連載小説
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第一部:終話:凪 逃走する
男は歩く、
その草原をゆっくりと、
男は歩く、
その胸に怒りをいだいて、
男は歩く、
その両手に鎌を携えて、
男は歩く、
その身に仏さんの恨みを背負って、
男は歩く、
その魂に自らの信念を掲げて、

「誰だ!」
男がいるのは草原、そして戦場、所属不明の人間がいれば声を掛けるのは必然。
しかし、問われた男は周囲の気圧を下げるかの如く息を吸い、そして、
「喝!」
雷鳴のごとく轟く声と、人とは思えない強烈な気当たり、
かの橋に仁王立ちした有名な武将を彷彿とさせるそれに対し、
ある者は卒倒し、
ある者は怯み、
ある者は武器を構え、
そしてある者は戦場には不似合いな安眠から目を覚ます。
「誰じゃ!余の眠りを妨げるものは、誰ぞ捉えて余の前に引きずってくるのじゃ!」
「「「承知しました!」」」
戦場にいることがどういう事か認識できぬような無能な王であっても、彼らはただ肯定の言葉を述べ、行動するよりほかない、それが下に仕えるものの義務であるから。

「やっぱ、師匠のようにはいかねぇか。」
突然の襲撃に慌ただしくなった陣営の前でボヤく男が一人、自らの行いが起こした結果に不満げな様子を隠そうともしないのが襲撃の張本人であり、この戦争を買い取った鎌居凪その人である。
余談に過ぎないが彼の師匠が彼と同じことをしたらどうなるか、大声にによる一喝を加えなくとも気当たり一つで全員揃ってあの世行きである。
誤解の無いように言っておくが、暗殺者というのは決して“殺気がない”者のことではない、“殺気を出さずに”相手を仕留めることのできる者である。
凪は思う『馬鹿野郎、当たり所が悪かった以外で殺す気がないのに相手が死ぬ世になってみろ。そりゃおめぇ修羅場ってやつだ、俺ぁ怖くてその辺散歩することもできねぇや。』
痒くもない頭を掻きながら一言、
「しっかし、どうしたもんかね。」
粋でいなせな江戸っ子とは言えないがジパング人な凪は歳不相応に無鉄砲なところがある、そうでなければ単身ジパングから大陸まで文字通り海を渡ってきたりなどしない。
「取り敢えず、いつものアレといきますか。」
凪は覚悟を決める。

大きく息を吸う、聞きやがれ、こいつが俺の誇りだ。
「己が命を火薬とし、 己が魂を焔とし、 深く暗ぁい浮世の闇に、 ものの見事な炎の花を、 咲かせて魅せるが人生よ! 我は鎌居!師の技を継ぎし者! 我は凪!この戦風を止める者! いざ、浮世の鬼を退治せん!」
てめぇら、覚悟しろよ。俺が買ったのは仏さんの怨みだけじゃぁねぇんだ。てめぇらが起こしたこの戦、全部まとめて買い取った。
しかし、イキるなイキるな。男三十過ぎていいかっこしようなんざ、落ち目になった証拠よ。って旦那も言ってたからなぁ、俺もそろそろ落ち目かもしれねぇぞ。

凪は武器を構える、大陸の東端にある地方で使われるトンファーと呼ばれる武器の先端に、鎌のような湾曲した鋭利な刃がついた二振りの武器が己の命と誇りを預けるもの。遠目に見るとマンティスのそれに見える彼の師匠から貰った決して金には買えられない武器。
師匠は「魔…王様から…もらっ…た、私…のより、劣る…からあげ…る」なんて言ってたが、今の魔王の考え方からするとそいつぁおかしな話なんだよな。ま、考えたって解らないものは解らねぇし、何にせよこいつがいい得物だってことは変わらねぇ、今回も働いてもらうぜ。
そうこうしているうちに敵陣から一人出てきやがった、あの風格と身のこなしからして頭かそれに準ずるものか。どちらにせよ少し様子を見てみるか。

敵陣から出てきた男−重厚な鎧とそれを着こむ大柄な男が隠れられる大盾、そして無骨ながらも研ぎ澄まされた槍を持つ男は凪に向かって叫ぶ。
「我が名はサイマンティック・ノートン! 我が信ずる王がため、 我が守る民がため、 我が背負う兵がため、 我が掲げる騎士道のため、 鎌居凪!貴殿に一騎打ちを…」
彼の口上はそのすべてを終える前に停止する、
死んだわけではない、
気絶したわけではない、
ただ、
彼の想像を越える事態が起きたが故に。
彼の大切な物を守る大盾も、
彼の命を守る鎧も、
彼の騎士道を貫く槍も、
その全てが細切れになって彼の足元に意味を成さない鉄くずとして転がっていた。

「なん…だと。」
ノートンはいつの間にかそこにいた凪の背後で声を上げる。
凪は振り返り失意に沈む彼の肩を叩き一言、
「侍は古い、時代は忍者だ。」
この時、姿を隠しながら一部始終を見ていた司令官達の間に広がった『汚いなさすが忍者きたない』は後に名言として一世を風靡することになるのだが、それはまた別の話。
凪は言う、「一つだけ、四十を過ぎたおっさんから忠告だ。てめぇの守りたくないものを義理だの何だのに縛られていつまでも守ってんじゃねぇよ、そんなんじゃおめぇ、いつか本当に護りたいものを護れなくなっちまうぞ。」
凪は再び構える、
「鎌居流奥義、神風」
その声を最後に彼の姿が消える、
そして、
敵陣から響き渡る悲鳴、怒号、
敵陣の中に彼の姿は見えず、
失意に沈むノートンの身に先程起こったことが、
敵陣の至る所で起きていた、
ある者は剣を、
ある者は槍を、
ある者は盾を、
ある者は鎧を、
敵陣の中を一陣の風が吹く度、
姿の見えない襲撃者の手によって、
切り裂かれ鉄くずへとその存在を変えていく。

私はあんな男を相手にしていたのか、シルヴィアは指揮系統が乱れ部隊としての機能が失われている敵陣を見て言葉を失った。姿は見えず、おぼろげに感じる気配もことが起きている場所から推測される凪のいると思われる場所とは一致せず、敵陣の混乱するその様はジパングにいるシルフがまれに起こすという“カマイタチ”を相手にしている様でもあった。
実を言うと彼女の右腕には目を爛々と輝かせ今にも飛び出して勝負を挑みかねないリザードマンのイライザが捕まえられていたりする。
「イライザ、めっ。」
「むぅ。」
(ああ、イライザかわいいよイライザ、むくれたイライザも超可愛い、このままここで押し倒してきれいな百合の花を咲かして、二人の間には性別を凌駕した愛が生まれるの、そのうちシルヴィア義姉様、なんて呼ばれるような関係になって…、大丈夫、シルヴィア、自信を持って、リリィ御義姉様直伝の超絶技巧にかかれば反魔物派だって、非同性愛者だって一瞬でその道に目覚めちゃうんだから。)
「オヌシ、一体何を考えておるのじゃ?」
(はっ!私としたことが気付かれてしまった?でも待って、あの柔らかくて艶のあるプニプニとした肉球と、フッカフカでモッコモコで高級感あふれる毛皮も外せない!ああ、どちらか片方を選ぶだなんてそんな酷なこと私にはできない。リリィ御義姉様、この二人を新たな愛に目覚めさせるための力をどうか私に!)
「どうです?司令官殿もご一緒に。」
「な、何をご一緒するのじゃ?」



未だ混乱が収まらぬ敵陣を後にし、凪は陣地の中にあるひと際豪華な装飾のされた天幕へと歩をすすめる。
何だありゃぁ、一発でここには重要な野郎がいますって分かるじゃねぇか。休息を取るのに背水の陣を敷いたり、この出兵を命じた奴はいったいどんな馬鹿だ?
兵の混乱はまだ収まらねぇようだからずいぶんと時間はある。ここはちょいと話でも付けてみようか、うまく運べば“人”一人殺らずに済みそうだ。

凪は天幕に踏み入る、
「よう、邪魔するぜ。」
「な、何者じゃ!お主は!」
天幕の中にいたのは豪華絢爛な服を着た体格の良いではなく肉付きの良すぎる男、
「ケ・セラ・セラからの使いだ。ちょいと聞いておきたいことがあってね、こんな所までやって来たって訳だ。少し付き合ってくれるかい?」
「ケ・セラ・セラ?あの小さい街が余に何の用があるというのだ、聞いてやらない事も無い話してみよ。」
その男はいかにも尊大な態度をとりながらこれまた豪華な椅子に腰掛ける、
「今朝がた、ウチの民が一人死んだ。これについてなにか知らねぇか?」
「余は何も知らぬ、それに民の代わりなどいくらでもいる、一人死んだからどうということでもないだろう。そんなつまらぬ話よりな今朝起きた余の武勇伝を聞くが良い、余の兵を襲おうとしていた貴様の町に巣食う魔物を、偶然!偶然居合わせた余が討ち取ったのだ。あと少し遅ければ兵はあの憎き魔物の手に落ちて食べられていたかもしれぬ、余に感謝するんじゃな。」
凪は一瞬芽生えた殺気を抑えこむ、
「(まだダメだ、野郎の裏が取れてねぇ)そいつぁすげぇな、当然、首級はとってあるんだろうな。」
「もちろん、見たいか?見たいじゃろう?今とり出すからしばし待っておれ。」
男はガサゴソと袋を漁る、
「おう、これじゃこれじゃ。こいつを持ち帰って教団に見せれば余の格も上がるというもの、欲しがっても無駄じゃぞ、これは余のものじゃ誰にも渡さぬぞ。」
男が見せびらかしたその首は、行きつけの飲み屋の店員だった。
俺が欲しいのはその首じゃねぇ、二束三文の価値もねぇてめぇの首だ。

「それが、てめぇの持ってるその首が今朝方死んだウチの民だよ。落とし前、つけてもらうぜ。」
凪は殺気を顕にする、男が気絶しない程度に。
事態の深刻さに気付いた男は勢い良く天幕から逃げ出す、
「逃げるか、外道が。」
凪はそう呟くと、深く腰掛けた椅子から追跡者とは思えぬゆっくりとした動きで立ち上がり、男の後を追って天幕を後にする。
天幕を出た凪が目にしたのは、決して早いとは言えない速度で身体を揺らしながら未だに混乱している陣地の方へ走っていく男の姿だった。

外道が、てめぇの向かう先はそっちじゃねぇよ。
てめぇが敷いた陣地の後ろにある川を渡ったその先だ。
刹那、凪の姿が音を立てずに消え、逃げる男の前に現れる。
「ッー!ヒ、ヒイイィィ!」
声にならない悲鳴を上げ、男は踵を返し川にかかっている橋の方へと走りだす。
一瞬、凪の右腕が霞んで見えた。

馬鹿に付ける薬?阿呆、そんなモノある訳ねぇよ。
昔から言うだろう、馬鹿に付ける薬はねぇって。
そうだな、バカは死ななきゃ治らねぇっても言うな。
外道も同じだ、薬なんかじゃ治らねぇ。
でもな、死ななきゃ治らねぇってわけでもねぇぞ。
俺が良い医者を紹介してやるよ。
三途の川の向こう岸、地獄の三丁目にいる閻魔って奴だ。
俺の名前を出しゃぁ、すぐに見てくれると思うぜ。
なにせ俺ぁ、“予約済”だからな。

丁度橋を渡り終えた男の首がずるりと落ち、血が吹き出す。
橋の手前に来た凪は男に向かって一言、
「じゃぁ、二度とこの橋渡って帰ぇって来るんじゃねぇぞ。」





一段落ついて、俺は依頼料を受け取るのと一服するために司令官の天幕へ向かった。
周りは既に撤退の準備を始めていたからそのうちここも片付けることになるだろう。
司令官殿とイライザ嬢が妙にやつれた表情をしていたのは俺の気のせいだろうか?
敵さんは王国側で出した兵士しかいなかったから話をつけるのはだいぶ楽だった、かと言って向こうも反魔物国家だ「どこの馬の骨かも判らねぇ男一人に撤退を余儀なくされました」なんて言ったところで信じてもらえるはずがねぇ、教義に殉じてこの辺でくたばられても困るってもんだ。
じゃあどうするか?全員ケ・セラ・セラに引き取らせることにした。
ハハハッ、領主の慌てふためく姿が目に浮かぶぜ。
「さてと、それじゃ俺はこのへんで失礼させてもらうぜ。」
俺は冷めた紅茶(俺は緑茶のほうが好みだが)を飲み干して椅子から立ち上がる。
「兄上、領主から貰った手紙は読まぬのか?」
だから俺はお前の兄貴じゃねぇと何度言ったら分かるんだ。
「ああ、そういやそんな物もあったな。」
言われて俺は懐にしまってあった手紙を取り出す。
最近、物忘れが目立ってきたな。昔はこんな事無かったんだが、俺も歳かな。



親愛なる我が領民、鎌居凪君へ。
君がこの手紙を読んでいるということは大方上手くかたがついたのだろうと思っているよ、それと君のことだろうから行く宛のない兵士をケ・セラ・セラに向かわせていることだろうね。なに、君の行動なんか150年先まで見通しているからどうってことはない、受け入れ体制は既に済んでいるから大船に乗ったつもりで安心してくれたまえ。それと、言い出す機会がなかったので文面で失礼させてもらうが、今回の戦争を買い取るときに私の手持ちでは足りなくてね、君を魔王軍に売り払うことにした。君もそろそろいい加減に身を固めるべきだろうと私も思うからね、そっちで娘の一人や二人こさえて来るといい。そう遠慮することないさ、これは私からのプレゼントと思ってくれれば良い。そうそう、街の門番には君が妻と娘を一緒に連れてこない限り入れないように言っておいたから、存分に砂糖菓子のように甘い生活を送ってくるといいさ。それではこのへんで終いとさせてもらうよ。
パーフェクトでグラマラスかつビューティフルな領主ローゼリッテより。



「は?」
「兄上?一体どうしたのじゃ?」
司令官がその小さい体で懸命に俺の持ってる手紙を覗き込もうと頑張っている。
この場でこいつの中身を見られた日にゃ俺は確実に干からびること間違いねえ。
俺のことを兄上と呼ぶこいつはもちろん、イライザやシルヴィアだってまんざらでもない感じだった。
下手すりゃこいつの指揮で魔王軍の独身連中がわれ先にと争うことだってありうる。
待て、俺はもう四十を超えてるんだぞ、そんな事すりゃ一瞬で三途の川の向こう岸にたどり着いちまう。
こりゃ、逃げるしかねぇな。
「司令官殿!撤退準備完了しました!」
良かった、これで修羅場を回避できる。
「ちょうどいい頃合いじゃの、これも片付けるとするかの。」
司令官は俺から一旦離れ、指をパチンと鳴らす。
瞬間、天幕が高く飛び上がり虚空へと消える。
そこにいたのは、俺と司令官の周りを囲むようにして隊列を組んだ魔物娘たち。
ご丁寧に一箇所だけ隙間があるが、ありゃどう見ても鬼門だよな。
「ええと、司令官殿?こいつは一体どういう了見で?」
逃げ出したい、本気で今すぐ逃げ出したい。
「さて皆の者、もう知っている者もいるかも知れぬが、こちらにおわすお方が今回の戦をワシらに代わって引き受けてくれた英雄の鎌居凪殿じゃ。皆、精一杯おもてなしするのじゃぞ。」
その言葉に包囲網が一段と狭まる。駄目だ、この機を逃したら生きていられる気がしねぇ。
「断る!」
気迫を込めた返答と共に、踵を返し、唯一空いていた隙間を走り抜ける、鬼門だろうがなんだろうが知ったことか。
あと少しで包囲網を抜けられるところで、上下両方からの横一線、すかさず俺はその間に身を躍らせる。
「待て!凪殿!私と勝負しろ!」
あの声はイライザか、だが俺の足には追いつけまい、勝負もおあずけだ。
「逃しはしない、C'mon! Sleipnir!」
さらに後ろでシルヴィアの叫び声が聞こえる、その後に聞こえてきたのは蹄の音。
ちょっと待て、さすがにデュラハンの呼ぶ魔馬から逃げ切れる自身はねぇよ。
「イライザ、乗って!」
「すまない、恩に着る。」
その上二人がかりか、こりゃぁ、詰んだな。
「あんの、糞領主!覚えてやがれぇ!」
悪態をつきながら全力で逃げる、あの二人が諦めるのが先か、俺が捕まるのが先か。
まったく、俺は一体何処でこんな重荷を拾ったんだ。





ここはケ・セラ・セラの執務室、
月のないこの夜だけは領主だけの執務室、
そんな執務室に影二つ、
領主の影と彼女によく似た影一つ、
「その首、持って帰ってきてどうするつもり?」
「どうするもこうするもないさ、私の領民だ、不慮の事故で死んだなんて私は認めないぞ。」
「そう、貴方はまた世界に喧嘩を仕掛けるのね、私の一件に懲りずに。」
「神だの、魔王だの、世界だの、私の愛する領民が最大限の幸福を受け取れない様ならいくらでも喧嘩をふっかけてやるさ、私はこの街の領主だからな。」
「呆れた、貴方って人は私よりよっぽど化物じゃない。」
「少し言葉を正そうか、私は化物じゃない人間だ。それに“私”よ、少し解りづらいかもしれないが“私”も私なんだ。」
「そう。じゃあ、事が済んだら“私”とお話ししましょうか。」
「元よりそのつもりだ、そうでなければ私は今日ここにいたりはしない。」
「あら、私にしては珍しいわね。」
「ふふふ、“私”よ、今夜は寝かさないぞ。」
「“私”は平気よ、夜行性だもの。それより、私の方こそ途中で寝たりしないでね。」
11/06/19 01:31更新 / おいちゃん
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■作者メッセージ
皆様、大変長らくお待たせいたしました。
今回は作品一つ使っての壮大なパロディです。
ちょっとやり過ぎた気がする。

さて、これにて第一部終了でございます。
何と言うか第一部より序章のほうが正しいような気もしましたが。

今回を機にめるあどを公開いたしました。
何をしたいのかというと、おいちゃんの作品に出てくるキャラクター及び世界観の自由な使用を許可いたします。
使った方は事後報告で連絡していただければ光の速さ(100Mbps:但しベストエフォート)で見に行きますよ。
おいちゃんのお勧めはもちろん領主様です。

さて、次回ですが本編の更新を一回お休み致しまして、
「出演者控え室(sound only)」をお送りいたします。
ネタバレ、暴走、キャラ崩壊ありの極めて混沌なお話です。
どうぞお楽しみに。

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