連載小説
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1.旅立ち、あるいはクライマックス
「いい天気だなぁ」
旅に出発したブレイブは上機嫌で森の中を歩いています。魔王退治の旅とは思えないほどの気楽さです。
この辺りの森には未婚の魔物娘たちがいるはずなのに、どうしたことかブレイブが旅立ってからまだ一人の魔物娘にも出会ってはいません。
そのせいもあって、ブレイブはのんきに森の中をずんずんと進んでいきます。

魔物娘たちに出会わない、いえ、魔物娘たちが近づけないのは当然でしょう。
というのもブレイブの装備品は全て強力な魔力を帯びているどころか、魔物娘そのものなのですから。
この辺りに住んでいる魔物娘といったら、スライムやアルラウネなど比較的おとなしく弱い魔物娘ばかりで、強いといってもグリズリーレベルです。いくら美味しそうでも、一反木綿、リビングアーマーに身を包み、カースドソードを装備したブレイブを襲えるわけありません。
隠れて指を加えて見ているだけです。

「とっても美味しそうだけどぉ〜」
「あれはちょっといただけないわよね」
天然っぽいスライムの女の子も、真面目そうなアルラウネの女の子も残念そうです。
「中の子はまだ食べられてないみたいだけど、ガード堅すぎぃ〜」
他にもブレイブを狙っている魔物娘たちがいるようですが、ブレイブを包む複数の魔物娘の気配は彼女たちを寄せ付けません。

そんな視線にも気づかずブレイブは次の街を目指します。
ブレイブが生まれたカッカブは国といえどもとても小さく積極的に反魔物を掲げているわけでもないので、他の村を巡ったところで旅の仲間は集められないでしょう。だから、ブレイブはカッカブ国を保護している反魔物国家エルタニンを目指すことにしました。
その国には何人も勇者がいて活躍しているそうです。
「いい人に出会えるといいな、あんまり怖い人じゃないと嬉しいけど」
期待と不安を抱いてブレイブはエルタニンへと向かいます。

ですが、ブレイブの願いは叶わないでしょう。
だって、身につけている装備品が魔物娘そのものなのですから。ちゃんとした反魔物国家だったら国の検問所ですぐにバレてしまいます。もしも無事に街に入れたとしても、今までに魔物を殺したことない心優しいブレイブがすぐに勇者として受け入れてもらえるとは思えません。
そんなことには少しも考えが至らないまま、ブレイブはまた空を見上げて眩しそうに目を細めています。

ブレイブ君の仕草はショタ好きのお姉さんが見たら垂涎ものです。
周りで見ている魔物娘たちは我慢するのに必死です。思わず握った拳にも力が入ってしまいます。




緑に囲まれた穏やかな風景。
だが、ブレイブが見ていた空は瞬間、赤に染まる。
たなびいていた雲は千々に消え去り、青の空は紅に燃えた。

ブレイブが驚くよりも速く、鎧が動く。体を丸めて表面積を狭くしつつ、関節部も金属で覆い保護をする。
剣は巨大化して杭のように地面に突き刺さり、ブレイブが吹き飛ばないようにした。
服として体に巻きついている一反木綿は魔力を展開させて、次に届くだろう熱を防ごうとする。
ブレイブは何が起こっているか理解することもできなかったが、
「大丈夫ですよ、あなたは此方たちが守ります」
という優しい声を聞いてされるがままになっていた。

衝撃で森の木々が大きく揺れる。風は熱を孕んで猛烈に吹き荒ぶ。
世界の終わりが天から降ってくるかのような異常に、なす術もなくブレイブは鎧の中で縮こまっていた。
そして、いまだ鳴り止まない風の轟音を引き裂いて一つの吠え声が上がった。
体の芯まで突き刺さる、絶対的な恐怖を抱かずにはいられない王者の吠え声。

その竜は今だ紅の余韻を残す空の中にいた。
強壮なその姿を惜しげもなく晒し、光沢を放つ深紅の体躯はまるで地獄に登った太陽のように残酷なまでに鮮やかで美しかった。

竜は眼下を見やると、巨大な翼で風を打って急降下してきた。
巨体が飛び、大気が呻き声を上げている。

ブレイブは恐怖のあまり硬直してしまっているが鎧は動く。
大地に突き刺さっていた大剣を抜き取って、竜に向かって構え直す。天から赤い流星が降ってくる。無謀でしかないがブレイブを守るために彼女たちは立ち向かう。




ヴェルメリオ、深紅の天災とも呼ばれる古き竜。
なぜ、ここにいるのでしょう。確か彼女はまだエルタニンにいたはずです。
こんな山中にくる理由がありません。
魔物娘たちはブレイブを守るために竜に対して、戦闘態勢を取ります。

竜が視線を交わせられるくらいの距離に近づいてきました。
その宝石のような、中で火花がはじけている苛烈な瞳を見たブレイブは恐怖のただ中でもそれを綺麗だと思いました。力強く敵うはずのない生き物。
鋭く太い爪は触れただけでも、ブレイブの体を真っ二つに引き裂くでしょう。ぞろりと並んだ牙はブレイブの骨を砕き潰すでしょう。丸太のような手足に鋼のような鱗、傷一つだってつけられそうにありません。
ブレイブは死を覚悟し、同時に受け入れることができていました。この竜になら殺されてもいいと思ってしまっていました。

「奴の狙いは私だ。貴公は逃げろ」

凛とした声にブレイブは引き戻されました。
そこには凛々しい女勇者が立っていました。ブレイブのような未熟な勇者ではありません。艶やかな長い黒髪を靡かせて静かに竜を見据えています。鍛え抜かれた四肢は女性らしさを残しつつも引き締まり、柔らかな肌に隠された力強さを感じさせています。豊満な胸やお尻を覆っている鎧は所々傷つきひしゃげていて、彼女が戦いをくぐり抜けてきた歴史を物語っていました。
彼女もブレイブ同様に恐怖を感じていないはずはありません。それでも、彼女はそこに凛と立ち、確かな自信を顔に浮かべて竜をまっすぐに見つめていました。彼女は剣を構えます。細身の美しい両刃の剣です。

彼女が現れても竜は速度を緩めもせずに近づいてきていました。
当たり前でしょう。いくら勇者とはいえ、人間のような小さな存在に巨大な竜が動かされるはずはありません。
けれども、ブレイブは彼女を見た竜が微笑んだように見えました。

竜が自然が生んだ芸術品だとすれば、対峙する彼女はまた人が生んだ芸術品でしょう。

二人の衝突に備えて、鎧がその場から距離をとりました。
もちろん逃げなければ危険ではありましたが、ブレイブが見惚れていたのを慮ったのでしょう、彼に見届けさせてあげることにしました。

女勇者は大地を蹴って、竜に向かって飛び上がりました。竜は流星のような速度をそのままに彼女を押しつぶそうとします。
両者の激突とともに、甲高い金属音が響き渡りました。大地を抉るような巨大な竜の爪を彼女の剣が受け止めていました。二人がぶつかった衝撃にブレイブは吹き飛ばされそうになりますが、鎧と剣のおかげで踏みとどまります。

それはブレイブが今までに読んできた英雄譚、そのものの光景でした。

炎がひいてきて赤と青が混じった空の中。
天災そのもののような凶悪な竜の爪が上下左右いたるところから彼女に襲いかかります。その全てを彼女はいなし、弾き、時には受け止め、隙間から竜に反撃を行います。
竜の爪は彼女の鎧を擦り削っていきますが、彼女は踊るように宙を駆け、柔らかな肌には傷一つ負いません。
彼女の剣は竜の首に向かっては竜の牙に阻まれ、竜の方もまだ傷一つ負っていません。
竜の体躯がくねるたびに赤い鱗が閃き、勇者の黒髪に光が吸い込まれます。きらきら、ひらひら。
殺し合いをしているはずなのに、二人はまるでロンドでも踊っているかのようです。どちらの体からも殺気とともに歓喜が滲んでいます。殺し、殺されるものの間にあるはずの憎悪はそこにありません。
互いを互いに確かな敵として認め、己の全てをぶつけ合います。倒すものと倒されるもの、どちらが倒すものでどちらが倒されるものなのでしょうか。

ただの人にはそれは災害であり、恐怖を呼び起こさずにはいられないものでしたが、ブレイブは恐怖も忘れ、英雄に憧れる少年そのものの表情を浮かべています。キラキラした彼の瞳の中にはまるで星が宿っているようです。
竜と人が星を浮かべた少年の前で舞い踊ります。



ブレイブは旅立ちのその日に、竜と勇者の戦いに遭遇してしまいました。
彼の運には驚かされてしまいます。ブレイブ君は喜んでいるようですが、運が悪いのやら良いのやら。
普通に考えれば運が悪いでしょう。

深紅の天災ヴェルメリオと女勇者カーラ・マルタン。
もう幾度目かわからない彼女たちの戦いが始まったのでした。

彼女たちにとっては重要ですが、傍迷惑な話ですね。
16/05/04 16:02更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
ベタな伏線がいくつかありますが、黙っていていただけると助かります。

なんとかエロまで辿り着けるよう頑張っていきたいと思います。

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