読切小説
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傘なしほいち

ある雨の帰り道に彼女と出会った。出会いと称するには唐突であった。だがこの出会いに僕は心から感謝している。

この国は一年のほとんどを雨雲に覆われている。貧しくも無関心な国民のおかげで暴動もなく、社会一般を賑わしている親魔物、反魔物の戦いにも関与していなかった。そもそも戦争に関われる財力がないので当然と言えば当然だ。
僕はこの国で生まれ生きてきた。日のほとんど出ないこの国では作物を育てる工場がそこかしらにあり僕もそこで働いていた。その日残業続きで参っていた帰り道で彼女に遭遇した。

ザーと絶え間なく鳴り響く雨音。傘もなくジャンパーのフードだけで雨をしのぎ早足で家に向かっていた。体の気だるさに鞭をうち進んでいるとなにかが足にかかり転んでしまった。その勢いが原因か溜まった疲れのせいかはわからないがそこで僕は気絶した。

「…いつまで寝ている気?」

挑発的な言葉とひんやりとした優しい冷たさに気づき目を開ける。目を開けると目の前には怪訝な顔で僕を見ている女性がいる。その顔は透き通るような藍色…ではなく実際に透けている。

「魔物…!?」

「私の国では妖怪って言うのよ、それ。」

不意に口から出た疑問に彼女はそっけなく答える。国と言うことはこの国の外からやって来たということだろう。この国は反、親魔物では中立といっても近隣の事情は複雑だ。積極的に魔物の亡命を受け入れることもしない。その代わり反魔物の戦いには関わらない。そのため流通も最低限のものだ。いつまでもこの国が貧しいのはそのためである。
しかし、いったいどういった経緯でこの国に来たのだろうか。魔物が好んで逃げて来る場所でない。そもそも一年を雲に覆われた気候だ。もともと群生している魔物もシダ類のマンドラゴラにとどまる。

拙い思考を重ねていると彼女が何か持ってきた。

「助けてもらっておいてずいぶんシケた顔をしているのね。」
持ってきたのは なにかのスープのようだ。‘助けた’というがそもそもここはどこなのだろうか?周りを見てみると洞窟の中のようだ。

「なにを考えているか知らないけど飲みなさい!」
反応の薄い僕に業を煮やし彼女はスープを無理矢理渡す。

「あとこれはもう要らないでしょ!?」
そう言い彼女は僕に掛かっていた毛布を剥ぎ取る。その毛布は少し湿っているようだった。
…気づかなかった。
彼女が僕を丁寧に扱ってくれていたことをいまさら気づき恥ずかしくなる。

「…ぁりがとう。」
小声でぼそっと僕は呟く。

「いまさらお礼を言われても嬉しくないわ。私が助けてもらおうと思って待ち伏せしていたのに……」
嬉しくないと言う彼女だが目を反らし、歯痒い顔している。照れているのだろうか…
ここで初めて彼女の全身が目に入る。少し小柄な身体。顔と同じ透き通る藍色。女性の曲線を描く上半身に溶けたように形の定まっていない下半身。上半身には白くフード付いたジャンパーのような服を着ている。スラッとしたシャープな印象を受けるも濡れた服は彼女の主張の少ない胸を際立たせどうしてもそこに目がいってしまう。
しかし…
「待ち伏せ?」

「……」
黙ってしまった。いかにもばつが悪そうだ。なんとも顔に出やすい女性だ。間が空いてしまったので手渡されたスープをすする。

……うまい。
なんだこのスープは、見たところ入っているものはそこらに群生している蕗に主食としては泥臭過ぎてこの国でも滅多に食べない芋。この食材でこんなにもうまいものが作れるとは…
しかも、味付けは簡素であるにも関わらず一度口を離すことが億劫になるほどのこくがある。僕はあっという間にスープを飲みほしていた。

「…おかわりは?」
見計らったように彼女が聞いてきた。

「お願いします!!!」
あまりの美味しさに年甲斐もなくはしゃいでしまった。彼女はそんな僕を嬉しそうに見ている。

「ふふ、そんなに美味しそうに食べられるとこっちまで嬉しくなっちゃうじゃないの。」
そう言ってお椀を受けとる彼女の顔が可愛く印象的だった。

けっきょく作っていたスープは僕が全部食べてしまった。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです!」
嬉々として僕は手を合わせる。久々にまともな飯にありつくことができた。

しかしだ… 待ち伏せとはどういうことだろう。聞いていいものかなのだろうか?
そう思っていると彼女が口を開いた。

「自己紹介…まだだったわよね、私はミチコ。」
そう言って彼女は手を差し出した。

「僕はアサギだ。よろしく。」

拒む理由はないので僕は握手に応じた。触れた彼女の手はひんやりとしていて人間ではないことを思い知らされる。 
握手を交わした後、しばしの沈黙が流れる。

「あのさ…」
僕は重い口を開く。

「待ち伏せってどういう意味だったんだろう?それに君はこの国の生まれではないみたいだけどなんでわざわざこの国に来たの?」

できるだけ友好的に軽い調子で僕は言った。重たい空気にはしたくなかった。
「…それって言わないといけない?」

案の定と言おうか。彼女は苦い顔をしている。

「いいわ。でも…」

「でも?」

「言ったら私のお願い聞いてくれる?」

「…」
彼女は不安げな表情で聞いてくる。どうしたものだろうか…稼ぎの多くない僕にできることなどあるのだろうか?そもそもどんなお願いかにもよるのだが。

「わかった…でも僕にできることは限られているよ?」
事情を知りたいと思い濁しながらも同意の旨を伝える。
「どーかしら?たぶんこれはあなたの気持ち次第なんだけど…」

そんなお願いをされても正直困ってしまう。

「まーいいわ、話してあげる。」
なぜ上から目線なのだろうか?しかし、話してもらえるのならいいだろうと僕は思う。

「そうね…じゃあ、私がどうしてこの国に流れた来たか簡潔に説明してあげるわ。」

「…お願いします。」
ついには敬語になってしまった。

「なんというか…嫌になったの。私の生まれた国はジパングって言うのだけれど知ってる?」

「まー名前ぐらいは…」

「そのジパングっていう国は女は男に健気に尽くしているのが風習というか、美徳なの。それが嫌になったの。お父さんとお母さんがとても仲が良かったし大好きだったけど私は誰かに尽くして一生を終えるなんて嫌。それにぬれおなごはみんなそれが幸せで、体に刻まれてるなんて我慢できなかったの。だから海を渡って旅をしてきたの。でもいくつかの国を回っても私はなにがしたいのか、どうなりたいのかわからなかった。だから…」

「だから?」

「だから思ったの私の…ぬれおなごの体に聞いてみようかなって。」

「それってどういう意味?それにぬれおなごって?」

「あなたって何も知らないのね。ぬれおなごっていうのは私みたいな妖怪のことをジパングではそう呼ぶの。雨の小道に佇み道行く人に微笑みかける女性の妖怪。だから私いの体はいつも雨に降られたように濡れているの。雨の多いこの国で雨に打たれていればなにか思い浮かぶかもしれないとふと思ったの。そんなどこにでもあるようなくだらなく小さな理由よ。私がこの国来たのは。まぁ、たまたま前の国から近かったっていうのもあるんだけどね。」
気取らない調子でさらさらと彼女は早足で理由を語る。きっと自分のことを話すのが恥ずかしいのだろう。話している最中は全く僕と視線を合わさない。

「そうか…なんとなく君がこのなんにもない国に来た理由がわかったよ。戦中の亡命とかじゃ僕はめんどうを見てあげることはできないからよかったかな…」

「不法入国だけどね!」
そこで満面の笑み浮かべる。なんだ、こいつ。しかし、その笑った顔がとても愛着のある可愛いものであるから始末が悪い。これで何人の男が落ちるのだろう?
「まぁ、君がこの国じ来た理由はわかったよ。で待ち伏せってなに?」
一番聞きたいことを聞く。
「…猫。」

「は?」

「あなた猫助けてたわよね?」
たしかに弱った猫にここ最近食事を与えていた。元気になったみたいでなによりだがそれで自分が倒れているのだから本末転倒だ。
「だからあなたに決めたの。」

「?」

「私のお願い…」

いままでにない真剣な印象でまっすぐに僕の目を見て彼女言った。

「あなたになら助けられてもいいと思ったの。だから…だから私と一緒に旅をして。私と一緒に来てください!」


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現在、滞在している国は爽やかな風が吹いている。 横を歩く彼女はブーツカットのジーンズ。白い割烹着をイメージしたお気に入りのジャンパー。
この国は親魔物であるから単純におしゃれを楽しんでいるのだろう。

「魔力が増えて擬態を楽しむのはいいんだけどさ、わざわざ僕より身長を高くする必要はないんじゃない?」
見上げながら僕は言う。

「あなたを上から見るのが楽しいのよ。」
イタズラ好きで愛着のある笑顔で彼女は言う。この笑顔見ていると思う。一緒にいてよかったと。これからも一緒に居たいと。
11/12/19 15:13更新 / 包み紙

■作者メッセージ
思いつきまとめただけの体たらくです。

題名はてきとー。

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