連載小説
[TOP][目次]
霧の外へ
「と言うことでだ、私は迫り来る敵を千切っては投げ千切っては投げと…」

「さっきからずっと同じ話してないかお前…」

「そんな事は無いぞ、まだ五回目だ」

「知っててやってんじゃねえか!」

相変わらずペースを握られっぱなしだ。
一刻も早くこの場から立ち去りたいのだが、やらねばならない事がある。

「少しは私の立場を理解してくれよ…」

「十分理解しているつもりだが?」

「そうは見えないぞ…」

上官の命令で、嫌々ながら捕虜の返還任務についた私を待っていたのは、驚きの連続だった。
その筆頭がこの、隣で延々同じ話を繰り返しているデュラハンだ。
何故か自分が私より立場が上だと思っているようで、こっちが何を言っても聞きやしない。

私は医師だ、いや、軍医と言った方が正しいのかもしれない。
戦場を駆け回り、敵味方を問わず負傷者を治療する、新しい理念に基づいた衛生隊。
そこで私は働いている。今も仕事の最中だ、そうでなければ誰が好き好んで…
こんな敵の拠点にホイホイ赴いたりするものか。
戦いに勝利したのは我々の陣営、反魔物側である。
稀に見る大勝を収めたらしいが、そんな気はしない。
戦いが終わった所で、仕事が終わる訳ではない。むしろここからが本番と言ってもいい。
この捕虜返還もその一部。動けない魔物を纏めて馬車に乗せ運んできたのもそういう理由だ。

「早く帰りたい…」

本音はこれである。
何故か、敵の司令官に会えと言われてしまった。
半ば強引に部屋へと案内されている最中だ。

「ごめんなさいね。一応説明して欲しいから…」

前を行くサキュバスが話しかけてきた。

「まあ、その為に私が選ばれたんでしょうけど…」

意外である。態々味方に見つからぬよう遠回りしてここまで来たのだが。
その味方が一人も居なかった。
攻囲戦が始まってる頃だと上官は言っていたが、どうやら読みが外れていたようだ。
そして城門を潜ってみてわかる、この都市にはまだ秩序があった。
普通、戦いに負けた軍がどうなるかと言えば大体決まっている。
それでも、この都市に居る軍隊は、隅々まで統率され集団としての秩序を保っていた。
敵の司令官も、中々の手腕である事がよくわかる。
それなのに、何で負けたんだろう。いや、何故我々が勝てたんだろう。

「…何だ、急に黙ったりして、今更怖気づいたのか?」

「…いや、ちょっと考え事をしてただけだよ」

「ならいんだ…」

なにがいいのかさっぱりわからなかった。
相変わらず何を考えているのかさっぱり読めない。

「ところで副官殿、隊長は無事なのか?」

「当分動けないけど、死にはしないわ」

「そうか、良かった…」

「それより、まずは自分の心配をした方がいいと思うんだけど」

「……」

「怒ってるわよ、あの子」

「覚悟は出来ている」

彼女の、クラウディアの表情が変わった。
そう言えば、何でこいつも呼ばれているんだろう。
それがここに来てから疑問だった。
ただの平騎士団員だろ?こいつ…

「いやいや、副団長よ彼女」

「だから皆して人の思考を読まんで下さいよ…って、何ですと?」

「彼女は平団員じゃないわ、副団長よ」

「……」

待て待て、そんなハズは無いだろう!?だって本人はそんな事一言も…

「言ってなかったか?」

「聞いてないぞ!」

「なら今知ったんだ、よかったな。また一つ賢くなった」

「生きていく上で全く必要のない知識だと思うぞ」

まずい事になった、確かに彼女と会った時は、騎士団員としか名乗っていなかったはずだ。
それが副長だって?笑えない冗談だろ…

「ああ、急に頭痛くなってきた!すいません、悪いんですけど早退していいですか!?」

「ごめんなさい、もう着いちゃったわ」

「えっ!?」

気がつくと、既にドアの前まで来てしまっていた。
一足遅かった。最も、頭痛いで帰れるとも思えないが。

「連れて来ました」

「入れ」

サキュバスがドアをノックすると、すぐに返事が帰ってきた。
若い女の声だ。…幼女?
その予想が当たっていたとは、思いもしなかった。

「幼女だ…」

「誰じゃこの失礼な男は」

開口一番に出た言葉がこれでは、当然の反応だろう。
しかし、確かに幼女だ。幼女が居た。

「言われた通り、副長を連れて来ました」

「だから、誰じゃこの男は」

「さっき言ってたじゃないですか、負傷者を運んできてくれた人ですよ」

「貴様が、その将校か」

随分偉そうな幼女である。親の顔が見てみたいもんだ。
しかし、随分私が想像する幼女のイメージとはかけ離れているな…
そもそも、幼女に角などあっただろうか…いや、記憶が確かならそんなものは無い。
よく見れば、かなり違いがある。

「間違い探しみたいだ…」

「初対面でこうも好感度を下げる人間は見た事が無いのう…」

「ある意味凄いわ…」

「アホ…」

三者三様の評価を頂いた。





「バフォメットも知らんのかお前は」

「図鑑は一通り読んだんですけど…」

「知識と体験、常識じゃろうが」

「そんな、バフォメットに気軽に触れ合える機会なんて無いですよ」

「…とりあえず、今はこのアホに構っている暇は無い」

やっぱりこんな扱いなのか私は。

「さて…何か申し開きはあるか、副長?」

バフォメットが隣のクラウディアに視線を移した。
何か怒られるような事でもしたのだろうか。

「いえ、ございません」

「なるほど、覚悟の上で帰ってきたと」

「その通りです」

「ふむ…」

シリアスな光景が目の前で展開されている。

「あの…何かやったんですか?あいつ」

事情がわからないので、傍に居たサキュバスに小声で尋ねてみる。

「ちょっと複雑な事情があってね…」

向こうも小声で説明してくれた、内容はこうだ。
どうも騎士団の攻撃を指揮していたのが彼女で。
命令違反を犯し、無駄に騎士団を消耗させた罪に問われている。

「でも、別に判断としては間違ってないと思いますけど…」

捨て身とは言え、味方の撤退を促す為に取った行動であれば、
命令違反とて責められる事でも無いとは思う。

「それはわかる、わかるんだけどね…貴重なのよ、彼女達は。自分が考えている以上に」

表向きは、平等を謳ってはいるが、実際はそうでもない。
騎兵、それも精鋭たる騎士団を犠牲にするという行為は許されるものではないのだとか。

「理念と現実の差が大きいんですね」

「平等に扱って良い事もあれば、悪い事もあるのよ」

確かにそうだ、戦場と言う場では、それが顕著に現れる。
その事実に反旗を翻したのが、我々衛生隊の理念である。

「やはり軍隊では…駄目なのか」

だが今回の戦場で感じた事は、やはり良い事だけでは無かった。
敵も味方も、理想と現実の狭間で揺れ動いている。
それがよくわかっただけでも、収穫だと思わなくては。





「覚悟、…覚悟か」

「可笑しいですか?」

「ああ可笑しいとも、まるで子供のつく嘘のようでな…」

「子供とは…」

「フッ…」

バフォメットは笑う。彼女の言葉が嘘である事は、既に見抜いていた。

「その男か…」

「なっ!?」

なんともわかり易い反応である。どうやら、副長殿にも春が訪れたようだ。
間の悪さも、彼女らしいと言えばらしい。

「アホらしい…一人怒り散らしていたわしが馬鹿みたいじゃよ…」

それまで険しい表情だったバフォメットの顔が綻んだ。
どうやら、本気で怒っていたわけではないようだ。

「また一から平団員としてやりなおせ、そして学ぶんじゃ」

「では…今回の処罰は」

「降格、といった具合かのう…流石に首を刎ねるわけにもいくまい」

「もう首と胴が離れてますもんね」











「あれ、滑ったかな…」

場を和ませようと渾身のギャグを繰り出したのだが、まずかっただろうか。
周りの空気が凍りつくのが身をもってわかった。

「今のは流石に無いわ!お前っ…お前なぁ〜…今のタイミングでそれは、それは無いわ」

反応が返って来た、少々長いがこんなものだろうか。

「待て待て、突っ込みでは無いぞ!?本気で怒っとるからなわし!?」

いいリアクションだと思う、流石は司令官たるバフォメットだと私は感心した。

「そんな感心いらんわ!」



「ねえ、本当にあれでいいの貴女」

「司令官殿に向かってああもはっきりと物を言えるとは…流石私の見込んだ者だ」

「ああ…うん、お似合いだと思うわ。本当に…」

その言葉をどう解釈したのかは知らないが、本人はとても満足そうだった。








「名簿はこちらに」

その後暴れるバフォメットを皆で宥めて、本来の目的であった負傷者の返還という任務に掛かる。

「うむ…流石に仕事はきっちりこなしているようじゃな」

リストを受け取ったバフォメットが、それに目を通しながら呟く。

「とりあえずは、収容した人物で名前のわかっているものはそれだけです」

意識がある者からは、所属や名前などを聞き出し、それを書類に記入している。
ので、それを所属ごとに纏めて管理していた。

「結構な数を救ってくれたようじゃな…」

実際に魔物や、そのパートナーなども救助し治療している。
死亡した者、重症で動かせない者などを除けば、殆どの負傷者はその日のうちに帰した。

「成程、ここへではなく直接魔界に帰った者達も大勢居るわけじゃな」

「そうなります、まさか攻囲戦が始まろうかと言う場所には帰りませんよ、
 そんな奴はただの馬鹿です」

「確かに、馬鹿じゃな」

「ええ、馬鹿です」

「フフフ…」

「ハハハ…」

両者とも目は笑っていなかった。
その後も確認作業にあたっていたのだが、見知った名前もチラホラと見受けられる。

「デュグラン…か」

「その人は、確かそちら側の砲兵陣地から運んできた人です、足に銃弾を…」

「生きてるのね…」

「ええ、お仲間に支えられてその日のうちに帰りましたよ」

「良かった…本当に良かった」

テレーズの夫、デュグランの名前。
生きていた、その事実だけで、テレーズは満足だった。
絶望的だと思われていた右翼方面に配置した者達が、意外に生き残っている。
バフォメットも驚いていた。

「戦死者は意外と少ないのかもしれんのう…」

「人間、そう簡単に死にはしません、迅速に手当てを施せば、殆ど助かりますよ。
 魔物はどうか知りませんが」

リストに乗っている名前だけで数百もある。
これだけの仲間が生きていた、非常に喜ばしい事だ。

「では、私の仕事はここまでのようですので」

「ん…ああ、ご苦労じゃったな、下がっていいぞ。何かあればまた呼ぶ」

「いやいや、もう帰りますよ。何言ってるんですか」

「…え?何故じゃ」

「何故って…私は別にここの人間でも捕虜でも無いですよ?」

「捕虜じゃろ?」

「…………」

ちょっと待てよ…これは一体どう言う事だ。

「捕虜じゃないですよ!使者みたいなもんでしょ!」

「いや、捕虜です」

「そうそう、捕虜じゃな…っておい」

今度はクラウディアが割って入って来る。
しかし、その口からとんでもない事を言い放った。

「ほら、こいつもそう言うとるし」

「捕虜じゃないって!お前…酷すぎるだろ!」

「何だと!人の体を散々弄んでおいて、逃げるつもりなのか!」

「あれは事故だって言ったじゃないか!」

「事故だからこそ責任を取るべきだろう!」

「嫌だ!!帰る!!」

「いいや帰さんぞ!誰が帰すものか!」

「帰して!おうちに帰して!」

「女々しい奴め!」




「なあ、これはどうすればいいんじゃろう」

急に口論し出した二人を横目に、バフォメットがテレーズに尋ねた。

「放っておけばいいんじゃないですか?」

副官殿の答えはいつも正しい。
そして、副官殿の助言に従い、無視して今後について考える。
やはり長くここに居る事は出来ない。機を見て帰るべきだろう。
今更敵と争うつもりはバフォメットには無かった。

「よし、帰るか。家に」

「そうですね、それが一番だと思いますよ」

負けたと言うのに、何故か晴々とした気分だ。
何かが吹っ切れたのか、それはバフォメット自身にもよくわらない。































勝者が歴史を作る、というのは常識だ。
敗者の歴史にこそ真実がある、と言う者も居るが。
それは勝者の作り上げた歴史の上でしか日の目を見る事が無い。

「だからこそ、今やらないと駄目なんだ」

戦いが終わり、戦場だった場所にも平穏が戻った。
我々の勝ちだ。それ自体は喜ばしい事である。
だが、どうしても許せないものがあった。

「会ってどうする気なんですか?」

「捕まえるか、その場で首を刎ねるかどっちがいい?」

「穏便に済ませる…のは無理ですか」

「いやいや、出来ればそうしたい」

敵は既に戦場から離れているが、追わなかった。
総司令官たるセバスティアンが追撃の許可を出さなかった。
他にやる事があったのだろうか、傭兵軍と亡命軍の姿が無い。
今ここに居るのは、セバスティアンの軍と、寝返った元ヨハン傭兵軍の一部。
そして我々聖騎士団も、である。

「この位置から襲えば、首は取れそうだが」

「全然穏便じゃないですよそれ…」

「冗談だよ、半分はな」

とにかく、直接話を聞かなくては何も始まらない。
思い立ったらすぐ行動するのが私の信条だ。

「流石に千騎そこらで正面からぶつかろうとは思わないさ」

情けない話だが、魔王軍との戦闘で聖騎士団の数が半数以下にまで減ってしまっている。
こんな現状ではまともに戦えるはずがないのだ。

「殺しちゃ駄目ですよ、捕まえないと」

「バフォメットが言ってたように、首を引き千切ってやりたいんだがね」

「魔物の言う事は聞いちゃ駄目ですって」

「そこだけは頑なだな…」

相変わらずこの天使の判断基準がよくわからない。
とりあえず魔物が嫌いと言う事はわかるのだが、それ以外が結構適当なのだ。

「わかったわかった、まずは話し合いだ」

「わかればいいんです」

満足そうに天使が頷く。

そうこうしている間に、マンスフェルトの天幕の前までやってきた。
抵抗されるかと思ったのだが、すんなり目の前まで通されたので少々面食らってしまう。
おかしい、何かと理由をつけて面会を拒むと思っていた。
多少手荒い真似も覚悟の上だったのだが、拍子抜けだ。

「これはこれは、騎士団長殿ではありませんか」

しかも、わざわざマンスフェルト自身が出迎える始末。
こちらの油断を誘っているのだろうか。
それとも、罪の意識など最初から持ち合わせていないだけなのだろか。

「これは失礼しました」

とにかく、相手がこういう出方をするのなら、こちらもそれなりに合わせる必要がある。
馬から降り、武器は持たずに誘われるまま天幕の中へ通された。
部下は外で待機させたのだが、何故か天使は私の隣に居る。
外で待てと言ったのだが聞かなかった。
とうとう言う事を聞いてくれなくなってしまった、出会った頃の純粋な彼女はもう居ない。
凄く悲しい。

「妙な言い方しないで下さい」

怒られてしまった。最近は逆に怒られてばかりだ。

「仲がよろしい事ですなぁ」

本気で言っているのか、だとすれば勘違いも甚だしい。
どう見ても仲が悪いだろう、事が終われば派遣元に文句の一つでも言ってやりたい気分だ。
神に文句ってどうやればいいんだろうか、祈りながら言えばいいのか?

「それで、こんな所に騎士団長殿が何のご用ですかな」

早速本題に入ろうとする。
しかし、天使から短気になるなと言い聞かされているので、少々遠回しに話を進める。
…まるでこっちが躾けられているようで気分が悪い。

「まずは戦勝のお祝いに、おめでとうございます。この勝利は貴方の功績によるものだ」

「いやいや、これも全て我らの後方を守って頂いた騎士団の方々のおかげです」

おいおい、別に騎士団はあんた達のケツを守る為に投入されたわけじゃないだろうに。
つまり、最初から敵将を討ち取る事など期待していなかったわけだ。
実際結果は散々だったので、それについて文句を言える立場ではないのは確かだが。

「お恥ずかしい話です、意気揚々と敵に挑んだのですが、返り討ちにあいました…」

「ご謙遜を、聞けば敵の騎士団と互角以上に渡り合い、騎士団長を仕留めたと聞きますぞ」

「なんと、その話をどこで」

実際は仕留め損なったのだが、とりあえず話を合わせる。

「流石は聖騎士団長、私などにはとても真似出来ません、魔物と矛を交えるなど…」

この男はついさっきまで自分が親魔物側に居た事を覚えていないのだろうか。
よくもまあ歯の浮くような賛辞をべらべらと…

「そう言えば、アルブレヒトの軍と合流はされないので?」

話題を変え、思い切って聞いてみる事にした。
さっさと合流するものだと思っていたのだが、アルブレヒトの軍は戦闘が終わると早々にこの場を離れた。
都市は囲まない、そのまま王国まで進軍すると事前に言われていたので、それは理解出来る。
では何故、マンスフェルトの軍はこの場に留め置かれているのだろうか。
まるでセバスティアン軍に監視されているような、そんな気がする。

「…それは私も疑問に思っておりました、何故かここに留まれと命令が来たのです」

「前から決められていた事では無いのですか?」

「予定では、戦闘が終わった後に合流する手筈でしたが…なぜか直前になって」

「なるほど…」

平静を装ってはいるが、焦りを隠せてはいない。
今、己が置かれている状況を理解出来ていないのだろう。
何となくだが、わかってきた。

「そうですか、ではこちらも本題に入らせて頂きましょう」

意を決して、ここへ来た目的を告げる。

「我々がここに派遣された理由は、ご存知ですな?」

「…ああ、その件でしたか」

「貴方もよくご存知のバフォメットが、面白い話をしてくれましてな」

「……何を聞いた」

バフォメットの名前を出すと、マンスフェルトの表情が変わった。
先ほどまでの薄ら笑いを浮かべた表情から、聞かれたくない事を聞かれたような顔になる。

「何故殺した、避難民や子供までも」

「…目撃者は全て消すのが常識だろう?」

「まあ、それはそうだが…」

「それに、あんた等に指示された物は全部無事なんだ、とやかく言われる筋合いは無い」

「…うん?」

「嘘だと思うなら、あんたの上司に聞いてみな。仕事はちゃんとこなしたはずだ」

「話が見えないんだが、一体何を言ってるんだ」

「おい、まさか…何も知らんのか?」

「うむ、知らん」

傍らで黙って事の成り行きを見守っていた天使も流石に呆れてしまった。
何も知らないくせに、何故こうもこの人は強気なんだろう、やっぱり頭が…

「酷く馬鹿にされた気配を感じる…」

「気のせいです」

話を元に戻そう。
どうやらこの話は意外と複雑そうだ。

「とにかく、教団との話は既についている。騎士団長ごときにとやかく言われる筋合いは無い」

「つまり、捕まえても無駄って事か…」

「捕まえる?この私を?」

「教団も関わってるんなら、無駄だろうな」

「全く…碌に働きもしないで、余計な事ばかり詮索して」

「何だと?」

「わかったらさっさと帰れ、無能な体長さん。これ以上あんたと話すことは無い、こっちも忙しいんだ…」

マンスフェルトが一方的に話を切り上げる。
大分苛立っているようだ、更にもう一押加えてみる。

「忙しい、だって?」

「…ああ?」

「あんたも大概無能だぜ。わからないなら教えてやろうか、捨てられたんだよあんた」

「捨てられた…?だと」

「何で合流させずこの場に留まるよう言われたのか、わかるんだろ?」

「まさか…そんなはずは…」

口篭る、やはり薄々自分でも感じていたのだろう、落ち着かない様子だったのもその為だ。
これで確信出来た。

「欲しかったのは、指揮官ではなく兵士のほうか」

「アルブレヒト…!!」

上手い具合に疑心暗鬼に陥っている。
周りが総て敵に見えている、そんな感じだ。

「どうした、何を狼狽えてるんだ?」

「クソッ!!」

「抜いたな…」

マンスフェルトが、立て掛けたあった剣を手に取り、それを抜き放った。
狙い通りだ。

「丸腰の相手に剣を抜くとは…」

「一体どういう事だ!まさか貴様ッ!教団の指示で!」

「どうかな」

「この…ッ!!」

マンスフェルトが斬りかかって来る。
しかし、その剣がこちらに届く事は無かった。
マンスフェルトが動くと同時に、天幕を破って左右から無数の槍が突き出された。

「なんだとッ!?」

咄嗟の出来事なので、どうしようもない。
マンスフェルトの体に、深々と槍が突き刺さる。
なおも前に進もうとするが、足にも槍が刺さると、やっと動きを止めた。

「何故だ…ッ周りには部下が…」

鎧を着込んでいるので、致命的な部分は一応守られているようだ。
それでも、この状態から逃れられるはずもない。

「だから、捨てられたんだよ」

部下を配置する時から、違和感には気付いていた。
主が居ると言うのに、警護も手薄だ。
流石にこれだけの人数を動かそうとすれば向こうも気付くだろうが、
見てみぬフリを決め込んでいる。
まるで、さっさと討ち取って下さいとでも言わんばかりに。

「言われた通りに…して来たのに…こんな…こんな所で!」

「結局こうなりますか…」

天使がやれやれ…っといった表情で呟く。
その表情からは、戦闘前の怯えた様子は伺えない。

「慣れって怖いな…」

「あんな生首がポンポン飛び交う所に放り込まれたんですよ?このくらい何とも思いません」

「それはそれで問題だと思うぞ」

彼女の行く末に一抹の不安を覚える。
こんな天使は嫌だ。

「誰のせいでこうなったと思ってるんですか」

「ハイ私のせいですどうもスミマセン」

いずれ責任を取れ、とか言って来そうなのが怖い。
それを回避する為にも、さっさと仕事を終わらせるのが一番だ。

「剣を貸してくれ」

「これですか?でもこれって…」

「いいんだ」

天使に預けている剣を、強引に奪い取る。
私は武器を置いて来たので、剣はこれしかない。

「楽に死ねると思うなよ?」

剣を鞘から抜く、この剣は、デュラハンとの戦闘で刃が欠けており、まるで出来の悪いノコギリのようだった。
当然の事だが、まともに切れるわけがない。
だが、これでなくてはならない。

私が指示を出すと、部下が槍で押し付けてマンスフェルトを強引に膝立ちの体勢を取らせる。
腕も足も、槍が突き刺さっているので自由に動く事が出来ない。

「騎士団も…堕ちたものだ…」

「傭兵風情に言われたくはないね」

「…フッ、そうか、傭兵風情…か、やはり傭兵は…どこに行っても嫌われるんだな…」

「まさか人から好かれるとでも思うのか?」

「だからこそ…私は…傭兵が好きなんだ…」

「そうか、私は嫌いだよ」

そう言って、マンスフェルトの首筋に、剣を押し当てた。

「教会襲撃の罪と、これは私怨だが、その為に戦場に赴き死んだ騎士団員の無念を」

剣を持つ手に力を込める。大きく振りかぶり、それを水平に薙ぐ。




それからの騎士団の行動は早かった、長居は無用とばかりに、教団本部へと帰還する。
隊列を組み堂々と帰還した騎士団を出迎える為に集まった人々は、言葉を失った。
先頭を行く騎士団長が持つ槍先には、首が掲げられている。
その苦悶の表情を浮かべる首の主が、敵将でも魔物でもなく、
味方であった事に、誰もが驚きを隠せないで居た。











今回の戦役は、反魔物勢力の勝利で幕を閉じた。
単純に結果だけを見れば、完勝と言ってもいい。
両軍の戦力は、反魔物側が約七万で、親魔物側が約六万であったが…
親魔物側が戦力の七割以上を失い壊走した。
一方反魔物側の損害は二割程度に収まった。
抵抗を続けていた魔王軍の残党も、最終的には占領した都市を明け渡し撤退する。
これにより、戦闘自体は終結した。のだが、注目されたのはむしろこの後だった。
事前に、親魔物側の将が裏切っていた事が、勝敗の決め手になった事は揺ぎ無い事実である。
だが、その勝利の立役者である将が、戦闘終了後に聖騎士団長によって首を刎ねられた。
この不可解な事件は、後に様々な憶測を呼んだ。
曰く、聖騎士団長の乱心であるとか、お互いの不仲が原因であるとか。
一時期は、騎士団の参戦理由となった事件の犯人がこの将であり。
それを知った騎士団長の手によって討たれた。
という仮説が世間を騒がせた。
しかし、教団本部がその事を否定しており、最近ではその説を支持する者は少ない。
何れにせよ、事件の当事者である片方は死に、もう片方も消息不明である現在。
真実が暴かれるのは期待出来ないだろうというのが大方の見解である。
今の所は、陰謀論が大好きな民衆の好奇心を満たす以外の使い道があるのかと言えば、
疑問符がつく。
騒ぎが沈静化しつつある今、いずれは、歴史の闇に葬り去られるだろう。
そして、この事件の真相を暴く者が現れるには、もう少し時間が必要になる。













「…と言うわけでな、わしはもう並居る敵を千切っては投げ千切っては投げと…」

「せんせー、脳内武勇伝はやめてください」

「早く続きしてください」

話が脱線して生徒に咎められてしまった。
ついつい昔を思い出して熱くなってしまう、やはり本当は、戦場に戻りたいのだろうか…
だが、今の話は真っ赤な嘘である。

「よく嘘だと見破ったな」

「せんせーって同じ話ばっかりするんですもん」

「引き出し少ないですよねー」

「ボケてんじゃないですか?」

「苛めか!」

生徒から容赦の無い言葉を浴びせられる。
やはり自分は教育者には向いてないのでは無いだろうかと不安になる。
それにしても、最近は特に酷い。
全く敬意を払われていない気がする、仮にもこっちが目上だろうに。

「まあそれはいい、それよりお前らちゃんと教科書買っとるのか?全然持ってきとらんじゃろ」

教鞭を執る傍ら、見よう見まねで執筆業なども始めてみたのだが、中々上手くいかない。
授業では、自分の書いた本を教科書に使うと事前に言っておいたはずなのだが、
殆どの者は手ぶらである。

「だって、本屋で注文しようとしてもそんな本知らんとか言われるんですよ?」

「と言うか本当に売ってるんですかその本」

「しかも値段高すぎますって!」

「うんうん、心が折れるどころか粉微塵になりそうな貴重なご意見じゃ」

本の内容以前に、物が無いと言われる事自体どうなのだろう。
確かに、収入の殆どは教員としてのものだ。
本の収入など、微々たるもの、むしろ無いと言い切ってしまってもいい。
だからこそ、授業などで生徒に買わせるのが一番数を売る方法である。
なのに、この有様だ。

「わかったわかった、必要なページはプリントしておいたから、取りに来い」

最近はもう諦め気味である、ので予め必要なページをプリントして配ったりしている。
非常に惨めな思いなのだが授業が出来ないよりはマシだ。

「魔法って便利じゃなぁ〜…」

結局、こんなしょーもない事に一番役立つのだ。

決して大きいとは言えない教室に、生徒が数十名ほど散らばって座っている。
教卓に居るのは、バフォメットである。
このバフォメットこそ、かつて魔王軍にて一軍を率いた司令官。
そして、敗軍の将となった人物でもあった。


何とか魔界に帰還したバフォメットを待っていたのは、敗戦の責任を問う声だった。
今まで言われてきた賛辞の数々も、負けたとなってはそれが軍人失格の証拠となってしまう。
要するにもう軍事に関わるなと言う事だ。
だがバフォメットはそれに反論せず、淡々と後処理をし、職を辞した。
敗軍の将となった者を、何人も知っている。
そして、それに対する批判を浴びせた事もあった。
まさか、自分がその立場になるとは思いもしなかったのだが、なってみてわかる。
予想以上にきつい。心無い仕打ちを受けることもあった。
最早反論も言い訳もする意味が無い、言っても誰も耳を傾けはしない。
敗軍の将には、兵を語る事は許されないのだ。

だが、正直な所、辞める理由が出来て良かったとも思っている。
敗戦後は、妙に吹っ切れた気がした。
これからは自分の好きなように、生きて行けると。
勿論、自分を擁護する声もあった、副官や騎士団の辺りからは特に。
しかし、彼女達の立場を考えて口を塞がせた。
やはり他者から助けられてばかりだ。
自分は一人で何が出来るのか、それが知りたかった。

軍を離れても、しばらくの間はやはり行く先々で非難されたりもした。
未亡人や、妻に先立たれた者を大量に作ってしまったと言う負い目もある。
それでも、一切反論しなかった、世間の評価は受け入れる。
放浪し、時が経ち、今では小さな国で教員職に在りつけている。
教えているのは戦史だ、出した本もそれに関連している。
だが、あくまで教えるのは戦史であって、己の考えや戦略、戦術理論の類は一切教えていない。
今でも、それを教えるのには抵抗がある。

「歴史だけ教えてもつまらんじゃろうけどな…」

授業を終え、人通りが疎らな公園のベンチに腰掛けながら、一人ごちる。
手には先程売店で購入した新聞、それにパンと紅茶がある。
遅い昼食、何とも味気ないのだが、バフォメット本人はこの時間が好きなのだ。

「それにしても、相変わらず戦い続きじゃな」

パンを手早く口に詰め込み、紅茶で流しこむ、その後新聞を広げて、読み始める。
一面記事には、戦争の文字が並ぶ。
時代が進もうと、人間が戦いをやめることはない。
自分もかつてはこの中に居たのかと思うと、少々嫌な気分になる。

「お、勝ったか」

その記事の中に魔王軍勝利、の文字を見つけた。
ここは親魔物領なので、情報に間違いは無いだろう。
どうやらかつて自分が担当していた方面の軍らしいが、最近は負け無しだ。
司令官が変わると、軍の質も変わるものだ。
ただ、勝ち続けている時こそ、規律を正す事が必要になる。
あの時負けたのも、自分がどこかで楽観視していたからではないだろうか。
活躍を喜ぶと共に、どこか少し物悲しい気分になる。

「いかん、いかんなぁ」

気分を変えて三面記事に目を通す、くだらない記事やゴシップが多い。
誰々が結婚しただの、ご破算になっただの、ありきたりなものばかりだ。
そんな中で、ある小さな記事で目が止まる。

「民間の救護団体、デュラン氏の提唱により設立…か」

見覚えのある名前だ、確か当時の騎士団副長が連れて来た男だったハズだ。
空気の読めない奴だった。その意味では、副長とお似合いだと思った。
軍医だと言っていたが、この男もどうやら軍隊を離れて活動を始めたらしい。
そう言えば、今の司令官の副官は…

「食いすぎだろお前」

「大丈夫、まだ食べられますよ」

「そっちの心配してるんじゃないって」

「もうお金が無いんですか?この甲斐性なし!無職!イシカワタクボク!」

「最後の誰だよ」

考え事をしていると、隣のベンチから声が聞こた。
カップルの痴話喧嘩のようだが、何だろうか、自分へのあてつけのように聞こえる。
被害妄想も甚だしい、だが、最近特に意識するようになる。
自分が独り身であると言う事に。

「見せ付けてくれるのう…」

そう呟いたのだが、声が大きかったのか、それに反応して隣のカップルがこちらへ視線を向ける。

「おっと、聞こえてしもうたかの…?」

それに合わせて、こちらも視線を相手に向けたのだが、そこで気がついた。

「おや、誰かと思えばあの時の」

「…あ!あんたは!」

「あの時のバフォメットじゃないですか!」

向こうも、こちらに気付いたようだ。
何の因果か、こんな場所で出会う事になろうとは。
隣のベンチには、かつて矛を交えた聖騎士団長と、それに付き従う天使の姿があった。
























結論から言えば、無職になった。
そう無職、言い方を変えるとノー・ジョブだ。

「どうしたんですか無職さん?」

「せめて名前で呼んで下さい」

「どうしたんですか、無職のザガルさん」

「無職って言いたいだけだよなお前!」

天使がウザイ、凄くウザイ。

本部に帰還した私を待っていたのは歓迎では無くどう処分を下すかという審問の場だった。
それはそうだ、表向きは味方の首を刎ねて、それを掲げながら戻って来たんだ。
何もしらない者から見れば、錯乱したと思われても仕方ない。
だが理由を知っている者からすれば、私が行った行為は危険極まりない。
もし、教団本部との密約を私が世間にバラせば、どうなるか、馬鹿でもわかる。
本当はこの首を刎ねたかったんだろうが、それをすれば、部下が黙っていない。
一応、部下からの信頼は厚いのだ。
部下を含め真実を知る者は千名以上いる、この全員を殺してしまえば、嫌でも目に付く。
余計な疑惑を持たれない様、教団が取った措置は、私を解雇する事だ。
部下を騎士団に残したまま、私を野に放つ、妙な事をすれば、部下に危険が及ぶ事になる。
人質のようなものだが、この際受け入れるしか道は無い。
と言うわけで、私は無職になった。
この天使がネチネチと私を弄るのも教団の指示なのだろうか…
精神的に追い込んで自殺させようとしている。
と疑いはしたのだが、どうやら違った。
この天使も、無職になったのだ。

「無職じゃありません!ただ帰れなくなっただけです!」

「それを無職って言うんじゃないのか?」

「違います、これはあれですよ…無期限休養中です!」

「あーそうですか、ハイハイ」

訂正、どうやら無期限休養になったらしい。
つまり帰ってくるなと言われたんだとか、普通逆じゃないかこれ、と思うのだが口には出さない。

「ところで天使さん、何で着いて来るんだ?」

やる事も無くなったので丁度良い機会だと思いあても無く放浪の旅に出ようかと思っていたのだ。
が、何故か天使が着いて来る。

「このまま私を放っておこうだなんて思ってませんよね?」

「思ってる」

「…なっ!?なんという薄情な人間なのでしょうか貴方は」

「だって関係無いし」

「貴方が敵将を倒さなかったからこうなったんですよ!責任取ってください!」

「あー…それは、うん、確かに私の責任ではある」

「じゃあいいですよね?お願いします、寂しく一人旅より二人の方が絶対楽しいですよ!
 ええそうですそうに違いありません!」

「ええー、ああ…」

必死な天使の姿に押されて、渋々了承してしまったのが運のつきだ。
世間知らずなんだろうが、行く先々で問題を起こす。
余計な事に首を突っ込んだりすることもあった。
まあそれは良い、百歩譲って認めよう。だが一番の問題だったのは。
食費だった。

「いやー、地上には美味しい物が多いですね、幸せです。気を抜くと昇天しちゃいそう」

「むしろして欲しいんだが…」

「夜の方はそっちが昇天しっ放しですもんね」

「なあ本当に天使だよなお前、まさかダークエンジェルになってないか?」

「失礼な、あんな魔物と一緒にしないで下さい!それに体を見ればわかるでしょう」

「わかるよ、わかるからこそ心配なんじゃないか」

近頃は露骨に酷くなって来た。食っちゃ寝を繰り返し気が向いた時は私が襲われる。
言っては何だが魔物みたいな生活だ、出会った頃を思い出すと涙が出てくる。
こんなの天使じゃない、断固認めたくない。
私が理想とする天使様とは、もっとこう…お淑やかで控えめで可愛げのある…

「ところで、これからどこに向かうんですか?」

行き先を聞かれて悩んでしまう。元々あての無い旅なんだ、目的地など決めていない。
しかし、どうしても寄りたいと思う場所はある。

「どこですか、それ」

「故郷に、一度くらい足を運んだ方がいいかなって思ってる」

「ザガルさんの故郷って、一体どういう所ですか?」

「何も無い、人も物も、生き物さえ居るかどうか怪しい、そんな場所さ」

「ず、随分とデンジャラスな場所で生まれたんですね…」

「元々は普通の場所だったよ、ある事が起きるまではな」

まさか激戦地になった、とは言えない。
とにかく、当面の目標は決まった。故郷へ行ってみよう。
遠く、東の果てにあるその場所へ。
















「久しぶりじゃな」

「あんたこそ、まさかこんな所で会うとは」

目的地までの道のりは遠い。
それに、親魔物領やら反魔物領やら様々な場所を通り抜けないといけない。
今回、たまたま通り掛った親魔物側の小さな国でギルドの仕事で仕事を貰い、それをこなした。
定職についていないので、慢性的に金欠になる。
日雇いの仕事などを重ねその日暮らしの生活を続けている。
最も、自分一人ならそうでもないだろうが、何しろ働かない口うるさい良く食う相方が居るのだ。
出費も嵩む。

一息つこうと、小さな公園のベンチに腰掛け、今後の予定などを確認していた。
天使が食い物を強請るので、泣く泣く売店で売っていたものを買い与える。
少しは食費を抑えろと天使に言うと、口論になった。
それに隣のベンチに座っていた者が反応する。
恥ずかしい所を見られてしまった、と視線を向けると、意外な人物がそこには居た。
あの時のバフォメットである。
あれからかなり時間が経ったと思うが、あの時と同じだった。
考えてもみれば、魔物なのでそう目に見えて容姿が変わる事は無いだろうが。

「騎士団長さんが何でこんな所におるんじゃ?」

「それはこっちの台詞だ、魔王軍の司令官が何でこんな所に」

「辞めた」

「奇遇だな、私も辞めた」

「辞めさせられた、の間違いです」

「この天使さんは無期限休養中らしいんで」

かれこれ十年以上お休みを続けているらしい。

「それはただ首にされただけじゃろ?」

「何ですって!」

「そうそう、その通り」

「貴方が言わないで下さいよ無職のくせに!」

「失礼な!日雇いで汗水流して食費稼いでるのは誰だと思ってるんだ!」

「わし、再就職出来たしのう…」

何の話をしているんだか。
お互い気分を落ち着けて、再度会話を試みる。

「辞めたって…何でまた」

「負けたからじゃよ、他に理由がいるか?」

至ってシンプルな答えだ。そりゃそうか、負けたから責任をとって辞めた。
何もおかしいことは無い。

「でもあんたが原因で負けたわけじゃないだろ?
 魔王軍は最後まで秩序を保って後退したじゃないか」

「まあ引き際だったんじゃろうて、丁度良い機会じゃからな」

「それで、今は何を」

「一応、教師と言う事になるのか…歴史を教えとる」

戦史、とは言わなかった。

「そっちは何じゃ、首は取ったんじゃろ?」

「ああ、だから辞めさせられた」

「教団本部と、繋がっておったようじゃな」

「察しがいいな、その通りだ。お陰でこっちは無一文さ、まあ仕事はしてるけど」

「そして私は、そんな哀れな彼にどうしてもと言われるから渋々と付き合っているんです」

「で、これから何処へ行く気なんじゃ?」

「東の方に、ちょっと用があってね」

「無視された…」

成程、こう扱えばいいのか。
一つ良い事を教えられた気がした。



懐かしい顔に出会えたので、嬉しかった。
元は敵同士だが、今はそうではない。
ついつい、会話が弾む。
家に来るかと誘ってはみたが、丁寧に断られてしまった。
どうやら同じ場所に留まるつもりは無いらしい。

「あんたの副官さんは、元気かい?」

「テレーズか、あれも軍を除隊したらしい、今では旦那と仲良く暮らしとるそうじゃ、
 たまに手紙が来るくらいじゃがな」

「へえ、それは良かったじゃないか」

「最近は子供が産まれたらしくてな、旦那が娘にべったりで少々妬いてしまうとか、
 しょうもない事を言っとったよ」

バフォメットが軍を辞めた後、それを追うように、テレーズも軍を除隊した。
現在では、夫と共にひっそりと幸せに暮らしていると言う。

「わしには到底真似の出来ん事じゃ…」

「変われない者ってのは、どの時代にも居るものさ…」

「お前は、どうなんじゃ?今の境遇をどう思う」

「私は…幸せだと思う、とても」

「そうか、なら良いじゃないか」

一人では無い、天使が居る。
そう思えば、彼女なりに私の事を気遣ってくれているのかもしれない。

「ああ、それでな、このエンジェルなんじゃが…」

「ん?どうした」

バフォメットが耳を貸せ、という仕草をする。
何事かと思い、近づいて耳を貸すとトンでもない事を言われた。

「あいつ、ダークエンジェルになりかけとるぞ」

「なっ!?」

「お盛んじゃのう〜ほれほれ」

茶化した言葉と共に、指でわき腹を突いて来る。
何を想像しているのか知らないが、多分それは間違っている。

「はあ…もう…」

一気に力が抜ける、間違いを指摘する気にもならない。

「そう言えば、あんたが抜けた穴は誰が埋めたんだ?」

地味に気になっていた事だ、誰が後任になったのか、興味がある。

「お前さんが地面に叩き落した奴じゃよ」

「地面に…?」

「あの時お前と戦った、騎士団長が、今の司令官じゃ」

「あいつか…」

今でも強烈に覚えている、あの圧倒的な力はそう簡単に忘れる事はない。
勝てたのは奇跡的と言ってもいい、その件に関しては、天使に頭が上がらない。

「あいつも除隊する、と言って聞かなかったんじゃがな…」

彼女からしてみれば、完膚無きまでに叩きのめされたのだ。
自信を無くすのも当然だ、しかし、人生に負けは付き物だ。
一度の負けで総てを諦めるようでは、指導者として相応しくない。
必死で説得して、何とか後を任せた。
先程の新聞に書いてあった記事も、彼女が率いた魔王軍勝利の話である。

「これでは自虐じゃな…」

「早いうちに負けを経験してないと…面倒な事になるもんさ」

「早いうちにか…わしに欠けておったのはそれかもしれんな」

そう言って思い出す、こっ酷い負けを経験した彼女…当時の副長の事を。




























「今帰ったぞ」

久しぶりの帰宅、恋しい我が家に戻って来た。

「おかえり、今回も大活躍だったみたいだね」

夫が帰りを出迎えてくれた、熱い抱擁を交わし、早速寝室へ…

「待て待て、まだお日様が見てるぞ」

「いいじゃないか、見せ付けてやれば」

「それにな」

「なんだ?まだあるのか」

「後ろで娘が見てる…」

「あ…」

抱きしめた夫の背後から視線を感じる、肩口から顔を覗かせてみると。
そこには一人の少女が立っていた。

「こんな真昼間から、はしたないです母上」

「硬い事を言うな、娘よ」

「とりあえず中に入ろうよ」

夫が話しを切り上げて、中に入るよう勧める。
残念だが、仕方ない。渋々ながらも夫に従う。

「誰に似たのか…頑固者だな、フローレンス」

「母上が軽すぎるんですよ」

武器や鎧を置き、部屋着に着替え、椅子に腰掛ける。
テーブルを挟んで向かい側には、娘と夫が座っている。
久々の一家団欒のひと時だ。

「今回も大勝利か…全く何をやってるんだか敵さんは」

夫は元々、反魔物側の出身だ。
なので、敵の情勢も気になるのだろうか。

「脆かったな、正直もの足りんよ…」

「おいおい、戦闘狂みたいな事を言わんでくれよ」

「そうじゃない、敵の指揮官の質が悪かったという事を言いたかったんだ」

「ああ、副官になったんだったね」

「断ったんだが、司令官がどうしてもと仰るので、仕方なくだ」

「また引き摺ってるのかい、あの時の事を」

「確かに、あの一件で人を指揮するという事が怖くなった」

もう十年以上前の話だ、ある戦いにおいて、私は指揮を任された部隊を壊滅させてしまった。
その事が、私を未だに苦しめている。

「忘れた方がいい、とは言わないけど…余り深く考えない方がいいよ」

「ああ…それはわかっているんだが」

今でも忘れられない、錯乱した私を守ろうと、自ら盾となり銃弾に倒れる仲間の姿を。
何度も夢に出て、魘された。
そんな私を、傍で支えてくれたのが、この夫、デュランである。

娘が気を利かせて、紅茶を人数分淹れてくれた。
暗い話になってしまった。話題を変える為に、今度は夫の話を聞く事にする。

「そっちはどうなんだ?設立してまだ間もないんだろう?」

夫は元々軍医なのだが、こちらに来てからは軍隊との関係をキッパリと切ってしまった。
私も同じ職場で働けるかと期待したが、本人が強く拒むので諦めた。
現在は医師をしているが、最近になって新しい試みを始めた。
民間の、救護団体の設立である。

「そっちの戦線にも行ったんだよ?あんまり思ったように動けなかったけど」

「まだ始めたばかりじゃないか、最初はそんなものだ」

「軍隊で出来ない事をやろうと思ったんだけど…意外と自由に動けないね」

銃弾を受け負傷した私を運び、治療したのが夫の所属していた衛生隊だった。
彼らの理念は立派だと私も思う、だが、軍隊内ではいずれ無理が生じるだろう。
軍隊とは、敵と戦う組織だ。そして衛生隊とは味方を助ける組織。
そんな中で、無差別に負傷者を救う活動をしていたのだ、正直最初は驚いた。
その衛生隊の理念を引き継ぎ、民間で行おうとしている。
まだ試行錯誤の段階なのだろう、焦って動けば全てが台無しになる。

「やっぱり、彼女は頼りになるよ…」

「彼女…?誰だ」

「君もよく知ってる、カラステングのあの子さ」

「あいつ…そうか…そっちに居たのか」

共に前線で戦ったカラステングの事である。
軍隊を除隊したと言う話は聞いていた。
実はあの戦い以来一度も顔を合わせて居ない、非常に会い辛い奴でもある。

「彼女の能力、実にいいね。負傷者をすぐ見つけられる」

「ふむ、そんな能力を持っていたな」

確かに、彼女の能力であれば、戦いよりもそういった作業に適しているだろう。

「今度会ってやりなよ、会いたがってたよ彼女」

「うむ…まあ何だ、それは非常に難しい問題だ」

今更顔を合わせるのは、恥ずかしい。

「それより、お前はどうなんだ、フローレンス」

黙って話を聞いていた我が娘に話を振る。

「どうって…至って普通ですよ、母上」

「相変わらず面白みの無い奴だ」

「よく手伝ってくれてるよ…何せデュラハンだからね、そこ等の兵士よりよっぽど頼りになる」

最近の話題は、専ら今年で十になる愛娘のフローレンスの進路についてだ。
そろそろ、将来について真剣に考えねばならない年頃である。
普通なら、迷わず騎士団員になると思うのだが、娘は少し違っていた。

「母上のようになりたいとは思っていますよ、でも父上のお手伝いもしたいんです」

何を思ったのか、夫の活動に興味を示している。
剣術など、基本的な事は私が暇な時間に教えたりしているが、
夫と一緒に居る時間の方が長いのだろう。
影響されやすい奴だ、と思うと自然と顔が綻ぶ。

「でもなぁ、デュラハンの医者なんて見た事無いぞ?」

「医者でなくとも、例えば看護婦とか…」

「余計見た事無いよそれ」

「うう…ではやはり騎士団に…」

「と言ってもだ、そう簡単に入れるものでもないぞ。
 同年代の子を見てみろ、毎日鍛錬に精を出しているじゃないか」

「私だってやってますよ」

「どうかな、他の事に目移りしているようでは、いずれ他から置いていかれるだろう。
 やると決めた事だけやればいいんだ」

「ちょっと厳しいんじゃないかな」

母親の言う事は最もだが、相手はまだ子供だ。
冷たく突き放してしまえば、無限の可能性を閉ざしてしまう。
と言うか、若干嫉妬混じりのように聞こえるのは気のせいだろうか。

「全く、最近は忙しいのに…お前はいいな、一日中父親と一緒で」

「娘に嫉妬とか…見苦しい」

「女は敵だ、例え娘であっても!」

「二人とも落ち着いて」

最近では見慣れた光景である。
どうもお互い張り合って譲らない。

「これも幸せなんですかね…」

軍医時代の恩師の名前が口をついて出てきた。
陣営が変わっても、相変わらず名前を耳にする機会が多い。
それだけ、良くも悪くも注目を引く存在である事に違いは無い。
いずれ、会える可能性が来るかもしれない。
彼も既に棺おけに片足を突っ込んでいるようなもので、いつポックリ逝ってもおかしくない状況だ。
そうなる前に、いつか会いたい。

「時間の流れが早いな、ほんとに」

「年寄りみたいな事を言うもんじゃない」

「実際もう初老だよ、人間の感覚で言えばだけどね」

「人間じゃないからいいんだ」

「基準がよくわからないんだけど…」

寿命を延ばそうと思えば、いくらでも方法はある。
それこそ不老不死を目指そうと思えば、叶えられるかもしれない。
だがそこまでは願うまい、だた少しでも長く、人を助ける仕事を続けたい、それだけの理由だ。

「それだけなのか…?」

「いや…勿論、君たちと末永く一緒に居たいからだよ!」

「そんな事はわかってる」

「勘弁してくれよ…」

「……やっぱり我慢出来んな」

「ちょっと、待て!せめて夜まで!」

「なに、明るいのもまた一興だ」

「いいか娘よ、好きな人が出来ても決してこうなってはいけないぞ?父との約束だ」

「もういいから、早く相手してあげて下さい」

「うわ…対応が雑に…」





母上に首根っこを捕まれ寝室に引き摺られて行く父上を横目で見ながら、カップに口を付ける。

「マズッ…」

顔が歪む。我ながら、こういった作業はどうにも苦手だ。
喜んで貰おうと思ったのだが、かえって両親に気を使わせてしまったかもしれない。
テーブルに置かれている二つのカップの中身は空だ。
私の為に、表情ひとつ変えずに飲み干してくれたようだ。
ただ、母上のカップの底に溜まっている溶け切れなかった砂糖の塊が、
無言で私に抗議しているように見える。
次こそは、美味く淹れてみせようではないか、そして母上を見返してやろう。
そう心に誓い、私は手に持った己のカップを傾け、残った液体を一気に喉の奥へと流し込む。

「進路か…」

悩んで答えが出るとは思えない。
まさか自分がこのように悩むとさえ、すこし前は思わなかった程だ。

「医者、看護婦、修道女…」

それぞれの衣装を身に纏った自分を想像してみるが、
余りに似合っていないので思わず噴出してしまう。
こういう職業は、はやり落ち着きのある人物が最も相応しいのだろう。
自分とは正反対だ。
最も、父上もイメージから言えばとても医者とは思えない。
小さい頃は、絶対父上の診察は受けたくない、と頑なに拒んでいたらしい。

「やっぱり騎士団なのかな」

こちらのイメージは、やはり母上がベースになる。
馬上で、鎧を身に纏い、背丈程もある大剣を軽々と扱い、部下を指揮する姿。
今でこそかなりの地位に上り詰めた母上も、若い頃は相当苦労をしたと聞く。
それこそ、一度大失態を犯し、騎士団を辞めようと思ったこともあるとか。
当時の司令官などに説得されて、地位を落としまた一から努力した結果があれだ。
自分にそれが出来るのか、と言われれば自信は無い。

「わからない…」

結局堂々巡りが続いている、こんな事では駄目なのはわかっている。
優柔不断な性格なのは誰譲りだろうか、やはり父上辺りか…
それでも、悔いの無いよう生きたい。
道は二つ、人を救うか人を助けるか、だ。
空には雲ひとつ無い、見渡す限り青空が広がっている。
なのに、今の自分はまるで霧の中に居るような気分だ。
先が見えない、先に何があるのかわからない。歩みを止めたくなる、そんな場所。

「よし、とりあえず今は母上に倣うとしますか」

そう呟くと、私は立ち上がり。いつも使っている剣を手に持ち、家を飛び出した。
まずは母上を目指そう、それを達成してからだ、色々考えるのは…
まあ正直な話、この場に居辛いと言うのが本音なのだが。






















「よし、そろそろ行くか」

「何じゃ、忙しないのう」

ついつい話し込んでしまった。
昔の敵とこうも会話を弾ませる事になろうとは、我ながら驚きだ。
ザガルが腰を上げ、天使もそれに続く。

「まだ途中なんでね、さっさと出発しないと」

旅の目的地を聞いた時には驚いた、遠く東の地を目指すとの事だ。
この場所から、歩いて行けば何年もかかる。
それに、真っ直ぐ最短ルートを歩ける保証も無い。
諸事情を考慮すれば、倍以上の年数を有するかもしれない。

「難儀な奴じゃ」

「あんたに言われたくは無いよ」

と言ってお互い笑い合う、確かに、他人から見れば自分も同じようなものなのだろうか。

「あの時の…」

「うん?」

「あの戦場へ赴いた時から、何も変わっておらんの」

「あの戦場…か」

「霧で視界を覆われ、自分の置かれた状況さえ理解出来なかったあの場所から。
 今も続いとるんじゃ」

「そうかもな、自分では全て見えているつもりでも、実は何も見えて無かった。
 そんな場所だったな、あそこは」

「そして、これからも…」

「いや、それは違うさ」

「違うとな?」

「そろそろ、霧の外に出るべきだ。何が見えるかわからない。
 何が居るかも知らないだろうが、いつまでも居続けていい場所じゃないよ」

「ふむ…前へ進まんといかんか」

「あんたは、まだまだ先に進めるだろう?」

「過信し過ぎじゃよ…」

「まあ、好きにすればいいさ」






ザガルとその後ろを追いかける天使を見送りながら、バフォメットは先ほど言われた言葉を考える。
そろそろ霧の外に出るべきだと、これはどういう意味だろうか。
まさか軍に復帰しろとでも言うのか。

「いやいや、それは無いじゃろうに」

ならば、他に何かすべき事でもあるのだろうか、考えるが、答えが見つかるとも思えない。
思えば、何か違う事をしようと思ったことなど無かった。
軍隊から教育者に変わるまでにも、かなりの時間を要してしまった。
片手間で行っている執筆業くらいしか、真新しいものは無い。

「本…本か」

しかし、考えてもみれば、自分の考えを世間に広めようと思えば、直接口で伝えるより、何かを媒体とした方が良いに決まっている。
前へ進めと言うのは、こういう事なのだろうか。

「書きかけた内容を…まとめてみるか」

一度は、世間の波に抗おうとした時期もあった。
その為に、あの戦いの詳細を記した内容の本を出そうと考えたのだ。
しかし、結局は、批判を恐れて机の中に封印したまま今に至った。
それを掘り起こすつもりは無かったのだが、今はその事を考えている。
仮に全てを暴露すれば、自分の身も危ういかもしれない。
危険な内容とも言える、それを見て都合が悪い者も居るだろう。
だがそれを恐れて止めてしまえば、自分は一生霧の中で佇んでいるしかない。

「前に進むのが大事なんじゃな」

家に帰ったら、さっそく手直しにかかろう。
そう思ったバフォメットの足取りは軽かった。




軍人にとっての名誉とは、時代によって定められたルールに従って正々堂々と敵と戦い。
知恵と勇気を振り絞り、戦術面や作戦面での優位を保持し続け、
戦いで明確な勝利を勝ち取る事だ。
重要な戦いに勝利すると、その陣営に属する軍人は、
将軍から一兵卒に至るまで、その立場に応じた名誉を獲る事が出来る。
逆に、戦いに敗北した側の軍人は、
基本的に名誉を勝ち取るチャンスを逃した者と見なされる。
敗軍の将は非常に不名誉な存在であるがゆえに、
兵を語るべきではないとの認識が広く語られてきた。
だが、歴史上の重要な出来事を紐解いてみれば、
このように単純な名誉の概念を根本から揺るがすような事例は数多く存在する。
これもまた、そのような事例の一つになりえるかもしれないが…
それを決めるのは、バフォメット自身である。




10/11/17 09:51更新 / 白出汁
戻る 次へ

■作者メッセージ
はい、と言うわけで
何がやりたかったかと言うと、公園でメシ食ってるバフォ様が書きたかったのです!
と言うのは嘘ですが
でも、みんな幸せになって欲しいという願いは同じです


今度は私が延々ペロペロする話でも書きたいなぁ
10万文字くらい延々ペロペロするの
ペとロの二文字だけで会話するってのも新しいと思う

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33