連載小説
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第六章 「Battle of Plains」
次の日、ディスペラツィオネにいたダークプリーストが大怪我を負って帰ってきた。
彼女からもたらされたのはディスペラツィオネを中心とした大規模な侵攻があるという事。
そしてディスペラツィオネにいた他の魔物たちは全員殺されたという事だった。
その報告を聞いたレミリアたちは緊急事態宣言を街に発令し、事態の真偽を確認するために偵察部隊をディスペラツィオネ方面に派遣した。報告を待つ間に非戦闘者を他の都市に転位させて、来るべき戦いの準備を整えていく。

ダークプリーストが帰ってきてから12時間後,こちら方面に進軍してくる大部隊を発見。
それを発見したカラステングは即座にスペランザの司令部に報告。
報告を受け取ったスペランザも即座に周囲の親魔物国家、そして魔王城に援軍を要請した。

ダークプリーストが帰ってきて24時間後……
現在俺たちはスペランザの5階にある大部屋に集まっていた。
騎士団長レミリア、俺を含む副団長たち。また魔術部隊長であるバフォメットのイリィ、飛行部隊長であるドラゴンのサフィラ、技術部隊長のサリーなどこの都市の中心的な魔物たちが集まっている。これらの魔術部隊、飛行部隊、技術部隊はレミリアが率いる騎士団と違い、有事が起こった際に以前退役(結婚)した者たちを集めた部隊である。
魔術部隊はバフォメット、魔女、ダークプリーストなどの魔術に特化した部隊だ。
飛行部隊はドラゴン、ハーピー種、サキュバス種などで構成され、偵察部隊も兼ねている。
技術部隊はサイクロプス、ドワーフ、アラクネ、ジャアントアントなどがおり、現地での陣地設営、武器の修理、罠の作成を行う。また怪力の魔物が多いため、場合によっては前線に出る時もある。また彼女たちの夫は妻のいる部隊に配置されている。

(悪い予感ほど当たってしまうものだな)
緊張感が満ちている部屋の中で俺はそんなことを考えていた。
「…サフィラ、カラステングの報告ではどのくらいいると言っていた?」
「今確認できるだけでも、5000人ほどだ。しかしこっちに向かいながらいまだ増え続けているようだから、最終的にはおそらく10000人くらいになるだろう。」
「私たちの戦力は約3500……。人数自体は半年前の戦いと一緒だが……。」
「だがあの時はダウル卿が率いていた。前の戦いはあてにできん。」
レミリアとサフィラの会話に俺は口を挟んだ。
そう、あの時指揮官だったダウル卿は慎重であるが故に戦争に向いてなかった。
「とにかく味方は多いに越したことはないのう…。レミリア、援軍の方はどうじゃ?」
「明日には近くの国からは約1000人が来る。魔王城から約3000人は来てくれる。
だがここは城から遠いからな。いつ到着するのかは今のところわからない。」
「……あと2日くらいかかると思うわ。」
見慣れぬ声が部屋の入り口から聞こえた。
そこにいたのは鮮やかな赤い目でこちらを見ている不思議な女性だ。
身長は俺と同じくらいで女性の中では長身な方だろう。
腰まで垂らしている白い髪を首辺りで編みこんで、先を紐で止めているようだ。
その綺麗な髪から出るように太く黒い角が生えていた。
また腰からは綺麗な白色の翼、そして先が鏃のようになっている尻尾が生えている。
その豊満な体を見せつけるように黒を基調とした露出が多い服で隠している。
その見た目はサキュバスのようだが、その体から発せられる気配はそれを否定している。
また俺はそれらとは別の不可解な感覚を感じていた……。これは………。

『あなた様は!!』
その場にいたレミリアたち魔物は驚きながら同じ言葉を発した。
「そんなに気遣う必要ないわよ。」
そう言うと彼女はこちらに向かって来ながら、その赤い目は俺の方をじっと見ていた。
「レミリアたちの反応を見れば、おおよその見当はつくが聞いておく。何者だ?」
俺が話しかけると彼女は嬉しそうに目を細める。
「そうね。あなたとは初めて会ったわね。私は魔王の娘であるリリムの一人のタチアナよ。今回は援軍の総司令としてきたわ。よろしくね、アキラ♪」
そう言って俺はタチアナと握手する。そして彼女の発した言葉で先ほどの不思議な感覚が増していくのが俺には感じられた。
「それでタチアナ様、2日というのは?」
「ええ、私は先に転移魔法で移動してきたんだけれど。他の人たちも魔法を駆使しながらここに向かっているから2日後にはここに着くはずよ。……えっと、あなたサフィラといったわね。敵はどのくらいで着きそうかしら?」
「このままのスピードで来るとすればだいたい3日後ぐらいかと…。」
「そう、じゃあ何とか間に合いそうね。レミリア、部隊の方はどう?」
「戦闘部隊についてはもう編成は終わっています。あとは武器と糧食の準備だけです。」
「あとは援軍のことだけという事ね…。では他のことを考えましょう。」
「だがおかしいですね。半年前の戦いで彼らの持つ軍はほとんど倒したはずです。
どうやって20000人もの人を集めてきたのでしょうか?」
「周辺の反魔物国家が兵を出しているのではないのかしら?」
「いや、あの周辺の国は反魔物国家を名乗っているだけで、考え方は中立のはずだ。」
「そんなことはどうでもいい。今は奴らを撃退するのが先だ!」
俺が考えているとサフィラが声を荒げた。その言葉に賛同するようにリズやミラが頷く。
「そうかもしれないが、ちょっと気になったのでな。」
「だがサフィラの言う通り、気にしても意味のないことだ。」
「ああ、そうだな。話の腰を折ってしまってすまない。」
俺が謝ると場の空気が軽くなる。そのまま、俺たちは話し合い始めた…。

話し合いが終わったのは始まってから10時間くらいたった後だった。
そこでは援軍を考えた編成、武器、糧食などが決まり、教団を迎え撃つのはスペランザとディスペラツィオネの中間にある平原に決まった。そこの地形は遠くから見ると中央が窪み、緩やかなV字の形をしている。そこであれば戦場全体を見通して効率よく部隊を配置し、指示を出すことが可能だった。
明日からは戦いの準備に追われるだろう。その前に少し一人で考えたいことがあった。
話し合いが終わった後、レミリアたちの誘いを行きたいところがあると言って断った俺はスペランザを一望できる西の小高い丘に来て街を眺めていた。
俺は頂上付近にある大きい大木に寄り掛かって座って、目を閉じて思考を始めた。
「きれいなところね…。」
その思考を断ち切るように上から声がした。
上を見てみると木の枝に腰掛け、俺と同じように都市を見ている者がいた。
「…そこにいると下着が見えるぞ、タチアナ…。」
「あら、そう。ごめんなさい。」
羽を使ってふわりと俺の横に降り立ち、寄り添うように座った。
俺は気にせず、都市を見続けた。日が落ちるまでその沈黙が続いていた。

「…浮かない顔ね……。」
そんな静かな気を裂いてタチアナが俺を見て、問いかけてきた。
「戦争が起こるのだから当り前だ。教団、こちらにも多くの犠牲が出るだろう。」
「……でしょうね。」
「こんな状況でも俺は戦争を回避する手段がなかったのか自問している。
 もっと平和的な解決法があったのではないか、とね…。」
そう言って、ちらりとタチアナを見る。彼女はこちらを見て微笑んでいて、今何を考えているのか俺には窺えなかった。
「俺は前にいたところでも戦っていた。しかしそこでは会話などできなかった。
する暇もなかったからな…。戦うしか方法がなかった…。それしかできなかった……。」
今でも夢に見るあの風景…、死があふれていた荒野、血と剣劇の音、爆溌によって四散する人、そして護りたかった者…。そして激しい後悔。
何か別の方法がなかったのか、別の結末はなかったのか、そう思わない日などなかった。
だからこそ……
「関係ない者たちの未来を無慈悲に奪っていくことなどあってはならない。」
「だけど起こってしまった。もう止めることはできないでしょうね。」
「…そうだろうな。止めることはできない。」
そう止められない。ならば俺はどうすべきか…。答えは既に決まっている。
「最悪な結果を回避するために俺はやるべきことをするだけだ。
たとえ、この身が尽きようともやらなければならない……。」
無慈悲に未来を奪うものを俺は許すわけにはいかない。
そう結論づけ、立ち上がった俺をその赤い目で見ていたタチアナはいきなり聞いてきた。
「ねぇ、聞いてもいいかしら?あなたは何のために戦うの?」
「…決まっているさ…自分のため。ただそれだけだよ。」
「…変わらないわね、あなた…」
立ち去る俺にタチアナは話していたようだが、その言葉は俺に届かず、俺は歩いていく。

場所を変えてここはある街道で休んでいる教団軍の幕舎である。
俺はとある国家の歩兵隊長だ。俺―エドは椅子に座って考えていた。
俺の国は元々戦争に参加する気はなかった。参加要請も断ろうとしていたはずだ。
しかし国王が急に理由を告げず参戦を表明した。
歩兵隊長とはいえ、階級は市民である俺には教えられないのだろう。
そして合流した他の国に聞くと同じように参戦の理由が不明確な国が大半だった。
おそらく脅されたのだろうと俺は考えているが、それより気になる“モノ”があった。
彼はその気になる“モノ”がある方向を見る。そっちには荷車に積まれた武器があった。
とは言っても予備として武器を持ち込むのは何らおかしくはない。だがそこにある武器の数はいくらなんでも多すぎた。兵士の数に対してあまりにも多く、その3倍くらいは用意されている。そのことに彼は何か納得いかず、少しばかりの不安を感じていた……。

3日後、魔王軍とディスペラツィオネ率いる侵攻軍がその地に集合していた。
こちらは援軍を入れて約7000人、教団軍は総勢10000人ほどが向き合っていることになる。あちらは騎兵が半分、残りは歩兵4割、残りが後方部隊のようだ。
こちらは包囲殲滅を目的とした鶴翼の陣を引いている。中央に魔王城から来た援軍をタチアナを隊長として配置。また左右に広がった翼部分にはスペランザの騎士団の副隊長が控えている。そして不測の事態に備え、他の都市から来た援軍を遊撃部隊として翼の後ろに配置した。俺自身は右翼に配置された。
あちらは一点突破を目的とした魚隣の陣を引いているようだ。
そう考えている間にも伝令がひっきりなしに本陣に来て、報告をタチアナたちにしていた。
おそらく開戦まで残りわずかだろう…。

また教団軍本陣にいる総大将のボロンドは天幕の中で湧き上がる笑いを堪えきれずにいた。
彼は明らかに今後起こることを想像し、興奮しているようだった。
「準備は上等、いつでもオーケーってかぁ!いいねぇ!最っ高のショーの始まりだぁ!」
彼の気味悪い笑い声が本陣に響き渡っていた。だがそれに反応するものはそこにはほとんどいなかった。
太陽が頂点に届くころ、両軍は鬨の声を上げ、戦いが始まった。
魔王軍 騎兵:3000 歩兵:2000 魔術部隊:500 飛行部隊:750 遊撃部隊:1000
教団軍 騎兵:5000 歩兵:4000 後方部隊:1500

この時代の戦いは最初に騎兵による突撃が行われることが常識だ。騎兵が突撃してできた裂け目を歩兵が入り込むことで敵を分断できるからだ。当然突撃する部隊には敵の後方から弓や魔術が飛んでくる。それらの攻撃は魔術部隊が魔術を駆使して防ぐのだ。
よって激突した時点の騎兵の多さが勝敗を決めると言っても過言ではなかった。
だがそういう意味ではこの戦いはおかしかった。こちらからは弓、魔術による攻撃、飛行部隊による攻撃も行われた。当然彼らはそれを防御する…はずだった。
しかしこちらが打った攻撃はほとんど防御されずに敵に突き刺さった。
中には盾をかざして防ぐ者もいたが、大きく弧を描くように落ちてくる矢と魔術、そして上空から襲い掛かるドラゴンのブレスにはほとんど意味をなさなかった。なす術もなく敵は数を減らしていく。その結果、相手は激突するまでに彼らは騎兵、歩兵合わせて500人ほど犠牲になっていた。
魔王軍 騎兵:3000 歩兵:2000 魔術部隊:500 飛行部隊:750 遊撃部隊:1000 
教団軍 騎兵:4700 歩兵:4000 後方部隊:1500

『敵はいったい何を考えておるのじゃ!!』
右翼側で目の前の敵を斬り伏せていると魔術を利用した通信機器から頭に声が響き渡る。
声からして本陣にいるイリィだろうが、戸惑っているようだ。無理もない。
戦いが始まって、はや数時間戦いは終始こちらのペースだった。ちょうど両軍の中間地点で衝突した魔王軍は敵をどんどん押し込み、前線の部隊はすでに平原の4分の3くらいの地点まで進んでいるだろう。
被害はこちらが戦闘不能者1000人、死者数十人といったところだ。だが敵の方は戦闘不能者2500人、死者に至っては1000人を超えていた。そしてここから丘の上に控えている敵の予備部隊はこんな状況でも動く気配を見せなかった。どう見ても前線にいる部隊を見捨てているようにしか思えなかった。
『いったい敵の指揮官は何を考えている?』
イリィの声に反応した左翼にいるレミリアが呟くがそれに答えられる者はいなかった。

「いいねぇ!いいねぇ!おい、見ろよ!最っ高な見世物じゃねぇか!」
ボロンドは本陣の天幕から戦場を見て、ゲラゲラ笑っていた。
「そうだ!こういうものを俺は見たかったんだ!」
そんな司令官を見ながら後ろにいたローブを見た男が進み出てくる。
「ボロンド様、そろそろ時間ですが…。」
「なンだよ、もうそんな時間かぁ?」
「はい…。…ボロンド様、本当にやるのですか?」
「ンだよ。コーレマも言ってたろ?やることさえやれば後は好きにしていいってよぉ!」
「ええ、ですが「御託はいいからさっさとはじめろ!」」
ボロンドが狂ったように叫ぶと観念したのか、ローブから何かを出した。
それは柄に手に収まるくらいの大きさの水晶が嵌っている剣だった。波打つような形をしている刀身は少し短く、片手で扱える大きさになっている。剣の種類で言えばフランベルジェという剣に当たるだろう。
「それでいいンだよ…。さぁて!さらなる狂宴の幕を開けようか!」
ボロンドがその表面に触れるとその水晶に模様が浮き上がった。

「おい!なんだあれ!」「何が起こってる?」
最前線にいた両軍から驚きと戸惑いの声が上がった。彼らが見たのは空に浮かび上がる無数の武器だった。そしてそれらはすぐに自分たちの方へ飛来してきていた。
ドォォォォン!!
『何が起こった!?』
音がした方向は最前線――タチアナが指揮しているはずの部隊がいる場所だ。
顔を向けるとそこでは空から武器が地上にいる者たちに降り注いでいる。
どう見ても敵味方を判別していないその無差別攻撃によって舞い上がった土埃で前線の様子は窺えない。俺は中央の部隊を指揮していたタチアナの無事を確認する。
「タチアナ!大丈夫か!?」
『ええ、なんとか…。でも量が多すぎて防ぎきれないわ!』
タチアナにいったん下がるように伝えようとしたとき、攻撃が収まった。
《…テス、テス。聞こえているかぁ?》
状況を把握できずにいると頭に響くように声が聞こえた。どうやら魔術を使った通信のようだ。この声に俺には聞き覚えがあった。
《お?聞こえてるな。自己紹介すると俺はボロンド・ダウル。今回この軍の総司令だ。》
『!?隊長!こいつは、もしかして…。』
「ああ、あいつだろう。」
《あ〜、親愛なる周辺国家の皆さん、そしてくそったれな魔物ども、戦争ご苦労でした。》
リリィが俺に確認している間も言葉は続いている。
《面倒くさいから説明省くわ。とりあえずあんたら死んでくれねぇか?》
そう告げた瞬間、戦場がざわめきに包まれる。
《ぶっちゃけ、どちらも邪魔なんでな。みんなまとめてぶっ殺すことにしました。
もうすでに周辺の国は滅ぼしたから、皆さんは安心して家族の元に逝ってくれ。》
《ちなみに逃げても無駄だぜ。あんたらが武器集めてくれたおかげでまだまだ武器はあるからな。逃げ切る前に殺してやらぁ。》
「……レミリア、タチアナ、聞いてほしいんだが。」
『何だ?』『何?』
「控えてる部隊を使って、あそこにいる者たちを敵味方問わず逃がせるか?」
『無理だ。このままでは狙い撃ちにされるだけだ。』
「あいつらが逃げるまで俺が防いでみせる。頼んだぞ。」
『おい!待て!』
返事を待たずに俺は前線に走り出す。俺の心は怒りに染まっていた。

…何だよ、つまんねぇ。もう終わりか…。もう少し反抗してくれると思ったンだがなァ。
ボロンドは天幕を出て、前線へ歩きながら愚痴っていた。
薄汚ねぇ魔物は傷ついた味方をかばって動くことができず、
周辺国家の奴らは先ほど言われたことを聞いて、呆然としていた。
状況を考えながら歩く彼の後ろにたくさんの武器が浮かんでいた。
つまんねェ!つまんねェ!つまんねェ!つまんねェ!つまんねェ!つまんねェ!
退屈しのぎにもなりゃしねェ、塵どもが…。あいつも出てこねェしなァ…。
ボロンドは前線に着くと自分を見る彼らの目には絶望が浮かんでいた。
仕方ねぇ…、こいつらの絶望に染まった顔を見れただけで良しとするしかねェかァ…。
「さぁて!祈りは済ませたかァ!じゃあさっさと死ンでくれや!」
そう言って近くにいる十数人の兵士に向かって武器を飛ばした。

……死ぬのか、俺は…。
自分目掛けて飛んでくる幅広の剣を見ながら俺、エドは思った。
彼は奇跡的に無傷に近い状態だったがそんなことどうでもよかった。
もう帰るべき国がなく、生きる気力がなかった…。俺はすぐ来るであろう衝撃に身構えた。
………あれ?いくら待っても衝撃が来なかったのでいつの間にか閉じていた目を開いた。
「…おい、大丈夫か?」
そこには右手を前に差し出している灰色の長い髪の青年がいた。
飛んでくる剣は彼が構えている何かによって受け止められているようだった。

なンだ、あれはァ?
ボロンドが放った剣はそいつの前に飛び出した何者かによって受け止められていた。
正確にはそいつの手から発している”何か”によって剣は盾に当たった瞬間、石化して砕ける。
それは中央に何か禍々しい目が彫りこまれている円形の盾だった。
いや、そんなことはどうでもいい!!それよりも重要なことがある。
いた!いた!いた!いた!いた!いた!いた!いた!いた!いた!!
「やっと会えたぜ!ひさしぶりだなァ!!!!アキラァァァァァァァァァァァ!!」
そこにいたのは俺が会いたかったアキラ・ハヤカワだった。

最前線の惨状はひどかった。いたるところに四肢がもげたり、砕け散った人の死体が転がっている。魔物は死体こそ少ないものの、虫の息の者が多くいた。
そんな彼らの横を俺は走っていた。殺戮を防ぐために、無駄な犠牲をなくすために…。
おそらくあの剣が集まっているところにボロンドはいるはずだ。
「…さ…………たかぁ!じゃあさっさと死んでくれや!」
そこに着くと呆然としている兵士目掛けて剣が放たれようとしていた。
―彼の者の理想、儚き夢の如く      ―He has an ideal like a transitory dream
「……アイギス【邪眼封じる守護の盾】……!」
俺は彼の前に立ち、右手を前に出し、命ずる。すると右手に盾を召喚する。
アイギス…見た者を石化させる邪眼を封じた究極の護り、俺が有する最高の盾だ。
本来なら盾の前にある物すべてを石化させるほど威力があるのだが、そこまで再現できなかった。
「…おい、大丈夫か?」
俺が声をかけるとそいつは恐る恐る目を開いた。どうやら怪我はないようだ。
「…怪我はなさそうだな。なら怪我人を連れて魔王軍の方へ逃げろ。
戦えなくてもそれくらいはして見せろ。」
俺が言うと彼は首を縦に勢い良く振って立ち上がる。そして何が起きたかわかってない人を起こして走っていく。あれなら大丈夫だろう…。おそらく向こうではレミリアたちが救助してくれているはずだ。問題はこちらの方だな…。俺はボロンドの方に向き直る。
「やっと会えたぜ!ひさしぶりだなァ!!!!アキラァァァァァァァァァァァ!!」
「……俺は会いたくなかったがな。……だが変わったな、ボロンド。」
そう叫ぶボロンドは学校にいたころから随分と変わっていた。
バランスの整った体をしていたはずが、どこか病的な印象を放っている。
一番変わったのは目だろう。その目にはすでに正気は感じられず、狂気に染まっていた。
「あァ、変わったさ!今はいいぜェ!やりたいことやり放題だからなァ!主神様にも感謝しねェとなァ!」
「……そうか、やめる気はないんだな?」
「はァ?なンでやめなければいけない?むしろここからだろうがァ?」
「こんなに無駄な犠牲を出しといてか?」
「別に死んでもかまわねェ連中だろうが。まァそンな奴らのことはどうでもいい。
てめェを殺すのが先だ!」
「……そうか。なら来い。お前の全力を受け止めてやる。」
「じゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜェ!!」
「―― Penetration(浸透適応)――」
そう言うとさらに巨大化したアイギスに向かってボロンドが放つ無数の武器が殺到した。

「アキラがひきつけている間に負傷者の搬送急げ!!」
「こっちはもう限界です。急ぎ手当を!」
私とリリィは部下たちに命令する。私たちは転位魔術を利用したり、怪力の魔物を使うことで負傷者を運んでいる。だがさすがに数が多すぎる。前線の方では目を向けるとそこでは散発的に光が瞬いている。おそらくアキラが奴を防いでいるのだろう。
「レミリアさん、どうしました?」
「いや、少しアキラのことが気になってな。」
「隊長なら大丈夫です!私は隊長を信じてます。」
「はいはい。そこの二人口を動かす前に手を動かしなさい。まだ大勢助ける人はいるのよ。」
『タチアナ様!』
「ふぅ、彼を心配するのは構わないわ。だけど今回は覚悟しておきなさい。」
「?何をでしょうか?」
「アキラのこと、おそらく彼は無事では済まないわ。」
そう言うとタチアナ様はアキラのいる方を見つめる。その言葉に不安になった私たちもそっちに目を向ける。いまだそこでは断続的に光が瞬いていた。
アキラ、無事でいてくれ……。そう私は願わずにいられなかった。

「なンだァ?なンだァ!?そんなもンかァ!!」
アイギスで次々とんでくる剣を防いでいると向こうからボロンドの声が聞こえてくる。
この時点で俺の前には剣が石化して砕けることでできた小さな砂山ができていた。
斯く言う俺も両腕の皮膚が裂け、そこから血が流れていた。
あいつの言葉に反応せず、俺は周りを確認する。…そろそろ避難は終わりそうだな。
「おい!おい!おい!反撃くれェしてみせろよォ!楽しめねェだろうがァ!」
ボロンドが叫ぶと呼応して、剣の勢いが増して叩きつけられる。
さすがに射出する武器がなくなるという都合のいい事は起こらないようだ…。

「剣がなくなることでも待ってンのかァ?無駄!無駄!無駄ァ!そンなことは起きねェよ!俺が使っているのは【後悔纏う狂える剣】!領域内にある武具を自分の支配下におく、っていうものだ!ここは戦場!弾には事欠かねェ!コーレマの野郎には感謝しねェとなァ!」
どうやら、俺の考えは甘かったようだ。だが、それよりも気になることがあった。
「コーレマ?」
「ディスペラツィオネの宰相だよ!これも奴からもらったもンだしなァ!
この状況じゃあ俺の方が有利は変わらねェ!てめェはここで死ぬンだよォ!」
笑いながらボロンドは言った。それを聞きながら俺は少しずつ立ち上がる。
後ろではすでに人はいず、ここ近辺の避難は終わったようだ。
「おいおい、なぜ立ち上がれるンだァ!」
「……勘違いしてるようだから冥土の土産に教えてやろう。確かに俺は剣を召喚することができる。だが本質はそれではない。俺の使うのは【自分の持つイメージを具現化する】というものだ。
この世界に来てからは存在しない概念を召喚することはできなくなったがな…。」
「あンだとォ?」
「……そろそろこれにも飽きてきたところだ…。」
そこで言葉を切り、後ろに目を向ける。いつからいたのかはわからないがリリィやタチアナたちがいた。リリィはタチアナに腕を掴まれているが……何をしたのやら。
「これからお前が体験するのは未知の領域…。恐れずにかかってこい!」
「っは!上等だぜェ!やってみろよ!できるもンならなァ!!」

「ッ!隊長!」
ほとんどの負傷者の避難は終わり、私がそこに着くと隊長が放たれる剣を防いでいた。
しかし、その両腕からは血が流れていて、地面が真っ赤に染まっている。
助けないと!!そう考えた私が走ろうとすると腕が掴まれ、引き留められた。
後ろを見ると腕を掴んでいたのはタチアナさんだった。
「なぜ止めるんです!早く隊長を助けないと!!」
「落ち着きなさい。それに行ってはダメよ。」
「何故っ!?」
「彼の邪魔になるから。」
腕を掴んだまま、タチアナさんは私の後ろに目を向ける。つられるように後ろを向くと…。
盾で受け止めながら、飛んでくる剣の勢いに負けず、立ち上がる隊長の姿があった。
「おいおい、なぜ立ち上がれるンだァ!」
それを見たボロンドが言っている。それはそうだ。どう見ても立ち上がれる状態ではない。
それなのに彼は立ち上がり、顔をボロンドの方に向ける。
「……勘違いしてるようだから冥土の土産に教えてやろう。確かに俺は剣を召喚することができる。だが本質はそれではない。俺の使うのは【自分の持つイメージを具現化する】というものだ。
この世界に来てからは存在しない概念を召喚することはできなくなったがな…。」

隊長は何を言ってるのだろう?それにこの世界っていう表現はまるで……。
隊長はこの世界の人ではないような言い方ではないですか…?

「あンだとォ?」
「……そろそろこれにも飽きてきたところだ…。」
そこで彼はちらっとこっちに目を向けてきた。なぜか私を見て苦笑していたが…。
「これからお前が体験するのは未知の領域…。恐れずにかかってこい!」
「っは!上等だぜェ!やってみろよ!できるもンならなァ!!」
すると隊長は目を閉じ、盾を消し、両手を下げる。当然、阻む物がなくなった剣は彼に殺到した。
―彼の者の理想、儚き夢の如く      ―He has an ideal like a transitory dream
バキィィン!
彼が何かを言うと殺到していた武器が全て隊長の手前で砕け散った。
隊長の周りに何かの気配が充満していた。彼が呟くたびその気配は大きくなる。
ボロンドも何が起こっているのか、わかっていないようだ。

―彼の者は望み、故に止まらず      ―He wanted it, therefore did not stop
―ただ一人、黄昏の丘で涙を流す    ―He weep alone on the hill of twilight
―報酬として望むは汝が力        ―Thou power is desired as remuneration
―我が身を代価として           ―Oneself as the sacrifice
―ここに幻想を結び剣と成す       ―He make a sword from the illusion in here

隊長の紡ぐ言葉がほとんど観客のいないこの戦場に響き渡る。
呪文とは何か違うその言葉が進むにつれ、周囲の気配が隊長の右手に収束していく。
そして集まったその気配は何かを形作るように凝縮していく。
それの全長は隊長と同じくらいの見たこともない剣だった。
全体的には暗い青色をしており、刀身はまぶしいほどに輝く白銀。
その全体には何か模様を形作るようにぼんやりと光る線が幾多にも通っていた。
「……アスカロン【邪龍滅せし聖者の剣】……!」
隊長は叫ぶように告げるとそれを一振りする。それが振られた軌跡に沿って不可視の衝撃が進んでいく。その先には空に待機している武器の山。その衝撃と武器がぶつかった瞬間、空に浮かぶ剣の大半が消滅する。それを見てボロンドはすでに呆然と呟いている。
「おい、おい。反則だろォよォ。そンなンよォ!!」

(さすがにこれほどのモノとなると召還するのはさすがにきついか…)
心の中で俺は呟く。普段ならやることがない詠唱をしなければならない事態は久しぶりだ。
今もすでに体に異常が出てきている。先ほどのアイギス、それに続きアスカロンまで召喚したのだから異常が出ない方がおかしいだろう。長くは持たないな。
だがこれ以上惨劇を起こさないためにはボロンドの持つ武器を消滅させることが必要だった。
それを実現するためにはにはこれくらいのモノが必要だった。
ボロンドは消滅してなくなった武器の方を見ていたが、すぐに俺を睨みつけてきた。
「おい、おい。反則だろォよォ。そンなンよォ!!」
「……ボロンド覚悟はできているだろうな…。」

ふざけンな!ふざけンな!ふざけンな!ふざけンな!ふざけンな!ふざけンじャねェ!!
あいつが起こしたことを理解して、俺の中は怒りで染まっっていた。
「ふざけンじゃねェぞ!下民風情がァァァァァァァァァ!!」
叫びながら腰に差した【後悔纏う狂える剣】を抜き、斬りかかった。
レミリア以上の速度で振り下された剣をあいつは受け止め、はじき返す。
難なく弾き返された剣を見て、俺はブち切れた。
【後悔纏う狂える剣】によって強化された力と速度であらゆる方向から剣を叩きつける。
「くそが!くそが!くそが!くそが!くそが!くそが!くそがァァァァァァァァ!」
しかしそれはの剣は奴の剣に防がれ、傷一つつけれなかった。
俺は渾身の一撃を奴目掛けて振り下した!!

(……ここだ。)
俺はボロンドの攻撃をいなしながら機を待っていた。
奴の技量、そして力量は騎士学校とは比べ物にならないほど上がっていた。
だが、逆上して放つ攻撃は至極読みやすく、防ぐは容易かった。
ボロンドはしびれを切らし、不用意に大上段から剣を振り下した。
ようやく俺の待っていた機がやってきた。奴の剣に合わせるように俺は剣を振り下す。
ガキィィン!!
ぶつかり合った剣は周囲に衝撃をまき散らしながら噛み合う。
ギリギリと音を立てて鍔迫り合いする。だがそれも長くは続かなかった。
ボロンドの持つ剣全体にひびが入り、数瞬後には砕け散った。

「なッ!?」
剣が砕かけたボロンドは飛び下がりながら、空に残っていた武器を俺目掛けて飛ばす。
俺がアスカロンで撃ち落としている間に彼は下がりながら、懐から何かを取り出している。
「ここまでのようだなァ!悪ぃが逃げさしてもらうぜェ。」
「……逃がさん!」
取り出したものを操作しようとする奴目掛けてアスカロンを振るった。
だがその剣は奴の体を通り過ぎた。そのままボロンドの身体が透けていく。
「残念だなァ、アキラ。これは転移魔術の一種でなァ。今、俺を傷つけることはできねェ!」
「…貴様!」
「そうだなぁ。決着をつけたいのならディスペラツィオネに来い。そこで相手してやらァ。」
そう言うとボロンドは消えていった。残されたのは俺と幾多の死体だけだった。

アスカロンが砕けるように消滅すると俺は耐え切れず吐血した。
さすがに連続での召喚は無茶だったようだ。
召喚の反動で立つことができず膝をついた俺にあいつらが駆け寄ってきた。
「隊長、大丈夫ですか!」「アキラ!無事か?」「旦那様!」
「…無事ではないが、生きてる。」
駆け寄ってきたリリィ、レミリア、リズが同時に同じことを尋ねてくるのに俺は苦笑した。
だが俺のことよりレミリアに聞かなければならないことがあった。
「レミリア、救助はどうなった。」
「とりあえず近くの都市に転送したが、右翼と左翼にいた者たちはほとんど無傷だったのだが…。
だが中央にいた者たちは飛来した武器が多かったのか、ほとんど即死だった。
救助できたのは合わせて4000人くらいだ。」
「……そうか。」
俺は空を見上げた。5000人以上の人を救うことができなかったのか……。
犠牲となった者たちのことを考えていると体からガクンッと力が抜け、地面に倒れていく。
リリィたちより先に倒れていく俺を支える者があった。タチアナだった。
彼女は脇から手を入れて俺を支えていた。そして俺の耳に口を近づけてくる。
「あとは私たちに任せて、あなたは休みなさい。もう限界なんでしょ。」
「……そうだな。すまないが後は任せた…。」
俺はそう言うと目を閉じ、睡魔に身を任せた……。

くそ!くそ!くそ!
俺は悪態をつきながらディスペラツィオネの城の階段を上っていた。
向かうのはコーレマの部屋だ。城の最上階付近にある部屋の扉を開けるとそこに奴はいた。
「おやおや、ボロンド殿ではないですか?いかがいたしました?」
俺はその言葉を無視すると近づいて胸ぐらをつかんだ。
「てめぇ!嘘つきやがったな!【後悔纏う狂える剣勢】じゃああいつに勝てなかった!
 どういう事か説明してもらおうか!」
「……それより作戦はどうなりました?それを言ってくれれば説明しましょう。」
「周辺国家の兵はほとんど殺した。魔王軍には被害は与えることに成功した…。
 これで満足か?さっさと説明しねぇとこのまま縊り殺すぞ!!」
「そうですか…。……ではあなたはもう用無しです。」
ドスッという音がしたと同時に軽い衝撃を感じた。下に顔を向けると俺の胸に剣が刺さっていた。それを知覚した瞬間、激痛とともに俺は力を失って倒れた。
「…コ…コーレマ…、き…きさま……!」
「非常に残念です。あなたならできると思っていたんですが…。まぁ、魔王軍に少なからず被害を与えたのなら構いませんがね…。手負いの状態ならあれを起動して、あの方を呼び出せば滅ぼせるでしょう。ですから、安心して眠ってください。」
く、くそったれが………、ゆる……さ…ね………
そのままこと切れたボロンドの処理を別の者に頼むと、彼は地下に向かった。
最後の手段であるあの方を呼び出すための最後の準備に取り掛かるために……。

――この時運命の歯車は静かに狂ってしまったことにだれも気付かなかった――
11/10/17 17:15更新 / まるぼろ
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■作者メッセージ
おっす!おら、まるぼろ(とあるサイヤ人風)!
投稿が予定より遅れてすみません。この土日が忙しかったので…。
まぁそれは置いといて、戦争編終了です(早っ)。
次回はとうとう主人公の過去が明らかになる予定です。
そのうち登場キャラの説明とかもしたいです。
次章も今回と同じく1週間ぐらいかかりそうですので気長にお待ちください。

あとほかの投稿者の人に聞きたいんですが……。
他の方たちの小説を見てると太文字だったり、小さかったりしてますよね?
あれってどうやっているのでしょうか?
またこういう質問ってどこか聞く場所があるのでしょうか?
時間のある方がいれば感想欄にコメントお願いします(*・ω・)*_ _))ペコリン

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