連載小説
[TOP][目次]
砕かれる計画
「ほらほらどうしたぁ!こっちはたった四人なんだよ?
そんなに数を揃えてんだ、ちったあ気張りな!」
コトレーク東門、教団野営地付近。
教団は打って出てきた四者相手に防戦一方となっていた。
いや、セレとそのマスターが欠伸なぞしているのだ、
もはや戦いと表現してよいものかどうかすら怪しい。
しかし、教団にとってどれほど蹂躙されようとそれは恥辱ではなかった。
何故なら、今こうしている内にも西門近くの平原では
竜殺しと狂炎とその妹を同時に始末する作戦が展開されているからだ。
もとより、この東門での戦いはそのための時間稼ぎだった。
野営地を設けたのも、かの街の連中の目を引くためで、
本気で攻め込めると思っていたのではない。
そして、蹂躙されるばかりだった教団は
ある報せを聞き一様に心中でほくそ笑んだ。
それは「狂炎の妹と竜殺しが闘いを始めた」という報せで
つまりこの作戦の成功を意味していた。
既に狂炎は捕らえているし、残りの二者は生き残った方を始末すればいい。
軍で取り囲んでいるのだ、誰かが助けに入る暇もない。
よって、この作戦は完全なるものなのだ。
そんな考えを教団の誰もが持っていた。



所変わって東門前の高原。
狂炎の妹、シェリス・ブレーンは剣を振るっていた。
袈裟に振りおろした剣を次に繋げるべく、
地を這うようにこちらへ向かって滑らせ持ち上げる。
しかし相手の竜殺し、ファルフ・ヴーニルは
そんな細かい動作さえも見逃さず切り込んできた。
「っ・・!」
舌打ちをしつつ、重心を下げ衝撃に耐える。
単純な力のぶつかり合いにおいて、
かなり優位に立っている彼女相手の打ち合いは、
ファルフにとってお世辞にも得策とは言えない。
だが、シェリスは知っている。
彼はそれを分かった上で、この戦法をとってくれていることを。
そして、その原因は彼女の不覚によるものだということも。
シェリスの姉ゼルナ・ブレーンを助けたければ、
ファルフを殺せと教団に告げられたとき、
呆然とする彼女に助け船を出したのは、他ならぬファルフだった。
そのとき彼は彼女に目で、俺達を信じろ、と言った。
(疑うつもりは無いが・・どうする気なんだ?)
この状況から抜け出す手段はないように彼女には思えた。
周囲には幾多の教団兵士が居て、弓矢を構えているものもいる。
これでは、あまり長引かせることは出来ない。
無粋な教団の兵が、疲れた彼女達に攻撃しないわけがないからだ。
一応、ファルフは加減をしているし彼女も合わせてはいる。
だが真剣に闘っている風を装う以上、体力は奪われていく。
だから長引かせるのは得策では無いはずなのだ、
と考えていると、あるものが視界に入った。
大きな翼を広げて滞空しているワイバーンだ。
ついそれに気を取られた一瞬の間をおいて、ファルフに意識を向ける。
そこまでして彼女は違和感に気づいた。
自分がさっき、気を取られている間に
何故ファルフは切りかからなかったのだろうか。
不思議に思いつつ鍔迫り合いの際にファルフの目をのぞき込むと
彼の目は、ワイバーンの方を見て笑っていた。
ここで彼女はふと思った。
竜殺しとは、竜の友なのではなかろうかと。
そう考えるとあのムウというワームが笑っていたのも辻褄が合う。
第一、親魔物領で本来の意味の竜殺しが生活できるはずがない。
だから彼女はそれを確かめるべく叫んだ。
「その程度か!竜殺し!
ワイバーンやドラゴンの力があるのではないのか!」
瞬間、何を言うんだと言いたげな表情を浮かべたファルフだったが
シェリスの思うところを理解したようでニヤリと笑った。
「生憎と、俺には気紛れにしか力を貸してくれねえよ。
あーあー!こんなことなら、ワームも倒しとけば良かったなあ!」
大声でそう愚痴るファルフの態度に、
教団の者は何事かと目を見開いている。
対してシェリスはクスッと笑ってしまった。



「クウッ・・フフ・・ハ、ハハハハッ!!」
そしてその頼みのリーヴェも、笑っていた。
誰も聞いていない大空の中で大声を上げて。
「フゥー・・ッ!!は、はっ、ふう・・!!
あの言い方はないだろう・・!くく、はぁ・・はぁ・・」
精神を集中させて感覚を研ぎすましていた彼女には、
上空にいてもファルフ達の言葉が一言一句全て聞こえている。
だからファルフの行った行為は、
リーヴェに意志を伝える工夫という点では無意味だ。
ともあれ、彼の思惑を理解した彼女は今こうして
高速で西門へ向かって飛んでいた。
「よし・・ムウを頼ればいいんだよな。
あの言い方では、私やエルダが出ていっても効果は薄いだろうし。」
呟いているうちに、西門へ着くリーヴェ。
着地するとすぐにエルダとムウが近寄ってくる。
「リーヴェ、ヴーニルの様子はどうだ?」
「ファルフは、大丈夫なの?」
同じような内容を聞いてくる二人に、リーヴェは答えた。
「少しだけ、まずい状況だな。
・・いやそんなにひどい訳じゃないんだけど、
ファルフが私達、特にムウに助けを求めてるんだ。」
そこまで言うと、予想通りムウが首を傾げた。
「私の?」
「そうだ、なんて言えばいいかな・・えっとな?」




「・・マスター、どうやら出る幕はなさそうだよ?」
叩きのめした東教団野営地にて自らのマスターに囁くセレ。
彼女が言っているのは自分達がいるこの場でのことではなく、
西門で繰り広げられている方のことだ。
彼女はファルフが危機に陥っていることも察知していたが、
彼女のマスター、ワール・ベレンに、
「そんな必要は今はない」と止められていた。
「俺の言った通りだっただろう。
あいつなら、自分でどうにか出来るはずだからな。」
言うとワールは捕虜となった兵士達に近づいていき、
その場にしゃがみ込み兵士達に何かを聞き始めた。
話の内容などどうでも良かったので
気紛れな彼女は飛び上がって西門の方を見る。
「うっひゃ〜・・何あれ。
どんな怒らせ方したってああはならないでしょ・・。」
西門には、この戦いで最も大きいだろう戦力が出来上がっていた。
たった三頭、しかし竜となれば話は別だ。
「そーいや、狂炎ってのが捕まってんだっけ。
んで、ファルフはそれの妹と闘ってて・・
えーと、それは誤解だって分かったからいいものの、
今度は教団に囲まれちゃった、と。
・・てことはあの三人は一気に蹴散らすつもりかな。」
誰に話しかけるでもなくペチャクチャと独り言を彼女がしゃべる間にも、
旧魔王時代の姿をとったワームは地面へと入っていく。
それを見てセレは、また呟いた。
「・・あの大穴、ノームちゃん大変だろーなぁ・・。」



(もう何回打ち合ったっけか。
加減しているとはいえ、あいつ結構体力あんのな。
流石は魔物娘って言ったところかね。)
考えつつ、ファルフは突き込まれた剣を正面から受け止めた。
速い一撃は、思っていたよりも軽かったが
それはシェリスがわざと手を抜いてくれているからだ。
そのあまりの軽さに、教団にバレるのではないかと
不安になったが、代わりに彼女は打ち込みの回数を増やしてきた。
その効果はあったようで、
教団には今のところ見破ったような素振りは見られない。
とはいっても。
(いつまでもこの温い打ち込みをし続けるってのもなぁ・・)
彼と、恐らくシェリスも同じことを思っただろうまさにその瞬間。
彼の耳に風を切るような音が聞こえた。
疲れて空耳が聞こえたかとも思ったが、
教団の顔色が一斉に変わったところを見るとそうではないらしい。
「やあぁッ!!」
心の中でニヤついた彼に、シェリスの一撃が襲いかかる。
もう終わっていいのに、と思いながら
彼はそれを受け止め鍔迫り合いの形に持っていった。
「・・もういいのか、竜殺し。」
鼻先が触れ合いそうな至近距離で、
期待を込めて放たれたその言葉にファルフは返す。
「それは、この温いのを止めても良いのかってことか?
それとも・・」
互いに押し合い、いったん離れてまた銀色を打ちつける。
今度の打ち込みは、重かった。
その重みに口元が自然に歪むのを感じながら、再度口を開く。
「あのクソ野郎どもに怒りぶつけても良いかってことか?」


(何を分かりきったことを聞くのやら。)
シェリスは笑みを浮かべて、その問いに答えた。
「勿論、両方だ!」
答え、檻近くの兵士を蹴散らそうと駆け出した瞬間、
その檻の周辺の大地が大きくへこむ。
次に地から滑り出てきた鱗で覆われた巨体が、
決して軽くはない檻を片手で持ち上げ、
もう片方の腕で鉄格子をねじ曲げ出口を作ると、
シェリスの目の前に降ろした。
「お姉さんは助けたよ、シェリスさん!」
そして巨体から響くように聞こえてくる聞き覚えのある無邪気な声。
朝方聞いたあのワームの声だ。
「お前は・・朝のワームか?」
驚きつつ彼女が答えると、目の前の巨体は楽しそうに吼える。
実際にはムウは笑っただけなのだが、
教団やシェリスには分かるはずもなかった。
「うん!ファルフがこうしろって。
本当はお姉さんだけ助け出して、
その隙にシェリスさんも逃がすつもりだったんだけど、
リーヴェやエルダさんが自分も行くって聞かなくって。」
言うと、ムウは腕を軽く振るった。
それだけで攻撃しようとしていた槍やら剣やらが弾き飛ばされる。
教団が恐怖するにはそれで十分だったが、
残念ながら彼らが怒らせてしまったのはムウだけではない。
「グォアアァアァーッ!!」
無謀にも迫ってくる兵士をエルダは炎を撒き散らしつつ一蹴する。
彼女はリーヴェより、いや恐らくはファルフよりも怒っていた。
自らが手を出せない状況を教団が作った事もあるが、
ファルフを危険に晒してしまった事が、何より彼女を怒らせていた。
(元はといえば、我が悪いが・・!!)
それを分かりつつも彼女が怒り狂うのは、
何処へ向けようもない自分への怒りを吐き出したかったから。
要するに単なる八つ当たりだ。
しかし原因を作ったのは教団なのだから、
因果応報と言えなくもないだろう。


大地をワームが鳴らしドラゴンが叩き、大空をワイバーンが舞う。
そんな恐ろしい宴を目の当たりにした教団の隊長は、
恥も外聞もなくただ逃げようと走り出していた。
あんなものに勝てるわけがない、挑むこと自体が無謀だと。
しかし、彼は気づいてもいなかった。
この惨状の引き金となったのが誰で、
そしてその引き金自体も厄介だという事を。
炎を運良く潜り抜け、風に飛ばされそうになりながらも耐え、
ついに宴の場を抜けようかというその刹那。
ザクッと音を立てて目の前に何かが刺さった。
矢だろうか、違う、矢であればこんな音はしない。
ならば槍?なるほど槍ならばそんな音はするだろう、
だが槍はこんなに刃が広くない。
盾?いや、誰が盾を地面に突き刺すだろうか。
残りの可能性は、剣だ。
確かに剣は刃が広く、突き刺さるにもこんな音がするだろう。
そこまで考えてふと思う。
何故私はこんな事を考えたのだろうか。
気にせずに走り続ければよいはずだ。
そうだ、私は逃げているのだ、逃げなくては。
そう思い足を動かそうとするが、動かない。
体に限界がきたのだろうか、いやそんなやわな鍛え方はしていない。
もう一度視線を足に落とすと、靴に銀色の刃が刺さっていた。
しかしそれにしては痛みがない。
普通は鋭い痛みが突き刺すように来るはずだ。
ああそうか、聞いたことがある。
魔界銀とやらで出来た刃に魔力を込めて、
攻撃すると殺さずに力だけを奪えるのだったか。
教団内には魔界銀製のものは支給されていない。
となると奴らの内の誰かか。
そこまで考えたところで肩をトントンと叩かれる。
「何だ!」
振り向いた瞬間、彼は今度こそ絶望した。
振り向いた先にいたのは、
「折角来たんだ、もうちょっとあれを見てけよ。」
親指を後ろに向け恐怖を指しつつ笑う竜殺しと、
「一発殴るくらいなら、良いよな?」「逃がさん・・!」
冷たい瞳でこちらを射抜いてくる狂炎とその妹だったのだ。
次の瞬間、頭に鈍い衝撃を受けて彼は気を失った。




「いやあ〜お疲れ!
今回の仕事は、まぁ仕事っていうには少し物騒だったけど
みんな良く頑張ってくれました!」
ファルフやガリアを始めとするシルフの寝癖の面々を前に
セレはいつもの調子で話していた。
ファルフ達以外のメンバーは、荒事には参加していないが
ムウの開けた大穴やエルダ達の「宴」の処理に奔走したのだ。
流石にムウやエルダ、リーヴェも手伝ったとはいえ、
今日中に事後処理が完了するのに彼らは大きく貢献した。
「ホントっすよ、首領!
呼び出されて来てみりゃあ、いきなりでっかい穴埋めろっすからね!」
「あはは、ごめんごめん!
まあでもそのお陰でこうして元通りって訳なので・・!」
そこで一回溜めて次の言葉への期待を煽るセレ。
寝癖の面々が全員自分に注目するのを待ってから、彼女は宣言した。
「この酒場で!宴会を開きたいと思いまーす!」
「うおおおぉーーーー!!!!」



「それじゃあ!第一回戦!王様だーれだぁい!」
「良し、私だあっ!えーと・・」
「おい、俺の海老チャーハンまだかぁ!?」
「あいよ!カニタマとキムチチャーハンお待ちぃ!」
「俺の海老チャーハンまだー!?」
「二番ゴースト、幽体離脱やりまぁす・・」
「おい、あのクノイチ壁抜けしおったぞ?」
「忍者だからそんくらいできんだろ」
「しかもなんかムッムッホァイとか言ってんぞ!?」
「すげえあのハーピー・・落ちながら食ってる・・。」
「全く無駄のない咀嚼だ!」
宴が始まって僅か三十分。
たったそれだけしか経ってないのに、酒場は凄いことになっていた。
広く作られているため、遺憾なく皆遊んでいるのだ。
そんな中でもファルフはいつも通り静かに飲んでいる。
「全く、あいつらはよくああも騒げるもんだな・・。」
騒がしい方をちらりと見ると、
今もダンピールがンウェー!と叫びつつ突進したり、
相手の男が明らかに剛の拳よりも強い自称柔の拳で受け止めたりと、
何ともおもしろい光景が広がっていた。
「ま、酒の肴にはもってこいだな。」
そう呟いて、ちびちびと自分の酒を飲む。
おかわりは相当用意されているにもかかわらず、
ファルフはこの飲み方をしていた。
やっと半分飲もうかというところで、隣に女が座る。
誰だろうかと彼が見ると、シェリスだった。
気まずそうな顔でこちらを窺っている。
こっちから声をかけてやるか、と杯を置いた時、
「ファルフ・ヴーニル!すまなかった!」
彼女はいきなり謝った。
「私の誤解で、危険な目にあわせてしまった。
私が騙されさえしなければ・・!」
そのまま放っておくと、
どこまでも沈みかねないのでフォローすることにする。
「良いってそんなの。
結果として、俺とお前と姉さんは無事なんだ。
・・あ、そうだシェリス、だっけ?
姉さんのゼルナは何で捕まっていたんだ?
狂炎ともあろうものが、
あの程度の奴らに捕まるとは思えねえんだが・・。」
ついでに気になっていたことも訊いてみるファルフ。
するとシェリスは、フ、とため息をついた。
その表情は呆れ気味だ。
どうしたのだろうと思っていると彼女は語りだした。


「・・聞きたいなら教える、お前は恩人だしな。
姉さんは武者修行をしていたんだ。
私もそれは素晴らしい事だと思うし、尊敬する。
だが、姉さんは食料が途中で尽きてしまったんだ。」
「食料が?それってもしかして・・。」
「勘違いしないように言っておくが、姉さんの食べる量は普通だぞ?
ただ、姉さんは何というか・・無計画な人でなあ・・。
いやまあいつもという訳じゃなくって旅に関してだけだけど、
何でも、その方が楽しいから、という理由らしい。」
「まあ・・分かんねえでもないけどよ・・。」
「・・話を戻すぞ。
そんな感じでふらふらと歩いていて、運悪く食料が尽きた。
そこがちょうどこの辺りと反魔物領の境だったらしく、
自分はこういうものだ、ちょっと困っていると言ったとき
睡眠薬入りのパンを食べ、あのザマだったらしい。
ほんと・・我が姉ながら、何だかな・・。」
そういって両手をやれやれ、という感じにするシェリス。
その直後、彼女の肩に赤い腕が乗せられた。
「まあまあ、シェリス。
あんただって教団に騙されたんだろ?おあいこだ。」
聞く者に元気を与えそうな声にシェリスは振り向かずに答える。
「確かに私も人の事を言えた身じゃない。」
「そうそう、物わかりの良い妹で助かるよ!」
「全く・・ファルフにお礼は言ったの?姉さん。」
「あ、そうそう、言おうと思って来たんだった。」
そう言うと、ゼルナはファルフに向き直って頭を軽く下げた。
「あのワーム、あんたの友達が助けてくれたんだってな。
ありがとよ、竜殺し!」
「その名前であんたも呼ぶのな。
俺としても、あの狂炎の命の恩人となれたのは良かったぜ。
俺はファルフ・ヴーニルだ、よろしくな。」
手を差し出すと、熱い感触に包まれた。
サラマンダーというのは体温も高いものらしい。
「おう!よろしくな。
じゃ、あたしはもちっとあっちで飲んでくる!
シェリスお前もだ、あんたはもっと気楽に生きな。
そのためには楽しむのが一番ってね!」
そう言ってシェリスを引っ張るゼルナ。
シェリスは苦笑いしながらも、決してつまらなくは無さそうだ。
「ああ、そうだファルフ。
私たちはコトレークに住むことにした。
お前の家にも遊びに行くから、待っていてくれよ。」
連れられながらシェリスはこんな事を言った。
そんな風にしてブレーン姉妹との一時は終わる。


そしてそれからしばらく経った後。
未だに騒がしい酒場でファルフはそろそろ帰ろうか、と考えていた。
ちょっとずつ飲んでいると言っても、
長い時間がかかればやはり悪酔いしてしまうことがあるからだ。
「さて、と・・」
コップを置いて立ち上がろうとしたその瞬間、
何かが俺の体に正面から寄りかかってきた。
何だろうと目を向けると、なんとエルダだ。
「ん〜・・ヴーニルか・・。」
いつもの覇気が感じられないため、
酔っているのかと思ったが酒臭くはない。
「ぬぅ、ん〜・・キスしろ〜、ヴ〜ニル〜・・。」
だがこれは確実にいつものエルダではない。
演技かとも思ったが、エルダの性格上そんなことは出来ないだろう。
(となれば・・あとは、場酔い・・か。)
長い間あの場にいたのだ、あり得ない話ではない。
「む〜・・ヴーニル・・早くしろ、我はあまり、待てんぞぉ・・」
考えている間にも近づいてくるエルダの唇。
どうしたもんかな、と考えているとブレーン姉妹やリーヴェ、
ムウまでもがニヤニヤしているのが見えた。
(・・ここでやんなきゃ、ヘタレってなるよな。
ったく、こっちの気持ちも知らねえでよ。)
そう愚痴ってみるものの、嫌ではない。
やれやれ、とエルダの方を向くと彼女は不機嫌そうだった。
少し待たせ過ぎてしまったらしい。
「ヴーニル、早くしろ。
我はもう待ち切れぬ、貴様がしないのなら・・」
そう言って胴の辺りに腕を回しさらに密着してくるエルダ。
顔が赤いのも合わさってとても魅力的だ。
「はいはい、やるって・・。」
ちょいと酒臭いが我慢しろよ、と思いつつ彼女に重なりキスをした。
「ふむぅ・・ん、うん・・」
流石に舌までは入ってこなかったものの、
彼女の唇は思っていたよりも柔らかい。
その後ファルフは彼女のしやすいように口を動かしていたのだが、
しばらく経った後エルダの動きが急に止まった。

「エルダ?」
不思議に思い名前を呼んでみると、
「ん、う・・いつも、ムウばかり、ずるい、ぞ・・我も・・。」
こんな呟きが返ってくる。
直後、体に体重がかかってきた、どうやら眠ってしまったらしい。
夢の中に意識を落としているというのに、
それでも彼の体を離さないのはエルダの本心の現れだ。
「ったく・・これじゃ歩くのも一苦労だぜ。」
口ではなんだかんだ言いつつ、その顔は笑っていた。
周りの者はそれを見てまた、ニヤニヤという笑みを浮かべる。
「そう言って、結局ファルフは面倒見るんでしょ?
やっぱりファルフって世話焼きだよねぇ〜。」
「うるせえよ首領。
こいつが酔っぱらって何か壊すよりはマシ、そんだけだ。」
照れ隠しにファルフがそう言うと、すかさずセレは切り返してきた。
「そう言いつつリーヴェやムウの面倒も見る、と。
いや〜大変だねぇ・・手伝おっか?」
言われて、今度はファルフはハッとそれを笑い飛ばした。
「馬鹿言えっての。
誰かにその役を押し付けたら、俺が怒られちまう。」
話している内に、ファルフは入り口の辺りまで歩いていた。
彼が振り返ってムウとリーヴェの名を呼ぶと、
ムウは狭い足場を器用に這いずって、
リーヴェは天井ギリギリを飛んで、それぞれ近づいていく。
そしてそのニヤニヤとした笑みを崩さないまま、酒場から出ていった。

ファルフ達が出ていった後。
ブレーン姉妹は話し合っていた。
「・・だから、私もシルフの寝癖に入ろうと思うんだ。」
「そいつは、ファルフと一緒に居たいからかい?」
短くため息をついてそう言うゼルナ。
シェリスはそれを呆れととったようだ。
「・・ああ、その・・えっと・・」
「いや、別に怒ってるわけじゃないよ。
あの剣一筋で色恋沙汰を全く寄せ付けないあんたが惚れるたあね。」
ま、とそこで一つ息をつくゼルナ。
「あたしもちょいと興味はあるよ。
竜三種を友達に持って、しかもあんだけの強さだ。」
シェリスのやる気に満ちた瞳を見て彼女は頷く。
「・・竜殺しのカウントに、あたし達も入れてもらうとするかねぇ!」




ファルフ宅近く、寂れたとある神社。
昔越してきたジパングの者が過ごしたというここで、
主の龍はさらりとした黒髪を風に流し、
木製の手すりに頬杖をついていた。
「ファルフさんに久しく会っていませんが・・
リーヴェさんの話を聞く限り、相変わらず面倒見が良いようですね。
明日辺り・・行ってみるとしましょうか。」
彼女がそう言うと、風が優しく夜の闇を吹き抜けていった。
14/03/19 20:58更新 / GARU
戻る 次へ

■作者メッセージ
完成しました。
戦闘描写難しい・・。
エロを書こうかとも思ったんですが、まだ早いかなと。
竜は、甘えても甘えられても嬉しいのが個人的に卑怯だと思います。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33