一匹の鳩が、空を踊るように跳んでいる。
この鳩は、手紙を届ける為に訓練された伝書鳩である。

「・・・・んっ？」
この青年も、そんな「手紙」に心を綴る一人である。
彼の名は「トール・イシアル」という。
見た目に変わらず小心者で、なんとも「守りたいオーラ」が滲み出る青年だ。
そんなトールは、飛んできた一匹の伝書鳩を見つけて表情を明るくさせた。
その伝書鳩を、窓を開けて招き入れたトールの表情は、少しばかり綻んでいる。
それもその筈だ。
彼が待っていたもの。それは、現在文通をしている「ナナリア」という人が書く手紙である。

「来た来た・・・今日もありがとうな・・・」
鳩の胸にある手紙ボックスから手紙を取り出したトールは、鳩に餌をやるとすぐに飛ばしてやった。
鳩に餌をやるのは少しいけないと思うのだが、トールはどうしても止められないらしい。
一応、国からも郵便所からも注意を受けていないので続けている。

「えぇと、どれどれ？」
封を切ったトールは、そのまま中身の手紙を取り出した。
いつもと同じ、飾り気の無いシンプルな紙に文章が綴られている。
そして、いつもと同じように彼女の好きな曲が楽譜で送られてきている。
どんな歌なのかは知らないが、いつもいつもトールはナナリアの送ってくる曲に癒されている。

「・・・ベルデ公園でお会いしませんか・・だって・・？」
その中身には、要約すれば「いつも返信してくれることへの感謝」と「自分が元気である報せ」、そして最後に「指定した日時にこの場所へ」の内容が綴られていた。
実は、トールはナナリアに会った事など一度も無い。
手紙の住所だって、元を辿ればボトルに詰められた一通の手紙から始まったものなのである。

「どうしよう・・・いきなり会おうなんて・・・」
元から人との関わりが下手なトールは、慌てふためいて挙動不審になっている。
しかし、特に誰が止めるでもなく勝手に転んで全てが収まった。

「と・・・とりあえず、明後日にベルデ公園まで来て下さいって事だったし・・・」
なんとか自分の心を取り戻したトールは、落ち着いて明後日に着て行く服を探し始めた。
その服は意外とすぐに見つかる物である。
クローゼットを開けると、昔着ていたピシｯとしたスーツが一着吊るしてある。
それを手に取って、まだ着れると判断したトールは、安心して明後日を迎える。

―――――――――――――――――

そして日時は二日進んで、あっという間にトールがナナリアに会う日がやってきた。

「こ・・・これでいいのかな・・・」
トールは、多分知り合いが見たら笑ってしまう様な程スーツが似合っていなかった。
その中性的な顔は、スーツに似合っているのだが、彼の性格を考えると少し似合っていない。
暫く公園をブラついていたトールだったが、喉が乾いてしまったので何か飲み物を買おうと出店に寄る。

「すいませ〜ん、何か飲み物下さ〜い。」
「は〜い、ただいま〜・・」
トールの目の前で注文を受けてくれたのは、明らかにサキュバスだった。
その妖艶さを醸し出している身体とは裏腹に、声や顔つきは子供っぽい。
それに、何だか目尻に涙が浮かんでいるようにも見える。
髪の色は紫に近いピンクで、櫛をよく梳いているいるのかｻﾗｻﾗと靡いている。
丸目なのも可愛さを引き出している。
そして何より、サキュバスの証とも言える羊に似た角と、悪魔の物の尻尾が小さい。
あるにはあるのだが、なんとも小ぶりで可愛らしい。

「・・・はぁい、アイスココアになりま・・きゃっ！？」
「危ないっ！？」
トレイにカップを載せた彼女が、すぐ傍で待っていたトールの元までそれを持ってきてくれた。
しかし、その直前に彼女は自分のスカートの裾を踏んで転んでしまいそうになる。
だが、そうなる前にトールは彼女を抱きとめていた。
カップもココアも、彼女のトレイの上にちゃっかり着地していて何も被害は無い。

「あぁ、えぇと・・・・・あり・・・ありがとうございましたっ！！」
「あぁ、どういたしまして・・・・・あれ？さっきの人の胸のプレート・・・確か・・・・あぁっ！？」
一目散に店の中へと戻って行った彼女を見送りながら、トールはもう一度彼女の事を思いだそうとした。
彼女がサキュバスである事、ドジを踏んで危なくなりかけた事（ｒｙ
そして最後に、一番重要な事を思い出した。

「あっ！アイスココア貰ってないっ？！」
「す・・すいませんです〜！？」
飲み物を頼んで、それを貰っていない事に今更気が付いたトール。
その後ろで、危なげな足取りで先程のアイスココアを持ってくるさっきの女性がいる。
その胸にあるプレートを見て、トールはある確信を持った。

「え・・・えと・・・・ナナリア・・・さん・・？」
「へっ・・？なんで、アタシの名前・・・・っ？！・・・トール・・さん・・？」
互いに名前を呼び合った二人は、なんだかﾒﾙﾍﾝﾁｯｸな雰囲気になった。
周りの事など気にせず、二人で見つめ合う。
やがて、すべてをｱｲｺﾝﾀｸﾄで理解したかのように、二人は姿勢を正して挨拶をしていた。

「ど・・どうもこんにちは・・トールです・・・」
「あっ・・こちらこそ・・・ナナリアです・・・」
お互いに内気というか引っ込み思案な性格なのか、二人の声を足しても多分周りの人たちに聞こえるかどうかと言ったところだろう。
それほど小さな声で、二人は話し合っている。

「そ・・・それで・・・お話したい事って・・」
そう、トールが読んだ手紙の中には会いたいという文面だけでなく何かを伝えたそうな文章も綴られていたのである。
それが気になっていたのもあるが、トールは睡眠不足気味だ。
しかし、良く見るとナナリアの方もかなり消耗しているような顔をしている。
どうやら心境はどちらも同じらしい。

「その・・・・あの・・・」
「ナナリア〜〜？！早く戻って来なさいよ〜？」
「あっ・・・は〜い！！」
言葉を濁らせて詰まらせているナナリアは、そこまで来ているにも関わらず言葉を発せなかった。
暫く言葉を待っていたトールだが、その期待も打ち砕かれる。
店の中から女性のモノと思しき声が聞こえてきた。
半分メイド喫茶のような場所である。
ナナリアと同じように御洒落な服装をしているのかもしれないとトールは妄想に耽ってしまう。

「えと・・・それじゃ・・・仕事が終わるまで待っていて下さいね？」
「えっ・・・うん・・」
特に断る理由も無いトールは、結局ナナリアが仕事を終えるまでテーブルに座って待っていた。
その間に客たちの話を盗み聞きしてしまっていたトールは、いろんな事を聞いた。
この喫茶店のオーナーがリリムと呼ばれる魔王の娘の一人である事。
魔物が働いているので人間があまり近づこうとしない事。
だが、ナナリアはアイドル的存在であり、目当てにしてくる男性も多数いるとの事。
そして、その男性たちはたいていの場合が魔物たちの夫である事。

「要するに、童貞が来るような場所じゃない・・・ってことかな・・」
「そうかも知れんな・・・私は彼女目当てだがな・・・」
「ふぇ・・？」
盗み聞きが悪い事だとは分かっていたのだが、トールはついつい聞いた話の内容の感想を呟いていた。
それを聞いていたのか、一人の鎧姿の女性がトールのテーブルに腰かけてくる。
銀色の髪が靡いて綺麗だが、何処か不思議な感じのする女性だ。
そう思っていたトールだったが・・

「おっと、すまない。」
「っ？！く・・く・・」
「・・く・・？」
「くびがぁぁぁっ！？」
唐突にずり落ちた女性の首。
身体がそれをキャッチしたのだが、なんともシュールな絵だ。
彼女は不思議そうにトールを見ると、手慣れた手つきで首を元の位置へ戻す。
それを見て再び驚いてしまったトールは、ついつい大きな声を上げてしまう。
まぁ、普通の男性が発する声と比べると小さいが、それでも周りの客の数人が振り向くには十分な声量だった。

「そ・・・そこまで驚かなくても・・・」
「あ・・・その・・・すいません・・・」
「わ・・分かればよろしい。」
首について驚かれた彼女は、ショッキングだったのか少し涙が眼に浮かんでいる。
それに気付かなかったトールではあったが、やはり人を見て驚くのは失礼だと分かって言葉を詰まらせながらも頭を下げた。
その様子を、女性は涙を拭いながら許した。
しかし、涙を拭う動作だけで動いてしまった彼女の首が、またもや落ちそうになってしまう。
そんな事が、あと３回ほど続いた。

「ふむ・・・このﾐﾙｸﾃｨｰ・・・・普通の牛では無くﾎﾙｽﾀｳﾛｽの乳を使っているのか・・・」
「えっ？！分かっちゃいます？」
「私の舌も、舐めた物ではないと言う事だな。ﾊﾊﾊｯ♪」
「舌だけに、ですかねぇっ♪ｳﾌﾌﾌｯ♪」
なんだろう、と、トールは思った事だろう。
なにせ、目の前で話している二人の魔物娘。
１人はデュラハン。
１人はサキュバス。
この二人、まるで主人と使いのような振舞い方だ。
何と言うか、トールが入る隙間が無い。

「おや？君も飲んでみるかい？え〜と・・」
「あっ・・・トールです・・・」
「そうか、トール君。君もこの美味しさを味わってみると良い。」
「もう一杯ですね〜？畏まりましたっ♪」
「えっ・・いや僕は・・」
少しの期待を不安を抱きながら、トールはそのﾐﾙｸﾃｨｰが来るのを待った。
少しすると、「貴女が持って行きなさいよ」的な会話が聞こえて来て、ナナリアがトレイにﾃｨｰｶｯﾌﾟを載せて運んできた。

「あっ・・え〜と・・・ﾐﾙｸﾃｨｰです・・」
「うん・・・・ありがとう・・・」
「なんだ、二人とも愛し合っているのか？それ故のぎこちなさ、か。」
何故だろう、このﾃﾞｭﾗﾊﾝが言っている事が正直にカッコいいと言えない。
しかも、その言葉の所為で、トールとナナリアも顔が真っ赤だ。
明らかに照れている。

「な、な、な、な、なに言ってるんですっ？！」
「そ、そうですよっ！まだ愛し合うなんて・・・その・・」
「その・・、なんだ？」
「ぼ、僕たち、まだ知り合って半日も経って無いんですよっ？！」
「良いんじゃないか？私だって、愛した男は半日で落とした物だしな。」
『えぇぇぇっ？！』
ピッタリ重なる二人の驚いた声。
だが、それでもやはり周りの人たちは気付く者もまちまちだ。
それにしても驚きである。
このﾃﾞｭﾗﾊﾝ、結構恋愛事情に詳しいのかも知れない。
ちょっと胡散臭いが、彼女が嘘を吐いているようにも見えなかった。

「そ・・・それじゃ・・・」
「私たちみたいなのでも・・」
「何を言っているんだ。君たちもお似合いじゃないか。」
それは、励まし以外の何物でもないだろう。
トールもナナリアも、お互いに文通でしか知らなかった仲だ。
トールにしてみれば、ナナリアがｻｷｭﾊﾞｽだとは微塵も思っていなかっただろう。
少なくとも、この店に来るまでは。

「・・・付き合えばいいんじゃないか？」
『っ？！』
そんなﾃﾞｭﾗﾊﾝの言葉は、まるで二人を見透かしているかのようだ。
しかも的を射ている。
二人の顔も、真っ赤に染まっている。
お似合いのカップルが、ここにまた一組誕生したのであった。

―――――――――――――――――

「トールさん？ちょっとそこのコップ取ってください〜。」
「はいは〜い。」
数年経った今、この二人の関係はとっても進歩していた。
まず最初に、二人とも内向的な性格が治って、今はすっかり素直な夫婦になっている。
更に、二人ともそれなりに美形だった事もあって、周りで評判になるほどの良夫婦として人気を集めていた。

「んくっ・・・んくっ・・・ﾌﾟﾊｧ・・・トールさん？」
「ん？ナナリアさん？な〜に？」
「その・・・そろそろ子作りの方にも力を入れて行きませんか・・？」
飲み物を飲み干したナナリアがとんでも無い事を言いだす。
だが、二人の関係は「夫婦」
それ故にそんな恥ずかしい発言も面白おかしく話せる。
それに、実行に移すつもりだぞこの夫婦。

「それじゃ・・・・用意はいいですか・・？」
「うん・・」
それから数時間、二人の嬌声は家の周りに響いていたと言う。

fin