黒髪の呪縛
本日、天は快晴、風は凪。しかれど気温は心地よい涼しさ。
そぞろ歩きには持ってこいの陽気である。
こんな良い天気に家の中にいるのはもったいないと、長丸は銭を入れた小袋を懐に入れて長屋の外へ出た。
目の前の小道を抜けて大通りへと抜ける。
すると、長丸の目の前に城下町の賑わいが広がった。
八百屋にある笊の上にはみずみずしい野菜が並び、二八蕎麦からは出汁の匂い。
小物を扱う商いは呼び込みをし、大商いの店先で番頭に見送られながら機嫌よく客が去っていく。
街道の開き場所では、大道芸人が声をはって見栄をきりながら、持ち前の芸を披露していた。
いつも通りの光景ではあるが、今日の天気も相まって、妙にうきうきとした心持ちを見た者に与える光景であった。
「さーて、どこぞにいこうかね」
浮いた気分のままに、長丸は着物の襟元を指先で整えてから、あてどなく道を歩いていく。
街道に並ぶあれやこれやに視線をやりつつ、興味が引かれるものはないかと探索を続ける。
時折、道に立ち止まっている人ごみを避けるようにして、先へ先へと進んでいく。
道中では口上を失敗したガマの油売りで笑い、怪しげな坊主の辻説法に耳を傾け、町道場の中をこっそりと覗いた。
そうやって歩いていれば、小腹が空いてくる。
「お勧めをくんな」
「あいよ。鯵、お待ち」
見かけた手ごろな屋台にて、早寿司を摘む。
指についた米粒を舐め取りながら、長丸は屋台の店主に声をかける。
「なあ、おやっさん。ここ最近、あやかしが妙に多くなった気がしねえかい？」
「そうですかい。あっしはとんと気がつきませんで」
店主の言葉に、長丸は気のせいかと首をかしげる。
「次は煮穴子をくれ」
「あいよ。お待ち」
素早く出てきたそれを口の中に入れつつ、再度街道の人波をみやった。
すると、気のせいだとは断じることが出来ないほどに、あやかしの姿が目に入る。
大多数は伴侶らしき男性と連れ添っているが、中には一人で歩いているものもいた。
「なあ、やっぱり多くなってやしてねえか？」
「さて、あっしは客を選り好みしねえんで。そう言われてみれば、といった感じで」
「ふーん。まあ確かに、あやかしが多くなろうと、おれっちにも関係はねえか。しめ鯖くれ」
「あいよ。お待ち」
何であやかしの姿を気になったのか、長丸自身にも良くは分からず、しめ鯖の酸い味を楽しむことにした。
腹も膨れたので銭を払って屋台を後にし、またそぞろ歩きを再開する。
しかれど、長丸の目は商店や芸人に向かずに、人波の間をゆくあやかしに向けられていた。
獣の耳や尻尾のあるものや、元となった道具の一部を身体に持つものなど、気にしてみれば様々なあやかしが見かけられた。
「いったいなんだって、今日はこんなに気になるんだか……」
まるで探し人をしているみたいだと苦笑いし、まだまだ日は高いものの、長丸は長屋に引き返すことに決めた。
そんな帰り道の最中でも、どうしてか目はあやかしを追ってしまう。
いけないいけないと分かりつつも、何かに強いられているように止められないのだ。
なので、提灯が変じたあやかしに視線をやっていたとき、その旦那と思わしきお侍に見咎められ、肝を冷やしながら逃げ帰るなんて真似をする羽目になった。
「まったく、今日のおれっちはどうしたってだか……」
長屋に帰りつき、濡れ手拭いで草鞋を脱いだ足を拭く。
畳敷きの床に上がろうとして、服から何かがするりと落ちたのが目の端に入った。
「何かと思えば、長い毛じゃねーか」
畳の上にあったのは、長丸の伸長ほどもある、一本の長い毛であった。
指に摘んで持ち上げて見ると、濡れ烏色とはこのことといった、見事なまでに艶のある真っ黒な女性の毛。
「すれ違ったときにでも、服についたのかね」
指を振るって土間に投げ捨てようとするが、風の具合か畳の上に戻って落ちた。
二度三度とやってみても、結果は同じであった。
「仕方ねえ、丸めちまうか」
長い毛を指でつまみあげると、長丸は人差し指に巻きつけ始めた。
そして巻いて纏めた毛を、引っ張り抜こうとする。
「ん？……んんッ！？ 抜けねえ！？」
変な風に絡んだのか、指に巻いた毛が指の関節に食い込んで抜けなくなった。
いくら力任せに引っ張っても無理だった。
「こういうのは噛み千切れば――って、やたらと丈夫だな」
こうなれば、鋏で切るしかないと、家の中を探し回る。
「こういうときに限って、目当てのもんが見当たらねえんだよ」
日ごろ使わない鋏を諦め、他の刃物を探す。
だが目についたのは、食材を切る包丁だけだった。
「流石に、これで切ったら、おれっちの指まで切れそうだ」
そこまで無謀な真似をする長丸ではなかった。
仕方なしに、長屋の他の住民を尋ねてみるが、外出しているのか返事はなかった。
「こうなりゃ、店に買いに行くか」
太陽の傾き加減を見て、まだまだ店が閉まるような時分ではないと理解しつつも、早足に刃物屋へと向かう。
「いやー、悪ぃね。鋏は全部売れちまって、もうねえんですよ」
「鋏はあるかいって？ いつもなら、あたぼうよ、って言うところだが。今日は生憎、みな売れてね」
「三軒目だからって、在庫がないものはないんだ。もう店じまいするから、帰った帰った」
しかし、長丸が知る刃物屋の三軒が全て売り切れとなっていた。
値の高い物があるにはあったが、指に巻きついた髪を切るためだけに買うには、無用の長物の類であった。
こうなれば、もっと遠くの店に行こうとするが、時は夕暮れ――店じまいが始まる頃である。
今から向かったとすれば、到着する頃には確実に日が暮れてしまう。
「大人しく、家の中を探し回るとするか」
失意を感じつつも、長丸は夕暮れに染まる道を帰り始めるのだった。
帰り道の途中、入る道を間違えたのか、長丸は珍しく道に迷ってしまった。
「まったく、今日は厄日だ……」
もう日が落ちかけて薄暗くなり、街並みは日頃に見るのとは違った風景を見せ始めている。
帰り道の手がかりが消えないうちにと、長丸は急いで来た道を戻る。
しかし、それがかえって悪手だったようで、見知らぬ場所に出てしまい、完全に帰り道を見失う羽目になっていた。
「ちくしょう。意地張らずに、誰かに道を聞きゃよかったか……」
悔やんでも後の祭り。
完全に日が落ち、新月なのか月は空に見えない。
なので道を照らすものは、家々から漏れる行灯の光りのみ。
良い大人になって迷子になり、長丸は思わず項垂れた。
「くすくすくす……」
長丸の失態を見ていた人が居たのか、品の良い女性の笑い声が聞こえてくる。
笑われて少しだけカッとなった長丸は、怒りを含んだ目を声の先へ向けた。
「そのような怒りの眼で、見んでくんなまし」
視線の先に立っていたのは、目を見張るような美人だった。
白粉を塗ったかと思うほど白い肌なのに、頬は紅をうす塗りしたような赤さがあった。
細筆で一筆書きにされたような長い眉を持ち、小鼻はすっと通り、微笑む唇は紅く艶かしい。
どれほど長い髪を持っているのか、頭の上にある花魁結いの髷は大輪のような見事さ。
身を包む服と簪は、豪華絢爛とまではいかないものの、見るからに一級品。
この女性の無さそうに見える欠点を強いて上げるならば、妄執の気色が見える瞳が多少の品位を落としているぐらいであった。
「郭抜けか？」
どこぞの遊郭から抜け出た娼妓かといぶかしみつつ、長丸は災いが降りかかるまえに逃げようと考える。
「くすくす、ご心配に及びはありんせん。あんたさんをお待ち申してありんした」
「……おれっちを待っていただと？」
慣れない郭言葉を聞きつつ、長丸はさらに警戒の度合いを上げた。
すると、娼妓風の女性は長丸の手を指差す。
正確には、指に巻きついて離れない、黒くて長い艶やかな髪の毛を。
「あんたさんを街中で見初めて、恋に落ちんした。その髪は、あんたさんとうちを繋ぐ、いわば願掛けでありんした。そして見事に、願いはかなったでありんす」
「……この毛があんたのもんだってのは分かった。だがな、おれっちはその願掛けとやらのせいかしらんが、今日は散々な一日になったんだ！」
長丸に怒鳴られて、女性は悲しげに目を一度伏せる。
再び妄執の目を再び長丸へ向けると、ゆったりとした歩みで近づいてくる。
その異様な雰囲気に、長丸は逃げようとした。
だが、手が何かに引っ張られるような感じがして、その場から立ち去ることが出来ない。
どうしたことかとよくよく確かめると、長丸の指に巻きつく髪の毛が、近づく女性に引き寄せられているのだ。
不可思議な現象に驚愕する長丸の顔に、すんなりと近寄り終えた女性が手を触れる。
白魚のような白くて長い指は、劣情を引き起こす火種かのように熱い。
「くすくす。これであんたさんは、うちのものでありんす」
「て、てめえは、あやかしなのか――むぐっ」
寄せてきた顔に唇を吸われる。
女性はうっとりとした表情を浮かべながら、長丸の唇を性器であるかのように入念に口と舌で弄っていく。
そして、長丸の口の端から手指を入れて開かせると、赤々として艶かしく濡れた舌が口内を蹂躙しだした。
夜闇の中に、家屋から漏れ出る行灯の光に照らされる二人。
その合わさった口から、粘ついた音が小さく響き続ける。
「はふぅ――くすくす。毛娼妓の詩扇でありんす。以後、幾久しく、お願い申し上げりんす」
「ああ、よろしくたのむ」
口を合わせた衝撃からか、長丸はぼんやりとした思考のままで、あやかしの詩扇に返事をしてしまったのだった。
散々に迷って帰り着かなかった長屋に、詩扇を連れて歩くとすんなりと着くことが出来た。
「ここがあんたさんの家でありんすね」
「ああ、そうだ……」
仲睦まじい夫婦のように腕を絡ませあいながら、二人して長屋の一室に入っていく。
いまだにぼんやりとしている長丸を上がり框に座らせ、詩扇は嬉々とした様子で草鞋を脱がし、濡れ手拭いで拭いてやる。
そして、部屋の片隅に長丸を座らせると、片づけを行い、布団を敷いた。
二人が離れて時間が経ったからか、長丸の思考力が戻り始め、段々と瞳に力が入っていく。
「くすくすくす。あんたさん、用意が出来たでありんすよ？」
布団の上に座って着物を肌蹴させて、詩扇は長丸に笑いかける。
そして、長丸の意識が確りと戻った瞬間に、髪に刺さっていた簪を全て抜き髪を振り乱す。
「あ、ああ、あああ……」
空を舞う黒く艶やかな髪と香る匂いに、長丸は再び自失する。
それだけではなく、灯りに引き寄せられる虫のように、自ら詩扇の待つ布団へ這い寄っていく。
「くすくす、この髪が堪らないのでありんしょう」
自分から近づいて来た褒美を取らせるように、詩扇は長丸の顔を手で束ねた自身の髪で撫でやると、長丸は硬直してしまった。
それから毛先に頬をなでられる度に、内から溢れ出そうになるのを堪えるように、びくりびくりと背筋を振るわせる。
「くすくす、くすくす」
詩扇は長丸が何を堪えているのか分かっているようで、震える姿を愛しく見つめながら、頬だけでなく首筋や鎖骨付近も毛先で撫でやっていく。
それは、毛先が喉のくぼみから喉仏を通り、顎先にまで到達したときだった。
「あ、ああ、あああああ！」
びくびくと背筋だけではなく腰を震わせて、長丸は熱に浮いた声を上げる。
すると、男性のみが出すことの出来る汁の、栗の花や烏賊に似た匂いが香ってくる。
「くすくすくす。毛で撫でられただけで、果ててしまいよし」
毛で撫でることは止めずに、詩扇は反対の手を長丸の合わせから中に入れ、股間部へ触れる。
濡れた褌を軽く捲り、果てても硬いまま直立する一物に手を這わせ、軽くしごきやる。
「あ、あああ！」
「くすくす。これ以上、衣服を汚すのは駄目でありんすね」
出したばかりだというのに、再び果てそうな長丸に微笑み、詩扇は彼の衣服を片手で優しく脱がしていく。
素っ裸にし終えた長丸は布団の上に寝かされ、詩扇は肌蹴た服のままで彼の上に乗っかる。
「くすくすくす。遠慮なさらずに、髪を手にとってもようありんす」
「ああ、この、この髪が、おれっちを、おれっちを……」
自失とは言いがたい夢に浮かれたような姿で、長丸は詩扇の長い髪に指だけでなく手や腕も絡めていく。
髪を引っ張られれば痛いであろうに、詩扇は黒髪に巻かれる長丸の姿に恍惚とした表情を向けている。
「このご立派さまにも、髪を巻いて上げてありんしょう」
少し身体を動かして、詩扇は長丸の一物に髪を巻きつかせると、そのまま手で上下に扱きやり始めた。
「あ、あああ、あああおあ！」
「我慢せずに、出してよいのでありんすよ」
鈴口から漏れ出る透明で粘つく液が髪につくと、より艶かしい光沢が生まれる。
にちゃにちゃと手で扱かれる髪と一物が音を立て、それがより気持ちよさを増すのか、長丸の腰が浮き始めた。
「ああ、ああああ、おおおおああああ！」
下半身全体を震わせて、長丸が果てた。
一物からの白い汁は、勢いよく詩扇の顔横の髪にまで飛び、べっとりとした光沢をつける。
「くすくすくす。もっともっと、気持ちよくした上げるでありんす」
「ああ、あああああああ、あああああああ！」
白い汁を出した次から、さらに白い汁を吐き出しているのか、間欠泉のように鈴口から度々吹き上がる。
それは詩扇の顔と髪を汚していった。
吹き上がるのが止まると、詩扇の頭は粘液を被ったような有様になり、一物に巻きつけた髪の方はどろどろとした白い汁に埋もれていた。
「はあ、はあ、な、なんで、なんで……」
出すものを出したお蔭で、長丸は自失からもどってこれたようだ。
しかし、酷い快楽の所為で、起き上がることすら困難になっている。
「くすくすくす。まだまだ元気がありんすね」
長丸のいじらしい有様に笑みを浮かべ、詩扇は自分の乾いたままの部分の髪を十本ほど選んで持つ。
「な、なにを、なにをするつもりだ」
「さあ、なにをするのでありんしょうね？」
詩扇は笑いかけながら、摘んだ少量の髪を小さな三つ網にしていく。
何故そんな事をするのか分からない顔をする長丸に、詩扇は出来上がった髪を振って見せてやる。
「この束ねた髪をどうするか、お分かりになりんすか？」
「い、いや――お、おいまさか」
質問をしながら詩扇が手に取ったのは、出し切ってへたれた長丸の一物。
「くすくすくす。安心しんなまし。物凄く良いものでありんすよ」
先ずは鈴口の部分を念入りに舌先で解す。
そして片手の指で左右に開いて固定すると、細い三つ網の髪をその中に入れていく。
「あーあーあああーーーーー！」
尿道を髪の毛が通っていくと、長丸はまるで処女を散らした乙女のような声を上げ、逃げようとするように腰を左右に振る。
だが、いつの間にか全身に絡んでいた長い髪によって、その動きはくもの巣にかかった蝶よりも弱々しい。
「あああーーーーあああーーーー、おおおおおあああああああ！」
「くすくすくす。ここが良いところでありんすね」
尿道を押し入って奥へ入った髪が、長丸の堪えの効かない場所に到達したようである。
詩扇が軽くて指を上下させて束ねた髪を動かすと、長丸の腰が面白いように跳ね回る。
「おおおおああああ、おああおあおあああ！」
痛そうなほどに勃起した一物が震え、髪と尿道の間を通った白い汁が、どろどろと鈴口から漏れ出ていく。
それを指で救い上げると、詩扇は汁に濡れていなかった部分の髪に擦りつける。
「くすくすくす。まだまだ、奥に精の溜まり場の気配がしやんす」
「おおおおおおお、ああああああーーーーー！」
髪をもっと奥へと入れ込むと、長丸は大きく震えてからぐったりと身体を布団に投げ出した。
まるで犯しつくされた女のような姿に、詩扇はさらに笑みを強くする。
「さあ、あんたさんの精を作る源に、髪が入り込んだのでありんす。これから、ゆっくりと、直接に、吸い取ってやりんすよ」
「あーーーーーあーーーーーーあーーーーーー」
もうこれで済んだとばかりに詩扇が髪と一物から手を離しても、長丸の口からは自失した呻きと気持ち良さがない交ぜになった声が漏れ出る。
声を上げ続ける長丸の、気持ちよさと苦しさが合わさった表情を見ながら、詩扇は鈴口から定期的に零れる白い汁を救って髪にこすりつけていく。
「明日からは、もっと凄い髪の妙技と膣の妙技を、たっぷりと教えてあげんしょう」
「あーーーーあーーーーーーあーーーーーーー」
口から涎をたらしながら、次第に恍惚とした表情を浮かべ始める長丸に、詩扇は白い汁に濡れた前髪の置くから楽しげな視線を投げやったのだった。
そぞろ歩きには持ってこいの陽気である。
こんな良い天気に家の中にいるのはもったいないと、長丸は銭を入れた小袋を懐に入れて長屋の外へ出た。
目の前の小道を抜けて大通りへと抜ける。
すると、長丸の目の前に城下町の賑わいが広がった。
八百屋にある笊の上にはみずみずしい野菜が並び、二八蕎麦からは出汁の匂い。
小物を扱う商いは呼び込みをし、大商いの店先で番頭に見送られながら機嫌よく客が去っていく。
街道の開き場所では、大道芸人が声をはって見栄をきりながら、持ち前の芸を披露していた。
いつも通りの光景ではあるが、今日の天気も相まって、妙にうきうきとした心持ちを見た者に与える光景であった。
「さーて、どこぞにいこうかね」
浮いた気分のままに、長丸は着物の襟元を指先で整えてから、あてどなく道を歩いていく。
街道に並ぶあれやこれやに視線をやりつつ、興味が引かれるものはないかと探索を続ける。
時折、道に立ち止まっている人ごみを避けるようにして、先へ先へと進んでいく。
道中では口上を失敗したガマの油売りで笑い、怪しげな坊主の辻説法に耳を傾け、町道場の中をこっそりと覗いた。
そうやって歩いていれば、小腹が空いてくる。
「お勧めをくんな」
「あいよ。鯵、お待ち」
見かけた手ごろな屋台にて、早寿司を摘む。
指についた米粒を舐め取りながら、長丸は屋台の店主に声をかける。
「なあ、おやっさん。ここ最近、あやかしが妙に多くなった気がしねえかい？」
「そうですかい。あっしはとんと気がつきませんで」
店主の言葉に、長丸は気のせいかと首をかしげる。
「次は煮穴子をくれ」
「あいよ。お待ち」
素早く出てきたそれを口の中に入れつつ、再度街道の人波をみやった。
すると、気のせいだとは断じることが出来ないほどに、あやかしの姿が目に入る。
大多数は伴侶らしき男性と連れ添っているが、中には一人で歩いているものもいた。
「なあ、やっぱり多くなってやしてねえか？」
「さて、あっしは客を選り好みしねえんで。そう言われてみれば、といった感じで」
「ふーん。まあ確かに、あやかしが多くなろうと、おれっちにも関係はねえか。しめ鯖くれ」
「あいよ。お待ち」
何であやかしの姿を気になったのか、長丸自身にも良くは分からず、しめ鯖の酸い味を楽しむことにした。
腹も膨れたので銭を払って屋台を後にし、またそぞろ歩きを再開する。
しかれど、長丸の目は商店や芸人に向かずに、人波の間をゆくあやかしに向けられていた。
獣の耳や尻尾のあるものや、元となった道具の一部を身体に持つものなど、気にしてみれば様々なあやかしが見かけられた。
「いったいなんだって、今日はこんなに気になるんだか……」
まるで探し人をしているみたいだと苦笑いし、まだまだ日は高いものの、長丸は長屋に引き返すことに決めた。
そんな帰り道の最中でも、どうしてか目はあやかしを追ってしまう。
いけないいけないと分かりつつも、何かに強いられているように止められないのだ。
なので、提灯が変じたあやかしに視線をやっていたとき、その旦那と思わしきお侍に見咎められ、肝を冷やしながら逃げ帰るなんて真似をする羽目になった。
「まったく、今日のおれっちはどうしたってだか……」
長屋に帰りつき、濡れ手拭いで草鞋を脱いだ足を拭く。
畳敷きの床に上がろうとして、服から何かがするりと落ちたのが目の端に入った。
「何かと思えば、長い毛じゃねーか」
畳の上にあったのは、長丸の伸長ほどもある、一本の長い毛であった。
指に摘んで持ち上げて見ると、濡れ烏色とはこのことといった、見事なまでに艶のある真っ黒な女性の毛。
「すれ違ったときにでも、服についたのかね」
指を振るって土間に投げ捨てようとするが、風の具合か畳の上に戻って落ちた。
二度三度とやってみても、結果は同じであった。
「仕方ねえ、丸めちまうか」
長い毛を指でつまみあげると、長丸は人差し指に巻きつけ始めた。
そして巻いて纏めた毛を、引っ張り抜こうとする。
「ん？……んんッ！？ 抜けねえ！？」
変な風に絡んだのか、指に巻いた毛が指の関節に食い込んで抜けなくなった。
いくら力任せに引っ張っても無理だった。
「こういうのは噛み千切れば――って、やたらと丈夫だな」
こうなれば、鋏で切るしかないと、家の中を探し回る。
「こういうときに限って、目当てのもんが見当たらねえんだよ」
日ごろ使わない鋏を諦め、他の刃物を探す。
だが目についたのは、食材を切る包丁だけだった。
「流石に、これで切ったら、おれっちの指まで切れそうだ」
そこまで無謀な真似をする長丸ではなかった。
仕方なしに、長屋の他の住民を尋ねてみるが、外出しているのか返事はなかった。
「こうなりゃ、店に買いに行くか」
太陽の傾き加減を見て、まだまだ店が閉まるような時分ではないと理解しつつも、早足に刃物屋へと向かう。
「いやー、悪ぃね。鋏は全部売れちまって、もうねえんですよ」
「鋏はあるかいって？ いつもなら、あたぼうよ、って言うところだが。今日は生憎、みな売れてね」
「三軒目だからって、在庫がないものはないんだ。もう店じまいするから、帰った帰った」
しかし、長丸が知る刃物屋の三軒が全て売り切れとなっていた。
値の高い物があるにはあったが、指に巻きついた髪を切るためだけに買うには、無用の長物の類であった。
こうなれば、もっと遠くの店に行こうとするが、時は夕暮れ――店じまいが始まる頃である。
今から向かったとすれば、到着する頃には確実に日が暮れてしまう。
「大人しく、家の中を探し回るとするか」
失意を感じつつも、長丸は夕暮れに染まる道を帰り始めるのだった。
帰り道の途中、入る道を間違えたのか、長丸は珍しく道に迷ってしまった。
「まったく、今日は厄日だ……」
もう日が落ちかけて薄暗くなり、街並みは日頃に見るのとは違った風景を見せ始めている。
帰り道の手がかりが消えないうちにと、長丸は急いで来た道を戻る。
しかし、それがかえって悪手だったようで、見知らぬ場所に出てしまい、完全に帰り道を見失う羽目になっていた。
「ちくしょう。意地張らずに、誰かに道を聞きゃよかったか……」
悔やんでも後の祭り。
完全に日が落ち、新月なのか月は空に見えない。
なので道を照らすものは、家々から漏れる行灯の光りのみ。
良い大人になって迷子になり、長丸は思わず項垂れた。
「くすくすくす……」
長丸の失態を見ていた人が居たのか、品の良い女性の笑い声が聞こえてくる。
笑われて少しだけカッとなった長丸は、怒りを含んだ目を声の先へ向けた。
「そのような怒りの眼で、見んでくんなまし」
視線の先に立っていたのは、目を見張るような美人だった。
白粉を塗ったかと思うほど白い肌なのに、頬は紅をうす塗りしたような赤さがあった。
細筆で一筆書きにされたような長い眉を持ち、小鼻はすっと通り、微笑む唇は紅く艶かしい。
どれほど長い髪を持っているのか、頭の上にある花魁結いの髷は大輪のような見事さ。
身を包む服と簪は、豪華絢爛とまではいかないものの、見るからに一級品。
この女性の無さそうに見える欠点を強いて上げるならば、妄執の気色が見える瞳が多少の品位を落としているぐらいであった。
「郭抜けか？」
どこぞの遊郭から抜け出た娼妓かといぶかしみつつ、長丸は災いが降りかかるまえに逃げようと考える。
「くすくす、ご心配に及びはありんせん。あんたさんをお待ち申してありんした」
「……おれっちを待っていただと？」
慣れない郭言葉を聞きつつ、長丸はさらに警戒の度合いを上げた。
すると、娼妓風の女性は長丸の手を指差す。
正確には、指に巻きついて離れない、黒くて長い艶やかな髪の毛を。
「あんたさんを街中で見初めて、恋に落ちんした。その髪は、あんたさんとうちを繋ぐ、いわば願掛けでありんした。そして見事に、願いはかなったでありんす」
「……この毛があんたのもんだってのは分かった。だがな、おれっちはその願掛けとやらのせいかしらんが、今日は散々な一日になったんだ！」
長丸に怒鳴られて、女性は悲しげに目を一度伏せる。
再び妄執の目を再び長丸へ向けると、ゆったりとした歩みで近づいてくる。
その異様な雰囲気に、長丸は逃げようとした。
だが、手が何かに引っ張られるような感じがして、その場から立ち去ることが出来ない。
どうしたことかとよくよく確かめると、長丸の指に巻きつく髪の毛が、近づく女性に引き寄せられているのだ。
不可思議な現象に驚愕する長丸の顔に、すんなりと近寄り終えた女性が手を触れる。
白魚のような白くて長い指は、劣情を引き起こす火種かのように熱い。
「くすくす。これであんたさんは、うちのものでありんす」
「て、てめえは、あやかしなのか――むぐっ」
寄せてきた顔に唇を吸われる。
女性はうっとりとした表情を浮かべながら、長丸の唇を性器であるかのように入念に口と舌で弄っていく。
そして、長丸の口の端から手指を入れて開かせると、赤々として艶かしく濡れた舌が口内を蹂躙しだした。
夜闇の中に、家屋から漏れ出る行灯の光に照らされる二人。
その合わさった口から、粘ついた音が小さく響き続ける。
「はふぅ――くすくす。毛娼妓の詩扇でありんす。以後、幾久しく、お願い申し上げりんす」
「ああ、よろしくたのむ」
口を合わせた衝撃からか、長丸はぼんやりとした思考のままで、あやかしの詩扇に返事をしてしまったのだった。
散々に迷って帰り着かなかった長屋に、詩扇を連れて歩くとすんなりと着くことが出来た。
「ここがあんたさんの家でありんすね」
「ああ、そうだ……」
仲睦まじい夫婦のように腕を絡ませあいながら、二人して長屋の一室に入っていく。
いまだにぼんやりとしている長丸を上がり框に座らせ、詩扇は嬉々とした様子で草鞋を脱がし、濡れ手拭いで拭いてやる。
そして、部屋の片隅に長丸を座らせると、片づけを行い、布団を敷いた。
二人が離れて時間が経ったからか、長丸の思考力が戻り始め、段々と瞳に力が入っていく。
「くすくすくす。あんたさん、用意が出来たでありんすよ？」
布団の上に座って着物を肌蹴させて、詩扇は長丸に笑いかける。
そして、長丸の意識が確りと戻った瞬間に、髪に刺さっていた簪を全て抜き髪を振り乱す。
「あ、ああ、あああ……」
空を舞う黒く艶やかな髪と香る匂いに、長丸は再び自失する。
それだけではなく、灯りに引き寄せられる虫のように、自ら詩扇の待つ布団へ這い寄っていく。
「くすくす、この髪が堪らないのでありんしょう」
自分から近づいて来た褒美を取らせるように、詩扇は長丸の顔を手で束ねた自身の髪で撫でやると、長丸は硬直してしまった。
それから毛先に頬をなでられる度に、内から溢れ出そうになるのを堪えるように、びくりびくりと背筋を振るわせる。
「くすくす、くすくす」
詩扇は長丸が何を堪えているのか分かっているようで、震える姿を愛しく見つめながら、頬だけでなく首筋や鎖骨付近も毛先で撫でやっていく。
それは、毛先が喉のくぼみから喉仏を通り、顎先にまで到達したときだった。
「あ、ああ、あああああ！」
びくびくと背筋だけではなく腰を震わせて、長丸は熱に浮いた声を上げる。
すると、男性のみが出すことの出来る汁の、栗の花や烏賊に似た匂いが香ってくる。
「くすくすくす。毛で撫でられただけで、果ててしまいよし」
毛で撫でることは止めずに、詩扇は反対の手を長丸の合わせから中に入れ、股間部へ触れる。
濡れた褌を軽く捲り、果てても硬いまま直立する一物に手を這わせ、軽くしごきやる。
「あ、あああ！」
「くすくす。これ以上、衣服を汚すのは駄目でありんすね」
出したばかりだというのに、再び果てそうな長丸に微笑み、詩扇は彼の衣服を片手で優しく脱がしていく。
素っ裸にし終えた長丸は布団の上に寝かされ、詩扇は肌蹴た服のままで彼の上に乗っかる。
「くすくすくす。遠慮なさらずに、髪を手にとってもようありんす」
「ああ、この、この髪が、おれっちを、おれっちを……」
自失とは言いがたい夢に浮かれたような姿で、長丸は詩扇の長い髪に指だけでなく手や腕も絡めていく。
髪を引っ張られれば痛いであろうに、詩扇は黒髪に巻かれる長丸の姿に恍惚とした表情を向けている。
「このご立派さまにも、髪を巻いて上げてありんしょう」
少し身体を動かして、詩扇は長丸の一物に髪を巻きつかせると、そのまま手で上下に扱きやり始めた。
「あ、あああ、あああおあ！」
「我慢せずに、出してよいのでありんすよ」
鈴口から漏れ出る透明で粘つく液が髪につくと、より艶かしい光沢が生まれる。
にちゃにちゃと手で扱かれる髪と一物が音を立て、それがより気持ちよさを増すのか、長丸の腰が浮き始めた。
「ああ、ああああ、おおおおああああ！」
下半身全体を震わせて、長丸が果てた。
一物からの白い汁は、勢いよく詩扇の顔横の髪にまで飛び、べっとりとした光沢をつける。
「くすくすくす。もっともっと、気持ちよくした上げるでありんす」
「ああ、あああああああ、あああああああ！」
白い汁を出した次から、さらに白い汁を吐き出しているのか、間欠泉のように鈴口から度々吹き上がる。
それは詩扇の顔と髪を汚していった。
吹き上がるのが止まると、詩扇の頭は粘液を被ったような有様になり、一物に巻きつけた髪の方はどろどろとした白い汁に埋もれていた。
「はあ、はあ、な、なんで、なんで……」
出すものを出したお蔭で、長丸は自失からもどってこれたようだ。
しかし、酷い快楽の所為で、起き上がることすら困難になっている。
「くすくすくす。まだまだ元気がありんすね」
長丸のいじらしい有様に笑みを浮かべ、詩扇は自分の乾いたままの部分の髪を十本ほど選んで持つ。
「な、なにを、なにをするつもりだ」
「さあ、なにをするのでありんしょうね？」
詩扇は笑いかけながら、摘んだ少量の髪を小さな三つ網にしていく。
何故そんな事をするのか分からない顔をする長丸に、詩扇は出来上がった髪を振って見せてやる。
「この束ねた髪をどうするか、お分かりになりんすか？」
「い、いや――お、おいまさか」
質問をしながら詩扇が手に取ったのは、出し切ってへたれた長丸の一物。
「くすくすくす。安心しんなまし。物凄く良いものでありんすよ」
先ずは鈴口の部分を念入りに舌先で解す。
そして片手の指で左右に開いて固定すると、細い三つ網の髪をその中に入れていく。
「あーあーあああーーーーー！」
尿道を髪の毛が通っていくと、長丸はまるで処女を散らした乙女のような声を上げ、逃げようとするように腰を左右に振る。
だが、いつの間にか全身に絡んでいた長い髪によって、その動きはくもの巣にかかった蝶よりも弱々しい。
「あああーーーーあああーーーー、おおおおおあああああああ！」
「くすくすくす。ここが良いところでありんすね」
尿道を押し入って奥へ入った髪が、長丸の堪えの効かない場所に到達したようである。
詩扇が軽くて指を上下させて束ねた髪を動かすと、長丸の腰が面白いように跳ね回る。
「おおおおああああ、おああおあおあああ！」
痛そうなほどに勃起した一物が震え、髪と尿道の間を通った白い汁が、どろどろと鈴口から漏れ出ていく。
それを指で救い上げると、詩扇は汁に濡れていなかった部分の髪に擦りつける。
「くすくすくす。まだまだ、奥に精の溜まり場の気配がしやんす」
「おおおおおおお、ああああああーーーーー！」
髪をもっと奥へと入れ込むと、長丸は大きく震えてからぐったりと身体を布団に投げ出した。
まるで犯しつくされた女のような姿に、詩扇はさらに笑みを強くする。
「さあ、あんたさんの精を作る源に、髪が入り込んだのでありんす。これから、ゆっくりと、直接に、吸い取ってやりんすよ」
「あーーーーーあーーーーーーあーーーーーー」
もうこれで済んだとばかりに詩扇が髪と一物から手を離しても、長丸の口からは自失した呻きと気持ち良さがない交ぜになった声が漏れ出る。
声を上げ続ける長丸の、気持ちよさと苦しさが合わさった表情を見ながら、詩扇は鈴口から定期的に零れる白い汁を救って髪にこすりつけていく。
「明日からは、もっと凄い髪の妙技と膣の妙技を、たっぷりと教えてあげんしょう」
「あーーーーあーーーーーーあーーーーーーー」
口から涎をたらしながら、次第に恍惚とした表情を浮かべ始める長丸に、詩扇は白い汁に濡れた前髪の置くから楽しげな視線を投げやったのだった。
15/06/26 23:10更新 / 中文字