連載小説
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第1話 涙の転校生〜transfer of tear〜
「――さて、今日の予定は…」

「若様、少しお時間の方、宜しいでしょうか?」
ここは人間の里から少し離れた場所にある豪邸。
その中で一人、少年が手帳に視線を走らせて今日のスケジュールを確認していた。
ビッシリとインクで文字が書き連ねられてあり、今日も多忙の一日が待っているのであろうことを示していた。
そこへ、一人のメイド服姿の女性が声を掛けてくる。
彼女の名前は「ローズ」と言って、この館でこの少年「エリオ」に専属で仕えているメイドである。
非の打ち所の無い女性であり、エリオが最も信頼を寄せる人物の一人でもあった。

「ローズ?うん、いいよ?」

「それでは…」

「わっぷ?!な、何の真似?!」
手帳を畳み、机の引き出しへ仕舞ったエリオはローズの方へ振り向く。
いつもと同じく、その洗練されたような美しさを振りまくローズの話を聞こうと立ち上がる。
しかし、そこで思いもよらない事態に直面する。
話を聞こうと思った矢先に、引き出しの閉め忘れに気付いたエリオがローズから視線を外した。
そして、そっと閉めてローズの方へ視線を戻そうとするエリオだったが、その望みは適わない。
何か袋の様な物を被せられてしまう。

「若様に対する暴行、お許しください…」

「ふぇ?!な、何を…ッ…」

「詳しい話は後ほど………あら、私とした事が――」
袋を被せられ、パニックになったエリオをよそに、ローズはエリオを抱きしめた。
豊満な胸にいきなり顔から突っ込まされたエリオはそこで黙りこんでしまう。
が、まるでそれに対するお仕置きとばかりに、首筋に強烈な痛みが走る。
そして、薄れ行く景色の中でエリオはローズの珍しく慌てるような声を聞きながら意識を手放す。

――――――――――――――――――

「……ハッ!?」

「お目覚めになられましたか?」
エリオが目を覚ますと、見た事の無い天井が視界いっぱいに映る。
フカフカのベッドに寝かされており、さっきまで寝ていたような錯覚すら覚えさせた。
そのベッドの隣で、ローズが紅茶を飲んでいた。

「ろ、ローズ……ここは一体…」

「私の部屋です」

「え、そうだっけ?もっとこう…鮮やかな感じが…」
ローズに自分の居場所を教えて貰おうとして帰って来た答え。
その答に、エリオは多大な違和感を感じていた。
目の前に広がる空間は、まるで薔薇を散りばめたかのように赤一色で染められていて、このベッドですらも真っ赤である。
濃い赤色ばかりで構成されている所為か、少し薄暗さを感じさせる。
しかし、エリオが思っているローズの部屋は少し違っていた。
桃色や白色の、比較的明るめな色で統一されていて、とても清潔感があったのだ。

「正確には、ここは私の部屋、では無く『生徒会室』ですけどね」

「せ、生徒会室?!なんでそんな…」
学校や学園で使われる、生徒達を束ねる集団である生徒会。
それら生徒会が会議や活動に用いる部屋。
それが生徒会である。
少なくとも、エリオの知識はここまでであった。

「わが社の新開発実験の一環として、若様をここ、『魔界立魔アルカナ女学院』へ編入致しました」

「ま、魔界って!?そ、それに女学院ッ?!」
恐ろしいワードが次々と襲い掛かって来た。
まずは魔界。
これは人間界を侵食しようとし、信仰を続ける『魔物』が棲むと言われる魔の世界である。
魔物が存在し、人間を襲う。
エリオの知識はそれによって埋め尽くされており、恐怖しか感じなかった。
それと全く似合わないであろう『女学院』と言うワード。
女学院とは、女性のみで構成された学校を指す。
エリオの知識はこの程度である。

「そ、それに僕は男であって…」

「経歴に関しましてはもう作成してあります」

「これって……ぼ、僕っ?!」

名前:エリア・シュテリウム
年:17
性別:女性
所属:魔アルカナ女学院 高等部2年A組 7番

その他諸々の情報が書かれていたが、それらよりもエリオが驚いたモノ。
それは…

「こ、これが僕!?こんな服来た事…」

「一度着ておられましたよ?」
写真に写っている人物。
白黒で少し分かり辛くはあった物の、それは紛れも無くエリオだった。
性別以外の経歴は何ら間違っていない。
が、御曹司である事に関しては伏せられているようだ。

「ほら、ひと月ほど前に催されたパーティーの際、エドモンド様に奨められて…」

「ッ……〜〜〜〜ッ…」
ローズが説明すると、エリオが声にならない声を上げて枕に顔を埋める。
その内容に、エリオは覚えがあったのだ。
一月ほど前に開催された、エリオの父の誕生日パーティー。
そこにやって来た父の友人であるエドモンドと言う富豪に言われて、エリオの仮装ショーが行われたのである。
元々女顔だったエリオは、その所為もあって何度か女性用のドレスなどを着させられもしていたのを思い出す。
国の姫が着るようなドデカイドレスもあれば、女子生徒が着る学生服等もあった。
その後者の中に、このような服があった事を、エリオはやっと思い出して顔を更に真っ赤にしてしまう。

「…それではこれより、学園内のルールについてご説明いたしますね」

「……うん、お願い…」
黙りこんで枕に顔を埋めるエリオをフォローしようとしてか、ローズが指を立てて説明に入ろうとする。
枕に顔を埋めていたエリオも、流石に逃れられないと悟ると涙目になりながらも枕から顔を覗かせて話を聞く。

―――――――――――――――――――

それから幾らか時間が経ち、エリオはローズによる学園の説明を聞き終わった。

「最後に、若様はこの学院の生徒には男性である事を絶対に知られてはいけません」

「う、うん……僕だって女装癖の男なんて思われるのは嫌だしね…」
説明が終わり、最後に念押しをされてエリオ改めエリアは、ローズに制服を渡された。
綺麗に畳まれているそれは、女子生徒が着る物と言うよりは修道女の着るそれに似ている気がした。
制服によく見られたセーラー型の制服を、修道服のように伸ばしたようなデザインをしている。
色彩も落ち着いた藍色を基調としており、『清楚』をそのまま表したようなデザインだ。

「尚、生徒の中に嗅覚の鋭い者は居ると思われますので、そのような生徒には「人間界に住んでいた」と誤魔化して下さい



「え、あぁ……うん…」
ローズの忠告の意味が分からなかったエリアは、とりあえず首を縦に振っておく。
時間の方は、窓の外が暗い事から夜なのだろうと自己完結してしまう。

「では若様、貴方の種族をどうするかお決めになって下さい」

「ふぇ?人間じゃ…そっか、魔界…」
そう。
魔界に立っているのだから、勿論魔物しか居ない事になる。
もしも人間がいたとすれば、相当な命知らずかエリアのような事情のある者だろう。

「えぇと……えっ、これが……魔物…?」

「はい。そちらの方々は全員、その種族を代表してモデルとなって頂いた魔物の方々です」

「でも…どう見ても女の人じゃないか」
エリアが見ていた魔物の図鑑。
エリアはてっきり、魔物と言うくらいだから大きなドラゴンやら屈強そうな化け物を思い浮かべていた。
しかし、一度図鑑を開けてみるとその内容に少し戸惑ってしまう。
どこのページを見ても、セクシーなポーズで読者を魅了する女性たちばかりである。
褐色の肌をこれでもかと見せつけたボンテージ衣装を纏う女性や、女性らしさを前面に出した衣装で男性を魅了する角の生

えた女性等。
様々な女性が写っていた。

「ええ。魔物には現在、女性型の者しかおりません。一部を除いて、ですが」

「そ、そうなんだ…‥あっ、この人とかは魔物っぽいかも」

「そうですね、彼女達なら若様の思う魔物像に近いかも知れませんね」
エリアが指差した女性の絵。
それは、半透明のプルプルとした身体を持つスライム種。
これらの種類は総じて半液体の身体を持っており、なんでも溶かす粘液の身体を持つ。

「間違っては居ませんけど、後者の能力はありませんよ?」

「ふぇ?誰に言ってるの?」

「いえ、なんでもございません」
まるで読者たちに説明するマンガの解説者のように指を一本立てて、ローズが虚空へ説明を飛ばす。
傍から見れば謎でしか無いその行動にツッコミを入れたエリアだったが、ローズに口を指で押さえられて黙らされる。

「さて、お決まりになられました?」

「うぅん……なるべく人間に近い種族がいいよね…」
頭を抱えるエリアを見兼ねて、ローズはとあるページを開いてエリアに見えるように差し出す。
そこには、耳の尖った女性が弓をこちらへ構えている絵が描かれていた。
隣の文面には、「elf」と書かれた種族名があった。

「エルフでしたら、多少の事では怪しまれる事もないでしょう」

「うん、分かった。それじゃエルフにするよ」

「畏まりました。学院の方へはエルフと言う事で通しておきます」
そう言って、ローズは手っ取り早く書類に何かを書くと、それを折り畳んでメイド服のポケットに仕舞いこむ。

「さて、それでは続いて……お着替えと参りましょうか♪」

「ふぇ?!い、いや着替えくらい一人で……キャァアアアアアアアア」
不敵な笑みを浮かべるローズに、エリアは何の抵抗も出来ない。
そのまま、服を脱がされて行くのをただ見守る事しか出来ないのだった。

―――――

「はぁ……はぁ……ひぐっ…」

「お似合いですよ、『お嬢様』?」
ローザの目の前で、呼吸も絶え絶えに涙ぐむ少女。
それは紛れも無くエリアだった。
女生徒の制服を身に纏い、靴以外は女生徒そのものである。

「ひぐっ……ローズ……みられたぁ…それに、スースーするぅ…」

「えぇ、年齢相応の可愛さでしたわ、『若様』?」
両手で恥ずかし過ぎて真っ赤になる顔を隠しながら、エリアは泣き崩れる。
その様子を見てニコニコとほほ笑むローズが、エリアの頭を優しく撫でてやった。

「では、これを飲んで今日の所はお休み下さい」

「ふぇ?これ……お薬?何の…」
撫でていた手が、いきなりエリアの手を掴み、手の上に何かを置く。
それは、何かの薬の瓶のようだった。
中には無色透明の水が入っていて、揺らすと水面が波紋を立てる。

「明日になれば分かります」

「そ、そうなの…?……プハァ……甘いね、これ…」
問いをローズに投げかけたエリアだったが、言い終わる前に彼女に止められてしまう。
選択の余地も無しに、渡された薬を一気に飲み干す。
飲んでみると、それが心を舞い上がらせるような甘さだった。

「すっごく…美味しくて……」

「先程選んだ種族の方を思い浮かべながら、お休みなさい――」

「う…ん……おやすみ…」
薬を飲むと、まるで意識が優しく包み込まれるようにフワリとした感覚と共に失われていく。
それは決して苦しい物や悲しい物では無く、寧ろ温かで気持ちのよい物だった。
ローズの言葉を聞きながら、エリアは眠りに落ちて行く。

――――――――――――――――――――――――

「………んんぅ…」

「あっ♪かいちょーさーん!起きましたー!!」
ぼんやりとした意識が、段々と自分を覚醒へ導いて行く。
そうして、目が覚めると目の前には一人の女の子がこちらの顔をジロジロと見ていた。
が、僕が目を覚ましたと分かるや否や、大きな声で「かいちょー」なる人を大声で呼ぶ。

「分かりました。ですがジェシー?彼女は起きて間もない事ですし、声を抑えた方が良くてよ?」

「あっ、はーい。ごめんね、お姉ちゃん」
どこかで聞き覚えのある女性の声を聞きながらゆっくりと起き上がる。
そうすると分かったのだが、先程の大声の少女はどうやら子供のようで、まだ中学生になりたての子供のような印象を受け

た。
それより、先程の女生とこの少女が「彼女」や「お姉ちゃん」と言っているが誰の事だろう?
自分は「エリオ・シュテリウム」で、シュテリウム家の跡継ぎである男なのに…

「ジェシーがどうも失礼しました。エリアさん、お目覚めになられましたか?」

「ッ!?あっ…はい…っ?!?!」
エリアと呼ばれ、自分が昨日の事を思い出し、正面を向く。
そこには、いつも見慣れた姿とは少し違うローズの姿があった。
立派に生えた蝙蝠の翼に、蛇のようにしなる長く細い尻尾、そして何より頭に生えた硬質の黄色く太い角。
昨夜見せて貰った資料の中にあった、「サキュバス」と言う種族のそれと一致した。
しかし、それよりももっと驚く事がある。
それは自分の声であった。
昨日までの自分の声をもう少し高くしたような、若い女性の声。
それは、紛れも無く自身の口から発せられていた。

「顔色が優れないようですが、お顔でも洗ってきますか?」

「え…あっ……そうします…」
間違いない。
これはローズからのアドバイスだ。
顔を洗いに行き、そこで鏡を見る事を指示する物だ。
そう確信したエリアは、フラフラとした足取りで手洗いへ向かう。
その場所はすぐ近くにあり、そこを借りる事とした。

「鏡………ッッ?!」
鏡を見つけ、自分の顔を覗きこむ。
そこに映っていた人物。
それは、自分に瓜二つの、しかし髪と耳の長い女性の物だった。
短く切り揃え、少しでも男である事を意識しようとしていた髪はグンと伸び、腰のあたりまで伸びている。
耳は先が尖っており、昨夜読んだ本のエルフと同じだとすぐに気付いた。

「……そうだ、顔洗わなきゃ…」
パチャパチャと水の溜められた容器から水を掬って顔を洗う。
それだけでも相当に目が覚めた。
そして昨夜の事も思い出す。

「……ありがとうございました」

「だいじょーぶ?」
顔を洗い終え、洗面所から出て来たエリアを、ローズとジェシーが迎えてくれる。
どうやらジェシーはエリアが心配だったようで、エリアにペタペタと触れながら無事かどうかを確かめていた。
そう言う行動を見ていても、彼女が子供っぽい事は明白だった。
まぁ、口にすれば多少起こるだろうが。

「さて、ではもう着替えも済んでいるようですし、教室まで御案内します。着いて来て下さい。それと、ジェシーには生徒

会室の留守番を命じます」

「分かりました、おねーさま♪」
こうして、エリオ改めエリアは長らく潜んでいたこの生徒会室を後にした。

――――――――――――――――――

「えー、今日は皆に転校生を紹介するぞー」

「えっ、転校性?!」

「んな性別あるか。ほら、入ってきて」
ワイワイガヤガヤと声の漏れる教室に、一人の教師が入って来た。
片巻きの大きな角を頭に乗せた、どうにも不良っぽさを思わせる教師だった。
名前は「ミネス」と聞いている。
そのミネス先生が、自分を呼ぶ。

「おっ!可愛い子じゃーん♪」

「ホントッ♪守ってあげたい系のー♪」

「静かにしろー?ほれ、自己紹介」

「は、はい…」
すっかり、場の空気に流されてしまって自分のペースが保てない。
が、そこは富豪の御曹司と言った所。
冷や汗一つかかずに自己紹介を始めた。

「え、エリア・シュテリウムと言います。宜しくお願いします」

「よろしくー!」

「これからよろしくねー♪」
どうやら、第一印象としてのエリアは皆から好かれる様だった。
それだけ。たったそれだけなのに、何故かエリアは心から嬉しく思って少し涙ぐむ。

「う、うん…よろしくね」

「あら?泣いちゃった?」

「緊張しちゃうもんねー」
数人の女生徒の言う通りだった。
この涙はきっと、緊張の糸が途切れた拍子に出て来てしまったのだろう。
誤魔化す様に笑いながら、指で涙を拭う。

「エリアの席はそうだなー……アリスー、お前の後ろでいいかー?」

「アイリスです〜!いつもいつも間違えて…アレ?アリスだったっけ…?」

「アイリスでしょ?!」

「アッハッハ〜♪そうでしたー♪」
教師が一人の女生徒を指す。
そこには、同じ学園とは思えない程に幼い少女が座っていた。
その生徒は、ミネスとボケをかまし合えるような関係らしく、バカをやってみせてくれた。
それにクラスメイトの一人がツッコミを入れてくれて、場の空気がすごく和む。
意図的にやっているに違いないと思ったエリアは、アイリスを凄いと感じていた。

――――――――――――――――――

「では、これで授業を終わります。皆さん、粗相の無いよう努めて下さいね?」

「はーい♪」
今日の最後の授業が終わり、先生の礼と共に今日の授業が終わりを迎えた。
そして、先生が教室のドアをくぐって行った瞬間、クラスの全員の視線がエリアに注がれた。

「ねぇねぇ!エリアちゃんってどこから来たの?」

「私、エリアさんの様な綺麗なお方とお話するのが好きですの」

「エリアさん、この後お食事などご一緒どうですか?」

「それにしてもこの時期に転校性だなんて」

「あぅ、その…えぇと…」
エリアの席の周りに集い、まるで餌に群がるハトかコイの様な女生徒達。
彼女らは、自分の思う事を口々にエリアに問い続ける。
どれから答えていいかも分からず、エリアはただ困り果てる事しか出来ない。
しかも良く見れば、アイリスもニコニコしながら輪に入って来ていた。

「――はぁぁ…疲れたぁ…」

「仕方ないよ、一人ひとりとお話して行くんだもん♪」

「努力家なのですね」

「うーん、私ちょっと心打たれたかもー」
暫くエリアに対する応対が続けられていたが、時間が経ち生徒たちの数も疎らになって来た。
今となっては、エリアの周りには数人の女生徒が居るのみ。
前の席のムードメーカーのアイリスを始め、女王志望のジャイアントアントであるアンナさん、その隣でフヨフヨと浮いているのが

ダークマターのクロムと言ったメンツである。

「今日の所は早めに…」

「ちょっといいかしら?」
弱音を吐いて帰る準備を始めていたエリアの前に、ローズが現れた。
その隣には褐色肌の少女が立っている。

「せ、生徒会長?!」

「どうしてまた生徒会長なんて…」

「貴様ら黙れっ!」
ざわめく女生徒達を、傍に居た少女は一喝して黙らせてしまう。
それを確認した所で、ローズが一つ咳払いをしてからこう告げた。

「エリア・アイリス・アンナ・クロムの4名はこれより生徒会室へ連行します」

「ふぇ?えぇぇぇっ?!」

続く
12/12/31 00:35更新 / 兎と兎
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