連載小説
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第二十二話 三条姉弟と作戦
最初の戦闘から一日半たった夜のこと。
占領するなら早い方がいいだろうという意見があったこともあって、僕と天満とランスは、ガラグナ中心都市ギズの城壁の前まで来ていた。他の皆は相手の見張りから露営地がよく見えるような場所に待機している、注意を惹きつけるためだ。
どの門からも離れている場所で人目にも付きづらい場所を選び、そこに三人で集まる、僕と天満は飛行できるから(天満は羽で短距離なら飛べるし、僕も魔法を使えばずっとは無理だけど短時間なら空中を「跳べる」。)そんでランスは作戦の中心人物だから。
「ところで、どうやるの? あの人形は何?」
「そん前に、中に移動だ、行くぞ。」
そう言ったランスは、魔術で足元の地面を盛り上げ始める。簡易エレベーターだ。
僕たちも各々の手段で城壁を超えて中に入り込む、兵士には見つかっていないし周囲に人影も見えない、上手く潜入できたみたいだ。
「起動、小枝人形一から五まで。」
ランスが魔術書を開いてそう呟くと、ランスのカバンの中からは五体の人形が勝手に這い出てきた、外でランスが見せたのと同じ人形だ。
這い出てきた人形のうち、四番目と五番目はどこかで見たようなワーキャットを象って、
「って……これってもしかしなくてもシェンリとクリム?」
ランスの恋人のワーキャット姉妹に明らかにそっくりだった、等身から身長の細かな差、体型まで明らかにあの二人を意識したつくりをしている。
「うっわ……好きな女の子の人形持ってるとか引くわ……」
天満がげんなりした顔でそんなことを言う、前……天満のお気に入りの縫い包み見せてもらったら僕をデフォルメしたようなやつだったけどあれはいいのかな?
「四番がシェンリデザイン、五番がクリムデザインだな、俺の意思じゃなくてこいつら作るときに『どうせなら自分に似せてほしい』なんて頼まれたんだよ。」
他の人形も多少は、それこそある程度の個性を出そうとはしてあるけど、でも明らかに四番五番とは造形のレベルが違いすぎる、戦闘服まできっちり再現してあるとかちょっと作りこみすぎて怖いくらいだ。
エルフデザイン、フェアリーデザイン、ランスのような人間の男デザインと四番五番の装備はみんなほぼ同じ、ハンドルのついた糸車のようなものが背中部分、ナイフのようなものが左腰、筒のような道具と小さなポーチが右腰に取り付けられたベルトと、ほとんど同じデザインの戦闘服。
これ自分で作ったんならランスは相当器用ってことになるけど……
「姫さんから貰った町の見取り図がこれだ、どこで入手してきたんだろうな。」
ランスはそう言いながら鞄から町の周辺まで含めた見取り図を取り出す、僕たち王女軍の露営地に青い丸印が、そしてそこから一番近い門に赤いバツ印がついている。
「内部に入るにはこの門を開く必要がある、でもまぁ門から入りましたじゃ終わらないのは分かるよな?」
「目的はあくまで領主メーヴェンの首、だったらそこから領主の館の内部にまで一気に攻め入る必要があるのよね?」
天満が返事をする、そしてそれはうまくいかないだろう、市民がどちらにつくのかはわからないとはいえ、館の門を閉ざされたり、領主の味方をする兵士が妨害しているうちに逃げられる可能性もなくはない。門を壊すには少し時間がかかりすぎる。
「まぁそうなる、だから俺の人形たちに外門を任せて、俺たちは領主の館に侵入、味方が来たところで内門を守ってる連中を倒して味方を手引きする。」
「……それ大丈夫なの? この人形……言っちゃ悪いけどすごく弱そうよ?」
「戦闘能力は皆無だ、隠密作業・偵察に特化している。」
天満の発言にランスはさも当然であるかのように答えた、しかし確かに夜とはいえ見回りもいる中をこんな人形に重要作戦の一端を担わせるのは結構不安なんだけど。
「安心しろ、戦闘はできないが機動力は悪くない、見てろ。」
そうランスが言うと、四番が手近な建物に向けて右腰に下げてあった筒状の道具を向ける。
高い角度で、二階建て建造物の天井のあたりに狙いを定めると、筒の先端から矢のようなものが飛び出した、矢尻からは一本の糸が伸びていて、背中の糸車が回転しているところを見るとどうやら繋がっているらしい。
壁に刺さった矢と人形の間にロープが出来上がる。すると人形たちはレンジャー隊員もかくやというハイスピード(あくまで体格比だけど)でその糸を伝って移動を始めた。
屋根伝いに、吹き矢のような銃と糸の道を利用してどんどん進行していく。もう見えない。
「うっわ、無駄に凝ってるわね。」
「無駄とか言うな、道具用意するの大変だったんだぞ。」
なんか、言いたいこと割とずけずけ言う天満みたいな人間とかかわりが深かったんだろうか、ランスのツッコミはやけに手馴れている。
「じゃ向こうは人形軍に任せて、俺たちは領主の館に向かおう、早いとこ領主の館に入り込んでそこの門を開ける準備をしておく、そしたらみんなが来たとき楽だからな。」
そう言ったランスを先頭にして、足音を立てないように走り出す。
念のためにと貸してもらった黒い外套を羽織り、三人でメーヴェンの館のある区域に向かって走り出す。
見張りの兵士が街のあちこちを松明片手に巡回しているけれど、それから隠れるのは意外なくらいに容易だった、何と言うか……みんな眠そうなんだ、隙だらけで物陰に隠れれば簡単にやり過ごせる。
「門を閉ざして油断してるのもあるだろうが、夜間の巡回や見張りをしたことがほとんどないんだろうな、ずいぶんとザルな警備だこって。」
過ぎ去っていく警備兵の後姿を見ながら、ランスがそんな風に言った。
「行くぞ、もうすぐだ。」
移動を開始してすぐに、領主の館らしき大きな建物が目に入ってきた。
やっぱり門は閉ざしてあって、四人の男が見張りをしている。
「メーヴェンの館?」
「ああ、姫から貰った地図を見る限りは間違いない。」
ここが僕たちにとっての目的地か、でもどうやって門を開けさせて中に入り込もう。
さっき城壁を越えた時と同じように越える手段もなくはないけれど、今度やったらさすがに気付かれるだろう、警備兵との距離がいくらなんでも近すぎる。それに内側に何かないとも限らない。
「さてこっからが少し難関、領主の館に入り込んで内部をかく乱する必要があるわけだが。」
「その前にどうやって入るのよ。」
天満の発言に対してランスは魔術書で答えた。
「ちょっと時間はかかるだろうが人形の動きも考えればちょうどいいくらいだ、見てろ。」
どこからともなく取り出したナイフで右手親指の先端を浅く切ると、その手を壁に当てた。
「浸食、無生物洗脳支配……」
親指から出た血がゆっくりと壁に広がっていく、そしてすぐに壁が意思を持っているかのように僕たちに道を開けた。壊れたんじゃなく本当に自然に「退いた」んだ。
その先には立派な屋敷と、そして僕たちのいるところからかなり近いところに渡り廊下でつながった大きめの建物がある。
「え? 何これ。」
「壁を一時的に俺の支配下に置いたんだ、魔術防壁ぐらい用意してあるかと思ったがただの石壁だったんだな……魔力を大分無駄にした。ここから先はお前らに任せる、潜入してうまいこと中から工作してくれ、俺は外の姫さん方と合流しに行く。」
そう言ってランスが僕たちの背を押してから内部に侵入させてから壁を閉じてしまう、わかりやすく言えば丸投げされた。
「えっと……とりあえず今の恰好じゃ目立つし…どこかで服とか貰って変装しないと。」
服装は外套の下に相変わらずこの世界に来た時と同じ制服で(天満はボタンとかで調整して、でも下着が合わなくなったから新調はしたけど)「ここにいるはずのない人間」の恰好をしている。有り体に言えば目立つ。
こういう時無意味に判断の早い自分の頭が恨めしくなる。
いや無意味っていうほど意味なくないけどでも今その頭の回転は欲しくなかった。
すぐに近くにあった建物の中に侵入して、周囲の様子をうかがう。
外には見回りの兵士は見かけられない、そいつらから装備を奪う手段は不可。
内装を確認してみるが、質素というよりはどこか地味なデザインの壁紙に木がむき出しの床、壁に窓三つ分おきに用意された燭台には灯がともっておらず、ここが今は使われていないことを如実に示している。
等間隔で並んだドアから察するに、ここは本当に寝るためだけの寄宿舎と考えておくのが妥当だろうか、今は厳戒態勢だから兵士もいないんだろう。
「寄宿舎ってことは……どこかに更衣室があるかも……」
天満はともかく、男性用の制服で僕の方が着替えられれば大きなメリットになる。
更衣室があるとすれば一階だろう、出動に便利な場所で、それなりの広さを取ろうと思ったらそれが一番確実でありそうな場所だ。
周囲を確認して、文字を読む。
クロードさんやアイリさんにある程度読み書きは教えてもらったけど、正確に読めるかわからないのはちょっと困り者だ。
「昊、更衣室ならここだよ。」
と思っていたら、天満が僕の袖を引っ張ってドアの一つを指さした。
そこに書かれた文字を読んでみると「着替える部屋」と訳せる言葉が確かに書いてある。
「読めるんだね、ちょっと驚いた。」
「いや……文字を見たら意味が頭に浮かんできて……」
それも魔物化の影響になるのかな?
天満は僕の知らないところで高いスペックを得ていたらしい、ちょっと嫉妬。
鍵が開いているので中に入り、ロッカーの中を確認する。
前回の戦闘で王女軍の捕虜になった連中のロッカーは開いているけど服がないようだ、そのほかを確認してみると三つだけ中身のあるロッカーがあった、サイズ的に僕が着れるのはそのうちの一着だけ。
服を脱いでいそいそと着替え始めようと思ったところで、視線に気づく。
天満がまじまじと僕のことを見ている、穴が開くほど見ている。
「何?」
「いや、昊の生着替えが見れる貴重なチャンスかなって。」
「見なくていいから、いくら恋人でも恥ずかしいから。」
ってここに服残して来たらまずいじゃん、なんでそんなこと考えつかなかったんだろ。
「着替えない方がいいよ、期待させて悪いけどさ。」
そう言って服の上から兵士の制服を重ね着する。ちょっともこもこしてる気がしなくもないけど、でもまぁたぶん気づかれないと思う、暗いし。
「ちぇっ、ざんねーん」
心の底から残念そうな顔をして天満がつぶやく、まぁちょっと申し訳ない。
「じゃ、行こうか。次は天満の服を探す番だよ。」
そう言って更衣室を出ると、とりあえずほかに更衣室がないか調べてみる、こんなに大きな屋敷だし使用人もいて然るべきだとは思うから、どこかにあると思う。
そんな風に思いながら、一分ほど探し回ってみたけどどうやら一回にはないっぽい。
そう思いながらじゃあ次に可能性があるところはどこかと考えていると、足音が聞こえた。
相手は一人、戦闘になっても問題なく切り抜けられるとは思う。
だから隠れずに待機して、そいつの出現を待った。
「お前、こんなところで何をしている? その娘はなんだ?」
「新しい使用人の志願者です、異国の娘だそうで……男爵のもとに連れて行く前に屋敷の中を見て回らせていました。」
嘘八百がよくこれほどあっさり出るものだと自分で感心しながら、用意していた言い訳をつらつらと述べる、男もそれに納得してくれたようで、
「そんなことはいいから男爵さまのところに連れて行け、世間知らずの姫君にボロ負けして機嫌を悪くしているから、さっさと慰めて差し上げんとまた癇癪を起こしかねん。」
「はぁ……しかし警備は大丈夫なのですか?」
娘を連れてけっていうことは多分女の人抱いてストレス発散してるんだろうな、今にも王女軍が自分の都市に踏み込んでくるかもしれないってのに呑気なものだよ。
「無論だ、このギズの城壁の内部に侵入した外敵は未だかつてない。」
「今までなかった」と「これからもない」の混同は危険だと思うけど、その男は自信満々にそう言い放って見せたからもう信用しておくことにする。その方が僕たちにとっても都合がいいし。
天満の手を引っ張って、男に一礼してから歩き去る、渡り廊下を通って屋敷内に入り込むと、そこにはやたら華美な、絢爛豪華と言えば聞こえはいいけど実際には成金趣味の装飾がぞろぞろと並んでいた。
「「うっわ……趣味悪……」」
姉弟そろって同じ感想が口をついた。
少しだけ考えてから、とりあえず天満の服が用意できるようなところを探そうと思って移動して、エントランスにつく。やっぱり悪趣味なゴテゴテ装飾は変わらない、
「目がいかれそう……趣味の悪さもここまで来ると美徳だよね。」
そんな風に思わされるような家には初めて来た、きっとメーヴェンの服もずいぶん趣味が悪いことだろう。
そんな風に思っていたところ、趣味の悪い服を着た髭の濃い小男が廊下をのしのし歩いてきた、ランスが言ってたメーヴェンの特徴と一致することを考えると、あれがメーヴェンで間違いはないと思う。
「貴様そこで何をしている? その娘はなんだ?」
偉そうで高圧的な声で、メーヴェンは僕に尋ねてくる。
「はい、彼女は新しい使用人の志願者です、男爵さまにお会いしていただく前にこの屋敷の中を案内していました。」
「ふむそうか……なるほど……いい娘だ。」
値踏みするような、それでいて厭らしい獣慾に満ちた目でメーヴェンは天満のことを見る。
それだけでも天満を汚されている気がしてふつふつと殺意がわいてきたけど、僕は力の限りこぶしを固く握りしめてそれを我慢していた。
「気に入った、娘はわしと一緒に来い、お前は……」
天満の腕をつかんだメーヴェンは、僕に向かって数枚の金貨を投げるように放ると
「仕事に戻れ、さっさと見張りの仕事を遂行してこい。尤も、意味などないがな。」
そう言うと天満の腕を引っ張っておくにずかずか歩いて行った。
『……時間稼いでて……すぐに助けに行く。』
そう天満にアイコンタクトを送っておいて、僕は門の方に向かった。


「……あの、何なんでしょう。」
汚いヒゲオヤジに引っ張られながら、あたしはそのヒゲオヤジの機嫌を損ねないように細心の注意を払いながら聞いてみた。聞いては見たけど大体わかる、さっきの視線を感じて体目当てだってわからないほどあたしも鈍くない。
「ついて来ればわかる、しかしあの小僧もよくこんな器量のいい娘を見つけてきたものだ。」
汚い笑みを浮かべながら、ヒゲオヤジはあたしの顔と胸とお尻を舐めるように見る。
ホント……蹴りたい…金玉蹴り潰してやりたい。
昊は時間を稼いでって言ってたと思うけど、こんなやつとは一秒だって一緒にいたくない、昊の頼みだって、あたしがどこまで我慢できるのかは自信が全くない。
角隠し尻尾収納は一応してあるからあたしがサキュバスだってことはそうそう気づかれないとは思う、それに気づいてもこの変態オヤジは喜ぶだけの気がする。
(うぅー…キモチワルイよぉ……)
心の中で心の底からあたしはそんな泣き言を呟いた。
「みんなのため…みんなのため…みんなのため…」
口に出して三回繰り返す、少しだけ落ち着いた気がする。
昊だって頑張ってるんだ、お姉ちゃんのあたしが頑張らないでどうすんの。
「ここだ、この部屋に入って『準備』していろ。」
そう言ったヒゲオヤジは、あたしを部屋の中に押し込むと部屋の鍵をかけて自分はどこかに消えた。
あたしはヒゲのいないうちに中を見回す、ほとんど全裸の女の人が三人、目が虚ろな二人と、隅っこで丸くなって「うぐ……ひっく………グス…」と嗚咽を漏らしている一人。
何があったのかは一目でわかる、そして時間が経てばあたしも多分同じ目にあわされる。
「……君。」
あたしはまず角隠しを解除してから、部屋の隅で丸くなっていた女の子に声をかけた。
女の子はあたしの方を恐る恐る見ると、あたしが魔物だってことに気付いて泣きながら床を這いずって逃げようとする、立たないのか、立てないのか。
「大丈夫だよ、あたしは敵じゃないから…」
出来るだけ優しく声をかけると、女の子はまた怯えた目であたしのことを見た。
「本当……に? だってあなた魔物……」
「魔物である前に『女の子』だから。」
出来るだけ優しく語りかける、敵意がないことを信じてもらえるだけでもいい。
「ほかの二人は大丈夫なの?」
女の子は黙って首を横に振った、「大丈夫じゃない」はこの場合、体の意味じゃなくて心の意味になる。心が壊れてしまったら、元には戻れない。
「あたしは天満、遠い外国から来たの。あなたの名前は?」
「わたしは……サエラ…一週間前に領主に目をつけられて……」
この館に連れてこられたんだろう、この子結構可愛いから目をつけられたのかな?
他の二人も結構な美人さんだ、目が虚ろじゃなかったらもっと可愛かったと思う。
「ほかに連れてこられた人は?」
「別の部屋でほかの人の相手をさせられてる……わたしのお姉ちゃんも……」
別の部屋……この部屋の趣味から考えてここが領主の寝室だと思うから、ほかの人たちは一般の兵士に奉仕させられてるって考えたほうがよさそう。
女の子をなんだと思ってんのよ……
部屋の鍵が開く音がすると、サエラは明らかにおびえた反応をする。
「なんだ準備が済んでおらんではないか、どれ仕方あるまいわしが脱がせてやろう。」
にやにやと笑いながら入ってきたヒゲはあたしに一直線に近づいてくる。
そしてあたしの体から生えている「人外のあかし」を見ると、目の色を変えた。
「ぬ? 貴様魔族じゃったのか……ふむ…本当に厭らしい体つきをしておる、まさかもともとわしに抱かれる目的で志願したのではあるまいな。」
なんて気持ち悪すぎる発言を当たり前のようにしてのけた。
思わずあたしは、
「キモイ!!!!」
って力の限り叫びながらヒゲの金的に思いっきり蹴りをぶち込んでいた。
メキメキメキィッ!!
「はぐぅっ………」
ヒゲが股間を抑えてうずくまる、本気で蹴ったからそこそこ効いてると思う。
ヒゲはそのままの体勢であたしのことを睨みながら、
「貴様っ!! わしを誰だと思ってっ……!」
と言ってきた、こんな女の敵が誰かなんて知ったこっちゃない。女の敵で十分。
「男爵! 敵襲です! 南西門が何者かの手によって内側から開かれ、王女軍が侵入してきました! 現在の戦力では太刀打ちできません、どうか援軍を!!」
「ええい! さっさと兵を動かしてあの生意気な小娘を捕えてこい!! 手段は問わん!必要なら市民どもにも『協力』させろ!! わしは今忙しい! 下らんことで煩わすな!」
重要な件だからこそ呼びに来たはずの兵士は重要と思っていたことを「下らないこと」と一蹴されて困った顔をしたけど、ヒゲには逆らえないのかしぶしぶ部屋を出て行った。
「さて……このわしを『キモイ』などと言ってくれたお仕置きをせんとなぁ……」
ヒゲはそう言うと懐から鞭を取り出した、血痕がついている黒い鞭は、ヒゲが今までどれだけの女の子にお仕置きって名前の暴力を振るってきたのか如実に物語ってる。
こいつは本当……とっちめて去勢してやろうかな。
ヒゲが鞭を振ろうとした瞬間、あたしは迷わずヒゲの右側に回り込むように逃げた。
止まってる相手しか狙ったことがないんだろう、ヒゲの鞭はあっさり空を切った。
「女の敵め! あたしの足で死ね!!」
メシャァッ!!!!
もう一発あたしはヒゲの金的に蹴りをぶち込んだ、ヒゲの小さい目が一瞬だけ大きく見開かれて、そしてそのまま床に這いつくばる。
そのままあたしがヒゲの頭に踵落としを決めようとしたその時だった、
「男爵! こちらですか!?」
そう言ってドアをノックした声の主は、間違いなく昊だった。
「なんだ今度は!?」
ヒゲはどうにか返事を絞り出した、本当なら潰された金的が痛くて痛くてたまらないはずだけど、女にタコ殴りにされてるのを知られるのはプライドが許さなかったっぽい。
「屋敷の門の鍵が何者かによって内部から壊されました!」
「外に送った連中は何をしている! 『人間の盾』は!?」
「『人間の盾』は盾にするはずの捕虜が逃亡、恐らくは門の鍵を壊したのと同じ人物の仕業でしょう……外門の防衛にむかった兵は、既に壊滅状態です。」
ヒゲの顔つきが変わる、負けが決まったことがこいつの足りなさそうな頭にも理解できたんだろう。
すぐヒゲは鍵を開けると、部屋の外にいた昊を一瞥して、廊下をずかずか歩き出した。
「どちらへ?」
「逃げる、貴様はそこの娘どもを連れてわしを守れ!!」
サエラは昊を見ると怯えた顔をしたけど、あたしが「大丈夫だよ、こいつは味方だから」って耳打ちしたら納得してくれたみたいで表情を柔らかくしてくれた。
「しかしそれでは今戦っている兵は……」
「兵など知らん! どうせ金で雇ったゴロツキどもだ、いくらでも代りはいる!! だがわしの代わりはいない! こんな辺境の一領主で終わってたまるか、生きて必ずわしはこの国を治めるのだ!!」
「そうですか、」
昊が十字架を象ったような鈍器をヒゲの後ろで振りかぶる、そして勢いよくヒゲの禿げかけた頭に向けて振り下ろした。
ゴギン
「寝かせてあげるから、いい夢見なよ。」
膝から崩れ落ちたヒゲを見下ろしながら、感情のこもらない眼で昊が言った。
「ごめん、待たせちゃったね。」
あたしに向き直ると、昊は笑顔で言ってくれた、それにしてもこの鈍器どこから調達してきたんだろう。
「外は大丈夫なの? みんなまだ戦ってるんじゃ……」
「ほとんど決着はついてる、今更僕が加わったところで何も変わらないよ。」
そうあたしに答えて見せると、手に持ってた鈍器を放り投げた。
「こいつ縛るから……ベッドのシーツ使おうか。」
そう言って昊は部屋の中に当たり前のような顔で踏み込む、裸のままのサエラやほかの女の子たちのことなんか目に入ってないみたいだ。
少ししてあたしたちはヒゲのことを拘束すると、兵士たちを捕まえて屋敷の中まで突入してきたみんなと合流した。
こうして、あたしたちが勝利した。
けど、昊はなぜかずっと思いつめた顔をしてた。


11/10/27 17:17更新 / なるつき
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■作者メッセージ
小枝人形 詳細
ランスの扱う人形魔法、一番から五番のランス手作り人形を魔法で動かす。
人形はあまり複雑な思考はできないが起動時に与えられた指令に基づいて自律的に判断・行動する、偵察・隠密工作にランスは利用(昔は悪戯にも使っていた)
装備品
糸車:五メートルほどの長さの特別製糸を巻きつけてある、ハンドルがついており糸を巻き取ることも可能、先端に物に刺さるアンカーがついている。
ナイフ:金属片で作ったナイフ、よく切れるがあまりに短く殺傷能力はない。
射出機:アンカーを射出する筒、移動手段として利用。
閃光符:強烈な閃光を発生させる札、使い捨て。見つかった時に隠れる時間を稼ぐ。

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