連載小説
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潜伏
【少女はお腹がすいていたのでパンを食べた。
口の中がパサパサになったけど美味しかった。

少女はお腹がすいていたので野菜を食べた。
ピーマン以外は美味しかった。

少女はお腹がすいていたので鳥を食べた。
小骨がうっとおしかったけどなかなか美味だった。

少女はお腹がすいていたので土を食べた。
ミネラルが豊富らしいのでとりあえず飲み込んだ。

少女はお腹がすいていたので石を食べた。
美味しくはなかったけど一応満たされはした。

少女はお腹がすいていたので肉を食べた。
調達は道端で死んでいた人を選んだ。

少女はお腹がすいていたので野草を食べた。
なんだかうねうねしてたけど意外と美味しかった。

少女はお腹が独りでに蠢いているのに気が付いた。
けれど気持ちが良かったので特に気にはかけなかった。

少女はお腹がすいていたので触手を食べた。
食べても食べても生えてくるのでいつまでも食べ続けた。

少女はお腹がすいていたので男を食べた。
男のソーセージとヨーグルトは一番美味しかった。

少女はお腹がいっぱいになった。
だからその幸せを他の人にも植え付けてあげた。】


「いらっしゃいませ……"ぬけがら屋"へ……
貴方もまた悩める者のひとり……さあ、その悩みを打ち明けて下さい。
ええ……ええ……はい、そうですか。それはそれは辛いことでしょう。
それで貴方は、恒久の平和を得たいと……なるほど、わかりました。
それではそんな貴方……いえ、彼女に最適な商品がございます。
こちら、『寓胎の衣』と申しまして女性用の衣服一式となっております……ハイ、そうです肌着から上着まで全てセットになったものです。
ただの衣服ではありません。当店で取扱う商品は何れも悩める人を真理へと導く力を持った神秘の道具。この下着もまた同様の効果があります。身に着ける者の精神を高め、より鋭敏な感覚を有することができることになるでしょう。
そしてこの『寓胎の衣』には更なるお楽しみがありまして……それはお客様自らが見つける方が趣があると思います。
代金はけっこうです。貴方のような珍しい役職の方に出会ったのは初めてでありますので……ええ……そのような大金はいりませんよ。
それでは使用の感想を楽しみにししつつ、
吉報をお待ちしております……」





※※※





 私の国ヴァルレンは侵略国家だ。
 恵まれた鉱石資源による武器の大量生産。発展した科学による新たなる兵器の開発。圧倒的な武力を持ってして他国を蹂躙し、奪えるものは全て奪いつくしてきた。
 捕虜の男どもは死ぬまで労働者として馬車馬のようなこきを使い、女どもは我が国の男の胎児を孕ませる。他国の血を薄めて少しでもヴァルレンのものとするために。
 ヴァルレンはそうやって領地を増やしてきた、人民を増やしてきた。
 そしてこれからも代わらず侵略と制圧を繰り返すのだろう。血塗られた歴史を機械的に、決められた行動のように繰り返すのだろう。
 私はこの悪逆非道で傍若無人の国を治めている。収めなければならない立場にあるのだから。



「で、伝令……ッ!!我が軍は今回も敗戦してしまいましたッ……!!」

 伝令兵の悲惨な報告が王宮内を木霊する。
 兵の周囲には国の大臣やら参謀やら数人が神妙な顔つきであごを擦り、さもこれは大変だ、早急に手を打たねばという意志を周りにアピールしているようだ。
 金色のカールを巻いたセンスの欠片もない髭が上下に揺れている。
 そしてその行為が見た目だけの行動であって、本心はまったく別のことを考えているであろうことは私はとうの昔に知っていた。
 私は兵の眼前に立ち威圧的に見下す。

「私が聞きたいのは"勝利"の二文字だけです。貴方達は毎度毎度、敗戦の報告をするために我が国の兵士になったのですか」
「そっ、そんなことは」
「貴方たち軍の連中はまるで危機感が足りていない。戦うことにしか能のない駄犬どもが一丁前に群れたと思ったら、いつのまにか負け癖がついているなんて笑えないわ。この負け犬が」
「しかしっ……」
「貴方に口答えの権限はありません。黙りなさい」

 そうして私は毎度恒例の罵詈雑言を伝令兵に言いかける。
 勿論こんなことをしたって何の意味もないことはわかっているけれど、国の姫という面子のためにも仕方がないことなのだ。ここで私が言わなければきっと、この場にいる者全員が負けるということに慣れてしまう。
 本来こういうのはお父様がやるべきことなのだけれど、場合が場合なだけに仕方がない。

「……まぁ貴方に言ったところで何の意味も成さないでしょうが。で、今回の敗因はまた例のですか」
「は、はいそうです!戦力では我が軍の方が圧倒的に上回っていました。ですがやはり今回もヤツを突破することは……」

 ああくそ、またアイツか、聖騎士アリア=マクシミリアン。
 ここらの地方でその名を知らぬ者はいないだろう。
 私の国が今攻め込んでいる敵国のひとつルグドネ。そこの聖騎士長である彼女は我が国の侵攻を幾度となく耐え凌いでいる強敵だ。一騎当万に匹敵するその武勇はもはや人の域を超え、自国からも化物呼ばわりされる始末だと聞くほどだし、本当に恐ろしく強いのだろう。
 そんな化物のせいで私の国はいまだ一度たりとも、ルグドネに手痛い打撃を与えることはできていない。

「やはりヤツに勝つ勝算など……」
「しかしどうにかせねばこの戦争勝てぬぞ」
「もうルグドネは諦めてもいいんじゃないか」

 周囲の大臣や商会の長どもは口をそろえてそう言いやがる。
 威勢と態度だけは無駄に大きく、志は豆のように小さき者たちめ。
 貴様らは豚のような醜悪な容姿をしているのにもかかわらず、思想だけは立派な貴族ときたものだ。恐らくヴァルレンが攻められればわが身大切さにいち早く逃げ出す奴らなのだろう。そんな糞以下なクズ共がヴァルレンの政治を担っているのが悔しくて悔しくてたまらない。
 しかし、お父様が床に伏している今、奴らの力なくして国を動かすことはできないのも事実。

「皆のもの静粛に。確かに我が国ヴァルレンは敵国ルグドネの地に一度たりとも足を踏み入れてはいない。しかし、それはヴァルレンも同じことです。
我が国もまた他国の侵入を一度たりとも許した事は無いのです。だからご安心下さい、必ずや貴方達を守りつつ敵国を侵略してみせますので。
ヴァルレンの民は気高く雄雄しく、そして孤高であり勇猛なのですから」

 こんな豚どもに丁寧語を使わなくてはならないなんて、冗談にも程がある。胃が焼きただれてしまいそうだ。
 
「伝令兵、戻ってよい。次の侵攻日は後日発表する、と軍の者に伝えておきなさい」
「ハッ!それでは失礼しますっ」

 伝令兵が姿を消すと、再び王宮内は騒然とし始める。
 国の重役たちが小話を始める中、私は独り玉座に座る。
 こんなときお父様ならどうしていたのだろうか。重役たちを取りまとめ血気盛んに士気を上げることが出来ていたのだろうか。
 だとしたら私はとんだ無能の姫である。床に伏すお父様の面子を汚さぬためにも、私は気丈に振舞わなければならないのだ。
 私はとりあえず重役の者どもと一通り会話を済ませる。

「軍事部、その後の調子はどうでしょうか」
「これはこれはお姫様。調子は好調ですよ。先日、主砲の改良が済みましてね、鉄の砲弾以外にも圧縮魔力を装填することにも可能になりました」
「そうか、よい。科学も魔導も、利用できるものは何でも利用するといい」

「商会、最近の流通の流れはどうですか」
「オヤ、姫様も流行に敏感で?いえいえ、冗談です。最近の流通は西部地方からの麦の流れが若干悪い程度ですかね。恐らく先日まで続いた水害のせいでしょう。しばらくはその状態が続きそうですねぇ」
「ふむ、わかった。様子を見ることにしましょう」

「なにやら騒々しいがどうしました」
「それがですね、平民と貴族との関係を緩和しようって者と厳しくしようって者が対立しているんですよ。姫様はどちらがいいと思います?」
「くだらない。そんな事を考えている間にもっと別なことを考える余裕があるはずですが」
「はは……仰るとおりです」

 ふぅ、やはり疲れる。
 他人の様子を伺いながら会話する事がこんなにも辛い事だとは、王の代理をやらなければ一生わかることはなかっただろう。
 やはりお父様は偉大な方だ。私ならこんな生活を一年でも続けたらものなら、寿命がいくつあっても足りないくらいだろう。
 しかし私にはそんな余裕を言っている暇もない。明日は軍会議、明後日は国の重役と会食、一週間後は同盟国との会談と、怒涛のように政治が飛び込んでくる。
 私は私のやりたいように……ヴァルレンの発展のためにできる事はすべてやる。やらなければならないのだ。





―――――





「クソッ……くそ!なぜだ、なぜ勝てぬ……」

 部屋で独り私はベッドの上で丸くなり呟いた。
 悔しい。勝てないのが悔しい。
 今の今まで、私は戦争では負けた事がなかったものだから、勝てないという事が理解できていなかったのだろう。"戦争とは勝利して奪うこと"というのが当たり前の世界に住んでいた私にとって、敗北の雪辱感はどのような辱めよりも辛く耐え難いものであった。
 しかもその雪辱をよりによって同じ国に何度も何度も与えられるときたものだ。そしてなによりも、信愛するお父様の功績に泥を塗ったということが許されざる事であった。
 全勝無敗のお父様の戦歴に、たった一人娘の未熟な代理によって戦歴を塗り替えてしまった事が……許せなかった。

「アリア=マクシミリアン……ヤツさえいなければ……」

 敵武将を恨んでも何も生まれはしない。 
 しかし彼女の武勇は聞けば聞くほど、耳を背けたくなるほどに強大で人ならざるものだと実感させられる。どうしようもない現実を突きつけられる。
 たった一振りで二十の兵士をなぎ倒し。
 斬られ刺され慢心相違になりながらも、鉄面のように表情変えず特攻し。
 魔物も人間も一切の区別なく殲滅していくその姿はまるで修羅、羅刹そのものだと噂されている。
 私自身、ヤツに勝つという像が見えてこないのも立て続けに続く敗戦の原因なのかもしれない。

「…………」

 だが、今は闇雲に悔しがっている時ではない。
 策を練らねば。策を練って練って練りまくって、どうにかしてあの化物を排除しルグドネの地に足を踏み入らねばならぬのだ。私も王族の一員ならばそれくらい出来て当然だ。むしろ出来なければならないといってもいい。
 さてどうしたものか……

 コンコン

「失礼します姫様。夕食の時間となりました」
「今日は部屋から出たくない。持ってきて」
「かしこまりました」

 ドアの外側から聞こえてくるのはいつもどおり落ち着いた様子で語りかける執事の声だった。
 執事といっても初老の男性ではなく、私と近い歳の青年だ。彼は私専属の使用人であり、私の身の回りの事全てを任されている者である。

「夕食をお持ちしました。失礼いたします」
「いい、部屋の外に置いてって。今日はもう誰とも話したくないの」
「これはこれは……姫様。そう仰いますが今日は姫様の待ちに待った例のモノが届いておりますよ」

 例のモノ。その言葉に私の眉間がピクリとしわを寄せる。

「数は」
「7ほど」
「質は」
「どれも最上級品です」
「期待は」
「して良いと思われます」

 私は月に一度楽しみにしているものがある。
 それは王室の姫という身分だからこそ許された特権であり、市民階級には到底叶わぬ願い。姫という身分で生まれたからにはその特権を十二分に謳歌する義務が私にはあるし、そうしなければただでさえ階級の低い市民平民にも失礼となってしまうだろう。
 
「……入りなさい」
「それでは三度、失礼いたします」

 ドアを開けると、まず食材を乗せた荷台が私の部屋に入ってくる。銀色のトレイに花柄模様の食器、無駄に金装飾で拵えられた豪勢な食器が眼前に運ばれてきた。
 そしてその荷台を押す者こそ、私がお父様以外に唯一心を許す存在である執事だ。黒服のスーツを着こなし、細身で紳士的に佇むその立ち振る舞いは私の為に洗練された私専用の執事。私と少ししか歳の変わらぬはずなのだが、その凛々しい立ち姿を見る限りでは幾分か年上に見える。

「今日はいつもより5分遅いわね」
「すみません、コックがひとり風邪で休んでいたらしく」
「そんなの私の知ったこっちゃないわよ。風邪くらいで休んでだらしないったらありゃしない。こんなんだから負けるのよ戦いに」
「まぁ落ち着いてください。きっと彼だって悪気はなかったわけですし」
「うっさい。私に口答えしていい存在はこの世にいないの。わかった?」

 先ほどの兵士同様罵詈雑言を投げかける私だが、あれとこれとを同じものとしてみてもらっては困る。
 伝令兵に吐いた暴言は勿論、敗戦したという苛立ちと今後も頑張るようにとあえて突き放した姫としてのありがたい叱咤激励のつもりよ。そんなふうには聞こえなかったとは言わせないわ。
 けれど、今私が執事に投げかけた暴言はまぁそのなんていうか……私なりのジョークってやつよ。
 5分なんてちまちま計算しているわけでもないし本気で気にしているわけでもない。どんだけ神経質なのよ。
 それに風邪だって熱が出たら辛いし家で休むのも当たり前のこと。口答えしていい存在だってお父様がいるんだし。
 とどのつまりジョークよジョーク。プリンセスジョークってわけ。

「今日もまた厳しいお言葉で。さ、どうぞ冷めないうちに」
「ふん、食事中もアンタの顔を見なきゃならないなんてむかむかするわ」
「ハハ、それはまた」

 そして、この暴言を面と向かって言えるのはお父様とこの執事しかいない。真に心を許した存在にしか発せられる事のないジョークなのよ。
 はたから見ればただ単に私が悪口を言っているだけに見えるのかもしれない。
 でも私は執事のことはそれなりに信頼しているし、心を開いたりだってしているの。
 執事もそれは理解しているようであり、私の暴言を何の気にもすることなく受け入れてくれている。いや、受け流しているのかもしれないけど。
 要するに私のこのプリンセスジョークは私と執事の間ではいたって普通の会話という事になるのだ。

「今日の肉は」
「S級魔界豚のロースソテーガーリック風味となっております」
「魔界産じゃないでしょうね?」
「もちろんです。万が一姫様が魔物化でもしたら大変な事になりますので」

 王宮のコックは全てが一流のエリートである。世界中から寄せ集めた一流たちが作りだ料理は毎日三食私を食の楽しみへと誘わせてくれるのだ。
 砂漠地方の特殊なパンであったり、ジパングのスシであったり、霧の大陸のショーロンポーとかいう詰め物だったり。私の舌を他国の味で染めてくれる。
 レスカティエ名物触手シーザーサラダなんてものも食べされられたっけ。なんでも滋養強壮、精力旺盛に凄くいいって噂だったから夏ばてしてる時に食べた記憶がある。せ、精、子……をイメージしたシーザードレッシングだったらしく、とんでもなくはしたなかったから作ったコックを即刻解雇させたけど。

 ちなみに、ヴァルレンは親魔物領地である。
 私自身は別に魔物と人間を差別なんてしていないし、繁殖するのも多めに見てやっている。これはお父様も同じ考えだ。
 だけど家臣たちはそうはいかないらしく親魔物派と反魔物派で分かれている現状でもある。種族の差で争いが起こるなんてホントばかばかしいったらありゃしない。

「今日もいつも通り美味しいわね」
「それはもちろん。一流のコック達ですから」
「これからも馬車馬のように働きなさいと伝えておいて。風邪を引こうとも手足がもげようともね」
「承知いたしました」

 そういい、食事を続ける。
 執事が運んできたモノは食事だけではない。
 今執事が運んでいる若干大きめの木箱があるのだけどそれが本命だ。
 先ほど執事が言っていた例のモノというのがこの木箱であり、私が国の侵略の次に楽しみにしているものである。
 箱の質なんてモノはどうでもいい。重要なのはその中身だ。今月のは7つほど入っていてどれも最上級品ときたものだ、期待しないわけがない。
 早く中身を見たい。見たい。
 期待という名の焦燥感に駆られると無意識にうちに咀嚼回数が減り食事速度が上がっていくような気がする。

「姫様、今日はまた一段とお速い食事のようで」
「ふん、こんな食べ慣れたものの味を噛み締めているほど私の舌は甘くはないわよ」
「おや、そうは仰いますが先ほどは美味しいと……」
「う、うっさい黙れ」

 執事の茶化しにしょうがなく乗ってあげつつ、早々に食べ終える。食べ終えた食器は綺麗に重ね、洗う者が洗いやすいように整理するのも姫の嗜みというものだ。食べかすを残しに残して散々いちゃもんをつけた挙句、食い散らかす憎き豚どもにも見習わせてやりたいものである。
 そして私は目当ての木箱の前に立つ。

「執事、開けよ」

 彼はコクリと頷き大きな木箱との蓋に手をかけた。
 やがてゆっくりと開かれる……ああ、この瞬間が一番胸高まり心躍る瞬間というものだ。
 今日はどんなものが私を満足させてくれるのだろうか。姫として、一人の女性として期待せずにはいられない。
 完全に蓋が取れると中のモノの全貌が露になる。

「こちらが今月の奢侈品にてございます。数は7品、左から順に衣服3、装飾品2、刀剣2となっております」
「おお……よい、実によい」

 私が月に一度だけ楽しみにしているものは、つまりこれらである。
 姫という立場だからこそ堪能できるものであり贅沢の極みともいえる。
 要するに奢侈品の収集だ。
 金銀財宝というモノは世界中のいたるところに存在している。その中でも私は一癖も二癖もある珍妙なモノから、わけありの超希少価値のものまであらゆる範囲の奢侈品を集めることが趣味なのだ。
 竜の鱗で作られたドレス、100年に一度だけできる真珠、所持するだけで富をもたらす短剣……などなど今までありとあらゆるモノを収集してきたというのにもかかわらず未だ世界には未知なる品々がありふれているのだ。世界の広さを実感させられると同時に、奢侈品収集の奥深さも垣間見える。
 そして、そう想起するだけで思わず唾を呑みこんでしまう私がいる。

「品々にはいつも通り解説が付属しておりますのでご覧くださいませ。あ、それと……」
「?」
「その中に一つだけ、まことに僭越ながら私自ら勝手に入れたものがございまして」
「ふぅん……どれよ」
「左から3つ目、『寓胎の衣』と呼ばれる衣服一式でございます。姫様の趣向に合えば良いのですが」

 左から3つ目の衣服を取り出して軽く見てみる。
 特にこれといって魅力を感じさせるような雰囲気はないのだけれど。

「合うかどうかは私が決めることよ。ただの執事にその権利はない」
「ごもっともで……」
「ま、でも貴方が選んだものなら質は確かなんでしょうね。後でよく見てみるとするわ」

 そう言ってあげると、執事の表情が若干明るめになったような気がする。
 うん、こういうのがあるからこの執事はなかなかに好感が持てるのかもしれないな。常日頃想うことだがなかなかにして顔立ちも良いし背丈も申し分ない。
 未だ恋人のひとりも出来たことがないのが逆に気を使いたくなるものだが。……いやおせっかいか。

「では私はこれにて失礼させていただきます。お気に召したモノは箱から自由にお出し下さいませ。後日箱ごと宝物庫に運びますので」
「わかったわ、ありがとう」
「明日の軍会議は今後の我が国の方針を決める大事な会議となることでしょう。大変かとは思いますが国王様の病が治るまでの間ですので、どうか無理をなさらぬようにお願いいたします」
「……いったいいつ治るってのよ……」

 執事に聞こえない程度の大きさで独りごちる。
 かれこれ待ち続けてもう半年にもなるのよ。だというのに容態は良くなるどころか日に日に悪化している。
 認めたくはないけど私自身だってもうわかるわ。お父様はもう先が長くないってことくらい。

「…………これは私個人の意見でございますが……あまり勝ちにこだわらない人生というのもアリなのではないか、と思います。最近の姫様は今まで以上に勝ちにこだわり過ぎているような節が見受けられます」
「うるさい。私は勝たなくてはならないの。国の為にお父様の為に。勝利を約束された一族は勝ち続けなくてはならないのよ」
「国の為に、国王様のために……ですか。それでは姫様はどうなのですか、姫様自身の意志というものはそこにはないのでしょうか」
「はぁ……もういいわ、出てって。これは命令」
「っ……」

 私は半ば半分執事を追い出すような形で退出させた。
私とてむやみやたらに戦争をしようとは思っていない。しかし、この国は戦うことでしか生きていけない国なのだ。戦い、そして勝利することが全てであり国として成り立つ意味がそこにある。
 だから私はこの戦いの国ヴァルレンの姫として気丈に、気高く生きていかねばならないのだ。
 部屋を出る執事の顔は酷く悲しそうに見えた。





―――――





 執事が部屋を出た後、私はとりあえず奢侈品を一通り見てみることにした。
 うむ、期待して良いと言われたが、今回のモノは本当にどれも私の興味をくすぐる絶妙なモノたちだろう、見るだけでわかる。まったくいい仕事をしているな。
 どれどれ……一つずつ順番に見てみるとしよう。
 まずは衣服からで、次に宝石、刀剣の順ね。解説を見れば大体わかるのが執事のいい仕事っぷりだわ。


『龍神の羽衣』
原産:ジパング
材質:龍の髭、風霊の祝福を帯びた衣
備考:雨の振る日に着ると龍神と風霊の恩恵を受けることができると伝えられている羽衣。また水魔法と風魔法の能力が増強される。

『銀の処女 No.53』
原産:西の都
材質:純銀
備考:魔を払うトゥチャラーシリーズ66の一つ。銀で拵えられた衣服の内部には無数の針が張り巡らされており着る者を壮絶な苦痛へと誘うが、代わりに苦痛を耐えた者には退魔の力が宿るといわれている。

『寓胎の衣』
原産:不明
材質:不明
備考:着る者の潜在能力を高める作用があるとされている。それ以外は全くの謎。

『トゥルーサファイア 19カラット』
原産:東洋
材質:トゥルーサファイアの原石
備考:東洋の奥深い山脈でごく僅かに取れる希少なサファイア。このカラットほどになると小国を一つ買えるほどの値段がつくという。

『ニジイロマダラムシの珠玉』
原産:南の大陸
材質:ニジイロマダラムシの珠玉
備考:現地の人も一生のうちに見れれば御の字といわれているニジイロマダラムシ。そのなかでも更に貴重だといわれている珠である。食べたものが体内で蓄積し長い年月をかけ結晶化したもの。

『雷電鳥の小太刀』
原産:ジパング
材質:サンダーバードの羽毛、魔界銀
備考:【※呪われた装備品につき取り扱い禁忌】サンダーバードの雷が込められた小太刀である。所有者の筋繊維を電気刺激により興奮させ、常に本能的制御を外した行動を行なえるようになる。しかし、使用すればするほど魔力によって体を蝕まれることになる。

『流水鞭』
原産:不明
材質:水霊の祝福を帯びた純水
備考:所有者の意思により自由に形状を変えることのできる鞭。使用するたびに能力が減少していくのでギヤマンテ製の硝子細工で保存しておく必要がある。


 ふむ、これはこれはなかなかに面白いモノがたくさんある。
 特にこの『銀の処女 No.53』なんてものは私のお気に入りであるトゥチャラーシリーズ66のひとつではないか。名前こそ可愛らしいが、その実際の見た目は人を苦痛に歪ませることのみに卓越した恐ろしい拷問器具の集まりである。
 『トゥルーサファイア 19カラット』は素晴らしいの一言だ。今まで数ある宝石を見てきたが、これほどまでに大きくそして純度がよく美しいものは見たことがない。採掘、それに加工とそれらに関わる者たちは相当な苦労をしたに違いない。
 『雷電鳥の小太刀』は……おっと触れてはいけないな、呪われた装備品ときたか、執事もまた面白い者を持ってくるね。私がうっかり触れてしまうことなど考えているのであろうか。もし魔物化したとなれば、反魔物思想の者どもの手によって私も執事も首が飛ぶぞ。まったく。



 ああ、実にいい気分だわ。最近の楽しみといえばもはやコレぐらいしかないだろう。
 政治は疲れる。もともと私みたいな人間は王族らしく、何も知らぬ何もできぬと言いふらしてれば良かったんだ。何もできないワガママ姫様を演じていればよかったのだ。
 それが何を一丁前に正義感に駆られてお父様の代理をつめることになるとは……私もつくづく馬鹿なのかもしれない。ぬくぬくと緩い王室で育って、勝手に決められた人と結婚し、子を成し、愛想笑いの生活をしていれば生涯安泰だったのにも関わらずだ。そうなれば、国もお父様も大臣も全員が全員納得する私の生涯だったに違いない。
 
 ……私の意志、か。
 いや、もとより一国の姫だった私には自由の意思などなかったのかもしれない。でなければ本当はこの境遇をもっと悲劇のヒロインらしく嘆いているだろうから。なぜ私が王の代理をやらなければならないの!?私は籠の中の鳥なのよ……と。
 そう思っていないということは、私自身もお父様同様に野心家の血が流れているということなのだろう。戦こそが全て。国の繁栄こそが全て。私利私欲省みず国民と国土の為に獅子奮迅するお父様の姿はそれはそれは誇り高いものがあった。
 もしかしたら私も、心の奥底でそうなりたいと望んでいるのかも……しれないな。

 さて、今日はそろそろ寝よう。
 ……流石にこの格好では寝苦しいわね。着替えるとするか。
 



 ググッ 
 ゾリゾリ



 …………ん?
 見間違えかな。今一瞬、服が動いたような……
 どれだろう…………これか、いやちがう。これかな、いやこれでもない。
 んぅ……これか。
 『寓胎の衣』……ねぇ。
 執事には悪いけど、これらの中じゃ一番地味で目立たないモノなのよね。何か凄い力が秘められていると思ったけど特別そういうわけでもなさそうだし、何しろこれっぽちも興味が沸かないなんて逆に凄いと思う。原産地も素材もありとあらゆる情報が不明なのにもかかわらず興味が沸かないなんて……変なの。
 まるで衣服自らが息を潜めているみたい。
 特に風なんて起きてないはずだし揺れ動くにしてもねぇ……気のせいか。
 
 あ、そうだ。今日はコレを着て寝ることにしよう。
 衣服一式ってことは…………あったあった、ちゃんと下着も付いてるじゃない。
 俗世では下着をつけないで寝る人がいるらしいけどそんなの信じられないわ。まったく、はしたないったらありゃしない。
 私が寝るときはパンティにブラを付けてその上にネグリジェが王道なのよ。これぞプリンセススタイルってやつね。

 ふぅ、王室用ドレスに下着を脱いでと……
 しかし見れば見るほどに……普通の衣服ね。本当は執事、間違って別のモノ持ってきたんじゃないかしら。こんなものが私の奢侈品リストに入っていいものか若干疑いたくなるわ。
 綺麗なフリルもなければ、金銀宝石の装飾がされているわけでもない。いたって普通のドレス。白地に薄桃色がかった生地はまぁまぁな肌触りだけど、一級品というわけでもない。良くてA級品ってトコかしら。
 パンティにブラ、キャミソールにネグリジェ、ドロワーズ、コルセット、ドレス、マント、パンツにコートなどなどか……まぁとりあえず一式は詰まっているのね。その点は評価してあげる。

 四の五の考えてても仕方がないね。ちゃっちゃと着替えて寝るとしましょうか。
 明日は軍会議だからよく睡眠をとるようにしなければ。
 んしょ……よっと……

 ん……
 これは意外と……いい感じのフィット感ね。ゆる過ぎずきつ過ぎず、丁度いい塩梅のところで引き締まるこの感覚、なかなかいいわ。
 そしてほのかに香る甘い香り。何だか心地がいい。桃に近い香りがする、生地の色に準えているのかしら。
 デザイン、模様も見た感じではあんまりだったけど、着てみれば案外可愛いじゃない。着ると見栄えが良くなるタイプなのね。
 若干重いのが気になる点だけど、然程大きな支障はないから大丈夫そうだ。
 というかなんだろう、ちょっと動悸が早くなっているような気がする。身体もちょっと暑いしなんかむずむずする。
 これはあれかな、保温効果的なやつなのか。ああ本格的に暑くなる前に早く寝てしまおう。寝苦しくて寝れなかったなんてオチは勘弁して欲しいわ。

 ふぁ……ねむ……





―――――





「んぅ〜ん……」

 小鳥の囀りが窓の外から聞こえてくる。空は朝日が昇る直前の黎明時で一面の藍色が広がっている。
 久しぶりにこんな早く起きたなと思いながら、私はベッドから上半身を起き上がらせると再びあくびを漏らす。いつもは二度寝してしまいがちだが、今日は気持ちの良い目覚めでもう眠たいという気持ちは消え去っていた。
 執事が朝食を運んでくる前に着替えておこうか、そう思った私はベッドから立ち上がろうとしたそのときである。

 グチュ
 
「ん?……ひあああぁ!?」

 思わずベッドから飛び退いてしまった。
 驚くのも無理はない。
 何しろベッドシーツの中腹部、丁度私の股間の位置のシーツがとてつもない湿り気を帯びていたからである。こ、こんな歳になって、お、おも、おもらしだとっ!?そんな馬鹿な、昨日の晩、寝る直前は尿意などなかったはず……
 いや、待て。先ほどから感じていたこの違和感。これはまさか――
 私はすかさずネグリジェをめくり自らの股を垣間見る……と……
 もはやそこは水害だった。パンティの染みどころのレベルではなくパンティ全体が湿ったタオルのように濡れており、太腿、脹脛に至るまで液が滴り落ちていたのであったのだ。よくみればネグリジェも少し濡れている。
 そして匂いを嗅いでみても、尿のような独特の芳香臭は感じなかった。ただ一つ感じるとすれば、無色無臭の透明な液体であるということのみ。
  
「これって……液……なの?」

 女性は膣から無色透明の液を分泌するということは多少なりとも知識があったが、私の知識によればそれは性的興奮を覚えたときのみに分泌されるものであったはずだ。睡眠時にこれほどの量が分泌されることなど聞いたこともない。
 ともすればこの液は一体なんなのだろう……?
 指で触れてみると若干の粘性があるように思える。
 まさか、あ、愛液……いやいやいや、そんなハズはない!いやらしい夢など見てはいないし、自慰をしていた記憶もない!断じて!
 私は若干恐ろしくなり、急ぎ一式を脱ごうとした。

「えっ?きっ、きつ……い……!」

 そこで更なる異変。
 昨日まではゆる過ぎずきつ過ぎもしない快適な下着であったのにもかかわらず、今こうして脱ごうとしていると恐ろしくきつくなっていることに気がついたのだ。
 まるで何物かに押さえつけられているような、脱がせまいと拒んでいるような気がして言いようのない恐怖を感じる。
 独りベッドの上でくんずほぐれつ暴れまわり、5分の死闘の末で脱ぐことができた。しかし下着を見ても何一つ変わった様子は見られなく、きつさの原因も濡れている原因もわからなかった。
 そして、自らの肌にはくっきりと食い込んだ下着の跡が残っていた。レース生地の模様までくっきりと素肌に。

 なんだこれは。なんなのだ。
 今まで多種多様な珍品は数多く目の当たりにしてきたはずだが、ここまで奇妙で不可解なモノは初めてだ。寝ている間に股間を塗らし、食い込ませる下着だと?まったく、意味がわからなすぎて逆に失笑を生んでしまう。とりわけ人体に害はないようだが。
 一体誰が何のために、こんなわけのわからぬ珍品を後世に残そうとしたのだろう。
 だが……私はその珍妙さに逆に惹かれてしまった。一体コレは何なのか、何の意図があるか、誰が何のために?
 そう思うと今まで興味の欠片すら感じ得なかったこの『寓胎の衣』が無性に価値のあるモノであると思うようになり、興味の対象になってしまった。
 しばらくの間、この珍品について調べてみるのも悪くはない。私はそう思い、残りのドレスやコートなどを全て木箱から引っ張り出し、クローゼットの置くに保管しておくことにした。


 外見は何の変哲もないただの衣服。
 しかしその沈黙の奥底で、蠢く異形が存在していることなど今の私に気づくはずもなかった。


 あぁそうだ、シーツと下着は執事にばれないように洗濯場に持っていこう。
 お漏らしをしたと勘違いされては姫としての面子が立たないからね。
13/08/14 16:03更新 / ゆず胡椒
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■作者メッセージ
お久しぶりです。自称「魔物化愛好家過激派」のゆず胡椒です。
やっと身の回りが安定してきたのでぽちぽちと投稿を始めようと思います。
今回は魔物化&触手好きには恐らくたまらないローパーさんです。
ぬるぬるでえろえろになれば本望です。

私事ですが、新刊のローパー魔物化をいち早く読みたいのですが北の大地に住んでいる事情でコミケに行けず激悔しい思いをしております……

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33