読切小説
[TOP]
狂った太陽の下で
 俺は、狂った太陽の下で快楽に溺れていた。俺と少年以外にはいない海岸で、俺は少年を後ろから貫いている。俺達に突き立てられる太陽の光が、俺の加虐心を掻き立てる。
 俺は、笑いを抑える事が出来ない。俺は、美しく無力な者を犯しているのだ。犬の様に這い蹲らせて、尻を犯しているのだ。凶暴なまでに輝いている太陽の下で、俺は快楽に溺れていた。

 俺が少年と出会ったのは、市場のはずれだ。そこに小さな広場があり、少年は踊っていた。
 いや、正確に言うと、踊り子に蹂躙されていた。犬の様に這い蹲る少年の背の上で、踊り子が踊っていたのだ。
 褐色の肌の踊り子が、体にオイルを塗りつけて踊っていた。胸と下腹部をかろうじて隠した衣装をまとい、さらけ出した肌をぬめり光らせている。盛んに足踏みをして、飛び上がりながら踊る。
 踊り子の下で這い蹲る少年は、腰布を身に着けただけの姿だ。日に焼けた肌はオイルで光り、金色の髪が太陽の光で輝いている。少年は犬の様に舌を出してあえいでいる。
 俺は、踊り子よりも少年の方を注視した。美しいといって良い少年だ。繊細なつくりの顔は整っており、身体つきは小柄で細い。少年と言うよりは少女と言いたくなる姿だ。髪は金色で、瞳は薄い青色だ。肌は日に焼けているが、元は白いのかもしれない。北の大陸から移住してきた者だろう。もしかしたら奴隷として売り飛ばされて来たのかもしれない。
 少年は、踊り子に踏みつけられるたびに濁った呻き声を上げる。犬のように喘ぎながら、苦痛を露わにした表情となる。美しい少年であるだけに、その様は無残だ。
 踊り子は、少年が呻き声を上げるたびに軽やかに笑う。整った顔を輝かせながら笑い、残忍な足さばきで踏みつける。
 俺は、この被虐と加虐の踊りを見つめ続けた。強い日差しの中で、この倒錯的な踊りは強い官能を感じる。俺の男根は怒張しそうになる。
 俺の目の前から、他の者の姿が見えなくなった。ざわめきも聞こえなくなる。ただ、静寂の世界の中で、少年と踊り子、そして突き刺す白い陽光が見える。光に満ちた静寂の世界で、少年の呻き声と踊り子の笑い声だけが聞こえる。
 気が付くと、踊りは終わっていた。世界にざわめきが蘇り、猥雑なまでの人々の姿が見える。
 俺は頭を振った。強い日差しで頭をやられてしまったような気がする。俺は、意識をはっきりさせようとする。
 はっきりしていることが一つある。俺は欲情しているのだ。

 観客達は、踊りを終えた少年達に硬貨を投げていた。踊り子は、自分の体を見せつける様にくねらせながら、観客に向かって礼をしている。少年は、犬の様に這い蹲りながら硬貨を拾い集めている。
 硬貨を投げるのが一通り終わると、俺は少年に向かって歩き始めた。踊り子は、俺が向ってくるのを見て微笑みかける。踊り子は、俺が彼女を買う事を期待しているのだ。
 目の前の踊り子と少年は人間だ。だったら、踊りだけでは生活は出来ないだろう。この国は、魔物娘を受け入れている国だ。サキュバスの妖艶な踊りを楽しむ事が出来る。それに、東の国から来たアプサラスの踊りも楽しむ事が出来る。エロス神の踊り子であるアプサラスの踊りは、サキュバスの踊りを凌ぐ淫猥さだ。人間の踊り子では、彼女達に太刀打ち出来ない。
 人間の踊り子の本職は娼婦だ。自分の体を見せびらかして、客を誘うのだ。体を売る点において、人間の踊り子は魔物娘の踊り子に勝っている。
 大抵の魔物娘は、自分の伴侶としか体を交えようとしない。伴侶のいる魔物娘の踊り子は、決して自分の体を売らない。伴侶のいない魔物娘の踊り子ならば、拍子抜けするほど容易く体を貪る事が出来る。ただし、彼女と一生添い遂げる事を強要される羽目となる。
 もし、その場限りの快楽を味わいたければ、人間の娼婦を買うのが良い。人間の踊り子達は、金で体を売ってくれるのだ。下手に値段を値切ったり、彼女達に付きまとったりしなければ、面倒な事にはならない。
 目の前の踊り子は、俺が彼女を買う事を待っていた。美人と言ってよい顔に微笑みを浮かべ、豊かな胸を強調する格好をする。だが俺は、這い蹲っている少年の方を見た。お前をいくらで買えるのだと、尋ねる。
 少年は、俺を見上げる。彼は心得顔で微笑み、値段を言った。この国では、男を買う事も珍しくはない。古代には男同士の関係が認められ、その伝統を俺の国は引き継いでいる。主神教団は同性愛に強く反発するが、この国では主神教団は一勢力に過ぎない。
 少年の言った額は、少年の美貌からすれば高いものではない。俺は、少年を買う事に決めた。すぐにその場から連れ出す。
 踊り子は、俺を不満げに見ていた。だが、別の客が近づいてくると、そちらに向き直って淫猥な笑みを浮かべる。
 俺は、官能を刺激する日の光の下で、踏みしだかれていた少年の手を引いていた。

 俺達は、海岸に向かっていた。俺達のいる所は港町であり、容易く海岸に出る事が出来る。そこで少年の体を貪る事にしたのだ。少年は、部屋を用意してあると言っていた。だが俺は、太陽の下で交わりたいのだ。少年は、素直に従った。様々な客の要望に応えてきて、慣れているのだろう。
 俺は、歩きながら少年を見る。俺の胸の所までしか背が無く、なで肩が目立つ華奢な体だ。少年の細面は、化粧をすれば美少女として十分通じる。男とは思えぬほど長いまつげが、少年の中性的な顔に似合っている。
 ふと俺は、「太陽王」と自称した昔の王の事が思い浮かんだ。その王は、五十年も昔にこの国にいた少年王だ。古代の暴君にあこがれ、血と快楽に溺れた少年だ。王は美少女の様な容姿を持ち、女装して体を売っていたそうだ。
 俺は、従順に俺に手を引かれている少年を見る。かの太陽王は、この少年の様な者ではなかっただろうか?太陽王もこの少年も、男にして女たる者ではないのか?性の境界を踏み越える存在ではないのか?
 海岸の一角に、白い岩に囲まれた所がある。そこには誰もいない。俺は、その場所へと少年を連れていく。俺の男根は怒張しかけており、すぐにでも少年を嬲りたい。
 俺は、少年の腰布をはぎ取った。日に焼けていない下腹部が露わとなる。思った通り、少年の肌は、元は白かったのだ。白皙の肌の中に、金色の陰毛に覆われた男根がある。小ぶりな男根は反り返っており、俺に犯される事への期待で震えている。
 俺は、チュニックを脱ぎ捨てた。俺の男根は、すでに恥ずかしげもなく勃起し、太陽を向いて反り返っている。俺は、ひざまずいて奉仕する事を少年に命令する。
 少年は、従順な態度でひざまずく。そして恭しい態度で、俺の男根に奉仕を始めた。俺は、呻き声を抑える事が出来ない。少年は、巧みに口と舌で俺に奉仕する。男根のどこが快楽を味わいやすく、どのように技巧を用いれば喜ぶか知っているのだ。少年の手も、休みなく俺に奉仕をする。
 俺はこらえる事無く、少年の口に精を放った。俺の欲望の塊を、少年の喉奥へと流し込む。少年は、ためらう事無く精を飲み込んでいく。細い首筋を震わせ、喉を鳴らしながら飲み込んでいく。
 飲み終わると、犬の様に従順な表情で俺を見上げる。そして再び、俺の男根に奉仕を始めた。
 俺の男根は、すぐさま回復した。少年の奉仕が巧みなせいでもあるが、少年の姿に興奮したのだ。支配され、蹂躙され、奉仕する事に慣れきった少年の姿に欲情したのだ。
 俺は、少年の口から男根を引き抜く。少年を押し倒し、四つん這いにさせる。少年を犬の様に這い蹲らせ、尻を上げさせる。少年の腰をつかみ、男根で尻を嬲る。
 少年の体は、少女に比べると引き締まっている。女の体の様なだらしのなさが無い。それでいて少年の体は、武骨な所が無い。繊細で優雅さを感じさせるものだ。その体が、オイルで濡れて官能的な光を放っている。
 俺は、少年に渡された容器を手に取る。容器の中には、オイルが入っている。俺は、男根にオイルを塗りつけた。そして少年の穴の中へと押し入れる。
 少年は、俺に貫かれると犬の様に鳴き始めた。舌を出してあえぎ声を上げながら、悲しげな鳴き声を上げる。だが、よく聞くと、その鳴き声には歓喜の声が混じっている。少年は、被虐の喜びに鳴いているのだ。
 俺は空を見上げた。雲一つない蒼穹を見上げながら、凌辱の快楽に溺れている。蒼穹は白い陽光と交差し、俺の目をくらます。俺は、顔を下げて海を見渡す。海は、蒼穹同様に俺の目をくらます。日の光に白く輝く岩と共に、俺の目を幻惑する。
 俺はこの青と白の世界で、二人だけしかいない気がしてきた。支配する者と支配される者、凌辱する者と凌辱される者。俺は笑う。俺は支配する者であり、凌辱する者だ。這い蹲り、犯され、被虐の喜びに震える奴隷を支配する者だ。強者として弱者を蹂躙する者だ。俺は、哄笑を上げながら犯し続ける。
 俺は、這い蹲る犬の中に精を放った。奥へ突き入れながら、欲望の塊を撃ち続ける。鳴き声を上げながら震える被虐の者を、暴力のはけ口とする。狂った輝きで俺を突き刺す太陽の光を浴びながら、俺は加虐の喜び、官能の渦に陶酔する。俺の目の前の世界は、白い光に覆われていく。
 俺は、音の無い白い世界の中で再確認する。これが俺の望む事なのだ。俺は、暴力をふるう事を望んでいるのだ。俺は、加虐の喜びに陶酔したいのだ。支配し、蹂躙し、凌辱し、破壊したいのだ。この生と死の交差する白い世界に溺れたいのだ。
 俺は、ゆっくりと元の世界に戻ってきた。目の前に青い海が広がっている。波の音がゆっくりと、絶え間なく聞こえる。目を下に向けると、突っ伏した少年の弱々しい背が見える。
 俺は、少年の中から男根を引き抜いた。汚れを少年の尻に擦り付けると、手早く服を着る。そして、苦痛と快楽のはざまで朦朧としている少年の顔に、硬貨を叩きつけた。

 俺は、それをきっかけにその少年を買うようになった。少年は、その広場で踊りの踏み台となり、体を売っている。見つけ出す事は容易い事だ。そして俺は兵士であり、一般人よりは金がある。
 少年の名はミハイルと言う。元は北の大陸で暮らしていたが、戦の際に奴隷にされたそうだ。その挙句、俺の住む島国へ売られてきたそうだ。買った男は成り上がりの商人で、変態の中年男らしい。その男に、散々嬲りものにされたらしい。
 三年ほどその男の所にいた後、ミハイルは解放された。俺の国の有力者の一人であるサキュバスが、強引に買い取ったのだ。買い取った後で、サキュバスはミハイルを解放した。そして仕事を紹介したが、ミハイルは男娼になる事を望んだ。
 俺は、ミハイルにのめり込んだ。この奴隷根性が染みついている犬を、凌辱する快感に溺れたのだ。俺は、非番の日にはミハイルのいる広場に行き、ミハイルを買う。例の海岸に連れ出し、太陽の下で蹂躙した。
 俺は主人で、ミハイルは奴隷だ。ミハイルは、俺に凌辱されるために存在する犬だ。俺は、加虐の快感に陶酔する。これこそが、俺の存在する理由なのだ。主人として、凌辱者として、奴隷を嬲る。それこそが俺の幸福だ。
 俺は兵士だ。力で敵を倒し、服従させる。服従しない者は殺す。それが俺の仕事だ。暴力の快楽こそが、兵士の仕事の根源にあるものだ。「愛国心」だの「人々を守る」だの、下らない事は俺の前で言わないでくれ。暴力の快楽こそが人間の根源にあるものであり、暴力をふるう事が兵士の存在意義なのだ。

 俺は、元々は漁師だった。漁村で生まれ育ち、幼いころから漁について叩き込まれてきた。粗暴さと狡猾さを併せ持つ漁師達に、虐げられながら生きてきた。
 漁師の仕事と生活は、危険と隣り合わせだ。海とは悪意に満ちた物であり、漁師はいつ死んでもおかしくはない。その為に、漁師は粗暴な者が多い。弱者を虐げる事が当たり前の世界だ。その荒れた生活の中で、漁師は粗暴さと共に狡猾さ、卑しさ、卑屈さを身に付ける。俺のように頭が悪く不器用な者は、連中の格好の標的であるわけだ。
 俺は、虐げられる毎日の中で、同じ漁村の者を殺す事を考えた。さもなくば自殺するしかないと考えた。俺は、漁師どもを殺す準備を始めた。
 だが、そのころ兵士の募集が始まった。隣国との戦争が始まったのだ。俺の住んでいた漁村にも募集の役人が来た。
 俺は、戦争に賭けてみる事にした。こんな糞以下の漁村で生き続けるくらいなら、兵士として死の世界へ飛び込んだ方が良いと考えたのだ。
 村の連中は、俺が兵士になる事を知り嘲り笑った。俺の家族は怒り狂った。だが、俺にとっては構わない事だ。こんな漁村からは、すぐにでも出たかった。
 兵士としての生活も、暴力に満ちていた。激しい訓練が暴力と共に叩き付けられた。訓練中に反吐を吐いた事は、一度や二度では無い。しかも訓練が終われば、古参兵によるいじめが待っている。古参兵は、暴力を叩きつけながら様々な用事を押し付けてきた。しかもわざと失敗するように仕組んでいるのだ。失敗すれば、吐く物が無くなっても殴られ続ける。
 俺は、兵士としての生活の中で、古参兵を殺す事を考え始めた。漁師を殺す事から古参兵を殺す事へと変わったのだ。そんな事をすれば死刑になる。それ以前に古参兵どもに殺される。だが、それでも俺は我慢出来なくなっていた。
 幸か不幸か、古参兵を殺す前に俺は戦場へ投入された。船に乗せられて、敵との戦いに投入されたのだ。俺はガレー船の櫂を漕ぎ、敵との戦闘が始まれば槍を手に敵の船に乗り込むのだ。俺は、敵との死闘のさなかに覚醒した。
 敵の船に衝角が突き刺さり、衝撃で倒れる者が続出する。辺りには、敵と味方の火矢が飛び交い、すぐそばに弩の弓が刺さって木端が散る。火矢により炎と煙が上がり、むせ返る様な臭いがする。
 俺は、古参兵に尻を蹴り上げられながら、敵の船に飛び移った。俺は、恐怖のあまり小便を漏らしていた。俺は、敵に向かって滅茶苦茶に槍を突き出す。その槍が、偶然に一人の兵に突き刺さった。
 俺は、その時の感触を覚えている。俺の目の前で、敵兵がもだえ苦しんでいる。俺は、繰り返し突き刺す。何度も感触を味わう。やがて敵兵は動かなくなる。血と臓物を垂れ流す肉の塊となる。
 気が付くと、俺は勃起していた。戦う事、人を殺す事で、俺は快楽を味わっていたのだ。そして俺は気が付いた。殺す者は強者で、殺される者は弱者だ。俺は、敵を殺す事で強者になったのだ。俺は、俺の世界は変わったのだ。

 俺は、その後は自分から戦場の中へ飛び込んでいった。生と死が交差し、自分の命を溝にさらし、敵の生命を奪い取る。その戦場に、俺は生きる原動力を、生きる意味を見出したのだ。
 闘争と暴力は、俺に快楽を与えてくれる。その快楽は、俺の惨めな人生を吹き払い、俺を根底から変え、俺を天上へと押し上げてくれるものなのだ。この快楽さえあれば、俺は生きていける。この快楽を得られないのならば、死んだ方がましだ。
 戦う事こそ人生の目的だ。戦う事は、人生に意味を与えてくれる。戦う事こそが、世界の真実なのだ。
 少し考えれば分かる事だったのだ。俺は、漁師として戦いの最中にいた。人間に悪意をむき出しにする海、そして自然と戦ってきた。他の漁師を虐げ、自分の利益を得ようとする漁師と戦ってきた。俺は戦ってはいたが、同時に逃げていた。だから、戦いから快楽を得る事が出来なかった。戦いこそが人生の真実、世界の真実だと分からなかったのだ。
 俺は遅まきながら、自分の間違いに気が付いた。俺は、自分の過ちを正すために、戦いのさなかに自分から飛び込んでいった。敵と自分の血で体を染めて、快楽を味わったのだ。
 俺の変化に対して、他の兵士はいくつかの反応をした。ある者達は、俺の事を気味悪そうに見た。いかれていると言う奴もいた。ある者達は、馬鹿にした顔で笑っていた。あいつはもうすぐ死ぬと、聞こえよがしに楽しげに言っていた。
 それがどうした?もうすぐ死ぬから何だと言うのだ?俺は、戦いの最中に死にたい。快楽の渦の中で死にたい。人生と世界の中で最も価値あるものである、戦いの中で死にたい。
 兵士の中には、俺の事を分かっている者もいた。ある歴戦の兵士は、俺の肩を叩いてこう言った。
「お前は生まれ変わった。お前は戦いの意味を知った。兵士、そして人間のなすべき事を知ったのだ。お前は本物の兵士になった」
 そうだ、俺は生まれ変わったのだ。俺は戦う者、本当の意味での兵士となったのだ。力への意思を持つ、本当の意味で生きている者となったのだ。
 戦争は俺達の勝利に終わり、俺達は凱旋した。俺は、自国の王都を足音高く行軍した。俺は、戦いに出る事の無かった愚民どもを睥睨した。奴らは、人生の意味を、世界の真実を知らない屑どもだ。戦う事の尊さを知らない弱者どもだ。奴らに生きる資格は無い。
 俺は、軍の仕事で生まれ育った村に一度行った事がある。俺の姿を見て、奴らは馬鹿にして笑った。そのうちの一人は、俺をからかうために俺の体をつかもうとした。
 俺は、何も言わずそいつを槍で刺した。腹へ致命傷を与えた。繰り返し殺し合いをしてきた俺には簡単な事だ。そいつは、腹から血と臓物を吹き出させて絶叫する。俺は、わざと胸では無く腹を刺した。腹の傷は致命傷でも、時間をかけて苦しみながら死ぬ事となる。
 すぐさま漁師達は、銛やこん棒を持って俺に襲い掛かろうとした。だが、俺を殺す事は出来ない。俺は軍の仕事で来ているのであり、軍も俺と共にいた。兵士達は、剣や槍、弓を漁師どもに向ける。漁師どもは、脂汗を流しながら動けなくなる。
 俺の漁師殺しは、兵士に対する侮辱への懲罰として、軍から正当な行為と見なされた。俺は、他の兵士と共に、槍を振りかざして漁村を闊歩した。漁師どもは、卑屈さ、厭らしさ、そして怯えの混ざった顔をしていた。奴らは、後日に俺の家族へ報復するかもしれない。だが、そんな事は俺にはどうでもいい。
 俺は、生きる価値のない奴を殺したのだ。塵以下の人間もどきのくせして、生まれ変わった俺を馬鹿にしたのだ。奴は、万死に値する。この村の連中も、生きる価値のない連中だ。俺に手を出すなど、つけ上がるにもほどがある。
 俺は、俺を虐げた古参兵を戦場で殺した事もある。船の上での乱戦の最中に殺したのだ。奴は俺を前に出して、自分は後ろに下がっていた。奴は間抜けにも、後ろから敵が回って来た事に気が付かなかったのだ。そいつは、敵に肩を槍で刺された。俺は、後ろから回って来た敵と戦うふりをした。そして、奴の背に槍を突き立てたのだ。
 奴も、生きる価値の無い塵以下の存在だ。戦い抜く事が出来ず、弱者を虐げる事しか能のない奴だ。奴は、弱者を犠牲にする事で戦場を生き延びようとした。それが利口だと考えていた。だが、本当に利口ならば、俺に背を槍で刺される隙は見せなかっただろう。俺は、塵以下の兵士もどきを始末したのだ。
 俺は、兵士としての生活に満足している。戦う事で本当の人間になり、本当の意味でこの世界の者となったのだ。
 俺は、強者として他者を蹂躙する権利がある。俺は支配する者であり、凌辱する者だ。ミハイルの様な弱者は、俺にひざまずいて俺に奉仕すべきなのだ。俺に尻を差し出し、這い蹲って凌辱されるべき存在なのだ。

 俺にとって待ちに待った時がやってきた。戦争が始まったのだ。隣国と再び海戦が行われるのだ。
 俺の住む国は島国だ。海上交易路を抑える事により、富と力を手にしている。隣国も海上に権益があり、俺の国と激しく争ってきたのだ。
 加えて宗教上の事もある。俺の国は、海神を崇める国だ。他には魔王を崇める魔物や、エロス神を崇める者、堕落神を崇める者が住む。そして主神教徒もいる。それに対して、隣国は主神を崇め、他の宗教を弾圧している。そして反魔物国だ。俺達の国と隣国は、相容れない間柄なのだ。
 先に戦争を始めたのがどちらなのかは分からない。俺の国は、隣国が侵略してきたと喚いている。隣国の方では、俺の国が侵略してきたと喚いているらしい。
 戦争の口実など、いくらでもでっち上げる事は出来る。相手が侵略してきた事にするやり方は、初歩的なものだろう。相手が侵略してきた「証拠」は、容易くでっち上げる事は出来るのだ。それが白々しい物でも、餓鬼の様に強弁を続ければよいのだ。
 敵に原因がある事にしてしまえば、何かと都合が良い。敵をどれだけ虐殺しても、敵をどれだけ奴隷にしようと、敵のほとんどが餓死する様な収奪をしても、敵の自業自得という事に出来るのだ。「相手が悪い」のならば、相手に何をしても良いのだ。
 俺は、殺戮の期待に胸と股間を膨らませて、船に乗り込んだ。俺の生きがいである戦いに飛び込む事が出来るのだ。鮮血の快楽を思い出すと、まだ戦の前だと言うのに精液をぶちまけそうになる。
 ただ残念な事は、国内で行われた主神教徒の殺戮に参加できなかった事だ。敵国は主神教徒の国だ。だから国内の主神教徒は、敵国に通じているという訳だ。本当に通じているかどうかは分からない。だが、疑いがあるだけで十分なのだ。国民は、主神教徒に襲い掛かり、殺戮を楽しんだのだ。
 俺は、この時は警護の仕事についており、殺戮に参加できなかった。この殺戮の際には、女に対する凌辱も行われたそうだ。俺は、俺に警護の仕事を押し付けた連中を切り刻んで鮫のエサにしたい。
 この殺戮は、国内の魔物によって止められた。殺戮に参加した者の中には、捕えられた者もいるそうだ。後日、裁判にかけられるそうだ。
 もっとも、殺戮を行った者の逮捕は上手くいっていない。国の上の連中が妨害しているのだ。何せ、殺戮を裏で扇動したのは、国の上の連中だという話だ。主神教徒を敵国の工作員に仕立て上げ、殺戮する事で国内の団結を固めたいらしい。この調子では、裁判も上手く行かないだろう。
 上層部では、魔物派と反魔物派に分かれて権力闘争が行われているそうだ。戦争を煽っているのは、反魔物派だ。魔物達は、主神教徒の国との戦争に消極的だ。主神教団は魔物を否定しているにもかかわらずだ。魔物とはそういうものらしい。
 俺にとって魔物は、存在する価値の無い者達だ。戦いを否定する者、殺戮を否定する者は、人生と世界の意味を分かろうとしない弱者だ。いくら彼女達に力があろうと、殺戮のただなかで生を輝かせる事が出来ねば、生きる価値のない弱者に過ぎない。
 この戦いには、魔物達も参加する。屈強なオーガ兵やミノタウロスの兵が、すでに船に乗り込んでいる。俺は、奴らと共に戦いたくはない。殺戮を拒否する兵など足手まといだ。存在そのものが許せない。俺は、殺戮に意味を見出す勇敢な兵と共に戦いたい。
 俺は、魔物に苛立ちながらも、戦への期待に股間をたぎらせて船に乗り込んだ。

 俺は、ガレー船の櫂を漕いでいた。ガレー船は、交代で漕ぎながら進む。俺が槍を取るのは、敵との衝突が始まってからだ。それまでは、櫂を漕ぐか休息を取るかだ。
 漕ぎ手部屋は、五十人の漕ぎ手が櫂を漕いでいた。裸になっている上半身は、汗で濡れて光っている。船の上では、めったに体を洗う事は出来ない。室内には男の体臭が充満し、慣れない者が嗅いだらむせ返るだろう。
 俺は、自分と他の者のきつい体臭を嗅ぎながら、力を込めて櫂を漕いでいた。櫂を漕ぐ事で、戦いのさなかへと突き進む事が出来る。俺は、戦いへの期待で男根に力が入りっぱなしなのだ。男根にも、全身にも力が入り、櫂を漕いで行く。
 すでに出航から八日経っている。敵と遭遇してもおかしくない頃だ。緊張感と共に、殺戮の快楽への期待が沸き上がる。これ以上のお預けは耐えられそうにない。
 甲板上から角笛の音が聞こえてきた。俺の全身を歓喜が渦巻き、爆発する。敵と遭遇したのだ。俺は他の漕ぎ手と交代し、防具をまとい、槍を手に甲板の上へと駆け上がる。俺達の立てる激しい足音が、艦船に響き渡る。その音は、俺の耳に心地良く響き、俺の戦意を湧き上がらせる。
 甲板に出ると、白い光が俺の目を突き刺した。俺は目をつぶってしまう。俺は、急いで目を慣らそうとする。太陽の光が甲板に突き立っているのだ。俺は、無理に目を慣らして前方を見る。横に広がって俺達に突き進んでくる敵艦隊が見える。
 俺達の船は、敵艦隊と射程距離に入った。俺達の船の弩が矢を放つ。右前方で甲板がはじけて木端が散る。敵の弩から放たれた矢が刺さったのだ。弓兵達が火矢を放つ。少し遅れて、敵艦からも火矢が飛んでくる。風を切る不気味な音が鳴り響き、甲板に火矢が刺さる。焦げ臭いにおいが広がり始める。
 俺の左隣の兵の顔と頭が弾けた。脳みそと血の混じった物が、俺の体にかかる。敵の弩から放たれた矢が、俺の左隣の兵の顔と頭を砕いたのだ。俺は、汚物の臭さに顔をしかめながら、頭を下げて敵をにらみつける。
 俺は、目の前の甲板を見る。血の混じった脳みその破片が、甲板上に落ちていた。赤く染まった破片が、白い太陽の光に照らされている。気のせいか、その破片は蠢いているようだ。白い光の中で、赤い汚物が蠢いている。
 轟音が俺の耳に叩き付けられた。甲板上から大砲が、敵に向かって発射されたのだ。この大砲は、最近になってわが軍が船に設置したものだ。海戦では、大砲が使われ始めているのだ。右側から轟音が叩き付けられる。右隣りのわが軍の艦に、敵の大砲の弾が炸裂したのだ。轟音がやんだ後、悲鳴と泣き叫ぶ声が右側から響いてくる。
「総員伏せろ!」
 指揮官の怒号が叩き付けられる。俺はすぐさま甲板にふせ、槍を甲板に抑える。俺達の船は敵船に突き進み、衝角を突き立てるのだ。激しい衝撃が襲い掛かるはずだ。目の前に落ちている脳みその欠片を、槍でどかす。
 俺の体が宙に浮いた。敵船に衝突し、船全体が震えているのだ。癲癇にかかった者の様に、船全体が震えている。俺は、甲板上を転げ回る。俺は、他の兵士にぶつかる事で止まる事が出来た。
 俺は、憎悪の言葉を俺に叩き付けてくる兵士を押しのけて、前へはい進む。俺達の船は、敵艦に板を渡している。敵艦に乗り込む時なのだ。

 板に上ろうとすると、矢が風を切る音がした。俺の右側に突き刺さる。俺は、本能的に前へ出る事をためらう。だが、いまさら引き返すわけにはいかない。それに快楽への欲望が俺を突き動かす。俺の男根は勃起しているのだ。俺は板に駆け上がり、前へ突き進む。
 敵艦の甲板上には、俺達の船の大砲による大きな破損の跡があった。黒い穴の周りで、炎と煙が上がっている。甲板の他の場所には、火矢が突き刺さっている。俺は、槍を突き出しながら突き進む。甲板上にいる敵と、槍で突き合う。鉄のぶつかり合う音が、耳に叩き付けられる。
 俺の槍が、敵兵の喉に突き刺さった。俺はひねりながら奥へと突き入れ、そして力を込めて引き抜く。敵兵の首から、鮮血が飛び出す。俺は避けようとするが、大量すぎて避けきれない。俺の全身に暖かく生臭い液が降り注ぐ。俺の視界が遮られる。
 俺は、荒々しく顔を拭う。俺は、自分の周りを見渡す。敵味方が鮮血に彩られて倒れている。槍で突かれて体に大穴が開いた者、剣で手足を切断された者、矢が突き刺さっている者。俺は、すぐそばに倒れている者を見る。腹に火矢が突き刺さり、床の上で悶えている。そいつの脂肪が燃える臭いが俺の鼻を覆う。
 太陽がすべてを照らしていた。白い光を甲板に突き立て、血と臓物を垂れ流す者達を照らしている。炎を吐いて煙を上げる船を、太陽が輝かせている。血と脳みそで汚れている俺を、太陽が荒々しく愛撫している。
 俺は哄笑を上げた。太陽の快楽だ。俺は、太陽に突き動かされて殺戮の快楽に酔っているのだ。残酷な行為は、闇の中で行うべきではない。太陽の下で、すべてを白く照らし出す光の下で行うべきなのだ。暴力とは、殺戮とは、光と熱を持った快楽なのだ。
 俺は、太陽に突き動かされて敵へ突きかかった。白い光の中で、血と肉片、臓物の輪舞を踊る。全身に敵の赤黒い汚物を浴びて、鼻を突き刺す臭いを自分に染み付ける。肉を破壊する感触が、破壊された人体の混合物の臭いが、そして白い光が俺の男根を怒張させる。
 俺の左肩が弾け、激痛が走った。俺は、甲板に叩き付けられる。俺は、衝撃と苦痛で状況が理解できない。血で汚れた視界の中で、赤く染まった槍を持った敵兵の笑っている姿が見える。
 俺は、前へ進みすぎたのだ。複数の敵に標的にされてしまったのだ。槍と剣が、俺に次々と繰り出される。俺は槍を離すまいとしながら、甲板の上を這いずり回る。俺の右側の顔に衝撃が叩き付けられる。敵の槍がかすめたのだ。俺の頭に衝撃と苦痛が叩き付けられる。
 俺は左舷へ追い込まれた。ゆがんだ視界の中で、悪意と憎悪に満ちた表情をした敵兵の顔が見える。手には、槍や剣を持っている。いずれも赤黒い物で汚れていた。俺は、自分でも意味の取れない事を喚き始める。敵兵は、加虐心を露わにして笑っている。
 船に衝撃が走り、大きく揺れた。俺の足元の床が持ち上がり、俺の体が放り投げられる。俺は、物に掴まる事すら出来ない。
 一瞬、俺は空中で空を見た。どこまでも青い空が広がっている。目に沁みるような青さだ。その青さの中で、太陽の白い光が俺を突き刺す。何故か静かだ。
 俺の全身を叩きつけるような衝撃と共に、冷たい感触が俺を覆った。俺は、海に投げ出されたのだ。

 俺は夢を見ていた。いや、夢か現か分からない。俺は、穏やかな明かりの下で、波の音を聞いていた。波は寄せては返し、寄せては返す。同じ調子で、せかす事も無い。
 俺は波の音が嫌いだった。俺の生まれ育った漁村を思い出させる。俺の力では出来ない仕事を押し付けられ、殴られ、嘲り笑われた。その時、いつも波の音が聞こえた。寝床で苦痛と恐怖、そして屈辱と憎悪に震えていた時も、波の音がした。
 何故か、今は波の音が気に障らない。夢か現か分からない世界にいる俺を包んでいるような気がする。
 波の音と共に、静かな歌声が聞こえた。聞いた事が無い声だ。だが、警戒心は起こらない。歌はゆっくりと静かに流れる。俺は、再び静かな闇へと沈んで行こうとする。
 闇に沈む前に俺の脳裏に浮かんだのは、ミハイルの顔だ。

 俺は、命を助けられた。マーメイドが俺を助けてくれたのだ。戦場から俺を連れ出し、近くの島へと連れて行ってくれた。
 島に着くと、俺の左肩や顔の右側面を治療してくれた。マーメイドの血には、体を癒す効果がある。そのおかげで、不具になってもおかしくはない俺の怪我を治す事が出来たのだ。
 何故、彼女が俺を助けたのかは分からない。海神様に感謝しなさいと、微笑みながら言うばかりだ。俺の国は、海神を主に崇めている。それで海の魔物は好意的なのだろうか?
 俺が、夢か現か分からぬ時に聞いた歌声は、このマーメイドの歌声らしい。彼女達の歌声が素晴らしいとは聞いた事があるが、これほどのものだとは思わなかった。俺は、彼女の歌声のおかげで、波の音を以前ほどは嫌いではなくなった。
 俺は、彼女の手で自分の国へと戻る事が出来た。俺は、兵士の給料の中から貯めたわずかな金を、礼として彼女に渡そうとした。俺には、その程度の事しか出来ない。だが、彼女は受け取らなかった。ただ、海神様に感謝しなさいと言うだけだ。何も対価を要求しない。
 俺は、首を傾げた。マーメイドも魔物娘だ。人間の伴侶を手に入れる事を好む。遭難してマーメイドに助けられた者は、彼女達の伴侶となる事が多いと聞く。俺と結ばれる事を望むかもしれないと、俺は思ったのだ。だが、彼女は俺に手を出そうとしない。彼女には、伴侶がいないらしいにも関わらずだ。
 俺はそれほど伴侶にしたくない男なのかと、内心苦笑した。だが、彼女はこう言っていた。
「あなたにはすでに伴侶がいるのね。残念だけれど諦めます」
 どういう事だろうか?俺には伴侶などいない。その事を彼女に言ったが、彼女は笑っていた。
 俺は首を傾げながらも、彼女の助けで自国の地を踏んだ。

 俺は、裏通りを案内人と共に歩いていた。案内人はサキュバスだ。蝙蝠の様な翼と黒い尻尾を持つ魔物娘だが、今は人間の姿になっている。
 俺は、彼女の導きで隠れ家へと向かうのだ。俺の今の立場は微妙なのだ。敗残兵とも逃亡兵とも取られる。掴まれば牢へぶち込まれる。下手をすれば、その前に民衆の手で私刑にかけられて殺される。状況が変わるまで隠れていたほうが良いのだ。いずれ海神の配下である海の魔物が、海神の神殿を通して取り成してくれるそうだ。
 海の魔物達は、魔王配下の魔物達とも友好的だ。海神は、魔王と協定を結んでいるらしい。それでマーメイドは、俺を国まで送り届けると、魔王配下の魔物に引き渡したのだ。
 俺は、複雑な気持ちがする。前に述べたように、俺は魔物を否定していた。だが、俺を助けてくれているのは魔物達だ。否定していた者達に助けられる事は、良い気分ではない。だからと言って彼女達の助けを拒めば、俺は敗残兵、逃亡兵として愚民どもに嬲り殺しにされるかもしれない。
 俺は、自分の気持ちを抑えた。俺を案内している魔物娘について行く事に、意識を集中する。俺は、危険の直中にいるのだ。狭く薄暗い路地を、地面に注意して歩く。塵が散らばり、腐った物の臭いがする。鼠と蠅が多い。俺は、愚民どもから溝鼠の様に逃げ回っている。
 俺は声を出さずに笑う。俺の懐には小刀がある。これで愚民どもを殺してやろうか。実戦を経験した兵士の力を思い知らせてやろうか。俺は、男根に力が入り始める。
 サキュバスが振り返って、俺に合図をした。目的の場所についたらしい。俺をかくまってくれる人が、右側の建物の扉から顔をのぞかせている。金色の髪をした小柄な少年だ。
 俺は、危うく声を上げそうになる。俺を待っていたのはミハイルだ。薄い青色の瞳で俺をじっと見ている。
 俺は、自分を取り巻く状況が良く分からなかった。

 俺はあてがわれた寝台に座り、状況を考えた。何故、ミハイルが関っている?なじみの男娼であるミハイルが?
 俺は、ミハイルについて考える。ミハイルを奴隷から解放したのは、有力者であるサキュバスだ。ミハイルが魔物とつながっているのは、当たり前だ。男娼は、普通は裏世界の顔役の管理下にある。その顔役が魔物だという訳か。
 魔物達は、俺がミハイルのお得意様だと分かっていた。それで、かくまった俺の世話をミハイルにやらせれば良いと考えたのだろう。
 部屋のドアにノックがあった。俺は入るように言う。ミハイルが入ってきた。手に盆を持ち、盆には壺とゴブレットが乗っている。
 俺は、ミハイルの格好に首を傾げる。ミハイルのシャツと上着は、ミハイルの胸の所までしかない。腹がむき出しとなっているのだ。ズボンは腰布と同じくらいの長さしかなく、太ももが露わとなっている。しかも股間の所に切れ込みがあり、男根が見えないのが不思議なほど下腹部が露わとなっているのだ。その格好で、皮の手袋と皮のブーツを履いている。
 俺は、ミハイルの奇妙な格好をまじまじと見るが、ミハイルは気にした様子はない。ゴブレットを俺に渡し、俺に壺の中の酒を注ぐ。酒は葡萄酒だ。俺は勧められるままに、葡萄酒を飲む。良く冷えている上に、上等の物らしく旨い。
 俺は、酒を楽しみながらミハイルの格好を見る。多分、男娼用の新しい服だろう。露出度が高いために、ミハイルの様な美少年が着れば官能的な魅力がある。むき出しの腹とくびれた腰の組み合わせがそそる。
 俺は、自分の危険な立場にも関わらず、ミハイルの姿に男根が滾る。いや、危険の中にあるからこそ、ミハイルを犯したいのだ。
 ミハイルを見ているうちに、俺はまた首を傾げた。窓からは日の光が差し込み、ミハイルの体を照らしている。ミハイルは日に焼けているはずなのに、ミハイルの向き出しの肌は白い。まるで、元の色に戻った様だ。日は差しているとはいえ僅かであり、室内は暗い。見間違えだろうか?
 俺は、自分の体が傾いでいる事に気が付いた。俺は、体勢を立て直そうとする。おかしい。俺は、こんなに酒に弱くないはずだ。俺は、ミハイルを見る。ミハイルの顔は無表情だ。俺は、弾かれたようにゴブレットと壺を見る。それから再びミハイルを見る。こいつ、俺に何を飲ませた!
 俺は立ち上がろうとするが、体がふらつく。体制を直そうとする俺を、ミハイルが取り押さえる。俺はミハイルを振りほどこうとするが、力が入らず上手くいかない。
 ミハイルの姿を見て、俺は呻き声を上げた。そこにいるのは人間ではない。金髪から黒い角がのぞいている。背には、蝙蝠の様な黒い翼がある。尻からは黒い尾が出ている。まぎれもない魔物の姿だ。
 俺は、寝台に押し倒された。ミハイルは俺の上にまたがる。俺はミハイルの顔を見た。薄青い瞳で俺を見下ろし、唇の端を吊りあげて笑っている。
 魔性の者は、俺に覆いかぶさってきた。

 ミハイルは、俺の口を自分の口でふさいだ。舌で俺の唇を舐め、唇を割って唾液を流し込んでくる。俺は、ミハイルの口を歯で噛もうとするが、力が入らず出来ない。
 ミハイルは、俺の口から離れる。俺とミハイルの口の間に、唾液の橋が出来る。外からさしてくる光で橋が輝く。
 金髪の魔物は、俺の服を巧みに脱がしていく。俺の上半身話露わにして、俺の胸を愛撫する。男の手とは思えぬ柔らかい手が、俺の胸板をくすぐる。
 俺の下半身もむき出しにされた。ミハイルに欲情した俺の男根は、すでに天に向かってそり返っている。黒い角を生やした美少年は、俺の男根を手で撫で回す。たちまち俺の男根の先端から、透明な液が溢れ出す。
 俺を見下ろしている者は何者だ?角と翼を有する魔性の存在だ。いったい何時から、ミハイルは魔性の者だったのだ?
 俺は、それ以上考える事が出来ない。下半身から鮮烈な快楽が襲い掛かってきたからだ。ミハイルは、俺の男根を口に含んでいた。男娼としての技術を駆使して、いや、男娼でもかなわぬ魔性の技を使って、俺を責めたてる。
 俺は、ミハイルの姿をした魔物を見る。ミハイルの口淫は、俺に奉仕するものだった。男娼が客に、奴隷が主人に奉仕する技だった。だが、この魔物の口淫は奉仕だろうか?俺を貪っているのではないか?
 俺は、こらえきれずに精を放つ。俺は、魔物の喉奥に精を放出する。だが、加虐の喜びは無い。魔性の者に、精を吸い取られている気がする。俺の目の前の魔物は、歓喜の表情を露わにして俺の精を吸い上げている。ミハイルは、被虐の喜びに震えながら俺の汚液を飲んでいた。だが、その魔物の顔に被虐は無い。
 俺は、起き上がろうとする。俺は主人だ。奴隷に吸い取られる気は無い。俺は支配する者であり、暴力をふるう者であり、加虐の喜びを味わう権利を持つ者だ。戦いぬく事でその権利を手にした者だ。生涯奴隷であるべき弱者に、俺を攻める権利は無い。俺は、眼前の金髪奴隷をねめつける。
 だが、奴隷であるはずの者は、俺を容易く押さえつけた。再び俺の男根を口に含み、俺の精力を回復させる。奴は、俺の男根を支配下に置いている。俺は、奴の手で容易く勃起させられる。
 奴は、従順な男根を褒める様に愛撫した。そして、自分の下腹部から衣装を脱ぎ取る。自分の性の象徴たるべき部分を露わにする。
 俺は夢を見ているのか?俺は、陳腐な言葉しか出ない自分を笑う。だが、そうとしか思えぬ事態が起こっている。
 ミハイルと言う名を持ち、繰り返し体を交えてきた少年が目の前にいる。その少年の性を示す物を繰り返し見てきた。だが、目の前の魔物には、少年である事を示す物が存在しない。そして、薄い金色の陰毛に覆われて、一つの物が存在している。少女の性を象徴する物だ。
 それは、薄い桃色をしていて、肉と肉が襞を作っている。その肉襞は透明な液で濡れ、微かに差す日の光で輝いている。小さいながらも、中に男の物を飲み込む存在があるのだ。
 俺は、すでに声を上げる事は出来ない。動く事も出来ない。そんな俺に、魔性の者はまたがってきた。支配者である俺、主人である俺にまたがってきたのだ。だが、俺は跳ね除ける事が出来ない。
 俺の男根は、魔物の女陰の中に飲み込まれた。俺の男根を肉襞が包み込み、締め上げる。俺は、男根と女陰の結合部を見る。本来は存在しないはずの女陰の入り口を見る。その口は、一筋の鮮血を流していた。
 俺は天を見る。そこには太陽は無い。ただ薄暗がりがある。太陽はどこだ。俺の太陽はどこだ!
 俺の上で、魔性の女が踊っていた。俺の男根を飲み込み、俺を貪るために踊っている。俺は、魔性の女の指示通りに腰を動かす。彼女の誘導する通りに精を放つ。
 俺は、何度果てただろうか?彼女に、何度精を搾り取られただろうか?すでに時間の感覚は無い。俺が存在する時が分からない。俺が存在する場所が分からない。
 ただ、俺の前には彼女がいる。魔性の体と力を持ち、俺と共に快楽を堪能する存在だ。かつては少年であり、男娼として体を売っていた者だ。奴隷として主人に奉仕し、加虐者の責めに被虐者としての喜びで応えた者だ。その者は、すでに過去とは違う存在となっている。
 俺は、もはや主人では無いのだ。加虐の快楽は失われた。俺の存在を成り立たせているものが奪い取られたのだ。
 だが、残っているものはある。俺には快楽がある。加虐の快楽ではなくとも、快楽は残っている。俺の中から太陽は失われていない。
 そして「彼女」もいた。

 俺は、自分がどうなったのかよく分からない。ミハイルがどうなったのかも、よく分からない。ただ、いくつかの事を説明する事は出来る。
 俺は、軍に復帰した。俺は、逃亡兵でも敗残兵でもないと証明されたのだ。海の魔物達が、自分達が救い出したのだと証明してくれた。俺の国は島国であり、海神の信仰が盛んだ。だから、海神に仕える海の魔物の言う事は、信用されるのだ。
 戦争も終わった。結果は引き分けだ。両軍とも多大な被害を出していた。両国の指導者達は、これ以上戦争を続けても国益に反すると判断したのだ。
 講和の背後には、魔物達の姿がある。海神が講和に積極的で、海の魔物達を動かしたのだ。海戦に参加した両軍の多くの兵を、海の魔物は保護していた。そして海の魔物は、俺の国の魔物に働きかけたのだ。さらに、魔王軍も暗躍していたらしい。
 こうして俺の国は、講和に同意した。敵国も同意に追い込まれた。敵国は反魔物国だ。だが、自国の兵が海の魔物に大勢助けられた事により、海神側に借りが出来てしまった。しかも魔王軍が、背後で講和を強要している。敵国は、俺の国、海神、魔王軍の三者を敵に回すほど馬鹿ではなかったという事だ。
 ただ、戦争はいつでも起こる。敵国となるものは、今回の隣国だけでは無い。俺は兵士である限り、戦いの快楽を、殺戮の悦楽を味わえるはずだった。だが、俺からはそれが失われた。
 俺はインキュバスとなった。俺は、魔物となったミハイルに監禁され続けた。その間、性の交わりを続けた。どれだけの間交わったのか、どれだけの回数交わったのか、俺には分からない。ただ、交わりが終わった時、俺は男の魔物であるインキュバスとなっていた。
 インキュバスとなった者は、殺戮の快楽を味わう事が出来ない。殺戮に強い嫌悪感を持つようになるのだ。俺は、刑場で行われた斬首刑を見物した時、激しい嘔吐と共にその事を思い知った。
 俺は、自分の人生の意味を失った。戦いこそが俺の人生の目的であり、人生に意味を与えるものなのだ。殺戮の快楽無しで、俺の生きる気力はどこから湧き上がるというのだ?
 俺は、今は兵站の仕事をしている。食料や衣服、武器などの調達を毎日行っているのだ。豚の魔物娘オークや、小鬼の魔物娘ゴブリンと共に仕事をしている。直接に殺戮を行う事は無い。殺戮の出来ない兵士として暮らしているのだ。
 俺から生きる意味を奪った女は、アルプと言う魔物だ。元は男だったが、様々な理由により女の魔物となった者だ。珍しい例だが、アルプのような例はあるらしい。
 俺は、ミハイルから話を聞いた。ミハイルは混沌に犯されていた。男でありながら男に犯される、男でありながら男に体を売る。そんな生活の中で、ミハイルは混沌に犯されていたのだ。
 だが、今さら生活を変える事は出来ない。北の大陸にいたころ、ミハイルは貧しい生活をしていた。その生活も、戦争によって破壊された。敵国に捕えられた後は、奴隷として虐待されてきた。その挙句に、俺の国に売り飛ばされてきた。俺の国では、金持ちの変態男の性奴隷になる事を強要された。ミハイルの人生は、苦痛と混沌に満ちていたのだ。
 ただ、性奴隷だった頃は、ましだったそうだ。従順な態度を取れば、激しく殴られる事は無い。雨風を防ぐ屋内で暮らす事が出来る。清潔な寝台で眠る事が出来て、寒さを防ぐ服を着ることが出来る。主人の機嫌が良ければ、旨い物を食う事が出来る。
 奴隷から解放されても、ミハイルは自分がまともな生き方が出来る気はしなかった。ミハイルは、自分を解放したサキュバスが紹介した仕事を断り、男娼の仕事に就いた。男達に奉仕をすれば、金がもらえて生活が出来る。それ以外の生き方が自分に出来るとは、ミハイルは思わなかった。
 だが、性奴隷生活、男娼生活は、ミハイルの中の混沌を広げていた。混沌はミハイルの中で渦巻き、ミハイルを飲み込もうとしていた。
 そんな時、ミハイルは俺と出会ったのだ。ミハイルから見れば、俺は野獣だった。主人を気取る、強者を気取る野獣だった。金を自分に叩き付け、激しく自分を蹂躙する獣だ。
 だが、その野獣との太陽の下での交わりは、ミハイルの混沌を焼き尽くしたそうだ。自分に熱を叩き付け、白い光を突き立てる太陽は、ミハイルの中の混沌を浄化した。俺に与えられる暴力的な刺激の中で、白い光がミハイルの世界に広がり、混沌を焼き尽くしたそうだ。
 その白い快楽の中で、ミハイルは魔に変わる事を望み、俺を欲するようになったのだそうだ。
 ミハイルの言う事は、普通の人が聞けば狂人の戯言だろう。だが、俺にはミハイルの言う事が分かる。あの白い世界での快楽、青を白く染めようとする光の中での快楽、生と死の交差する快楽を味わった俺には分かる。
 そうだ、俺は全てが失われた訳では無い。最も大切なものが残っていたのだ。

 俺は、ミハイルと共に海岸にいる。何度も快楽を味わった海岸だ。俺達はその海岸で性の交わりに溺れている。太陽の白い光に体を焼き付けられながら、快楽に突き動かされている。生と死の狭間にある、白い快楽に突き進んでいる。
 これが人間の最も根源的なものなのだ。俺達は、太陽の下で暮らしてきた。太陽の光を浴びて人間は生きてきたのだ。太陽は、俺達に快楽を与える。太陽の下で、俺は生命をもたらす快楽に溺れてきた。それは俺だけではない。原初の者達は、太陽の下で交わったのだ。
 かつて、太陽神の信仰をこの島で復活させようとした者がいた。彼は、太陽の下で殺戮と性の交わりを行った。彼は原初の快楽を知り、それを現代によみがえらせて実践したのだ。彼は、太陽王と自称した。
 俺達は、かの太陽王の後継者だ。太陽の快楽を、原初の快楽を蘇らせているのだ。俺達は、太陽の下で殺戮の快楽に溺れる事は出来ない。だが、太陽の下で生命をもたらす快楽に溺れる事は出来る。
 俺は、もはや主人でも強者でもない。だが、それで良い。俺には、この狂った太陽の快楽が、共に快楽に溺れる者がいるのだから。
15/08/19 22:38更新 / 鬼畜軍曹

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33