読切小説
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西行紀行『一角獣を見た話』
西行紀行という書物がある。
大陸のはるか東、ジパングから来たというとある旅行者が見聞きしたものをまとめたものだ。
タイトルこそ西行紀行であるが、実際のところジパングから見て西、即ち大陸全土にその内容は広がっている。
そして一度表紙を捲れば、旅行者の見た白昼夢のような生物の数々に圧倒されるだろう。
山岳地帯を自在に飛び回る、翼を持つ人。
森林の奥深くで群れを成し、楽しげに踊る小人達。
首を刎ねられてもなお動き続けることが出来る、不死身の戦士。
まるでおとぎ話か何かのようだ。
だが、よく読んでみればそれら一つ一つが正確な記述であることがわかる。
翼を持つ人はハーピィのことを著し、小人たちは妖精を指しているのだろう。
不死身の戦士については、デュラハンのことではないかと言う推測が成されている。
だが、ジパングの旅行記は独自の解釈と未翻訳のため、多くの研究者からは見向きもされていない。
そのため、西行紀行に記された生物のうち実に六割以上のが、未だ特定されていないのだ。
仮にここに記された生物や、希少な生物の群生地を発見することが出来れば占めたものだ。
世紀の発見という名誉が手に入るのだ。
「くふふふふ・・・」
僕は直に訪れるであろう名誉に、笑みを浮かべていた。
申し遅れたが、ここで自己紹介をしておく。
僕の名は・・・いや、やはり止めておこう。
これからの時代を背負う、偉大な生物学者の名は、新発見の名誉と共に世に広まる方がいい。









この度僕が訪れたのは、大陸の南西部。
南の砂漠と西の密林の間に広がる、大平原地帯だ。
乾季と雨季が交互に訪れ、荒地と草原の二つの顔が定期的に入れ替わる土地だ。
どこまでも広い平原は、乾季の厳しさのため人の接近を拒み、未だに手付かずのままである。
そのため、大平原地帯の奥地はほとんど人が入らず、どのような生き物がいるかすら分かっていないというのが実情だ。
まぁ、今回の目的は大平原奥地の生態を記録するためではない。
西行紀行の第三巻に、ジパングの旅行者が大平原地帯を通った時に見かけた生物の記録がある。
そのタイトルは『一角獣の群れを見た話』だ。
一角獣とは即ち、ユニコーンのことである。
魔物とはいえ希少な生物であるユニコーンが、群れを成しているのだ。
翻訳はまだ完了していないが、場所については記事の最初に記されていた。
果たして、このユニコーンの群生地を見つけて一儲け・・・じゃなくて、訪れようという知的好奇心に逆える者がいるだろうか?
答えるまでもない。
と言うわけで、僕はこの大平原地帯までやってきたのだ。
そして西行紀行に記された、『一角獣の訪れる川を見下ろす高台』にテントを張って早十日。
いつユニコーンが現れても大丈夫だ。
「・・・・・・・・・」
だが、待てど暮らせどやってくるのはシマウマやゾウといった動物ばかりで、ユニコーンが現れる気配はない。
西行紀行によれば、一角獣は昼間に現れるとのことだが、念のため一晩川を見つめたこともあった。
だが、ユニコーンが現れる気配は一向にない。
野生動物相手に焦りは禁物だが、どうしても不安が鎌首をもたげてしまう。
もしかして場所を間違えた?
あるいはユニコーンの群生地が別な場所に移った?
川を見下ろす僕の頭上に、疑問符が幾つも浮かんでくる。
「・・・っ、ダメだダメだ・・・」
僕は頭を振って疑問符を振り払うと、懐から一冊の本とノート、そしてペンを取り出した。
野生動物相手に焦りは禁物。
西行紀行の翻訳でもしながら、ゆっくり待つとしよう。
手始めに、これまでに翻訳が終わっている記事の確認からするとしよう。







『一角獣の群れを見た話』
砂上に詰まれた石の山より、西北西に向けて徒歩で二十日。
砂漠は荒地から草原へと移り変わり、いつの間にやら見渡す限りの大平原となっていた。
砂漠を行く間も蛇やネズミ、狐といった獣の姿が時折見られたが、この平原では遥かに多くの獣を見ることが出来た。
全身を白と黒の縞で彩った馬や獅子、果ては象に至るまで、日に幾度も遠目に見ることが出来た。
しかし我輩がこの平原で見た獣の中で特筆すべきものと言えば、一角獣である。
一角獣は砂上に詰まれた石の山から、西北西に二十四日進んだところを流れる川で見られた。
獅子避けに高台で野宿をした翌朝、我輩は数等の一角獣の姿を見たのだ。






自宅でここまで訳したところで、僕は居ても立ってもいられなくなり、出発したのだ。
西行紀行の記事を遡り、確実にここだと断定できる場所まで赴き、記事の記述に従って星を頼りに道筋をたどり、この高台にたどり着いたのだ。
方角や距離などの記述が誤っている可能性もある。
だが、ここまで来るまでに彼が訪れた場所は全て存在していたため、ごく低いと言えるだろう。
ということはユニコーンの姿が見えないのは・・・。
やめておこう。
今は翻訳しながら、時々川を見下ろす作業に没頭するんだ・・・













正直に言うと、我輩は未だ嘗てあのような生き物を見たことがなかった。
そのため我輩に伝えられるのは、遠目に見たその容姿だけである。
一角獣の色は白く、がっちりとした頑強そうな身体は、岩肌を思わせるざらついた皮に包まれていた。
丸太のように太い四本の脚で体を支え、眠たげな小さな目で辺りを常に見回している。
目の付き方と、我輩が見た群れの行動から察するに、主な食物は牛や馬と同じく草なのだろう。
だが顔の真ん中から生える、名の由来にもなっている太く短く湾曲した角と、その頑強な身体は見る者に畏怖を与える。
恐らく、この平原においてあの一角獣を襲おうなどと言う愚か者は居ないのかもしれない。
そして一角獣を一度怒らせれば、彼らはその角で持って哀れな愚か者を突き殺すのであろう。
念のため、ここに我輩が持ちうる語彙の全てを尽くして、一角獣の姿を記録しておく。
牛を思わせる巨大な体躯は、岩肌を思わせるざらつきを帯びた硬そうな覆われ、丸太のように太く短い四本の脚が大地を踏みしめている。
胴と頭は、継ぎ目も分からぬほど太くがっしりした首で繋がっていた。
頭は根元から先に行くにつれて先細りになり、眠たげな小さな目と小さな耳が左右についている。
そして両目の間から、太く短く湾曲した一本の角が生えており、まるで牙のようだ。
小さな目を瞬かせながら草を食む様は穏やかに見えるが、我輩には完全武装の軍勢が腰を下ろして身を休めているようにしか見えなかった。
彼らの怒りに触れぬことを祈るばかりである。








記事の最後まで確認すると、僕はゆっくりと顔を上げた。
高台の端から、下を流れる川が視界に入り、水を飲む動物達の姿が見えた。
見えるのはシマウマに、象、そしてサイといった動物ばかりで、ユニコーンの姿はどこにもなかった。
だが、ジパングの旅行者が見た一角獣は、確かにそこに居た。
「・・・・・・・・・サイじゃねーか」
今、ここに居ないジパングの旅行者に向けて、僕は静かに呟いていた。
10/02/13 21:10更新 / 十二屋月蝕

■作者メッセージ
と言うわけで、あらすじ超短編と一発ネタの二本立てでお送りいたしました、ユニコーンです。
「貞淑だけどエロエロよー」という図鑑設定に沿えませんでしたが、某ついったーで書くと宣言したのでこのようになりました。
やはり同時に複数の作品を執筆するとか、無理がありますね。
並列執筆の出来る作家さんには、素直に頭が下がります。
十二屋でした。

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