連載小説
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夢見亭にて
狭い部屋の中、机に向かい一人のやせ細った目付きの鋭い茶髪の男が紙の上でインクのついたペンを走らせる。男の目は何かに追い詰められている目で原稿を見ており、傍から見ても殺気立っているのがわかる。黙々と作業を続ける男がいきなりペンを止め、動かなくなり、書いている原稿を丸め投げ捨てた。

「……だぁぁぁぁぁ! 全然できねぇぇぇぇぇぇぇ!」

その声は彼がいる部屋の中に響き、その声を聞き、声を出した方とは別の、眼鏡をかけた見るからに勉強してきたという雰囲気をかもし出す金髪の男がいらだたしげにしている。

「さっさと仕上げてくれよ。もう待つのも飽きてきたんだ。ついでに言うと俺たちの給料もこない。」
「だってよぉ、やっぱり図鑑だけじゃ無理があるんだよ! 実際の魔物の生態とか、魔物自身の気持ちとか、そんなのはやっぱり取材じゃないとわかんねぇだろ!?」

この二人はとある出版社に働く作家のリックとその担当ノエル。同じ時期に出版社に入り、そこで魔物娘のことで意気投合。そして彼らは今、魔物をヒロインとした小説をシリーズものとして書いている途中なのだが、その作業は一向に進まない。

「……そもそも、お前が“やっぱ、全魔物娘を書きたいよねー”と編集長に抜かしたのが原因だろ。締め切りは何時だっていいって言ってたが、その好意に甘えすぎるのもどうかと思うぞ?」
「だって、どれか一つの種族を取り上げったって魅力的な魔物たち全種類を書かなきゃ失礼だろうが! まぁ、図鑑だけのイメージだけで全部書くのは無理がありすぎるからよぉ、取材しよーぜ。」
「取材、取材って、お前休みたいだけじゃないのか? それとも取材先で気に入った魔物娘と結婚でもするのか?」

尚、この二人は未だ結婚しておらず、社会に出てから仕事一筋だったため、童貞でもある。

「なに言ってんだ! 作家として俺の嫁はリャナンシーちゃんだけだ!」
「だったら、さっさとリャナンシーが寄ってきそうな作品を書いてくれ。そうすれば俺も心置きなく嫁探しに行けるからな。」
「うぐ…… 分かってる。分かってるけどよぉ……」

互いにため息を吐く二人。長い間同じ部屋で生活しているためか、その表情は両方ともに暗く、これからどうするのか、そんなことを考えていた。担当の男は、同じ空間での作業に限界を感じ始めており、このままやってリアリティーが欠けている作品になることを避けるためにも、ノエルはある決断を下す。

「分かったよ…… こうなったら埒が明かん。仕方ない。取材を許可しよう。」
「マ、マジか!?」
「ただし俺も一緒に行くことが条件だ。お前ひとりじゃ、どっかの魔物に捕まって帰れなくなりそうだからな。」

ノエルが、仕方がないとため息混じりに言うが、リックの方は既に聞いておらず、嬉々と旅の支度をしていた。

「はぁ…… 編集部に頼み込めば取材費でるかな……」

これから来るであろう、さまざまな苦悩をどう対処するかを考えると、ノエルは憂鬱な気分にならざる得なかった。




数日後、二人は編集部に対し取材の許可を取ると、比較的、魔物がおとなしい街道沿いの町に来ていた。この町は魔王の世代交代した時から魔物娘たちと交流を持っており、魔物と人が共存するための法律が確立している。そのため、町中でも普通に魔物とその夫らしき人物が楽しそうに過ごす。また、交通の便がよく、いたるところから交易品のやり取りが行われており、その中でも目を引くのが魔界原産の果実、魔界銀で作られた武具、それに如何わしい薬など。

「すっげぇな…… 話では聞いていたが、これほど活気があるとはなぁ。どんどん創作意欲がわくぜ。」
「そうか、良かったな。その調子で仕事を終わらしてくれれば俺の憂鬱な気分が晴れるんだがな…… あ、あの娘、超かわいい!」
「マジ!? どこ?」

二人は、喧騒と人ごみに揉まれ、交易品や美しい魔物娘に目を奪われながらもこの町での活動の拠点となる宿を探す。取材ということを失念した様子で。しばらく町を歩き回り、住民たちの評判がよく、かつ、値段が安い宿を探す。欲を言えば小説のネタにもなりそうな場所であればいいのだが。聞き込みの結果、二人は夢見亭に泊まる事にし、そこへ向かう。目的の宿を見つけた二人は早速、中に入ると内装は落ち着いた雰囲気で、不思議と居心地が良かった。二人はチェックインを済ますためにカウンターに向かう。

「わりといい感じの宿だな。ココなら作品の舞台としても申し分ないな。これも取材を許可してくれた編集長に感謝だな。」
「その代わり、“クオリティー高いの期待してるよー”とか言われたけどな……」

相変わらず憂鬱な顔しているノエルを横目に、リックのほうは目を輝かせている。きっと、頭の中にすばらしいアイディアが浮かんだのだろう。

「お待たせしました…… 夢見亭にようこそいらっしゃいました…… 二名様で宜しいでしょうか?」
「ああ。」
「かしこまりました、それではお部屋にご案内しますね……」

フロント担当の女性は、どこか暗い表情で受け答えしており、おどおどとしている。彼女はこちらに背を向け、戸棚から部屋番号がついた鍵を取り出し、カウンターからでる。そのとき、彼女の下半身が馬であることに気付いたリックは突然、鼻息を荒くし、フロントの女性と、ノエルから不審な目で見られる。

「も、もしかして、ナイトメアの方ですか?」
「えと、そ、そうですけど……」

なるほどナイトメアなら、先ほどからの、何かに怯えているような態度もうなずける。しかし、何故、彼女がこの宿のフロントで働いているのかという疑問と、リックが満円の笑顔に不安を感じるノエル。

「突然ですいませんが、少し話を聞かせてもらってもいいデスカ?」
「おい、変な気を起こすなよ。あくまでこれは取材なんだぞ。」
「分かってるって。別にナンパしようってわけじゃねぇよ。ナイトメアの種族に質問があるだけなんだ。」
「あの…… お部屋のほうでしたら…… お伺いしますが……」

フロントのナイトメアに案内されて、個室に入る二人。個室は魔物と交わることも考慮されているのか、普通の宿に比べ広めに作ってある。作家と担当とナイトメアの女性が入っても余裕があり、リックの言う質問も、仕事でもある執筆作業も問題なく行えるように見える。

「えと……質問というのは……?」

高揚としているリックを不安そうに作家を見るナイトメア。その光景は犯罪としか見えないな、と思い苦笑いするノエル。

「この図鑑には、ナイトメアは男の枕元に立って夢を見させるって書いてあるじゃないですか。」
「ええ……実際にその通りですけど……」

ナイトメアは臆病な性格であり、好意を抱く男性にまともに近づくことができず、寝ている間に淫夢を見せ、そこから得られる精を糧とする。親魔物領域では、わりと常識的なことであり、何故そのことを聞くのか分からないといった表情でリックを見る二人。

「家には普通は鍵が掛かっている。なのになんでナイトメアは近づくことができるんだ?」

そのとき、ノエルに電流が走る!!

確かに、野宿か、よっぽどのあばら家でなければ、寝ている男性に近づき、淫夢を見せるのは不可能。では、どのようにして彼女たちは精を得るのか。確かに気になることであり、直接聞いてみなければ分からない。担当は自分の相方である作家に初めて敬服する。この素朴な疑問に対して、目の前のナイトメアはうつむきながら、恥ずかしそうに口を開く。

「あの……私の場合、別の宿に……下働きをしていた時に……女将さんが……親切な方で、こっそり男性の宿泊客がいる部屋の……合鍵をもらったりしました……そこで旦那とも……」

多くの男性が寝泊りする場所である宿は彼女たちにとって、格好の餌場になるのだろう。新たな疑問が浮かんだリックは質問する。

「じゃあ、民家に侵入するナイトメアの場合はどうするんですか?」
「知り合いの子から……聞いた話では、ピッキングしたり……魔法で鍵をあけたりするらしいです……」

なにそれコワイ。

恋するナイトメアの前では、鍵がついた扉は難なく突破される。臆病な性格をしても、魔物は魔物なのだなと、改めて実感するリックとノエル。

「あー、私からも一つだけ質問してもいいですか?」
「は、はい……どうぞ……」

今度はノエルが質問する。リックと違って彼は執筆に携わらないのだが、どうしても気になることがあるようだ。

「ここ、夢見亭の由来はナイトメアの種族が関わっているんですか?」
「そうです……私が前、働いていた……宿から独立する時……何人かのナイトメアが精を得られるようにと……今でも……独身の子が何人か働いていますね……」

そういった彼女の顔は、恥ずかしがっていながらも、どこか誇らしげで、自慢げだった。



質問が終わり、フロント係、では無くこの宿の女将である彼女が部屋から出ると、リックとノエルは向き合い、談笑を始める。

「実際に聞いてみないと分からないこともあるんだな。」
「だろぉ? やっぱ、図鑑だけじゃなくて、取材も必要なんだって。」
「そうだな。じゃあ、取材もしたことだし、さっさと執筆してもらおうか。」
「はぁ!? まだ一日しか立ってねぇよ! 他にも気なることがあるだけどぉ!?」

二人が騒がしく部屋の中で言い争う。彼らの取材の日々はまだ始まったばかりであった。






12/02/16 17:11更新 / のり
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■作者メッセージ
補足説明 夢見亭

ナイトメアが運営する宿泊施設。寝具にはワーシープの毛が使われており安眠することができる。また別料金で未婚のナイトメアによる淫夢サービスも行っており、そのことが切欠で結ばれるカップル多数。

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