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第五十六話・狼牙A栄光の日々
重装騎馬隊が駆け抜ける。
彼らの後ろには蹂躙された兵の群れ。
逃げ惑う兵卒を歯牙にもかけず、右手に薙刀を持つ真っ赤で派手な鎧に身を包む先頭を征く少年は、左手一本で大将と思われる男の襟首をぶら下げて隣を走る別の少年に声をかけた。
「ヒィィィィィィ!!!!」
「ベニロク、この者、敵将に相違ないな?」
先頭を征く少年、公式な名を沢木上総乃丞義成という。
この時すでに元服し、自らを狼牙と名乗り始めた、後のセラエノ学園学園長ロウガの16歳の時の姿である。
「沢木、間違いない。遠目で見ただけだが、この鎧と兜は敵総大将だ。」
ベニロクこと紅 禄衛門。
後の紅 龍雅の14歳の姿である。
「なれば、手柄と致せ。」
と狼牙は襟首を掴んでいた手を放す。
「ありがたく!」
空中で禄衛門は薙刀を振るい、敵将の首を刎ね、止まることなくそのまま機用に首を掴んだ。
「ははっ、これでまた父に自慢出来る。」
「紅家の嫡男が武勇、存分に広げろ。元服した暁にはその勇名だけで敵が退く。それに、自慢したいのは伯父御ではなく……あいつだろ?」
狼牙が振り向くと、その視線の先には馬に首を3つ括りつけた騎馬武者の姿があった。
「クックック…、ベニロク。お前の負けだ。あいつは首三つだぞ。」
「う、うるせぇ!俺は総大将の首だぞ!!」
「俺の力を借りて、な。今更増やそうにも雑兵の首じゃ自慢に出来んぞ。」
「くそぉぉぉぉぉぉ!!!!沢木、俺はまだ諦めていないからな!あの時は運悪くお前に綾乃を取られたけど、元服したら合戦でお前より手柄を立てて、今度こそ綾乃を嫁に貰う!!忘れんなよ!!!」
「忘れるまで覚えていてやるよ。」
禄衛門は手柄首を報告するために、馬を飛ばして味方本陣へ戻る。
狼牙はその後姿を嬉しそうに眺めていた。
「…カズサ。禄衛門のやつ、一体どうしたんだ?」
3つの首をぶら下げた武者が狼牙に近付き、兜を脱ぐ。
きめ細かい長い黒髪が流れる。
武者は男ではなく、女である。
名を綾乃と言い、狼牙の同い年の許嫁で、男さながらに狼牙と共に戦場を駆け抜ける姿は、巴御前になぞらえて綾乃御前の異名を持っていた。
「クックック…、何。ベニロクがお前に負けないと息巻いているだけさ。」
「総大将の首を獲ったのに、何が負けないんだ。」
「お前の方がたった一人で首三つ。あいつは俺の手を借りて首一つ。それが気に喰わなかったんじゃないか?」
「………そう言うカズサは首がないじゃないか?」
「一々拾う気にならねぇだけだ。」
事実、狼牙の通った後には将、兵問わず首のない胴体が倒れている。
その光景を見て、綾乃は溜息を吐いた。
「相変わらず凄まじいな。カズサ、お前は何のために戦うんだ。」
「…知れたこと。戦をなくすため。戦を始めるやつらを片っ端から斬り捨てるため。」
そう言って、狼牙は馬を歩かせた。
「どこへ行く。本陣には戻らないのか?」
「…報告など親父だけいれば十分。帰る。」
「嘘だな。御山に行くんだろう?」
「…ああ。お前も後で来るか?」
「そうするよ。守護様に恩賞を戴いたら、すぐに行く。」
綾乃は禄衛門の後を追うように本陣へ帰っていく。
狼牙はその後姿を見送り、戦場を後にする。
せめて身は濯いでおこう。
血の臭いをさせて山に入ればあれは不機嫌になる、と狼牙は考えていた。
鎧にこびり付いた返り血は、まるで無念の呪詛のように絡み付く。
まるで彼の破滅を望むように…。


―――――――――――――――


返り血を落とし、俺は直垂に袖を通す。
あいつに会うのに、返り血のままだとまた怒鳴られて堪ったものではない。
念のために匂い袋も用意して…、と。
ついでに酒と肴に干物を用意して俺は馬に跨り、山を目指す。
今は誰もいない廃寺。
かつて俺と綾乃と禄衛門の遊び場所だった場所。
誰もいなくなった本堂に俺は用があった。
いや、そこにいるのは俺の武術の師。
剣、薙刀、弓術、およそ戦場で役立つ技はすべてそいつに習った。
日が沈みかけた夕日がまだ暑い。
だが、夜の虫たちの気の早い音色が少しずつ響く。
廃寺への石段を一段一段登っていく。
手入れをしていないから、慣れていないとグラついた箇所に足を取られたり、苔に滑って、そのまま一番下まで落ちてしまうなんてこともありうる。
何故なら俺も経験済みだからだ。
「今日は遅かったですね。」
頂上へ登り切ると、そこに待っていたのは一人の稲荷。
「今日はもう来ないと思っていましたよ。」
「何があっても、毎日来いと言ったのはあんただろ。宗近。」
彼女は稲荷の宗近。
もう何百年も生きた狐の化身、大妖怪、クソババア。
「…もうすぐ日が暮れてしまいますね。さっそくですけど、始めましょうか。その献上品を戴くのは、あなたを叩きのめしてから…。」
チラリと俺の手に持つ酒と肴を見て、宗近は舌なめずりをして、俺に木刀を投げてよこした。
「…簡単に取れると思うなよ。今日だって何人斬ったかも覚えていないんだぜ?いつもいつもやられてばかりだと思ったら大間違いってのを、今日こそ教えてやる!」
変則脇構えの姿勢で俺は前のめりに木刀を構えた。
それを見て宗近は袖で口を隠して笑う。
「何が可笑しい…。」
「ほほほ…、子供の技で斬れる者は高が知れていましてよ、坊や。」
宗近は落ちていた小さな枯れ枝を一本手に取ると、
「あなたは、これで十分ですよ。」
と言って無造作に構えた。
「舐めるな!!!」
一気に間合いを詰め、木刀を振り上げる。
だが、完全に間合いに入ったはずの宗近はそこにいない。
「こう言うこと、ですよ。あなたの剣は勢いこそ命。つまりその勢いを殺すなり、逸らしてしまえばどうということはないのです。」
それだけ言うと枯れ枝を軽く振るうように手首だけを動かした。
ピッという軽い音を立てた小枝が木刀に当たる。
それだけで小枝がまるで真剣のように木刀を真っ二つにした。
「な!?」

めこっ

そのまま、小枝は止まらず俺の額にめり込んだ。
たかが小枝のはずなのに、信じられない力で斬り下げられて、その痛みで立っているだけでやっとの状態になってしまった。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉ…!?」
「そして予測不能の辞退に弱い。駄目ですよ、戦場を生涯の棲家と心に決めた男がそんな惰弱な性根では…。それに………。」

ガキッ

宗近が俺の右腕を取り、関節を締め上げ、背中から体重をかけて俺を地面に叩き付けた。

ギリギリギリギリギリギリギリギリ…

「誰がクソババアですって?」
「き、聞こえていやがったのか!!」
「やっぱりそんなことを考えていたのですね。」
「か、カマかけやがったなぁぁぁぁ!!!!」
「まったく…。年上のお姉さんに何と言う口の聞き方でしょう。身分のある御家に生まれているのに、何とも品のない…。これは再教育が必要ですね。」

ギリギリギリギリギリギリギリギリ…

「ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
こうして今日も俺は関節を外されて、
せっかく持ってきた酒も肴も全部宗近に喰われて、飲まれてしまった。
しばらくして、同じように酒と干し肉を持ってやって来た綾乃も関節を外されて転がっている俺を見て、
「結局、稲荷様には敵わなかったか。」
と、俺をほったらかして宗近と一緒になって仲良く酒を飲んでいた。

後になって思えば、
ただ子供のように夢を追いかけていた日々は、
まるでやさしい嘘で塗り固めた
満ち足りた時間だったのかもしれない。
だが、それを思うのに俺はあまりにも若すぎた…。
そう後悔している。


――――――――――――――――


紅 龍雅が綾乃の許嫁になれなかったのには訳があった。
それは許嫁を決める日の朝、事件は起こった。
彼の飼育する馬小屋で子馬が生まれた。
まだ十にも満たなかった龍雅少年は喜んだ。
その馬はいつの日か自分の愛馬となるべく生まれてきた駿馬なのだから。
しかし、その夢は崩れてしまった。
生まれた子馬は世にもおぞましい姿をしていた。
三つ首で一つ目の奇形の白馬。
ただピクピクと痙攣を繰り返すだけで命の尽きようとしている子馬。
それだけではなかった。
その三つ首の真ん中の首は馬ではなく人の顔。
その子馬は異形の『件(くだん)』だった。
やがて震える首を起こして異形は口を開いた。

『見付けた…。
 見付けた…。
 長い春は終わり、地獄の季節が舞い降りる。
 君にも彼にも、彼女にも。
 終わらない地獄の季節を君は生きる。
 君はやがて追われる身になるだろう…。
 それでいい。
 やっと幻想は…、
 やっと物語は…、
 君という物語を犠牲に終わりを奏で、始まりを歌う……。』

不吉な言葉を残して、異形は血を吐いて力尽きた。
あまりに不吉な容姿にして、不吉な言葉を吐いた異形のため、紅家は綾乃の許嫁候補から辞退せざるを得なかった。
この時代、まだ迷信とゲンを大事にした時代である。
その瞬間、龍雅少年は二つの大事なものを手にすることなく失った。
一つは将来の愛馬を。
もう一つは憧れていた年上の人を。


――――――――――――――――


「上総乃丞、あなたは何故戦場に赴くのですか?」
焚き火を囲んで酒を飲んでいる時、宗近が綾乃と同じ質問をした。
綾乃は宗近の膝の上に頭を乗せ、静かな寝息を立てている。
いかに腕が立つとは言え、綾乃も女なのだ。
戦場での働きは彼女の神経に多大な疲労を残していたのだろう。
「綾乃と同じことを聞くなよ。言ったはずだ、俺はこの戦乱を終わらせたい。戦を収められない足利氏など当てにせず、戦を起こす連中を片っ端から斬る。そうすれば戦を起こす者はいなくなる。そうすれば戦が終わる。」
宗近は黙って杯を傾け、言い放った。
「まるで子供の理論ですね。」
「何だと!?」
「まるで、ではなく正真正銘子供の理論ですわ。あなたのそのやり方では彼らと変わりません。いや、それ以上の災厄を振り撒くただの獣にも劣るやり方です。」
「ならば…!」
反論しようとする前に宗近は強い口調で言霊を吐く。
「それでは地獄の輪廻をこの世に作りたいのですか!あなたは戦を起こす者を憎み、その者を斬る。ではその子供は、残された者はあなたをどう思うとお思いですか。憎しみの輪廻を断つためにすべてを根絶やしにしますか?それではあなたはあなたの憎む者と変わらない。ただの死神、それも無差別にして無意味に命を刈り取る忌むべき祟り神。あなたが歩もうとする道は、矛盾と破滅以外に先がないのです。今ならまだ……!」
「うるせぇ!そうやって難しいことばかり言ってやがるが、実際誰かがやらなきゃいけないんだ!!俺は変えねぇぞ…。俺はやつらを滅ぼす!それだけは絶対譲れねぇ!!!」
腹が立った。
宗近なら…、俺が師と思える彼女ならわかってくれると思っていた。
「…帰る。」
「…綾乃は寺に泊めます。気を付けてお帰りなさい。」
どうしようもなく腹が立って、俺は宗近に返事をすることもなくそのまま廃寺を後にした。
今に見ていろ…。
俺のやり方で…、戦を終わらせてやる…!





「行ってしまいました…ね…。」
宗近は膝の上で眠る綾乃の額に符を貼り付け、妖力を込める。
「しばらく起きないでくださいまし、ね。」
ザァッっと風が吹き、木々が揺れる。
そして漆黒の闇の中から黒い人の形に近い何かがユラユラと姿を現した。
その姿を確認すると、宗近は三つ指を付き頭を下げた。
「お待ちしておりました。」
『ほぅ、私がわかるのか。』
黒い何かはくぐもったような声で話し出す。
圧倒的な威圧感と存在感があたりを包む。
「はい、お会いしたことは御座いませんが、あなたは……。」
『それまで。それ以上は言わなくても良い。』
「かしこまりました…。ですが本当によろしいのですか?あなたがお望みの少年は未だ未完の器。それもあのように実に粗野で、子供のように自分勝手な正義を夢見る者で御座います。」
黒い何かがユラユラと笑うように揺れる。
『だから良いのだよ。私はそんな彼が欲しい。彼ならば…、私の望みを叶えてくれるに足る器になれる。絶望を知り、裏切りを知り、自らの罪に気付いた時、今一度彼を迎えに来よう。』
「はい、ではもうあなたは…。」
『ああ、私の世界に帰ろう。欠片を頼むぞ…。』
ユラユラと黒い何かは小さくなって消えていく。
それと同時にあたりを包んだ威圧感が消える。
再び廃寺の境内は静寂を取り戻した。
「……終わりが近いのですね。いえ、これが始まり。この世界からあなたの欠片は消え、その欠片はあなたの望みを叶える入れ物になる。私は…、どうすれば良いのでしょうね。ただ何も出来ず、彼を見送り、いつか来る別れを静かに見守るべきなのでしょうか…。」
宗近は眠る綾乃の頭を撫でる。
彼女は知っている。
避けられない運命を。
避けられない別れを。
10/12/22 19:10更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
ロウガの過去編開始です。
やたら漢字ばかりですが、それは根性で読んでください。
現実の日本に限りなく近い世界ですが、
この世界にも魔物娘はいたのです!
当たり前じゃん?
ごめんなさい。
次回も過去編をお送りします。
シリアス70%で書いていきますので
お楽しみにー^^。

では最後になりましたが
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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