連載小説
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銀色の角笛 (サイクロプス

カランカラン♪

やあ、いらっしゃい。酷い雨だね。

コートはそこに。……見ての通り今日はガラガラだから好きに座ってくれ。

さて……お客様はどんな音楽がお好きかな?

ここの店は飲み物と一緒に好きなレコードを選んで貰うんだ。

さて……クラシック……オペラ……ジャズ……ロック……

ん?このレコードかい?……バロックか。良い趣味だね?

じゃあ、コレを聴こうか。……飲み物は熱いコーヒーで良いかな?

チョコレートもサービスしよう。

♪♪♪♪……………………

気に入ったかい?……そう、それは良かった。

そうそう。この美しいトランペットの音の主はとある楽器職人なんだ。

……驚いてるね?まぁ、無理も無いよ。控え目に言っても完璧に美しいよ。

そんな人が何で楽器職人なんだって?……気になるかい?





『銀色の角笛』




パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……

コンサートホール。オーケストラの伴奏でコンチェルトを吹き切ったトランペット奏者にオーディエンスと楽団員から惜しみのない拍手が送られた。

輝く金色の角笛を持つタキシード姿の青年は、一礼をすると舞台袖に消えていった。

数時間後、青年はコンテストの結果発表で愕然としていた。

『8位入選!?……そ、そんな…………なんで?』

コンテストのファイナルステージで最高のコンディション下で圧倒的な演奏をした筈だ。それなのに、1位はおろか表彰台にも届いていなかった。

表彰台に乗った奏者は全員、有名音楽大学の生徒か卒業生で同じ教授の門下生だった。後に青年は彼らが同じ審査員の特別レッスンを受けていた事を知る事になる。

(……彼、残念だね。あんなに素晴らしい演奏をしたのに。お客さんの拍手は1番だった。入選……ってなんで?)

(あの人、確か……音大は出て無かったんじゃなかった?)

(あぁ……じゃあ、しょうがないか。日本じゃ、どんなに良い演奏をしてもね……。)

等と言うヒソヒソ声が青年の耳に聞こえてくる。

項垂れる青年に声を掛ける者はいなかった。



数年後のオーディション会場



青年がオーケストラのオーディションに合格する事は無かった。

内心またかと思っていた。彼は何度もオーディションやコンテストを受けては落とされていた。

頭の中で反省しながら歩いていると、同じ場所をぐるぐる周っている事に気がついた。会場の出口を見失ってしまったのだ。

すると、青年の耳に怒鳴り声が聞こえてきた。

『 I can never understand with the outcome of this audition!! about no.11. (このオーディションの結果は意味がわからない!!11番の件だ。』

英語で怒鳴り声を上げているのは、このオーケストラのトロンボーンの首席奏者だった。リハーサルの審査をした指揮者とコンサートマスターに食って掛かっている。

『……僕の事だ。』

オーディション番号11は青年の番号だ。

『He was great performance today !! Why he has not passed?? and So that we take Dannyboy ?? WAY THAT!!(彼の演奏はグレートだった!!なのに何故彼が落ちてるんだ??それで、そんな彼が落ちて、我々が合格させたのが、あのダニー坊やか??何故だ、説明しろ!!』

すると、指揮者が口を開いた。青年は物陰から聞き耳を立てた。

*以下英会話です。

『……グレン、君の言う通り11番の彼の演奏は特別だった。』

『じゃあ、なんで!?』

『彼は音楽大学を出ていない。……それに、有名な先生に師事している訳でも無ければ、親が資産家でも無い。』

『??……それのどこが問題なんだ??』

『大有りだ。音大を出ていない奏者を楽団に入れれば、楽団のレベルを疑われる。それに、演奏が素晴らしいからと言ってトッププレイヤーの弟子を落とせば彼らに迷惑がかかる。』

『フェアじゃない!!』

『ここは日本だ。アメリカじゃない。』

『……なんであのダニー坊やをオーケストラに入れたんだ?あれ以上のトランペット奏者は今日のオーディションでも沢山いたぞ!?』

『君の言うそのダニー坊やは有名な音楽大学出身で、この楽団の前首席トランペット奏者の弟子で、おまけに彼のご両親は資産家でこの楽団のスポンサーだ。彼を落とす事は出来ない。……そう言う理由だ。』

『出来レースって訳かクソッタレ!!』




『……今の話は本当ですか?』




彼は思わずに出て来てしまった。突然現れた青年に場が凍り付いた。

『君は11番の坊や……聞いたのか??』

グレン氏が焦りを隠せない様子で問い掛けた。

『はい……』

『坊や、英語はどの程度理解している?』

『……英語は理解できますし、話せます。母がアメリカ人なので。』

『そうか…………。』

グレン氏はため息を吐くと右手で頭を抱えた。

するとわざとらしい咳払いの後、コンサートマスターが口を開いた。日本語だ。

『君、ここで何をしてる?オーディションは終わったぞ?』

『迷ってしまって……。聞く気はなかったんです。すみません。』

困った様な迷惑そうな顔をしながら指揮者とコンサートマスターが顔を見合わせる。そうして、少しの沈黙の後、指揮者が口を開いたのだ。

『……いいかい?さっき君が聞いた話は他言無用だ。……納得がいかないのはわかる。しかし、楽団の利益の為だ。" 君を含めて " 皆んなが幸せになる1番良い方法なんだ。わかるね?君はまだ若くて才能がある。また頑張りなさい。』

指揮者が青年の肩に手を触れた。

……………………

………………

…………

……



『……様……客様?……お客様?大丈夫ですか?』



突然の声に青年は夢から現実に返って来た。

『……!?……夢?』

『大丈夫ですか?酷くうなされていたご様子でしたので……』

アテンドの制服を身につけたサキュバスの顔が目の前にあった。

『……いや、ちょっと悪い夢を。その、ありがとうございます。』

『いえ、気にしないでください。間も無く異世界ゲート、人魔中立アルカナ合衆国、ニューシャテリア行きの準備が完了します。注意事項を確認の上ご準備をお願いします。』

『はい。』

『では、良い旅を。』

そう言うとサキュバスのアテンドは一礼をすると去って行った。

待合室のモニターには注意事項の映像が流れている。


"

ジパング語、日本語音声 

text: Britannia (English) (ブリタニア語、英語字幕

この度は Amon's Gate Line (アモンズ・ゲート・ライン) アーグル をご利用いただき誠にありがとうございます。

異世界ゲートをご利用に辺り、お客様にお願いがございます。

西暦世界と図鑑世界の大まかな大陸地理は非常によく似ております。ゲートの向こう側で西暦世界と似たような景色、風景がある事もございますが、西暦世界ではありませんのでご注意下さい。

また、図鑑世界のジパング語と西暦世界の日本語がほぼ同じ言語であるように共通又は差異の少ない文化、文明、言語、が存在します。御留意をお願いします。

異世界旅行に伴い、立ち入りをご遠慮、又は禁止をお願いする地区、地域、領域が存在します。

それらの地区、地域、領域への必要の立ち入りの際には、申請と共に特別に立ち入りを許可されたガイドなどの同伴者が必要となります。それ以外での立ち入りは安全を保証し兼ねる場合もあります。ご注意下さい。

また、魔法世界には様々な人種、文化を持つ人々や魔物娘がおります。それらの……………………"



青年は悪夢でうなされた頭を抱えながら、ため息を一つ吐く。映像をぼうっと見つつ、嫌が応でも自分の過去を思い出してしまう。



小さい頃から音楽が好きだった。

5歳の頃に歌を始めて、6歳の頃にはボーイソプラノとして教会で歌を歌っていた。尤も、その頃はオペラ歌手が夢だったのだが。

9歳の時に小学校の音楽の先生から吹奏楽をやらないかと誘われ、その時初めて手にした楽器がトランペットだった。

『おめでとう。キミは神様に選ばれた。』

持って手にして初めて吹いた時に音が鳴った。その先生が言うには、トランペットは初めて持った瞬間に神様に選ばれる特別な楽器だと言う。歌口が小さくて、唇を振るわしながら息を吐くのがとても難しいのだ。だから、初めて手にした時に音が出るか出ないかで、その後の運命に大きく影響する。

それから、彼はトランペットにのめり込んでいった。

そんな少年がオーケストラに入りたいと夢を抱くのに時間は掛からなかった。

しかし、音楽は金が掛かる。彼は実家があまり裕福ではないので、音楽大学に進学するだけの経済的余裕が無かった。そこで、青年は特待生の資格と奨学金を取り、どうせなら好きな事を頑張ろうと音楽の専門学校に入学した。

欠かさず授業に出て、毎日朝から晩まで練習して、アルバイトや講師や演奏の仕事をしながら、2年間それこそ必死に勉強した。親に迷惑はかけまいと楽器もそうして揃えた。

今時流行らないであろう苦学生と言うやつである。

努力の成果か才能か……成績は勿論、この若い音楽家の実力は同世代の演奏者のトップとなった。

しかし卒業後に初めて出たコンテストでファイナルステージまで進むも現実に打ちのめされ、あとは先程まで夢で見た通りだ。

『坊や、君がアメリカ人だったら良かったのに……。』

この言葉は青年に重くのし掛かった。

日本では実力よりも肩書きや立場や人間関係が重要視される。音楽の世界でもそれは例外ではない。オーケストラに入るには、音大で有名な先生の弟子になって、出来れば海外に留学して、賞を取り、親が資産家や名家である事が重要になる。

もちろん、それら全てを捻じ伏せるだけの暴力的なまでの才能が有れば話しは別だが、青年は優秀ではあっても天才では無かった。

その事実は彼に音楽業界への失望を抱かせるのに十分だった。そしてその事実を知った時には、彼に音楽と共に生きる以外に人生の選択肢は無くなっていた。

青年はその後、オーケストラのオーディションの選考基準に声を大にして疑問を挙げたトロンボーンの首席奏者であるグレン・フリードマン氏に拾われ、彼が経営する個人事務所に入り、教会お付きの奏者として結婚式場や式典での演奏、それから社交パーティーや懇親会での演奏の仕事に有り付いた。

演奏は非常に良い評価を得て、また良いお金になった。しかしそれは永遠に表に出ない裏方の仕事だ。青年はプロのオーケストラに入るという夢を一つ諦めた。

そうしてまた数年の時が流れた頃、青年に転機が訪れた。

この世界と異世界を跨ぐゲートがある科学者の手により開発され、魔物娘と呼ばれる者達との交流が始まったのだ。

それから約1年後の20世紀最後の年……

『坊や、スゴイ楽器が入荷したぞ!一緒に楽器屋に試奏しに行こう!』

そう上司のフリードマン氏に半ば強引に楽器屋に連れて行かれた。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪…………

『な、何ですかコレは……!!!』

晴天の霹靂だった。試奏用に並べられた楽器達はどれもこれも最高のクオリティだった。

煌びやかで華のあるフォルテ(大きな音)、優しく美しいピアノ(小さい音)、軽快はピストン(トランペットに付いてるボタン)の動き、全体のバランス……そして何より豊かな音色と響き。

『すごいだろ?……向こうの世界の職人が作ったらしい。……見てみろ坊や。……このトロンボーンのベルを!』

『へ……?』

フリードマン氏の持つトロンボーンのベル(ラッパの先)には鱗状の模様のようなものが薄らと浮き上っている。自身の持つトランペットも同じようになっていた。

『この楽器達は、恐らく殆ど全ての工程を職人の手で手作業で作ってあるんだよ。ベルのコレはハンマーの跡だ。な?綺麗だろう?』

『ハンマー1本で作ったんですか!?』

『そうだとも。……坊やは知らないかも知れないが、俺の先生の先生くらいの世代のプレイヤーは皆んなこんな楽器を使ってたんだよ?まぁ、もうこんな仕事をする職人はいないよ。近頃はみんな機械で量産だ。ロストテクノロジーだね。』

吹けば吹く程にその銀の角笛は響いてくれた。値が張ったが、青年は自身に1番馴染んだ楽器を買って帰った。

その楽器で演奏は青年の実力を十二分に引き出した。

と同時に、青年は純粋にこの楽器を作った技術に感動し、感銘を受けた。誰にも知られずにこの素晴らしい物を作った人物に会ってみたくなったのだ。

" Fontaine Smith " フォンティーヌ・スミス

" Artisan model 67" アルティザン ・モデル67

楽器のベルに刻まれた刻印から楽器を作った会社と工房の情報を見つけた。

急募 : 金管楽器職人 未経験 可

内容 金管楽器製作

未経験者歓迎。一から徹底的に教えます。

*楽器演奏経験者 優遇

その時、偶然に職人募集の広告を見た。

音楽の世界では肩書きや経歴、時には家柄や金など実力以外で判断される。しかし、楽器職人はどうだろうか?どうだかは正直わからない。

しかし……

『……未経験者歓迎。』

しかも急募。後継者がいないのだろうか?この素晴らしい職人の技術が時の流れの中に埋もれて行くのは余りにも忍びない。

青年は悩んだ末にフリードマン氏に自分の正直な気持ちと考えを話した。

『坊や、君は若いんだから、周りの事なんか気にする必要はないんだよ。いろんな経験をしなさい。……上手くいかなかったら何時でも戻って来れば良い。応援してるよ。』

彼は笑いながら青年にそう言った。

『ありがとう。僕の音楽のお父さん。(Thank you my second father....』

青年は自身のもうひとりの父親に別れを告げて、異世界に向かう事にしたのだ。


"間も無く図鑑世界、人魔中立アルカナ合衆国、ニューシャテリア・ゲートステーションへの異世界間ゲートの準備が完了します。ニューシャテリア行きのお客様は18番ゲートまでお越し下さい。"


アナウンスが鳴り、青年はパスポートとチケットを確認してゲートに向かう。異世界間パスポートとゲートのチケットは恐ろしい程スムーズに取得出来た。未婚の男性だからと良く分からない理由でどちらもタダ同然の費用しかかからなかった。

その他の荷物は楽器のケースと小さい旅行鞄がひとつ。

18番ゲートに行くと、そこはホールの様になっていて目の前には大きな門が聳え立っている。

"ゲート開きます。"

すると大きな門に半透明の波打つ銀色の膜の様なものが出来ていた。

"お待たせ致しました。西暦世界、日本国トウキョウ・シティから図鑑世界、人魔中立アルカナ合衆国ニューシャテリア・シティのゲートが開きました。図鑑世界へご出立のお客様はお荷物をご確認の上、お進み下さい。"

青年は列の1番後ろから他の旅行者が次々とゲートを潜って行くのを見ていた。

いよいよゲートを潜る時、彼はゲートの前で立ち止まって、深呼吸をひとつ。この先の未来がそう悪くないものになる事を祈りながら、一歩を踏み出した。

勇気を出して踏み出した一歩は踏み出したら呆気ないもので、青年はゲートを潜った後、直ぐに入国審査を受けた。

『……アルカナ合衆国へようこそ。』

犬耳吊り目の審査官に異世界間パスポートを渡す。

『耳が気になるかね?私の種族はアヌビスで、ルツ・アシュミードと言う名だ。どうぞよろしく。……それで、入国の目的は?』

『……就職です。』

『そうですか。そのケースは?』

青年はケースを引き上げ、テーブルに乗せ中身を見せた。

『中身はトランペットです。』

『成る程、オーディションか。オーケストラか、ジャズバンドかね?』

『いえ……楽器職人の募集を見ました。』

『……ふむ。ん?この楽器は……あぁ、そう言うことか……。』

少し難しそうな顔をしながら笑うと、言葉を続けた。

『成る程。では、就労ビザを発行しよう。……とりあえず1年。これで大丈夫でしょう。』

カン!……と小気味良い音と共に、就労ビザにスタンプが推された。

『……延長の申請は各地区の役所に出せばOKだ。……永住権のミスリルカードの申請もそこで出来る。』

『ありがとうございます。』

『どういたしまして。……あぁ、そうそう。その楽器を作った職人さんは、頑固で中々にシャイだけど凄く良いヒトだ。お幸せに。』

『は、はぁ……。』

何やら良く分からない事を言われて入国審査を後にした。

税関も問題なく終わり、ニューシャテリア・ゲート・ステーションからタクシーを拾い、ブルックスと言う地区に入る。その地区の67番地に例のトランペットを作った職人のいるフォンティーヌ・スミス社の楽器工房があるのだ。

ワーウルフであろうタクシーの運転手から『頑張って。……お幸せに』と意味深な事を言われ、首を傾げながら車を降りると、いよいよ彼の目の前に錆びれた佇まいのお世辞にも綺麗とは言えない直売所の楽器店と、隣接するオンボロ工房があった。

『ここが……。』

ギィィ……カランカラン♪

『……いらっしゃい。』

店に他の客は誰もいない。青年をぶっきらぼうに出迎えたのは作業着をラフに着熟した青肌に金色の瞳を持つひとつ目の魔物娘だった。修理か調整の作業中だろうか?レジの横の作業机に座る彼女の手には小さいハンマーと机の上に置かれたロング・コルネット(トランペットの仲間)の部品が握られていて、コンコンと金属のパイプを叩く音が静かな空間に響いていた。

『こんにちは。……あ、あの!』

少しの静寂の後、青年は口を開いた。

『??……なにか?』

『お仕事の募集広告を見て来ました。……ここで働かせて下さい!』

彼の手には、フォンティーヌ・スミス社のチラシ。それと彼女に履歴書を渡した。

『……えっ……と……。いきなりだね。……ちょっと待って。……これ、直すから。』

そうしてまたしばらくの間、ハンマーの音が2人以外誰もいない空間に響く。

『うん……出来た。……じゃあ……責任者呼んでくるから。』

そうして、彼女は奥の扉に入って行き、しばらくすると作業着を着た小さい女の子を連れて出て来た。

『アンタ、ここで働きたいって?しかも、いきなりアポ無しで。んー!いいねー、若いねーー!!』

『は……はい。あ、あの責任者って?……小さい子?』

その子は一瞬目をパチクリして、それから大きな声で笑い出した。

『アハハハハハ!!アタシはドアーフで、ここの工場長件楽器店店長のナナリーだ。ちびっこくても、こう見えてけっこう歳行ってんだ!まぁ、よくある、よくある!……んー?アンタ……ここらじゃ珍しい顔してるねぇ?シャーロ人か……ユタ人か……ジパング人……にしては肌が白いねぇ?』

『えっと……ゲートの向こうの日本と言う国から来ました。良く、外人みたいと言われるのは、混血だからです。母が。』

『そうかいそうかい!異世界から!まぁ、アルカナは多民族、他種族の国だ!気にするこたぁない!!で、そのトランペットかい?』

『は、はい。この会社の楽器です。この楽器に一流にしてもらいました。』

ケースから出して楽器をナナリーに見せた。

『嬉しい事言ってくれるねぇ。どれどれ……シリアルナンバー……7906……アルティザン・モデル……26番パイプ……ミスリル(魔界銀)プレート……間違いない。……セシリア!気付いてるんだろ?アンタの作った楽器だよ!』

セシリアと呼ばれたひとつ目の彼女は、青年の楽器を大きな瞳でまじまじと見つめて、手に取ってピストンを動かしたり、ベルを弾いたり、抜き差し菅を確かめた。

『……良く使い込まれている。……お前、大事にしてもらったんだね……ねぇ……ちょっと、吹いてくれる?』

♪〜♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

彼は肯くとトランペットを受け取り、自分が好きな賛美歌の旋律を吹いた。

その朗々と美しい音と響きを聴いたセシリアは大きな瞳から大粒の涙を流していた。

『……ごめん。……あなたの音……凄く綺麗。』

『アンタ……驚いたよ。……こんな事聞くもんじゃないし、言うもんじゃないだろうけどさ?その腕前なら、どこの楽団でも入れるだろうに。なんで楽器職人になりたいんだい?あ、いや、凄く嬉しいよ。後継者もいないしさ。……でもウチは古くて、そこそこ有名な楽器メーカーだけど、この工場以外は機械化されつつある。今時職人なんて流行らないし、後継者もいない。フォンティーヌ・スミスでも1から10まで職人が手作業で作っている金管楽器はアルティザン・シリーズだけだ。職人100人以下の小さな工場だ。正直……何時潰れてもおかしくないんだよ。……なんで、アンタはそんな絶滅危惧種の楽器職人になりたいんだい?』

『それは…………』

青年はここに来た訳を話し出した。

実力で判断されずに、経歴で冷遇された事。

人生を教えてくれた師に出会った事。

音楽を続けた事。

そして……

『…………この楽器に出会った。今まで吹いたどんな楽器よりも素晴らしかった。どうしてもこの楽器を作った職人に会いたくなった。そんな時にフォンティーヌ・スミスで職人募集のチラシを見た。それで……経歴や家柄や、お金持ちかどうかとか、もしかしたら僕もそう言うモノとは無関係な場所に行ける気がしたんだ。……もう僕は26歳で、今年27になります。まだ間に合いますか?』

そう聞かれたナナリーが少し難しそうな顔をした。

『……そりゃあアンタ次第だよ。でももうアンタは楽器職人に必要な1番大切なモノを持ってる。それは耳だよ。』

『耳?』

『そう……良い響き……悪い響き……聞き分けられる……そう言う耳が……必要。』

『そう言う事だよ。ここの職人はみんな楽器が吹けるんだ。それこそ、ヘタなプロより上手いよ。まぁ、手先の事はゆっくりやれば良いさ。』

『じゃあ!』

『先に言っておくけど、ウチは給料安いからね!?それからアタシの事は親方と呼びなっ!……あっ、そうだアンタ、泊まるところはもう決まったのかい?』

『あ、いえ……まだです。』

『アッハッハッハッハッ!!いいね!本当に勢いだけで来たんだね!若いねー!……丁度良い!セシリア!アンタのとこで面倒見な!どうせ独り身だろ?』

ナナリーは笑いながらセシリアの背中をバチンと叩いた。

『はい……君……えっと……名前……』

『名前?』

『……まだ聞いてない。』

『ケイ……ケイ・トミオカ(富岡・景)です。よろしくお願いします。』

『私は……セシリア……セシリア・スミス……よ、よろしく……。』

セシリアと青年はぎこちなく握手を交わした。

『うーん……ケイだと素っ気がないし、トミオカは発音しづらい。……そうだ!アンタはこれからトミーだ!わかったかい?トミー!』

『は、はいぃ?』

『今からアンタをトミーと呼ぶからね!』

バシン!と彼は豪快に笑うナナリーに背中を叩かれた。

親方は豪快で強引だけど、彼はそれも良いと思った。

なぜなら、この街でこの場所で彼の第二の人生が始まるのだから。

名も無い楽器職人、トミーとして。


続く
20/06/18 23:44更新 / francois
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■作者メッセージ
お読み頂きありがとうございます。
またマニアックなお話しになりそうです(なってますね笑)
楽器に興味無さそうな人を置いてけぼりですみません。
長くなりそうですのでお話を分けます。

因みに、ざっくり半分くらい実話です。

さてさて、トミーさんはどうなるのでしょうか?

次回もまたよろしくお願いします。

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