遅かったじゃないか」

 どかっ、と勢いよく看守室の扉が開きミックが腰掛ける。
 彼は死体を麻袋に詰め終え、その袋を地上の処理場へと運びに行っていたのだ。死体の処理は彼らとはまた別の役職の者に仕事が分け振られているので、処刑人自らが死体の処理を行なうというわけではない。彼らは処刑を行なうのみでありその後の仕事は一切関係がないのだ。
 地上から戻ってきたミックは深々と腰深く椅子に座り込み、両足をテーブルに乗っける。

「人ごみがメチャクチャで全然歩けんかったわ」
「式典でもあったのか?」
「まぁそれと似たようなモンよ」
「……今日は何か特別な記念日だっただろうか……」

 そういいロズは無愛想な顔を更にしわ寄せ険しい顔つきになる。ただでさえ強面な顔つきなものだから、しわを寄せたときの彼の顔は言葉に表現するには耐え難い表情をしていることだろう。
 ミックはテーブルの端から煙草を取り出すと口に咥え、一服つく。
 2、3度煙草の味を堪能し心が落ち着く。看守室が若干煙っぽくなりはじめ視界が見えづらくなるころ、ようやくミックは口を開き始めた。


「大臣が亡くなったんだとよ」
「なるほど……葬儀というわけか」
「あぁ。ぱっと数えただけでもウン百人は参列しててよぉ。すげー人だかりだった」
「大臣ともなるそれくらいは軽くいくだろうな。しかし……」

 ズズ……と軽くコーヒーを啜りながらそう呟く。
 彼らの所属しているこの国はそれなりの規模の範囲を統治している国家だ。中立国家でもあり、魔物と人間との関係も良好、他国との争いごとも現時点では収まっているとのことで平和な国である。
 そんな平和な国で大臣の一人が亡くなるということに少し疑問を抱いたロズは再度問いかける。

「大臣の名は?」
「ガルメント卿」
「あぁあの人か……まぁ前々から賄賂だの裏金だの噂は耐えなかったからな」
「暗殺されてもしゃーねぇってか?そりゃキッツイぜハハハ!」

 げらげらと下卑た笑いをし体を揺らす。
 その反動でテーブルに乗り上げたミックの靴が擦れ合い、靴底の土が飛び散るのに若干の苛立ちを覚えるロズであったがいつものことなのであまり気にはしないことにした。ついこの間も似たようなことがあったので彼は再三注意していたのだが、一向に改善の余地がないのでいつの間にか注意することもやめてしまった現状である。
 
「噂によると暗殺じゃないらしいがなぁ。死因までは俺も知らね」
「……そうか」
「病死とか事故死じゃないかぎり、誰かに殺されたってことだろ?ってことはだ」
「…………仕事が一つ増えそうだな」

 折角牢屋が一つ開いたのにまた一つ埋まることになるとは。
 それに対しての二人の感想は"面倒だ"で珍しく一致し、同時に看守室には二つのため息が吹き荒んでいた。
 ここ最近は重罪人の数も少なくなり、五つある独房が全て埋まるということほとんどなく、多くても二、三人いればひと月の仕事が終わってしまうくらいだ。
 先ほど処刑した者を除けば現在収容されている死刑囚は一人のみとなり、今月は仕事が楽にできそうだと息巻いていた二人であった。
 願わくば病死、事故死であってほしいと不謹慎ながら思うこの二人に喪に服す気持ちなどあるのだろうか。――定かではない。

 コンコン
 コンコン

 それからしばらく他愛もない雑談をしていた二人だが、突如地上へと通じる扉からノックが聞こえるとピタリと会話を止め扉の方へ視線を向ける。
 ミックが「どうぞーぃ」と気の抜けた返事をすると、一人の男の姿が見えた。軍服に身を包み、目元が見えないくらい深々と軍帽を被り、見るからに兵隊隊士と思しき人物がそこには立っている。兵隊のひな型とでも言えるようなまさしくそんな人物が。

「ミック上官殿。お伝えしたいことがあります、少しこちらへ」
「あ、俺?何の用かねぇ」

 テーブルに乗り上げた足をようやく地につけ、彼はさも面倒くさそうな口ぶりと仕草で立ち上がると扉から微動だにしない軍人の方へと歩き寄っていった。
 実質この地下牢の管理者はミックであるので、何か連絡がある場合はまず彼に連絡が通達される手はずになっている。
 通達される出来事は主に新しい役員の名簿であったり、今月の出来事であったり、後は部署ごとでそれぞれ重要なことだ。
 そしてこの地下牢にも特別なことが通達されることがあるが――それは大抵ろくなものではないのがほとんどである。
 扉でミックと軍人が会話しているところを尻目に二杯目のコーヒーを淹れながらロズは何か面倒くさいことになりそうな予感を感じつつ、その鼻で香りを堪能していた。地下のカビ臭さとコーヒーの香ばしさがブレンドされ、これはこれで悪くない香りがしているようだ。

「カァ〜噂をすれば何とやら、ってやつだこりゃ」
「もう終わったのか。早かったな」

 数分の後、用事を終えたのか軍人は深々と一礼すると足早に帰っていった。
 それとは対照的に、非常にだらけた歩き方でふらふらとテーブルのほうに戻ってくるミック。手には数枚の書類が握られている。先ほどの軍人から渡されたのだろう。
 ミックはすかさず煙草に手を伸ばし二本同時に加えると、そのまま二本ともに火をつけ胸一杯まで吸い、そして盛大に吐く。まるで溜めた鬱憤を煙草に交えて吐いているかのようである。

「仕事だ仕事。残念だったな、やっぱりガルメント卿は殺害されたんだってよ」
「そうだとは思っていたがやはりか」
「せ〜っかく今月はのんべんだらり過ごせると思ってたんだがねぇ。あぁ人生とはこうも楽にはいきませんなァ」
「処刑人とは思えん台詞だな……で、そいつはまさか大臣の……アレか?」
「半分当たって半分違ェな。まぁコレよく見ろよ」

 ミックは手にした書類をテーブルの上に広げる。
 書類には長々と長ったらしい長文が書かれており、目を通すだけでもめまいがしそうになるものだ。そういうものはすべてミックが管理しているのでロズは読む必要がなく、毎度のことながらここだけはミックに感謝している。
 ロズがまず始めに見つける書類は死刑囚の顔スケッチとその詳細が書かれたものだ。これさえ目を通しておけば大抵の出来事は把握できる。

「む、二人なのか……男が一人、女が一人」
「そ、んでガルメント卿を殺したってのがこの女だな」
「珍しいな……男じゃないのか」
「色目使って暗殺でもしたんじゃねーの?ほれ、スケッチ見る限りでは結構上玉じゃねぇか」
「どれ……"カティア死刑囚(女27歳) ガルメント卿殺害の罪及び無断住居侵入、金品強奪等の罪により極刑とす"だそうだ」

 すらりと伸びたロングヘアで凛とした表情の女性スケッチがその書類には描かれていた。ぱっと見犯罪を犯すような凶悪な人相には見えず、むしろその逆、街角ですれ違おうものならつい振り返ってしまうかのような整った顔立ちをしている女性である。その女性が人を殺すという出来事をにわかにも信じられないロズであったが、書類にそう書いてある以上確定した事実なのであろう。

「キレイな顔してえげつないねェこの子。で、もう一人は?」
「"グレゴリオ・グリドリー(男46歳) 娼婦連続強姦殺人犯として指名手配、計17人もの女性を殺害し強姦するという極めて残忍かつ非人道的な行為により極刑とす"……こっちはこっちで酷いな」

 そう聞くや否や、ミックは「うへぇ」と汚物を吐きだめるかのような声をくぐもらせた。スキンヘッドで峭刻とした頬、ぎょろりと飛び出した斜視はスケッチからですら思わず一歩引いてしまうかのような容姿だ。実際に目の当たりにしてしまったときにどのような反応をしてしまうかは想像に難しくない。
 今まで数多くの罪人を裁いてきたが、これほどまでに酷悪な犯罪者は5本の指に入るかどうかというところだろう。それゆえに、この男と女の罪の度合いが余計浮き彫りになる。

「同じ死刑囚だとしても……随分と罪の重さが違うとは思わないか?」
「んなこと俺に聞かれても知らねっての。上が決めたことなんだ、俺達が口出すことなんてねーよ」
「それも、そうだな」
「1人殺そうが17人殺そうが人殺しには変わりねぇんだ。それ相応の処罰なんじゃねーの?」

 命の重さに個数や価値なんてものは関係ない。ミックはそう言いたげであった。彼はテーブルに散らばった書類とロズが持っている書類を取り上げると、トントンと束ね引き出しの中にしまいこむ。

「まぁけど流石に大臣は殺しちゃいけねぇよな、うん。大臣の命は重いわ」

 先ほど言っていたこととは真逆の感想を述べ、再び煙草を吸い始める。
 鈍色の煙が室内を満たし始める。二人にとっては当たり前の光景、当たり前の臭いだ。仮にもし自分が嫌煙家だとしたら、今この場にいれば発狂してしまうだろう。幸い自分は愛煙家でも嫌煙家でもないので、特にこの煙に対して文句を言うこともないし賞賛することもない。いつもの、ただのいつもどおりの光景だ。そうロズは考えていた。
 そんなどうでもいいことを考えていると、煙の奥でにやにやと笑みをこぼし独りごちるミックの姿が薄っすらと視認できた。にまぁと口は半開きにし荒い鼻息からは鈍色の煙が噴出されている。
 ――またいつもの癖か。そう呆れながらロズは口を開いた。

「おいミック、その気味悪い顔やめろ」
「へ?あぁスマンスマンまた顔に出てたかうぇっへへ」
「今度その顔をしたら万力でお前の顔をすり潰してやるからな」
「目が笑ってねぇよ……お前のジョークはマジに聞こえるって」

 ミックは想像する。
 彼は死刑囚に刑を執行する時、執行方法が毎回異なるのだ。刺殺か、絞殺か、毒殺か、圧殺か……ありとあらゆる方法でその死刑囚に一番適した方法で執行を行うのである。
 しかしこれは彼の特別な性癖というわけではない。彼は死刑囚に対して適切な処置と正確な対応を考えているだけなのだ。体系、罪状、立会人の有無、それらを総合的に判断し一番適している方法はどれなのか、それを探っているのである。
 ただその時の顔つきが多少気味悪いものになる点以外、特に疚しいことを考えているわけではないということを彼の人権名誉のために言及しておく。

「今回の当番は決めたのか」
「もちろん。今回は俺が強姦魔男を執行して、お前が大臣殺しの女を執行してやれ」
「……おう」
「日付は書類に書いているから後で目通してくれよな」

 誰がどの死刑囚の執行を行なうかは地下牢の管理者に全て任されているので、決定権はミックにある。こういうものは全て上部機関が決定するのが本来のあり方なのだが、この国の法律ではそういうことになっているらしい。
 罪人の刑罰は上部が決め、執行方法は各部署が自由に取り決めていい。そういう流れになっている。一見統率が取れていなさそうにみえるが、ミック曰くこれくらい自由に融通利くほうが便利とのことである。

「今回はこーだからあーしてこうして……」
「一応聞いておくがミック、お前今回はどうするんだ」
「17人も殺してる極悪人だろう?だから立会人も多くなりそうと予想して、より立会人の恨みがスカッと晴れるような残虐な方法でやろうかと!」

 そう声を高ぶらせるミックに対して「ああやっぱり理解できねえ」と心の中で呟くロズなのであった。
 執行の方法を選ぶのは趣味でない。彼からはそう聞いてはいるが、この興奮のしようと気合の入りようを見て本当にそうなのだろうかと考えを改めなければと毎度のことながら頭を痛める。

「ロズはまたアレだろ?毎回同じで飽きねーのそれ?」
「……どうしようと俺の勝手だ」

 ロズの執行方法は至ってシンプルなものである。
 そう、先ほどの死刑執行にもあるとおりロズはその巨躯と力強さを利用した【断頭】という方法をとるのだ。それも、毎度必ず、どのような死刑囚であろうとも何らかの信念のようにひたすらに首を切り落とすのである。
 断頭、すなわち首切り。
 首を切り落とされた人間がその先生き延びることなど当然不可能である。それは即ち致死率100%という絶対的な数字だ。しかしその数値は熟練した執行人だから為せるものであって、初心者が執り行おうものなら執行の絵面は惨たらしいものになるであろう。
 全神経を斧の刃先に集中させ対象の首を一刀両断する様はともすれば美術作品のようにも感じ取れるものであるかもしれない。1秒にも満たない一瞬の刑罰、それでいて無駄な作業など一切ない潔さ。死に伴う苦痛を感じさせることもなく安らかに死を提供する慈愛の心。
 ロズはそういったある種の畏敬の念から断頭という刑罰に特別な価値を感じていた。

「死刑囚は明日の昼頃に収容される手はずになっている」
「……おう」
「独房はそのまんまでいーわ。どうせ掃除したってすぐ汚れるからよ!」

 ミックはゲハゲハと笑いながらそう言った。
 目の前に灰皿があるというのに煙草の吸殻をかかとで揉み消すとコーヒーを手に取り飲み始める。
 すでにロズが淹れてから時間がだいぶ経過しており、温くなったコーヒーに砂糖をこれでもかというほど入れて飲み干すその姿はあまりにも下賎だ。潔癖症とまではいかないが多少几帳面であるロズがその姿を見て、良い印象か悪い印象どちらかで捉えるとしたら間違いなく悪い印象の方であろう。
 ロズは露骨に嫌な表情をするが、当の本人はこれっぽっちも気にしていないようであった。

「ふぅ……それじゃ、俺はもう上がるぞ」
「おー、おつかれさん!明日の昼だからな、忘れるんじゃないぞ」
「…………俺の名前がミックだとしたら忘れているかもしれないな」
「そいつはひでぇや」

 そう言いながらロズは帰宅の準備をし、ミックは次の煙草の箱へと手を伸ばしていた。





――――翌日。





「お勤めご苦労様でありますミック上官殿、ロズ上官殿」

 予定の時刻、昼頃になると死刑囚の収容準備をしていた二人の下に五人ほどの軍人が姿が見えた。全員が同じ軍服を身に纏い、やはり背筋を伸ばし芯のある棒のように直立している。
 しかし昨日と異なる点もあり、それはその姿勢を保ちながら死刑囚を二人連れているというところである。
 大臣を殺害したカティアという女。
 17人もの娼婦を殺害したグリドリーという男。
 それぞれ罪は違えど、最終的に行き着く結末は死刑という生命の終わりである。今から彼らにはそれまでの間、地下牢で自分が死ぬまでの時間をゆっくりと体感してもらうことになる。
 自分が死ぬとわかっていながら、それを拒むこともできずただひたすらに待つのだ。死刑という刑罰の恐ろしさは実のところ執行そのものではなく、その待機時間にあるとも言われている。

「あい、おつかれさん。後ろのその二人がそうなんだろ?」
「はい。左からカティア死刑囚、グレゴリオ・グリドリー死刑囚となっております」

 二人の死刑囚は一列に並べさせられている。
 両手には手錠をかけられており、両足には重々しい鉄球が鎖つきで繋がれている。必要最低限歩くことはできるが走ることができない程度の鉄球だ。
 顔はすっぽりと袋で覆われており、未だその素顔を拝むことはできていない。口元と眼元は穴が開いているようだが、それだけでは人相は確認することは難しいだろう。
 ロングヘアであるカティア死刑囚の頭髪は袋の下部から流れるように露出しており、彼女の髪の一部分だけは見ることができる。
 すらりと伸びた黒味の強い藍色の髪。若干の枝毛はあるもののつややかで、正しい手入れをすればかなり上質な髪になるのではないかというほどのものであった。
 グリドリー死刑囚はスケッチを見る限りではスキンヘッドであったので髪はほぼないと思われる。

「……袋取るぞ」

 ロズは両の手で二人の袋を摘むと一気に引っ張り上げ、二人の顔を露にさせた。
 ファサ――
 と、左側の死刑囚、つまりカティア死刑囚の頭髪が袋に巻き上げられ一瞬大きく舞い上がる。その舞い上がった頭髪はほんの一瞬だけ宙に浮くと、再び重力の重さに従い元に戻り始めた。そのおかげで、頭髪は不規則に下がり彼女の顔面を完全に覆ってしまい、やはりその顔を確認することはまだできない。
 一方の右側、グリドリー死刑囚はすぐさまその顔を見ることができた
 が……これまたなんとも形容しがたい顔つきなのである。
 まず何と言ってもその目だろう。スケッチで見るよりもその斜視の度合いは強く、顔は正面を向いていても目は明後日の方向を眼差しておりぎょろぎょろと動き回っている。
 更に、その瞳は常に血走っており何かに興奮し、または恐れているのか常に落ち着きのない不安定な瞳であった。
 頬もがりがりに痩せ細り、例えるならば乾物を肌にくっつけたような酷く不摂生のたたったものである。
 見るからに真逆の印象を植え付けてくれる二人の死刑囚。ロズはますますカティア死刑囚の素顔が気になり始めると、彼女にこう言葉をかける。

「……顔、確認させてもらう」

 そう言い、ロズは彼女の顔面に枝垂れかかった頭髪を指先で払いのける。
 そうして次第に彼女の素顔が露になり始めるとロズはさながら宝石を発掘している炭鉱夫のような感覚に陥り、髪を掻き分ける作業を早めた。
 そして全ての髪を払いのけ前髪を整えると、彼女の顔が、カティア死刑囚の顔が見えるようになった。

 その顔は一言で言うならば――美しい。
 
 細身で凛とした目つき、形の整った鼻、どこか愁いを感じさせるような、それでいて芯のある儚げな表情。
 限りなく美人と呼ばれるものがそこにいた。
 目の前に対峙する巨躯の男にも身動ぎ一つせず、ひたすらにその瞳を見つめ返していた。
 淡く透き通った空色の瞳をロズに向けて瞬き一つせず送り返していた。

「……ほう」

 ロズは無意識のうちにそう呟く。
 今まで彼が相手にしてきた死刑囚は皆決まってある目をしているのだ。
 一つ、死を恐れ怯え恐怖する目。
 二つ、薬の影響により正常な状態を保っていない目。
 三つ、死を逃れようと野心に燃える目。
 このどれかのうちの一つに必ず当てはまっているのがいつものことである。
 しかし、今ロズの目の前にいるこの女性はなんだ。この目はなんなのだろうか。死に恐れを抱いているというわけでもない、脱獄しようと燃え盛っているわけでもない、まして薬で錯乱しているというわけでもない。

「ふん……なかなか、面白いやつだ」

 彼女の目は――
 彼女のその空色の瞳は、悟っていた。
 死を恐れることなく、逃れることもなく、己の運命として受け入れていたのだ。凛とした力強い瞳は、いずれその命散りゆくとわかっていながらも、抵抗せず、恐れず、そうあるべきものとして達観していた。
 死を受け入れるという当たり前のように思えて実はとてつもなく深遠なるもの。その片鱗を瞳を交わしただけで味わうことのできたロズは、普段あまり感情を表に出さない彼が珍しく高揚した場面でもあった。

「ミック、感謝する。俺はこの女を執行できてよかった」
「んえ?あ、ああ、そりゃどーも」




 かくしてであった執行人の男と死刑囚の女。
 この出会いが彼の、彼女の人生を変えることなどまだこの時点では誰も知るはずもなかった。
15/03/08 22:54更新 / ゆず胡椒
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■作者メッセージ
魔物化シリーズ7は生真面目苦労人系魔物娘筆頭デュラハンです。
例の如くニッチな魔物化スキーによるSSですので同じような性癖を持つお方ならば楽しんでいただけるかと思います。

今のところ魔物化要素、というより魔物娘図鑑要素が皆無ですが話の展開が遅いのが私の特徴ですのでご了承くださいませ。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33