連載小説
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『魔灯花と魔宝石海岸』
「もしかすると、君は言葉が話せないのかい」
その後、ゾンビの少女に二言三言話しかけたことから推察されたことを老人が訪ねました。
そして、その疑問に対して少女は小さく頷くことで答えました。
自分の軽率な行動に気を悪くしてしまったのではと思い、老人はゾンビの少女に謝りました。
しかしゾンビの少女は慣れたものだから気にしなくてもいいと云ったふうに首を横に振りました。
それから二人はとくに何かを話すでもなく、車窓から見える風景を眺めていました。
すると、列車の進む暗闇の先から淡い光がぽつりぽつりと流れてきました。
そしてその光はやがて車窓から見える景色一面にまで増えました。
「これは魔灯花か・・・」
辺り一面に群生する魔灯花に老人は感動を覚えました。
その様はまるで、夜空に輝く星々をそのまま地上に持ってきたか、列車が星空を走っているかのようでした。
老人がふとゾンビの少女の方を見ると、瞳に魔灯花の淡い光を映しながら、ゾンビの少女も老人と同じように魔灯花の花畑を食い入るように眺めていました。
しかし、しばらく続いたその幻想的な風景もやがて終わりが近づこうとしていました。
ゾンビの少女は窓を開け放つと身を乗り出して、彼方へと流れ去っていく魔灯花を見送っていました。
「危ないから戻りなさい。もうあんなに後ろへ行ってしまったからね」
老人に云われてか、魔灯花が見えなくなったからか、ゾンビの少女は座っていた座席にすとんと戻りました。

りゅう座停車場、りゅう座停車場
車掌の案内が車内に流れ、列車がゆっくりと停車しました。
列車が停まって扉が開くと、ゾンビの少女は老人を一瞥してふらりと列車の外に出て行ってしまいました。
老人はここがどこなのか分からないうえに、あのゾンビの少女は行きずりの話し相手であるから付いていく義理もないと考えていました。
けれども、ゾンビの少女が言葉を話せないことを思い出すと、いてもたってもいられなくなり、座席を後にして扉へと向かっていきました。
「あれだけ人を遠ざけていたというのに。いよいよ私はおかしくなったのかもしれない」
そうぼやきながら老人は列車から外に出たのでした。
無人の改札を抜けて停車場を出た先は、まるで細かな水晶の粒でできたような海岸でした。
その時、老人は鈍く光る足跡が海岸線に沿って伸びていくのを見つけました。
「これはあの少女の足跡に違いない」
そう云って砂浜に一歩足を踏み出すと、老人の足下が輝いて透明な砂粒が小さな鉱石の粒に変わりました。
不思議に思った老人は砂をひとつまみ手のひらに広げて指できしきしさせると、同じように鉱石の粒になりました。
「この砂はみんな魔宝石だ。こんなに小さくても魔力や精を宿しているんだ」
老人が驚きを露わにしながら海岸線に沿って伸びていく足跡を辿っていくと、どこからか男の怒鳴るような声が聞こえてきました。
「ああ、これは厄介なことになっているかもしれない」
そう云いながら老人は声のする方へと向かっていきました。

声のする場所に辿り着くとそこにはゾンビの少女と冒険者らしき姿の男がいて、その周りには巨大な生き物の骨が地面から突き出ていました。
「君ね、勝手に採掘現場に入ってこられては困る」
「・・・・・・・・」
「さっきから黙ってばかりじゃないか。何か言ったらどうなんだ」
詰問される少女を見た老人は何かしてしまったのではと思い、割って入りました。
「私の連れがご迷惑をかけたようで。すみませんね」
「あのお嬢ちゃんはあんたの連れだったのかい。だったらよく見ておいてくれ」
そう云うと、男は掘りかけの骨のところへ戻って行きました。
「さあ、また怒られないうちに戻ろう」
老人はゾンビの少女にそう云いましたが、ゾンビの少女はその場を動こうとしませんでした。
「まったく困ったものだ。それなら邪魔にならない所へ行こう」
ゾンビの少女は老人の提案にこくりと頷きを返しました。
男はがむしゃらに地面を掘り続けていました。
その間、ゾンビの少女は男と骨を眺めているだけでした。
それからまた幾ばくか時間がたったころ、男は老人とゾンビの少女を見つけました。
男は二人にずんずんと近づいていきました。
「あんた達、まだこんな所にいたのか」
「ええ、この子がどうしてもと云うので」
「・・・・・・」
「あんた達は俺を馬鹿にしにきた訳じゃないんだな」
男の言葉に老人とゾンビの少女は首をかしげました。
「俺は見ての通り冒険者なんだ。それで俺はあの骨は魔王が代変わりする以前の竜のものだと考えているんだが、竜の骨がこんな所にあるものかと誰もが馬鹿にするんだ」
「それで勘違いしたわけですか」
「ああ、そういうことだ。さっきはすまなかった」
老人と男が話していると、ゾンビの少女がどこからかつるはしを持ってきました。
ですが、つるはしの重さに勝てずふらふらとしていました。
「お嬢ちゃん、危ないからそれを放すんだ」
しかし、ゾンビの少女はつるはしを放そうとせず、男の眼をじっと見ていました。
「もしかすると、手伝いたいのかい」
「・・・」コクリ
「しかしだな、そんな小さな体でつるはしなんか振れるわけがないだろ」
男がそう云っても、首を横に振るゾンビの少女でした。
「わかったわかった、手伝ってくれ。だが、こっちを使ってくれよ」
危ないからなと云って男はゾンビの少女にスコップを渡しました。
どれほどの時間がたったのか、辺りはすでに真っ暗でした。
「今日はもう終わりだ。じいさんもお嬢ちゃんもありがとうな」
男はそう云うとその場にどかりと倒れてそのまま眠り始めました。
「私たちも眠るとしようか」
「・・・」コクリ
老人とゾンビの少女はちょうどいい草原を見つけると横になりました。
老人はおやすみと云ったあと、悲しそうにさようならと呟きました。
ゾンビの少女はなぜさようならなんて云うのかと疑問に思いましたが、睡魔には抗えず眠りにつきました。

老人が眼を覚ますと、隣にいたゾンビの少女はいませんでした。
そのかわり、冒険者の男が老人を見下ろすように立っていました。
「ああ、やはりいなくなってしまったか」
「やっと起きたかじいさん。勝手にここに入られちゃ困るんだ」
「ああ、すまなかったね。すぐにここから出て行こう」
「早いところそうしてくれ」
老人は追い立てられるようにその場を去ると、列車へ戻って行きました。
列車は何も変わることなく無人の駅に停まっていました。
老人が自分の座っていた座席に座ると、前の座席にあのゾンビの少女が座っていました。
「やあ、はじめまして。もしかすると今朝は嫌な思いをさせてしまったかもしれないね」
ゾンビの少女は首を横に振りました。
「気にしていないのかい。ありがとう。それでは」
老人が席を立って移動しようとすると、ゾンビの少女が老人の袖を掴んで引き留めました。
「離してもらえないかね。君の迷惑にはなりたくないんだよ」
老人がそう云ってもゾンビの少女は同じように首を横に振るだけでした。
「もしかすると、本当にもしかするとだが君は私のことを覚えているのかい」
実際には数秒でしたが老人にとっては何分何十分とも思える間の後、ゾンビの少女は大きく頷きました。
「私を覚えていてくれる人に会えるなんて」
老人はその場で泣き崩れました。
そしてゾンビの少女は老人を優しく抱きしめると、愛おしそうに老人の頭を撫でるのでした。
朝日できらめく河岸沿いを列車はいつのまにか走っていました。
14/08/16 14:13更新 / リキッド・ナーゾ
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■作者メッセージ
読んでいただき、ありがとうございます。
連載ものは書くのが難しいですね。それに「銀河鉄道の夜」のように不思議な雰囲気を出すのもとても難しいです。
次回の前に1つ読み切りを書いて、次で終わりにしようかと思っています。

自分でもいまいちよく分からない作品ですが、感想、アドバイスなどがあれば励みになります。

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