連載小説
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ねぇ、美味しい?
 香ばしい香りのする焼きたての食パンに包丁を入れると、中から真っ白な生地が現れて湯気が立ち昇り小麦粉の甘い香りが辺りに広がった。満足に頷きながらパンを皿に並べ、鍋の蓋を開ける。こちらでは鍋の中からは大きな肉の塊が入っているビーフシチューがコトコトと音を立てていた。お玉で小皿にとって味見をしてみる。
 うん、これは美味しい。
 今回はデミグラスソースをベースに奮発した肉を沢山入れて、隠し味に赤ワインとバターを入れたのだが我ながら改心の出来である。自信作を皿に盛り付けてテーブルに並べる。
 食事は二人分。向かい合うようにテーブルに並べる。
「さて……」
 準備は出来た。
 テーブルの上に並べ外の様子を眺めてみる。外は、澄み渡る程に真っ青な気持ちの良い快晴で、風の中に僅かに青臭い草の香りが混じっている。まぶしい太陽に目を細めながら、大空の中に影を探す。これだけ視界が良いのだ。目的の影はすぐに見つかった。穏やかな風に体を委ねながら、はるか上空をのんびりと旋回していた。
「おーい、キーク、お昼は一緒にどうだい?」
 聞こえる様に大きな声を出してみる。それはこちらの様子に気がついたのか、僅かに頭をこちらの方向を変えた。大きく手を振って見せると、体ごとこちらに向きを変えて滑空して器用に目の前で軟着陸した。
「キーク、一緒にお昼にしないかい?」
「昼メシ? 食う」
「キーク、もう少し言葉遣い直らないのかい?」
 女の子なのだから、少しぐらい言葉遣いには気を使った方がいいと思う。特に折角キークは可愛らしい女の子なのだ、言葉遣いをもう少し優しくして、お洒落に気を使えばモテると思う。もったいないことこの上ない。
 こちらの老婆心を鼻で笑うと、窓に手を掛けて強引に部屋の中に入り込んできた。
「あのね、玄関の意味分かってる?」
「ロランはそんな細かいことばっかり気にしているから、いつまで経っても嫁が来ないんだ」
 注意したところで聞く耳は一切持たないのは分かっているのだが、ここは人間の家なので一応人間のルールを言っておく必要があるだろう。しかし、キークは気にした様子もなく「勝手知ったる他人の家とでも言うように遠慮なくズカズカと部屋の中に入っていきテーブルに座った。
 そんなことを言ったら、キークはこんなに乱暴だからいつまで経っても夫ができないのだろう。
「なんか言ったか?」
「いいえ、何にも」
 振り返ってジロリと睨み付けてくる。
 おお怖い。
 軽く肩を竦めて見せると、より一層怒気を強めた。触らぬ神になんとやら、という事でそれを無視して彼女の対面に座った。
「……」
「さ、食べよう。冷めないうちに」
 相変わらず、不満げに澄んだ金色の瞳がこちらを捉えていたが。手を合わせてから食べ始めると、彼女もしぶしぶ鱗に覆われた手を合わせて食べ始めた。
 申し遅れたが、彼女は人間ではない。ワイバーンと呼ばれる種族の魔物だ。本来ならば翼竜の姿をしているらしいのだが、維持するのも大変らしいのでその姿は一度しか見たことがない。もっとも、その見たときは「ドラゴンとワイバーンの差って何?」という失言をしてしまった時なので、以来あまり触れないようにしている。翼竜の姿になったキークの目の笑っていない恐ろしい笑顔は今も脳裏に焼きついて離れない。
「美味しい?」
 まだ温もりの残るパンを無言のままもぐもぐと咀嚼し、シチューを啜るワイバーンに訊いてみる。
「あぁ」
「……前回もそんな感想だったよね?」
「あぁ」
 どうやらこちらの話は聞いていないようだ。皿に底に残ったシチューをパンでふき取って食べると、そのまま悪びれた様子もなく空になった皿を突き出した
「……おかわりね」
 ワイバーンは特に悪びれた様子もなく頷く。暫くどうしようか考えたが、ため息と一緒に皿を受け取り、鍋から新たなシチューを装い、キークに手渡した。
「今回のはね、赤ワインとバターを隠し味に入れてみたんだ。 前回よりも美味しくできていると思うんだけど、どう?」
「腹に入ってしまえば、なんだって同じだ」
 相変わらずキークは顔を上げないままパンを頬張り、シチューを啜り続けている。
「キーク、作り手に向かってそういう言い方は無いんじゃないかな?」
「ご馳走様」
 暫くしてお腹が一杯になったのか、手を合わせてそういった。
 皿を流しの桶に片付けると、キークは持ってきた鍋を一緒に入れた。
「余り、包め」
「ちょっと皿を洗うから自分でやってもらって良いかい?」
「……分かった」
 キークはしぶしぶと自分で持ってきた布に鍋ごと入れて口を縛る。最初は飛んでいる途中に鍋をひっくり返して中身が零れてしまい、布ごと洗えと言って来たのだが、最近ではそんなことも無くなった。器用に爪先で布を縛るとひっくり返らないことを確認して、悦に浸っていた。
 ここまで、いつものことだ。
 キークは昼に現れてお昼を食べて余りを持って行き、代わりに時折お昼用の食料を置いていく。食料品を買い込んでも持って帰る足の無い自分にとってはありがたいし、料理の苦手なキークにとっても料理を食べられる。おそらくは相互扶助の関係だと思う。キークはどう思っているのかは分からないが。
「また来る」
「はい。 気をつけて。 お仕事頑張ってね」
「ロランもさっさと見習い料理人から昇格しろよ」
「…余計なお世話だ」
 キークは足にシチュー鍋を括り付け飛び立った。相変わらず窓から飛び出していくのはどうにかしたいのだが、そろそろ注意しても無駄ではないかと諦めつつある。

・・・・・・

「配達でーす。 ロランさん居ますかー?」
「はーい、今行きます」
 その日の午後、ハーピーが配達にやってきた。台所での作業を止めて手を拭いて玄関へと向かう。
 ハーピーが持ってきた手紙を受け取り、運賃を払うと何故かニッコリと笑みを浮かべた。
「流石、噂の期待の新人シェフは違いますね」
「またキークかい?」
 えぇ、とハーピーは笑顔で頷いたので、思わず苦笑してしまう。
「キークさん、酷いんですよ? 私たちには一口しかくれないのに、美味しいだろ? って自慢するんですから」
 どうやら聞くところによるとキークは仕事仲間に先ほどの昼の残りをお裾分けしているらしい。
 それも、自慢するためだけに。
「この前だって烏天狗に自慢して、そりゃ、もう大変だったんですから……」
 ぶつぶつとハーピーは文句を言う。
 プライドの高い烏天狗のことだ、自慢されてただで済むはずが無い。わざとらしくため息をつく。悩みの多そうな職場だ。
「でも、僕もキークに一回も美味しいなんて言ってもらったことないよ」
「え? そうなんですか? ……まぁ、でもその方が確かにキークさんっぽいかもしれませんね」
 目を丸くして驚いたが、すぐにどこか納得したような表情を浮かべた。
「おっと、そろそろ次の配達しに行かないと」
「気をつけて。 いってらっしゃい」
「はい。 あ、キークさんには私がこの話をしたのを秘密にして下さいね?」
 飛び切りの笑顔を浮かべてハーピーは飛び去った。
 小さくなる彼女の姿を見送ってから、台所へ戻る。
 腕まくりをしながら、気合を入れる。

 さて、今度はどんな料理が良いだろう。
 どうしたら、キークは美味しいと言ってくれるだろうか?

 そんなことを考えると料理にも真摯になれるものだ。
12/09/25 00:02更新 / 佐藤 敏夫
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■作者メッセージ
個人的には気に入っている作品。
素朴な家庭とそこに香る匂いを意識してみました。
素直になれないあたりで可愛さを出し、ずかずかと遠慮せずに人の家に入る辺りにドラゴン系の粗暴さ、そして、割とお行儀よく(?)飯をたかることでドラゴンと差別化を測っています。

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