連載小説
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第二話
―6―

 一週間くらい経った。
 怪我はもうすっかり良くなったけど、アタシはいまもシャルの家に寝泊まりしている。
「よっと、これあっちに運べばいいんだな?」
「ええ、よろしく」
 アタシは馬車の荷台に、枝葉を切って丸坊主になった木を運んで積んでいく。これは町で建材に使われるものらしい。馬車も納品先の商人のものだ。毎回時期が来るとこうしてやってくるらしい。
 だからいまのアタシは人間の姿に化けている。ぼさぼさの肩甲骨まである黒髪に褐色肌。身長と顔はそう変わらないけど、爪とか魔力の目とかは消してある。
 シャルの家族以外に魔物だってバレたら面倒くせぇからな。ただし当然首輪は付けている。付けてないと落ち着かねぇからな。ちなみに服は母親のだ。すげぇパツパツだけど。胸の辺りとか特に。
「あとはこれか」
 大量の枝を縄でまとめたのを荷台に積んでいく。これは建材に使われる木や、森に落ちていたもの、密集する樹々の枝から少しばかり刈り取って集めたもんだ。
 枝はきちんと乾燥させりゃあ暖炉とかの燃料になるらしい。薪だと伐採した木が減るけど、こっちならさほど森の木も減らないんだと。
 燃料にするには二年以上乾燥させなきゃいけねぇらしいから、かなり面倒そうだがな。
「ルーリアー、お仕事のお手伝い終わったー?」
 家の裏手から麻袋を幾つも抱えたシャルが現れる。シャルの家には、寝泊まりする家以外にも幾つか小屋があった。薬草を保管しておく小屋とか。
 アタシがシャルの父親に目で尋ねると笑って頷いてくれた。
「ありがとう。お疲れ様」
「おう。ちょうど終わったとこだ」
「ぼくもこれで終わりー」
 シャルは麻袋を父親に渡す。父親は商人に同行して町まで行って、薬草とか枝とか売るそうだ。帰りは夕方以降。
 こんな感じで、アタシも何かとお仕事とやらを手伝うようになった。
 別に頼まれたわけでも命令されたわけでもねぇが、よくよく考えりゃ怪我して倒れてたとこを拾ってもらったわけだしな。手当もしてもらった。アタシは借りは作りたくない性分だ。奪うのならともかくよ。
 だからとりあえずシャルの家で寝泊まりしてる間だけはこうやって手伝ってる。
 やることは力仕事がほとんどだ。難しいことなんてわかんねぇし。人間なら数人がかりで運ぶでかい木も、アタシなら片腕一本で十分だしな。
 テキザイテキショ、ってやつだ。
 まぁ、ここ数日手伝ってみたが、感謝されるのも悪くないかもな。
「重くなかったか?」
「うん! えへへ、ルーリア、お疲れ様」
 にっこり笑うシャルにアタシは鼻を鳴らして顔を逸らす。危うく目が眩んじまうところだったぜ。
「ねー、ルーリアー、終わったなら遊ぼー」
 アタシの腕をぐいぐいと引っ張ってくるシャル。お手伝いが終わったらこうなるのも日課になりつつあった。
「元気だな、おめぇは。今日は何がしてぇんだ?」
「お散歩でしょー、木の実拾いでしょー、釣りもしたいしー、おいかけっこもー」
「欲張りな奴だなおめー」
 わしゃわしゃとシャルの頭を乱暴に撫でる。まぁ付き合うけどな。
「あー、シャル、ルーリア。二人とも遊びに行くんなら折角だ。町に一緒に行かないか?」
 アタシたちが森へ行こうと手を繋いだところで、馬車の荷台からシャルの父親が声をかけてくる。
「今日は祭りがあるみたいなんだ。色々出し物があるぞ」
「おおー、どうするルーリア?」
「……まぁシャルが行くってんなら」
「じゃー行くー!」
 ってことでアタシたちも馬車に乗ることになった。母親はお土産を期待していると言って家にお留守番になった。
「わぁい、初めてのルーリアと町だー」
「シャルは町に行ったことあるのか?」
「いっぱいあるよー。美味しい食べ物いっぱいだよー! 人もいっぱいでー大きな家もいっぱいだよー。町から大っきなお城が見えるんだよ!」
 ほう、旨い食べ物か。それは楽しみだ。
 シャルを持ち上げて馬車へと乗せる。アタシも意気揚々と馬車に乗り込んだんだけど。
「狭い。揺れる。尻痛い」
 出発して早速の感想。初めて乗った馬車の乗り心地は、まぁ最悪だった。
 唯一の救いは、だだっ広い平野の景色を眺めるシャルの横顔が可愛かったことくらいだ。

 町には一時間ほどで着いた。荷を積んだゆっくり走る馬車でこれだし、あんまり遠くなかったみたいだ。足と尻が痺れるには十分だったけど。
 にしても人が多いな。常に誰かとすれ違う。しかも広い。建物でかい。アタシたちが建物の影に埋もれてしまうくらい高い建物ばかりだ。
 そんでもって遠くに石造りのお城が見える。ここは城下町、とかいう場所らしい。
 こんな場所来るの初めてだ。いままでは人のいるところといやぁ、木造りの小さくて狭い家がまばらにあって、畑とかが広がってるようなそんな場所ばかり。こんな人も建物も密集しているような場所、初めて見た。
 あまりに初めてのこと過ぎて、言葉にできねぇ。人間舐めてた。すげぇな人間。こんなにでけぇの作れるのか。
「じゃあ、私は彼と商品の納入に行くから。二人はこれで適当に何か買って町をぶらぶらしなさい」
「はーい! 終わったらいつものところ?」
「ああ。いつものところで薬草を売ってるから、日が傾き始める頃には来るんだぞ」
 シャルの父親がアタシに掌にずっしりとした布袋を乗せてくる。重々しい重量感。
 それが何かも言わずにシャルの父親は商人の駆る馬車に揺られて町の往来に消えた。
「なんだこりゃ」
 袋を開けてみると銅色の丸っこいのが入ってる。十枚二十枚とかじゃなくて百枚くらいありそう。そこそこ重いし、シャルが持ち歩くのは難しそうだ。
「お金だよ、ルーリア」
「お金? なんだそりゃ」
 聞いたことあるような、ないような。
「これで美味しい食べ物と交換できるんだよ。これがないと何にも買えないんだよ」
「へぇ。こんな小さいのが食べもんにねぇ。人間ってのは不思議なもんだな」
 奪ってばかりだったアタシにお金なんて必要なかったからな。
「で、どこ行くんだシャル?」
「お腹空いたー!」
「唐突だな。さっきまで遊びたい言ってたくせに」
 とか言ってるとアタシの腹がグゥと鳴った。シャルがアタシのことをにまにまと笑みながら見上げてくる。
 妙に腹が立ったのでアイアンクローしてやった、のだが。
「ルーリアのお腹はー正直だねー」
「うるせぃ」
 ったく、口の減らないガキだ。アタシに何をされても喜びやがる。
 シャルを肩車して町を歩く。
「ルーリア号はっしーん!」
「だからルーリア号ってなんだよ」
 人間に化けてるから耳はないが頭をしっかり掴んでくれている。シャルがどっちを向いているか、手にかかる体重でわかった。
「今日はすごい人がいっぱいだねー」
「いつもはこんなんじゃないのか?」
「うん。こんなに道が人でいっぱいにならないよ」
 整備された石畳の道は人でごった返している。道の真ん中は人の波が折り重なり、端っこの方は人が軒を連ねていた。当然ながら魔物なんざ一匹も……いや、いるな。巧妙に化けた魔物がいやがる。主神教の支配下だろうに結構魔物も入り込んでんだな。
 ま、魔物なんざどうでもいい。
 この城下町が人でいっぱいなのは祭りだからとか。
「なんだっけか。しゅーかくさい?」
「そだよ、トマトがいーっぱい穫れてるんだよ」
 シャルが大きく手を広げてトマトの多さを表現する。
 父親も言ってたな。トマトをたくさん収穫できたことを祝う祭りで、それにちなんだ出し物があるそうだ。んで、主神に感謝を捧げるだとか。
 主神に感謝はどうでもいいけど、トマトにちなんだ出し物とやらが気になる。トマトっていやぁあの真っ赤な掌くらいの野菜だろ。あれをどうするのか興味をそそられるな。野菜は好きじゃないが、肉は料理したらすげぇ旨くなってたし、どう変わるか興味はある。
 ただ、町を歩いていると匂ってくる香りは酸味のあるもんばかりだ。青臭くもある。これがトマトの香りか? でもそれに混じって香ばしい旨そうな匂いもするんだよな。
「どれくらいだ? 樽にいっぱいくらいか」
「もっとだよ!」
「樽二つ分か?」
「もっともーっとだよ! ぼくらのお家が埋まっちゃうよりもだよ!」
「そんなか」
「そんなだよ!」
 舐めていた収穫祭。やばいな収穫祭。半端ないぞ収穫祭。
 そんないっぱいのトマトがどこに消えていくというのか。食べきれねぇぞ。
「ルーリアー、あっち行こー」
「ういうい」
 人波を掻き分けながら、シャルが指さした方へ行く。(多分)トマトの匂いを中心にいろんな香りが町中に立ち込めていたけど、歩いていく方には良い匂いがしていた。肉の焼ける匂いもする。パンの焼ける匂いもするな。
 大通りを抜けて、噴水を中央に据えた大広場に到着する。人のごった返しはここがピークみたいだった。
「あっ、ルーリア、ピッツァだよ!」
 喧騒にも負けずにシャルは大きく声を張る。どんなに小さくてもアタシが聞き逃すはずねぇけどな。
「ピッツァ?」
「あれあれ」
 噴水を中心に広場の至る所に屋台が出ていた。屋根の下から特にいい香りが漂ってくる。それに屋台によってする香りが全然違っていた。
 シャルが指さしたところにはピッツァと呼ばれるものがあるらしい。人垣を掻き分けると、何やら大きな葉っぱの上に乗せられた薄いパンのようなものが見えた。
 小麦色に焼けて、その上に赤いソースとかチーズとか、葉っぱみたいなのも乗せられている。パンもチーズもこんがり焼けていて香ばしい匂いを立ち上らせていた。
「あれか?」
「うん!」
 奥に見えるのは真っ白で薄い円形のパン。屋台の奴が真っ赤でドロッとしたソースを塗りたくって、さらにその上からチーズやら葉っぱを乗せる。それを後ろの火のついた石窯っていうのか、に入れていた。
「食べよう食べようルーリア」
「しゃーねぇなぁ」
 と言いつつもアタシも食べたくて仕方なかった。店員にアタシは二つくれと声をかける。
「おっ、姉弟かい? 肩車なんかして仲いいねぇ」
「姉弟じゃないよ? ルーリアは、家族だよ、ぼくのルーリアだよ!」
「家族ね、つまりは未来の夫婦ってことかい? 可愛いカップルだねぇ」
「ふうふっ!? んなわけねぇだろっ!」
 この店員何変なこと抜かしてやがるっ!?
「ルーリアー、カップルってなーにー?」
「おお、お前は知らなくていいんだよッ!」
 あ、あああ、あんなサキュバスどもが現抜かすような関係なはずねぇだろうがっ! アタシはあくまでシャルの飼い犬だ!
「はははっ、姐さんの方は案外まんざらじゃないって感じだねぇ」
「お前それ以上言うとただじゃおかねぇぞ?」
「おお怖い。それじゃあ、お詫び代わりに一枚まけとくよ」
 とか言ってピッツァ一枚分まけてもらった。
「むぅ、いいのか?」
「いいのいいの。そんかし美味しいって思ったらまた来てくれよな。祭りじゃないときはあっちの方に店あるから」
 と言って店の名前を宣伝された。つまりまた来いってことか。まぁ旨かったらいつかまた来てやるよ。
 屋台から離れる。両手にあるピッツァは温かい。これは六等分されたピッツァの一枚を丸めて大きな葉っぱで包み、歩きながらでも食べられるようにしたものみたいだ。
「ルーリアルーリア、早く早く」
「はいはい」
 片方を頭の上のシャルに渡す。すぐにがぶっと頬張る音が聞こえたので、アタシも人波に流されながらピッツァを頬張った。
「うわっ、マジか。上手いなこれ」
 トマトの程よい酸味、舌で蕩けるチーズ、パンのもっちり感、そして葉っぱのアクセント。それが互いを邪魔せずに口の中で強調し合っている。食めば食むほど口の中にそれらが広がって、文句なしに旨い。特にトマトの酸味に隠れた微かな甘さがやばい。
「美味しいねールーリアー」
 全くだ。肉なんて入ってないのに旨い。何枚でも食べられそうだ。
「やばいなピッツァ。これは他の料理も楽しみになってきた」
 こんなに旨いなら、元となったトマトはどれだけ旨いのか。気になるところだ。野菜といって舐めていたかもしれねぇ。
「もぐもぐ、あれ? ルーリアー、もぐ、あっちでもぐトマトが飛んでるもぐよ?」
「食うか喋るかもぐもぐどっちかにもぐもぐしろもぐ」
「もぐもぐ」
「もぐもぐ」
 旨い。
「ごくん。トマトが飛んでる?」
「うん、あっちあっち」
 指さした方を見ると。うおっ、マジだ。トマトが飛んでは落ちて飛んでは落ちてを繰り返してる。
「あっち行こうルーリア! 行け行けルーリア号! ゴーゴールーリア号!」
「だからルーリア号ってなんだよ」
 頭をいっぱい擦られた。多分いまはない耳の代わりだ。
「なんだ。特に人がいっぱい集まってやがんな」
 トマトがひゅんひゅん飛んでる噴水周りに人がいっぱい集まっている。
 一様に頭が上下に動いていてなんだかシュールだ。
「見えるか? シャル?」
 アタシはかなり背が高い部類だ。いま肩車されているシャルなら見えるだろ。
「おおー、すごいすごい! トマトがびゅんびゅんしてるっ!」
 くっ、面白そうに言いやがって。アタシも気になるじゃねぇか。
 人波掻き分け、人垣乗り越え、アタシは前を行く。最前列、とはいかなかったけどアタシも見える位置に来られた。
「おおう、確かにびゅんびゅんだな」
「すごいね、ルーリアっ」
 なんか変な白い化粧して鼻にミニトマト付けた男が、幾つものトマトを空にぽいぽいなげてはくるくると回していた。
 周りの観客から、あれはジャグリングと呼ばれるものだとわかる。トマトの形は不ぞろいで、アタシの拳大のものから、シャルの拳よりも小さいものまで幾つもくるくるしていた。
「わっ、危ないっ」
 ナイフまで追加しやがった。うお、酒瓶まで。
「うわわ、すごいっ、ナイフくるくるしてるのに怪我してないよ!」
「やるじゃねぇか」
 とか思ってるとくるくるしていた酒瓶を口でキャッチ。中身を口に含んでいく。と思った次の瞬間には火のついた松明までジャグリングの輪に入れた。輪の広さはさらに縦に広がったのに、なんてことない風に男は回していく。人間器用すぎるぜ。
「あっ!」
 シャルが声をあげる。そのタイミングで、男は松明を飛ばすのをやめていた。男は片手にナイフ、もう片方に松明、口にくわえていた酒瓶を胸ポケットにすっぽりと落とし込む。そして、トマトが滞空しているときに松明を口元に寄せると、口から炎を吐きやがった。
「うぉおおおっ!」
 アタシも含めた驚嘆の声が観客全員から響く。普通の炎かと思ったが魔力の感じがする。普通よりも火力の高い炎の渦はトマトを呑み込み、こんがり焼けたトマトが落ちてきた。
 ナイフ持った男が剣閃を煌めかせると同時に、控えていた別の、同じ風体をした男が大きな皿を持って現れる。トマトが皿に吸い込まれるように着地すると、ぱかんと六等分になって広がった。
 当然ながら拍手が沸き起こる。シャルも拍手する。アタシもやってやった。やるじゃねぇか。
 切り分けられた焼きトマトは爪楊枝を刺され、観客に配られるみたいだった。
「ルーリア、ルーリア、ぼくもぼくもー!」
「しゃーねぇな。おぉい、アタシらにもくれっ!」
 男がアタシらに気づいて寄って来てくれたのだが。
 アタシらの手元に届く寸前、ひょいと横から手が皿に伸びた。
 それは最後の一つの焼きトマトを取った。
「あ」
 焼きトマトがその手の主の口の中へと消える。
「ふむ、美味だな。酸味ばかりのトマトだと思っていたが、焼くとこれほど甘味が増すのか」
「あうぅ、トマト……」
 明らかにシャルの声が沈む。少し泣きそうになった声は、アタシの怒りを軽く沸点に到達させた。
「てめぇ、シャルの焼きトマトを…………」
 だが直後、アタシの怒りは鎮火することとなる。
 女。
 シャルの焼きトマトを横から奪った女。見覚えがあった。
 透き通るような青い、短く切り添えられた髪。鋭利な刃物のような目つきに浮かぶ、金色の瞳。すっと通った鼻に、笑みを象ることはない一文字に閉じられた唇。
 知っている。祭りの町にそぐわない軽鎧を纏うこの女は。
「勇者……」
 アタシを瀕死においやったあの勇者だ。
「ん? あ、すまない。もしかして君らが貰う予定のトマトだった――」
「ッ!」
 女勇者が気づくと同時にアタシは踵を返していた。肌がぞわぞわする。粟立つような嫌な感覚。思い出す。腹をあの腰にぶら下がっている長剣で突き刺されたときを。身体から自分が流れ消えていくような感覚を。
 もう痛くないのに、腹があの痛みを思い出していた。
 このアタシが、あいつに恐怖を感じている。アタシの存在がバレたら、また同じことをされるんじゃねぇかって。
「ルーリア? 大丈夫?」
 どれくらい歩いたか。広場からいつの間にか離れていたアタシは、シャルに声をかけられて気がついた。
 どうやら人の波がゆっくりで混んでいないところまで来ていたらしい。屋台もほとんどない。少々町はずれな場所だ。
「あ、ああ……」
「顔色悪いよ?」
 頭の上から、シャルが顔を覗き込んでくる。逆さまになってもシャルは可愛いな。
 ああ、少し気分がマシになった。
「あそこにベンチあるよ、休もう?」
「悪ぃな」
 言われた通り、シャルを隣に座らせてアタシもベンチに座る。ちょうど建物が日陰になって涼しい。嫌な汗でじっとりとしてしまった服に、吹き抜ける風がちょうどいい。
「人が多いのに慣れてないと、酔っちゃうことがあるってお父さん言ってたよ。ルーリアも酔っちゃった?」
「……かもな」
「ごめんね? 疲れちゃってるのに無理させちゃって」
 しょぼんと俯くシャル。なんだ、アタシがこんなになってるのは自分のせいだと思ってるのか。
 アタシは無遠慮にシャルの頭をわしゃわしゃと撫でてやった。こんなにされてもシャルは嬉しそうに目を細める。ぎゅうっと横から抱き付いてくる。腰に手を回して、頭をぐりぐりと脇下あたりに押し付けてくれる。
「別にお前のせいじゃねぇよ。ただ、しばらくそうしておいてくれ。お前に抱き付かれると、なんか、落ち着く」
「うん! ルーリアが言ってくれたら、いつでもどこでもぎゅーってしてあげるね! ぎゅーっ!」
 嬉しいなぁ。
 意地張らずにこう思えてしまうくらい、どうやらアタシは弱ってるみたいだ。
 あの女勇者。どうしてアタシはあんなにあの女に怯えている? 次会ったらぶちのめしてやりたいって思ってたのに。もう怪我も治ってる。町の中とは言え、ぶちのめすのにはちょうどいいタイミングだ。
 なのに、どうして。
「たぁ、いけねぇいけねぇ。小難しいことは考えるのやめだ」
「どうしたの?」
「なんでもねぇよ、ほらぎゅーしてくれぎゅー」
「うん! ぎゅー!」
「ああ、もっとしてくれ。次どこ行くかな」
 ピッツァ一枚だけじゃあまだ腹は膨れてねぇし。他のトマト料理も気になるところだ。やっぱりそれを探すのが一番かな。
「ああ。ここにいたか」
 ぞっとした。
 目線をあげると、振り切ったと思っていた女勇者が目の前に立っていた。
 音もなく、気配もなく、ましてや匂いすらトマトに紛れさせて、突然現れたかのようにそこにいた。
 逃げられない。動けない。下手に動けばやられる。シャルのいるこの状況で下手を打てない。
 アタシが戦々恐々とする中で、女勇者は平然としていた。手には葉に包まれた丸いものを二つ持っている。
「先ほどは申し訳ない。あのピエロはあなたたちに焼きトマトをあげるつもりだったところを、私が横から取ってしまったみたいだ。お詫びといってはなんだが、これを良かったら食べてくれ」
 手渡してくるそれを、アタシは警戒しつつ受け取る。熱い。持てないほどじゃないが熱々だ。それに少しぐにゅぐにゅしている。
 爆弾、とかの類ではなさそうだけど。
「焼きトマトだ。食べ損ねてしまっただろう?」
「焼きトマト!? やったっ!」
「あ、おい」
 アタシが止める間もなくシャルはその葉包みを取って広げる。トマトの甘味と酸味が同居した香りが一気に広がった。確かに焼きトマトだ。それも丸まる一個。
「ありがとう、お姉さん!」
「ああ。先ほどは済まなかったな」
 シャルは嬉しそうに焼きトマトを頬張る。いきなりがぶついて熱そうにしてたが、火傷はしなかったみたいだ。味に関しては顔を見ると美味しいんだとわかる。
「わ、悪ぃな、気を遣わせちまって」
 わざわざ持ってきてくれたことに一応の感謝を言う。さっさと帰って欲しいからアタシも話を打ち切るように葉包みを広げた。
「ふむ……つかぬことを聞くが、君、私と会ったことがないか?」
「ッ! ……いや、アタシはアンタと会うのは今日が初めてだけど?」
 平静を装えたかわからない。声は震えていたかもしれない。だがそういう他なかった。
「そうか。失礼な話だが、以前会った魔物にどことなく顔立ちが似ていたものでな。いや、魔物と見紛うなど本当に失礼な話だ。済まない、忘れてくれ」
「な、なんだ、その魔物に逃げられたのか?」
「ああ。不覚だった。あそこまで逃げ足が速いとはな。あれは凶悪な魔物だ。人を殺した、という話はいまのところ聞いていないが、自衛手段の乏しい村を狙い幾度となく強奪を繰り返している」
 どこをどう聞いてもアタシのことだった。シャルは、あまり気にした様子がない。アタシのことを魔物じゃなくて犬だと思っているからか。
 ホッとする。ホッとして、なんでアタシはホッとしたのだろうと疑問に思った。
 しかしそのことを考える間もなく、次の女勇者の言葉がアタシを混迷の渦に叩き落とす。
「あの強奪のせいで村娘が一人亡くなっている。許せないことだ」
 トマトの味が消えた。
 え? 死んだ? 誰か死んだ、のか?
「……な、なんでそいつは死んじまったんだ?」
 なんでアタシはそんなことを聞いてしまったんだろう。でも聞かずにいられなかった。
「聞いて楽しい話じゃないぞ? ……その村は貧しい村でな。食うのもやっとというくらいだったらしい。病気がちだった村娘はろくに物が食べられなくなってしまったそうだ。そのせいで病気が悪化したんだろう。そのまま帰らぬ人となってしまったと聞いた。悲しいことだ……。私がもっと早くその魔物を追い払えていれば」
 アタシのせい、か。アタシのせいでその村娘とやらは死んじまったのか?
「顔色が悪いぞ? やはり言うべきではなかったな、済まない。忘れてくれ」
 それを本心で言っているのか、アタシがその魔物であると見抜いた上で言っているのか、判断はつかなかった。
 だが、どっちにしてもアタシを惑わせることにはなっていた。
 勇者に対する恐怖よりも、自分が人の命を奪ってしまったことに対する嫌悪感と罪悪感の方が上回ってしまっていた。
 アタシは、殺すつもりなんてなかったのに。だけどそんな言い訳は、多分通用しない。
「さて、焼きトマトも渡せたことだしもう行くよ。私の名はディカスティーナ。こんな成りだが勇者と呼ばれている。まだ駆け出しだがな。この辺りにはしばらく滞在するつもりだ。見かけたら気軽に声をかけてくれ」
「ぼくはシャルだよ。ありがとうね、でぃかすて、えっと」
「言いにくければティーナでいい」
「ティーナお姉ちゃん!」
 アタシは名乗れなかった。でも代わりにシャルが紹介してくれる。
「こっちはぼくの家族のルーリアだよ。ルーリアルーリア、挨拶!」
「あ、ああ。よろしく……」
 目を合わすことはできなかった。
「ではな。君らも気を付けてくれ。黒い姿をした獣のような女は、とても凶暴で悪い奴だからな。見かけたら逃げるんだ」
 アタシは何も言えなかった。
 ディカスティーナが去ったあと、苛立ちのまま手の中のトマトを握りつぶそうとしたが。
『貧しい村。物を食べられなくなってしまった。そのせいで病気が悪化した。亡くなっている』
 女勇者の言葉が脳裏をよぎり、握りつぶせなくなった。
 シャルが心配そうにアタシの顔を覗き込んでくる。頭を垂れるアタシの頭を優しく撫でてくれる。
 わかっているのだろうか。アタシがあの女勇者が言っていた凶悪な魔物だと。
 わかっていても、こうして撫でてくれるのだろうか。この小さな優しい子供は。
 全部バレたらどうなるか。
 嫌な結末を忘れるように、アタシは焼きトマトを一口で頬張った。
 もう冷めていた。

「ねー、ルーリア、綺麗なのいっぱい並んでるよー」
 気が付けばアタシはまた別のところにいた。
 ベンチからいつの間に移動したんだろう。シャルがアタシの手を取って一歩前にいる。
 どことなく眉の端っこを下げながら、アタシと向かっている方を交互に見返していた。
「綺麗だよルーリア、一緒に見よ?」
 手を引っ張られてアタシはシャルの隣にしゃがむ。
 目の前にあるのは敷物の上に広げられたアクセサリーの数々。そして、品物を挟んで一人の女が座布団に胡坐をかいて座っていた。
「いらっしゃいっす。浮かない顔のお嬢さん」
 軽薄そうな笑いを浮かべる茶髪の女。人間に化けた魔物の女がいた。
「そう警戒しないでくださいっすよ。うちら仲間じゃないっすか」
「仲間じゃねぇよ」
「ルーリアとお姉ちゃんはお友達なの?」
「違うっすよー。こういう関係っす」
 頭に手を乗せてゆっくりと少しだけ上げる。すると、頭と掌の間に狸の丸いもふもふの耳が見えた。手を再び下ろすと綺麗さっぱりとなくなる。
「ルーリアとおんなじだ!」
 狸の魔物か。通りで胡散臭いわけだ。
「シャル行くぞ。こいつの相手してると変なもん売りつけられる」
 アタシがシャルの腕を引っ張ろうとするけど、シャルは珍しくその場から動こうとしなかった。
「ルーリア、これ綺麗だよ? 光でぴかぴか」
 そう言って、シャルは白い生地の輪っかを指さした。輪っかの真ん中には多分魔界産の無色の宝石が埋め込まれている。多分腕輪かなんかなんだろう。二つセットで敷物に並んでいた。
「うちらは同族に変なもんは売らないっすよ。商売も真面目がモットーっす。お安くしとくっすよ?」
「じゃあ、狸のお姉さん。これください」
「お、おいシャル」
 止める間もなく、シャルがアタシの腰にぶら下げていた布袋を取って、狸女に言われた銅貨を渡していく。それが安いのかどうかは知らないけど、シャル的には安いみたいだ。
「毎度ありっす」
 ほくほく顔で狸女は足元の袋に銅貨を納めた。
「紙袋にいれるっすか?」
「ううん。いま使うからいいよ」
 そうシャルが言うと、アタシの腕にその腕輪を嵌める。ただし一つだけ。もう一つは自分の腕に嵌めた。
「お揃いだねー」
 とシャルは自分に嵌めた白い腕輪を見せて無邪気に笑う。可愛らしい、何度見ても見飽きないような、シャルの笑顔。ぎゅうっと抱きしめたい衝動に駆られて手を伸ばしたけど、できなかった。
 凶悪な魔物のアタシがシャルを抱き締めたら、壊してしまいそうで怖かった。
 傷つけてしまうのが怖かった。何より、シャルに怖がられてしまうのがとても怖かったんだ。
 なのに。
「ねー、ルーリア」
 なのにシャルは平気でアタシの恐怖を飛び越えてくる。
「ルーリアがどんなことで落ち込んでるのか、ぼく家族なのにわからないけど」
 やっぱり眩い笑顔をアタシに向けてくれる。地獄すら照らすような明るい笑みを。
「でもでも、ルーリアが落ち込んでるときはー、ずっとずーっと、ぼくが一緒にいるからね!」
 シャルはアタシの腕を抱き締めた。腕ごとアタシを引っ張って、狸女に手を振ってその場を離れる。
 何故かわからないけど、シャルの背中がとても大きく見えた。
 胸と、そして下腹部が熱を抱いたような、そんな気がした。
「だから、だからずっと傍にいてね……絶対だよ……」
「くぅん……」
 アタシの優しい飼い主だけは、絶対に泣かせたくない。シャルの小さな頭を見下ろしながら、アタシはそんなことばかり考えていた。

―7―

 気分はだいぶ落ち着いたと思う。少なくともトマトの味は感じられるようになった。それでも気を抜くとあの女勇者の言葉を思い出すけど、シャルに笑顔を向けられると不思議とアタシも笑えた。
 アタシが変な顔をしてたらシャルも笑顔じゃなくなるみたいだしな。シャルの為にもこいつの前でだけはずっと笑っていよう。
 それでまたお祭り中の町巡り。トマトパスタやらトマトスープ、トマトの肉詰めとかチーズ焼きとか色々。腹が膨れるまで食べて回った。喉が渇いたらフルーツトマトとかいうやつのジュースを飲んだ。他のトマトと違って酸味がなくてすげぇ甘かった。
 祭りなだけあって、噴水のときみたいな大道芸もいっぱいあった。シャルも楽しめたみたいで何よりだ。
 日が暮れるにはまだまだあるけど、腹も膨れたしアタシたちは父親のところへ向かうことにした。
「あ、いたよ、お父さーん!」
 シャルがアタシの腕を引いて走り始める。
「危ないから走んなって。またこけんぞ」
「へっちゃらだもん! お父さー、あれ?」
「ん?」
 シャルが立ち止まる。なんだ?
 シャルの父親が露店してるのは大通りの道沿いのところだけど、何やら父親の露店を中心にまばらに人がいて誰もが視線を集中させている。薬草ってそんなに売れるもんなのか?
 ただすぐ傍まで近づいて、繁盛しているから混んでいるわけじゃないってのがすぐにわかった。
「なぁ! どうしてくれんだよ!」
 敵意を剥き出しにした声が響く。露店の前に強面の男が二人いた。声の主はこのどちらかで間違いなさそうだ。そして、その横には腹を抱えてしゃがみ込む男もいた。
「な、何かの間違いです。私は毒草なんて売っていません」
 シャルの父親は狼狽しながらも、しきりに何かを説明していた。
 だが男は聞く耳を持たないらしい。シャルの父親の胸倉を掴もうと手を伸ばす。
 だけどな、アタシの手の方が速い。素早く男の真横に滑り込み、伸ばした手首を掴んでやった。
「なっ」
 強面のブサイクな男が驚くが、唾を飛ばしそうなくらい口を大きく開こうとしたので手首を軽く握ってやった。
「いでででで!」
 痛がったところで腕ごと男を弾く。後ろの男にぶつかって、その男はみっともなくよろめきやがった。ふん。
「何しやがんだてめぇ!」
「そりゃこっちの台詞だ。誰の父親に手ぇ出してんだおおっ!?」
「うぐッ!」
 睨み返せば、ぐっと黙る。しょせん人間だ。ヘルハウンドであるアタシの睨みに勝てるわけねぇだろ。
「ああ、シャル、ルーリア」
 シャルがアタシの腕から離れて、テーブルを挟んだ父親のところへ行く。アタシは二人を守るように男たちとシャルたちの間に立った。
 状況はわからねぇが、面倒なことになってるのは間違いねぇな。
「で、何があったんだ?」
「いや、その。私が先ほど売った薬草を、彼らが毒草だと言い張ってきまして」
「あん?」
 男たちに向き直る。背の高いアタシに一瞬びびったようだが、しかし退こうとはしなかった。アタシのことをねめつけてくる。
「じ、事実だろうが。うちの可愛い弟分がこうやって腹壊してんだよ。俺らが背負ってやらねぇと動けねぇくらいなんだぞ。これも全部てめぇが売った毒草のせいだろうが」
 さっきから蹲ってる男を指さして男は言う。なるほど、難癖つけてきたってわけか。
「いや、腹壊してんなら医者に連れて行けよ」
「医者にかかれるほど俺らが金持ちに見えんのか!? おおっ!」
 そこで威張られても困んだが。
「おいっ、弟が医者にかかるための金寄越せよ。金ならあんだろ? おらっ!」
「で、ですから、私は毒草など売っていません。この道で二十年もやってきているのです。そんな失敗なんて」
「何年やってようが人間なんだからミスするときはするだろうがよぉ! さっきの奴に似たので毒草があんのは知ってんだぞ」
 怒鳴り散らす。男たちの後ろで遠目にこっちを見てる人間たちが小声で話していた。嫌な空気だ。味方って感じじゃない。
 だけど男たちは後ろの見物客が味方とでも思っているのか、どんどん勢いを増していく。
「さっさと寄越さねぇとこの店は毒草売る店だって衛兵に通報するからなぁ! 俺はお偉いさんに口がきくんだぜ?」
「そ、そんな」
 詰まるところ脅しか。
 賢くないアタシでもわかる。こいつらは嘘をついている。蹲っている男、顔色は確かに悪いが演技だ。顔に何か塗ってやがるな。変な臭いがしやがる。気分が悪そうなのは確かだが、少なくとも腹が痛いとかそういうのじゃねぇ。
 言いがかりをつけて、医者代だと言って金を騙し取る。小汚ぇ狡賢い強盗だ。
「っ……」
 一瞬、立ちくらみをアタシは覚えた。
 強盗。
 それってアタシもじゃねぇか。
 ああ、そうか。
 こいつらはアタシだ。誰かから奪って、飯を食って、悦に入ってたときのアタシと同じ。
 暴力で支配して、愚かなことをしていることにも気づいていなかったときのアタシだ。
 いまさらわかった。気づいてしまった。
 そんな卑怯者のアタシに、こいつらに何か言う権利なんて、あるのか? 責める権利なんて。
「どきやがれ! おらさっさと金出しやがれ! 怪我したくなかったらなぁ!」
 アタシを押しのけて男が台の上に身を乗り出し、汚い足を乗せる。薬草が男の靴に踏みにじられた。
「うわあああん!」
 シャルの泣き声が響いた。
 猪のときと同じように、怒りの沸点を一気に越える。我も忘れて男の肩を掴みかけて、シャルの泣き顔が浮かんだ。
 ――アタシは強盗。卑怯者。凶悪な魔物。
 そんな自分の声が聞こえた。
「ルーリアぁ……」
 アタシに助けを求めるシャルの声がする。ここで我を忘れてこいつを痛めつけることが、シャルを助けることになるのか? 暴虐の限りを尽くして追い払って、凶悪な魔物の正体を現して、シャルたちはどうなる?
「ッ……!」
 魔物との繋がりがある人間の末路は悲惨だと聞いたことがある。
 もしも、シャル達がそうなったら。
 シャルが殺されたら……!
「おらぁ! さっさと出さねぇか!」
「うぅぅ、ルーリアぁ……!」
 腕を振り上げた男の拳をアタシは受け止めた。ぎょっとする男に冷静に笑いかける。どんな笑みかは自分じゃわからねぇけどな。
「おい、お前の弟やらが食った薬草ってのはどれだ?」
「な、何言って」
「こ、これです」
 シャルの父親が差し出してくる。見た目は普通の葉っぱだ。葉っぱなんてどれも同じにしか見えねぇがな。
「これを生で食ったのか?」
「そ、それがどうした」
「食ったのかって聞いてんだ!」
 アタシに気圧されて男は頷く。なら話は早いな。
 ふん、馬鹿なアタシの頭でも、まだカビが生えるまではいってなかったらしい。まぁそれでも馬鹿らしいけどな。
 アタシは凶悪な魔物で卑怯者。あの女勇者の言う通りだ。そんなアタシが虫のいい話かもしれねぇ。でも今回だけは、優しいシャルとその父親のために、アタシも優しい魔物になりたい。
 償いにはならねぇけど、せめて二人のために。
 アタシは並んでるその薬草を全部口に入れた。吐きたくなるほどの苦みが口ん中を支配するが、それでも平静を装って全部喉の奥に流し込んでいく。
「ごくん、はぁ。で、これが毒草だったら、どれくらいで効果が表われんだ?」
「なんて無茶を」
 シャルの父親が驚愕と心配の顔でアタシを見てくるが、笑い返してやる。
「何心配してんだよ。毒草じゃねぇんだろ? だったらどんと構えとけ。でどれくらいだ?」
「も、もう出てもいい頃かと。胃に行けばすぐなので」
 ほう、なるほどね。
 アタシは男たちを見下す。顔に影を作り、邪悪な笑みを浮かべることを意識して。
「でねぇな、お前の弟と同じ腹痛」
「う、ぐっ」
「こんなに食べてんのになぁ?」
 腹をパンパンと叩いて乾いたいい音を鳴らす。
 まっ、魔物であるアタシに毒なんざ効かないんだけどな。
 ただ男たちは目を合わせようとしない。やっぱり思った通りだ。こいつらのは言いがかり。嘘八百だ。毒草なんざ食べていない。少なくとも父親から買ったものは。
 しかし、ここまで来ても退くつもりはないらしい。
「い、いまのは薬草で俺らに売ったやつだけが毒草だったかもしれねぇだろうが!」
「ああん!? たまたまひとつ、お前らに売ったのだけが毒草だったって言いてぇのか!?」
「ひっ、ぐ、そ、それしか考えられねぇだろうがよ!」
 チッ、面倒くせぇ。これで退いてくれると思ったのによ。
 どうやらいま一歩、アタシの脳味噌は足りてなかったみたいだ。結局は暴力に頼るしかねぇらしい。
「はぁ」
 アタシは台を越えて、シャルの父親の脇に置いてあった手ごろな鉄の棒を一本手に取った。それを持って男たちのところへ戻る。
「な、何を」
「どけ」
 強面の男二人を押しのけて、蹲る男の前に立った。
 青い顔をした男がちらりと顔をあげる。こちらを見たタイミングで、アタシは鉄の棒を振りかぶった。
「!?」
 思い切り、躊躇なくアタシは鉄の棒を振り下ろす。硬質な物同士がぶつかる甲高い音が通りに響いた。
 反響する金属音以外の全ての音が消失する。この周囲の喧騒も全てだ。
 振り下ろした鉄の棒は地面に埋まり、アタシの手の少し上あたりで完全に折れていた。蹲っていた男は横に避けていた。
「あ、ああ、あぶ、危な」
 ガタガタ身を震わして、石の地面に埋まる鉄の棒を見据える男。
 アタシは鉄の棒の残りを放り投げて、男の顔を覗き込む。
「なんだ? 兄貴たちに運んでもらわないと動けないんじゃなかったのか?」
「……あ」
 さっきまで蹲っていたことも忘れて男は呆ける。馬鹿野郎と後ろで男が小声で囁くのも聞こえた。
 当然、後ろにいる衆人環視の中で男が一芝居打っていたのもバレたというわけだ。
 最初アタシたちに向けられていた遠慮のない批難の視線は、今度は男たちに向けられることとなった。
 ったく、最初からこうしてれば話は早かったんだ。嘘だってわかってたんだからよ。
「く、ぐぐぐっ、幾ら腹痛くたって死ぬかもしれねぇって思ったら」
「おい」
 アタシはなおもしつこく食い下がる強面の男の胸倉を掴み、誰にも見えないくらい顔を近づけた。
 シャルにも聞こえないくらいの小声で、地鳴りの如く低い声音で男に言う。
「これ以上ふざけたこと抜かすと、あの男の腹かっ捌いて食ったもん全部引きずり出すぞ? てめぇも地獄見たくなかったらとっと失せろ」
 一瞬だけ、目に魔力を迸らせた。地獄の業火を思わせる炎を。男は顔を蹲っていた男以上に青ざめさせ、ガタガタと身体を震わせたかと思うと、二人の男を連れて逃げていった。
「…………」
 怯えていた。アタシが襲ってきた村の連中みたいな顔で。
 やっぱりアタシは凶暴な――。
「る、ルーリア!」
「おわっ!?」
 男が路地に曲がって消えるのと同時、アタシの背中を衝撃が襲う。
 シャルが突進をかましてきやがったのだ。
「うう、ルーリアルーリア!」
 アタシの背中に顔を埋めて何度もアタシの名前を呼ぶ。
「……ぁあ」
 アタシは凶悪な魔物。村を襲って食べ物を強奪する卑怯者。誰かを助けるのにも暴力に訴えることしかできないどうしようもない奴だ。それはどうあっても変わらない。変えられない。
 だけど、こいつの前でだけは。いや、これから先もずっと。
 優しい魔物で、こいつの飼い犬であろうとアタシは改めてそう誓った。
18/01/14 19:55更新 / ヤンデレラ
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■作者メッセージ
ピッツァ食べたい。トマトソースたっぷりチーズたっぷりのピッツァが食べたい……!

次回はちょっぴりHシーンあるのだ。

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