連載小説
[TOP][目次]
前編
「……………………」
腰辺りまで伸びたカラフルな藪をガサガサと掻き分けて進む一人の少年。
紫陽花を思わせる淡い紫色の燕尾服を纏う一九六センチという滅多に拝む事の無い長身、熟した葡萄のような黒っぽい紫色の長髪は項辺りで束ねられている。
藪を掻き分ける手には白手袋を着けており、その姿は良家の執事を思わせるが、青紫色のフレームの眼鏡の奥に覗く切れ長の目は困惑と疲弊に染まっている。
「……………………」
少年の周囲は何と言うか、奇妙の一言に尽きる光景だ。
カラフルでファンシーなカラーリングの奇妙に捻じ曲がった草木。
時折見つかる、アヘ顔のトーテムポール―少年をやや上回る、男性器をリアルに再現した張り型を見つけた時は本当に驚いた―を始めとした場違いで卑猥なオブジェ。
見上げればハートを中心にトランプのマークの形をした色鮮やかな雲が浮かぶ桃色の空。
まるで玩具箱をひっくり返したような光景は少年の精神を疲弊させるには充分過ぎる。
「此処は一体何処なのですかぁぁぁ――――――――!!」
空に向かって叫ぶ少年の名は紫法院武人(シホウイン・タケヒト)、『勇者』として召喚された異世界の住人である。



科学万歳な世界の住人である武人が、人間と魔物が住まう如何にもファンタジーな世界に血よりも濃い情で繋がった義兄弟達と共に召喚されてから三ヶ月は経つ。
言葉から思い浮かぶイメージを崩す、平和と人間を愛する心優しい魔王。
魔王の影響で、嘗ての名残を残しながら見目麗しい美女に変わった魔物。
ソレだけでも驚くには充分―因みに、武人は二週間程で慣れた―なのだが、この世界には『マキナ』と呼ばれる巨大ロボットとアンドロイドが存在しているという。
武人達をこの世界へと召喚した張本人であるアステラ・フォン・ラブハルトの話に因れば、彼等がこの世界に召喚されたのはマキナとアンドロイドに対抗する為だ。

この世界には世界を創造した『主神』と呼ばれる女神を信仰し、教義に反する存在である魔物を敵視する武装宗教組織・『教団』が存在している。
その中でも二番目の規模を誇った宗教国家・レスカティエは、今から一五年前にアステラの姉であるデルエラの手で陥落した。
元々国内に不満が溜まっていた事もあってレスカティエは呆気無く陥落し、教団は奪還を試みるものの失敗を繰り返し、今では最大の汚点として放置されている。
奪還を諦めきれなかった一部の幹部達は奪還を当面の目標とした軍事都市・ネルカティエを興したが、このネルカティエがマキナとアンドロイドを開発した張本人である。
この世界の技術力は魔術で発展した部分はあれど総合的に見れば中世と同レベルなのだが、ネルカティエは元の世界とこの世界の二つを遥かに超えた技術力を何故か保有している。

巨大ロボット・マキナとアンドロイドの存在、召喚された自分達がこの二つに対抗出来る存在である事を武人も最初は否定した。
然し、武人と共に召喚された義姉・藍香東(アイカ・アズマ)を皮切りに、彼の義兄である白城琴乃(シラギ・コトノ)、赤尉紅蓮(セキジョウ・グレン)、碧澤一心(ミドリザワ・イッシン)がマキナを操縦するのを目の当たりにした以上実在を信じるしかない。
同時に同じ義父の許で育った自分達には、オーバーテクノロジーに対抗するに充分な力を持っている事が証明された。
コレは余談だが、この四人の他にも武人には義兄一人と義弟二人がおり、彼は八人兄弟の五男、誕生日は違えど全員同じ『一七歳』である。
兎に角、この世界には過ぎた力に対抗出来る存在である武人は、魔物側の『勇者』として日夜教団と戦っているのである。
尤も、レスカティエ奪還を目指して攻勢に出た教団が、武人達異世界組を含めた魔物側に敗北したのが二週間程前の事。
一気に失った戦力の補充で教団が大人しくしている為、暇を持て余しているのだが。

×××

「一体何処なのですか、このポップで奇妙な森は……」
ブツブツと呟きながら武人は何故こんな奇妙な場所に居るのかを思い出すが、今日は特別変わった事はしていない。
セクハラを受け流しつつ日課の朝練、その後誘惑を拒みながら朝食を済ませ、朝食の後はお誘いを断りつつ午前の警邏に出た。
其処までは普段通りの日常だが、問題は其処からだ。
昼の訓練相手であるアルルカン―リビングドールという付喪神に近い魔物であり、琴乃の『妻』でもある―との組手の内容を考えながら歩いていたらこの状況。
中世ヨーロッパそのものの街並みを歩いていたら、突然こんな奇妙な森を歩いていた。
うん、一体全体何がどうしてこうなったのかサッパリ分からない。

「やぁ、君が異世界の住人かな〜?」
「……っ!?」
経緯を思い出そうとして逆に混乱してしまった直後、突然背後から掛けられた声に武人は振り返りながらボクサーのように左手を前に出して構える。
「そんなに警戒しなくていいよ〜ん、僕は女王様に頼まれて君を迎えに来ただけだし」
振り返った先には肩を竦めた男装の麗人。
右半分を紫色、左半分を黒く染めた長袖のシャツ、首には紫色の蝶ネクタイ、スペードが縦に並んで描かれた黒のスラックス、黒と紫で縦半分ずつ染め分けられた長髪。
この麗人、風貌だけ見れば女執事と言えるが頭頂部には猫耳を、腰辺りに尻尾を生やし、四肢の末端は紫色の毛に覆われている。

「貴方は一体何者ですか……?」
「あっ、自己紹介がまだだったねぇ。僕はザッハ・トルティア、色に狂った『不思議の国』の案内人のチェシャ猫さ」
拳を構えたままの疑問に再び肩を竦めつつ、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらザッハと名乗った女執事は自己紹介するが、彼女の自己紹介に武人は首を傾げる。
武人は義姉である東が魔物化した事を機に図鑑や聞き込みで魔物の種族を調べてきたが、『チェシャ猫』という種族名は記憶に無い。
ソレに加え、『不思議の国』という単語―恐らく、地名だと思われる―も聞き覚えが無い。
「にゃふふっ、疑問で頭が一杯って感じぃ? 女王様の許に案内するついでに、僕の事や不思議の国の事を教えてあげるよ」
言い終わるが早いかザッハは軽快な足取りで歩き出し、構えを解いた武人は難しい表情を浮かべながら彼女の後を追う。

「さて、と……僕の事を話す前に、不思議の国について話そっか」
曰く、不思議の国は色欲に狂った国。
食べた者を幼児化させるクッキー、媚薬の豪雨とソレに伴って出来る媚薬の池等、国内の全ての物品・食物及び場所には『ハートの女王』の手で魔術が施されている。
突発する淫靡なハプニングに来訪者は振り回されてしまうのだが、遭遇しなかった武人はザッハから見れば『運が悪かった』方らしい。
来訪者は振り回される一方で、住民達は施された魔術の内容と発動条件を把握しており、上手く利用すれば便利な生活を送る事が可能な為、住民達は有効活用しているそうだ。
然し、住民達にとって普通の光景であっても訪れたばかりの第三者から見れば突然淫らな情事に耽り、交わり始める住民達を狂っていると認識してしまう。
故に、不思議の国は色欲に狂った国と言われているそうだ。

不思議の国を治める『ハートの女王』は非常に子供っぽい性格をした傲岸不遜な暴君で、不思議の国の全ては彼女の気分と我儘と気紛れで決められている。
ハートの女王の機嫌を損ねた時は勿論、彼女の気紛れで来訪者・住民問わず理不尽な判決が下され、判決に応じた淫らな極刑を受刑者に与えるそうだ。
そんな暴君であるハートの女王は神に等しい魔王に最も近い魔力量と、その魔王を超える魔術の才能を持っている。
その魔力は不思議の国だけの固有種を生み出し、固有種の始祖に当たる原種を固有種へと変えてしまう程。
同じ悪戯好きな性格からハートの女王と意気投合したワーキャットを始祖とした固有種、ソレがザッハ達チェシャ猫だそうだ。

「不思議の国はこの世界の一部なんだけど、外とは隔離された別空間に存在してるんだぁ。ほら、有名な宿屋によく在る曰く付きの開かずの間、アレが表現としては適切かな?」
異次元に存在する不思議の国は世界の一部ではあるが、『外の世界』とは隔離されている。
外界と隔離されている不思議の国に入るにはハートの女王の気紛れで招待されるか、彼女が気紛れで開けた転移魔法陣(ポータル)を通らなければならない。
心霊現象や殺人事件等で封鎖されたホテルの開かずの間、同じ建物内にありながら外部と隔絶された空間、成程ザッハの挙げた例えは実に解りやすい。
外界と隔絶されている上に住民達は国外に出ようとしない為固有種は勿論、地名すら外界には殆ど知られておらず、存在を知っているのは魔王一家だけだとか。

「成程、そういう事でしたか……」
「納得してもらえて何より。えぇと、この辺りだったよぅな〜」
「…………?」
納得した表情を浮かべる武人を尻目に、ザッハは急に立ち止まって周囲を見渡し、何かを探しているようにも見える彼女に武人は首を傾げる。
すると、目当てのモノを見つけたらしいザッハが急に歩き出し、歩き出したと思えば直ぐに立ち止まって『コッチに来い』と手招きする。
首を傾げながら手招きに応じて武人が近寄ると、ザッハの隣には熊か何かの大型の猛獣が爪で引っ掻いたような跡が残るアヘ顔のトーテムポール。
「このトーテムポールがどうか」
「んっ……」
「し、んむっ!?」
このオブジェがどうかしたのか、と問おうとした瞬間だ……武人の唇に柔らかく、そして濡れているザッハの唇が触れ合い、突然のキスに武人は目を丸くする。

「んっ……れるっ、はふっ……ちゅるっ、んんっ……」
「〜〜〜〜〜〜〜!?」
柔らかい毛に覆われた手で顔を押さえてザッハは積極的に舌を絡ませ、ファーストキスが濃厚なディープキスで奪われた事に目を丸くして驚く武人。
「にゃふぅ……僕もそれなりに背は高いけど、君には負けるねぇ。これじゃキスするのも一苦労だぜ」
「ぷはっ……と、突然何をするのですか!?」
息苦しさを感じるまで続けられた濃厚なディープキス。
唇を離して身長差―二人の身長差は二〇センチ近くある―をぼやくザッハから武人は顔を真っ赤にしながら離れようとするが、彼女に腕をガッシリと掴まれてしまう。

「にゃにゃ、離れないでよぉ。二度手間になっちゃうからさ」
「二度手間とは、どういう……」
言葉の意味を問おうとした瞬間二人の足元に魔法陣が一瞬で描かれ、描かれたかと思うと魔法陣が妖しさを感じさせる紅い光を放つ。
「『迷いの森』は不思議の国の入口、此処から城まで行くにはこうした方が早いんだよ〜ん」
言い終わると同時に魔法陣が一際強く輝き、突然落下するような感覚に武人は襲われる。
落ちていく、何処までも落ちていく……五感が狂う、視界が歪む、平衡感覚が失われる、自分の体勢はおろか存在自体が曖昧になっていく。
この感覚を武人は覚えている、この感覚は転移魔術で何処かに跳んでいる時と同じだ。
何処に跳ばされるにしても、この奇妙な森―ザッハ曰く、『迷いの森』だそうだ―のような場所でない事を祈りたい。
そう祈りながら、武人は転移の感覚に身を任せた。



「漸く来おったか、妾は待ち草臥れたぞ」
底無しの穴に落下するような独特な感覚は直ぐに終わり、何処に跳ばされたのか身構える武人の前には赤と白のツートンカラーの玉座でふんぞり返る少女。
華奢で小柄な身体に纏うはハートが所々に描かれた紅白のツートンカラーの豪華なドレス、右手には先端がハート型の魔法少女っぽさを漂わせる短めの王錫。
「おい、妾の声が聞こえておるのか?」
頭には豪華な王冠―コレも紅白のツートンカラーだ―を被っているが、上から押し込めば中に頭がスッポリ収まってしまいそうな程に大きい。
見た限りの印象は『背伸びして王様らしい格好をした小学生』といったところで、彼女の隣には何時の間にかザッハが控えている。
周囲を見渡してみれば赤と白の二色で彩られた王族らしさと子供っぽさが同居した広間、見渡す限り玉座に座る少女含めて赤と白で統一された光景は正直目が痛い。

「えぇい! 妾を無視するでないわ!」
すると少女が突然癇癪を起こして右手の王錫の先端を武人に向けると、眺めているだけで頭が痛くなりそうな程に複雑且つ精緻な魔法陣が一瞬で彼の足元に描かれる。
足元に浮かび上がった魔法陣で漸く武人は少女に声を掛けられていた事に気付くのだが、時既に遅し。
「汝(ナレ)は極刑じゃ!」
「……っ!」
少女が叫ぶのと武人が動いたのはほぼ同時、足元に浮かび上がった魔法陣から武人は即座に魔法陣から逃れる。

「な、何じゃと!?」
「へぇ……!」
武人の動きに少女は驚きで目を見開き、ザッハは驚嘆の声を漏らす……魔法陣を経由して発動する魔術は、発動するまでにタイムラグが存在する。
然し、少女の魔術のタイムラグは一秒にも満たないごく僅かなものであり、魔法陣展開=発動の魔術を避けた事も驚きだが、二人を驚かせたのは武人の挙動。
「声を掛けられていた事に気付かなかったのは謝りますが、だからと言って突然攻撃用の魔術を使うのは感心しませんね」
第三者から見ればノーモーション・詠唱無しで転移したようにも見えるが、武人は単純に『転移と勘違いしてしまう程のスピード』で後ろに飛び退いただけだ。
足元の絨毯に黒々と焦げたブレーキ痕を残す武人……人間は勿論、魔物最速のコカトリスでも無理そうな超高速バックステップに、二人は目を丸くするしかない。

「さて、改めて自己紹介を……私は紫法院武人と申します、以後お見知りおきを」
「う、うむ……妾の名はファタジナ・フォン・ラブハルト、皆からは『ハートの女王』と呼ばれておる」
驚く二人を前に武人は姿勢を正し、執事を思わせる丁寧な挙動で名乗りながら頭を下げ、丁寧な自己紹介で怒気を抜かれたのか少女は戸惑いながら名乗り返す。
自己紹介を受けて頭を上げた武人は少女の、ファタジナのファミリーネームに首を傾げる。
ラブハルト、当代魔王・オリジナと同じファミリーネーム。
「……失礼ですが、若しや貴方は」
「うむ。妾はアステラの姉、リリム五人姉妹の三女じゃ」
微かに困惑を滲ませた武人の問いにファタジナは胸を張って答え、その答えに今度は彼が驚きで目を見開く。
現在、武人達異世界組が世話になっており書類上では上司であるアステラ、ファタジナは彼女の姉だと言うが

「アステラの方がに見えますね」
どう見てもアステラの姉には見えない。
妹より低い身長―まぁ、アステラは女性にしては背が高い部類なので比べるのも酷か―、性格も姉の方が子供っぽく、角も妹の方が立派で胸も妹が御茶碗なら姉は洗濯板。
容姿と性格だけで見れば、『アステラがファタジナの姉』で通用しそうである。
「黙らっしゃい!」
「まぁまぁ……」
思わず漏れた呟きが聞こえていたらしく、猫が威嚇するように髪を逆立ててファタジナが怒り、怒る彼女をザッハが宥める。
些細な事でムキになる辺り、やはりアステラの方が姉に見える。

「ファタジナ様、何故私は此処に呼ばれたのでしょうか? 貴方に招待されるか、貴方が転移魔法陣を開かない限り不思議の国に訪れる事は出来ない、とザッハから聞きましたが」
「ふんっ……アステラが異世界から召喚した者を見たかったのもあるが、汝を呼んだのはこの国の『用心棒』にする為じゃ」
ファタジナが招待するか、転移魔法陣を開かない限り不思議の国を訪れる事は出来ない。
ザッハからそう聞いていた武人は彼を招待した張本人に理由を問うと、その口から何やら物騒な単語が出てきた。
用心棒、とは一体どういう事だろうか。
「外界と離れた此処でも、外の情勢はそれなりに入ってくる。教団の連中が性懲りも無く奪還に挑み、見事玉砕した二、三日経った頃から項がピリピリするのじゃ」
口を開こうとする武人を制し、ファタジナは彼を不思議の国に呼んだ理由を話し始める。

曰く、項にピリピリと痺れるような感覚は近い内に何か良からぬ事が起きる予感、七割と地味に侮れない的中率を誇る予感の数日後には外界で良からぬ事が起こる。
実際、東が魔物化する切欠となったアーカム襲撃、義兄弟との再会というオマケの付いたレスカティエ攻防戦の数日前にも項がピリピリしたそうだ。
レスカティエ攻防戦から二、三日経った後、項にピリピリとした感覚が走ったが、今回の予感は今までと違うらしい。
嘗ては一瞬痺れる程度だったが、今回は定期的に生じる上に徐々に痺れが強くなっていく。
今までとは違った予感にこの不思議の国で何か良からぬ事が起きるのでは、とファタジナは漠然とした不安を抱えた。

その時、ファタジナが思い出したのが武人達異世界組。
姉妹の中では豊富な実戦経験に裏打ちされた戦闘技術を持ち、戦闘技術に関して世辞抜きの辛口評価を下すアステラだが
『いやぁ、アイツ等本当に人間なのかよって思えるぐれぇに強いんだわ。戦い方次第じゃアテも惨敗するね、こりゃ』
と、武人達を褒めたのを思い出したのだ。
戦闘技術に関しては姉妹随一のアステラがそう評価する武人達なら、万が一不思議の国に凶事が起きても安心出来る。
アーカムには六人居るのだ、一人くらい不思議の国に招待しても問題無いだろう。
折角だから異世界から来た人間を見てみたい……そう判断したファタジナは六人の中から適当に選び―若し伴侶が居るなら伴侶付きで―、その結果が武人なのである。

「……つまり、アーカムに滞在中の私達なら誰でも良かった、と?」
恐る恐るといった感じで尋ねる武人にファタジナは胸を張って頷き、彼女の頷きに武人は頭が痛くなる。
「ふふん、妾に招待されたという名誉に感動するがよい。それと何時起こるか分からぬ故、汝には暫く此処に居てもらうぞ」
武人は思った、適当に招待するくらいなら誰を招待すべきか吟味してからにしてほしい。

×××

「ふぅ……あの女王様には困ったものですね」
ファタジナとの謁見が終わり、用意された部屋に案内された後、ベッドに腰掛けた武人は呆れた呟きを漏らす。
確かに大抵の荒事には対応出来る自信はあるが、招待するなら万が一の事態……マキナの襲来に対応出来る紅蓮、東、一心、琴乃の内の誰かを招待してほしかった。
教団のマキナが現れても『マキナに必要なモノ』が欠けている自分ではどうしようもなく、素手で巨大ロボットを手玉に取った超人格闘家の真似をさせられるのは勘弁してほしい。
此処で『マキナに必要なモノ』が得られるのなら幸いだが、欲しいからと言って得られるモノではなく、そもそも『マキナに必要なモノ』が何なのか分からない。
「……今考えても仕方が在りませんね」
桃色の空は時間経過の判断が難しいが招待された時間を考えれば多分夕方だろう、普段の就寝時間よりかなり早いが今日は精神的に疲れた。
疲れている時は早めに寝るに限る、と判断した武人は上着を脱いでベッドに身を沈める。
精神的な疲れもあって睡魔は早速訪れ、武人は深い眠りに就いた。

―ギシッ…
「…………?」
眠りに就いてから数刻、耳に届いたベッドの軋む音に武人はボンヤリと意識を覚醒させる。
悲しいかな、長年の癖から深い眠りに就いていようと、武人は微かな音と僅かな気配でも起きてしまうのだ。
「あっ、起きちゃった?」
「な、何故貴方が此処に……いや、ソレよりも鍵はどうしたのですか!?」
目を擦る武人の前には何故か残念そうな表情を浮かべるザッハがおり、彼女の姿を捉えた事で武人の意識は急速に覚醒する。
アーカム滞在中から逆夜這い防止に武人は就寝前には扉に鍵を掛けており、確かに掛けた筈の鍵をどうやってザッハは外したのだろうか。

「鍵なんて、僕の前には無駄無駄無駄ぁ! だよ〜。だって、僕はチェシャ猫だし」
「全然答えになっていませんが!?」
ニヤニヤと笑いながら答えるザッハだが、答えになっていない彼女の答えに武人は思わずツッコミを入れる。
チェシャ猫には不思議の国内部限定だが空間転移能力を持ち、彼女達は息をするかの如く自然に空間転移を行使出来る。
故に、ザッハ達チェシャ猫の前に鍵は無意味なのを武人は知らず、ザッハもココでソレを教えるつもりは無い。
「……鍵の事は不問にしますが、何故貴方は私の部屋に?」
どうやって鍵を外した―鍵を外したのではなく、転移で直接部屋の中に入った事を武人は知らないが―のかは後回しに、武人は部屋を訪れた理由をザッハに尋ねる。
まぁ、理由は何となく予想出来るが。

「にゃふふ、武人とエッチしに来たに決まってんじゃん♪」
ニヤニヤと笑みを浮かべるザッハから返ってきた、予想通りの答えに武人は言葉を失う。
義父に引き取られてから自己研鑽を繰り返してきた武人は恋愛どころか、異性にすら興味を持った事は一度も無く、この世界に訪れてから彼は漸く興味を持ち始めた。
恋愛に興味を持ち始めた武人は所謂王道の、徐々に関係を深めていく恋愛をしてみたいと思っており、肉体関係から始まる恋愛―大抵の魔物がこのパターンである―を好まない。
「おろ?」
故に武人は壊れ物を扱うようにザッハを優しく押し退け、押し退けられた事にザッハは首を傾げる。

「貴方達魔物が、その……性交を何よりも好む事は私も知っていますが、行為に及ぶのはもう少しお互いを知ってからでも充分だと」
「んっ……」
「思い、んむっ!?」
もう少し相手の事を知ってから……そう断ろうとする武人の口にザッハは唇を当てて塞ぎ、唐突なキスに武人は目を丸くする。
「……あ……んっ……ん、ちゅ、ちゅぅッ」
目を丸くする武人を尻目にザッハは唇を重ね、角度を変えながら肌を啄む。
紫色の柔毛に覆われた手で武人の顔を押さえ、トロンとした眼でザッハは武人の口腔内に舌を滑り込ませる。
「んむっ……ん、んんっ……気持ち、良い、なぁ……」
猫科特有のザラザラとした舌が口腔内を舐め回し、その独特な感触に武人の身体から力が抜けていく。

「ぷはっ……」
「はぁ、はぁ……突然、何を……?」
キスに飽きたのか、息苦しさを感じたのか。
トロンとした表情を浮かべながら唇を離したザッハに、息を荒げながら武人は問う。
「何って、キスに決まってんじゃん」
「私が聞きたいのは、何故キスをしたのかです」
「何でって、武人が好きだからだよ〜ん」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながらの答えに武人の思考がフリーズする。
今、ザッハは何と言った? 自分の事を好きだと言わなかったか?
出逢ってから数時間しか経っていないのに、何故ザッハは自分を?

「僕達チェシャ猫は不思議の国の案内人だけど、やっぱり魔物だしねぇ」
唐突な告白にフリーズしている武人を尻目にザッハは頬をやや赤らめながら言葉を続ける。
チェシャ猫は来訪者を案内しつつ不思議の国の価値観に染め上げる事を目的としている為、彼女達はあくまで傍観者に徹するが、来訪者が自分の好みであったなら話は別だ。
好みの来訪者を見つけたチェシャ猫は、自身の伴侶にすべく積極的に来訪者へ干渉する。
「武人を見つけた時、胸とオマ○コがキュンキュンしてさ♪ あぁ、コレが一目惚れってヤツなんだなぁってドキドキした!」
一目惚れした、と笑いながら告げるザッハだが、未だ思考がフリーズしている武人の耳に彼女の言葉が届いているかどうか怪しい。
未だフリーズしている武人を前にザッハはゴソゴソと服の中を漁り、

「と、言う訳でこんな物を用意しました〜☆」
「って、何ですかソレは!?
服の中から取り出した怪しい物体に武人のフリーズしていた思考が驚愕で再起動する。
先端が歪な形をした、やや湾曲した太く短い棒……その先端の形はまさに男性器なのだが、問題なのは『棒の両端が亀頭になっている』事だ。
「そ、ソレはまさか……」
ピンクな怪しさ爆発の物体に嫌な予感を感じた武人は冷や汗を流す。
この棒が何なのか、武人は実際に見た事は無いが聞いた事はある。
其即ち、双頭ディルドー也。
「しようぜ! 僕が攻めな☆」
「ちょ……ま、待ちなさい! 私はっ!」
本来、女性同士の白百合咲き乱れる行為で使われる物だが、武人がソレを受け入れられる『穴』は一ヶ所だけだ。
このままでは掘られる……ベッドの上から慌てて逃げようとする武人だが、ザッハに足を取られて無様にひっくり返される。

「にゃふふ、何かワクワクすっぞ♪」
でんぐり返りを途中で止めたような体勢の武人に何時の間にか服を脱いだザッハが跨るが、その手の中に双頭ディルドーは無く、どうやら使うつもりは無いらしい。
何時の間にか消えた双頭ディルドーにホッとしたのも束の間、ザッハは魔力を注ぎ込んで勃起させた武人の逸物を割れ目に押し付ける。
「んっ……」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながらザッハは腰を落とすと逸物が徐々に飲み込まれ、
「いっ、ぎぃっ……思ったより、痛ぇ……ソレに、武人の、おっきぃぞ……」
「ぐっ、無理はしないでください」
その途中で何かを引き千切ったような感触が逸物から伝わり、ニヤニヤとした笑みで目尻に涙を浮かべたザッハに武人は労わる。
結合部から鮮血が流れ落ちる様は見るからに痛そうだが、肝心のザッハは寧ろその痛みを喜ぶようにニヤリと笑う。

「にゃふふふ……僕は所謂Mだしぃ、痛気持ち良いのは大歓迎なのだぁ……んぐぅ」
そう言いながらザッハは体重を掛けて腰を下ろし、
「ひぐっ、あああっ……痛い、けど……奥まで、入ったぁ……」
武人の逸物を奥まで入れた事で安堵したような甘い吐息を漏らし、逸物の先端がザッハの子宮口を容赦無く抉る。
「もう、堪んねぇ……奥をどつかれるの、凄く良いっ……あぁ、我慢出来ねぇぞぉ……」
「ぐっ、あぁっ……」
そう言い切るよりも早くザッハは腰を動かし始め、逸物から伝わる快感に武人は呻き声を上げる。
つい先程まで処女だったザッハの中は、まるで握り締めるようにキツく逸物を締めつけ、グチュグチュと卑猥な音が響く。

「武人、見える? 武人のが、僕の中、ぐちゃぐちゃに掻き回してるぞ……んっ、あぁっ、裂けちゃいそう……❤」
自分より小柄な女性に組み敷かれて腰を動かされる、まるで犯されているような状態での性交に異様な興奮が武人の身体を支配する。
その途端、武人は尻に妙な違和感を覚える。
「く、うぅっ……ザ、ザッハ、貴方まさか……」
大きくなる違和感、不意に二人の間に先程の双頭ディルドーが現れる。
「うぐ、あ、が……わ、私にソッチの、ぐおぉっ!?」
「大丈夫だって……一緒に、大人の階段、登ろうぜ……❤」
否応無く尻穴に侵入する双頭ディルドー、ザッハが腰を下ろすと双頭ディルドーが二人の尻穴を貫く。
「ぐぁっ……く、うぅっ……」
尻穴を貫く双頭ディルドー……尻穴に痛みが走るが何故かその痛みに激しい快感が伴い、刺激に反応して逸物が張り裂けそうな程に勃起する。

「な、何故このような事に……くぁっ、ぐっ……」
「うひぃっ……ま、まだおっきくなんの……ヤ、ヤバ……もっと欲しくなっちゃう……」
前立腺刺激に反応して更に勃起した逸物にザッハは堪らず腰を振り始める。
「気持ち、良いぃっ……武人のが、お腹の中、抉ってる……腰が、プルプルしちゃう……止まんねぇよぉ……❤」
蕩けた表情を浮かべながらザッハは激しく腰を動かし、その中も別の生物のように蠢く。
ザッハが動く度に双頭ディルドーも動き、痛みを伴った強烈な快感に武人の身体は瞬く間に限界まで追い詰められる。
「ぐ、あ……ザッハ……私は……」
「僕も、もう、限界……いく、いっちゃうよぉ……武人ぉ……一緒に、いこうよぉ……❤」
逸物の脈動で武人が限界に近い事を悟ったザッハはソレまで以上に激しく腰を動かし、

「もう、駄目……限界……ふあ、ふぁぁ――――っ❤」
「う、く……あぁ……」
限界を迎えた二人は同時に絶頂し、激しく吐き出された精液がザッハの中を染め上げる。
アーカムに満ちる魔力で武人は既にインキュバス化しており、常人では考えられない程の精液にザッハは恍惚で身体を震わせる。
「ふわぁ……にゃふふ、一杯出したなぁ……武人、気持ち良かった?」
「はぁ、はぁ……第六感が覚醒するかと思いました……」
収まりきらず滴り落ちる精液にザッハはニヤニヤとした笑みを浮かべながら問い、彼女の問いに武人は息を荒げながら答える。
もうお婿に行けない……そんな敗北感と後悔に満たされながら、強烈過ぎる快感に武人の身体は痺れたように動けない。

「もう駄目、完全に目覚めちまったかも……もっとしたい、もっと欲しい……」
これだけ濃厚な性交をしてまだ物足りないと言うのか、譫言のように呟くザッハに武人は背中に冷や汗を流す。
冷や汗流す武人を尻目にザッハはワインのような赤紫色の液体が入った小瓶を何処からか取り出すと、
「にゃふふ、コイツで楽しもうぜ☆」
「ソ、ソレは一体、んぐっ!?」
武人の口に小瓶を突っ込み、快感で動けない武人は赤紫色の液体を思わず飲んでしまう。
小瓶の中身はみるみる減り、中身を全て飲み干してしまった瞬間、武人は目前の光景に目を丸くする。

『な、何ですか、コレは!?』
四重に響き渡る己の声、見れば自分を除いた『三人の自分』が驚きの表情を浮かべており、寸分違わぬ三人の自分に武人の頭は混乱する。
「あり? 武人、分身薬知らねぇの?」
武人『達』の反応にザッハは首を傾げ、その声に反応して彼等の視線が彼女に集中する。
首傾げるザッハを視界に捉えた瞬間武人達の理性が消失し、彼女を犯したいという衝動に支配される。
「コレは、おひょおっ!?」
飲ませた物の説明をしようとした途端、腰に辛そうな状態から体勢を入れ替えられた事で驚きの声を上げるザッハを尻目に、武人達は獲物に群がる獣の如く彼女に殺到する。
「うっひょぉっ♪ 野獣降り、んぶぅっ!?」
理性を失った武人達の姿に喜ぶザッハの口に逸物が捻じ込まれ、先程まで双頭ディルドーが貫いていた尻穴にも逸物が突き刺さる。
穴という穴に逸物を捻じ込まれたザッハはこの状況を楽しんでいるような恍惚とした表情を浮かべており、其処に居るのは快楽を求める獣達だけだった。



「痛ちちち……本気を出し過ぎて、穴がヒリヒリすっぜ……」
「……………………」
精と魔力を分離させて感覚を共有する分身を作り、擬似的な輪姦を楽しむ。
武人が分身薬の効果と用途をザッハから聞かされたのは効果が切れた後。
仄かな憧れを自分で木端微塵に粉砕した事にヘコむ武人の隣では、彼の精液塗れになったザッハがいきなりの輪姦でヒリヒリと痛む性器に顔を歪ませている。
「あり? もう寝るの?」
「……今日は色々と疲れました。貴方も身体を拭いて、早く寝た方が良いと思いますよ」
この短時間に色々と起こり過ぎて武人は心身共に疲労困憊、疲れているであろうザッハに早く寝るよう促しながらシーツに包まる。
「にゃふふ……おやすみ、武人」
眼を瞑った途端に襲い来る睡魔、ザッハの声を聞きながら武人は眠りに就いた。

×××

「さて、もう少しで準備も終わりますね」
武人が眠りに落ちた頃、蝋燭が弱々しく輝く薄暗い部屋で微笑む一人の女性。
芸術品と見紛うばかりの完璧なプロポーションを包む紫色に染めた白衣、美人と言っても過言では無い程に整った顔立ち、その右手には鈍く輝く銀色の教鞭。
答えを出すのを急かすように教鞭で己の左掌を叩くこの女性こそ、ネルカティエから勇者の育成を任されたネフレン=カである。
ネフレン=カの視線の先には机に広がった一枚の地図……その地図には『とある都市』の見取り図が描かれているが、その見取り図は一見した限り何処の都市にも該当しない。

「救いようのないゴミ共が群れる都市の中で、最も手薄な都市……まぁ、手薄になるのも当然かしら? だって、『今まで誰も攻め込んだ事がありませんから』ねぇ」
何処の都市のものか分からない地図を前にネフレン=カは酷薄な笑みを浮かべる。
地図に描かれた都市は親魔物派領の中で最も軍事力が低い。
いや、皆無と言っても差し支えは無いだろう……何故なら、この都市は『嘗て一度も侵略を受けた事が無い』不可侵領域だからだ。
「軍事力はからっきしなのに重要度はトップクラス……此処を亡ぼすのは赤ちゃんの手を捻るより簡単、而も亡んだ時に『あの女』の受けるダメージもトップクラス」
誰も手を出した事の無い不可侵領域が滅ぶ、ソレだけで多くの親魔物派領に多大な衝撃とダメージを与える事が出来るだろう。
その衝撃とダメージを考えただけでネフレン=カは邪悪な笑みが止まらない。

「亡びのカウントダウンはあと八日、不思議の国が亡びるまであと八日。あぁ、とっても楽しみだわ! うふふ、あははっ! あはははははははははははっ!!

×××

「いや〜、武人の精神力には呆れを通り越して感心しちゃうよ。堅物の人虎とドッコイか、ソレ以上だね〜」
「褒め言葉として、受け取って、おきます」
武人が不思議の国に招待されてから八日目……ファタジナの城の一角、紅白二色の薔薇が咲き乱れる中庭で武人は日課である鍛練を行っていた。
シャドーボクシングを繰り返す武人の近くで胡坐を掻いて座るザッハの言葉に、彼は一瞥もくれずに言葉を返す。
不思議の国に招待された日の夜から武人はザッハと何度も床を一緒にした。
朝昼の訓練の合間にザッハと交わり、夜は疲れ果てて眠るまで交わる……そんな八日間を武人は過ごしてきたが、彼は未だに不思議の国に染まらない。
鋼鉄の如き精神力で己を律し、コレから訪れるであろう危機に備えて訓練を積む。
ファタジナ曰く、どんな敬虔な主神教信者でも半日以内には堕ちる環境に身を置きながら色欲に狂わない精神力にザッハは勿論、ファタジナまで呆れていた。

無論、武人が不思議の国の色に染まらないのには理由がある……この不思議の国には武人以外に戦える者が、彼の知る限り一人も存在しないからだ。
正確には元教団兵や傭兵、魔王軍の軍人等戦う為の力を持った者達も居るのだが、彼等は総じて快楽に溺れて腕が鈍りに鈍っている。
その為、軍隊は勿論、自警団すら不思議の国には存在していないという国家にあるまじき状態であり、そんな状態に住民達は危機感を覚えていないという始末。
まぁ、住人達の平和ボケもファタジナと彼女の母たるオリジナ以外、不思議の国と外界を隔てる次元の壁に転移魔法陣という穴を開けられる者がいない為なのだが。
武人が不思議の国に染まらないのも彼以外まともに戦える者が居らず、唯一の戦力である自分まで快楽に溺れたら不思議の国を守る者が居なくなるからである。

「外の、様子は、どうですか?」
「ん、外の様子? そうだねぇ、例の王女様の結婚式が行われている頃じゃない?」
想像上の敵と戦いながらの問いにザッハは首を傾けながら答える。
先日、アステラから『ネルカティエ第四王女であるルエリィの結婚式が行われる』という通信が―武人を勝手に不思議の国へ招待した苦情込みで―入った。
そして、今日が結婚式当日であり、ネルカティエに最大級のショックが訪れる日でもある。
なにせ、既にルエリィはアステラの手で高位の魔物であるワイトに魔物化している。
而もルエリィはアステラの魔力が徹底的に注がれた特別なワイトであり、彼女の魔物化で会場が荒れるのが容易に想像出来る。
「今頃、教団兵を相手に王女様が大暴れしてるんじゃね?」
アステラの話では、ルエリィは自らの手で結婚式を台無しにすると意気込んでいたらしい。
今頃魔物化で得た力で暴れているのではないか? とザッハは苦笑を浮かべ、その苦笑に釣られて武人も苦笑する。

「訓練はあとどのくらいで終わる?」
「あとは、ロードワークと、基礎運動、だけです」
ザッハの問いにシャドーボクシングを続けながら武人は返答し、返ってきた答えに彼女はニヤニヤ笑いを浮かべる。
武人の訓練は基本的な筋トレとロードワーク、シャドーボクシングの三つで、この三つが終われば待望の濃厚な性交が待っている。
コレから始まる濃厚な時間にザッハがウットリとした表情を浮かべた、その時だ。

ギャリリリリリリリリッ!!

「くっ、がぁっ!?」
「うげぇ!? 何、この音ぉ!?」
突然、轟音が空に響き渡り、耳障りな轟音に二人は耳を塞いで悶える。
「な、何……アレ……!」
轟音の発生源を探すべく空を見上げたザッハは城下町上空の光景に言葉を失う。
城下町の上空には雲を巻き込んで回転する白く輝く円錐状のモノが生えており、円錐状のモノを中心に空間が捻じれている。
恐らく、その真下では何事かと騒いでいるだろう……平和ボケした住民達ですら異常だと分かる光景に、二人の背筋に悪寒が走る。
すると、現れた時同様に突然轟音が鳴り止み、空に浮かぶ円錐状のモノが消える。
突然現れて消えた円錐状のモノに二人が顔を見合わせると、ザッハは右耳に手を当てる。

「おっ、女王様からの念話だよ〜ん……うげぇ、指揮官っぽい人間の女を含めた一〇〇人前後の部隊が迷いの森に現れたって。どうやら、武人の出番が来たっぽいね」
耳に手を当てていたのは数秒程、耳から手を離して深刻な表情を浮かべるザッハの言葉に武人は身体を強張らせる。
「どうやって不思議の国に来たかは分かんねぇけど……兎に角、直ぐに戦う準備を整えて女王様の許に向かってよ。連中の進行方向手前に転移させてくれるってさ」
「諒解しました、直ぐに迎撃に向かいます!」
ファタジナとオリジナ以外、穴を開ける事の出来ない次元の壁をどうやって越えたのか。
その方法は不明だが教団の大部隊が現れたのは純然たる事実であり、武人は得物を取りに急いで滞在中の部屋に向かう。



「……………………」
走り去る武人の背中を見送るザッハの眉間には皺が寄っている。
「あ〜あ、鉄火場はもう御免だったのになぁ……」
武人が人並み外れた実力の持ち主である事は知っているが、それでも一人で一〇〇人近い武装集団を相手にするのは厳しいだろう。
噂に聞いたアイアンマンが……アンドロイドが部隊に混ざっているとすれば、ただでさえ厳しい状況が更に厳しくなる。
「誰が言ってたんだっけ……戦わなければならない時は戦うしかない、勝敗を考えるのは戦いを始めた後だ、って」
勝ち戦か負け戦かは関係無い、戦わなければならない時は戦うしかない。
「今が戦わなければならない時なんだろうなぁ……」
そう呟いた後、ザッハは右耳に手を当て、ファタジナに思念を飛ばす。
「女王様、この時だけは『嘗て捨てた過去』に……『白顔(ホワイトフェイス)』の僕に戻ってもいいかな?」



「全く、本当に忌々しい……折角抉じ開けた穴を、こんな端っこにまでずらされるなんて最悪です」
身体の所々に金属の輝きを放つ異形を引き連れ、カラフルでファンシーな森を歩きながらネフレン=カは心底忌々しげに呟く。
予定では城下町上空に抉じ開けた穴から降下した後、困惑と驚愕の渦に呑まれた住民達を虐殺しながらファタジナの城へ侵攻。
城内の使用人達を鏖殺しつつ城内を制圧し、ファタジナの首を取る。
不可侵領域の制圧という赤子の手を捻るより簡単な、一方的な虐殺に終わる筈だった任務が思わぬ所で狂ってしまった。
「まぁ、所詮無駄な足掻きに過ぎませんからいいですけど」
然し、降下予定ポイントのズレはコレから行われる虐殺に大した影響は無い、と判断したネフレン=カは気を取り直して迷いの森を進み続ける。

「待ちかねたぞ、独善の狗共! 残念だが貴様等の進撃は此処までだ!」
「っ!」
鬱蒼と茂るカラフルな森をどの程度進んだのだろう……遠くにファタジナの城が見えた時、仁王立ちして進行方向を塞ぐ人影にネフレン=カ達は立ち止まる。
腕を組んで仁王立ちする人影にネフレン=カ達は見覚えがある。
紫色の燕尾服、紫色の長髪、紫色の眼鏡、紫で統一された滅多に見ない長身の男性。
「……ほんっとうに最悪ですね。まさか、貴方が此処に居るなんて想定外でした」
立ち塞がる人影、レスカティエ奪還作戦で目撃された破格の実力を有する魔物側の勇者が居る事にネフレン=カは忌々しそうに眉間に皺を寄せるしかない。

ふわぁ〜はっはっはっはっ!! 『俺』が居る事がそんなに気に食わんか!」
ネフレン=カ達の前に立ち塞がるのは武人だが、義兄弟を除いた普段の彼を知る者が今の彼を見たら首を傾げるに違いない。
普段の紳士的な態度は欠片も無く、今の武人は闘争本能が剥き出しになった鬼の如き表情を浮かべている―而も、一人称が『私』から『俺』に変わっている―からだ。
二重人格だったのか? と思える豹変を遂げている武人の右手には無骨な指輪、左手には人差し指と中指に十字架が描かれた黒い手袋。

「えぇ、貴方が此処に居る事は心の底からムカつきます。ですが、貴方一人でコレだけの部隊を相手に出来るとでも?」
口調以外普段と然程変わらない武人―尤も、ネフレン=カ達は普段の彼を知らないが―に、ネフレン=カは苛立ちを隠しながら背後に視線を向ける。
ネフレン=カの背後にはアンドロイドが九九体と、この時の為に温存していた勇者が一人。
このアンドロイド達はファタジナの抵抗を想定して自らチューンアップした、数値上では一人で魔物十数人分に匹敵する特製のアンドロイドだ。
破格の技量を持てど所詮人間である武人に勝算は無い。
そう言外に匂わせながら視線を戻したネフレン=カだが、自慢のアンドロイド部隊を前に武人の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

「はっ、ソレは俺の台詞というものだ! 『たかが一〇〇人程度のブリキ人形』で、この俺を倒せるとでも思っているのかぁ?」
不敵な笑みを浮かべ、指を鳴らしながらの台詞にネフレン=カは険しい表情を浮かべる。
自ら手掛けた自慢のアンドロイド達をブリキ人形呼ばわり、而もコレだけの数を揃えても自分を倒すには役不足だと言う。
「ふっ、ふふふ……自信過剰も過ぎれば、ココまで鶏冠にくるとは初めて知りました」
自信過剰にも聞こえる武人の台詞にネフレン=カは引き攣った笑みを浮かべるが、彼女の額にはピキピキと青筋が幾つも浮かんでいる。
今にも血管が破裂しそうな程の怒りがネフレン=カの中で渦巻くが、
「いぃや、自信過剰ではない! 俺は純然たる事実を口にしたまでよ!」
「〜〜〜〜〜〜!!(プッツ――――ン)
火に油どころかガソリンを注ぐような台詞で彼女の怒りが爆発する。

「いいでしょう、あの女の娘をプチッと潰す前に貴方をブッ殺してあげましてよ。さぁ、貴方達! あの心底頭にくる自信過剰な男をミンチより酷ぇ状態にしてあげなさい!!」
はぁ〜はっはっはっはっ!! ヒステリーを起こした女程見苦しいモノは無いなぁ! いいだろう、自信過剰は貴様の方だったという事をこの拳で思い知らせてくれるわ!」
憤怒も露なネフレン=カの叫びに答えるようにアンドロイド達が雄叫びを上げ、地響きと砂煙を上げながら一斉に武人目掛けて突撃する。
一斉に突撃を敢行するアンドロイド達を前に武人は左手を前に出して構え、国家の命運を賭けた一対九九の戦いが今開幕する。
14/04/14 08:52更新 / 斬魔大聖
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33