「ねえねえ。今日もシようよ」

　深夜零時。ベッドの上でいつものように「彼女」が迫ってくる。彼女の名はエバ・ミスティア。かつては中性的な外見をした人間の男であったが、そこから紆余曲折を経て魔物娘――「アルプ」となった少女である。
　彼――彼女が性転換をした理由は、一言で言えば愛する者のためだ。普通ならば唾棄されて然るべき想いを抱いた自分を受け入れてくれた男のために、彼は彼女となったのだ。人間からすればありえないことかもしれないが、別段特別なことではない。
　そして魔物娘となった今でも、エバの心は微塵も変わっていない。愛する男に尽くし、その男に愛されることを何よりの喜びとする。寧ろしがらみから解放されたことによって、エバは今まで以上に愛に貪欲になっていた。
　
「僕、もう我慢できないんだ。ねえ、いいでしょ？　君の精液、僕の中に注いでほしいんだ」

　しなやかに伸びた手足。小振りのヒップ。無駄な贅肉を削ぎ落とし、しゅっと引き締まったウエストライン。たわわに実った乳房。紅に染まった頬。情欲に濡れた切れ長の瞳。横に長く伸びた耳。後頭部から前に向かって、頭のラインに沿って生え伸びた紫色の角。それらを備えた小柄の悪魔が、甘く囁きながら四つん這いで迫ってくる。もちろん全裸なのは言うまでもない。
　この時男――エバの友人兼恋人はベッドの上で上体を起こし、両足をだらしなく伸ばしながらエバと相対していた。無論彼も全裸だ。そこにエバがネコ科を思わせるしなやかな動きで近づき、男もまた優しく微笑みながらそれを待ち構えていた。
　
「その代わり、僕も一生懸命ご奉仕するから。期待してていいからね」
　
　四つん這いになったアルプが男の前で腰をくねらせ、下品に乳を揺らし、全身で媚を売りながら近づいていく。いつものことである。エバが魔物化してから、二人は互いの情欲を隠そうとしなくなった。彼らにとって、このようなことは既に「やり慣れたやり取り」であった。
　
「えへへ、捕まえたっ」

　その内、とうとうエバが男と接触する。エバはそのまま躊躇うことなく、四つん這いの姿勢から流れるような動作で男の上半身に抱きついた。男もそれを受け入れ、自然な動作でアルプの背中に手を回した。
　エバの乳房が男の胸板に押しつけられ、むにゅんと形を変えて柔らかな感触を伝える。もちもちの肌が男の体に吸い付き、自身の体温と匂いと汗と魔力を直に捧げる。
　男の体は敏感にそれらに反応した。愛する者の全てを感じ取り、脳が一瞬で肉欲で埋め尽くされる。肉棒もまた本能に侵され、すぐにその醜く雄々しい本性を露わにする。
　
「あはっ、君もヤる気十分って感じだね」

　自身の股の間で居丈高にそそり勃つ男の分身に目をやり、エバがとても愉しそうに声を弾ませる。そしてその後すぐに表情を蕩かせ、顔を近づけ男の耳元で告げる。
　
「僕で興奮してくれたんだよね。嬉しいな」

　自分を性の対象として見てくれる。セックスアピールに反応してくれる。それが何より嬉しかった。男と肌を重ねるのはこれが初めてではないが、それでも歓喜の情は湧いてくるものだ。魔物娘として、こんなに嬉しいことはない。
　堕ちてよかった。エバは心からそう思った。
　
「それじゃあ、今日も君をいっぱい愛してあげるね」

　より強く男に抱きつき、肩に顎を載せ、リラックスした口調でエバが言う。そのエバの頭を優しく撫でながら、男が唐突に提案をする。
　
「えっ？」

　それを聞いたエバは、最初驚きの表情を見せた。それまで纏っていた色気を吹き飛ばし、平時の自分に戻って顔を肩から離す。抱きついたまま男と向かい合い、エバが確認するように彼に尋ねる。
　
「それってつまり、そういうのがしたいってこと？」

　問われた男が首肯する。即答だった。
　あまりのスピード回答に、エバは思わず苦笑いした。そしてそっぽを向き、気恥ずかしそうに頬を掻く男に対し、明るい声でエバが言った。
　
「いいよ。それくらいならお安い御用さ。僕に任せて」

　いいのか？　男が顔を上げてエバに問う。エバは明朗に「うん」と頷き、そのまま言葉を放った。
　
「前にも言ったけど、僕は君のためならどんなことでもしようって決めたんだ。君の幸せは僕の幸せだからね」

　そのエバの台詞を聞いて、男は素直に感激した。男はそれを言葉にしなかったが、エバは彼の表情だけで、男が何を考えているかを簡単に見抜いた。
　そしてエバは同時に、言いようのない幸福感に包まれた。好きな人が自分のすることで喜んでくれる。これが嬉しくなくてなんだと言うのだろう。
　
「じゃあちょっと待っててね。今色々持ってくるから！」

　そんな溢れんばかりの喜びを胸に収めながら、エバがベッドから飛び降りた。そして最低限の衣服――下着とシャツを急いで身に着けると、そのまま二人の部屋から出ていった。兵は神速を尊ぶ。エバの一連の動きは、まさにそれであった。魔界軍師の二つ名は伊達ではない。
　美しい軍師が戻ってきたのは、それから数分後のことだった。大急ぎで方々回って来たらしく、その肌は健康的な汗でしっとり濡れていた。汗で透けた白いシャツが素肌に張り付き、中々に煽情的だった。
　
「お待たせ！　持ってきたよ！」

　そう言う彼女の両手には、中身が詰まってパンパンになった袋があった。男はまずその袋を、次にエバの顔を見た。
　愛するアルプの顔は期待と興奮と好奇心で上気し、輝いていた。
　
「それじゃあ、どれから使ってみる？　君が決めていいよ！」

　着せ替えプレイがしたい。それが男の提案だった。コスチュームプレイである。エバはそれを承諾し、こうして色々な服を集めてきたのだった。
　なお服集めに関しては、サルバリシオンの騎士団が総出で協力した。と言うより、どこからか話を聞きつけた団員達が、寄ってたかってエバに「こういうプレイはどうだろう」と自分の嗜好をおすすめしてきたのだ。騎士団の固い団結のもたらした、一つの奇跡である。
　もっとも、エバとしては手間も省けて喜ばしいことであったが、却って吟味に難儀したと言う贅沢な悩みも発生したのだが。
　
「どんなことでもしてみせるから、期待しててね♪」

　しかしそんな苦労は露ほども見せず、エバが想い人に向けて悪戯っぽくウインクする。直後、男の心臓が大きく飛び跳ねる。
　それは卑怯だ。エバの愛くるしい仕草に軽くノックアウトされつつも、男は最初に使う衣装を選びにかかった。
　
　
　
　
　数分後。袋の中身の物色を終えた男が、早速その中の一着をエバに差し出した。この時男はベッドの手前端に腰を降ろし、エバは彼の目の前に立っていた。男は横に座ればいいのにと言ったが、エバはすぐ着替えることになるだろうからこのままでいいと答え、今の形に落ち着いたのだ。
　閑話休題。
　
「これを着てほしいの？」

　差し出された服を興味津々に眺めながら、エバが男に尋ねる。男は快く頷き、さらにこれを着て演じてほしいキャラの説明もした。
　エバは彼の説明を熱心に聞いた。そして男の話が終わった後、エバはニコニコ顔で男に言った。
　
「面白そうだね。そういうことなら任せてよ」

　快諾である。男は素直に喜びを露わにし、エバもまた彼の喜ぶ姿を見て嬉しくなった。
　もっとこの人を悦ばせてあげたい。エバの中でやる気と犯る気が漲って来る。そしてエバはその溢れ出す力のままに体を動かし、男の差しだす衣装を手に取って彼に言った。
　
「じゃあ着替えるから、ちょっと後ろ向いてもらっていいかな？」

　どうなるかは実際に見てのお楽しみ。そんなエバの意向を、男は素直に受け入れた。それから男はベッドの上で座ったまま回れ右をし、やがて彼の背後で布の擦れる音が聞こえ始める。ついでにエバの鼻歌も聞こえてくる。
　彼女も彼女で、今回のプレイを楽しんでいるようだ。男としてはそれが一番嬉しかった。
　
「はい。もういいよ」

　エバの許可が下りる。待ってましたと言わんばかりに大急ぎで男が振り向くと、ベッドの前に天使が立っていた。
　
「えへへ、ちょっと恥ずかしいな……」

　そこにいたのは、純白のエプロンを身に着けたエバだった。ただし今回の場合、彼女は素肌の上から直接エプロンを着ていた。下着もシャツも脱ぎ捨て、ただそれだけを装備していた。
　裸エプロンという奴である。丈の短いエプロンは太腿の上側までしか隠せず、少しでも動けば股間が丸見えになりそうなほど際どいラインを保っていた。上半身に目をやれば、エバの持つ豊かな双丘によって胸元が膨らみ、更にそこから二つの突起が浮き上がっていた。そのエプロンは襟元までしっかり防護するタイプだったので谷間は見えなかったが、そんなもの些細な問題だ。
　当然エプロンなので前しか隠しておらず、背中はがら空きだった。と言うより既にこの時点で、エプロンで隠しきれない白い脇腹がチラチラと見え隠れしていた。形の良いヒップも同様で、その見えるか見えないかの微妙な所が、たまらなく男の劣情をかきたてた。
　途轍もなく卑猥である。ただ全裸の上から衣を一枚羽織っているだけなのに、首から上はいつものエバなのに。こうまで変わるものなのか。男は血眼になって変わり果てたエバを凝視した。
　
「ど、どうかな？　似合ってるかな……？」

　そんな男の熱視線に、当然エバも気がついていた。彼女は恥ずかしそうに頬を紅く染めながら、男に感想を求めてきた。大好きな女性が破廉恥な格好を惜しげもなく晒し、恥ずかしそうに体を揺らして答えを求める。
　興奮しない訳が無かった。鼻血がこみ上げてくるのを必死で抑えつつ、男は全力で首を縦に振った。そんな男の豪快な反応を見て、エバは楽しそうにクスクス笑った。
　
「そんなに嬉しい？　本当に？」

　本当、本当！　欲望の権化と化した男が力の限り答える。それを聞いたエバの顔がさらに明るく輝く。
　
「ふふっ、そこまで喜んでくれると、着替えた甲斐もあるってものだね」

　心から楽しそうにエバが言う。男も同様に幸せを噛み締めていた。
　そこにエバが提案する。
　
「それじゃあ早速、する？」

　本番開始の要請。男は即了承した。
　了解。予めその答えが来るのが分かっていたかのように、エバが間髪入れずに口を開く。そしてエバはその顔により深い笑みを刻み、蠱惑的な表情で男に言った。
　
「よろしくお願いね、旦那様♪」

　プレイの始まりである。