読切小説
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超えゆく者達
 バーナードは、畑仕事の疲れを背負いながら歩いていた。辺りは夕日に包まれており、空は赤と紫が混ざり合っている。バーナードの体は夕日を背負い、顔は暗い影となっている。
 その背に、いきなり抱き付く者がいた。小柄な体を震わせて、柔らかそうな金髪を振り乱しながら抱き付いている。その少女の様な可愛らしい顔は、歓喜に染まっている。
「お帰り、バーナード。待っていたんだよ。早くバーナードを抱きしめたかったんだ」
 少年は、バーナードの背に強く頬を擦り付けながら言う。
「こんな所で抱き付くな。人に見られる。面倒なことになるだろうが」
 バーナードは渋い顔で言うが、少年は抱き付いたままだ。バーナードはため息をつく。すでに二人は関係を結んでいるが、人に知られたくはない。この地では同性愛は迫害されているのだから。

 畑で倒れたバーナードをレーンが治療したことをきっかけに、二人は関係を持った。レーンは薬師であり、バーナードの住む村の人々の治療をしている。
 運び込まれたバーナードの治療をした後、レーンはバーナードに体の自由を奪う薬を飲ませた。レーンは、バーナードのペニスを口で愛した。バーナードは抵抗しようとしたが、薬のせいで動けない。レーンは、じっくりと丹念にバーナードに奉仕をした。
 バーナードは、薬により七日間レーンの家に監禁された。レーンは、他の村人には治療中だと誤魔化した。バーナードは、その間中レーンに口で愛された。数えきれないほどレーンの口の中で果てたのだ。七日目には、バーナードは快楽に抗うことをやめた。
 それ以来、二人の関係は続いている。バーナードは、性の快楽に溺れていた。

 バーナードは、レーンの家に入った。二人は同居している。村人には、バーナードがレーンの薬作りを手伝うためと言い訳をしている。村人の中には二人の関係に気が付いている者もいるようだが、二人に対しては何も言わない。薬師であるレーンを重宝しているからだ。
「男臭いよ、バーナードの臭いだ」
 レーンは、バーナードの胸に顔を寄せて臭いを嗅いでいる。
「風呂に入ったほうがいいね。汗の臭いはそそるし土の匂いは構わないけれど、肥やしの臭いは嫌だよ」
 レーンは、笑いながら鼻を鳴らして見せる。
「仕方ないだろ。畑仕事をしたんだから」
 バーナードは唸るように答える。答えながらレーンの匂いを嗅ぐ。レーンからは、さわやかな感じがする匂いがする。バーナードや他の男の様なきつい臭いはしない。薬草の匂いだろうかと考えながら、バーナードはレーンの匂いを嗅ぐ。
 レーンは、バーナードの服を脱がしていく。露わになっていくバーナードの肌を舌なめずりせんばかりに見詰めている。バーナードの服をすべて脱がすと、レーンも服を脱ぎ始める。繊細な身体つきときめ細かな肌が露わとなる。レーンはバーナードを風呂へと導く。
 浴室には湯が沸いており、薬草が浮かべられていた。浴室の中は、ハーブのような香りが満ちている。その薬草の香りを嗅ぐと、バーナードの気持ちは安らぐ。
 村の中で浴室のある家は、レーンの家だけだ。村人を薬湯で治療するために設けてある。村人は、ふつうは村の公衆浴場で汚れを落とす。毎日薬湯に浸かる贅沢を楽しむことが出来る者は、村の中ではバーナードとレーンだけだ。
 レーンは、浴室の中にある椅子にバーナードを座らせた。桶で湯を汲むと、ゆっくりとバーナードの体にかけ始める。労働で疲れた体に薬湯が快楽を与える。バーナードは、思わず声を漏らす。
 レーンは、湯をかけながらバーナードの体を洗い始める。バーナードの体を擦りながら汚れを落とす。バーナードは、自分の体から汗と垢、土と堆肥が落ちていくことを気持ち良く感じる。疲れた体を擦られることも、快楽を感じる。レーンの巧みな手の動きに、バーナードのペニスは固く持ち上がり始める。レーンは、微笑みながらペニスの汚れも落としていく。
 バーナードの体を洗い終わると、レーンは自分の体を洗い始めた。バーナードは、自分と違って美しいレーンの体を見る。男でありながらその体は少女の様な曲線を描いており、丸みを帯びた肩とくびれた腰が少年と少女の混合を思わせる。細い首筋は、しなやかに伸びた手足と調和している。肌は女性的な滑らかさを保ち、湯に濡れて輝きを放っている。
 レーンは、体を洗い終わるとバーナードの顔を見上げた。レーンの顔は整っている。ただ、男性的な整い方ではなく、少女を思わせる整い方だ。丸みを帯びた細面であり、猫を思わせる大きな瞳が特長となっている。水色の瞳は潤んでおり、柔らかい光を放っている。形の良い桃色の唇は濡れており、少し開いた口から小さな舌が見える。
 レーンは、凶暴なほど反り返っているバーナードのペニスに口づけをした。猫を思わせる舌を出し、悪戯っぽい笑みを浮かべながら舐めていく。湯で濡れたペニスに唾液を塗り込んでいく。
 バーナードは、低い呻き声を上げる。何度味わっても慣れることの出来ない気持ちの良さだ。たちまち先端の溝から透明な液が溢れ出す。レーンは、猫がミルクを舐めるように、バーナードの性欲の証を舐め取っていく。
「僕ほど舐めることがうまい娘はいないよ。僕は、男の気持ちいい所を知っているんだからね。娼婦だって、僕ほど男の弱点は知らないよ」
 バーナードは、女との経験はあまりない。旅の娼婦を一度買ったことがあるだけだ。その娼婦にもペニスをしゃぶってもらったが、レーンほど巧みではなかった。
「僕は、男だけど娼婦になってみせるよ。バーナード専用の娼婦にね」
 レーンは、少女の様な頬でバーナードの濡れたペニスに頬ずりをする。再びペニスを口に含むと、舌と唇で熱心に追い詰めていく。その様は、仕事熱心な娼婦を凌ぐほどだ。
 限界へと追い込まれたバーナードは、出そうだと喘ぎながら言う。レーンは上目づかいに微笑み、追い込みをかける。
 バーナードは、レーンの熱い口内で弾けた。激しい勢いで男の欲望の液が放たれる。ペニスから腰、背筋と快楽が走り抜け、精液を放ち続ける。
 レーンは、口の中に放たれる精液を受け止める。頬を膨らませながら激流の様な精液を受け止め、喉を鳴らして飲み込んでいく。口の端から精液が泡となっているが、こぼすことなく飲み続ける。口内の精液を飲み下した後は、ペニスの中に残っている液を強く吸い上げる。
 レーンはペニスから口を話した。濡れた唇をゆっくりと開き、息をつく。濃厚な臭いが立ち上る。
「相変わらず、すごく濃いよ。僕の口の中は気持ちいいんだね。自慢したくなるよ」
 レーンは、桃色に濡れた舌で唇を舐める。猫を思わせる少年の上目づかいに、バーナードは背が震えそうになった。

 バーナードは、浴槽の中でレーンのマッサージを受けていた。肉体労働で疲労した体を、湯の中で丁寧に揉み解してもらっている。レーンの手により解されている所から、薬湯が染み込んでいく様だ。
「どう、僕のマッサージは?僕は、マッサージは結構得意なんだよ」
 その通りだと、バーナードは思う。以前買った娼婦にマッサージをしてもらったことがあるが、力が弱くてあまり気持ち良くなかった。村の男がふざけてバーナードをマッサージしたこともあるが、こちらは力が強すぎて痛かった。レーンは、女よりも強く男よりも弱く揉む。それが、バーナードにはちょうど良い。
 しかも、的確に疲れを癒す所を揉んでくる。レーンは薬師として人体には詳しく、どこを揉めば体の調子が良くなるか知っているのだ。かつ、繰り返しバーナードをマッサージしているため、彼の弱点を知っていた。
 レーンは、バーナードの足の付け根に手を這わせた。そのまま愛撫するように揉み始める。初めは柔らかく、次第に力を入れて揉み込む。
「ここは足が疲れているときに効くからね。それにここを揉むと、精力を強める働きがあるんだよ」
 レーンの言葉通りに、バーナードの性欲は回復してくる。先ほど大量に精液を放ったにもかかわらず、ペニスが反り返り始める。
「今度は僕のお尻を楽しんでみない?」
 レーンは、足の付け根と陰嚢の間を愛撫しながらささやく。バーナードは浴槽から立ち上がり、レーンに尻を向けるように言う。
 レーンは浴槽から出て、浴室の床に手をついて這いつくばった。バーナードも浴槽から出て、レーンの後ろに回る。レーンの腰に手を当てて、ペニスを尻にあてる。
 バーナードは、レーンの体を見下ろした。くびれた腰の下には柔らかそうな尻がある。バーナードのごつい尻とは違い、見た目が整っている。女の尻の様にだらしのなさは無く、引き締まって弾力がある。ある意味、完璧な尻と言えた。
 レーンは、尻をペニスにこすり付けて誘う。バーナードは、ペニスで尻を嬲る。しばらくそうして楽しんだ後、バーナードはペニスにオイルを塗る。そして滑るペニスを、男のものとは思えないきれいな窄まりに押し入れていった。
 レーンは、苦も無くバーナードを受け入れる。巧みに締め付けてペニスを刺激する。バーナードの激しい動きに合わせて腰を動かす。レーンのペニスは、透明な滴を先端から垂らしながら反り返り始める。
 バーナードは、左手でレーンの腰をつかみながら、右手でレーンのペニスを包む。そのままゆっくりと扱き始める。そのとたんに、レーンは弓なりになりながらか細い声を上げる。体を震わせながら、尻を引き締めてペニスを締め付ける。
 バーナードは、きつくなった尻の中へペニスを押し入れ続ける。腰の動きに合わせて、レーンのペニスを扱く。尻の与える快楽は、口の中の様な複雑さは無い。だが、その感触と強い締め付けは、ペニスに刺激を与える。バーナードは、尻の中の硬いしこりの部分を集中的に攻める。
 レーンは、小動物じみた声を上げた。バーナードの手の中にあるペニスから、白濁液が噴き出す。同時に、バーナードのペニスを尻できつく締め上げる。
 バーナードも、レーンの中で弾けた。一度目と同じくらい大量の精液を、温かい体奥へ放ち続ける。金髪を振り乱して華奢な背を震わせる少年の中へ放ち続ける。
 二人は、共に震え続けた。二匹の獣は、低音と高音の声を漏らしながら快楽に震える。ゆっくりと震えは収まっていく。
 バーナードは、レーンの背を抱きしめた。レーンは、微笑みながら頬を摺り寄せてくる。そのまま二人は口づけを交わした。

 バーナードは、寝台の上で目を覚ました。レーンは、バーナードの左腕を枕にして寝息を立てている。寝台には薬草の香りが漂っている。レーンは、安眠に役立つ薬草を寝台にしいたのだ。
 バーナードは、寝る前にレーンのマッサージを受けた。レーンは、バーナードの体にオイルを塗り、薬湯に浸かって硬さの解れてきた体を揉んだ。首や肩、背中、腰、手足と疲れている部分をマッサージされているうちに、バーナードは眠ってしまった。
 レーンによると、薬湯に浸かった後にオイルマッサージを受けることは、古代から伝わるそうだ。今でも、王侯貴族はこの楽しみを堪能しているらしい。バーナードは、その贅沢をレーンからもたらされているのだ。
 レーンは、古代の英知を引き継ぐものだ。彼の一族は代々薬師であり、古代からの知識と技術が伝えられている。例えば、村の公衆浴場は彼の一族によって維持されてきた。浴場で汚れを落として清潔にすることを、彼の一族は村人に教え続けてきた。そのために、他の村に比べて病気は少ない。
 バーナードは、自分の暮らす島国について思いをめぐらす。この島に元々住んでいた人々は、古代帝国によって征服された。そして両者の血が混ざり合った。古代帝国滅亡後は、大陸の各地から侵略者がなだれ込んだ。彼らは、激しい覇権争いを繰り返した。その中で様々な血が混ざり合い、この国に住む者達は形成されてきたのだ。
 詳しいことはバーナードには分からない。村の古老の語る伝承から推測するしかない。村の西にある平原には古代の遺跡があるが、その遺跡が何を目的にして建てられたのか知る者は最早いないのだ。
 レーンの知識と技術は、その過去の様々な者達の伝えたものが混ざり合っているそうだ。薬草の技術は、元からこの島に住んでいた者達の技術らしい。公衆浴場は、古代帝国の伝えた物だ。
 バーナードは、自分の腕の中で眠るレーンを見つめた。金色の髪と白皙の肌を持っている。元からこの島に住んでいた者達は、そのような外見をしていたらしい。バーナードは、自分の体を見る。肌はやや濃い色をしている。水鏡に移るバーナードの髪は黒褐色だ。古代帝国の者達は、そのような外見をしていたらしい。
 古代帝国では、同性愛は認められていたらしい。古代帝国があこがれた文明には、同性愛を高貴なものとする考えもあったらしい。少年愛を称揚する思想を広めた哲学者の本は、現在でも残っているそうだ。
 だが、その本は主神教団によって禁書にされているそうだ。主神教団は、バーナードが住む国をはじめ各国で同性愛を弾圧している。もし男同士の愛が発覚すれば、絞首刑にされるだろう。場合によっては串刺しにされるかもしれない。男同士の愛では尻を使うことが多い。そのような者は尻の穴に棒を突き刺して殺せ、と唱える主神教徒もいるのだ。
 バーナードの信仰心は薄い。自由農民としての生活は、自分の力が第一、村の協力者の力が第二だ。神を頼っていても、効果は薄い。神に問いかけながら大地と格闘する自由農民もいるが、バーナードは違う。神の教えに背くからと言って、レーンとの関係を止める気は無い。
 ただ、神を信じる者達の力は恐れる。彼らは、権力を握っている。バーナードを絞首刑や串刺しにすることは、彼らにとっては容易いことだ。レーンも簡単に串刺しにするだろう。バーナードは、レーンとの関係を続けながら恐怖に震えることもある。
 だが、関係を止めることは出来ない。レーンの可憐な姿から目を話すことが出来ない。レーンとの肉欲を断念することは出来ないのだ。
 バーナードは、レーンの体の感触を味わいながら、そのことを再確認していた。

 危ういところにある幸福は崩れると、バーナードは後に回想する。レーンとの禁じられた関係は、他者の悪意と憎悪にさらされた。
 主神教団の支配は強化され、神の教えに背くという理由で迫害される者が多くなった。同性愛の関係にある者も迫害の対象だ。バーナード達の村も、主神教団の抑圧にさらされた。
 今までに村で人々と共にいた神父は、自由農民の自主性を重んじる者だった。神父は、自由農民が大地と格闘しながら神に問いかけることを、側で助けていた。彼らに教えを強要することはなかった。バーナードとレーンの関係も、見て見ぬふりをした。
 だが、彼は更迭された。新しく派遣された神父は、権力者の手先として村人を抑圧する者だ。領主の手先と共に税を取立て、村の共有林を教団のものとして没収した。村の中に「神の教え」と称する規則を設け、逆らう者を次々と教団兵に捕えさせた。拷問や処刑も行った。
 なぜ神父が変わったかというと、農民の反乱の芽を摘むためだ。バーナードの住む国では、農奴による大規模な反乱が起こった。激しい収奪に農奴の不満が爆発し、王と領主に対する反乱となったのだ。その反乱には、神父やシスターも参加したのだ。
 反乱は失敗し、大虐殺が行われた。農奴側についた神父やシスターは、ことごとく殺された。この虐殺には主神教団もかかわっている。王の要請に応え、神父やシスターを初めとする反乱参加者を破門したのだ。さらに、教団軍を反乱鎮圧に参加させた。彼らは、「神の教えに背いた者」を、根こそぎ殺していった。
 バーナードの村にいた神父は、反乱には参加しなかった。だが、教団本部から「農民を甘やかしている」と見なされたのだ。そして彼は更迭され、代わりに収奪と虐殺に熱心な神父が派遣されたのだ。
「神は死後の救いは約束されたが、現世での救いは約束していない。現世での救いを約束するものは悪魔だ」
 新しい神父は、反乱に参加した聖職者をそのように罵っていた。以前の任地では、農奴を助けようとした神父とシスターを火炙りにしていた男だ。
 王と領主は、自由農民も農奴同様に「生かさず殺さず」支配しようとした。派遣する役人を増やし、税を重くした。主神教団も圧政に協力した。バーナードの村に新しく来た神父は、圧制者達の先兵であるわけだ。
 バーナードとレーンは、新しい神父の標的となった。二人は、神父に反抗的だったからだ。バーナードは、領主と教団の収奪に逆らい、穀物を隠した。レーンは、神父の命令で虐待された者達を治療した。神父はバーナード達を調べ、二人の関係を知ったのだ。

 バーナードは、森の中を彷徨っていた。木の枝と草をかき分け、棒のようになった足を動かしている。手に持っている槍は、すでに杖の役割を果たしている。目の中に入ろうとする汗をぬぐう余裕もない。瀕死の獣の様な呼吸音と共に、唾液を飛ばして前に進んでいる。
 バーナードの参加した反乱は失敗した。神父の命を受けた教団兵と役人による村人虐殺により、反乱の火が付いた。バーナードの住む村から起こり、村のある地方全体を巻き込む反乱が起こった。
 バーナードは、すぐさま反乱に参加した。バーナードは目を付けられており、狩られることは時間の問題だった。レーンが村人に重宝されている薬師であるために、神父も直ぐには手を出せなかっただけだ。反乱が起こったことは、バーナードには絶好の機会だと思えた。
 それに神父と役人達は、自由農民としてのバーナードの誇りを踏みにじっていた。バーナードの労働の価値を不当に低く見積もり、蔑みの言葉とともに収奪したのだ。「浮浪者にも劣る怠け者」「村を出たら物乞いになるしかない役立たず」「奴隷は道具だが、お前は使い捨ての道具にもならない」そう罵倒しながら、バーナードの収穫した穀物を奪った。我慢の限界だった。
 バーナード達は、教会や役所を襲撃して焼き払った。奪われた穀物を奪い返し、教会や役所にある財物を略奪した。神父や役人の犬に成り下がった者達を片端から虐殺した。バーナードは、快楽とともに破壊と殺戮を楽しんだ。これほどの快楽は味わったことはない。バーナードは、復讐することによる悦楽に溺れた。
 だが、直ぐにおかしいことに気が付いた。奪われた穀物に比べて、奪い返した穀物が少ないのだ。教会や役所にあるはずの財物も少なかった。あらかじめ奪われることを予測して、運び出したような形跡があるのだ。
 決定的なことは、襲撃時に神父や役人がほとんどいなかったことだ。虐殺出来た者は、彼らの犬ばかりだ。
 バーナード達の危惧は当たった。すぐさま反乱鎮圧軍が組織され、体制の整わない反乱軍に襲い掛かってきた。バーナード達は罠にかけられたのだ。教団、王、領主達は、不満分子をあぶり出して根こそぎ殺すために、バーナード達を挑発していたのだ。
 ほとんど一方的な殺戮だった。逃げまどい命乞いをする農民達を、鎮圧軍は的確に効率よく殺戮していった。村に入ると、女子供、老人といった反乱に参加していない者達もことごとく殺した。
 支配者達は、反抗的な者や反抗しそうな者を皆殺しにするつもりだ。都市で仕事にあぶれたものや、野山を彷徨う流民に土地を与え、農奴にすれば良いと考えていた。自由農民は、支配者にとっては邪魔なのだ。
「国の人口は減ってもよい。農奴どもは勝手に繁殖する」
 そのように、ある領主は言い放った。その言葉を、反乱鎮圧軍は具体的な行動で示した。

 バーナードは、木の根につまずいて地面に倒れた。彼の体を土と石が痛めつける。口からかすれた声を上げながら、バーナードは立ち上がった。汗で濡れた顔や手足に、土が張り付いている。
 バーナードは苦痛に苛まれながら、復讐を少し成し遂げたことを思い出していた。バーナードを目の敵にしていた神父を殺すことが出来たのだ。彼らは、森の中にある樵の小屋に隠れていた。反乱鎮圧までそこで隠れているつもりだったのだ。
 だがバーナード達は、彼らの隠れ家を知ることが出来た。教団兵の中に、バーナード達に協力する者がいたのだ。彼は、前の神父を慕い、新しい神父に不満を持っていた。それで、反乱が起こるとすぐに、新しい神父の隠れている場所を知らせたのだ。
 バーナードは、神父を槍でめった刺しにした。その場にいた神父の犬である教団兵と、神父と共に収奪していた役人も槍で突き殺した。その時の快楽は忘れられない。逃亡中の苦しさを、この時の快楽を思い出すことで紛らわせていた。バーナードの土と汗、垢で汚れた顔に笑みが浮かぶ。
 バーナードの頭の中に、レーンのことが浮かび上がった。レーンは、反乱に参加することに反対した。一緒に逃げることを、バーナードに懇願した。結局、バーナードは反乱に参加し、レーンは逃走した。
 俺は間違っていたのか?レーンと共に逃げれば良かったのか?バーナードは、呻き声を上げながら思う。
 だが、俺は奴らを殺したかった。奴らは俺を虐げた。自由農民である俺を潰そうとした。奴らを殺さなければ気が済まねえ!バーナードは、歯軋りをしながら憎悪をたぎらせる。
 バーナードの足が滑った。坂になっていることを気が付かなかったのだ。バーナードは坂から滑り落ち、体が土と石に擦られる。坂の下に叩き付けられる。
 バーナードは、体を痙攣させながら呻き声を上げた。ぼろ屑の様になっている体を、ゆっくりと起き上がらせる。そのまま前に進もうとする。
 後ろからは、追手が迫っているのだ。反乱鎮圧軍は、反乱にかかわりのある者達を嬲り殺しにしていた。バーナードは、逃亡中に虐殺を見てきた。手足を切断された者、腹から赤黒い内臓を飛び出させた者。彼らは死にきれずに、血や臓物をまとわり付かせながらもだえ苦しんでいた。その周りでは、虐殺者達が楽しそうに酒を飲んでいた。
 女子供も虐殺されていた。女達は凌辱されており、その最中に小刀で刺された。若鹿の様に痙攣していた女は、やがて動かなくなった。動かなくなった女体を、虐殺者達は執拗に犯していた。幼児達は、燃え盛る家の中に無造作に放り込まれていた。炎の中からは、甲高い絶叫が聞こえた。
 バーナードは、逃げようと前に出る。追っ手に捕まれば、生まれてきたことを後悔する様な目に合う。口から涎を垂らしながら、前に足を出す。
 ぼろ屑の様な男は、そのまま倒れた。痙攣する体ではい進もうとするが、まともに動くことが出来ない。
 バーナードは、レーンを思い浮かべた。金色の髪を輝かせた猫の様な少年を、香草の様な匂いのする少年を思い浮かべる。
 バーナードの意識は、闇へと落ちた。

 バーナードは、体を愛撫する感触で意識を取り戻した。明瞭な意識は無いが、ぼんやりと自分の周りの状況が分かってくる。
 あたりは暗く、月光が森の中を照らしている。木々がおぼろな光に照らされ、半覚醒のバーナードの目には幻想上の植物に見える。月光と木々を背にして、一人の者がバーナードの体を撫で回していた。逆光で顔がよく見えない。
 ただ、匂いは嗅ぎ慣れたものだ。その者からは香草の様な匂いがする。その者は、濡れた布のようなものを手にしてバーナードの体を拭いている。
「レーンか?」
 バーナードの呟きに、その者はゆっくりと頷く。
 バーナードの目に、その者の輪郭が見えてきた。見慣れた小柄で繊細な身体つきだ。金色の髪が月光に照らされている。その者の匂いは、バーナードの心をなだめる。
 ただ、どこかちがう。バーナードは、意識をはっきりとさせ、その者を見据えようとする。
 その者の頭には角があった。月光に照らされて黒く光っている。背には蝙蝠を思わせる翼がある。その者は、レーンにしてレーンではない。
 弾かれた様に起き上がろうとするバーナードを、その者は優しく取り押さえる。バーナードは振りほどこうとするが、跳ね除けることは出来ない。
 その者は、バーナードを抱きしめた。男とは思えぬ柔らかい体が、バーナードの体を抑える。香しい息を吐く暖かな唇が、バーナードのひび割れた唇をふさぐ。
 その者は、バーナードから唇を離した。そして甘い息と共に囁く。
「僕と共に、魔に堕ちないか」
 バーナードは、目の前の魔性の者を見つめる。沈黙がその場を支配する。
 どれだけ時間がたったのかは分からない。バーナードには、数瞬だった様にも数刻だったようにも思える。バーナードは、ゆっくりと頷く。
「お前と共に堕ちよう」
 それだけを応える。
 魔性の者は微笑んだようだ。影になっている顔から笑いの波動が感じられた。魔性の者は、傍らにある器を手にし、それを口に付ける。器から口を離し、バーナードの顔に近づいてくる。魔性の者の口が、バーナードの口をふさぐ。バーナードの口の中に、甘い液体が注ぎ込まれる。
 バーナードの体から苦痛が引いていく。同時に眠りが覆いかぶさってきた。魔性の者の柔らかい声と愛撫を受けて、バーナードの意識は穏やかな闇の中に落ちていった。

 下半身から湧き上がる快楽と共に、バーナードの意識は覚醒していった。辺りは暗く月が出ている。意識を失った時と同じ場所、同じ時間に見える。だが、バーナードは、今いる場所がどこなのか、今が何時なのか分からない。
 意識を妨げる靄が薄れていくにつれて、下半身から感じられる快楽は鮮烈なものとなった。ペニスを中心に、突き上がる様な快楽が走る。
 バーナードは、自分の下半身を見た。月光に照らされた金髪と黒い角が、自分の股の辺りに見える。その金髪の下から、絶え間ない水音が聞こえてくる。
 バーナードに快楽を与えている者が顔を上げた。顔は影になって見えないが、その猫の様な瞳は青い光を放っている。
「何も言わないで、僕に全てを任せて」
 レーンの柔らかい声が、バーナードの耳を愛撫する。バーナードは、逆らうことなく身を任せる。
 魔性の者は、再びバーナードのペニスを口で攻め立てた。バーナードの弱点を的確についてくる巧みな攻めだ。攻めであると同時に奉仕だ。バーナードに快楽を与えて楽しませようとしていることが分かる舐め方だ。
 バーナードは、覚醒しきっていない状態で快楽に震える。自分はまだ夢を見ているのかと訝る。月光の下で、愛した少年と同じ存在感を持つ魔性の者に、性の快楽を与えられている。バーナードには、夢と現の境界が分からない。分からないまま、限界へと追い込まれる。
 バーナードは、魔性の者の口の中で果てた。人ならざる者の口の中へ、精液が吸い込まれていく。不可思議な高揚感がバーナードを押し上げ、精を激しく放ち続ける。魔性の者は、歓喜の波動を放ちながら精を貪っていく。
 魔性の者は、バーナードの股から顔を上げた。顔は依然として影になって見えないが、その光る瞳から笑っていることが分かる。
 再び魔性の者の奉仕が始まった。大量に精を放ったにもかかわらず、バーナードの精力は回復していく。目に見えずとも、自分のペニスが怒張していることがバーナードには分かる。
 魔性の者は、顔を上げて立ち上がった。バーナードの右手を取り、自分の性の中心へと当てる。その者がレーンならば、バーナードが何度も愛撫したペニスが付いているはずだ。
 バーナードは、呻き声を上げる。バーナードの手には、肉の槍の感触は無い。代わりに、肉と肉の間にできた割れ目があることが分かる。その肉ひだは濡れており、熱を放っている。
「お前は誰だ?」
 バーナードは、ひび割れた声で誰何する。
「僕はレーンだよ。共に魔に堕ちた者さ」
 レーンと名乗る者は、低く笑う。立ち上がった魔性の者の背には、月光に照らされた翼が見える。
「僕は魔物になった。そしてバーナードの子を孕む力を手に入れたんだ」
 魔性の者は、バーナードの腰の上に自分の腰を下ろす。バーナードのペニスは、熱い渦の中へと飲み込まれていく。
 魔性の者は、動きを止める。低く呻き、かすれた声を上げる。再び動き始め、バーナードのペニスを完全に呑み込む。
「これが女というものなんだね。この苦痛と快楽が女の証か」
 男から女へと変貌した魔物は、かすれた声で笑う。そして腰を動かし始める。
 バーナードのペニスに、味わったことのない快楽が襲い掛かった。何度も味わったレーンの尻とは違う。一度だけ味わった娼婦のヴァギナとも違う。それらを凌ぐ強い悦楽がペニスを嬲っている。
 魔性の者は、バーナードの上で踊っていた。月光に照らされて、人ならざる者の踊りを踊る。悦楽を与えながら、夜の舞踏を披露する。踊りの相手である人間男は、絶頂へと昇りつめていく。
 男は、魔性の女の中で決壊した。精の激流が、魔性の女の子宮めがけて放たれる。子を孕ませる液を、女の中心へと撃ち続ける。
 撃たれた女は、歓喜の声とともに弓なりとなる。女も絶頂に達していた。月光を浴びながら、魔性の快楽に打ち震えている。男と共に快楽の中で踊っている。
 二人は長く震えていた。その震えはゆっくりと収まっていく。荒い息をつく女は、男を見下ろして笑う。男は、獣じみた息を吐きながら女を見上げる。
「堕ちていこう。それが自由への道なんだ」
 魔物女は囁いた。

 村の中は、忙しなく人が行きかっていた。逃散してきた人々を受け入れている最中だからだ。疲れ切って広場に座っている人々に、村人達は食事を与えている。
 バーナードは、資材の運搬に携わっている。レーンは、怪我人や衰弱している人々の治療にあたっている。二人とも、共にいる時間は取り辛い。
 日の光の中で、レーンの黒い角と翼が照らされている。魔物の姿そのものだ。だが、それはレーンだけではない。逃散してきた人々を助けている村人は、人間離れした姿の者ばかりだ。鳥の翼を持つ者、馬の下半身を持つ者、犬の様な耳や尾を持ち、獣毛を生やした者。彼女達は魔物だ。
 魔物達は、バーナードの国の人々を助けるために動き出した。彼女達が取った手段は、農民の逃散だ。まず、反乱鎮圧軍の大虐殺により難民となった人々をかくまう。その後、国中の収奪されている農民達に働きかけて、故郷から逃げさせたのだ。
 逃げ出した人々は、いったん魔物達の隠里にかくまう。その後、人間の住む隠里を作るか、流民として生活していくかを選ばせる。どちらも魔物の指導と支援の下に行う。王や領主、主神教団の支配下のものとは別の生活基盤を作り上げる。戸籍は無く台帳では把握出来ない、収奪出来ない者達を国中に作るのだ。
 農民の抵抗手段は、普通は反乱だ。その他に逃散という手段もあるのだ。人間だけでやる逃散は、悲惨な結果になることが多い。だが、魔物が関れば話は別だ。
 バーナードのいる島国は、主神教団が勢力を持つ反魔物国だ。だが、元々は魔物の多い島なのだ。彼女達は、人間から隠れたり、人間に紛れたりして数多く暮らしている。国中に、魔物の住む町や村が密かにある。その隠れ住む魔物達が、魔王軍と連携をとって大規模な逃散を指導しているのだ。
 この逃散は、魔物だけが指導したらうまくいかないだろう。人間には、魔物に対する恐怖と不信が強い。だが、魔物と共に暮らす人間達がおり、彼らが説得にあたった。
 その中で影響力を揮ったのは、魔物と共に生きている神父やシスターだ。人々の魂を導き、魔物と対峙するはずの聖職者が、魔物と協力することを説得したのだ。主神教団は、魔物がすでに人間を虐殺しないと分かっている。だが、主神教団の勢力を維持するためには、魔物という仮想敵が必要だ。そのために事実を隠蔽していた。その隠蔽に反発した聖職者や、圧制者の側につくことを拒否した聖職者が、魔物達の方へ転向したのだ。
 この魔物と暮らす人間の説得により、逃散は実行に移された。逃散は、すでに国全体で行われている。
 さらに最近では、新たな逃散が行われている。この島国を脱出して、魔王領や親魔物国への移住が進められているのだ。収奪と虐殺が荒れ狂う国に愛想をつかし、国を捨てる者が続出したのだ。魔王軍は、このために大量の艦船を動員している。
 大量脱出が実行に移された理由は、魔王軍が海神の勢力と提携したからだ。島国では海軍が重要であり、海運業や漁業が盛んである。そのため、表向きは主神教徒でも、密かに海神を信仰している者も多い。この海神側の働きにより、海軍は大量脱出を見て見ぬふりをし、海運業や漁業に携わる者は手助けをしたのだ。
 このバーナードの国では前例の無い規模の逃散により、王と領主、そして主神教団の勢力は弱体化してきた。農民が逃げてしまえば、収奪のしようがない。自由農民だけではなく農奴も大量に逃げ出しているのだ。圧制者達は、逃散した人々を奪い返そうとした。逃散をしそうな者は、見せしめに虐殺した。だが、すでに逃散は全国規模のうねりとなっており、圧制者達には抑えきれないものとなっていた。

 バーナードは、資材の運搬に一区切りついたために、木の陰で休んでいた。涼しい風が吹き、バーナードの汗で濡れた体を冷ます。バーナードは風に当たりながら、日の光に輝く木の葉を眺めていた。
 バーナードの体に抱き付いてくる者がいた。金髪を日の光に輝かせ、猫の様な水色の瞳をした少女だ。体からは香草の様な匂いがする。レーンだ。
「まじめに働いていたんだね。濃い汗の臭いがするよ」
 レーンは、鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。
「だったら離れろ。お前も汚れるぞ」
 バーナードは引き離そうとするが、レーンは抱き付いたままだ。レーンは、バーナードの首筋に口を付ける。そのまま軽く舐める。
「嫌だよ、そそる臭いだよ。仕事が終わったら、体を洗わずにやろうよ」
 バーナードは、レーンの髪をかき回す。
「洗ってからだ。俺は、体を洗いたいんだ」
 レーンは、バーナードの耳に唇を這わせる。
「じゃあ、僕が洗ってあげるよ。すみずみまでね」
 レーンに息を吹きかけられ、バーナードのペニスは固くなり始める。バーナードは、腰に力を入れて鎮めようとする。
 その様を見て、レーンは軽やかに笑う。少年と少女の間にある様な顔に、日の光の下で輝く笑顔が浮かんでいる。
 レーンは魔物娘となった。アルプという魔物娘だ。元は男の魔物であるインキュバスが、女の魔物に変貌してアルプとなるのだそうだ。
 レーンの母親は、元は人間だったが魔物化したそうだ。その影響で、人間男として生まれたレーンはインキュバスとなった。レーンは、バーナードと関係を持つ内に、女になりたい願望が出てきたそうだ。女になる願望を持つインキュバスの中には、女の魔物であるアルプになる者がいるらしい。こうして、レーンはアルプとなったのだ。
 レーンがアルプ化したのは、バーナードと別れて逃走している最中だ。魔物と接触したために影響を受けたのか、バーナードと別れて精神が不安定になったためかと、レーンは考えている。
 アルプ化したレーンは、魔物特有の力を発揮し、バーナードを見つけ出した。そしてバーナードを魔物の道へと誘い込んだ。
「僕は、女になってよかったよ。男としての快楽もいいけど、女の快楽はもっとすごいんだ」
 レーンは、バーナードの耳を舐めながらささやく。
「もう、バーナードを離さないよ。僕は、バーナードがほしいんだ。快楽に溺れて精を貪りたいんだ。今すぐにでも交わりたいよ」
 バーナードは、レーンから体を離す。
「夜まで待て。仕事は終わっていない」
 レーンは頬を膨らませる。そして悪戯っぽい表情になると、バーナードの半立ちのペニスに手を伸ばす。バーナードが手を抑えると、不満そうに唸る。
 そのままバーナードとレーンは、村を眺める。忙しそうに働く人間と魔物達の姿が見える。時折、人間男と魔物女は笑みを交わす。
「あの人達は、子供を作るかもしれないね。僕だって、バーナードの子を産むことが出来るんだ」
 レーンは、バーナードの肩に頭を乗せながらささやく。
 それもいいかもしれないな、とバーナードは呟く。レーンは、うれしそうに顔を摺り寄せる。
 俺達は、様々なものを超えることになるな。それも良いかもしれない。
 バーナードは、声に出さずに呟いた。
15/07/22 23:46更新 / 鬼畜軍曹

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