読切小説
[TOP]
こすぷれえっち(未遂)
「愛の美少女戦士フォクシー・アゲハ! 今、華麗に見参!」

 仕事を終え、我が家に帰って玄関に入ると、目の前で妻の稲荷が決めポーズを取っていた。四本の尻尾と小振りな尻をこちらに向け、引き締まった腰を捻って上半身もまたこちらに晒していた。右手でピースサインを作って自身の瞳の前に置き、左手は腰に当ててウエストのくびれを強調していた。
 
「人のいなり寿司をつまみ食いし、至福の時間を奪い去る不届き者め! このフォクシー・アゲハが、あなたを畜生道に叩き落してあげるわ!」
 
 この時、彼女は巫女服を改造したような、ミニスカートの紅白衣装を身に着けていた。スカートは本当に股関節の付け根からやや下までしか隠しておらず、おかげで肉付きの良い、むっちりとした太ももが露わとなっていた。また足先から膝の部分までを白のハイソックスで隠し、長くしなやかな脚をさらにきゅっと引き締めていた。
 胸元は僅かにはだけて谷間が垣間見え、さらには胸の頂点から小さな突起が浮き上がっていた。サラシや下着を身に着けていなかったのは明白だった。おまけにほんの少し見える脇下にはしっとりと汗が溜まっており、むわりと生温い気配を漂わせていた。
 
「さあ覚悟なさい! お天道様に代わって、天誅よッ!」
「……」

 帰ったばかりの男は、そんな奇態を晒す妻を唖然とした表情で見つめていた。何も言わず、なんのリアクションも返さない。
 ただ信じられない物を見るかのように、目と口を力なく開け、変わり果てた妻の姿をじっと見つめていた。
 
「……」
 
 気まずい空気が流れていく。場の雰囲気が鉛のように重くなっていく。
 やがて稲荷がその空気に気付き、それに耐えきれなくなったようにみるみる顔を赤くしていく。
 
「お、お帰りなさいませ……旦那様……」

 そしていつもの調子に戻り、夫に対していつものお帰りの挨拶を交わす。しかし驚愕と羞恥のあまり、その体はガチガチに硬直し、おかげで決めポーズはとったままであった。
 
「うん、ただいま……今帰ったよ……」
「お荷物は、その、こちらに置いておいてくださいませ。私が持っていきますので……」

 いつもの帰宅直後の夫婦の会話。しかしいつもよりずっとぎこちなかった。原因は明白であった。
 
「……どうしたんだ? 何か変な物でも食べたのか?」

 靴を脱いで家の中に上がり込みながら、夫が問いかける。愛する男の気配を間近で感じ、ますます羞恥の感情を強めていきながら、稲荷が視線だけを逸らしてそれに答えた。
 
「い……イメチェン……です……」
「えっ?」
「か、かわいくないですか……?」

 よろよろとポーズを解き、上目遣いで見つめながら妻が問いかける。その仕草一つで、男の精神はノックアウトされた。
 大好きな妻にこんなことされて、喜ばない男はいなかった。
 
 
 
 
 稲荷の揚羽は、一言で言えば貞淑な妻であった。常に優しく、時に厳しく夫を盛り立て、影に日向に支えていった。当人の性格も物静かだが人当たりが良く、派手な物を好まず、常に朗らかな笑顔を浮かべる、まさに太陽のような女性であった。
 夫の陽一もまた、そんな妻である揚羽に惜しみない感謝と愛を捧げていた。実直な彼は揚羽を深く愛し、揚羽もまた陽一を同じくらい愛していた。
 二人はまさに二人三脚で互いを支えあう、夫婦の鑑のような存在であった。揚羽と陽一は多くを望まず、慎ましくも幸せに日々を過ごしていたのである。
 
「それにしても意外だったな。まさかお前がそんな格好するとは」

 そんな普段の揚羽の性格を知っていたからこそ、陽一は今の揚羽の姿に新鮮味を感じずにはいられなかった。あの大人しい揚羽が、こんな派手派手なコスプレ衣装に袖を通している。そのギャップを「萌え」と言わずになんというのだろうか。
 
「うーん、何度見ても新鮮だ。似合っているぞ揚羽」
「うう……」
 
 この時彼は、なおも奇怪な巫女服に身を包んでいた揚羽と共に夕食をいただいていた。そして今日の献立の一つであるアジの開きに舌鼓を打ちながら、卓袱台を挟んで顔を真っ赤にしている揚羽をまじまじと見つめていた。
 そんな陽一からの熱視線を浴びて、揚羽は完全に委縮していた。
 
「そんなにじろじろと見ないでくださいませ。恥ずかしいですよう……」
「そんな煽情的な服着ておいて、見るなと言うのも無理な話だぞ」
「あ、あうう……」

 完全にいつもの揚羽に戻っていた稲荷狐は、そう論破され顔から煙を出していた。しかし腹は空いているのか、自分で作った料理――アジの開き、ほうれん草のおひたし、里芋の煮っ転がし、白米と味噌汁――に箸をつけ、ちょびちょびと啄むように口に運んで行っていた。
 可愛い奴め。そんな風に目立つまいと小動物のようにつまんでいく揚羽を見た陽一は素直にそう思い、そしてまた一つの疑問を抱く。彼は口の中の物を味噌汁で流し込んだ後、穏やかな表情で揚羽に問いかけた。
 
「それで? どうしてそんな格好しようと思ったんだ? 良かったら教えてくれないか」
「こ、これはですね……」

 箸の動きを止め、視線を泳がせながら揚羽が答える。陽一は何も言わず、その姿をじっと見つめる。
 
「その、夫婦円満の秘訣は刺激にあるという話を聞きまして」
「刺激? どういう意味だい?」
「毎日同じことをしていては、そのうち飽きが来て退屈に思えてしまう。だから不定期にいつもと違うことをして、新鮮な気分を味わうことで、より永く結婚生活を送ることが出来る。ということなのだそうです」
「なんだか、誰かから聞いたみたいに言うな。それは誰がアドバイスしたんだい?」
「お隣のバフォメットさんです。今日旦那様がお仕事に向かわれた後、あちらの家に招かれまして。そこでバフォメットさんからそのような話を聞かされたのです」
「ああ」

 陽一はそれで全て納得した。なるほど、あのお祭り好きな幼女なら、そういうことを言ってくるのも頷ける。彼は自分達の隣に住む憎めないトラブルメーカー……『子作り週間』と称して手製の媚薬をばら撒き、団地一帯を乱交会場に変貌させた魔物娘の姿を脳裏に思い出しながら、納得したように頷いて見せた。
 
「その服も彼女から?」
「はい。手始めにまずはコスプレで誘惑するのじゃ! と言いながら、私にこの衣装を押し付けてきたのです。その後で、これを着て取るべきポーズと、決め台詞についての説明を受けました」
「その結果が、俺が帰って来た時に見せたあれか」
「はい。正直、これに袖を通すのは非常に恥ずかしかったのですが、かと言って無碍にするわけにもいかず……」
「真面目だなあ」

 バフォメットの好意を踏みにじれない揚羽を見て、陽一がしみじみと呟く。本当に真面目な妻だ。だがそこが良いのだ。俺はそんな真面目で優しい所に惚れたのだ。
 陽一が独りそんなことを思っていると、今度は揚羽が陽一の方を見ながら、恐る恐るといった感じで問いかけてきた。
 
「やはり、変でしょうか? 私がこのような格好をするのは……」
「いや、全然変じゃないぞ。凄い可愛い」
「そうでございますか?」
「ああ。俺がお前に嘘ついたことあるか?」

 陽一が穏やかに微笑みながら尋ねる。そう言われた揚羽はハッとして頬を赤らめ、すぐに恥ずかしそうに視線を逸らし、そして嬉しそうにはにかんだ。
 
「そうですか……可愛いですか……ふふっ♪」
 
 とても淑やかで、愛らしい仕草であった。そんな妻の可愛い姿を見て心をほっこりさせながら、陽一が思いついたように声をかける。
 
「でもせっかくだから、俺も揚羽と同じことしてみたいな」
「……えっ?」
「いやほら、揚羽のコスプレ姿見てたら、俺もちょっとやってみたくなってさ。それに一人でするより二人でした方が、コスプレしがいもあるってもんだろ? 楽しさも増すだろうし」

 よくわからない理屈であった。しかし揚羽にとっては、陽一が奇怪な格好をした自分を否定せず、その上自分まで同じことをしてみたいと言ってくれたのが、何より嬉しかった。
 そんな揚羽の前で、唐突に陽一が渋い顔を浮かべる。どうしたのかと揚羽が尋ねると、陽一は彼女を見ながら「でも服が無いんだよな」と残念そうにこぼした。
 
「服でございますか?」
「ああ。俺用のコスプレ衣装だよ。さすがに自前で持ってないし、お前も特に持っていたりはしないだろ?」
「いえ、ありますよ」

 揚羽が即答する。目を剥いて注目する陽一に、揚羽がクスクス笑って言葉を続ける。
 
「実はバフォメットさんから、旦那様の分ももらっているんです。悪の大幹部、クロガネ仮面というキャラの衣装なのですが……」
「俺の分もあるんだ……」
「もしもの時に備えて、こいつも持っておくが良い、と言われまして。あっ、あとフォクシー・アゲハとクロガネ仮面の設定資料ももらってます」

 これです。そう言って揚羽が卓袱台の下に手を回し、そこからバインダーを取り出して陽一に差し出す。それを受け取った陽一は試しに中を開き、そして中に綴じられたルーズリーフが百枚以上あることを知って閉口する。
 
「ここまで書き込んでるのか。よくやるなあ……」
「やるからには手は抜かぬ。いついかなる時も全力投球じゃ! と申しておられました」
「あの人なら言いそうだな」

 緻密に組まれた設定を読み解きながら、陽一が苦笑交じりに頭を掻く。そしてひとしきり流し読み終えた後、彼はバインダーを閉じて揚羽に向き直った。

「まさかあの人、俺がやりたいって言うの予想してたのかな?」
「ありそうな話ですね。バフォメットさん、中々聡いお方ですから」

 揚羽の言葉に、二人は揃って納得した。なるほど確かに、あの大悪魔幼女なら予見していてもおかしくはない。
 
「それで、どうしましょう? 旦那様もやってみますか?」

 ひとしきり納得したところで、揚羽が問いかける。陽一としては、もはや答えるまでも無かった。
 
 
 
 
「くっ……殺しなさい……!」
「ふん、相変わらず強情な奴め。大人しく我が軍門に降ればよいものを」

 冷たい監獄の中、フォクシー・アゲハは後ろ手に縛られ、石畳の上に転がされながらも、弱みは見せまいと気丈に振る舞った。そんな彼女を見て、悪の幹部クロガネ仮面は面白くなさそうに鼻を鳴らした。アゲハは彼の顔を睨みつけ、クロガネもまた彼女の顔を冷たい眼差しで見下ろした。
 
「いつまで我慢すれば気が済むのだ? いい加減に素直になれ」
「黙れ! 私は愛と平和の戦士! 絶対に悪の手に堕ちたりなんかしない!」
「あれだけ甚振られて、まだそこまで言い張る余裕があるのか。大した奴だ」
 
 囚われのヒロインと、それを篭絡する敵幹部。ヒロインは監禁されて一週間が経過しており、その間淫らな拷問を受け続けていた。心身ともに限界ギリギリであり、いつ崩壊してもおかしくはなかった……。
 それがバフォメットの練りに練った設定であり、彼らはその設定通りにプレイを楽しんでいた。揚羽の魔力を使って部屋を作り替え、居間そのものを監獄へと変貌させる徹底ぶりであった。
 これは揚羽の提案であった。真面目で妥協を許さない彼女は、「どうせやるなら徹底的にやりましょう」と告げ、居間の構造を丸ごと作り替えたのである。件のバフォメットもそうだが、揚羽も大概こだわるタチであった。
 閑話休題。
 
「抵抗すればするほど、苦しみも増すだけだぞ。そうまでして抗いたいというのか」
 
 黒いボディスーツの上から革のコートを羽織り、顔の右半分を仮面で覆い隠した男が、片膝をついてアゲハの横に腰を降ろし、その形の良い顎に指を添える。そして下顎を掴み、嫌がる彼女の顔を力任せに無理矢理持ち上げる。
 
「愚かな女め。だがまあ、いいだろう。そこまで強がってみせるなら、こちらもいつもの手を使わせてもらうだけだ」
「……ッ!」

 いつもの手、という言葉を聞いて、アゲハが反射的に身を強張らせる。そしてスカートの下では、何かを期待するかのように股間がじわりと濡れ始めていた。
 それでもアゲハは、負けじとクロガネを睨み続けた。クロガネもまた笑って彼女の顎から手を離し、そしておもむろにその胸に両手を伸ばした。
 
「ふん!」

 そして掛け声と共に、その胸元をはだけさせる。衣装が左右に剥かれ、豊満な胸が飛び出すように露わになる。
 
「な、なにを……!」
「相変わらず綺麗な乳だ。隠しておくにはもったいない」
「ふえっ!? そ、そんな、私のおっぱいなんて全然……!」

 台本通りに驚く揚羽だったが、自分の胸を夫に褒められたことで素の表情を出す。突然の事に陽一の動きも止まり、二人は我に返ったように呆然としながら互いを見つめ合う。
 
「ぜ、全然、そんなこと言われても、嬉しくないんですからねっ! 勘違いするでないわ!」
 
 しかしすぐに顔を引き締め、アゲハが演技を再開する。キャラがブレブレであったが、陽一はあえて突っ込まずに「元の役職」に戻った。
 
「そ、そうか。では触られても、何の問題も無いということだな」

 立ち直り切れてないクロガネがそう言って、露出したアゲハの胸に手を添える。掌で乳房を覆い、指を沈みこませて捏ね繰り回し、乳首をつまんで引っ張り上げる。そうしてクロガネが胸を弄ぶたびに、アゲハは言いようのない快楽に曝された。
 
「くっ……! ふぅっ、ぐっ……!」

 アゲハはそんな暴力的な快感に、歯を食いしばって耐えた。唇の端から涎が垂れ、股間からも蜜が滴り落ちていく。しかしそれでも、彼女は肉悦に堕ちるわけにはいかないと、眉間に皺を刻んで必死の形相でそれに耐えた。
 
「ふん。相変わらず勇ましいことだ。だが、もう体は限界なんじゃないか?」

 そんな彼女の抵抗を見て、クロガネがうそぶく。そして彼は右手を胸から離し、ついでに露出していた肩に優しく触れる。
 直後、電流が走ったかのようにアゲハの体が小さく跳ねる。それを見たクロガネは小さく笑い、そして惚けた顔を見せるアゲハに己の顔を近づけ、囁くように言い放つ。
 
「それ見ろ。お前の体はもうガタガタなのだ。全身が快楽を求めきっている。それなのに、精神だけが未だに抵抗を続けるから、貴様はこうして苦しみ続けるのだ」
「くっ……黙れ……! 何を言おうが、私は絶対に貴様には膝は折らんぞ……! 私は正義の戦士……! 悪の道には決して染まらないぞっ!」
「やれやれ」

 絶対に屈しないアゲハに、クロガネは困ったように首を横に振った。そしてそんな駄々をこねる子供に現実を教えてやろうと、彼はその無駄に発育した胸を再び鷲掴みにした。
 
「ひゃうん……!」

 直後、アゲハの体が再び跳ねる。乳房を力任せに握りしめられ、彼女は再び言いようのない快感に晒された。
 
「あっ、あふん♪ はァ、はァ、ンんっ……やあン……♪」
 
 全身からは汗が噴き出し、目は快楽に蕩けて虚ろになり、だらしなく半開きになった口からは荒い息が漏れ始める。股間から溢れ出す愛液によって、ミニスカートには失禁したような染みが広がり始めていた。
 彼女の体が「出来上がっていた」のは、誰の目にも明らかであった。
 
「愚か者め。そんな有様で、まだ抵抗しようと言うのか」

 クロガネがため息交じりに告げる。アゲハはもはや言い返す気力も無かった。ただ蕩けた目だけをクロガネに向け、何か言葉を放とうと口をぱくぱくさせるだけだった。
 
「素直になれ。なぜ貴様はそこまで感じている? なぜそこまでボロボロになっているのだ? この私に弄られているからだろう? 現実を受け入れて楽になるのだ」
「違う……ちがうぅ……!」

 クロガネの誘惑に、アゲハが首を振り、言葉を振り絞って反論する。そのあまりの強情ぶりに、クロガネは思わず顔をしかめた。このわからず屋め。彼は揚羽と同じくらい頑固なヒロインを前に、次はどんな責めをしてやろうかと思案した。
 そんなクロガネに、アゲハが息を切らして言い放つ。
 
「私が……こんな風になったのは……あなただから……」
「なんだと?」
「私は、揚羽は……旦那様に触られて、こんな体になってしまったのです……ッ」

 目に涙を浮かべ、アゲハが物欲しげな顔で訴える。
 陽一が真顔に戻る。自力で縄をちぎり、彼の顔に手を当てながら、揚羽が真っ赤な顔で言葉を続ける。
 
「私の体を好きにしていいのは、旦那様だけ……演技じゃない、本当の旦那様だけ……」
「揚羽……」
「お願いします……旦那様で、ふしだらな私を汚してくださいませ……」

 揚羽の手が陽一の仮面をそっと取り外す。陽一の素顔が露わになり、それを見た揚羽が安堵の笑みを浮かべる。
 
「ああ、素敵でございます……旦那様……♪」

 牢獄の景色が蜃気楼のように揺らめき、姿を消していく。やがてそこは元の居間へと変わり、いつもの部屋で二人の男女が向かい合う。
 陽一が諦めたようにため息をつく。
 
「駄目じゃないか揚羽」

 慣れ親しんだ我が家の中、肩の力を抜き、揚羽の頭を撫でながら陽一が優しく諭す。
 
「せっかく演技してたのに。コスプレ衣装が意味なくなっちゃっただろ」
「はう……ごめんなさい……」

 頭に生やした狐耳をしゅんと垂れ下げながら、揚羽が後ろ暗い表情を浮かべる。しかしすぐに視線を陽一に向け直し、必死に懇願するような顔で愛する夫に訴える。

「でも私、やっぱり本番は旦那様としたいんです。コスプレじゃなくて、旦那様に犯してほしいんです。旦那様とじゃなきゃ、嫌なんです……」
「揚羽……」
「わかっています。全部、私のわがままです。……わがままな女は、お嫌いでしょうか?」
「……そんなこと無いよ。わがままな揚羽も、俺は好きだぞ」

 そう答えて、陽一が揚羽の唇にキスをする。互いの唇を軽く触れ合わせる程度の、軽いキス。
 
「ちゅっ……ふう……」
「あ……っ♪」
 
 しかも陽一は互いのそれが僅かに触れた後、すぐに顔を離した。揚羽は途端に物欲しげな顔を浮かべ、それを見ながら陽一が「な?」と微笑みかける。
 
「俺は真面目なお前も、わがままなお前も大好きだ」
「あ、ああ……っ♪」

 一方、不意打ちでキスを食らい、その上そんなことまで言われた揚羽は、喜びのあまりゾクゾクと体を震わせた。両手で自分の頬を包み、感情のままに涙を流し、蕩けた表情を陽一に向ける。
 
「卑怯です。ずるいですっ。こんなことされて、我慢できるわけないじゃないですか……♪」
「我慢できなかったら、どうする?」
「それはもちろん……♪」

 揚羽が陽一の両肩に手を置く。そして自身の体を持ち上げ、勢いに任せて陽一を押し倒す。
 
「旦那様の愛を、いただきとうございます♪」

 陽一が押し倒され、その上に揚羽が乗る格好になる。そうして夫の上に乗った後、解放された尻尾を楽しそうに揺らしながら、揚羽が満面の笑みで告げる。胸元をはだけさせて垂れ下がった乳房を晒し、ミニスカートの股間の部分を蜜で濡らした稲荷の笑みは、たまらなく卑猥だった。
 そして彼女は相手の反応を待たずに体をずり下げ、陽一の股の部分に顔を近づける。ご丁寧に股間の所にはジッパーがつけられており、それを引き下げるだけで簡単に肉棒を露出させることが出来るようになっていた。
 
「うふふ、御開帳……♪」
 
 揚羽は躊躇なくそれに手をかけた。そして勢いよくジッパーを引き下げ、中に押し込められていた肉棒を勢いよく飛び出させる。
 
「ああ、旦那様の、もうこんなになってる……」

 目をキラキラと輝かせ、恍惚とした表情で揚羽が呟く。そして肉棒に手を添え、反対側に自分の頬を押し付け、挟み込むように頬ずりをする。脳を刺激する心地よい刺激に陽一が悶絶し、亀頭口から先走り汁が溢れ出す。その透明な液体は肉棒の表面を伝って流れ落ちていき、揚羽の手と頬をにちゃにちゃ汚していく。
 
「旦那様、もうこんなにヌルヌルですよ……♪ ふふっ、とっても嫌らしくって、可愛いです♪」
「ぐうっ、かはッ……あ、揚羽……ッ」

 愛おしげに頬ずりを続ける揚羽に、陽一が苦しげな声で訴えかける。揚羽も動きを止め、じっと陽一を見る。
 
「どうかなさいましたか、旦那様?」
「揚羽、俺、もう限界……いいよな……?」
「はい……♪」

 揚羽はそれだけで、陽一の言わんとすることを理解した。そして理解したうえで焦らすほど、意地悪でも無かった。
 
「それでは旦那様、入れさせていただきますね……♪」
「ああ……」

 改造巫女服をだらしなく着崩した稲荷が、尻尾を揺らしながら腰を持ち上げる。そしてそそり立つ肉棒に、栓をし忘れたように愛液を垂れ流す膣口をそっとあてがう。
 顔を上げてそれを見た陽一が、思わず苦笑しながら言葉を漏らす。
 
「揚羽の蜜、ぼろぼろ流れてってるな。ちゃんと蓋しないと」
「では、旦那様のおちんちんで、栓をさせていただきます」

 揚羽がにこやかに答え、ゆっくりと腰を降ろす。膣口が亀頭を捉え、そのままずぶずぶと飲み込んでいく。
 
「あっ……はァ、ン……ふぅン……♪」

 その感触をじっくりと味わうように、ゆっくり、ゆっくり腰を降ろす。濡れそぼった襞の一つ一つが肉棒を捉え、擦り、やわやわと包み込む。
 まさに母親の抱擁の如き安心感を与える、極上の肉壺であった。実際肉棒を根元まで飲み込まれた時、陽一はその温もりを前にして、快楽よりも安堵感を覚えたほどであった。
 
「ああ……揚羽の中、気持ちいい……最高だ……」

 全身から無駄な力が抜け落ち、体が蕩けてしまいそうな快感に浸りながら、陽一がしみじみと呟く。その陽一に揚羽が挿入したまま倒れ込み、膣だけでなく全身で陽一を包み込む。
 
「旦那様、私の体は、ようございますか?」

 そして確認するように、耳元で囁く。陽一もまた揚羽の体を抱き締め、穏やかな笑みを浮かべながらそれに応える。
 
「ああ。とっても気持ちいいよ。揚羽の膣も体も、暖かくて気持ちよくて、最高だ」
「お褒めいただき、ありがとうございます♪ 旦那様に喜んでいただけて、この揚羽、恐悦至極でございます♪」

 嬉しげな陽一の言葉を聞いて、揚羽もまた幸せそうな笑みを浮かべる。そして互いの体を重ね合わせたまま、揚羽が陽一に提案をする。
 
「旦那様、今日はその、ゆっくり動いてもよろしいでしょうか?」
「ゆっくりか? 別にいいが、どうかしたのか?」
「はい。今日は、旦那様をじっくりと感じていたいのです。本当の旦那様の暖かさを、体に刻み込んでおきたいのです……」

 そう言って、揚羽が縋りつくように陽一を抱き締める。何かに怯えているようで、この時陽一の目には、そんな揚羽がとても小さく見えた。
 
「お願いします……旦那様を、感じさせてくださいませ……」

 揚羽は目に涙すら浮かべていた。陽一は何も言わず、そんな彼女を抱く腕に力を込める。
 
「あッ……」
「もちろんだ。揚羽の気の済むまで、俺を感じてくれ」
「……はい♪」

 夫の了承を受け、揚羽はじつに幸せそうに笑みをこぼした。そして彼女は陽一の耳元で「動きますね♪」と告げ、それからゆっくりと、小刻みに腰を揺らし始めた。
 
「あッ、ン、ふぅ……ううン……」
 
 左右に腰を振り、時折円を描くように下半身を動かす。揚羽が腰を動かすたびにカリ首が膣肉を無差別にひっかき、脳が痺れる程度の穏やかな肉悦を二人に与える。二人の頭にはしっかりと理性が残り、獣欲に沈むことなく互いの愛と体温を確かに感じ、与えられる快感をゆっくりと噛み締めていった。
 
「こういうの、んンッ♪ スローセックスって……あふぅ、言うらしいですよ……旦那様♪」
「そうなのか……あッ、ぐうっ……こういうのも、悪くはないかもな……ッ」
「はい♪ 新鮮で、あんッ♪ ……よいものですね……♪」

 二人して鼻頭がくっつほどの至近距離で顔を向けあい、ピロートークに花を咲かせる。その間にも二人の汗と体液が混ざり合い、互いの体を汚していく。二人の魔力が混ざり合い、汗と結合して生まれた淫臭が室内を包み込んでいく。二人の体温で室内の温度が上がっていき、それがさらに二人の思考を鈍らせていく。
 しかしそれでも、二人は動きを速めようとはしなかった。揚羽は決してスピードを速めず、陶然とした顔で穏やかな快楽の波に身を浸し続けた。そして陽一もまた、もどかしさすら感じる微弱な快感に背骨を震わせつつ、揚羽と同じ快楽を共有していった。
 
「揚羽……気持ちいいか?」
「はい。揚羽は幸せでございます。旦那様の汗と体温を間近に感じられて、感激でございます♪」

 二人三脚で肉悦に興じる。陽一の問いに揚羽が微笑んで答え、どちらからともなく唇を重ね合う。
 
「んっ……」
「ちゅっ、くちゅ……」

 こちらも非常にスローペースなものであった。ゆっくりと、ナメクジのように互いの舌を這わせ、お互いの口内を味わっていく。そしてねっとり絡みつくように舌同士を絡ませ、唾液を交換しあう。
 
「んっ、ぴちゅ……あッ」

 そして唐突に唇を離し、揚羽が陽一から距離を取る。どうしたと心配そうに尋ねる陽一に、揚羽が躊躇いがちに答える。
 
「あの、私……もうイキそうでございます……」
「そうか……実は俺も、その、もう出しちゃいそうなんだ……」

 すると今度は陽一が言い返し、身震いする。それを聞いた揚羽はクスリと笑い、そしてその顔のまま彼を見ながら言った。
 
「では、一緒にイキましょうか♪」
「そうだな。二人一緒に……」
「はい。一緒に……♪」

 手を繋ぎ、指を絡ませる。穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくり腰を動かし続ける。
 だんだんと快楽が蓄積されていく。肉棒に熱が溜まっていき、白濁の波がじわじわと、根元から頂点へ昇っていく。

「あッ、あン、アンっ……い、イク、イク、イキますっ、イク……ッ」
「はあ、はあ、ああ……俺も、もう出る、出す……ッ」

 足音を潜めて、その瞬間がゆっくりと迫って来る。決して焦らず、力を合わせて快感の波を高めていく。
 やがて限界が訪れる。
 
「あ……ッ」

 一瞬だけ、陽一が苦しげに呻く。直後、亀頭口から粘り気のある淫汁がどろどろと迸り、膣内を白く染めていく。
 
「うッ、ふうッ……あァン♪」

 同時に揚羽も絶頂を迎える。それははしたなく叫ぶことのない、小さく静かな精神の飛翔であった。
 
「はァー、はァー……揚羽、まだ出る……ッ」
「あ、あン♪ いやン……あたたかい、旦那様、の……♪」
 
 そして後に来るのは、暖かく断続的な快楽の波だった。一瞬で脳細胞を焼き切るような電撃とは違う微弱な桃色の電流が、全身の筋肉を快楽でほぐし、脳味噌を溶かしていく。
 体が甘く痺れる。背骨がピリピリ震えて、小さく何度もイキ続ける。
 心が蕩けて、胸が幸せでいっぱいになる。
 
「ああ……わたしが、イク♪ とけりゅ♪ イキつづけて、とけてしまいまひゅう……♪」
 
 精神の融解はすぐに体に影響を与えた。顔の筋肉が弛緩してだらしない表情を浮かばせ、ぽっかり開けられた目と口から涙と涎をだらだら垂れ流す。全身の汗腺から汗が噴き出し、緩みきった魔力が体中から放たれる。その体は時折痺れるように小さく震え、満足に呂律も回らなくなっていた。
 
「はあ……だんにゃしゃまが、染みこんでくりゅ……しゅてきですぅ……♪」
「俺も……揚羽を感じられて……最高だよ……ッ」
 
 ゆっくり薄皮を剥くように理性が削がれ、体が悦びの色に染められていく。小さな絶頂の熱が休むことなく蓄積していき、体がぽかぽか暖かくなっていく。もっと相手を感じたいと、陽一を抱き締める腕に力がこもる。そして陽一もまた、それに応えるように彼女をより一層強く抱く。
 彼女は心の底から幸せそうな笑みを浮かべ、その余韻を思う存分噛み締めた。
 
「はあ……はあ……旦那、さま……」

 そして絶頂の波があらかた引いた後、揚羽は陽一を抱きしめたまま彼に言った。
 
「今日も、揚羽は幸せでございました……♪」
「そうか……」

 陽一は短く答え、揚羽を抱き続けた。揚羽もまた、その陽一の匂いと体温を全身で感じながら、その暖かな感覚に身を預けた。
 
 
 
 
 情交を終えた二人は、すぐに元の服に着替えた。セックス自体は静かなものだったので、回復も早かった。
 
「やっぱりこれは、一度お洗濯しないと駄目そうですね……」

 そして着替えを終え、食器を片づけた後で、腰を降ろした揚羽は陽一に寄り添いながら、件のコスプレ衣装を手に持って呟いた。二人が着ていた服は共に両者の体液と汗でびしょ濡れであり、とてもこのまま返せるような状態ではなかった。
 
「個人的には、そんな激しいことはしてなかった気がするんだがな……」
「それでもやっぱり、汗はかくものなんですよ。セックスはセックスでございますから」
「そういうものなのか」

 静かに笑って答える揚羽に、陽一が首を傾げて言い返す。揚羽は「そうですよ」と即座に反応し、そして陽一に言い放つ。
 
「もしよければ、今からそれを証明してみましょうか?」
「揚羽? それってもしかして……」
「はい♪」

 陽一の方を見ながら、揚羽が満面の笑みを浮かべる。陽一もそれだけで彼女の意図を察し、さらに揚羽も目の前の彼が自分の言わんとすることを理解したことを悟った。
 以心伝心である。
 
「今度は、とっても激しく致しましょう♪ 理性が消えてなくなるような、獣の交わりでございます」

 そう言って、揚羽がしなだれかかる。陽一は小さく苦笑しながらも、迷うことなく揚羽の肩を抱き寄せる。
 
「鳴くのはお前の方だからな、揚羽?」

 そして不敵に笑いながら、愛する稲荷を見据える。揚羽も顔を真っ赤にし、尻尾を楽しげに揺らしながら彼に言い返す。
 
「はい♪ どうぞこの揚羽を、鳴かせてくださいませ♪」
「こいつ、言ってくれるな」
「コン、コン♪ ふふっ♪」




 二人が二回戦を始めたのは言うまでもない。
16/09/19 01:34更新 / 黒尻尾

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33