連載小説
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第二話
次の日ですね。朝日が窓から差し込んで私は目覚めました。昨日まであった疲れはとれてとても快適な目覚めでしたねぇ。
ええ、実のところ、離婚の前後からよく眠れなくなっておりまして、朝の目覚めも良くありませんでした。
そして、久しぶりの快眠から目覚めた私ははて、ここは何処だと疑問に思いました。
はい、いくら目覚めが良かったとはいえまだ起きたばかりでしたからねぇ、見慣れない部屋に居て戸惑ってしまったのです。
部屋を見回すうちに頭がはっきりしてきて昨日の事を思い出しました。
結局あれは夢では無かったのかと考えながら着替えると、昨日この医務室へ案内をしてくれた女給風の女性が入ってきて、部屋の外で待っていたのか―おはようございます。着替えが終わったようですね。朝食を用意ができたので案内いたしますと言って自分を食堂へと案内してくれました。



食堂は役所に隣接していて、役所の渡り廊下から「川ノ箸」と言う恐らく食堂の名前が書いてある暖簾をくぐると食堂の中はそれなりに広く、普段は此処の職員や役所の近くを行く人たちがいるのでしょうが、流石に朝に利用する人は少ないのかがらんと人はおらず厨房の方に店員と思しきイギリスかアイルランドでよく見られるような欧州系の赤毛の男性や河童の女性が働いているのが見えました。

私が案内されたテーブルには、既に朝食が置かれたトレーがありました。
はい、朝食の内容はシンプルなもので白米のご飯と豆腐と菜っ葉の様なものが入った味噌汁、そして少々の漬物でしたね。
ええ、味はこちらの世界と大差は無く普通に美味しいものでしたよ。
朝食が終わった後、また女給さんに昨日と同じ応接室に案内されましたね。



応接室ではタマグシさんとあの身なりの良い男性、町長夫妻が待っていました。
彼らは「お早うございます。よく眠れたようで、ようございました。」
と挨拶を済ませ、「それでは、昨日出来なかった話をしましょう。」と話の本題に入ることになりました。
「単刀直入に申しますが、此処は貴方が生まれ育った世界ではありません」とタマグシさんの旦那さん――後に聞いた所によると町長秘書という役職らしいのですが――は普段聞いたなら内心馬鹿にするような事を言いました。
ええ、君もそう思うでしょう。ですが実際にその一端を経験した私にとっては笑いごとではありませんでした。
はい、ここからしばらく町長夫妻から聞いたあちらの世界の事を話しましょう。

まあ、そうですね。巷にあふれる剣と魔法の物語、そういったゲームや小説といったファンタジー。あちらの世界の概要を簡単に言うならこういった所でしょうねぇ。
はい、まず我々のいるこちらの世界とあちらの世界の大きな違いは、魔法というものが実在するのですよ。
ええ、私も俄かには信じ難かったのですが、本当に何のトリックもなく火をおこしたり、宙に浮いたりしていましたからねぇ。
ああ、種はあったのですよ。
その魔法には「魔力」という、まあ、なんといいますか、エネルギーのような、こちらの世界では発見されていない元素の様なものが作用していて、これを利用することであちらの世界の住民は様々な魔法が使ってきたようなのです。
はい、どうやら私が夜に目撃した光の玉も空気中の魔力が発光していたみたいですね。
はあ、私は魔法を使うことは出来なかったかと?いえ、どうもあちらの世界でも魔法を一人前に扱うには結構な訓練が必要な様でしてねぇ。
ええ、私は勝手が分からないこともあって使うことは出来ませんでしたよ。
まあ、こちらの世界の人間とあちらの世界の人間はほとんど一緒な様で、とある人はこちらの世界の我々にも理論上使えるはずだと仰ってはいましたがねえ。

次に二つ目のこちらとあちらの大きな相違点を話しましょう。
あちらの世界にはですね、人間とも動物とも違う生き物が住んでいました。
はい、それらは魔物と呼ばれていてドラゴン、ゾンビ、人魚といったこちらの世界では伝説上の怪物たちが存在していたのです。
その魔物達はなんといいましょうか、あちらの世界の人類に対して食物連鎖の上位に存在するもので、人を襲い、食うのが基本的な習性だったようです。
ええ、あちらの世界の人間は永らく人類の天敵に対しての闘争を続けていたようで、人口はこちらの世界の現代は愚か中世以前の平均を下回っていたそうなのです。
各地に人と異形の死体が散乱している――最近までそんな光景は珍しく無かったそうですよ。
まあ、魔物の寿命は人間より遥かに長いそうなので最近と言っても千年以上も昔のことらしいのですが。
はあ、――鋭いですね、“その最近”にあることが起こったのですよ。

魔物達には、「魔王」という魔物を統率する存在がいるのです。
魔王は他の魔物には無い強大な力を持った魔物で魔物を自在に操ったり、魔物の力を高めるといった事ができるようで、あちらの世界の人間にとって魔王の討伐は魔物との闘いにおいて最重要事項だったそうですよ。
しかし、どうも魔王は役職の様なもので、ある時に新しい魔物に代替わりしたそうです。
その魔物はサキュバスと呼ばれる魔物でした。
ええ、こちらでは男性の精液を奪う美女の姿をした怪物と伝わっていますね。
当時のサキュバスも正にその通りで人間の精を全て奪い取って殺してしまう――そんな恐ろしい存在だったそうです。
そして、魔王の特性の一つに魔物全体がその魔王の種族に準じた姿になるというものがあったそうで、はあ、それで私が見かけた魔物らしき者達の姿が美女だったと?
はい、それはそうなのですがそれだけでは無かったのです。

その魔王は、一人の人間の男に恋をしていた――ええ、いつの時代、何処の世界にも変わり者はいるということでしょう。
ええ、本来は食う側と食われる側の関係なのです。
当時そんな事がばれれば、両社とも属する社会から追われるか最悪殺されてしまうでしょう。
ですが、そのサキュバスは魔物の中でも上位の実力を持っていて、その恋人の男性もあちらの世界の人間の中でも一人で魔物を倒せる程の力の持ち主だったそうです。
それで、サキュバスは自分が魔王に成り代わるという野心があったそうですよ、ええ、その当時の魔王というのは敵は愚か、味方も簡単に殺し恐怖で支配するという暴君だったらしいですからね、その地位を狙う者は多く、彼女もまた恋人と引き裂かれぬために魔物の頂点を目指すようになったらしいのです。
はい、そしてサキュバスは恋人の陰からの助けもあって、どんどんその力と地位を増していきました。
そして、サキュバスはクーデターを起こし、前任の魔王を恋人と二人で暗殺してしまったそうです。
はい、その頃には二人はもう恐ろしいまでの力を付けていたそうですからねえ、魔王が自然に代替わりするよりも二人係で倒してしまった方が話が早いと判断したようなのです。
ええ、そうしてそのサキュバスは新たな魔王として、魔物達が住む根拠地、「魔界」という場所に君臨するようになったのです。

これで彼女は恋人と気兼ねなく愛し合える立場になった訳ですがね、彼女はそれで満足することは無かった。
はい、以前としてクーデターの危険はありますからね、前任者ほどではありませんが彼女達もまたその地位を狙う魔物に命を狙われる可能性はあった。
ですから、魔王とその恋人はそれの対策も兼ねて自分たちが秘めていたある計画を実行することになったそうです。
その計画は「人類と魔物を一つの種へと統合する」ことだそうです。
ええ、いくらなんでも正気の沙汰ではないと思うでしょう。
いくらなんでも異なる種族同士を一つの種族へとまとめることなど――
はい、ですが魔王は、実際にそれを成し遂げてしまったのですよ。

ええ、凄まじい話ですよ、種のあり方そのものを変えてしまうなど。
それも永い時間の環境の変化などではなく個人が恋人を添い遂げるという目的を発端といているのですよ。
例えるのならばゲームの中のキャラクターが独立して勝手にゲームの設定を書き換えてしまうものです。
こんな真似をするものはこちらの世界は愚か、あちらの世界でも前代未聞だったそうです。
はい、その結果魔物達は美しい女性の姿になるだけではなく、人間を愛する事ができ、更には人間との子供もつくる事が出来る生き物になったのですよ。
勿論クーデターを起こすものもいなくなったそうです。
魔物達は新しい生態を享受し、人間を喰らう生き物へ戻りたくなくなってしまったそうですから。

はあ、それでその世界は平和になったと?
いいえ、魔王はその力でもって獣を生まれ変わらせる奇跡を起こしましたが、事はそう簡単にはうまく行かなかったそうなのですよ。
人間たちは魔物が変わったことを分からなかったそうです。
ええ、今まで魔王の代替わりによる魔物の外見の変化は知られていたそうですし、たとえ変化してもその凶暴性は変わらなかったそうですからねぇ。
本当に永い間戦い続けてきたそうですし、恐らく我々が暗闇に恐怖するように本能に刻まれていたのでしょう。
はい、それで私は変わりました、仲良くしましょうと言われても、信用は難しいですな。
それで、結局人間の過半数は魔物と戦いつづけていて、今も戦いは終わっていないそうです。
魔物側は人間を殺すことを避けるようになって戦死者は大幅に減少したそうですがねぇ。
それに、魔物達も変わったと言っても、まだ人間を襲うという本能が残っているようで、はい、先に言った様に殺すことは無いのですが、襲った人間を魔物に変えてしまうそうで、ええ、相手が女の場合は自らと同じ種族、男の場合はインキュバスという魔物に変えてしまうそうです。
はい、インキュバスはサキュバスの対になる存在で、今の魔物達と雌とすると雄に値するのがこの魔物らしいそうです。
まあとにかく魔物側もそんなだから人類と和解するより、皆魔物に変えてしまった方が早いという者も多く、魔王もそれを放置しているようなのです。
まあ、戦いの方は今の魔物を知った人間たちが徐々に協力するようになっていて、魔物側に優勢になっていっているそうですよ。

まあ、あちらの世界の基本的なことはこんな感じでしょうか。
驚きましたか?ええ、初めにこのことを知った私も大層驚きましたよ。
なにせ個人が自然の摂理、生態系すら変えてしまったのですからね、こちらの世界の人類では逆立ちしても成し遂げられないでしょう。
さて、次は私が迷い込んだ地域の事も話しましょう。

あちらの世界にはジパング地方と呼ばれる地域があり、はい、こちらでは東方見聞録で日本の名がそうだったのですが、こちらの日本に対する国があちらのジパングの様なのです。
ジパングはこちらの世界の日本もそうだったように、長い間外国との交流が無く、文化も生息する魔物も違っていたそうです。
はい、どうやらジパングも島国のようで、しかも周辺の海には渦潮や蜃気楼を起こす魔物が生息していて海路での到達は困難を極めたそうですからね、それに主な人間と魔物との戦場から離れているせいもあって魔王の交代が起こるまで訪れようとする者はほとんど居なかったそうですよ。

それで、ジパングで独自の進化を遂げた魔物たち――妖怪と呼ばれていて、はい、町でも普通はそっちの呼び名で通っていたのですがややこしいので魔物で統一して話しましょう――外国と違って元々人間と争うことはほとんど無かったそうです。
ええ、勿論人間を喰らう凶暴な種族もいるし、たまに小競り合いなども起こっていたそうですが大多数の魔物は人間を襲うことはなく、人間と生息域を分けるもの、人間と利害が一致して人間と商売するもの、中には神として神社に祀られたものもいたそうです。
人間の方もね、そういった異形の住人たちを受け入れ、時には敬い、時には恐怖しながらも徹底的に忌避するようなことは無かった。
まあ、凶暴な魔物でも熊や狼のような野生動物と同じような扱いだった訳です。
はい、そんな訳ですからね、魔王に変化があった時もジパング地方の住民たちはすんなりと、変化した魔物を受け入れた。
まあ他の国の人間なら生死を懸けて戦っていた相手がいきなり人間そっくりになっても怪しむだけですよ、これは罠に違いないとかね。
しかしジパングのしがらみのない人間にとっては人間ではないが、特に何もしない相手が人間そっくりの姿になって、更に友好的なのは変わらないのならそれでいいという風になったそうです。

はい、そんな訳で、ジパング地方は人と魔物が共存する国となり、今に続いているそうです。
それで、私が迷い込んだ町、名前を「飯井羽町(いいはちょう)」というのですが、この飯井羽も魔王交代後に人妖が集まり大きくなっていった町で最近では海外からの移住者も増えていて、人口も十万を超すジパング地方の中でも規模の大きい町なんだそうです。
ここまでが町長夫妻から聞いた、あちらの世界の事ですね。
そこまで話すと次はなぜ私が向こうへ迷い込んだのかの話になりました。

飯井羽町の周辺の山々には、町が大きくなるより前から不思議な話が伝わっていたそうです。
なんでも、その山の辺りで何処から来たとも分からぬ捨て子が見つかっていたり、身元のさっぱり分からない死体が見つかったそうなのです。
そのうち、この辺りの山々はこことは別の世界に繋がっているという話になりまして、その世界と繋がる時、何処からともなく妙な匂いを纏った風が吹いてくるそうなのです。
実際にその風を感じた人は何人もいるそうですし、その風が吹いた日に山に入って行方知れずとなった人もいたみたいですね。
ええ、私があちらへ行く直前に吹いていた風がそれらしいのですよ。

そこまで話が終わってそれならまた山の中に入れば帰れるのじゃないかと私は言ったのですが、タマグシさんは
「いいえ、この辺りの山々は広いですし、その風が吹く法則も分かっていません。そもそも貴方がここに来る前にその風が確認されたのは百年以上も前なのですよ。貴方の世界への出入り口を探しても徒労に終わるだけでしょう」と言いました。
私は困りましたね、ええ、休職状態だったものの向こうに生活もあるし、どうにか戻れないかと言いました。
するとタマグシさんは深く考え込みましてね――当てはあります。と言いました。
私は喜んで本当ですか?と思わず立ち上がりましたがタマグシさんは
「当てはありますが、最低一年待ってもらう必要があります」と続けました。
はい、こちらの世界へ来るのに一年かかった理由はそういうことなのです。
他に手段も無さそうなので私は待つことにしました。
はあ、それでどうやって戻ってきたと?それは、また後で話すことにしましょう。



そんな訳で私は飯井羽町で最低一年の間生活することとなったのですが、最初に町長夫妻は住む場所とお金を用意してくれると言っていましたが、流石にそこまでしてもらうのは気が引けたのでお金は自分で働いて稼ぎたいので、働く場所を紹介してほしいと言いました。
故郷ではレストランを開いていたので、飲食店でもと頼んだところ、私はあの役所の隣にある食堂「川の箸」で働くことになりました。
住む場所も店主の家の使われていない部屋に下宿することになりましてね、何処の馬の骨ともしれない私を受け入れてくれた上にあっさりと私の職を見つけてくれたので今でも町長夫妻と「川の箸」の人たちには今でも足を向けて眠れませんねえ。

さて、「川の箸」ですが、まあ、食堂としては中規模と言った感じでお昼くらいに役所の職員や周辺の住民でいっぱいになりますが、それ以外の時間はあまり客が来ない。
そんなごく普通の店でしたねえ。ええ、いろいろ近代の道具が無いことと店員や客の中に魔物が混じっている以外はこちらの世界と変わりがありませんでしたよ。
そういう店で私は赤毛の店主と河童の女将さん、数人の店員と働いていました。
後は偶に店主の娘さんが手伝うこともありましてね、その子は基本的に母親似でまあつまるところ河童だったのですが、父親から受け継がれたと思しき綺麗な赤毛を持っていました。

はい、その子の名前はネネコと言いましてね――私が迷い込んだ時に川遊びをしていた、あの河童でした。
16/08/02 22:23更新 / MADNAG
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