連載小説
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遭難、始めました
 半田晋司は、小説やドラマなどの作品を視聴する人の中で、理由づけをこだわる人というのが好きではない。
 彼自身は、すべての出来事には必ずなにかの理由がある、なんてことを考えるような人物ではなく、むしろ、物事は須らくなるようにしかならない、と思うような人物である。
 だから、なんでもかんでも自分の価値観の枠に押し込めて無理やり結論づけるような人物は、なんて頭が固い人間なんだろう、こうはなりたくないものだなぁ、と思うのであった。

 だが、彼は今、その人物たちとまったく同じことをしていた。

 すなわち、理由探し。
 今置かれているこの状況への説明。
 原因究明。
 動機解明。

 なぜこうなった。
 なんで自分が。
 どうして今なんだ。

 だが、そうやって疑問符を重ねて真実を突き止めようとしても、答えなんて出てくるわけがない。
 なぜなら、結局のところ彼に降りかかった現象の理由は、彼が常日頃考えていることが唯一の正解なのだから。

 つまり、なるようにしてなったに過ぎなかったのだから。

 こうして彼は、半田晋司は、晴れて異世界の遭難者となったのだった―――


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 いやいや、おかしい。

 なんでこうなってる?

 もっとこう、あるだろ。
 前兆とかなんとか、あってもいいだろう。

 こう、いきなり空中に穴がポカー! とか。
 放電がバリバリー! とか。
 空間がぐにゃあ……! とか。
 時が止まってキュピーン! とか。
 なんだったらトラックに轢かれた、とかでもいいんだけど。

 つまりはだな、そうだな、少しでもよかったから心の準備がしたかったんだ。

 自転車乗った瞬間に、毛ほどの間隔も空けずに周りの景色だけが変わったら、もう何がなにやらじゃないですか。
 シームレスにもほどがあるだろう。

 とにかく、今さっき自分に降りかかった状況を整理すると

「自宅から出て、自転車乗ったら、周りがいきなり森になった」

 うん、我ながら意味わからん。

 一番可能性として高いのは夢かな。
 この脈絡のなさは夢に違いないよ。
 というか夢以外ありえないって。
 ほーら、目を閉じてしばらくすればいつもと変わらない朝!
 布団をはねのけて、けだるく起き上がることに

 …………ならないよね。
 くそう。

 頬をつねる。
 痛い。
 ちくしょう。

 あ、そうだ、携帯があった。
 圏外。
 役立たず。

「いや、本当にどうなってんだよこれ……」

 思わず口に出しちゃったよ。
 おかげで、頭が今の状況を正確に認識しだした。
 動悸がヤバイことなってるし、吐き気もしてきた。
 なんか息切れもしてるし、膝も笑ってきた。
 とりあえず深呼吸だ、深呼吸をしよう。

「スゥー! ハァー! スゥー! ハァー!」

 なんか違うな。
 いかんせん気合入れすぎた。
 もっと自然に息を吸おう。

「すぅー…………ハァー…………すぅー…………ハァー…………」

 よし、落ち着いた。
 うーん、胸いっぱいに広がる森のにおい。
 自然から離れてしまった都会の人を癒しますね。
 実に落ち着きます。

「……よしっ!」

 いや、何もよくはないんですけどね。
 気合を入れるためにね?

「まずは……状況整理かな」

 だよね? あってるよね?
 まぁいい、あってる前提で推し進める。

 まず、周囲を見渡す。
 森。
 以上。

 いやいや、違うだろ。
 もっとあるだろ。

 この森、見覚えは……無い。

 じゃあ、どんな森か。

 周囲の木は、みたところ常緑樹だと思う。
 杉とかが見当たらないってことは……人の手が入ってないってことかな?

 耳を澄ませてみると……鳥の鳴き声。
 車の音もしないし、ずいぶん深い山の中?
 いやいや、見える範囲は平地だし、山って感じじゃない。
 案外、林の中とかなのかも。

 ていうか、ノリでクレバーな雰囲気醸し出したけど、ぶっちゃけここがどんな森とかどうでもいいよ。
 とにかく、見晴らしのいい場所に出て現在地確認、これだ。
 もしかしたら携帯もつながるかもしれないし。

 何? 見知らぬ土地での単独行動は命が危ない?
 たわけ。このまま動かないでいたら餓死してまうわ。

 ということで、移動開始。

「自転車は押して行けばいいか……」

 パンクとかしないといいけど。
 MTBだから心配ないかな?


……………………………………………………………………


 そんなこんなで、移動開始から9時間が経ちました。

 今、僕が置かれている状況を整理するため、もう一度僕の旅路を思い起こしましょう。

 まず森から出るまでに3時間費やしました。
 森の地面ってね、小枝とか多くてすんげえ歩きづらいんですよね。
 この時点でかなり疲れましたけど、なんとか森から出て、遠くまで見通せるような場所に出れました。

 そんで、周りが平原でした。
 ほんともう、ド平原、建造物一つなし。
 現代人が見忘れた、遥かなる地平線が、そこにはありましたね。
 あまりのショックで膝から崩れ落ちましたが、こんなことでめげてはいられません!
 携帯は当然のごとく圏外だったので、この時点であてにしないことに決めました。やくたたずめ。
 ということで、まずは人里を探すことに決めました。

 最初は、舗装されてない道を自転車漕いで行ってましたけど、未舗装の道って振動がひどいんですよね、おかげでケツが痛いです。

 そうしてしばらく自転車漕いでいたんです。
 すると、なんということでしょう。
 匠の手によって整備されたと思わしき、砂利道が現れたではありませんか!
 とりあえず、人の営みが感じられる痕跡を見つけ出せてうれしかったです。はい。

 これが、スタートしてから7時間。
 今からだと2時間前の出来事。

 そんで、20分前。

 見える。
 遠くの方に城塞都市っぽいものが見える。
 蜃気楼じゃないよね。
 幻覚じゃないよね。

「……っ! いよっしゃあああ! やったぜ! 成し遂げたぜ!」

 なんて喜びましてね。
 これで何もかも解決するんじゃないか、なんて思っちゃいまして。
 結果だけ言うと、甘すぎました。
 大甘でした。

 で、なんとか自転車を漕いで、正門らしきところの前までたどりついたんですよ。

 そして今、私は武器を持った人たちに取り囲まれています。

 いわゆる門番というやつでしょうか。
 テレビで見たような兜をかぶって、映画で見たような鎧を身に着けて、ゲームで見たような槍を持っています。
 いいですね、異国情緒溢れていますね。
 古き良きヨーロッパを感じさせるたたずまいです。

 んで、そんな人たちに今、槍の切っ先を突き付けられています。実に怖いですね!
 背中のリュックサックにも、槍を押し付けられているように感じます。
 逃げ場がないです。
 RPGの”にげる”コマンドを失敗したらきっとこうなるのでしょうね。

 別に何か危害を加えようとしたわけじゃないんですよ?
 彼ら、こっちの姿を見た途端急にざわつき始めて、あれよあれよでこの扱いですよ。
 いくらなんでもあんまりではないですかね?

 でも私はくじけません! 異文化コミュニケーションには、このようなすれ違いも多々あるでしょうからね!
 まずは彼らに、私が無害な存在であると伝えれば、とりあえず槍でブスリ、なんてことにはならないでしょう!
 そうと決まれば、レッツコミュニケート!

「あー、怪しいものではございません。少しばかり道に迷ってしまいまして、もしよろしければここがどこか教えてはいただけないでしょうか?」

 よし! いけた! 今、自分にできる全力の敬語と物腰柔らかな態度!
 人にへりくだる態度において、ニポンジンの右に出るものはいないネー!
 さぁ、あとはこのくもりなき瞳を見てください!
 こんな私が、あなたにとって危険な人物に見えますか? いや、見えない!(反語)
 さぁ、わかりあいましょう! 人類皆兄弟です!
 さぁ、さぁ、さぁ、さぁ!



『〜〜〜〜!! 〜〜〜〜〜〜!! 〜〜〜〜〜〜!!』

 あ、やっべ。毛ほども伝わってないみたい。

 というか何語ですか、あーた。
 まったく聞いたことない言葉が飛び出したんですが。
 スワヒリ語か何か?

 いや、まだあきらめてはいけない。
 わが地球において最大級の使用率を誇る言語、Englishならなんとかなるはず。
 くらえ、英検準2級程度の私の英語力!

「あー、あー。キャン、ユー、スピーク、イングリッシュ?」

 当然、彼らが国際人ならばこの程度の英語でも十分通じるはず!

『〜〜? 〜〜〜〜〜!! 〜〜〜〜、〜〜〜〜!!』

 無理でした。
 通じる気配すらない。

 しかも、いかん、なんかおちょくってると思われてるのか、心なしか語調が荒くなってらっしゃる。
 明らかに殺気立ってる。
 このまんまだと、マジで串刺しにされかねない。

 こうなったら、かくなる上はボディーランゲージしかないです!
 あふれ出るパッションを僕の動きで表現する。これだ。

「えーっと、私」
 自分の胸を両手で指して

「ここ」
 地面を指さして

「どこか」
 額に平手を当ててきょろきょろして

「わからない」
 腕組んで首をかしげて

「あなた」
 適当な人に指さして

「ここ」
 また地面を指して

「どこか」
 左の手のひらを指さすて地図を示すような仕草して

「私に」
 また自分の胸を指し

「教えて」
 口の前で手をグーパーして、何かを発するような仕草

「おねがい」
 両手を合わせて頭を下げる

 どうだ? 我ながらうまいこと表現できたんじゃないか?
 あまりの出来に自画自賛しちゃうぜ。

 さーて、どう出る!?

『〜〜、〜〜〜〜……〜〜! 〜〜〜、〜〜〜〜!』

 おお! 槍を下してくれた!
 これは伝わったんじゃないですか!?

 ほら見てくださいよ、兵士が二人ほど足早に近づいてきてくれましたよ。
 きっと、なんらかの説明をしてくれるはz「いだだだだだだだだだだだ!!!?」

 ワッザ!? 何何何!? なんなのなの!? なんなのなの!?
 ひねっ、ひねられてる! 腕がっ! がっ!!
 やめて!! アームロックはやめて!!
 関節はそんな方向に曲がらない「いいいいぃぃぃいいぃ痛い痛い痛い!!?」

 あ、これ容赦なしですわ。
 こいつら、僕のリュックを乱暴にはぎとっていきましたよ。
 やめて! 僕に乱暴する気でしょう!? 不良マンガみたいに、不良マンガみたいに!

 「って痛い痛い! イターイ! イッターィィイ!!? ギブギブギブ!! 暴れないから!! 暴れないからやめて! あ、待って、その自転車、お高いからもうちょい丁寧にぃぃぃぃいいいぃぃ!!? 違う違う、チッガーウ!! 逆らいません!! 逆らうつもりとか毛頭ありません!! ほら、白旗! 全面降伏! 無条件降伏!! あいだだだだだだだだ!! 髪掴むのはやめろよ! 禿げちゃうだろうが! 訴えるぞ! 人権団体に訴え出てやる!! あ、やめて、抜ける!! もうちょいやさしくぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


……………………………………………………………………


 ヤッホー、みんな元気ー?
 唐突だけど、みんなは固い床で一晩明かしたことはあるかい?
 僕はあるよ。たったいま経験したばかりさ。

 お察しの通り、あの後、逮捕・拘束されました。
 それで、どこともわからん地で、牢屋にぶち込まれてしまった次第です。

「へっくし! 寒い……」

 まぁ、そんなこんなで、この石造りの牢屋で一夜を明かしてしまったわけですよ。
 石材建築は底冷えするから困る。

 正直に言うと、目が覚めた時に夢オチでしたー、っていうの、ちょっと期待してました。
 だけれど、目が覚めてみて目に飛び込んできたのは見知らぬ天井でした。くそう。

「……なんでこうなっちゃったのかなぁ……」

 まったくもって、今の状況はすべてこの一言に集約できる。

 いつもみたいに出かけようとしたら、突然自分以外すべて変わっちゃって。
 友人、家族のつながりも断ち切られて。
 挙句、自分の所有物や人権すらも没収ですよ。

 絶対に意識しないようにしていたけど、事がここに至ってしまっては、もう全面的に認めるほかない。


 どうやら自分は、半田晋司という男は

 日本ではない

 現代でもない

 どこか遠くの

 言葉も通じない

 別の世界に来てしまって

 遭難してしまったらしい。

 やったね、シンちゃん。
 異世界転移モノに遭遇できたよ! ハハッ!

「いや、まったく笑えねー……」

 今、僕は全く知らない異世界の地で、まさに命の危険にさらされてる。
 明日の朝には、斬首、絞首、磔刑、その他諸々で三途の川送りにされるかもしれない。

 いやいや、いかんいかん。
 こんなんじゃいかん。
 思わずネガティブな思考になっちゃったけど、まだあきらめたらいけない。

 なにも、最初から殺されると決まったわけじゃあない。
 もしかしたらこの町、スパイとかそういうの警戒してるのかもしれない。
 だとすれば、最初に会ったときにやたらピリピリしてたことにも納得がいく。

 おそらく、いま自分を捕まえた連中は、荷物の検査とかして、僕がどこの誰なのか調べようとしているに違いない。
 それは、僕をほったらかしたままで話を聞きにこないどころか、僕の様子を観察にもこないことから、ほぼ間違いないと思う。

 じゃあ考えよう。あの荷物を検査して、僕が怪しいと判断されるだろうか?

 シンキングタイム、スタート。

 まず確実に電子機器なんて見たことがないだろう。
 とすれば、携帯、ゲーム機、電子辞書はわけのわからない新技術の塊だ。
 怪しい。
 アウト。

 筆記用具に関しても、鉛筆はまだしも、シャーペンやボールペンなんてきっと存在しない。
 怪しい。
 アウト。

 ルーズリーフとノート。
 中に書いてあることは大体が授業の内容の書き写しだけど、彼らにしてみれば、未知の言語で書かれた紙。
 怪しい。
 アウト

 教科書と小説。
 わからない文字で書いてある。
 怪しい。
 アウト。

 リュック、化学繊維とか存在しないだろう。
 怪しい。
 アウト。

 自転車、そもそもこれが原因で怪しまれた節がある。
 怪しい。
 アウト。

 結論、超アウト。

「駄目じゃん!」

 気楽にもなれなさそうです。

 いや待てよ。
 これ、一思いにすっぱりだったらまだいいかもしれない。
 もしかしたら拷問とかされてしまうこともあるのでは?
 そんなの、もはや生き地獄じゃないですかー!
 想像しただけで吐き気がしてきて、めまいが止まらない。

「もうやだ……誰か……助けてくれ……」

 誰も来るわけないけど、自分の無力さに、思わずそう呟いてしまった。

 ほんと誰でもいいです。

 神様とか仏様とか贅沢言うつもりはないです。
 なんだったら悪魔でもいいんです。

 どんな展開だって文句言ったりしません。
 ご都合主義でも、喜んで受け入れます。

 だからどうか

 誰か助けて


……………………………………………………………………


 ……んあ?

「……イカン……少し寝てた……というより気絶だな、これは」

 どうやらだいぶ長く寝ていたようで、鉄格子越しに見えた外は、すっかり日が落ちていました。
 腹減ったぜ、チクショー。

 こんなに長く寝ていたのだ。
 きっとあの後も、僕はほっとかれたらしい。

「はぁ……」

 待っているだけの身は実につらい。
 自分はいつ殺されるんだろうか、とかそういうマイナスな思考に支配されて、押しつぶされてしまいそうだ。
 なんでもいいから変化がほしかった。
 どんな些細なことでもいい、何か、変わったことはないのか。

 そう思い、なんとなく周囲の音を集中して聞いてみようとした。

 ……ァ……ォォ……

「……? 怒号?」

 扉の外から聞こえるのか、鉄格子を挟んだ窓の外から聞こえているのか、判断はできなかったが、何か焦っているような叫び声みたいなものが断続的に聞こえる。

 しかもだんだんと、その声が、いや、騒ぎがどんどん大きくなっていっている。
 そのうえ、騒ぎに混じって、何か金属同士がぶつかる音や、破砕音みたいな音が聞こえる。

 ていうか戦闘音だこれ。
 前者は剣とか盾とか鎧がぶつかった音だろうし、後者はなにかの爆発音だよきっと。

「いったい、何がどうなってるんだ……」

 もはや状況なんて理解できそうもなかった。
 もういっぱいいっぱいですよ。
 体はすっかり恐怖で固まってしまっています。

「もうやだぁ……おうち帰りたい……」

 何もかも嫌になっていた。
 考えることすら放棄した。

「誰か助けてぇ……」

 心底情けない声で、また言ってしまった。
 実に女々しく、情けない限りでした。

 その時だった。

「〜〜、〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 扉の外から声が聞こえた。

 なにを言っているかはさっぱりわからなかった。

 誰に対して言ったものかもわからなかった。

 だけど、なぜか僕は、扉の向こうにいる誰かが、僕に向かってこう言ったように感じたのだった。


『おう、助けに来てやったぞ』



 はたして、その言葉通りであったかのように

 ベゴォォォォォン!!

 聞いたこともないような音をたてて

 ガシャァン!

 牢屋の扉がいきなり吹き飛んだ。

「ふぇっ!? へっ!? えっ!? 何!? 何が起きたの!?」

 突然の出来事に、ただ、扉のあった場所を見つめることしかできなかった。

 そして、もうもうと立ち込める煙の向こう側に、それを見た。

 そこにいたのは

 体躯をはるかに超す大鎌を持って

 風もないのにマントをなびかせている

 頭から角を生やした

 半裸の

 幼女だった。

 あとから冷静になった僕はその時のことをこう振り返る。

 『遭難した僕を、変態幼女の悪魔が助けに来てくれました』
13/11/30 04:28更新 / ねこなべ
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■作者メッセージ
魔物娘少なめどころか、最後にしかいない。

魔物娘いろいろと言っているのに。

次回からちょろちょろと増えるから堪忍してつかあさい。

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