連載小説
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影の男 ACT,4



・・・ん。
なんだ、どうしたんだろうか、私は。こんな所で寝ていて。
だんだんと意識が明確化してくる。そして、
「・・・あぁ、そうか」
思い出した。私は・・・
「負けたのだったな。彼女に」
そうだ・・・私は負けたのだ。魔王の娘、デルエラに。全力を賭して。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。日は完全に落ちている。廊下も暗い。
「・・・」
よろつきながらも立ち上がる。足が重い。身体も鉛のようだ。
これからどうしようか・・・最早私には何も出来る事など無いだろう。いくら皆が奮戦しようともあれだけの数と高位の魔物二人だ。これだけの時間が立ってしまっているなら、恐らくはもう・・・・・・城でも見て回るか。皆と話し、過ごしたたこの城を。
剣を支えにゆっくりと、歩き出した。
「・・・まずは、中庭かな」

ー中庭ー


『よっ、ジェネ公。相手してくれねえか。最近本気で相棒を振るえないもんでな』
『うむ。よかろう。我が剣技の冴えを見るがいい‼』
『ずいぶんと自信がありそうじゃないか‼なら手加減はしないよ⁉』
『応‼全力で来い‼』




『や、やるじゃないか』
『メルセ相手に、油断すれば、敗北は必至、だからな。全力で抗うさ』
『ははっ‼そうかい‼・・・喉が渇いたね、運動したら』
『なら酒を飲みにでも行くか?いい酒場を知っている』
『おっ、いいねえ』
『今日明日は暇なのでな。朝まで付き合ってもいいぞ?』
『その言葉、忘れるなよ?』


ー孤児院ー


『邪魔するぞ。サーシャ』
『あら、将軍。何か御用ですか』
『何。今日は皆に贈り物を、な。皆を呼んで来てくれ』
『あらまあ。どうも後丁寧に。皆もきっと喜びますよ』
『なら、良いのだがな』




『ショーグン‼絵本ありがとう‼』
『大切に読むね』
『大事にしてくれ』
『将軍。お気遣いありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、お茶でもいかがですか?』
『おぉ。有難く頂こう。お茶菓子も一応あるしな。それに・・・』
『?』
『・・・奥の孤児院の方にも持ってきてある。後で渡そう』
『‼︎・・・ありがとうございます、将軍』


ー森ー


『何の用?ニンゲンなんかとあんまり一緒にいたく無いんだけど』
『まあそう邪険にするな。今日は遠乗りに誘いに来たのだ』
『は?なんでニンゲンなんかと』
『綺麗な景色の場所を知っているんだ。きっと気に入ると思うのだが』
『いやだから』
『さあさあ馬の元へレッツゴー』
『引きずるなぁ~‼』




『な?悪い物ではあるまい』
『・・・そうね』
『そうだろう?連れて来て正解だったな』
『・・・本当、あんたと居ると調子が狂うわ』
『ははっ、言ってくれるではないか』
『・・・あのさ』
『ん?』
『・・・あ、ありがとう』
『・・・うむ』


ー自室ー


『や、おじさん。仕事してる?』
『む、ミミルか。少し待っていろ、直ぐに茶でもいれよう。お菓子もあるぞ』
『うん。分かった』




『それでねぇ〜あのジジイ達がさ〜』
『うんうん。気持ちはわかるぞ』
『でしょ〜⁉』
『いっそ焼いてやれば良いのではないか。奴らの髪の毛。よりジジイらしくなると思うのだが』
『いいねー、それ』
『・・・ミミル』
『ん?』
『その、楽しいか?今の暮らしは』
『ん〜、まあまあかな』
『そうか』
『うん』
『・・・いつでも頼れよ』
『うん』


ーフランツィスカ様の寝室ー


『・・・』
『お身体の調子は如何ですか?フランツィスカ様』
『・・・将軍?どうしたのです』
『いえ、先程遠征から帰って来たところでして』
『あら、では』
『えぇ。また土産話でも、と思いまして』




『そのような場所があるのですね。この世界には』
『えぇ。素晴らしい場所でした』
『・・・私も、そこへ行けたら』
『・・・』
『元気な貴方が羨ましいですわ、将軍。もう、私は外へ出る事すら出来ない身体になってしまいましたから・・・』
『・・・なら、なおのこと』
『・・・?』
『諦めてはいけません。フランツィスカ様。また外に出たい。また元気に振る舞いたい。その気持ちこそが、ご病気に打ち勝つ何よりの特効薬なのですから』
『・・・』
『土産話もいくらでも持って来ます。生きてください。そして、元気になったら貴方が行きたいところにお連れします。約束いたします』
『・・・将軍』
『はい』
『・・・ありがとう』
『はい』
『また、お話を聞かせて下さいね』
『畏まりました』


ーとある庭の片隅ー


『・・・はあ』
『おぉ、ウィルマリナ。今日も見事な活躍だったな。感服したぞ』
『あら、将軍』
『正しく、勇者の名に恥じない戦いだったな』
『いえ、そんな事は・・・』
『ただ、な』
『?』
『あまり無理をするな。いくら勇者とて一人の人間。苦しむ事もあれば、倒れる事もある』
『・・・』
『今のお前を見て居ると、なんだか不安なのだよ。いつの日か、お前が壊れてしまうのではないか、とな』
『・・・・・・』
『辞めたければ辞めて良い。無理するくらいなら辞めた方が良いのだ。勇者などな』
『・・・将軍。今の発言は私が力不足だと言いたいのですか』
『そうでは無い、心配なのだ。どれだけ強い者でも無理をすれば倒れる。お前は神では無いのだ、何時迄も戦い続け、倒れないはずが無い』
『・・・』
『身体を大事にしてくれ。勇者はどこにでもいるが、お前という存在は世界に一人しかいないのだから。 勇者は換えがきくが、ウィルマリナ、お前は換えなど効かないのだから』
『・・・お気遣い、感謝します将軍。私は・・・』
『・・・なんだ?』
『・・・いえ、なんでもありませんよ。それでは』
『・・・』
『あ、それから・・・少し休みを取りたくなりました。皆さんに伝えていただけますか?』
『・・・‼あ、あぁ‼勿論‼』




「・・・おぉ、おおお」
思い出が蘇ってきた。その場所を訪れるたびに、皆と話した思い出が蘇ってきた。
今、私の双眼からは涙がこぼれ落ちていた。
私は彼女達に何もできなかった。
私は、こんなにも情けない男だったのだ。
ああ、いっそこのまま朽ち果ててしまいたい。こんな私が生きていて、なんの価値があるというのか。・・・そうしよう、このまま朽ち果ててしまおう。
「・・・会いたいなぁ、皆に。また、笑いあいたいな」
しかし、最早叶わぬだろう。
皆は逃げ延びただろうか?いや、きっと大丈夫だ。私が何とかリリムの力は削った。後はそれぞれに施した対策が効いてくれる。
ウィルマリナは、聡明だ。引き際と云う物を分かっているし、実力もある。それとなく渡しておいた短剣に強力な守護の印も刻んでおいた。逃げ切れただろう。
サーシャも大丈夫だろう。孤児院には密かに結界を仕掛けて置いた。あれはそう柔ではない。リリム、バフォメットと言えど手こずるはず。その隙に避難する筈。
プリメーラの森には、守護獣召喚用の魔法陣を六つ配置した。既に発動しているだろう。プリメーラが逃げ切るのは容易だ。
メルセとフランツィスカ様は私が退路を開いた。メルセの腕は私が一番知っている。決してそこらの魔物に引けは取らない。フランツィスカ様を護り、逃げ延びたはずだ。
・・・結局最後は彼女たちの力頼み。助けてやることなど出来もしなかったな。
ここはもう少しで強力な魔都と化す。そこにわざわざ教団が攻め込んで来ることはまずない。つまり、ここに取り残された私に、無事に再開する可能性は残されていない。
だが、それで良い。こんな無様な死にざまを見せずに済む。それだけが、救いだ。
玉座の間で毒を飲んで・・・そうすれば誰にも見つからずに朽ち果てられるだろう。そうしよう。
ミミル、は・・・・・・・・・
「・・・・・・」
もう少し早くたどり着いていれば、間に合ったかもしれない。私の援護があれば、もしかすれば何とかなったのかもしれない。
だが・・・私の手は、届かなかった。
「・・・・・・ミミル」
後悔などと言う言葉では言い表せない感情が、胸の内に渦巻く。同時に、虚しさもまた。
「・・・行くか」





ひとしきりを周りきり、最期に王座の間へと向かう。
王座の間までは少し距離がある。ゆっくりいくとするか。
カシャン・・・カシャン・・・カシャン・・・カシャン・・・カシャン・・・カシャン・・・カシャン・・・カシャン・・・カシャン・・・カシャン・・・
剣を杖代わりに一歩一歩歩みを進める。
ふと、杖代わりの剣を見つめた。長年連れ添った相棒だ。できれば新しい使い手を見繕ってやりたい。こいつを大事にしてくれる使い手を。・・・そうだ。
私は剣を床に突き立て、呪を掛けた。誠実な者にしか、この剣が抜けない様に。
これで良い。きっと良い相棒に出会えるだろう。
杖代わりの剣が無くなった私は、その辺りにあった兵士用の剣を再び杖代わりにし、歩き始めた。
目指すは、玉座の間。









「着いた、か・・・」
夜の暗い闇に浮かぶ重厚そうな扉。私の棺となる部屋の扉。
恐らく、まだここには誰もいないだろう。いくら魔物が強力とはいえ、一日でこの国全てを鎮圧出来るとも思えん。
なら、まだ主だった魔物達は外に居ると考えてもおかしくはない。
・・・こんな事を考えていても仕方ないか。さっさと中に入って、封印の呪を・・・『・・・んっ‼あっ、アァン!』・・・なんだ?
耳を澄ますと、中から声が聞こえる。何と、ここにももう魔物がいるのか・・・中にいる魔物に迷惑をかけるわけにも行かぬな・・・仕方ない、別の場所を・・・
シュルルッ、バシッ!
「っ‼」
その瞬間、私は触手に足を絡め取られていた。
しまった⁉ローパーがいたのか‼
気づかなかった。一体どこに、
ズル・・・ズルズルズルズル‼
と、考えている隙に、一気に引きずられ始めてしまった。
っち‼このまま捕まるなど、冗談ではない。
と、気がついた。
ぬ⁈玉座の方へ引きずられている⁈
そう、触手が伸びる方向は玉座の間。つまり、それが行われている最中の場所に引きずりこまれるという事。
いやそれはいかんだろう。どんなに自分が絶望していて気が抜けていたとしても、他人様に迷惑を掛けて良い理由にはならない。
それに、こんな所で魔物に捕まったら、それこそ死ねなくなる。彼女達は、人間が死ぬのを極端に嫌う。それがなぜかは知らないが、ともかく生き恥を晒すのはゴメンだ。
しかしわからない。魔物がそれの最中の部屋に他人を引きずり込むとは・・・狙いが分からない。
「くっ」
ともかく、足に絡みついた触手に向けて、腰に携えたナイフを抜き、振り下ろす。
スパンッ!
呆気なく触手は切れ、巻きついていた部分が床に落ちる。
「ふう・・・危なかった」
生き恥をさらすのだけは避けられたようだ。
さて、ここから離れねばな。いつまたーーー
シュルルッ!バシッ、バシッバシッバシッ‼
「ーっ⁉」
そんな風に考えた瞬間、更に触手が絡みつき体の自由が奪われてしまう。
「しまっー!?」
そして私は、玉座の間へ引きずられて行った。





「ぬ・・・う?」
引きずられるのが終わった。やはり引きずられてきたのは玉座の間。中は暗く、状況が把握できない。
しかし。
・・ぐちゅっ・・・ジュプッ・・んっ・・・・あっ・・・
この濡れた音と、喘ぎ声から何者かがいる事は察せられる。
疲れによる足の震えはすでに止まりしっかりとした足取りで立つことができた。
「・・・美しい魔物よ、私は生き恥を晒すつもりはないぞ」
暗闇に向け、静かに言葉を紡ぐ。先程の触手の主がその先にいるであろうことを考えて。
「私は一人孤独に朽ちるのが似合いだ。我が最後の願い、叶えてはくれぬか?」
意思の硬さを言霊に乗せて語る。願うように。これが叶わぬなら、仕方ない。この場で毒を飲んで、転移魔法で飛ぶだけだ。
死に場所くらいは選びたいが、他人様に迷惑はかけられない。







『いいえ、許しませんよ。将軍』






‼︎⁉︎
い、今の声⁉︎それにこの魔力は⁉︎
そんなバカな⁉︎だって、メルセが共について居たはずなのに‼︎
うっ、嘘だ。そんな事は無い‼︎







『どうしたジェネ公?随分と顔色が悪いじゃないか』







っ‼︎⁉︎
そんな、まさか⁉︎
あり得ん、あり得ない‼︎そんな筈は‼︎
だが、この声は⁉︎








『どうしたのよ、何時ものあんたらしくもない』






なっ‼︎⁉︎
な、な、な、な、な、な⁉︎
嘘だろう‼︎冗談ではない‼︎
信じないぞ、これは幻聴だ‼︎






『まあ大変‼︎お身体が優れないのでしたら、すぐに回復を』
『ショーグン。平気〜?』
『大丈夫?』







な、ぁ⁉︎
こんな、こんな事が⁉︎
で、では・・・‼︎
私のせめてもの守りすら、及ばなかったのか・・・‼︎







『おじさんは実はメンタル弱いから〜。』







・・・あ、あぁ。
聞こえる。彼女達の声が。
これは紛れもない事実だと、私に告げるが様に。
身体から力が抜け、膝をつく。
この変えようのない事実に、屈するように。







『将軍、待っていましたよ』







聞き慣れた声。その声は、私にとって何よりの刃となって体に突き立つ。
その声達は、誰よりも守りたかった美しき乙女達の声。




「・・・君なのか、ウィルマリナ」
「はい。こんばんは、将軍?」
言葉と共に、コツコツと、足音が近づいてくる。
闇の中に浮かぶのは、銀に輝く美しき髪。欲情を煽る黒い扇情的な服。黒い尻尾と、悪魔の翼。
それは、彼女が魔物に変わった証。
「怪我はないようですね」
月明かりに照らされて姿を現したのは、私が守りたかった存在、ウィルマリナ・ノースクリムだった。
そして彼女が現れると同時に、闇より出ずるものたちがいた。
半透明なスライム状の液体を体に纏わせ、それを前が完全解放されている不思議なデザインのドレスで包み触手を従える、フランツィスカ様。
片目の眼帯は変わらず。下半身を、美しく長い蛇の物へと変貌させ、肌の色も少し青白く変わり、顔が女の表情になっているメルセ。
四肢を黒く強靭な狼の物に変え、元が清廉がモットーのエルフのハーフとは思えないほど露出の高い衣服を身に纏ったプリメーラ。
背後にウィルマリナの物とは少し違う、鎖が巻き付いた尻尾を生やし、黒く、胸の部分が十字に切り取られたシスター服を着て、二人の少女を引き連れたサーシャ。
通常ではあり得ない、黒い山羊の頭蓋を頭に頂き、禍々しいデザインの杖を構え、体に奇妙な文様を刻んだミミル。
皆、人の頃とだいぶ違う姿だが間違い様がない。私が全てを賭けて守りたかった女性達に違いなかった。







13/10/29 23:36更新 / ベルフェゴール
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■作者メッセージ
さて皆様、この話も終盤に近くなりました。最後までお付き合い頂けるとありがたいです。


さて、実はこのお話にはある秘密が隠されています。分かりますか?
ヒントは、彼女達が影の男を呼ぶ時の呼び方。デルエラが彼をなんとしても捕らえようした事。リリムを幾度となく退ける程の技術を、普通の人間が壮年になる前に習得できるのか?そして長い間教団側に属しながら何故こんなに暖かい魔物に対する慈悲の心を持つのか。
解けなくても構いません。正直真相はかなり斜め方向に吹っ飛んだものです。わからなくて解けなくても仕方ないです。

それでは。

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