読切小説
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デッビール・コンタクト
 探検家というのは実に度し難い生き物である。
 そこに入ってはいけない。そこから先に踏み込んではいけない。禁忌を犯してはならない。そう言われれば言われる程、余計にその禁忌を犯したくなってくる。大半の者が「自分なら大丈夫だろう」と高を括り、平気で一線を越えて禁足地を踏み荒らす。
 底なしの冒険心と無謀な好奇心。それが探検家を動かすエンジンであり、同時に探検家を滅ぼす火薬庫でもある。一度火がつけば誰にも止められない。爆発するまで、本人ですら止められない。
 
「おい、あんた! その洞窟はやめとけ! そこは悪魔の巣だ! 入ったら悪魔に食われちまう!」
「大丈夫だよ。ちょっと中を覗いてみるだけさ」

 そしてこの男もまた、御多分に漏れず愚かな探検家であった。その男――フラム・フドウは、ここまで案内させてきた現地ガイドの警告を無視し、目の前にぽっかり開いた洞窟の中へ入っていった。
 その洞窟は旧魔王時代から「悪魔の潜む穴」と呼ばれ、恐れられた場所であった。そして魔王が代替わりを果たした後も、現地の人間は絶対に近づかない危険スポットとされていた。件のガイドも、フラムから法外な額の報酬を貰ったから案内したにすぎなかった。いつもなら近づこうとすら思わなかった。
 
「さて、と」
「ああやめろ! マジで死んじまうぞ!」
 
 そんな危険地帯に、フラムは意気揚々と入っていった。手に持ったランタンに火を灯し、洞窟を染める闇の中に身を沈めていった。後ろではガイドがなおも何か叫んでいたが、浪漫を前にしたフラムの耳には届かなかった。
 フラムには絶対の自信があった。自分ならば失敗しないという、確固たる自信があった。自信のままに、彼は洞窟の中をどんどん進んでいった。
 その自信に根拠はなく、洞窟内部の知識もまともに持っていなかった。言い換えるならばそれは、慢心であった。
 
「――こんにちは」

 だからフラムは「それ」に気付かなかった。幾分か進んだ時、「それ」は唐突にフラムの頭上から降って来た。
 
「そしていただきます」
「えっ」

 「それ」の挨拶と、次に「それ」の放った台詞を、フラムは咄嗟に理解することが出来なかった。
 抑揚のない、冷たくか細い声。感情の希薄なそれを知覚した時には手遅れだった。
 
「さあ、一緒に来て」
「うわっ――!」

 悲鳴を上げる余裕もなかった。湧いて出てきた「それ」に抱きしめられ、フラムの体はふわりと宙に浮いた。彼はそのまま「それ」と共に空中を浮遊し、洞窟の深奥、闇の底の何処かへと連れ去られていった。

「安心して。痛くしないから」

 フラムの耳元で、「それ」が冷たく声をかける。優しさとは無縁の語調だ。その一方で抱き留められた体はがっちり固定され、フラムは身動き一つ取れなかった。
 これはまさしく、無謀な慢心の生み出した結果である。黒光りする「それ」と共に宙を駆けるフラムは、事ここに至って自分の軽率な行いを反省した。全くもって探検家とは愚かな生き物である。これは教訓とせねばなるまい。
 もう手遅れだった。
 
 
 
 
「あなたも物好きね。それとも無謀と言うべきかしら」

 それから数分後、フラムは「それ」から解放され、闇の中に降ろされていた。そして地べたに座り込んだフラムに「それ」が抱きつき、全身を使って彼の体を愛撫していた。フラムが「それ」の全身像を認識する余裕はなく、ただ「それ」のもたらす熱に身を任せるしかなかった。
 言うまでも無いが、フラムは地面に降ろされた段階で服を全て脱がされていた。ランタンも没収され、離れた所で灯りを放っていた。その灯に照らされた闇の一角で、全裸のフラムと「それ」が絡み合っていた。
 
「愚かな人間。他の人間から近づくなって警告されていたはずなのに」
 
 ぬるぬる。にちゃにちゃ。「それ」の体から溢れる粘液がフラムの全身に纏わりつき、皮膚から彼の体内に浸透していく。漆黒の「それ」が一撫でするごとに体が熱くなり、「それ」の放つ冷たい言葉を耳が吸い込むたびに股間に熱が溜まっていく。
 
「でももう遅い。助けを求めたって無駄だから」
 
 無感情に、そして無情に言い放ちながら、「それ」が優しく耳を噛む。
 瞬間、甘い電流が脳を駆け巡り、フラムが短い悲鳴を上げる。
 
「はうううっ!」
 
 体中が熱くなり、股ぐらが血でいきりたち、痛ましいほどに怒張する。肉棒が天高くそそりたち、脳味噌が桃色に染まっていく。
 
「――あはっ」
 
 そんな初々しい反応を見た「それ」が、ほんの僅か上ずった声を出す。しかし顔は冷淡なまま、その鉄面皮をフラムに近づけ、吐息がかかるほど眼前に迫ってから「耳が弱いんだ」と小声で囁く。
 
「どうなの?」
「そ、それはもう」
「それは?」
「気持ちいい、です。はい」

 続けて放たれる「それ」からの問いに、フラムは素直に頷いた。それ以外出来なかった。彼の頭は肉欲一色に染まり始めていた。
 しかしその悦楽の渦中にあってなお、彼の頭脳の一部は正常な機能を維持していた。それは彼が探検家であるが故に備えていた、度し難い性分を担う領域であった。
 
「と、ところで、君」
「ん?」

 フラムが口を開いたのはその時だった。不意に放たれるフラムの言葉に、「それ」が動きを止めてそちらに注目する。耳元から顔を離し、無機質な表情のまま正面からフラムを見据える。
 鋭く細められた切れ長の瞳が、男の顔をじっと見つめる。その冷たい眼光に怯むことなく、フラムが胸の内に抱いた疑念をぶつける。
 
「君、名前は?」
「……は?」

 予想外の問い。一瞬「それ」は虚を突かれた。次いで無表情の奥にある彼女の思考を占めたのは、驚きと閃きと感心だった。
 こんな状況でまだそんなことを聞ける余裕があったのか。そういえばまだ自己紹介もしていなかった。案外細かいところに気が回る人間なのだな。
 表情の停止した顔の裏で、彼女の思考はぐるぐるとせわしなく変遷を遂げていた。
 
「どうしてそんなこと気にするの?」
「今気になったから」
「ええ……」

 不思議そうに問う「それ」に、フラムが即答する。探検家としては本心から――好奇心のままに尋ねたに過ぎなかったが、「それ」にとってはやはり驚きの種であった。
 
「あなた、今自分の置かれてる状況わかってるのかしら」
「魔物に襲われてる」
「そう。今からあなたは犯される。闇の中で、私とセックスするの」
「わかってる」
「わかってるなら、もっと別のこと気にした方がいいと思うのだけど」
「そうかもしれないけど、今は君の名前が一番知りたい」

 フラムは折れなかった。目を子供のように輝かせて、どこまでも我を通した。それを見た黒の魔物は、ここで漸くフラムの性質を真に理解した。
 信念を曲げない探検家。知識欲の塊。好奇心のためなら死ねる男。一言で言って危ない奴。
 初めて見るタイプの人間だ。危なっかしいったらない。仮面の奥、「それ」はほんの僅か戦慄を覚えた。
 
「……種族はナイトゴーント。名前はエマ=ル・フ。エマって呼んで」

 なのでそれを知った「それ」――ナイトゴーントのエマは、自分から折れた。今のこの人間に理屈は通じない。現実を突きつけても納得しないだろう。無理矢理押し通ろうとすれば堂々巡りになってしまう。
 話をスムーズに進めるためには、折れるしかないのだ。厄介者を前にして、エマは心の底で小さくため息をついた。
 もちろん顔面は凍ったままだ。
 
「エマか。俺はフラム。よろしくな」

 そんなエマに、フラムが平然と名乗り返してくる。この時彼はエマに抱きつかれ、身ぐるみ剥がされた上で全身粘液まみれにされていた。
 その上で、フラムは言葉を返してきた。篭絡されながら、それでもなお己の欲求を優先した。
 どこまでも純真な人間だ。ほんの一瞬――人間では知覚できないほどの一瞬、エマの眉間に皺が刻まれる。
 
「あなた、周りから変わってるって言われたりしないかしら」
「よく言われるかな」

 すぐに皺を消してエマが問う。そしてフラムが予想通りの答えを返す。
 エマの脳裡に別の問いが生まれる。愛撫の動きを止め、向き合ったままフラムに尋ねる。
 
「自分が危険なことをしているって自覚はある?」
「まあ、うん」
「周りから止められたりしたことは」
「しょっちゅうある」
「でも好奇心には勝てない?」
「無理だね。勝てない」

 これも予想通り。しかし予想が当たって、エマは逆に不安を覚えた。
 
「あなた、危ない人ね」
「それもよく言われる」
「違う。そういう意味じゃない」




 エマの心の中で、不安と庇護欲がどんどん膨れ上がっていく。
 最初は見た目が好みと言う理由で誘惑しようとしていたのだが、今は違う。
 
「あなた、このままじゃ長生き出来ない」

 この人間は、きっとこの後も欲望のままに生きるのだろう。危険も顧みずに冒険を続け、寿命を縮めるような真似を平気で繰り返すのだろう。
 下手をすれば、その冒険の最中に死んでしまうかもしれない。もしくは悪魔のような連中に目を付けられ、襲われて死んでしまうかもしれない。彼の行動は、常に死と隣り合わせだ。
 何より危険なのは、目の前の人間がそんな己の性分の危険性を自覚しながら、それでも立ち止まろうとしないことだ。この探検家は文字通り、「好奇心のためなら死ねる」男なのだ。
 それはいけない。絶対に見逃してはいけない。魔物娘として持ち合わせていた慈愛の精神が警鐘を鳴らす。
 
「命を粗末にするのは、とてもいけないこと。そんなの私が許さない」

 この人間は駄目だ。このまま放置していては駄目になる。
 何としてでも止めなければ。
 
「あなたは私が守る。襲ってでも止める。野放しにはさせない」

 氷の仮面を着けたまま、魔物娘の本能のままに、エマが宣告する。
 
「あなたを私のものにする。私が本当の喜びを教えてあげる。だから」

 一緒に幸せになりましょう。
 ナイトゴーントが冷たく告げる。その一方で、彼女の心は静かに燃えていた。
 普通の人間では到達できない領域の更に彼方。そこに眠る愛が、彼女を燃え立たせたのだ。
 
 
 
 
「一緒に幸せになりましょう」

 正面から抱きついたまま上半身を離し、眼前で言い放つ魔物娘の姿を見て、フラムが最初に抱いた感情は「興味」であった。恐れも悲しみもない、純粋な探求心だった。
 彼は魔物娘のことはある程度聞き知っていたが、実物を見るのはこれが初めてだった。魔物娘に襲われるのも、またこれが初めてだった。フラムにとって今の状況は、何もかもが初めてだらけの貴重な瞬間だった。
 興奮しないわけがない。
 
「具体的には何してくれるんだ?」

 目を輝かせながらフラムが尋ねる。想定内の展開だ。エマは表情を崩すことはなかった。
 
「知りたい?」
「ああ。凄く知りたい」
「わかった。じゃあ――」

 それからエマは、自分がこれからすることに関して淡々と、しかし懇切丁寧に教えていった。
 
「へえ、お前の粘液を塗られると、セックスしたくてたまらなくなるのか」
「そう言う事になるわね。だからあなたはもう、私からは逃げられないの」
「逃げないから安心しろって。俺はお前のことを全部知りたいんだよ」
「……それ、どっちの意味で言ってるのかしら」
「なんだって?」
「なんでもない」

 二人きりの授業は万事順調に進んだ。そしてエマが最終的にセックスをする段階まで話し終えた後、フラムがおもむろに質問をぶつけた。
 
「何度も悪いんだが、質問いいか?」
「ええ。構わないわよ。何が聞きたいのかしら」
「お前とセックスしたら、俺はその後どうなるんだ?」
「……」

 その質問は、エマにとっては好都合だった。エマもエマで、その性交の先にある「素敵な未来」を教えたくてたまらなかったのだ。
 やがてフラムの頬にそっと手を添えながら、エマがそれに答えた。
 
「私と一つになるの」
「……詳しく教えて」
「人間の枷から解き放たれ、私と同じ存在になる。そして同じステージに立った私とあなたで、永遠に愛を交わし合うの」

 絶対零度の顔面を見せつけながら、エマが無慈悲に宣告する。
 対してそれを聞いたフラムは、そのまま少し考え込んだ。そして数秒の沈黙の後、フラムがエマに問うた。
 
「それってつまり、俺が悪魔になるってことか」
「正確には違うけど、まあ人間でなくなるって点では合っているかしら」
「そうか」

 そう答えて、再度フラムが沈黙する。
 そのまま視線を降ろしたフラムに対し、顔色を窺うようにエマが尋ねる。
 
「怖い?」
「……いや」

 エマからの呼びかけにフラムが頭を振る。そして再び顔を上げ、にんまり笑いながらエマに言い放つ。
 
「興味深い」

 ――なんて業の深い人間なのだろう。
 エマはそう思わずにはいられなかった。
 この男は自分よりずっと深淵の住人に向いているのではないのか。エマはそうも思った。
 
「あなた、本当におかしな人ね。見た目は普通の人間なのに」
「自覚はしてる」
「自分の欲望にどこまでも忠実なところとか、私よりずっと悪魔らしいわ」
「それはそうだろ。人間ってのは、普通の魔物よりずっと悪魔らしい連中だからな」

 冷たく放たれたエマの言葉にフラムが返す。冗談めかした口調だったが、それを聞いたエマは何か引っかかるものを感じた。
 
「……」

 そして無意識のうちに、エマはフラムの体を再び抱きしめていた。その抱擁は相手を快楽に沈めるものではなく、相手を慰め慈しむものであった。
 
「いきなりどうした」
「前に何かあったのね」

 戸惑うフラムの言葉を無視して、エマが尋ねる。質問を質問で返されたフラムは、しかし神妙な面持ちになってそれに答えた。
 
「色々とな」

 空気が重くなる。フラムの顔に陰が差す。

「そう」

 エマが短く反応する。そしてそれ以上聞くことはしなかった。
 代わりに、エマは抱きついたまま体を動かし始めた。
 それが今の最適解だ。色々な意味で、エマはそう思った。
 
「始めましょう」

 両手を動かし、背中に粘液を塗り込みながら、エマが短く告げる。
 フラムも抵抗はせず、ただ「頼む」とだけ返す。
 今の二人に、それ以上の言葉は要らなかった。双方合意の下、行為は再開された。
 
「ん……」

 エマの纏う膜の上から粘液が滲み出す。胸を押し付け、小刻みに体を動かして、フラムの体躯にそれを塗り込んでいく。粘り気のある液体が皮膚を通って体内に浸透し、冷めきったフラムの体温を再び高めていく。
 
「私に任せて。何も考えないで、私に全てを捧げるの……」
「う、ああ……」
 
 じゅるっ。ぐちゃぐちゃ。にちゃ。
 エマの四肢と吐息が怪しく絡みつく。粘液がまとわりつき、全身を愛撫されるたびに、名状しがたい気持ちよさが正常な思考を刈り取っていく。
 手足の感覚が薄れていく。自分が自分で無くなっていく。自分の体が内から壊され、エマの思うままに作り替えられていく。己の全てがエマに征服されていく。
 全てが喜ばしく、愛おしい。
 
「すご、い」
 
 これが堕ちるということか。知と肉の両面から欲求を満たされていく感覚に、フラムは言いようのない幸福を覚えた。
 もっと欲しい。
 
「あ、あっ……うっ……」

 やがてフラムが情けない悲鳴を上げ始める。流し込まれる快楽が脳の許容量を超え、処理しきれず溢れ出した熱が脳味噌を甘く溶かす。
 思考できない。悦楽が頭の中でのたうち回っている。打てば響く鉄のように、エマの動きに合わせて上ずった声が口から洩れる。
 もっと知りたい。魔物の味をもっと味わいたい。フラムの中にあった人間の部分は、あっという間に崩壊した。
 
「もっと……」

 全身粘液まみれになりながら、フラムが息も絶え絶えに言う。
 そのフラムの頬に手を添えながら、エマが淡々とした口調で問う。
 
「もっと欲しい?」
「ああ……」
「次を知りたい?」
「ああ……」

 フラムは頷くだけだった。それを見たエマが、もう片方の手でおもむろに肉棒を握りしめる。
 
「はうううっ!」
 
 刹那、フラムは射精した。肉棒の先から、生臭い白濁液が勢いよく溢れ出した。
 活火山の噴火の如く吐き出された精液が、エマの手を汚す。熱く香ばしい精の塊を膜越しに浴びて、エマの体と心がゾクゾクと震える。
 
「ああ、熱い……これがあなたの精子……」
「はあっ、はあっ、はぁ……」
 
 そして白いマグマを天高く発射したフラムは、その後に訪れた虚脱感に半ば陶然とした。世の中にはこんな気持ちいいことがあるのか。射精時に天高く飛翔した彼の精神は既に肉体へ回帰していたが、絶頂時に味わった「悦びの感覚」は、彼の脳にしっかり刻み込まれていた。
 その証拠に、彼は無意識的に笑みを浮かべていた。

「握っただけでイっちゃうんだ。早漏さん」

 そうして笑みを浮かべながら肩で息をするフラムに向けて、エマが嘲るように言い放った。対してフラムは息を整えながら、素直に首を縦に振った。
 
「気持ちよかったんだ」

 肉棒から手を離しつつ、エマが重ねて尋ねる。心臓の鼓動が収まり、息の整ってきたフラムが頷いてそれに答える。
 
「じゃあ、もっと気持ちいいこと、しようか」

 三度エマが尋ねる。それまでの問いの中で一番小さく、囁くような声だった。
 フラムの耳は、そんな囁きをはっきりと聞き取った。そしてこちらも、三度首肯してそれに答えた。
 それに対して、エマは言葉を返さなかった。四度目の問いかけの代わりに、ナイトゴーントは体を離し、屹立するフラムの肉棒の真上に来るよう立ち位置を変える。
 
「いくよ」

 そこで再度言葉を放つ。そしてフラムの回答も待たずに、肉棒めがけて腰を降ろす。
 ナイトゴーントの膣口と亀頭が触れ合う。エマはそのまま腰を落とし、一気に肉棒を飲み込んでいく。そそり立つ肉の竿が、深々と胎内に突き刺さる。
 膣内に生え揃った襞の一枚一枚が、フラムの剛直を優しく包み込む。その瞬間、エマの脳内に電流が走った。
 
「はう……っ!」

 下の口で肉棒を咥えこんだ直後、エマが短い悲鳴を上げて硬直する。おとがいを上げ頭上を見つめたまま、ぴくりとも動かない。
 
「どうした?」
 
 フラムが何事かと不安そうに見つめる。やがてそれに気づいたエマが、顔を下げてフラムの方を見る。
 
「その……初めて、だったから……」

 そして控えめな口調で釈明する。表情は相変わらずの鉄面皮だったが、声と体は震えていた。
 
「……」
 
 それを見た直後、唐突にフラムが動いた。思考せず、全く反射的に、フラムはエマの体を抱き締めていた。
 
「無茶するんじゃない」

 そしてこれもまた無意識的に、フラムがエマに声をかけていた。それに対し、エマは彼の肩に顎を載せながら彼に言い返した。
 
「驚かせてごめんなさい」
「お前が無事ならそれでいいよ」
「……うん」

 我が子をあやす親のように、フラムがエマの背中を優しく撫でさする。エマはその暖かさに身を任せ、目を閉じて彼の言葉に頷いた。
 事ここに至って、エマは初めての相手がフラムで良かったとしみじみ思い始めた。彼は変人だが、悪人ではない。
 遊びでなく、ちゃんと自分のことを受け止めてくれている。彼は本気で、自分を知ろうとしてくれている。
 しかし、いつまでもこのままではいられない。気を持ち直したエマはフラムの粘液まみれの胸板に手を当て、ゆっくりと体を離していった。
 
「そろそろ、動くね」
「平気か? 初めてなんだろ?」
「大丈夫。魔物娘は頑丈だから。それに」
「それに?」

 不思議そうに問い返すフラムに、エマが笑みを浮かべて答える。
 
「私の気持ち、あなたにちゃんと伝えたいから」

 この時フラムの目には、エマは笑っているように見えた。
 
「お前、笑って――」
「それと……!」

 フラムの言葉を打ち切るように、エマが勢いよく腰を動かし始める。
 ぱんぱんと小気味よい音が洞窟内に響き、フラムの思考が一瞬で快楽で埋め尽くされる。
 
「あなたのこと、ちゃんと堕としたい、から……!」
「あっ、ぐうっ、おおっ!」

 激しく腰をグラインドさせながら、エマが本音を打ち明ける。襲い掛かった相手にイニシアチブを取られっぱなしというのは、流石にちょっと魔物娘のプライド的に許せなかった。少なくともこの個体はそう思った。
 この人間を、自分の魅力でメロメロにしたい。知識欲でなく、肉欲でこの人間を堕落させたい。それが今の彼女の原動力だった。
 だからエマは必死になった。一心不乱に体を動かし、膣内をくねらせ、あらん限りの快楽をフラムに捧げた。
 
「ほら、ほら! きもちいい? きもちいいよね?」
「あっ、ぐああっ!」

 効果抜群だった。エマのもたらす喜悦の波に、フラムは抵抗できなかった。膣内で剛直を優しく包み込む柔らかな襞の感触、眼前で重そうに揺れる大きな乳房、そしてエマの全身から放たれる甘く香しい匂い。それら全てがフラムの意識を桃色に染め上げ、底なし沼へ引きずり込んでいった。
 その沼はエマで出来ている。沼を構成する泥水の一滴一滴がエマの形をしている。その小さなエマが体中に、細胞一つ一つに絡みつき、いやらしく肌を重ね合わせながら愛を囁いてくる。
 己の全てを愛し、慈しみ、壊す。ナイトゴーントの肉に溺れる。エマが与える人外の快楽に、フラムは一瞬で虜になった。
 
「ねえ、おしえて? 今きもちいい? 私、きもちよく、できてるよね?」

 口の端から涎を垂れ流し、蕩けた顔でエマが言った。切れ長の瞳を潤ませ、頬を真っ赤に染めて、懇願するように是非を問う。
 フラムにだけ見せる貌。愛しい人だけが知覚できるエマの貌だ。それを見たフラムは、言葉で答えることをしなかった。
 
「んっ――!」
「――!?」

 フラムの唇がエマの唇を塞ぐ。一瞬、エマは何をされたのかわからなかった。
 彼女が事態を飲み込めたのは、そこから更にフラムが舌を伸ばし、彼女の口内を蹂躙し始めた時だった。
 
「ちゅ……くちゅっ、じゅるる……」
「んっ、んっ、ちゅぱ、ちゅ、んんんっ!」

 下の口を肉棒でぐちゃぐちゃ貫かれながら、上の口を舌で犯される。人間からの奇襲攻撃を受けて、ナイトゴーントは言い知れぬ喜びを味わった。
 
「ぐちゅ、ちゅ、ちゅっ、にちゃっ」
「んん、ん、んーっ、ちゅるっ……!」
 
 今自分は愛されている。この男からの愛をひしひしと感じる。堕落を受け入れ、愛の味を知ったフラムの想いが、唾液と我慢汁を通してエマの体を内側から包み込んでいく。
 エマの瞳から涙が溢れる。喜びと悦びの涙が、止め処なく流れ落ちる。
 
「……うれしいっ、きしゅはめ、うれしいのおおっ!」

 キスを中断して顔を離し、表情をぐちゃぐちゃに蕩かせエマが叫ぶ。
 
「きて! もっとあいして! もっとわたしを、うけとめてええっ!」
「――あっ、うああっ、があああああッ!」
 
 フラムの背中に両手を回し、密着するように抱きつく。ナイトゴーントの魔力がフラムの自制心を破壊し、けだもののように激しく腰を振らせていく。
 膣口から先走りが溢れ出す。一突きごとに「好き」が溢れ、二人の頭をハンマーで殴っていく。正気を無くした二人の獣が対面座位で密着し、愛欲に沈んでいく。
 
「イクっ! イクぞ! エマ、出る!」

 やがてエマの耳元で、フラムが声高に宣言する。エマは大きく頷き、抱きつく腕に力を込めた。
 
「ああ、きて! いちばん、いちばんおくにいいっ!」

 ぱんぱんぱんぱん!
 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ――!
 
「――ひっ」

 深々と肉棒を咥えこんだその瞬間、エマの頭にスパークが走った。
 
「ひいいいぃぃぃぃぃぃん!」

 亀頭から精液が撃ちだされる。白くて臭い男の汁が、子宮を愛して踏みにじる。
 体の中を大好きな人間に侵略される。その快感に、エマは絶叫するしかなかった。
 
「もっと、もっとっ、あひいいいいいいん♪」

 何度も何度もぶち込まれる。フラムが歯を食いしばり、あらん限りの自分の想いを魔物娘に叩き込む。
 エマがそれに嬌声で応える。互いの股を密着させ、一滴もこぼさぬよう咥えこむ。
 
「しあわせ、しあわせ、しあわせぇぇぇ……ッ!」

 そうして精を受け止めるたび、エマの体がびくんと震える。フラムもそれに反応し、新たな白濁を体内に注ぎ込む。
 それがエマをさらに昂らせ、濃度を増した魔力がフラムの肉を更に活性化させる。
 
「もっと、もっとちょうだい……」
「だす、もっと、だす……!」
「ああ……すてき……」
 
 揃って堕ちた闇の先で、二人は共に幸福を見出した。
 
 
 
 
 それから一日中、二人はまぐわい続けた。何もかもを投げ捨て、ひたすら肉に溺れ続けた。
 フラムがエマと同じ存在になったのは言うまでもない。
 
 
 
 
 そして事後。二人は横並びで地べたに寝そべり、快感の余韻に浸っていた。
 
「うわあ……」

 その中で、フラムが己の右手を持ち上げる。その手からは、皮膚のあちこちから小さな触手が生え伸びていた。それらは全て自分の意志で、自由自在に動かすことが出来た。文字通りフラムの触手だった。
 そんな自分の手を見つめながら、フラムがしみじみと呟く。
 
「おれ、デーモンになっちゃったよー」
「……随分淡白ね。人間でなくなったっていうのに」

 それを真横で聞いたエマが、「いつものように」冷淡な声で突っ込みを入れる。顔もいつもと同じ鉄面皮だ。そして右手を降ろし、こちらの方を見つめてくるフラムに対し、エマが続けて言葉を放つ。
 
「それにあなたがなったのはデーモンではないわ。デーモンって種族の魔物娘は他にいるし」
「いるんだ? デーモンってやつ?」

 未知の情報を知ったフラムが目を輝かせる。人の皮を捨てた後も、この男の本質は微塵も変わってない。
 そのことを再認識したエマは、まず最初に頬を膨らませた。
 
「……私だけ見てくれなきゃ、嫌だからね」

 それは可愛らしいジェラシーだった。他の女の子に入れ込もうとしているのが面白くなかった。
 フラムはそれを愛おしく思い、そっと彼女の頭に手を添えた。
 
「大丈夫だよ。俺が見てるのはお前だけだから」
「本当に?」
「ああ。デビルマンは嘘つかない」

 冗談めかして答える。彼は自分が悪魔人間になったことをあっさり受け入れていた。
 人間の雄がなるとしたらインキュバスだ。心の中でそう指摘しながら、エマは呆れた口調でフラムに言った。
 
「順応速いのね」
「それが取り柄だからな」
「悪魔だから?」
「悪魔だからな」

 エマの台詞にフラムが答える。それから二人して顔を見合わせ、揃って笑いあう。
 このナイトゴーントの笑顔は、フラムだけが認識できるものだ。それだけ二人は通じ合っていた。フラムは完全に「向こう側」に堕ち、なおかつそれを楽しんでいた。
 今日は記念日だ。フラムは色々な意味で、そんなことを思った。
 
「今日は記念日ね」

 そんなフラムの心を感じ取ったのか、不意にエマがそう言った。それを聞いて「なに?」と問いかけるフラムに対し、エマはそっと彼の手を握りながら言った。
 
「あなたが生まれ変わった最初の日。誕生日よ」
「俺が悪魔になった記念日ってわけか」
「身も心も、ね」

 いたずらっぽくエマが付け加える。フラムは嬉しそうに笑みをこぼし、それも悪くないと答える。
 本当に業の深い人間だ。穏やかな心のままに、エマは改めて実感した。そして穏やかな心のまま、エマがぽつりと口を開いた。
 
「ハッピーバースデー」

 ん? フラムが反応する。
 そのフラムの顔を見つめながら、穏やかな顔でエマが言った。
 
「ハッピーバースデー、デビルマン!」
18/01/06 09:40更新 / 黒尻尾

■作者メッセージ
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

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