連載小説
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砂の漆
「総合雑務課課長……藻仁田ニイヒトっ!
 貴様ぁ、何故ここにいるっ!? ここがどこか分かっているのだろうな!? というか、これは一体どういうことだ!?
 何故この邸宅に我が社の社員が集結しておるっ!?」
 ゴウユウの言う通り、豪邸にはニイヒト以外のナニガシ企画で働く労働者たち――ハンタロウやカゲトラを含む何十男百という大勢の老若男女――が家の内外を問わず所狭しと集まっていた。
「質問が多いですなぁ、社長っ? 『質問は馬鹿な弱者のすることだ。自ら学び、相手の意図を察してこそ賢明な強者である』という社訓をお忘れですかぁ?」
「ぬっくぅぅぅ!」
「いやはや、平素より下々の者共にあれほど威厳を示しておられた隈取社長ともあろうお方がこの様とは……銀辺、説明してやれィ!」
「お前も結局他人任せか。まあいい、説明してやる」
 エリモスの口から顔を出したケンスケは、騒ぐゴウユウを尻目につらつらと語り始めた。

「まず最初に言っておいてやる。
 株式会社ナニガシ企画社長隈取ゴウユウ、俺たち従業員一同は今日限りでお前の会社を辞めさせて貰う。異論は認めん」
「なにィ!? 貴様ら、正気か!? 冗談にしては悪質過ぎるぞ!」
「冗談なものか。正気だからこそ本気で言うんだ。……斑田、魚住、例のものは?」
「勿論バッチリだよっ――そりゃあ!
「食らえやボケェ!」
「おぶ!? ほごぁ!?」
 ケンスケに促されるまま、ハンタロウとカゲトラはゴウユウ目掛けてなにかを投げつける。
 紙切れや封筒を束ねたようなそれの正体は……
「っ、ぐうう……貴様らぁ! 高齢者を労らんかぁ!?」
「やかまい。お前の――
「黙れ悪党! お前のブラック経営で今までに自殺した社員だって両手足じゃ数えきれないほどいるんだぞ! そいつらの苦痛に比べりゃその程度が何だってんだ!」
(俺の台詞……まあいいか)
(ケンスケさんの台詞を……モニタ・ニイヒト……やはり好きになれませんね……)
(銀辺の台詞だったのに……あの畜生がぁ……!)
(クロビネガの不殺ルールが今ほど恨めしかったことはない……!)
「藻仁田ぁ、貴様っ……! それはそうと、この紙や封筒の束は一体何だ?」
「おいおい、『質問は馬鹿な弱者のすること』じゃないのか? まあ、お前は確かに紛れもない馬鹿な弱者だが――「お前もな」――仕方ないな。
 斑田、教えてやれ!」
「全く仕方ないですねー本当に……社長、その束は退職届ですよ。僕ら社員全員分のね」
「退職届だとぉ!? この隈取ゴウユウに退職届を突きつけるとは社員の癖に生意気なっ! ナニガシ企画から逃げるつもりか! 馬鹿め、無駄なことを! 何人たりともこの隈取ゴウユウを……ナニガシ企画を止めることなどできぬわ!
 よいか社員ども! 労働者とは被支配者にして手駒、生ける資源に過ぎぬ! まして人権などあってないようなもの! 雇用主の支配下にあり、決して逆らうことなど許されん! そも、貴様ら社員を雇い入れ仕事を与え給料まで支払ってやっているのは誰だ!? 雇用主であるこの隈取ゴウユウであろうが! なれば貴様らのすることは一つ、我に従い、逆らわず、死ぬまで働き続けることのみ! それが貴様ら、生まれながらの弱者に与えられし唯一の存在意義であり逃れ得ぬ宿命なのだ!」
「……傲慢ですなぁ。実に幼稚だ」
「なんだと!? おのれ……よりにもよって我が腹心として経営に携わった、言わば同類の貴様がそれを言うか、藻仁田ぁ!」
「同類であればこそですよ、社長。改めて客観視させて頂いたことで理解できました……御身と嘗ての己が如何に低俗で愚劣であったかを。
 やはり御身より彼らの側について正解でしたよ社長……いいや、隈取ゴウユウっ!」
「ぬぅぅ……そ、そもそも貴様っ、我が腹心として今までどれだけ世話をしてやったか忘れたわけではあるまい!? 全てを失うリスクを冒してまで、何故そのような弱者の側につく!?」
「ふっ……心打たれたんだよ、こいつらの信念と生き様にな……」
 格好つけて心にもない台詞を口走ったニイヒトは『それから』と付け加える。
「確かに、お前には世話になったし恩義もなくはないがなぁ〜隈取ィ。
 それ以上にお前から散々酷い目に遭わされ続けてきたのも事実でなあ。割に合ってないのは明らかだ。だから俺は、お前を切った。
 今ここに集まってる他の連中もそうだ。皆俺と同じく、俺の部下たちの気高い志を魂で感じ取り、お前への反逆を決意したんだ……わかるか、隈取?
 お前は敗北者だ。今日を以てお前の天下は終わる。信長が光秀に討たれたように、お前も俺たちによって破滅するんだ……本能寺の変ならぬ、ナニガシ企画の変って奴だなぁ?」
「ぅぬぬぬぬぬぬ……藻仁田ぁぁぁ〜!」



 とまあ、このように散々大物ぶっているニイヒトであるが、上記の発言は彼個人による脚色が多分に含まれている。
 それでも誰も何も言わなかったのは、誰もが『言ったところで無駄』『言えば面倒なことになる』と考えていた為であって、決して藻仁田を代表者として認めたとかそういうわけではなかった

 そもそもここまで読み進めておられる読者諸兄姉は皆『何故ニイヒトなんぞがケンスケ達の仲間みたいなことになっているんだ?』なんてお思いではないだろうか。
 その疑問に答えるべく、以下その経緯について簡単に述べさせて頂く。

 一先ず時は数日前、オフィスに現れたケンスケが恋人を侮辱したニイヒトを脅した直後まで遡る。
 睨まれ脅され縮み上がったニイヒトは、当初の予定通りケンスケらの手で相応に――法にも二次創作ガイドラインにも抵触しない程度で――粛清される予定であった。
 然し往生際の悪いニイヒトは……

「やぁだぁぁぁああああ! 頼むうううう! た゛す゛け゛て゛く゛れ゛え゛え゛え゛え゛え゛!」

 粛清と聞いて一気に恐れをなし、稚児の如く泣き喚き駄々を捏ね抵抗する。

「今更助けて欲しいって何様のつもりですかぁ〜藻仁田元課長っ?」
「てめぇが今までやったこと思い出してみろ! てめえの部下が助けを求めた時てめえ何をした? どう返した? 思い出してみろ背鰭ぶつけんぞンの野郎!」
「あとエリモスちゃんから『直接対話したくないから』って伝言を頼まれたんですよー。『罪人モニタ・ニイヒト、あなたは相応の報いを受けなければならない。然るべき裁きを受けた上でしっかり反省し罪を悔い改めるべきです』って……」
「つまり大人しく粛清されてパクられてろってこったよ!」
「ぐうううううおおおおそんなあああああああ!」
「やっかましいなぁ……大丈夫ですよ、少なくとも死にゃしませんって」
「仮に死んだとしてもスケルトンぐれーにはなれっから大丈夫だろ。まぁ〜てめーがスケルトン化とかスケルトンに失礼だから殺さねぇけどなぁぁぁぁ!」
「ひいいいいいい! た、頼む、この通りだ! 確かに俺はお前らを苦しめて来た! それは決して許されることじゃない!」
「……それで、何です?」
「っっ……だ、だが実の所、俺も社長には何かと散々な目に遭わされて来たんだ! 俺だって社長は憎い! 奴を地獄に突き落とせるなら何だってやる! だから見逃してくれぇぇぇぇ!」
「……この期に及んで命乞いかよ、反吐が出らぁ!」
「どうあがこうとあんたを粛清する流れは変わりませんよ、藻仁田元課ちょ――
「待て二人とも」
 ニイヒトの粛清に乗り気な同僚と後輩を、ケンスケは直前で止めに入る。
「待てって……どうしたんだよ銀辺ぇ? まさかこんな奴に情けをかける気?」
「そうですよ! ケンパイが優しくて真面目なのは知ってますけどこんな屑なんてっ」
「私もお二方と同意見です。このモニタ・ニイヒトなる者は紛れもない悪、いつケンスケさんを裏切り害をなすともわかりません」
「まあ三人とも、冷静に考えてみてくれ。この男は社長の、隈取ゴウユウの腹心を自称している。自称とは言え俺たちよりは隈取に詳しい筈だ。
 ならばその情報、有効活用しない手はない。なあ藻仁田、それでどうだ?」
「わ、わかった! 確かに俺は何度もあいつの付き人をやらされたことがあるんだ! 極秘にされてた、あいつの秘密を幾らか把握している! そいつを作戦に役立ててくれ!」
「……いいだろう。ならひとまず粛清は無しだ」
「ま、僕らが手を下すまでもないだろうしねぇ〜」
「嘘や出鱈目抜かしてみろ、背鰭で谷折りにしてやるからな……」
(邪悪なるクマドリ・ゴウユウの秘密……果たして役立つのでしょうか……。
 それとウオズミさんの言う、セビレデタニオリとは一体? 彼の必殺技っでしょうか……)


 と、このような実に間抜けな展開を経てニイヒトはケンスケに協力することとなった。社会人としてはひたすら無能なニイヒトだったが、ゴウユウ絡みの情報だけは確かなものであり、
 結果としてケンスケたちは邪悪な経営者隈取ゴウユウを効率的に追い詰めることができたのであった。



「いいか隈取、お前はもう終わりだ。ナニガシ企画の全従業員はお前を切った。お前の味方はもう居ない。
 そしてお前が今までやってきた悪事は全てインフルエンザの斑田がSNSに投稿、労働基準監督署に報告、警察に通報する準備を整えているっ」
「それを言うならインフルエンサーだ。仮にも自分の元部下を流感に感染させるな」
「そもそも僕、フォロワー多いのは事実だけどインフルエンサーって程じゃないし……」
「インフルエンザかかってんのはお前の脳味噌じゃねーかこの野郎!」
(インフルエンザに、インフルエンサー……ってなんでしょうか? あとでケンスケさんに聞いてみないと)
「……ともかく! 今やお前の生殺与奪権は斑田が握っているも同然! 斑田が三台全てのスマホを動かせばそれだけでお前は瞬く間に破滅することになる!」
「斑田さん、スマホ三台も持ってるんですか!? なんの為に!?」
「いや、五台だけど? 今回使ってるのが三台ってだけで。用途は色々だけど基本的にはソシャゲで一人マルチプレイする為かなー」
「普通にマルチプレイしろよ……」
(人間というものが段々とわからなくなってきました……)
「破滅したくなければ! そこにある全ての退職届を受理し全従業員を正当に解雇、更に解雇した全員へ一人七百万円の退職金を用意しろ! 」
「なっ、なぁ〜にをふざけたことをぬかしおるか! 藻仁田……貴様は知能が低く単純な性格故、傀儡にしやすいと踏んで腹心として身に余る多大な権限を与えてやったというのにっ!
 傀儡として最低限の動きすら満足にできんとは失望したぞっ! 恥を知れ、恥をっ!」
「恥を知るべきはお前だ隈取ィ!」
「どっちも恥を知れよ」
「そ、そもそも、社員一人に七百万だと!? 馬鹿を言え、そんな天文学的な額をこの先の短い独居老人に拵えるなど無理に決まっておろうが! 魔物の如く強欲で下劣な男め、知能も魔物並みか!」
 確かに、ナニガシ企画はかなりの規模を誇る企業であり従業員の数も多い。
 幾ら富豪のゴウユウでもそれほどの額を用意するのは無理と思われたが……そこは腹心として彼のプライベートを知り尽くしたニイヒト。実に彼らしからず抜かりはなかった。
「……お前の預金と資産に、脱税目的で隠した金を足せばはした金だろ」
「っっっっ! き、貴っ様ぁぁぁぁ〜! 我が生涯でナニガシ企画の経営や『救済の摂理』の信者どもから巻き上げるなどして稼ぎに稼いで、
 軽井沢、箱根、熱海、沖縄、由布院、伊豆、湘南、北海道、鎌倉、ハワイにそれぞれ三つずつある別荘の地下と屋根裏と壁の中に隠してある総額五兆一千九億円の隠し財産の存在を何故知っているぅぅぅ〜!?」
「お前がテキーラ飲んだ勢いでベラベラくっちゃべったんだろうが」
「しかも自分から詳細喋ってるしな……」
「録音完了っ。早速これもSNSにあ〜げよっと」
「通知えぐいことになりません?」
「よくやった斑田! ……さあ隈取、これでお前はチェックメイトだ! 大人しく金を用意しろ!」
 ずびし、という効果音の一つも伴いそうな勢いで、ニイヒトはゴウユウを指差し追い詰める……が、然し
「……ふっ……くくっ……ははは……ははははははははははは!」
 追い詰められた筈の老人は突如、気がふれたように笑いだす。
「な、なんなんだ一体!?」
「あのジジイ、遂に気でも狂ったか!」
「藻仁田元課長も下手したらああなってましたけどねぇ〜?」
「……私利私欲の為、他者の命を蹂躙し続けた邪悪に相応しい末路といったところでしょうか」

 その瞬間、ゴウユウと敵対する者たちは皆、勝利を確信していた――ただ一人、銀辺ケンスケを除いては。

「待て皆、何かがおかしいっ!」
「おかしいって……隈取の頭がおかしいのは周知の事実だよ?」
「あと藻仁田の頭も」
「おい! 俺をあんなのと一緒にするな!」
「今回既に五千字を超えているのに魔物娘要素が微塵もないというのもおかしいですね……」
「……そんなメタ発言どこで覚えたんですかエリモスさん……」
「〜〜それで銀辺、何がおかしいって?」
「何が、というよりは……隈取、お前まだ何か隠しているな?」
「ふん……平社員乍らに勘の鋭い男よ。どうだ? 我と共に来んか?
 お前だけでも退職届を取り下げてやる。そこな恥知らずに代わって我が腹心に――
「断る」
「……即答か。この隈取ゴウユウの側についたならば、永劫盤石の完全ホワイト体制で雇ってやったものを」
「やかましい。今まで大勢を不当に苦しめてきたお前を易々と信じる俺だと思うな。
 誇大妄想に取り付かれた詐欺師<に与し、人類と魔物の共存社会を脅かす邪悪に雇われるなんてこっちから願い下げだ
 何より、如何に給与が高額で、福利厚生が盤石で将来安泰であったとしても、そのための金が罪のない誰かを不当に傷付けて稼いだ悪銭によって賄われるのなら、
 それは結局ブラック体制と何ら変わりない……いや、もっと悪質な何かだろうよ。
 俺はそんなものの世話になってまでブラック体制から抜け出したいとは思わない。
 俺は、俺自身が正しいと信じる生き方を貫徹する!」
「……そうか。ならば、致し方なし……」
 どこから取り出したのか、全体にダイヤモンドが敷き詰められたスマートフォンを手にしたゴウユウは、声高に叫ぶ。

「貴様ら全員、我が切り札を以て地獄へ送ってくれよう!」
20/02/19 16:29更新 / 蠱毒成長中
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■作者メッセージ
〜今回わかったこと〜

・ゴウユウは吐き気を催す邪悪。
・ニイヒトは小物。
・ニイヒト、漸くケンスケたちの役に立つ。
・ニイヒト、唯一の長所が結構すごい。それ以外で結局マイナスになってるけど。
・ゴウユウの隠し持つ切り札とは一体何なのか。


 そして次回明らかになること。
 それはまだ、草生した砂の中……
 それが……スナキズナ!

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