連載小説
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シチューはスープでいいのか?
「美味い! これは美味い!」

 オレは屋台のシチューを食い終わって、店主に向かって叫んだ。

「そうだろ? 俺の女房のミルクで作ってるからな」

 店主がそう言いながら、細君らしいホルスタウロスの背を叩く。細君はのほほんとした顔に照れ笑いを浮かべた。ホルスタウロスはミノタウロスの亜種だが、人間に従って生きるよう進化した魔物で、その母乳は非常に美味で栄養価が高い。実際それで作られたシチューは、具の薬草の味とこのコクが合わさって、それはもう素晴らしい味だった。ルージュ・シティへ来て、いきなりこんな美味い飯にありつけるとは。
 ちなみに、町には商人の荷物に隠れて忍び込んだ。デフォルトだがこれが一番確実な潜入方法だ。

「いやこれだけいろいろ薬草使ってるのに、クセが無いとは。あんた相当な料理人だな」
「苦労したよ、作るのは。だがそれだけの物ができたと自負してるぜ」

 店主の言うとおり、屋台には行列ができている。人も魔物もこぞって並んでおり、相当人気だということが窺えた。マナーとして、食い終わったからには早めに席を立つ。

「ほい、代金」
「あ、ありがとうございます〜」

 奥さんに小銭を渡し、オレは屋台から立ち上がった。

 それにしても、本当に平和な町だ。魔物の見本市かと思うくらい様々な魔物が商店街で働いているし、人間も皆笑顔だ。オレが領主を暗殺したら、教団はこの町を攻め落とし、動くものは片っぱしから殺すだろう。そうしたらこの平和も崩れるか……。


「おい、ヅギじゃないか?」

 背後から呼びかけられ、嫌な予感と共に振り向く。そこに立っていたのは薄緑色の肌をした、角の生えた女。オーガと呼ばれる魔物だ。そして彼女は、オレがよく知っている奴にして、今の状況に於いては一番関わり合いたくない奴。

「あっ、セシリアさん。こんなところにいたのかよ?」
「ははっ、今じゃここの正規兵さ」

 高い戦闘能力を持つオーガの中でも屈指の実力を持つ戦士、セシリア。彼女もまた傭兵で、オレが親魔物派に雇われたときは味方、反魔物派に雇われたときは敵同士になり、それを何度か繰り返してきた。オレの【悪食】を見てもひかない数少ない知り合いだ。
 しかし正直、こんな所で彼女に会うのは最悪のパターンだ。しかも今まで傭兵だったこいつが、正規兵として腰を落ち着けているとなると、この町に相当な思い入れがあるんだろう。オレの仕事を気取られたら、最後だ。

「しかし【悪食】のお前があのシチュー屋で飯か? ちよっとはまともな物食えるようになったんだな」
「何言ってるんだよ、セシリアさんも昔、サソリをフライにして一緒に食ったじゃないか」
「ああ、あれは案外イけたな。噂じゃお前、ギルタブリルの脚も……」
「人前でそんなこと言わないでくれって」

 何とか怪しまれないようにしなければ。観光で来ていることにでもしておかないと。

「で、ヅギ。お前こそ何でこんなところに?」

 気風の良い笑みを浮かべているが、内心訝っている。オーガは単純バカと思われがちだが、いや実際単純バカな面もあるのだが、傭兵として死線をくぐり抜けて来た者なら、当然この状況でオレを怪しむ。

「美食巡りの旅。ここ、ジパングとも貿易してるらしいじゃん? いろいろありそうだし」
「なるほど。あ、でもジパングとの交易路とかいうのは確か、まだ開通してなかったと思うぜ」
「え、マジ? 残念だな、鮭の卵とか豆のソースとか食えると思ったんだけど」

 これは素で残念だ。食物を腐りにくくする魔法も近年発達してきているから、この町でも食えるかと思ったのだが。

「鮭ならこの町でも獲ってるだろうし、漁師に聞けば食えるかもしれねーぜ」
「そっか、じゃあ港に言ってみるわ。ありがとうな」
「ああ、楽しんでけよ。いい所だぜ、ここは」

 戦闘狂のオーガが、こんな平和な町を「いい所」と言うとは。セシリアは付き添いらしい若い兵士を連れてさっさと歩き去ってしまったが、あいつに見つかったのは重大な問題だ。オレが観光目的だと信じたわけじゃないだろうし(鮭の卵の件の通り、観光目的もあるけど)、【悪食】の傭兵ヅギ=アスターが市内にいることを軍に話すだろう。そうしたら近いうちに、オレはマークされることになる。
 ……やべえ、この先どうしよう。
 とりあえず、ただの観光客のふりをしておくか。他に俺を知っている奴なんてそうそういないだろうし。


 ふと、路傍で演奏するギター弾きに目がとまった。いや、正確にはその隣でダンスをする、青い翼を持った魔物に。ハーピー種のどれかだと思うが、その羽を優雅にはためかせ、軽快にステップを踏み舞っている。ギターのリズムを余すことなく掴み、彼女がリズムそのものになっているかのような踊りに、オレさえも息を呑んだ。周りにはとっくに人だかりができており、皆そのダンスに見とれ、ギターの音色に聞き惚れている。

 演奏が終わると、ギター弾きが帽子に小銭を集め始めた。彼は顔に火傷でも負っているらしく、顔中に包帯を巻いて眼と口元ただけが露出していた。誰もが小銭を入れていくが、オレとしては顔を間近で見られるのは好ましくない。拍手だけして立ち去ることにした。

 と、思ったら歩き始めて数歩目にして、背後から着けてくる視線を感知した。もう尾行がつき始めたのか。さすがセシリア、行動が早い。尾行している奴は二人、かなり場数を踏んでいるらしく、オレくらいの傭兵じゃないと気づくこともできないだろう。どうしたものかな、暗殺と言ってもヴァンパイア相手なら昼間に襲撃する方が圧倒的に有利だ。勿論、日光の下に晒してこそだけど。
 さっき食べたシチューは昼飯、今の時間は十二時半。まだ猶予はあるが、さすがに領主も自分が弱くなる昼間は警備を厳重にしているだろう。しかも尾行者付きとなると……。

「あれっ、ヅギ!? ヅギだよね!?」

 再び呼びとめられた。今度は元気のいい女の子の声。女の知り合いはセシリアの他に数人いるが、こんな風に気さくに話しかけてくる奴はいないはずだ。
 無視しても尾行者に怪しまれるだろう、俺は振り向いた。

「やっぱりヅギだ! ねえ、あたし覚えてる?」

 そう言って俺の顔を覗き込んでくるのは、白いローブを着た修道女だった。綺麗な金髪に緑色の瞳、色白で顔立ちも整っている。胸は……まあまあか。しかし下半身の服がスライムのように溶けかかっていて、中で何かが蠢いているように見える。種族は分からないが、魔物だ。
 さて、こんな知り合いがいたっけか。どこかで会った気はしなくもないけど。

「失礼だけど、どこかで会った?」
「うわぁ、やっぱり忘れてるか〜」

 彼女は苦笑しつつ、細い指で首の後ろ辺りを掻いた。ん?
 ……この仕草、まさか!?

「シュリー? 村の教会の?」
「あっ、思い出してくれた? 良かった〜」

 故郷の村の幼馴染、シュリー。神父がどこかで拾った戦災孤児で、教会で育てられていた。飢饉の最中に人売りに攫われ、その後ずっと会っていなかったが、まさかこんなところで……。
 何だ、この感覚。少し目元に涙が出てきた。

「……この町に住んでるのか?」
「うん、教会で働いてるの。寄っていかない?」
「ああ、行く行く」

 幼馴染の誘いを受けておく方が、尾行者に怪しまれずに済むだろう。単純に懐かしいっていうのもあるけど。
 それにしても、魔物のいる町に教会があるのか。いや、少なくとも教団の言うところの『主神』を信仰しているはずはないし、他の諸々の神でも祭っているんだろう。オレとしては美食の神がいい。
 とにかく、オレたちは並んで歩き始めた。シュリーは下半身が半溶けだから、ズルズルした歩き方だけど。

「本当、懐かしいなぁ。今日はいい日ね」
「オレと会えて嬉しいの?」
「当たり前じゃない。私にとって、ヅギは大事な人だもの」
「十年間会ってなくても?」
「そうよ」

 力強く頷くシュリーの笑顔に、何か本格的に泣きそうになってきた。いかん、自重しろオレ。今まで戦場で殺してきた連中にだって幼馴染だの家族だのがいたはずだ。それを二度と会えなくしたオレに、ここで嬉し泣き権利があるかよ! オレは傭兵、戦争の犬なんだよ!

「ヅギ、どうしたの?」
「いや、別に」
「嬉しくて泣きそうになったんでしょ? 可愛い〜」

 お見通しかよ。ていうか、昔から俺のことを可愛い可愛い言いやがって。「カッコいいと言え」と何度言っても聞いてくれなかったが、十年経ってもこれかよ。
 とりあえず話題を変えよう話題を。

「しかしよくオレが分かったね」
「目の色は昔と同じ綺麗な赤色だし、顔もヅギが大人になったらこんな感じかなー、っていうイメージと大体同じだったからね。カッコいいよ」

 今更言われても嬉しくないよ! ちょっとしか!

「まあ、私が分からなかったのは仕方ないよね。魔物になっちゃったし」

 首の後ろを掻きながら、シュリーは言う。
 魔物化したことは意外と驚かなかった(今の世界ではよくある話だし)が、胸はもっと成長してるかと思……

「……今、物すごく失礼なこと考えなかった?」
「滅相もない。で、なんでまた魔物になったの?」
「……教会で話すよ」

 ふいに、シュリーは俺の手を握った。

「昔みたいに、ね?」
「あ、ああ。昔みたいに……」

 オレは手を握り返す。魔物になっても子供の頃と変わらないぬくもりが、じわりと伝わってくる。





 ……やべえ、この先どうしよう。






11/01/12 23:00更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ

ちなみに、某コ○チ○タ様とは関係ありません。

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